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シナリオ詳細

<ラケシスの紡ぎ糸>壊穿と銀閃と朱色の槍

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「へぇ、腕をあげたんじゃない? アンタたち」
 銀雪ちらつく鉄帝の町。
 一面を白景色に塗り替えた白を踏みしめれば特有の音が鳴る。
 血の匂いが周囲に漂い、しっとりとした赤黒い血は積み重なる雪の下に消えていく。
 戦いの余韻は確実に雪の下に消えていく。
「アンタ達がこのぐらいってことは、きっとローレットとやらはもっと強い奴がいるのよねぇ。これは期待が出来そう」
 数多の異形の先頭で、その女は感心したように笑う。
 濡羽鴉の翼に白雪が降り積もる。
 それは『ほとんど動かずに戦闘を済ませている』ということだ。
 嫌気が差すほどの実力差が横たわっている。
 片手で朱色の槍を携え、反対の手には黄金に輝く魔力を楯型から綻ばせている。
 防寒具らしい厚手の衣装と目深に被さったフードは女の貌を不確かな物に覆い隠す。
「自惚れるわけではないが……ここまで歯が立たないか」
 雪の中に紛れ込むように白い衣装を纏ったユリアーナ(p3n000082)は愛槍を手に何とか身体を起こす。
「イルザ、立てるだろう」
「あはは、流石にね。でもしょーじき、かなりきついよ」
 口調こそ軽やかに、明らかな疲労感を滲ませながらイルザ(p3n000287)が笑って身体を起こす。
 2人とも、体中に傷が滲んでいる。
 不毀の軍勢――ラサの『南部砂漠コンシレラ』に姿を見せた『全剣王』と呼ばれる何者かに付き従っている、強力な人型の怪物の軍勢である。
 彼の軍勢はラサを飛び越え、鉄帝国に『コロッセウム=ドムス・アウレア』を成立させた。
 それから既に1月ほどが経っただろうか。既に多くの者が踏破を目指し、その存在を究明すべく動き出している。
 ユリアーナの下に現れたイルザから話を聞いてから少し、既に2度は部下達と共に不毀の軍勢を退けていた。
(以前の2回は確かに強敵だったが勝てないわけではなかった。
 特化した能力を持つ敵であるからこそ、そこ以外の隙を付けば御しやすかったからだ。
 だが……今回はどういうわけだ……いきなりこうも強くなるか)
 その理由をユリアーナは分かっていた。
 それは明らかに目の前で笑っているこの女のせいだ。
 ユリアーナの各個撃破戦術を、ただの単身でこの女が捻りつぶした。
 それだけではない。彼女は戦場を引っ掻き回し、こちらの兵士達をまるで赤子の手でも捻るが如く蹂躙していった。
「姉さん……退こう。さっきアレが言ってた通り、ローレットを頼った方が良い。
 あの子らももう無事に撤退してるだろうし」
 イルザが言う。
「……あぁ、分かってる。分かってはいるが――」
 そう、分かっていた。
 2人で殿を務めて部下を逃がす時間は充分に稼いだ。稼ぎはしたのだ。
「――逃がしてくれるとは、思えないな」
「……そりゃあそうだけどさ」
「ふふ、そんなに逃げたい? 別にいいけど。
 自分より強い絶対に勝てない相手の前には逃げるのも退くのも立派なことよ。
 そう教えてあげたのは――他ならぬアタシだものね」
 朱色の槍の女はそう言って笑った。
「――え?」
「……何を言って」
 2人で思わず素っ頓狂な声をあげた。
「――あら、もしかして気づいてなかったの?
 悲しいわぁ、可愛い可愛い教え子達がアタシの槍を忘れちゃうなんて、ねぇ」
 ふわりと、その女がフードを払った。
 はらりと紅髪が露わになり、金色の瞳も露わとなる。
 その姿を、ユリアーナは――イルザは良く知っていた。
「――ヘルヴォル、まさか」
「久しぶりねぇ、10年以上ぶりだったかしら」
 そう、その女は微笑んだ――当時と全く変わらない笑顔で。
「なんで今更、君が――いや、分かる気もするな」
 同じように驚くイルザが納得したような声をあげる。
 ユリアーナ自身、何となく納得していた。
「――強きを求めた果てに、全剣王に遭遇しただろう。
 ……大方、そんなに『若い』のは、魔性の類だからか」
「失礼な言い方ねぇ。愛弟子2人に挨拶にきてあげたってのに。
 あんまり失礼な話をされると、アタシの槍がちょっとだけ動いちゃうわよ」
 僅かにヘルヴォルの槍が揺れる。
「――イルザ、走れ!」
 いうが早いか、2人は一気に後方に向けて走りだす。
「ふふふ、次に来るときは雑兵じゃなくてローレットを連れてきなさいな」
 ヘルヴォルの声が、そう朗らかに聞こえていた。


