PandoraPartyProject

シナリオ詳細

砂漠の奇妙な動く岩。或いは、エントマと岩の“帰りたい”という1つの願い…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ムービング・ストーン
『帰りたい』
 朝の砂漠に声が聞こえた。
 砂混じりの風に紛れるような微かな声だ。女性のものとも、男性のものとも判断は付かないし、そもそもその声はエントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)の脳内に直接響いたような気もする。
「……んん? んー?」
 足を止めて、周囲を見渡す。
 けれど、近くに人影は無い。遮るものなど何も無いほど広い砂漠だ。遠くまで視線を向け手も、人の影さえ見当たらない。
 だが、そこでエントマは“奇妙な物”を発見した。
 それは砂上に残った痕跡である。重たいものを引き摺った……或いは、蛇か何かが這って行ったかのような長い長い痕跡が、砂の上に残っているのだ。
 痕跡の先には、半ばほど砂に埋もれた岩が1つ。
 直径はおよそ60センチ。大の大人が両手を回して、やっと抱えられる大きさだ。重さはきっと250~300キロはあるだろう。
 一体、誰がこの過酷で暑い砂漠の真ん中を、岩なんて引き摺って歩いているのか。
 エントマは恐る恐ると言った様子で岩の傍へ近づいた。
「……はぁ? なんだ、これ?」
 岩にロープでも巻かれているものと思ったが、どうやらそうではないらしい。
 そこにあったのは、岩が1つだけ。
 人の姿も、足跡も、ロープや何かも存在しない。
「でも、岩を引き摺った痕跡は残ってるよね? どういうこと?」
 まさか、岩が勝手に動いたとでもいうのか。
 いくら砂漠の風が強いとはいえ、吹かれて動くような大きさの岩では無いのだ。
 首を傾げた。
 四方からじろじろと岩を覗き込み、得体の知れない痕跡の理由を探し始める。
 と、その時だ。
『帰りたい』
 再び、何かの声がした。
 囁くようなその声は、エントマの脳裏に直接響いた。
 そして、次の瞬間だ。
 ズズ、と。
 ほんの数センチだけ、岩が勝手に動いたのである。
「……マジか」
 自分の目で直にそれを見てしまえば、“動く岩”なんて異常なものでも信じないわけにはいかないのだ。
「帰りたい……ったってねぇ? どこに?」
 岩へと問うた。
 自分でも変なことをしている自覚はあった。だが、声が聞こえた以上は、そう問わずにはいられなかった。
 当然、岩からの返答はない。
 ただ、南へと……海の方へと向かっていることだけは分かった。
「変なもん見っけちゃったけど、まぁ、協力してあげるか」
 上手いことすれば“エントマChannel”の企画に出来るかもしれない。
 そんな欲を掻いたことが失敗だった。
 その日、エントマは砂漠の真ん中で消息を絶った。 

●ヒズミの誤算
 ヒズミはラサの盗賊だ。
 生まれ故郷は特にない。
 砂漠を旅する商隊に生まれたヒズミは、幼い頃から死と隣り合わせに生きて来た。ラサの砂漠に点在している町で商品を買い付けて、次の町でそれを売る。
 売った金で商品を買って、また次の町で売り払う。
 そんなことを繰り返し、砂漠を旅して生きて来た。もっとも、それもほんの五年前までのことである。
 ヒズミが15歳のころだ。
 砂漠の真ん中で砂嵐に逢い、商隊員のほとんどと、積荷の全てを失ったのだ。
 辛うじて生き残ったのは、ヒズミをはじめとした5人の若者だけ。全員が商隊生まれで、帰る故郷も持たず、そして家族も荷物も金も何もかもを失っていた。
 繰り返すが、ラサの砂漠は過酷である。
 荷物も金も持たない者が生きていけるほど生温い土地ではないのだ。
 だが、ヒズミは、そして仲間たちは生きたかった。
 だから、彼らは盗賊に身を落とした。
 命が尽きる前に旅人を見つけられたのは、彼らにとって幸運なことだっただろう。
 襲った旅人が、ラサの有力者であったのは、彼らにとって不運なことだっただろう。
 旅人から荷物を奪い、命を繋いだ数日後……ヒズミたちはお尋ね者となっていた。
 たった1度の強盗働きが、ヒズミたちから再起の道を奪ったのだ。
 以来、5年。
 彼らはラサで、盗賊として生きている。

