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シナリオ詳細

<プルートの黄金劇場>地獄のための地獄、絶望のための絶望

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●二週間前
 その日、一人の情報屋の死体が、幻想のとあるドブに浮かんでいた。
 良くある話だったので、誰もそんなことは気に留めず、タブロイド紙の片隅で、僅かに文章量を稼ぐ程度の仕事しかなさなかった。
 その情報屋が、クローリス・ウラグラスという名の幻想貴族のついて調べ廻っていたことを知っていたのは、おそらくクロリス・クロウという名の女ぐらいしかいなかった。

●一週間前
「お嬢様」
 と、クロリス・クロウは言った。
 フローライトの屋敷である。
 かつて、この部屋でふさぎ込んでいた主の顔を、ふと思いだした。
 今は、穏やかな笑みで、僅かな陽光に目を細めている。
 フローラ・フローライト(p3p009875)。それが、クロリスの主の名であり、今はもう、フローライトの名を名乗るたった一人の人間でもあった。
「クロリス。どうしたんですか?」
 優しく微笑んで、フローラは尋ねる。このような顔を、できるようになられたのだ、とクロリスは思った。だから、そろそろ良いだろう、と、クロリスは決心を抱いていた。
「しばらく、お暇を戴きたく思います」
「おひま、って」
「職を、辞そうかと」
 ゆっくりと頭を下げるクロリスに、フローラはたまらずに目を丸くした。
「そんな、だって、クロリス」
「はい。今まで、使用人筆頭として、お嬢様の手となり足となり、時には目にも耳にもなり仕えて参りました。
 その過程で、後続のものにも、私の技術や思いを継承できたと自負しております。
 私はしばらく、休んでも……きっと、皆上手くやっていけるでしょう」
 それは事実であろう。クロリスという敏腕に、一人では勝てなくとも、この屋敷のメイドたちが総動員すれば、きっとクロリスにも負けない存在になる。そのように、クロリスは部下たちを育てたのだから。
「でも、クロリス、あなたは……!」
 驚きを吐き出すように、フローラは言う。クロリスはにこやかに笑った。
「少し……やりたいことができたのです。
 もし、何事もなく、それが終わったのならば。
 お恥ずかしながら、また雇いあげていただければ嬉しく思います」
 その笑顔が、クロリスの決意が固いことを、フローラにいやおうなく自覚させた。こうやって笑うときのクロリスは、ほんとうにまったく、頑として聞かないのだという事を、知っていたから。

 その日、フローライトの屋敷から、一人のメイドが職を辞した。それは別に世間の耳目をひく事はなく、淡々とそういう事実だけが当事者たちの胸に残った。

●襲撃
 イレーヌ・アルエ(p3n000081)も出席する、『子供たちのための会』が開かれたのは、そんな秋と冬のはざまの時期の事だった。幻想国の大きな公園を借り上げられて行われるこの会は、クローリス・ウラグラスという名の貴族の女の後援によって成立していた。
 この会は、幻想各地の平民や、孤児院、そしてスラムまで含めた多くの『子供たち』が呼び寄せられていた。門閥貴族は多くの場合、『下賤な民と交わること』を忌避し参加しなかっただろうが、いわゆる『良心的な』貴族はその子息を参加させてもいた。
 平たく言ってしまえば、『ここに幻想の未来を担うであろう若き命』が大勢そろっていたということになる。
 会はウラグラス家の後援とは言え、多分に幻想中央教会の意志は強く、ある程度宗教的な儀式を伴ってはいたが、それはそれとして参加している子供たちは、聖歌(おうた)をうたって、お菓子をもらって、ご飯を食べて、広場ではしゃぎまわる、ちょっとした遠足のような認識に違いなかった。参加していた聖職者の何人かは苦笑していたが、イレーヌはそれでいいだろう、と思っていた。
「イレーヌ様」
 クローリスという女が恭しく頭を垂れた。炎のような赤いドレスと、い竦むような強い意志を携えた瞳の女だった。毒と焔のような女だ、とイレーヌは内心思う。
「ウラグラス様、この度は」
 イレーヌは惜しげもなく、その頭を下げた。この幻想という伏魔殿で、頭を下げる『程度』で済むのならば、そのことに躊躇などはない女だ。
「素晴らしき会のご提案と、後援を、感謝いたします」
「いえ」
 クローリスは笑う。
「こちらも『後援者』の『強い要望』がございましたので。
 それに、急に決まってしまって、だいぶお手間をおかけしたのでは?」
「いいえ、決してそのような。むしろ……昨今は、幻想でも大きな事件が起き、民の心も疲弊しておりましょう。
 アーベントロートの騒動……フィッツバルディの暗闘……どれも、上手く着地したようですが、上のものの動揺は、市井にも広がるものです。
 気を晴らす、ではありませんが。もうじき聖夜も訪れます。それに先んじて、子供たちに安心と夢を与えるのは、決して悪いことはないでしょう」
「聖夜、ですか」
 クローリスが、頷いた。
「『今年も、何事もなく訪れるとよいですねぇ』」
「ええ、まったく」
 イレーヌは微笑んでうなづいた。
「ウラグラス様、奥に別席を用意してございます。
 お疲れでしょう、どうぞお休みください」
「イレーヌ様は?」
「これでも、幻想中央教会の顔です。子供たちの前では堂々としておりませぬと」
「ああ、御立派ですね。
 『あなたが失われでもしたら、きっと大変なことになってしまうのでしょう』」
 クローリスは笑った。
「では、失礼いたしまして――」
 優雅に一礼する。配下の者を伴い、クローリスが去っていく。誰にも気づかれぬように、イレーヌは目を細めた。
 女狐。いや、毒蛇か。何をもくろんでいるのだろうか? イレーヌが心中で述懐する。
 『念のために』。僧兵は動員している。『いざというときのため』の、ローレットへの連絡と緊急出動のラインも構築している。
 『幻想貴族の善意』などという、この世で最も信じてはならぬ言葉をうのみするほど、イレーヌは少女ではない。それに、『後援者』? 何者だ――臭いを感じる。腐ったどぶ川のような臭いを。魔のような、臭いを。
「最大限の警戒を」
 イレーヌがそう、部下のものに伝えた。公園の彼方此方では、子供たちの笑い声が響いている。