「……すまないが手を貸してほしい」
 そう、傷だらけでローレットに姿を見せたユリアーナは同じように入ってきたイルザと共に声をかけてきた。
「不毀の軍勢って知ってるよね。ラサから溢れ出ていつの間にか鉄帝に塔を打ち立ててた連中のこと。
 君達だからもう何回か戦ったことあるだろうけど……恥ずかしながら、僕ら連中に負けちゃってね」
 あはは、と笑いながらいうイルザの傷はその戦傷だろう。
「その不毀の軍勢を率いていた――というのが正しいかはまだ分からないが、同時に現れた人物に私達は惨敗した。
 『朱色の槍』ヘルヴォル……彼女は明らかに普通の不毀の軍勢とは違っていた」
 そう、二つ名も含めてユリアーナが言う。
「……彼女は私達2人にとって武術の師に当たる」
「『俺よりも強い奴に会いに行く』を地で行く手合いだよ。
 もっと強い連中と戦うために終焉に突っ込んでいくぐらいのことはやりかねない」
「問題はもう1つ」
 イルザの発言に続け、ユリアーナは語る。
「ヘルヴォルは私達を鍛えた頃と『容姿が全く変わってなかった』。
 外見だけならせいぜいが30手前ぐらいだろう。
 若々しい武人のまま、実力は私達の知るより遥か高みだった」
 そう続けて、ユリアーナはもういちどイレギュラーズへと「手伝ってくれ」とそう頭を下げた。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 さっそく始めましょう。

●オーダー
【1】エネミーの撃退

●フィールドデータ
 鉄帝の西部に存在する山間部です。
 遮蔽物も多く、足元も雪が降り積もっています。

●エネミーデータ
・『朱色の槍』ヘルヴォル
『不毀の軍勢』を指揮する紅髪金瞳の女性。飛行種らしき翼をもちます。
 朱色の槍と楯のように展開する黄金の魔力が特徴的。
 実質的に指揮をしているというより、好き勝手暴れまわって戦場を掻き乱して相手の作戦を台無しにするタイプ。
 普通の『不毀の軍勢』とは異なり、ステータス傾向に隙のようなものがある風には見えません。

 愛弟子2人を軽くあしらい、撤退する2人をわざと見逃しました。
 この単騎でHARD相応に強力です。

 ユリアーナやイルザの師に当たる人物といいます。
 2人曰く、『俺よりも強い奴に会いに行く』を地で行く手合いとのこと。
 10年以上前に姿を消した時から外見に変化が見られませんが、実力は当時よりも遥かに強くなっているようです。

 強い相手とは何度も戦いたいため、死闘を尽くすよりも敢えて余力を残して退く悪癖があります。
 撃破を無理に狙うより、全力でぶん殴って撤退させましょう。

・『不毀の軍勢』戦乙女×4
 光で出来た槍を持つ不毀の軍勢です。
 戦乙女の名の通り、全員が甲冑を纏う女性体を思わせます。

 回避が特に高く、物攻と命中がそれに続きます。
【スプラッシュ】や【邪道】、【乱れ】系列を用います。

・『不毀の軍勢』楯乙女×4
 光で出来た楯を持つ不毀の軍勢です。
 楯乙女の名の通り、全員が甲冑を纏う女性体を思わせます。

 防技が特に高く、神攻と抵抗がそれに続きます。
【痺れ】系列、【足止め】系列のBSを用います。

●友軍データ
・『銀閃の乙女』ユリアーナ
 クールな姉貴分といった雰囲気の女性鉄騎種。鉄帝の軍人。
 イレギュラーズとは数度に渡り共闘しており、皆さんの事はとても深く信頼しています。
 鉄帝に出現した『コロッセウム=ドムス・アウレア』から漏れ出る終焉獣や不毀の軍勢との戦闘を始めていました。