 世にも奇妙な「動く岩」。
 そして、珍しいものを買い集めているラサの好事家。
 以上2つの噂を聞いたヒズミとその仲間たちは、ある計画を思いつく。
 つまり「動く岩」を回収し、ラサの好事家に高値で売りつけるという計画であった。

「で、岩を見つけて、アジトに回収してきて……ここまでは順調だったんだがなぁ」
 砂漠のどこか。
 アジトの中で、ヒズミは深い溜め息を零した。
「おらぁぁぁ! 離せぇぇぇ! 私を解き放てぇぇぇぇ!!」
 零した溜め息を掻き消すように、エントマの怒号が鳴り響く。
「……うるせぇ」
 エントマを攫って来たのは成り行きだ。「動く岩」を取りに行ったら、丁度、そこに居たのである。
 顔を見られてしまった以上、エントマを放置してはおけない。
 だが、ヒズミたちは殺人を良しとしていない。
 だから、とりあえず誘拐したのだ。
 それが失敗だったと知るのは、アジトに帰ってからである。
 そう、エントマは煩かったのだ。
 石造りのアジトにその大音声が反響し、ヒズミの鼓膜はもう破れてしまいそうだった。
「砂嵐のせいでアジトから出られないしよぉ。あと数日も、この煩いのと同じ空間で過ごすのかよ」
 何度め分からない溜め息。
 きっと、砂嵐が止んで「動く岩」を売りに出かけるその時まで、ヒズミの溜め息が止むことは無いだろう。

 エントマが消息を絶ってから2日後。
 砂漠の真ん中で、エントマの自立式移動カメラが発見された。すでにエネルギー切れで停止していたカメラには、エントマの残したメモと地図の切れ端が貼り付けられていた。
 地図の一ヶ所に、赤いバツ印が記されている。
 現在地と、ヒズミたちの荷物の量から推測した「誘拐犯のアジト」がある場所なのだろう。
 そして、メモの内容はこうだ。
『“動く岩”と私を助けて!』
 まったく意味が分からない。
 意味が分からないけれど、助けに行かないわけにもいかず……かくしてイレギュラーズに招集がかかったのである。

GMコメント

●ミッション
エントマと“動く岩”を回収すること

●ターゲット
・動く岩
直径、およそ60センチ。重さは250~300キロほどの岩。
『帰りたい』と思念らしきものを発しており、おそらく海の方へ向かっていた。
2~3人いないと運べないものと思われる。

・エントマ・ヴィーヴィー
動く岩を発見し、その声を聴いたローレットの関係者。
ヒズミ一味に誘拐され、アジトに拘束されている。

●エネミー
・ヒズミ一味×5
20歳前後の青年たちで構成されたラサの盗賊。
元は商隊の出身であるため、強盗はしても、殺人はしていない。
活動歴は5年ほどだが、悪に染まり切ってはいないのだろう。しかし、全員がラサで指名手配されている。
「動く岩」を回収に行ったところ、エントマと遭遇。成り行きで誘拐してしまった。
砂漠生活が長いため、強靭な肉体を持つ。
攻撃には【不殺】が付与されているものの、戦闘能力自体は高いようだ。

