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シナリオ詳細

<プルートの黄金劇場>ハッピーエンドはもう来ない

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●語り部
「……『魔種』って連中は不自由なもんだよねェ」
 軽薄にして悪食たる性悪の魔術師はたっぷりの含みを持って言いました。
「誰より自由で、誰より好き勝手します、してます――なんて顔をしてサ。
 その実、何よりも面倒臭い鎖に絡みつかれている。
『元々存在していた人間性から逃げられず、拘泥し続けた何かから離れられる事も無い』。
 原罪クンが『誰より人間らしい男』なんて呼ばれているのも納得だ。
 どいつもこいつも要らない感じに情が深くて――『反転』はそんな奴程強くなる。
 まぁ、元からどぶ川に沸いたぼうふら連中は知らないケドね!」
 誰も手の届かない、そして手も出さない――そんな傍観者の場所で言うのです。
「だから『彼』は壊れた器に拘らずには居られない。
 万雷の拍手と賞賛を浴びるべき才気を持ち合わせながら、愛する妻と我が子と人生の一大目標を持ちながら。
 願いが歪み、汚れ、二度と正しい形で叶う事等無いと知っているのに。
 それでも、愚直に『公演』の成功を目指さずにいられない。
 これを滑稽と言わずして何と言えるだロウか?
 元々は多くの聴衆を魅了する筈だった彼の神曲は最早誰も幸せにはしないのに!」
 選択の余地は無かった。
 あの時、『反転』していなければ恐らくは全てが失われていた。
 選択の余地は無かったのだ。
 ただ、そこから伸びる道が余りにも悪意めいていただけで。
「悲劇だね! ――いや、喜劇だ!」

 ――人生には幸福の二倍の不幸がある。
   そして、人生とは上手く行かないからこそ人生であるかのようだ。

「同情するよ、巨匠(マエストロ)。
 この僕だって、『美しいもの』位は理解するんだ。
 願わくば『君の本当の曲』が聞きたかった」
 魔術師は公演のベルが鳴り、重い緞帳がこれより持ち上がる事を知っている。
 今回、何一つ手は出さない。
 手は出さない、いや。『出せない』が思う所が無い訳では無かった。
「――あ、そうか。僕も父親だカラ、彼の気持ちは良く分かるんだ。
 いや、これは盲点だった。そうカ、これがパパの気持ちってヤツなんだねェ!」
 その、『自己評価』だけは大概当てになるものだとは言えないのだけれども――