 銀色の槍を振るう反応EXA型物理アタッカーです。
 イレギュラーズと同程度の実力を持ちます。上手く使いましょう。

・『壊穿の黒鎗』イルザ
 鉄帝生まれ鉄帝育ちのラサの傭兵です。青みがかった黒髪をした人間種の女性。
 イレギュラーズとは数度に渡り共闘しており、皆さんの事はとても深く信頼しています。
 ラサで姿を見せていたのにいつの間にか鉄帝に生えていた『コロッセウム=ドムス・アウレア』に挑戦するために鉄帝に戻ってきました。

 穂先を魔力で延長させる特殊な槍を振るうオールレンジ神秘アタッカーです。
 イレギュラーズと同程度の実力を持ちます。上手く使いましょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <ラケシスの紡ぎ糸>壊穿と銀閃と朱色の槍完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月26日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
フローラ・フローライト(p3p009875)
輝いてくださいませ、私のお嬢様
金熊 両儀(p3p009992)
藍玉の希望

サポートNPC一覧(2人)

ユリアーナ(p3n000082)
銀閃の乙女
イルザ(p3n000287)
壊穿の黒鎗

リプレイ


「やっとお出ましみたいねぇ」
 雪中に埋まる山間の只中、濡羽鴉色の翼が見える。
 話に聞いていた紅髪は雪避けのためかフードの下に隠れて伺えない。
「貴女がヘルヴォルさん?」
 視線を女から外さず『無尽虎爪』ソア(p3p007025)は問いかけた。
(ユリアーナさんとイルザさんの2人相手に完勝する人か。
 ううん、もう人間じゃないかも知れない)
 まるでキャンプでも楽しむように焚火を囲む女へ、視線を切らず会釈する。
「こんにちは、ローレットのソアだよ。2人を見逃してくれてありがとう、お師匠なんだってね?」
 ソアはそう告げながらそっと口をすぼめた。
「ええ、こんにちは。もう教えることはなくなったから元だけれどね」
 警戒していないのか、警戒するまでもないと思ってでもいるのか、そう答える声は笑っていた。
(弟子を虐めるなんて酷いもの。そういう人には――)
 顔を上げる刹那、ソアは咆哮を上げた。
 音が物理的な衝撃に変わり、木々を揺らして雪が落ちる。
「わぁお」
 ヘルヴォルが驚いたような声をあげて目を瞠るのが見えた。
「呼び出しておいてまさかフったりしないでしょうね?」
「ふふ、当然、でもつまらない戦いをするのなら気持ちは揺れちゃうかも。
 ほら、乙女心は秋の空っていうでしょ?」
 視線を向けた先、ヘルヴォルは笑っている。
「以前、俺が対峙した『不毀の軍勢』は物足りなかった。
 血が滾る様な闘争、それを俺は求めてる。生き血を喰らう化物故の本能だろうなァ。
 ヘルヴォル、是非とも一戦願おうか」
 獰猛に笑みを描く『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)にヘルヴォルが目を細める。
「ふふ、それは良かったわね。これよりも遥かに楽しませてあげられるわよ」
 相手の視線が自分に向いたのを見るままにレイチェルは弓を構えた。
 万軍の王となった己が幻影を纏い、自らの枷を解いてその背に鷲の翼を広げる。
「──これでも『厄介さ』に於いてはイレギュラーズでも随一だと自認してるンでね」
 放った炎の矢が奔流へと姿を変えて戦場を疾走し、ヘルヴォルの身体を炎が呑み込んでいく。
「――それは素敵ねぇ。お言葉に甘えて、楽しませてもらいましょうか」
 その声は、柱のように天に迸る炎の奔流の只中からからりとした声色で聞こえてきた。
「ヘルヴォル……どうやらおまんは儂の同類らしいのぅ?
 強者と戦いたい、歯応えのある勝負がしたい、そして勝ちたい……くく
 修羅の道を行く者はいつだって大変じゃのう……くく」
 そう告げる『藍玉の希望』金熊 両儀(p3p009992)はトントンと愛刀を肩に担ぐままに問う。
「えぇ、そうねぇ。この道は死が隣同士すぎてねぇ……ふふ。
 どうかしら、お兄さんの気分は?」
「ワクワクしてきたのぅ!」
 笑うままに両儀は愛刀を払う。
 奇襲気味の殺人剣は逃さじの邪剣、飛翔する飛刃六短。
 片手で振り払った紅黒の大太刀より放たれた斬撃は思わぬ場所からヘルヴォルめがけて駆け抜ける。