●フィールド
ラサの遺跡。ヒズミ一味のアジト。
石造りの家屋が10と、周囲を囲む岩の塀。アジトには数頭の馬とラクダ、それから1台の馬車が隠されている。
侵入者対策はしっかりされているようで、地面のあちこちにトラバサミや鳴子、落とし穴などが仕掛けられている。
また、現在、アジトの周囲では砂嵐が巻き起こっている。砂嵐は、起こったり止んだりを繰り返しているため、ヒズミたちは基本的に家屋内に引き籠っている。
砂嵐に巻き込まれると【重圧】や【停滞】、【懊悩】の状態異常に見舞われる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 砂漠の奇妙な動く岩。或いは、エントマと岩の“帰りたい”という1つの願い…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年12月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ケドウィン(p3p006698)
不死身のやられ役
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)
メカモスカ

リプレイ

●砂漠には砂漠の風が吹く
 砂漠に風が吹いていた。
 砂嵐と言うやつだ。目の前は砂の色に染まって、砂と風とが渦巻く音が鼓膜を震わせ、脳髄までもを痺れさせていた。
 右も左も分からない。まっすぐに進んでいるかも分からない。
 そのような状況でありながら、8人は砂嵐の中へ、より風の勢いが強い方向へと進む。
 進まなければならないのだ。
「うっわ目に砂が! しかも生身のほう! うぅ、ゴロゴロする……」
「おい、大丈夫か? 転がってると、置いてかれんぞ」
 『炎の守護者』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)が手で顔を覆って砂漠を転がっているのを、『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)が立ち上がらせる。
 もたもたしている時間は無いし、貴重な人員をここで失うわけにもいかないのである。
「回収対象はエントマと……動く岩、ときたか。何ともまぁ、珍妙なモノに遭遇するものだな?」
「あぁ、やっぱり変わってんなぁ、この世界は」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の零した言葉に、義弘は同意を示した。
 今回、イレギュラーズが回収を依頼されたのは、ラサの砂漠で発見された“動く岩”と、それを探しに行って盗賊に捕らわれたエントマだ。
「”動く岩”か……それは自分で動く岩ってことか? そいつは珍しい、ぜひともお目にかかりたい」
 『不死身のやられ役』ケドウィン(p3p006698)が、顎に手を当て思案する。
 ラサの砂漠には、未だ解明されていない謎も多いが“動く岩”ともなれば、まったくどういう理屈で、動いているのか予想もつかない。加えて言うなら、動く岩はどこかに帰りたがっているという噂もあった。
 もう、こんな砂嵐の中を歩かされているのだから、ひと目“動く岩”を見てやらねば気が済まない心境である。人はそれを好奇心と呼び、実のところエントマが盗賊に捕らわれる原因となったのも、そういった感情の動きに起因するのである。
「その岩も盗賊も帰りたい場所があるとみえる。ならば我もちょっと手伝ってやるとするか」
 ふと足を止めた『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)が、視線を左右へと巡らせた。
「我も母上のところに帰りたい気分になるときがちょいちょいあるしの?」
 零した声は、誰の耳にも届かない。
「盗賊か。エントマさんを攫うなんて……!」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)がビスコッティに続いて、歩みを止める。
「……“向いてない”奴等だな、というのが第一印象だ」
 少しだけ、風の勢いが弱まった。
「あぁ。だけど、彼女が無事かも心配だし、攫った人達が彼女の好奇心や大音声にやられてないかも心配だ! 彼女も動く岩も引き取……取り返しに行かなくてはならないな!」
 3人の見やる先……砂塵の向こうに遺跡の影。
 それから、誰かの叫び声。