 それが悲鳴に代わるのに、僅かの時間も要しなかった。

 まず起きたのは、爆音。まるで、強烈なりゅう弾砲でもぶちまけたみたいな鈍くて耳をつんざく音が聞こえた。すぐに、子供たちの悲鳴が上がったのを耳にする。
 次に上がったのは、まったく、冷え冷えするほどに青い、焔だった。それは、剣だ。剣。憎悪と憤怒の剣だった。それが、子供たちの首をはねた。胴を切った。心の臓を貫いて、目をえぐり、腕を飛ばし、足を払い、喉笛を切った。
 死んだ。
 死んだ。
 死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んだ。
 幻想の、未来が。
 無残に殺されていくのに、ほんの十数秒もかからない。
「何が――」
「敵襲です! おそらく、魔の!」
 狼狽える部下に、イレーヌはいの一番に正気を取り戻し叫んでいた。
「僧兵、すぐに子供たちを確保なさい!」
「ウラグラス様は?」
「あれは――」
 イレーヌは、歯噛みをした。『首謀者は、あいつだ』。根拠はない。証拠もない。でも、あの、ドブ川の腐ったような眼は――!
「あちらには護衛を派遣しています。大丈夫でしょう」
 嘘をついた。
「とにかく、私たちのなすべきことは、子供たちの救助です。速やかに行動を」
 その言葉に、僧兵たちはおっとり刀で飛び出していた。

●幕間
 まったく、ドブ臭いガキどものお遊戯を見るなどは勘弁してもらいたいものだ、と、クローリスは思う。
「『後援者』――ルクレツィア様の意図は理解できますが。
 まぁ、面倒な上司のオーダーが『悲劇を起こす事』ならばそれも重畳。
 ついでと言えば誰も嘆くでしょうが、中央教会が混乱に陥れば国中の『孤児院』は機能不全を起こす事でしょう。
 回り回ってお前のせいだ、ならば誰よりお優しい聖女はきっと愁嘆にでもくれるのでしょうね!」
 独り言ちる。
 つまり――これは、絶望のための絶望であり、地獄のための地獄であるのだ。
 ただ一人、この世にただ一人の聖女(リア・クォーツ)の『心を折る』ためだけの。
 お前のせいで、子たちは死ぬ。
 お前のせいで、悲劇は起こる。
 この、無意味にして無残なる兇状は、『かの聖女に対してだからこそ意味がある』――!
 そのための、生贄だ。
 この場所の集まった、ドブ臭いガキどもも! 幻想中央教会の司教様すら!
 『冥王公演』のための『楽器調律』にすぎない!
「市井のドブ水に浸かるのはこれくらいにしたいものですね。
 さて、オリオスと、サリア。あのイカれた魔種どもがそろそろ行動を起こすところでしょうか」
「予定通りならば」
 部下の男が言う。その体からは、濃密な魔の気配が感じられた。
「では、『哀れな被害者クローリスは、広場の隅で怯えてうずくまっていましょう』。
 運よく地獄から見逃される。そういう筋書きになっていますもの」
 つまらなさそうに、クローリスは言った。最初から、そう言うことだった。
 子供たちを集め、殺害する。これは、『騒ぎのための騒ぎ』だった。ついでに、子供たちの死と悲鳴も何かにつかえるかも、と言いう話だったが……そんなものは、クローリスにとってはどうでもいい話だった。
「ああ、悲劇ですわ、喜劇ですわ。わたくしったら、なんてかわいそう」
 くすくすと笑う。クローリスは、この場から『奇跡的に生還する』のだ。あとのことは知ったことではない。
「そうですね、クローリス」
 そう、声が響いた。
 そこにいたのは、一人の女だった。
「あら、貴女」
 クローリスが笑う。
「クロリス・クロウでしたわね。フローライトのところの生き残り。
 あのバカな主人をあやしていなくていいのです?
 ……ああ、あなたでしたか。最近わたくしの周囲を嗅ぎまわっていたハエは」
「フローラさまは、もう私が居なくても立派にやっていけます。
 私がなすべきことは、『旦那様の敵討ち』ですよ、クローリス」
 ゆっくりと、長剣を抜き放った。馬鹿な女だ、とクローリスは思った。
「ああ、わたくしが後ろできぃきぃ言っているだけのバカと同じだと思いましたか?
 それは思い違いですよ、クロリス。
 ……というか、前々から思っていたのですけれど。
 あなた、わたくしと名前が似ていて――殺してしまいたいくらいにムカついていましたの」

●惨劇
 『あなた』が広場に踏み入った時に、最初に目にしたのは、年端も行かぬ子どもの『頭』であった。
 酸鼻な絶望の光景は、意識せずとも見つかった。
 爆風で吹き飛ばされて原形もとどめぬ子どもたちの姿も。
 切り裂かれ焼かれて焦げて異臭を放つ子供たちの姿も。
 死に際に父と母の名を叫ぶ子供たちの姿も。
 痛みと絶望に泣き叫ぶ子供たちの姿も。
 探さずとも見つかる。
 此処は地獄だ。
 この世ではないのだ。
 だからきっと、こういうことが起きるのだ。
「ハ――」
 その首謀者の一人が、声をあげる。
「来たかい、ローレット!」
 愉し気に、笑う。
 オリオス=エルフレーム=リアルト。
「……」
 もう一人。氷のように冷たい表情の女。
 サリア。
 この二人が、この地獄を生み出したのだ!
 『あなた』たちは、すぐに武器を握りしめた。
 この魔を突破し――。
 子供たちを、救わなければならない!