「それは、良かったわ!」
 退避などさせぬ、その剣は確かにヘルヴォルに傷を入れる。
「おふたりも楯乙女の相手をお願いできますか? 自分は戦乙女から」
 その様子を見やり、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)はロングソードを構えた。
「分かった。そうしよう。オリーブ君、言われるもないだろうが互いに全力で行こう」
 少しだけ先に立つユリアーナが槍を構えて言った。
「ええ、確実に行きましょう」
 そうオリーブが応じれば、ユリアーナは楯乙女の1体へと凄まじい速度で駆け抜けていった。
 ユリアーナから視線を外せば、そのまま戦乙女の眼前へと飛び込んだ。
 敵が声をあげるよりも前、飛び込んだ大上段のまま、オリーブは踏み込んだ。
 振り払った斬撃は鉄帝の秘奥より派生した対人絶技。
 その絶剣は連鎖して致命傷を作り上げていく。
(手練が相手か、良いじゃねえか、やる気が出てきたぜ)
「不毀の軍勢どもはどいつもこいつも変わり映えがしないからな。
 骨のある相手は大歓迎だ、さっさとやろうぜ」
「んふふふ! 良いわね。全剣王が聞いたらどんな顔するかしら!」
 ファイティングポーズをとる『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)の言葉に、思わず噴き出したとばかりにヘルヴォルは笑う。
「その前に用意してもらった前菜から平らげるとしようか」
 貴道はそのまま軽く足さばきを調整しながらヘルヴォルの用意してきた『前菜』に視線を向ける。
 果たしてウォーミングアップになるかどうかといったところか。
「えぇ、たっぷり楽しんで頂戴ね。変わり映えのない前菜だけど」
 ツボにでも入ったのか、そう女は笑っている。
(あれがイルザさんとユリアーナさんの武術の師……
 しかも若い姿のまま……反転、か何かの可能性があるよね……)
 楽しそうに笑っている女に視線を送る『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は警戒を強めている。
 漂う滅びの気配は『不毀の軍勢』によるものか、それともヘルヴォルが魔種なのだろうか。
「呑み込め、泥よ……戦乙女も楯乙女もまとめて飲み干せ!」
 高める魔力をそのままに、ヨゾラは術式を放つ。
 戦場を包み込む星空の泥が白雪と交じり合い、キラキラと輝きながら乙女達の運命を狂わせる。
「ユリアーナさんとイルザさんの師が、不毀の軍勢に……強者を求めて終焉に入り、取り込まれてしまった、のでしょうか。
 10年以上前と変わっていないことが『変わってしまった』事の証、であるのは……少し、悲しいです、ね」
 そう小さな呟きを漏らすのは『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)である。
「もう、人の外見を変わってないからって悲しいは失礼じゃないかしら?」
 その言葉が聞こえたのか、少しだけヘルヴォルの声が不機嫌になったように聞こえた。
 すでに動き出した戦場、フローラはヘルヴォルの様子を確かめながら魔導書を紐解く。
 攻め手は十分すぎるほどに揃っている。
 ならば、前を行く仲間たちを支え切るのがフローラの役目だ。
 響かせる聖体頌歌の輝きは戦場を包み込み、仲間たちを癒す輝き。
「にしても師匠にしてはこう、ちょっと、バーサーカーすぎない?」
 すでに動き出した戦場、楽しそうに笑って戦うヘルヴォルを見た『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は思わずそんな感想を述べるもので。
「あはは……まぁ、僕らってほら、鉄帝人だからね? あの辺は割と僕らと会った時からそうだよ」
 既に先を行き楯乙女と戦闘を開始しているユリアーナに変わり、イルザがそう笑うものだ。
 笑いがてら伸びた穂先が楯乙女を串刺しにしていく。
「あぁ……そういうこと……」
 脳筋とでもいうか、バトルマニアがとてつもなく多いというのは鉄帝のお国柄だ。
(容姿が変わってないってのも気になるけど、力を求めるような人が魔種に堕ちたりなんだったりするものなのかしら)
 こちらの戦いを窺うようにイレギュラーズの抑え込みを平然と受け止める女の位置取りの把握に務めながら、オデットは術式を展開していく。