『ねぇー! さっさと帰りたいんだけどっ! あんたら盗賊にしちゃ温くない!? 中途半端に親切にするぐらいなら、いっそ解放してくんない!』

「……エントマだな」
 その声を聞いて、ラダは呆れた顔をする。
 盗賊に捕まっていると聞いていたが、どうやら元気にしているらしい。エントマが図太いのか、それとも盗賊が温いのか。
「しかしまぁ、こっから先は盗賊連中の拠点なんだろう? 罠とかもあると聞いているが?」
 目立たないようにするためか。その場でしゃがみ込みながら、ケドウィンが遺跡を凝視する。そこまで大規模な遺跡ではないが、砂嵐のせいで視界が悪く、おまけに遺跡も砂に塗れて視認しづらい。
「どうする? 移動しやすいルートには罠があると思って間違いなさそうだが?」
「なに、そこは俺に良い考えがある」
 汰磨羈の問いに答えたのは、『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)だ。
 自分の頭を人差指でコツコツと叩き、キドーはにやりと微笑んだ。
「これだけの砂嵐だ。風に関わる精霊は元気いっぱいだろうよ」

●ヒズミ一味と捕らわれのエントマ
 風には風の、水には水の、大地には大地の精霊がいる。
 精霊はひどく気紛れで、そしてどこにでも存在している。
「よう、最近どう? 皮が捲れて肉が削げそうなぐらい、いい風だねェ」
 キドーがやったことと言うと、ご機嫌に砂嵐を巻き起こしている精霊を見つけ、話しかけるというものだった。つまり、これもある種の交渉であると言える。
「上手くいくといいけど。あっちの方にエントマさんがいるのは確かなんだし、帰路も考えれば罠はどうにかしておきたいよね」
「それにヒズミ一味の動きもな。砂嵐に油断して、警戒を怠る類の連中ならいいが」
 精霊と会話しているキドーを横目に、チャロロと義弘が声を潜めて言葉を交わす。
 そうしている間にも、キドーと精霊の会話は弾んでいるようだ。時折、朗らかな笑い声さえ漏れ聞こえて来る。仲良くなったようでたいへんよろしい。
「そういやあさ、最近このへんで色々落とし物しちゃってよ。何か見たら教えてくれるか、砂を掘り返すのを手伝って貰えると助かるんだがな」
 幾らかの雑談の後、やっと本題に入ったらしい。
 キドーは、まるで10年来の友人にそうするかのように何も無い虚空を数度、空の手で叩いた。どうも精霊の肩か何かを叩いているらしい。
「……お? 砂嵐が収まって来たな」
 最初に異変に気が付いたのはイズマだった。
 砂嵐が弱まるにつれ、カタカタという奇妙な音が目立つようになる。ぱっと見では目視出来ないが、そこら中にしかけられた鳴子の音だ。
 ざぁ、と風が吹いた。
 イレギュラーズと遺跡の間の砂が風で吹き飛ばされて、幾つかのトラバサミの罠が露出する。随分と数が多く、迂闊に砂嵐の中を進んでいたならそれと気付かずに踏み抜いてしまっていただろう。
「多少の負傷はどうにかなると思うが……多いな。戦いの前に消耗するのは避けておきたいところだ」
 ケドウィンが苦い顔をする。
 罠の1つひとつは大した効力を持たないだろう。けれど、塵も積もれば山となるのだ。
 慎重に解除しながら進んでいては、盗賊たちに気取られる。
「ふんす!」
 だが、ビスコッティは構わず罠を踏み抜いた。
 罠を踏めばどうなるか? 決まっている、作動するのだ。
 バチンと大きな音がして、トラバサミがビスコッティの足首を挟んだ。
「自己再生とBS無効があるからな。トラップを強行突破するならちょうど良かろう」
 予想通り、そう大したダメージは無い。トラバサミと言えば、当たり所によっては足の骨を粉砕する威力を発揮するものだが、どうもそれほど強いバネも用いられていなかった。
「……不殺を主としている連中なんじゃろう? ってことはじゃ、落とし穴だろうとなんだろうと即死はないはずじゃよ」
 足首を噛むトラバサミを外しながら、ビスコッティはそう言った。
「そういう“中途半端さ”があるから皆助ける気なんじゃろ?」
 