●三つ目の嵐
「……ふぅ」
 ガブリエル・ロウ・バルツァーレクは一つ嘆息して執務室の天井を見上げていた。
 根を詰め過ぎた仕事は勤勉で粘り強い彼の全身にも色濃い疲労を残している。
 さもありなん。病み上がりのレイガルテに無理をさせる訳にもいかず、リーゼロッテにその適性があろう筈も無く。『双竜宝冠』事件の後始末は文字通り壮絶を極めたからだ。
(期せずしてレイガルテ公が如何に偉大な人物かを理解させられてしまいましたね……)
 ガブリエルは『代打』のポジションで見た光景に思わず苦笑せずにはいられなかった。
「未熟者が」と叱咤するレイガルテを頭の中に思い描き「ごもっともです」と頷かずにはいられない。
 彼とて幻想のバランサーなる仕事は十分に果たしてきた心算ではあったが『背負う』仕事は余りに重い。
(しかし、陛下もあのご様子ならば……ええ、踏ん張り所なのでしょう)
 ガブリエルの見る国や世界の光景はこの数年ですっかり別の物になってしまった。
 幻想国内は以前に比べれば驚く程安定している。『Paradise Lost』『双竜宝冠』二つの大事件は政情に大きな爪痕を残していたが、結果的に貴族達と統治のバランスは改善の方向を示している。強すぎた有力者の既得権と貴族主義が薄れた事により、そしてフォルデルマンが一定の王威を示した事により、幾分か幻想の方針が民の方を向き始めているからだった。
(それもこれも、特異運命座標のお陰でしょうね)
 政治に問題を感じながらも長らく一歩を踏み出す事も出来なかった自分も今、奮闘している。出来ている。
 頑なだったリーゼロッテの心の氷を溶かし、レイガルテにさえ実力を認められ、王さえも動かした彼等はどうしようもない位に特別だ。ガブリエルは彼等と彼等の在り様に感謝せずにはいられなかったが……
(――いえ、それだけではありませんね)
 ……『客観』を意識した自身の思考に一つ小さく首を振る。
 高級材の執務机の一番上の引き出しの鍵を開け、そこから小箱を取り出した。
 掌の上に置いた小さな箱をそっと開けば、そこには大粒の宝石のあしらわれた見事な指輪が輝いている。
「……こんな華美なものを好む方かどうかは、分からないのですが」
 芸術や美術品を好む『遊楽伯爵』としては譲れない部分であった。
「……………頃合いでしょう。運命がもし、交わるとするのならば」
 口に出したのは自分を奮い立たせる為である。
 ずっと心に温めてきたこと。
『特異運命座標には感謝してもし切れない程の感謝があるが、ガブリエルが特にそれを感じるのは最初から一人である』。
 彼が脳裏に描くのは快活で凛々しく、時に酷く女性らしい――リア・クォーツ(p3p004937)の姿だった。
 彼女は美しい。身体的な特徴に非ず――いや、それも美しいのだが――心根こそが美しい。
「……」
 ガブリエルは知っている。
 彼女が過去の傷に他人を疎んだ自分を引き上げてくれた事を知っている。
 彼女が問題を抱え、誰より傷付き、しかしその姿を見せまいとする事を知っている。
(甘やかし上手の甘え下手なんて。
 ……貴方は何時だって無邪気な無意識なのでしょうが。
 年上の男としては、余り認められるものではないのですよ、リアさん)
 だから、ガブリエルは決めたのだ。
『あの時』以来、そして『あの時』踏み込めなかった一歩を踏み出す事を決めたのだ。
 上手くやれるかは分からない。しかし幻想の貴公子として、今度は彼女を守り、支えると――

 ――しかし、そんな挑戦的で野心的で甘やかな夢想は突然起きた『騒ぎ』によって中断される。

「……!?」
 幻想の実力者、三大貴族の一角であるガブリエルの下に招かれざる客が現れる事等普通は無い。
 故に、執務室の扉を開けて堂々と侵入した青衣と槍の老人の姿に目を見開かずには居られない。
「夜分に御免仕る。此方風月というが、そんな事はどうでも宜しい。
『遊楽伯爵』ガブリエル殿、ちと所用がある故、此方にご同行を願おうか」
「……お断りします、と言ったら?」
 机の下に隠した剣に手を伸ばし、ガブリエルは薄く笑った。
(嗚呼、こんな時さえ――)
 以前ならば戦おうという心算も起きなかっただろうに。
 ガブリエルは直感してしまったのだ。この男は先の事件に関わっていると方向のあった男なれば。
 魔種か何かの差し金で動いている可能性が高いのだと。
『ならばその悪心の切っ先は自分ではなくリアに向いているのだろうと』!
「無論、無理にでも。生憎と手加減は母の胎に置いて産まれた武骨故。多少手荒になるが許されよ」
 余りに些細なもうひと騒ぎが起きて、赤い絨毯の上に特別製の指輪が転がり落ちた。
 名工の手で作られた逸品は悲しい程に冷たく輝き。
 これより始まる『きっと救いのない物語』を照らしている――

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 プルートの黄金劇場第一話。
 ごめんなさい。
 スケジュール非常にタイトですが、頑張りますので宜しくお願いします。

●依頼達成条件
・ガブリエル・ロウ・バルツァーレクの救出
・魔種の何らかの企み(?)を達成させない事

※ガブリエルが死亡した場合、大失敗になります。
 又、背後にある何某かへの対応次第で大成功以上になる場合もあります。

●ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
 幻想三大貴族『遊楽伯爵』です。
 芸術と文化の愛好者にして庇護者、そして商人達の利益代表者。
 温和な気質であり、幻想で一番モテる貴公子です。
 何か、拉致られたらしいという情報が伝わってきました。
 何でかって、名指しでリアさんとゼファーさんに『招待状』が届いたからです。

●『巨匠(マエストロ)』ダンテ
 招待状を出した人。
 反転した魔種であり、ベアトリクスの夫。リアさんの実父。
 幻想と鉄帝の国境近くの山にある辺鄙な屋敷に来いとの事。
『娘の個人的な友人位までは歓迎するが、余り大勢は品を損ねるので遠慮されたし』。