「なるほどねぇ。冠位最強を叩き潰したってのも頷けるわ。
 そうよねぇ、これぐらいでないと老いぼれが帰ってくる意味もないわ」
 そんな声が聞こえてきたのは、イレギュラーズの猛攻がヘルヴォルへと注ぎ込まれる最中だった。
「……魔術の威力自体はそうでもねぇ。そっちの才が無かったから。
 だが、俺には速さと手数がある。後は、絶対にヘマらない」
 レイチェルは矢を構えるままにそう告げる。
 その射線は真っすぐにヘルヴォルを射抜いている。
「自分が不得手なことを分かっている奴は強いわ。
 ところでアンタ達、アタシの愛弟子たちがどんな戦い方か、ある程度は知ってるわね。
 アタシはね、そいつらの『武術の師』よ? そいつらに『戦い方』を教えたのは、アタシよ」
 その声を聞いた時、レイチェルは弓に番えんとする魔力の矢を咄嗟に守りへと転換した。
「――つまり、こういう芸当はアタシの十八番なわけね」
 その声が届くのとヘルヴォルの姿がレイチェルの前から消えるのはどっちが速かったのか。
「――っ!」
 ソアがヘルヴォルの槍を躱せたのは野生の直感だった。
 多重に影を生み、連鎖するように槍がブレる。
 それらをほとんど勘だけで躱すソアの眼はヘルヴォルの眼を見ていた。
 好奇心に満ちた金瞳が鮮やかな輝きを持っていた。
 向かう先は分かっていた――ただ。
「たしかにアンタの方が速いんだろう。だが……それ以外なら、俺だって負けてねぇ」
 引き絞る弓に魔力を籠め、レイチェルは矢を引き絞る。
「力不足なんて、決して言わせねぇ。この俺から目を離すのも許さねぇ。これは、意地だ!!!」
 金銀妖瞳が燃えるように揺れるのは瞳に映るレイチェルの矢だけが理由じゃない。
 燃える闘志のままに、あらん限りの炎をヘルヴォルに向けて叩き込んでいく。
「そっちがその気なら、こっちも、全力よ!」
 敵の動きが僅かに緩んだ隙に、ソアは身を屈めヘルヴォルの懐へもぐりこんだ。
 死中に活を求め、本能のままに紫電を纏う虎の爪がヘルヴォルを切り刻む。
 その攻撃はヘルヴォルが黄金の魔力を盾に変えるより前にその芯を斬り裂いた。
「わぁお、速い――いや、勘が良いわね」
 目を瞠ったままにヘルヴォルが間合いを開く。
 それを詰めたのは両儀だった。
「さっきも言うたが儂ぁ、同類じゃ。
 だから、おまんと戦える事……盛大に楽しませてもらうぞ!」
 にやりと笑ってみせれば、ヘルヴォルもその口元に笑みを刻んだ。
「鬼さんこちら、宴は始まったばかりよ」
 怪力乱神、全身全霊を籠めて撃ち込む斬撃はいっそシンプルな斬り降ろし。
 ただの一撃は鬼の膂力を持ってすればそれだけで壮絶極まる脅威となる。
 ヘルヴォルがその手に黄金の魔力を集めて盾を作り、両儀の一撃を受け止めた。
「ああ、おまんが魔種な分、此方は3人じゃが……文句は無いな?」
「ふふ、どうでしょうね?
 アンタたちは1人よりも2人、2人よりも3人の方が強くなるタイプみたい。
 それなら十全で戦ってもらわないとねぇ」
 けらりとした様子でヘルヴォルはそう答えてくるものだ。