 ビスコッティたちが罠を解除しながら遺跡に近づいていく間、チャロロとイズマ、汰磨羈の3人は先行して遺跡に近づいていた。
『砂嵐が止んだよ! ほら、今のうちに開放してくれたら、帰れるじゃん! 帰りたい帰りたいと、岩もそう言ってます!』
『動く上に喋るのかよ……少し黙っててくれ。砂嵐は止んだり、吹いたりを繰り返すもんなんだ』
 遺跡の中から人の声がした。
 片方はエントマの声。もう片方は、ヒズミの声だろう。
「エントマさんが騒いでる……ねぇ」
 空を舞いながらチャロロは言った。
 少なくとも、エントマとヒズミの潜伏している廃墟はこれで明らかになった。
「交渉するんだったか? 地面には降りないようにな。この辺りにも鳴子の罠が多い」
 汰磨羈の声。だが、姿は見えない。
 2本の尾を持つ白猫の姿で、物陰に身を潜めているのだ。
「そうだな。まずは交渉からだ。いきなり殴り合うなんて、物騒だろう?」
 そう言ってイズマが何かを放る。
 
『皆さん、指名手配を終わらせたくはないか?』
 遺跡中に声が響いた。
「イズマさん? イズマさんじゃん! 助けに来てくれたの! ありがとー! おら、盗賊、てめぇら死んだぞ!」
 イズマの声に気付いたエントマが、元気よくヒズミを煽り始めた。
「……我々の正体は露見したな」
 物陰から廃墟内へと忍び込んだ汰磨羈が、呆れたようにそう呟いた。

「探せ! どこから声が聞こえてる!」
 ヒズミが大声を張り上げた。
 外から、幾つかの足音がする。ヒズミの仲間たちが、イズマを探して隠れ家から跳び出したのだ。
 イズマは構わず、話を続ける。
『彼女と岩を譲るなら、皆さんを"死んだ事にする"。そうすればお尋ね者という身分は忘れ去られていく』
ヒズミたちの身を案じての提案だ。
そのことはヒズミにだって分かっている。
『持ち物の一部とかで死んだ証拠を作って示す必要があるが、そこは協力する……どうだ?』
 武器を手に取りながら、ヒズミは唇を噛んだ。

 ヒズミは……そして、仲間たちはイズマの提案を“一考の価値がある”者だと判断した。
 けれど、同じぐらい“信用ならない”とも感じた。
 何か騙そうとするんじゃないか。
 悪人はいつだって、善人のふりをして近づいて来るものなのだ。
 誰もがイズマの提案を内心では受け入れたいのだ。だが、信用が出来ないのだ。既に彼らは盗賊で……1度の失敗が、仲間まで巻き込んでの死に繋がるのだ。
「おい! あそこだ! 罠を外そうとしてやがる!」
 一味の1人が、罠を外しているビスコッティに気が付いた。

 再び、強い風が吹く。
 カタカタと鳴子の音がした。
 砂嵐だ。
「そこで何してる! どっから来た!」
「鉄の棒が得物とは、中途半端な連中よな……っと!」
 鉄の棒を持って駆け寄って来る盗賊へ向け、ビスコッティは外したばかりのトラバサミを投げつける。
「わっ!」
「あぶねぇっ!」
 盗賊たちが怯んだ直後に、砂嵐が視界を覆う。
 これでビスコッティたちの姿は、盗賊の視界から消えただろう。
「ナイスタイミング! いやぁ我完璧すぎて自分が怖くな……っ!」
 跳びはねた瞬間、ビスコッティの足元が抜けた。
 落とし穴の罠が作動したようだ。
「げっほごっほ! 砂! 口に砂!!」
「おい、平気か? 捕まれ。連中が来る前に隠れた方がいい」
 穴に落ちたビスコッティを回収しながら、ケドウィンが言う。
「姿を隠すってもな……遺跡の方か?」
 ケドウィンに手を貸しながら、義弘が眉間に皺を寄せた。遺跡の方向は分かっているが、砂嵐で視界が悪いうえに、そこは盗賊の拠点だ。
 地の利なら、盗賊たちにある。
 少しの間、思案してラダは遺跡の方を指差す。
「仕方ないだろう。まだ、イズマが交渉中だ。下手にやり合いたくはない」
「おぉ……十分に気を付けるとしよう」
 ラダと義弘が遺跡に向かって走り始めた。
 最後尾に付いたキドーは、ふと思いついて自分たちが進むのとは違う方向に向け“メガリスの礫”を放り投げた。
「とはいえ手加減してやられちゃあいけねえから……よっと」
 砂嵐のせいでよく見えないが、礫はきっと砂や瓦礫を巻き込みながら転がっているはずだ。そのうち、遺跡か何かにぶつかるはずである。
 盗賊たちの気が、少しでも逸れれば良いのだが……。