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 取りこぼせば楽になり、
 掬いあげれば重くなります。

●成功条件
 魔種・オリオス=エルフレーム=リアルト、および魔種・サリアのうち、片方、或いは両方の完全撃破。

●オプション
 1.イレーヌ・アルエの生存(優先度:大)
 2.子供たちの可能な限りの生存(優先度:中)
 3.クローリス・ウラグラスの告発と捕縛(優先度:小)
 4.クロリス・クロウの生存(優先度:極小)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●このシナリオの背景
 『巨匠(マエストロ)』ダンテよりイレギュラーズに名指しで招待状が届きました。そこにはガブリエル・ロウ・バルツァーレク伯爵が拉致された旨が記されていました。
 この招待の結果を受け、リア・クォーツ(p3p004937)さんが行方不明になりました。
 一連の動きには冠位魔種ルクレツィアが関わっている可能性が高く、ダンテはリアさんを利用して何かとても酷い事を起こそうとしているようです。
 詳しくはトップページ『LaValse』下、『プルートの黄金劇場』のストーリーをご確認下さい。

●状況
 イレーヌ・アルエおよび幻想中央教会が主催した『子供たちの会』が襲撃されました。
 主犯となるのは、二組の魔種。オリオス=エルフレーム=リアルトおよびサリアです。
 この二人は、かつての<Paradise Lost>事件の際にも現われ、ローレットに甚大な被害をもたらした魔種です。
 どうやら、敵陣営は『聖女の心を折るためだけに悲劇を起こしたい』ようです。そのため、このような大規模な殺戮と、大司教暗殺をもくろんだのです。
 今、子供たちの多くは無残に殺され、止めに入った幻想中央教会の僧兵たちもその大半以上が皆殺しにされています。
 止められるのは皆さんだけです。
 戦場は、子供たちの会会場である公園。
 かつては子供たちを楽しませるための屋台などが並んでいましたが、今は子供たちの屍が無残をさらすだけです。

●情報
 少々複雑なシナリオですが、皆さんが目指すのは、『魔種・オリオス=エルフレーム=リアルト、および魔種・サリアのうち、片方、或いは両方の完全撃破』です。それを達成する算段がついたうえで、オプション項目の内、達成する小目標を選ぶべきでしょう。

 1.イレーヌは、戦場にいます。探せばすぐに見つかるでしょう。巻き込まれないように逃がすか、或いは完全に護衛するかは自由です。
   成功条件には含まれませんが、イレーヌが死亡した場合、幻想中央教会に甚大な被害が発生することは明白です。

 2.子供たちは、未だ戦場のただ中にいます。放っておけば攻撃に巻き込まれて死んでしまうでしょう。うまく誘導する手段があれば、それを行うべきです。

 3.クローリス・ウラグラスは、公園内部のどこかにいます。探せば見つかるでしょうが、魔種二体を相手取り、そのような余裕があるかは……?

 4.クロリス・クロウは、クローリス・ウラグラスと一緒にいます。が、刺されて瀕死の重傷です。見つけられないなら確実に死にます。なお、この場にクロリスがいるかどうかを知っている・気づいているかは、フローラ・フローライト(p3p009875)さんが参加した場合、自由に決めて構いません。
  素早く成功条件を満たせれば、探す余裕はあるかもしれませんね。

●敵NPC
【エルフレームTypeKira】オリオス=エルフレーム=リアルト
  巨大なバズーカのようなものを持つ、元秘宝種の魔種です。
  ブランシュさんの関係者で、おそらく同じ目的の下に作り上げられた姉妹機、という事になるかと思われます。
  パラメータ傾向としては、高い攻撃力と防御能力を持つ、重装砲撃タイプ。
  遠距離は彼女の距離であり、『渾身』を持つ全力全開の攻撃は脅威的の一言。
  『ブレイク』や『封殺』、『防無』を持つ遠距離攻撃も厄介です。
  タンク役が確り引き付け、この攻撃を封じるためにダメージを重ねた方がいいでしょう。
  近距離攻撃は遠距離攻撃に比べれば『幾分かマシ』ですが、それでも甘く見ないでください。

【壊炎の濁青】サリア
  身の丈に合わぬな剣を、膨大な蒼き炎の魔力で身体強化を行い振り回す、スピードとパワーを兼ね備えたアタッカー。
  その素早さで前線をひっかきまわしつつ、強烈な一撃を加えてくるでしょう。
  『連』を持つ複数回攻撃や『火炎』系統のBSを持つ攻撃が驚異的です。
  複数人でかかって足を止めて、確実に一打一打を当てていくのがいいと思います。
  ただし、サリアは『復讐』を持つ攻撃も行います。中途半端に痛めつけては、その怒りと絶望の蒼き炎に焼かれてしまうでしょう。

 どちらの二人にも言えることですが、極端な不利を悟れば撤退し始めます。
 作戦成功条件は『どちらか、あるいは両方の完全撃破』です。

炎薔薇の魔女、クローリス
 フローラ・フローライト(p3p009875)さんの関係者。今回の事態の『ひとまずの首謀者』です。(本当の首謀者は、シナリオ背景にある通り、冠位魔種ルクレツィアです)。
 策士タイプですが、戦闘は不可能ではありません。というより、おそらく魔種ですので、戦うにしては相応の覚悟が必要になります。
 おそらく、焔や毒を用いた戦い方をしてくると思われますが、詳細は不明です。

●味方NPC
 イレーヌ・アルエ
  ご存じ幻想大司教。
  強力な聖術の使い手です。
  強力なバッファー・回復役として頼りになりますが、直接的な戦闘能力、特に耐久力はあまりありませんので、守りつつ、援護をしてもらう、というのがいいでしょう。
  生死は成功条件に含まれませんが、生きてた方がいいと思います。

 クロリス・クロウ
  フローラ・フローライト(p3p009875)さんの関係者さん。
  かつての主人を殺害したクローリスへ、復讐に訪れています。
  返り討ちにあって瀕死の重傷です。
  見つけ出せなければそのまま死ぬでしょう。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。

  • <プルートの黄金劇場>地獄のための地獄、絶望のための絶望Lv:60以上完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月08日 22時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
泳げベーク君
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
フローラ・フローライト(p3p009875)
輝いてくださいませ、私のお嬢様
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
タナトス・ディーラー
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)