「有象無象がワラワラと、鬱陶しいったらありゃしねえな。
 だが安心しろよ、好き嫌いはしないでおいてやる。
 全員食い散らかしてやるから、そこで並んで待ってろよ?」
 そうして、神武の拳は放たれる。
 疾風怒濤の如く戦場を突っ切る貴道の拳撃は連なり、大蛇の如く全てを呑み込んでいく。
(向こうはまだ大丈夫そうですが……あまり長引くわけにはいきませんね)
 オリーブはロングソードを握りなおすと、目の前に立つ戦乙女に向けて剣を振りぬいた。
 対人絶技たる連撃が戦乙女の身体に致命的な傷を生む頃、追撃に放つ斬撃は暗冥を裂く斬障。
 ただ虚空に閃き、乙女の首級をあげた剣は次を目指すべく動き出す。
 ヨゾラはヘルヴォルを抑える仲間の様子を把握すると同時に楯乙女へと肉薄する。
 彼らならまだまだ耐えられる。それでも、長くは耐えられまい。
 その手に抱くは夜空の輝き、星空の光。
 光となってヨゾラの手に集約した魔力が優しくも激しい光を放つ。
「悪いけど、早急に倒させてもらうよ!」
 渾身の魔力を籠めてそのまま撃ち込んだ星の破撃を撃ち込むのは眼前の敵。
 楯を構える乙女は煌く魔術紋の輝きに目を焼かれるように釘付けとなった。
 楯が砕け散り、その後ろにいる乙女の身体が滅びのアークと化して消し飛んだ。
「終焉に入り、魔性となって……そうまでして得る力は、虚しいものと思えてしまうのです。
 人が、人の侭……それぞれの最善を尽くす強さのほうが、私には好ましく思えます」
 渾身の魔力を魔導書に注ぎ、フローラは視線をあげた。
 イレギュラーズの猛攻を受けるヘルヴォルはそれでもなお平然としている。
「――だから私なりの戦い方で、見せてやるんです。力だけではない、生命の輝きを……!」
「そうねぇ、それはとても素敵なものよね。何よりも眩しくて羨ましいもの。
 おかげでアタシはアンタたちの前に立とうと思えたのだから」
 微笑んで見せるヘルヴォルはフローラが仲間に向けて降ろした熾天の宝冠を見上げて目を細めた。
「なにそれ、どういうこと?」
 オデットは四象の力を顕現させ、ヘルヴォルを抑え込むようにして問うた。
「そのままの意味よ」
 くすりと微笑んだヘルヴォルが槍を構え動き出す。