「悪いが、あんたたちの誘いに乗る気はない。犯罪者だぞ、俺たちは」
 そう告げるヒズミの手には、鉄の棒が握られている。
 ご丁寧なことに、棒には布を巻きつけていた。可能な限り、殺傷能力を抑えるための工夫である。だが、その構えには存外に隙は無く、瞳に燃える意思も強い。
 盗賊としては半人前もいいところだが、戦士としての実力は高いように思える。
「交渉は決裂か……」
 イズマは細剣に手をかけた。
 その隣にチャロロが並び、姿勢を低くし拳を握る。

『帰りたい』
 汰磨羈の脳裏に響いたのは、男のものとも、女のものとも知れぬ誰かの声だった。
 意思だけが直接、脳裏に伝わっているようにも思える。
「これか……珍妙だな」
「汰磨羈さん、どっから忍び込んだんっすか?」
「そこの窓から猫に化けて。“動く岩”は隣の建物か? あれも持ち帰らないとなんだが」
 ヒズミのアジト周辺に仕掛けられていた罠は解除している。
「エントマを連れて逃げ出すだけなら簡単なのだが……」
 “動く岩”は汰磨羈だけでは運べない。
 どうしたものか、と思案しながら汰磨羈は視線を外へと向けた。

「おっと、追いつかれたようじゃぞ?」
「じゃあ、俺が行こう。敵の頭数を減らす方向で動くぜ。先行ってくれ」
 降り抜かれた鉄の棒を、ケドウィンが腕で受け止めた。
 筋肉が軋み、骨が痺れる。
 だが、耐えきれないほどではない。砂嵐のせいで、動きづらいことが難点だが、それは盗賊の方も同じだ。
「悪いな。命までは取るつもりは無い」
 カウンターで放つ拳が、盗賊の顎を打ち抜いた。

 砂嵐が弱まった。
 あと数分もすればすっかり止むだろう。そのことに気付いたラダは、遺跡の傍に停められている馬車の方へと目を向ける。
 エントマと岩を回収したなら、砂嵐が止んでいる間にこの場を離れなければいけない。
「あれが使えるか」
 と、そう呟いた、その直後。

『おぉい!! 誰か近くにいないのっ! 岩、運べないんだけど!』
 
 エントマの声が遺跡中に響き渡った。

●遺跡からの脱出
「助けに来たぞエントマ! 少し待っててくれ!」
 エントマへ叫び返しながら、ラダは背中からライフルを降ろす。エントマの声に気が付いて、盗賊たちが一行の方へ向かって来ているのだ。
「エントマを人質にされると厄介だ。迎え撃つか?」
「トドメを刺さないようにな」
 義弘が拳を握った。
 ククリナイフを抜いたキドーもその横に並ぶ。
 近づいて来る盗賊の数は3人。全員、鉄の棒を持っている。
 身のこなしはなかなかのものだが、闘志の割に殺意が低い。数の上では不利だが、経験も含めれば義弘とキドーの2人で十分に抑えられる数だろう。
「抵抗すんじゃねえ、おとなしく縛につきやがれ」
 どうにもちぐはぐな連中だ。そんなことを考えながら、義弘は握った拳を背後へ引いた。
 キドーと義弘が、3人を無力化するまでそう長い時間は必要無かった。