リプレイ


 まさに蛮行といえる。
 まさに残虐といえる。
 人を殺すために殺し、絶望させるために絶望を振りまく。
 その過程で失われる命に、彼らは価値を見出さない。
 結果だ。
 すべては、命が失われた、という『結果』を求めていたにすぎない。
 命が失われたという結果があれば、かの聖女は必ず、絶望するであろうから。
 子供たち。無垢なるもの。あるいは、それにつながる『大司教』の命と、幻想中央教会の混乱。
 それが、彼の『魔』たちが狙う『結果』であり、それ以外はどうでもよいのだ――。
「どうして」
 『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は静かにつぶやいた。
「どうして、このようなことを――!」
 悲嘆にくれるように、そうつぶやいた。
 あちこちで無残をさらしている子供たちの中に、自分の既知の姿が無いことにわずかにほっとし、同時にざわざわとする何かを覚える。まだ見つかっていないだけかもしれない、という不安。知人が巻き込まれなかった、ということにほっとしかけた罪悪感。
 現場に到着したイレギュラーズたちは、会場内を疾走する。敵の懐をへと飛び込むための行為は、しかしその無残さを如実に目に焼き付けることにもなる。
「これが、公演のため、だっていうのか」
 『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が、そう言った。
「……ああ、俺もこういう手合の側だったかもしれない。
 けど、な、こんな公演を誰だって望まないし――。
 『彼女』だって、望んじゃ、居ない、筈だ」
「カイトさん……」
 『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)が、慮る様にそう声を上げた。
「いいや、大丈夫だ。雲雀。
 何を為すべきか、ちゃんとわかっている」
 そう、カイトは力強くうなづいた。雲雀もまた、頷く。
「うん。相手は、魔種だ」
 雲雀が言った。
「真っすぐに向き合わなきゃ……きっと、勝てない」
 そう。報告によれば、相手は二人の魔種だ。かつての事件でも姿を現した、強力な二人の魔。オリオス=エルフレーム=リアルトに、サリアというのが、その二人だ。
「オリオスというのは――」
 大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が、言った。
「ブランシュ。貴様の」
「ああ、姉妹機だ」
 そう、『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が頷いた。かつて、相対したときのことを思い出す。精鋭のイレギュラーズを相手に、一歩も劣ることなく暴れまわり、悠々と退いていったあの姿――。
「次は負けない。ここで仕留める」
「ああ。此度の災厄、起こしたのが魔であるというのならば、私も久方ぶりに『厄狩』の本領を発揮せねばならん」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が、怒りを隠そうともせずに、そう言った。
「それより――逃げ遅れたと思わしきメイドに、心当たりがあるのだな?」
 そう、『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)へ尋ねるのへ、フローラは頷いた。
「はい、はい……でも、ああ……!」
 苦し気に、胸を掻きむしるように手を当てた。
 嘘であって欲しい。間違いであって欲しい。本当は、今すぐチームから離れ、彼女の――クロリスの無事を、確かめたい。だが。
「……落ち着きなさい、私……!
 『今』やるべきことは……!」
 最優先とすべきは、魔種の撃退。そしてイレーヌの確保。子供たちの確保。
 愛すべき家族の命の優先度は、限りなく低い。それを理解している。そのうえで、それを否定したいと心が叫び、理性がそれを押さえつける。
 今やるべきことは、何だ? みっともなく取り乱して、子供のようにクロリスを探し回ることか?
 いいや、否、だ。それを選べるから、クロリスは、『暇をだせるくらいに、私を信用してくれたのじゃないのか』!
「わかっています。とにかく、魔を退けるのが、最優先です」
 その言葉に、汰磨羈は頷いた。
「……すまんな」
 小さく、つぶやいた。行ってこい、と言えればどれだけ心楽だろうか。だが、フローラがかければ、それだけ魔の撃退に手が足りなくなる。ギリギリの綱渡りなのだ。魔の討伐とは。
「神様って言うのは、意地の悪いものですね」
 『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が、そう言った。簡単に、楽はさせてくれない。何時だって、この世界は。
 それに……いや、これだけは、神のいたずらというわけではあるまい。明確な悪意が、そこにはびこっているのだ。見ろ、この地獄を。あちこちに倒れているのは、子供だけではない。幻想中央教会の僧兵たちもそうであるし、子の引率に来た大人たちも混ざっているのだろう。
 今は、多くが逃げ出しているようだが、しかし未だ、敵は虐殺を続けているのだろう。一秒でも遅れれば、それだけ人が死ぬ。それ故に、イレギュラーズたちは全力で移動を続けているわけだが、しかし焦る気持ちとは裏腹に、体が出せる速度などは限界がある。
「……ッ!」
 また、爆音が響いて、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は唇をかみしめた。あの爆発一つで、何人の人間が死ぬのか? 敵は、『ただ聖女を絶望させるため』だけに、このような行いをしているのか……!
 許せない、と思った。この虐殺を行っているものも、背後にいるものも。絶対に――。
「居たな……奴らや!」
 『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)が、声を上げた。
 その視線の先に、それは居た。
 女のように見える。
 黒髪の女であり、
 金髪の女であった。
 黒髪の女は、近代的な『砲』のような武器を持っており。
 もう一人は、近づくだけで冷たさを感じられるような、そのような『青い炎の剣』を持っていた。
 間違いなく、魔である。
 ヨゾラが顔をしかめた。応じるつもりはないが、いるだけで人を狂わせる、呼び声が聞こえたような気がした。
「行くぞ」
 武蔵が言った。
「問答をする暇はあるまい――!」
「ああ、そうだ」
 カイトがうなづく。
「こんなものを、誰も望んじゃいない――。
 ……始めようか、地獄すら、冷たく消え果てる雨の世界を」
 そう、つぶやくカイトへ、雲雀は僅かに視線を向けてから、頷いた。
「俺は貴方の一番弟子だ、師匠の障害になるものを取り払うのは当然だから」
 雲雀が言った。
「俺を、使ってほしい。こういう時は」
「ああ」
 カイトが頷いた。
「頼む」
「任された」
「メイメイ!」
 汰磨羈が叫んだ。
「イレーヌを頼む!」
「はい……!」
 メイメイが、頷いて、跳び出した。すでに、護衛対象は見つけていた。子供たちを背に、勇敢に立つ、大司教を。
「イレーヌさま! 助けに参りました……!」
 メイメイがそう言うのへ、イレーヌが申し訳なさそうに表情を変えた。
「申し訳ありません……私が居ながら、このような……!」
 血を吐くような思いで、イレーヌは言ったに違いない。止められなかった。幻想の悪魔どもと対等に渡り合う己と言えど、真なる魔に相対するには力不足だといことを突きつけられたかのようだった。
「大丈夫です……わたしたちにも、できることと、できないことがあります……」
 勇気づけるように、メイメイは言う。
「今、できることを、やりましょう。わたしも、イレーヌ様も……!」
 メイメイの背後で、さっそくの戦いが始まっている音が聞こえた。すぐに振り向けば、苛烈な剣閃と爆裂が、長閑であったはずの公園を、皮肉のように鮮やかに染めていた。
「まずは……」
「ええ、子供たちの安全。それでよいのですね?」
 貴女の安全の確保を最優先に、とは言わせない気配を感じた。メイメイはうなづく。
「はい。近くに、安全な場所があれば……」
「少しでも、ここから離れましょう」
 イレーヌが言う。
「安全を確保とはいきませんが、それでもここにいるよりずっとマシです。
 メイメイさん、お手伝いをお願いします。生き残った僧兵にも連携させ、可能な限り、皆を助けましょう」
 その言葉に、メイメイは頷いた。まずは、『今』やれることをやるべきだ。わたしたちは。