「『全剣王』って何なの? あんな塔に引きこもって最強だなんて頭ヘンテコよ!」
 ソアは自慢の爪でヘルヴォルの槍を受け止めるままに問うた。
「んふふふ、言われてるわねぇ! たしかにそう言われるのも無理ないわね。
 文句があるなら自分で出て来いって話だもの!
 でも、アタシが答えるのは止めておくわ。ネタバレは良くないでしょ?」
「――ネタバレ、ねぇ……知らないだけじゃねぇだろうな?」
 レイチェルは弓を引き絞る。
 渾身の炎の矢は意味深に笑ってみせたヘルヴォルの身体を炎の向こうに掻き消した。
「ケチな人!」
 ソアもその刹那に続き、炎の内側から伸びて来た槍に合わせるように飛び込んだ。
「んふふ」
 爪で槍ごと切り刻まんととびかかっていく。
 斬りあいの合間を縫うようにして両儀が飛び込んでいく。
 本来ならば完全な死角となる位置からの踏み込み。
(これは避けられんじゃろう!)
 身を低く、振り上げる斬撃に闘志を籠めて、両儀が放つ斬撃は――ヘルヴォルの盾に防がれた。
「かくれんぼはつまらないわよ」
 その視線は別方向を見ている。
 それはまるで戦場を俯瞰されているかのように。
「オーケー、ようやく主菜だな。
 ミンチになるまで噛み砕いて、骨の髄まで味わってやるよ。
 楽しませてくれよ、テメェだってそのつもりで来てるんだろう?」
「ふふ、前菜は楽しんでもらえたみたいで何よりね」
 笑みを刻むままに貴道がそこへと続く。
「まあ、そっちの軍勢に付いてる辺り、たかが知れてるがな。
 竜種に冠位、強い奴なら大勢いるだろうがよ?
 ハッ、まあそうだな、自殺に近いかもしれない。命は惜しいよな?」
「ふふふ、そうね。アタシももう20年早く連中が動いてたら挑んでたかもね!」
 そう笑ったヘルヴォルは貴道を警戒するように盾で守りを固めんとする。
 だが浸透する拳打にはそれさえも紙屑に等しい。
「俺は気に入らないがな? 俺より強い奴が、ただの一人でもいる事が」
「あはは、気が合うわね! もっと早くに会えてたらもっと良かったわ」
 受け止める拳は確かに痛むだろうに、そう笑うヘルヴォルはまだまだ余裕を感じさせる。
「自分も貴女も、攻勢の中で真価を発揮する性質です。
 つまり、ただ上回った方が勝つわけです」
 オリーブは絶え間なくその後を継いだ。
 握りしめたロングソードに力を籠め、渾身の闘志を籠める。
「へぇ、分かってるわね……」
「……なのに負ける訳にはいかないのです。困ったものですね」
 真っすぐにかち合った瞳、楽しそうに笑う女の眼。
 オリーブはその刹那にティタノマキアの閃光を掴む。
 僅かな隙を踏み潰すが如く、振りぬいた斬撃は全力を籠めた鋼覇連閃。
「2人の師匠……僕も全力でいかせてもらう!」
 続くままにヨゾラはヘルヴォルへと肉薄する。
 その手には夜の空の輝き。
 循環する魔力はヨゾラの本体たる魔術紋を輝かせ、集約された魔力は爆裂寸前の星の光。
 対するヘルヴォルはそれに正面から相対してくる。
 その手に黄金の魔力を帯び、盾が形成される。
(この黄金の魔力、全剣王由来のものかもしれない……)
 眩い輝きが激しくぶつかり合って戦場に光を放つ。
 そこへと伸びたのは紅の魔弾。
 イレギュラーズの猛攻に潜み紡がれた弾丸はフローラの織りなす小さなとげ。
 必中為す魔弾は強かに戦場を走り、ヘルヴォルの身体に炸裂する。
「――あら、ふぅん……アナタ、攻撃もできるタイプ?」
「ええ。私も、ひとつくらいは……棘があります、から」
 真っすぐに合った視線、ヘルヴォルが驚いたあと、くすりと微笑んだ。
「強いやつがお好みっていうのなら私の太陽をぶつけてやるわよ、何発も喰らうとさすがに痛いわよ」
 最後に飛び込むオデットの手には太陽の光。
 温かな太陽の光は白雪を反射して眩く輝いていた。
「それは楽しみね」
 笑みを刻んだヘルヴォルがその手に黄金の魔力を纏い盾のように展開。
 激しくぶつかり合う2つの光がオデットとヘルヴォルを呑み込んだ。
「――なるほど、これは良いわ。
 あいつの残滓が無様に負けたのも、ムキになって改造しようとしてるのも頷けるわ」
 オデットが叩き込んだ太陽の輝きが収まるころ、そんな声がした。
 姿を見せたヘルヴォルの盾を持っていた手が、肘辺りまで傷をつけている。
「きっとアンタたちはこんな物じゃあないのでしょう?
 なら、もっともっと強くなって次を、その次を楽しみにしてるわ。
 死地でまた会いましょうね」
 緩やかな微笑みと共にヘルヴォルは空の彼方へ消えていく。
 雪がその姿を掻き消すのにそれほどの時間はなかった。
「……とんでもないお師匠だこと」
 オデットは消えて行った方角を見ながら思わず一つ息を吐いた。
「……ねぇ、ユリアーナ。どうかしら、他に気付いた事とかない?」
「……分からん。何も変わってないと言ってもいいぐらいだ」
 オデットの言葉にユリアーナはそう言って肩を竦めた。
 その視線は遥か遠く、師の消えた方を見つめていた。

成否

成功

MVP

ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

状態異常

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
祝呪反魂
ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣
金熊 両儀(p3p009992)[重傷]
藍玉の希望

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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