 ヒズミはたしかに強かった。
 だが、あまりにも“甘すぎ”た。
 イズマとチャロロの2人を相手に立ちまわるには、殺傷力の低い得物ではまったく足りない。
「ちぃっ!」
 振り抜いた棒が、チャロロの盾に弾かれる。
 ヒズミは歯を食いしばり、鉄の棒を旋回させる速度を一段、上げたのだった。

『帰りたい』
 そんな言葉が脳裏に響いた。
 地面を這う岩を目にしたのは、アジトから脱出したエントマと汰磨羈、それから馬車を駆って近くまで来ていたラダの合計3人だ。
 3人の視線を浴びながら、岩が確かに動いている。
「あれがそうか……実物を目にすると、違和感がすごいな」
「汰磨羈か! で、エントマも無事か」
 脱出して来た汰磨羈とエントマの存在にラダが気付いた。その間も岩は動いている。
 ゆっくりだが確実に、岩はひとりでに地面を這って動いているのだ。
 それから……。
「……なっ!?」
 3人から少し遅れて、ヒズミも岩の存在に気付いた。

 振り回す鉄の棒が岩に命中する寸前、ヒズミは急に動きを止めた。
『帰りたい』
 その声が、ヒズミの脳に響いたからだ。
 しかし、急に攻撃をやめた代償は大きかった。
 ヒズミの眼前に拳が迫る。一瞬のうちにチャロロが懐に潜り込んだのだ。
「エントマさんとこの岩は渡してもらうからね!」
 そして、放たれるアッパーカット。
 的確に顎を打ち抜き、脳味噌を揺らす。殴打の音は軽かったが、効果は覿面だ。膝から崩れ落ちたヒズミの手から武器が転がり落ちた。
「あなたたちはまだ更生できる、もう少し考え直してほしいんだ」

「馬車はチャドに牽かせよう。にしても、なんだこれ? 海から出てきたのか? ……生き物?」
 義弘とケドウィンが運んでいる“動く岩”を眺めつつ、イズマはそう呟いた。
 見たところ、どう見たって単なる岩だ。
 だが、確かに動いている。なるほど、好事家が高い値段を付けるのも理解できた。
「急いで脱出しよう。じきにまた砂嵐が吹く」
 そう言ってラダは、馬車の御者席から降りる。その視線の先には、縄で縛られたヒズミ一味がいた。
 現在はビスコッティとチャロロが見張っている。
「さて……ここはラサだ。経歴も刑罰もある程度金銭でどうにかなる」
 ラダが告げた。
 その話を横で聞きながら、キドーは思う。
 彼らのやり方は、盗賊としては甘すぎる。数年も生き延びられたことが不思議なぐらいだ。
「労働で返済しながらとなろうが、私含め誰かの下でやり直してみないか」
「つっても、ラサでやらかして、その末に余所者の手を借りて外国へ出ていくってんなら、居ない間にどんな悪評が立つか分からない……二度と帰れなくなるかもな」
 キドーは言った。
 彼なりの忠告だ。この先、どう生きるかはヒズミたち自身に決めさせなければならない。
「ま、弊社も受け入れ先のひとつとして立候補はしてやるよ」
 何も言わないヒズミ一味を馬車へと乗せて、一行は遺跡を後にした。
「とりあえず海か。ラダんとこでいいんじゃないか?」
 義弘の提案で、とりあえずの行先は港の街と言うことになった。

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ヒズミ一味を捕縛し、エントマと“動く岩”を回収しました。
とりあえず、港の方へ運ばれることになりました。
依頼は成功です。

この度は、ご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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