「あの時のか……!」
 ヨゾラが叫ぶ。目の前にいた魔種は、確かに、かつての幻想での戦いで遭遇した魔種二人に間違いない。ヨゾラは、彼の事件の時に二人に遭遇していた。そして、一応の撃退は遂行できたのだが――。
「全力じゃないだろうさ」
 ブランシュが言う。
「余裕だっただろう――オリオス!」
 ブランシュの叫びに、答えたのはオリオスの『砲』である。強烈な、光の砲撃。ブランシュは、空中で身をよじる様にしてそれをよけた。
「ハハ! あの時よりやるようになったようだな、姉妹よぉ!」
 兇悪な笑みを浮かべながら、オリオスが笑う。
「お前の獲物はいないようだが、サリア、さっさと片付けてしまえよ!
 今回の仕事は、頭でっかちな司教様の殺害も含まれている!」
「ええ」
 サリアが頷く。
「神の加護など、無意味であること。無益であること。無駄であることを」
 たんっ、と、サリアが踏み込んだ! 速い! 戦場を縫うように駆ける蒼炎のフェアリィを捕らえるべく、フローラが奮戦する!
「こんなことをしている場合ではないんです!」
 術書を開きながら、術式を諳んじる。放たれた悪意の魔弾は、しかしサリアの斬撃によって切り裂かれた。
「気が漫ろですね。そういうものから、神は見捨てていくんです」
 斬撃が、フローラの体を薙いだ――一瞬先に、身をよじる。致命ではない。だが、強烈な一撃が、フローラの体を走る。
「そぞろ……!?」
 フローラが痛みに喘ぐように声を上げた。そうだ、そうだとも。わかっている、今やるべきこと、目を向けるべきこと! でも、頭の片隅に浮かぶ、不安を!
「そんなことを言われたら、クロリスに怒られちゃうから……ッ!」
 押し込めるように、痛みを、不安を、ざわざわと体を走る恐怖を押さえるように、フローラは叫んだ。激痛に身を焼かれながら、再びの術式を唱える。再度の、魔弾、叩きこまれたそれが、サリアの剣を叩いた!
「無駄を――」
「してはいない」
 カイトが叫ぶ。その突き出した手から、導き出された呪いは舞台演出のようにサリアを照らした。それは、極寒の紅蓮地獄という、一種矛盾したかのような地獄を生み出す。極冷気が、サリアの体を叩き、その体中から血液をほとばしらせる。
「アンタたちを、ここで殺す。そのために、俺達十人がいる」
 あるいは、その極冷気よりも冷たい青の瞳を、カイトは向けた。サリアが、光の届かぬ瞳でそれを見据えるや、己の青の焔の剣を以て、自ら出血する傷口を『焼いた』。
 ぐじゅう、という音とともに、異臭が漂う。あの熱は、そう低い温度などでは決してあるまい。躊躇なくそれを行える、覚悟。いや、狂気か。
「無茶苦茶なことを……」
 雲雀が、カイトをカバーしながらもそう声をあげる。サリアは、魔である。そうであったとしても、あの狂気は、既に自らすら捨て鉢になっているかのような、そのような恐怖を抱くのには充分な異行である。
「最期に、世を呪う口が残っていればよい」
 サリアが、そう声を上げた。
「最期に、神を殺す呪詛だけがあればよい。
 ええ、ええ。この手が焼けて腐れようとも。この足が焼けて腐れようとも。
 私の焔が、ただ世界を呪えばそれで好い」
「壊れてる……」
 ヨゾラが、そうつぶやいた。
「思ってた以上に、君は壊れているんだ……だから」
 そう、身構える。
「そんな君に、この世界をどうこうなんてさせるつもりはない」
「カイト」
 雲雀が言った。
「たぶん、ただじゃすまない。どっちも」
「わかってる」
 カイトが頷いた。
「ただで済ませるつもりはない」
 蒼い瞳が、憎悪の光に揺らめく。
 同時に――。フローラもまた、己の心のうちに覚悟を抱いていた。
 恐ろしい。恐ろしい。なんという、恐ろしいほどの憎悪。世界を呪う怒り。憤怒。目の前の小さな体から、まるでこの世界を、丸ごと燃やし尽くすかのような恐ろしい焔(憤怒)を感じる。
「だとしても……越えなければ、ゆけないのなら……!」
 家族を、救えないのならば。
「その焔、消して見せます……!」
 体は震えて。
 心は震えて。
 唇をかみしめても。
 フローラは、一歩を踏み出す。踏み出さなければ、何も得られない!


「まったく……!」
 流石のベークも舌を巻く。強烈なオリオス=エルフレームの砲撃は、彼のベークと言えど、まともに食らえば意識を吹っ飛ばされかねないほどの威力だ。
「時にあなた方は空腹を感じるので?
 いえ、僕は非常食ではありませんが……!」
 痛みを堪えながらも軽口をたたいて見せるのへ、オリオスは笑った。
「貴様はひょろっこいな! 肉を食うといいぞ!」
「あー、お肉ばかり食べてるから、そう声が大きいのでしょうね……!」
 防戦を演じつつ、ベークはその手を振るった。甘い香り――いや、その内に潜むのは死毒のそれか。オリオスは、狂暴に笑ってみせて、その香りをばくりと飲み込むようなジェスチャーをして見せた。
「いい香りだな――口をピリピリとやる刺激も気に入ったぞ! 坊主!」
「見た目の年齢は大して変わんないでしょう、化け物め」
 敵の攻撃は苛烈だ。だが、ベークは退くわけにはいかない。ここで退くという事は、すなわち戦線の瓦解を意味していた。そうなればどうなるか。最悪の想像などは容易だろう。
「オリオス=エルフレームか!」
 武蔵が叫ぶ。その背の艦砲は、混沌肯定の支配下であっても、魔を撃つのには十分すぎる力を持っている。その号砲が、雄たけびのように鳴り響いた。飛び込む砲弾を、オリオスは自らの砲で迎撃する。爆風が、中空で炸裂する――衝撃。
「貴様、ラダリアス博士のデータベースに乗っていた、異世界の戦艦とか言う奴か! まさか人間のかたちをしているとはな!」
「貴様の知っているものとは似て異なるものだ! だが、その魂は同じ――故に尋ねる! 何故このようなことを!」
「私もいろいろと大変でなぁ!
 すまじきものは宮仕えという奴だよ!」
「何に仕えている? 貴様――」
「考えてろよ? 当たったらシレンツィオにでも招待してやろうか!」
 獰猛に笑うオリオスが、強烈な射撃をぶちかます。武蔵のそれをはるかに凌駕するであろう、絶対飽和射撃。武蔵が速やかに回避運動をとるが、全弾回避とはいかない。
「ちぃ……! ド級戦艦クラスか!」
「頭に超を三つはつけな! 兄弟!」
 再びの発射体制に入ったオリオスへ、しかし汰磨羈の砲撃が襲い掛かる。殲滅の光、神をも穿つ。強烈な一撃に、オリオスはたまらず回避行動をとる。
「おのれェッ!」
「吠えるなよ、駄犬が! しつけがなっておらんようだな!」
「狐だか猫だかがッ!」
「正解! 後者だ、駄犬がッ!」
 再び打ち放つ殲滅の光を、オリオスは寸前で回避した。爆裂する熱が、オリオスの皮膚をチリチリと焼く。痛みすら喜びに変えるように、オリオスは笑った。
「楽しいかい!? 猫の目はよぉ!
 そうやって厄を払う気取りで、ずっと戦ってきたんだろうが!」
「貴様の下らん勧誘に付き合ってやるつもりはない!」
 突っ込んできたオリオスを打ち払うために、汰磨羈は刃を抜き放った。砲で殴りかかってくるのを、汰磨羈は刃にて打ち払う。
「ベーク!」
「了解です!」
 横合いから殴りかかる――跳び蹴りのような形で、ベークはオリオスを引きはがした。
「お食事中でしょう? マナーがなってませんね。まぁ、僕は非常食じゃないんですけど!」
 力強く押し込んで、オリオスを叩きつける。同時、彩陽が撃ち放った矢が、オリオスの砲に突き刺さった。
「武器を狙うか……!?」
「その動きは止めてやんよ……!」
 彩陽が間髪入れず、再び矢を放つ。それが突き刺さった瞬間、オリオスは砲を撃ち放った。強烈な爆光が、彩陽を飲み込む。
「先に貴様の動きを止めちまえばいいんだろうが!」
「オリオス!」
 追撃を見舞おうとしたオリオスへ、ブランシュが突撃した。スピードを乗せた衝撃波を叩きつける! オリオスがわずかに足を止めた。
「オリオス……お前と戦うのは、シミュレーション含めて何回目だ?
 もうそんな記憶も俺には残っちゃいない。少なくとも、記録上実戦は3回目か。

 お前が正しかった。
 平和も、理想も、願いも。何ひとつ力が無ければ取れなかった。
 だから、俺も力でお前を超える」
「アァ?」
 叫び、突撃するブランシュへ、オリオスは馬鹿にするように小首をかしげて見せた。
「俺は決めた! すべての人を、強者にする!
 力がなければ生き残れないのならば、俺がすべてを強者に変えて見せる!
 お前と同じだ、オリオス――」
 その言葉に、オリオスは表情をゆがめた。
「馬ァ鹿か貴様は」
 がり、と、ブランシュの頭を、オリオスが握りこんだ。
「あのなぁ。あのなぁ、姉妹よぉ。
 なんで私が、『すべての人を強く~』とか言ったと思ったのかわからんがな。
 貴様が馬鹿のようだから教えてやるが、私は『絶え間なく争い進化するべき』と言ってるだけで、その者の強弱なんぞは気にしちゃあいねぇんだよ」
「ぐっ……!」
 ブランシュが、激痛を堪えながらその手で反撃をもくろむのへ、オリオスは間髪入れずにブランシュを地面にたたきつけた。
「例えば――ラダリアス博士は、強かったから私たちを作れたのか?
 違うだろう? 強かったならば、勝手に復讐でもなんでもすればいいんだろうが。
 ラダリアスはなぁ、『弱かったから、私たちを作ったんだ』。
 いいか? 銃があるだろう? これは『人間が強かったから生まれたのか』?
 逆だッ! 人間が強かったのならば、そんなものは必要ないからだッ!
 いいか!? 弱者は弱者なりに頑張って殺されるべきなんだよ!
 私は、『守られるべき弱者』などという、何の役にも立たないゴミが嫌いだなけだ!
 貴様と私の思想は、根本的にすれ違っている!
 貴様は結局、『大切なものに力を与えることで、その者を守りたい』だけだッ!」
 べぎり、と、オリオスはブランシュの背を踏みつけた。這いつくばったブランシュの、背を。
「本当に私と道を同じくしたなら誘ってもよかったのだが。
 やはりだめだな。貴様は。
 何の価値もない」
「吐き気を催すよ」
 武蔵が言った。
「今すぐその足をどけろ」
「どけないとどうする?」
「そっ首叩き落とす!」
 吠えた。武蔵が、突撃する――斬刀! 振るわれる一閃は、しかしオリオスの首を捕らえることはできない――!
「無駄な戦いだったなぁ、貴様らのは!」
「汰磨羈君、仕切りなおす!」
 ベークが吠えた。そのまま、オリオスの足を止める。
「了解だ! 射線から退避しろ! ぶっ飛ばす!」
 汰磨羈の放つ殲滅の光が、オリオスを吹き飛ばした。が、オリオスはいまだ、健在だ!
「じゃあよぉ、ここからまた闘争をはじめようかい! 仕切りなおすんだろうが!」
 凄絶な笑みを浮かべながら、オリオスは再び構えをとった。
「なんて奴や……!」
 彩陽が、身構える。オリオスの強さは、この場にいる四人を相手にしてなお、圧倒的といえた。


「……よく、頑張りました、ね。
 此処は、危ない、から……一緒に行きましょう。歩け、ますか?」
 膝を擦りむいたのだろう少女に、メイメイは優しく声をかけた。イレーヌを伴っての救助活動は、メイメイの活躍もあり実にスムーズに進んでいた。
「あとは、僧兵たちに任せれば大丈夫でしょう」
 イレーヌが言う。メイメイが、少女の頭をなでて、勇気づけた。
「今日は、怖かったけど……大丈夫。もう、安心です。
 あの、お兄さんについていってください」
 僧兵に少女を委ねると、メイメイは立ち上がった。
「イレーヌさまは、わたしがお守りします、から……皆を援護して下さい……!」
 そう、力強く伝えるメイメイに、イレーヌもまた、強くうなづいた。
「ええ。微力なれど、あの魔を払うために」
 二人が戦場に戻れば、戦いは中盤を超えたところだっただろうか。どちらの陣営も傷ついていたが、しかし攻め手にかけるという点でイレギュラーズは『圧されている』といえた。
「作戦を」
 イレーヌが言う。メイメイは間髪入れずに答えた。
「あちらの、オリオスという黒髪の魔種を撃破して……もう一人を撤退に追い込みます……!」
「では、あちらのメンバーに合流した方がよさそうですね。メイメイさん、お力添えを」
 そういうイレーヌへ、メイメイはうなづいた。イレーヌが、メイメイの手を握った。それだけで、鮮烈な聖なる気配が、メイメイの体を駆け巡るような気がした。神聖なる、祝福の気。これが、幻想大司教の力か!
「皆で力を合わせましょう。彼の魔を、ここで調伏します」
 それは、絶対者の号令のようにも聞こえる。イレギュラーズたちに対しては物腰柔らかであるイレーヌだが、なるほど、これこそが幻想大司教としての彼女なのだろう。
 自分が護るものの、本当の重さを自覚しながら、メイメイはその神気に負けぬように、一歩を踏み出した。
 戦局は、ここから変わる。


「光が……!?」
 武蔵が叫ぶ。後方から放たれる、神気が、仲間たちの傷を瞬く間に癒し、そして立ち上がり武器を振るう活力を与えてくれていた。
「メイメイの……? 違う、それだけじゃない、これは……!」
 薫り立つ風が、メイメイのやさしさが、イレーヌの神気をまといて、世界を癒す風となるような気がした。果たしてその通りに、仲間たちはいま一度立ち上がる活力を漲らせていた。
「ハ――いいのかい」
 オリオスが笑う。
「そちらの大司教様はなぁ、こちらのターゲットでもあるんだがな!」
「だとしても」
 メイメイが言った。
「わたしが、守ります」
「頼むぞ、メイメイ」
 汰磨羈が、ボロボロになりながらも、立ち上がった。
「その代わり、こっちは僕らで何とかしますからね」
 ベークも、そう言って笑う。
 誰もが限界に近い。それでも。
「奴はここで仕留める」
 武蔵が言った。
「報いを受けてもらうぞ、戦闘狂」
「やって見せろよ、死にぞこないが!」
 オリオスが叫んだ。砲を構える。
 おそらくここから、決着がつくまでに、数十秒と必要としないはずだった。
 ベークが駆ける。砲の一撃を、まず受け止めるために。その体を以て、オリオスのターゲットを引き受けた。
 一撃。解き放たれるそれを、ベークが受け止める。吹っ飛ばされる――その間髪を入れず、武蔵が砲撃をぶちかました。殲撃。号砲。武蔵の艦砲が、大地に突き刺さる。衝撃が、オリオスの体を叩いた。激痛が走る。それを以てなお、オリオスは獰猛に笑っていた。
 再度、砲を構える。ブランシュが、つっこんだ。その体から、ジャミングを発する。接近。近寄れば、武器を殺せる。間に合うか――。
「いったよな。絶対止め続けてやんよ、って。
 ……命かけたとしても、後悔はしない。だって、それが今自分のすべきことやから。
 ああ、ようやく。それが果たせた」
 彩陽が、しとどに血を流しながら、そう言った。
 放つ魔弾が、砲を撃ち抜く。止まる。動きが。一瞬。それで、間に合う。
 ブランシュが、ジャミングを展開してつっこんだ。武器管制がダウン。オリオスが、無防備をさらした。打ち抜く。ブランシュの、拳が。速度を乗せた一撃が、オリオスの腹部をぶち抜いた。そのまま、蹴り飛ばす。ブランシュが、『射線』から離れる。
「やれ!」
 叫んだ。
 汰磨羈が居た。
「因果応報という言葉を知っているか? その言葉を以って示そう。
 ――"貴様等は、ここで死ぬべきだ"」
 放つ。
 光が――。
 殲滅の光が!
 戦の魔神を、飲み込む。
「――ハ」
 オリオスが、笑った。
「私は! 戦場で生きて、戦場で死んだ――!」
 叫び。
 光の中に。
 消えていく。
 消えて――。
 ぷつり、と。
 魔の気配は、一つ。
 途絶えた。


 絶望の瞳が、蒼の瞳を射抜く。
 青の瞳が、絶望の瞳を射抜く。
 サリアとイレギュラーズの戦いは、嗚呼、決定打を出せぬまま、サリア相手に『生存する』事が精いっぱいの状況といえた。
「……くうっ……!」
 盾役として全力を尽くしてきた、ヨゾラもおそらくは限界だろう。
「ごめん……こんな奴相手に……!」
 悔し気に、呻く。体中が痛い。動け、動け! そう叫んでも、満足に体は応えてくれない……。
「そこまでして」
 サリアが言った。
「何を守りたいのですか? こんな世界の、何を?」
「わかんないよ、君には……!」
 ヨゾラがそう言うのへ、サリアはうなづいた。
「ええ。
 貴方も。
 よくわかりません」
 そう言うのは、先ほどからにらみ合う、蒼の瞳。
 カイト。
「――俺は、『当事者でない人間だけを巻き込んだ地獄』は嫌いなんだ」
 応える。
「地獄にいるのは、俺達だけでいい。
 あの屋敷に、彼女を残していくことになってしまった、俺達だけで」
「それでは、聖女は絶望しないのでしょう?」
 サリアが言った。
「それでは――クライアントの依頼を遂行できませんので」
「そんなことのために、こんなことができるのか」
 雲雀が言う。
「そんな……人を傷つけるためだけに!」
「そうですね……でも、先に私たちを傷つけたのは、この世界ですから」
 ず、と、闇が、彼女の瞳を覆ったような気がした。
「ずっとずっと最初に、私たちがこの世界に傷つけられたのですから。
 私たちがこの世界を傷つけて、それでようやく平等ですから。
 私たちには、この怒りの焔で世界を焼く権利があるのですから」
「狂ってるね……」
 雲雀が言った。
「あんな奴には負けられないよ、カイト」
 そう、言った。
「さっきも言ったよね。
 俺を使ってくれ、って。
 仲間が、友人が一人で立ち向かえないものに一緒に立ち向かうのはもっと当然でしょう?
 貴方が脚本を考える為の時間ぐらい、いくらでも作ってみせる。
 今この瞬間だって、これから先だって」
 そう。
 想いを。言葉を。
 伝えて――。
「ああ」
 カイトが頷いた。
「そうだとも」
 立ち上がる。
 フローラもまた。傷だらけの体をおして。
 なすべきことを。今できることを、やるために。
「……」
 サリアが構える。
 再び、蒼の焔の暴威が吹き荒れるのだろうか。
 だが――。
 刹那、光が、戦場を奔った。
「オリオス……やられたのですか」
 サリアは静かにそういうと、その刃を振るった。戦場を、苛烈な炎が踊る。
「逃げる……!」
 フローラが言うのへ、サリアはうなづいた。
「ええ。充分殺しましたし、これ以上の結果は見込めなさそうですから」
 そう、声を残し、サリアは炎のうちに消えた。
 押し返した。
「メイメイ! 子供たちは? イレーヌは!」
 カイトが叫ぶのへ、メイメイはうなづいた。
「は、はい。助けられる、子たちは、可能な限り……!
 イレーヌさまも、御無事で……!」
 そういう。戦闘に参加したタイミングは遅かったが、しかしそれでも、メイメイは体を張って敵の攻撃からイレーヌを守り続けていた。充分以上の働きといえるだろう。
「なら、あとは……」
 カイトが言うのへ、フローラが慌てた様子で声をあげる。
「ごめんなさい。我儘な、私事だとは理解しています。それでも――」
「うん。探そう、貴方の家族を」
 雲雀が、そう言った。ヨゾラも頷く。
「ごめん、皆もしんどいかもしれないけど――」
「戦友の家族だ。この程度で泣き言は言っていられないだろう?」
 汰磨羈が、そう言ってみせたから、フローラは泣き出したい気持ちになった。


 そろそろだろうか、と、クローリスは思う。愚かにも攻撃を仕掛けてきたクロリスは返り討ちにしてやった。あとはオリオスとサリアの仕事であり、こちらには関係あるまい。しかし、『あたりが騒がしすぎる』。クライアントのオーダーは、鏖だったはずだが。
「使えない連中ですね」
 クローリスは鼻を鳴らす。どうにも……上手くいかないような気がしていた。まるで、何かに……足を引っ張られたかのような感覚。
 執念? あのクロリスとか言う女の?
 ふと、そう思う。そんな気すら、してしまう自分に、些かの嫌気がさしていた。
「ああ、ウラグラス様」
 そう、声がかけられた。幻想中央教会の、僧兵だった。
「ご無事でしたか……」
「ええ、幸いに」
 にこり、とクローリスは笑う。
「『イレーヌ様も、御無事で』?」
「ええ、ローレットの皆様の活躍で」
 笑う僧兵に、つばを吐きかけたい気持ちだった。なんとも、あの二人、結局役割を果たせていないではないか!
「それは良かった」
 内心を悟られぬように、クローリスは微笑んだ。
「ところで……あちらの騒ぎは?」
 そう、視線を送る。確か、クロリスを殺したあたりだ。死体でも見つかったのだろう。
「女性の方でしたよね。事件に巻き込まれたとは、お可哀そうに」
「ああ、いえ、『命はつながった』そうです」
 そう、僧兵が言った。
「イレーヌ様が、直々に治療を施しまして……ただ、今後、意識が戻るかは……なんともいえないそうですよ。魔種にやられたとかで」
「まぁ、怖い」
 すこし、いらだった。死んでいなかった? しかも、イレーヌがわざわざ手を下したとは。なんとも……悪運の強い奴だ。
「ああ、あちらの方が、ご家族の方らしいですよ」
 そう、僧兵が言った。
 クローリスの視線の先に、女がいた。
 よく覚えている。
 無能な女だ。
 部屋に引きこもって、めそめそと鳴いていただけの女だ。
 フローラ・フローライト。
 あの、鬱陶しいフローライトの、娘がいる。
 視線が合った。
 明確に。
 敵意を抱いていた。
「クローリス様」
 そう、フローラは言った。
「知っていますか?
 ……クロリスはすごいんです。
 仕事は速いし正確だし、気配りも良くて他の使用人の教育もしっかりして。
 でも荒事だけはてんでダメで、戦いで勝つ見込みがない事も知っている。
 それでも成し遂げようとしたなら、『負けても既に目的は達成している』」
 そう。
 あの負け犬のような瞳に、意思を携えて!
「クロリスがそこまでする相手。つまり……」
 貴女なのですね、と。
 言外に。
 六年前のあの日に。私の家族を奪ったのは。
 そして今、また、家族を奪おうとしたのは。
「まぁ、怖い」
 クローリスが笑う。
 証拠はない。何も。いや、あったとしても、彼女の家の力なら、この幻想国であるならば、消し去れてしまうだろう。
「ご家族の不幸、心中お察しいたしますわ、フローライト様」
 背を向ける。カイトが、小さく言った。
「ドブ川の匂いはどんな香水でも隠し切れない物だよ」
 それを、聞こえないふりをして、クローリスは去っていく。
「すぐに尻尾をつかむ」
 ブランシュが言った。その手には、姉妹のコアが握られている。

 イレギュラーズたちの作戦はなり、敵の目論見は崩れた。
 それでも、失った命と、守れたものと、守れなかったものの重さを、感じずにはいられなかった。

成否

成功

MVP

メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

状態異常

ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)[重傷]
タナトス・ディーラー

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 イレーヌ・アルエは無事生還。
 子供たちも、可能な限りの救出に成功しています。
 また、クロリス・クロウは一命をとりとめましたが、その意識が戻るかは不明です。

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