●風月
 ガブリエルを拉致した人。
 青衣に槍の武人であり、ゼファーさんの育ての親。
 ゼファーさんをステンレスガールに鍛えた男。
 数年前、ゼファーさんの前から突然に姿を消していたが、その後再会している。
 詳しくはゼファーさんのSSを読もう。
『尚、西風の槍の娘は必ず連れてこられたし』。

●パウル・ヨアヒム・エーリヒ・フォン・アーベントロート
 鴉殿と呼ばれた魔術師。リーゼロッテの実父。
 本編には出てこない。何もしない人。信頼出来ない(?)語り部。

●『煉獄篇第五冠色欲』ルクレツィア
 冠位魔種『色欲』。
 自らの手を汚す事、自ら戦う事をかなり嫌い、後ろで糸を引きたがる策略家。
『双竜宝冠』の経緯から考えて彼女が今回の『スポンサー』である可能性は高いでしょう(というか『そう』なんですが、それをPCが認知していても良いという事です)
 出てきたら大変な事になるでしょうが、果たして。

●屋敷
 幻想鉄帝国境近くの山にあるダンテの大邸宅。
 一般的な幻想様式の貴族邸だと思われますが詳細は不明です。
 ガブリエルはそこに捕まっているらしい。
『歓迎』はされるものと思われますが、『どんなもの』かはまるで不明。
『最悪』ルクレツィアが出てくる事さえ有り得るのですから。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●このシナリオヤバくない? 罠カード伏せてない?
 ヤバいです。
 何処からどう見ても伏せてます。五枚位。
 そういう前提でやって下さい。

 スケジュール上、非常に駆け足で展開すると思われます。
 大変かと思いますが、宜しくお願いいたします。

  • <プルートの黄金劇場>ハッピーエンドはもう来ないLv:80以上、名声:幻想100以上完了
  • 黄金劇場に開演のベルが鳴る――
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2023年11月30日 01時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談4日
  • 参加費250RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
小金井・正純(p3p008000)
ただの女

リプレイ

●アンダンテ
「確かに公演は一度は見たかったぜ? でもこんなS席はなあ……!」
「どう考えても罠、ですよね」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)と『ただの女』小金井・正純(p3p008000)の言葉を否定する材料は大凡何処にも存在し得なかった。
 風雲急を告げた『双竜宝冠』事件の破滅を回避したのも束の間、漸く取り戻しつつあった平穏を謳歌する暇も無くイレギュラーズに届けられたのは一通の『招待状』であった。
「幾ら歓迎をしてくれるって言ってもな。
 どうしたってそこは『冥王の胃袋の中』なんだよな――」
「ガブリエルさんがかどわされた。
 かのマエストロと、最近騒がしく物騒なゼファーさんのお爺様からの御呼出し。
 頭も胃も痛い、と。いや、本当にたまらない位痛くなりますよ」
 カイトと正純の言の裏は既に取れていた。『遊楽伯爵』ことガブリエル・ロウ・バルツァーレクの邸宅は闖入者の手痛い爪痕が残されており、彼が拉致をされたというのは明確な事実である。彼女の言った『マエストロ』と『御爺様』はそれぞれが唇を強く引き結んだままの『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)と『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)の実父、そして育ての親に当たる人物であった。
「フィッツバルディに続きバルツァーレクまで、とは。
 あのクソ鴉の言等話半分としか言いようもありませんが、この件にもドブ川色欲の関与は明白でしょう。
 そんな状況にこの人数で、予測のしきれない敵陣に乗り込むのは正直、愚と呼ぶ他はないでしょうね」
「……悪いわね、本当に」
『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の実に冷静で的確な分析に、重く憂鬱な表情をその美貌に湛えたリアは溜息を吐くようにそう零した。
 深緑の聖地――玲瓏郷ルシェ=ルメアでの事件と母であるベアトリクスの言から『父』の運命を知った彼女は何時の日かこんな時間が来る事を覚悟していた。我が身に巣食う呪い(クオリア)は他ならぬ父の仕掛けたものであり、彼はどうしようもない位に歪んでいる。いよいよ強くなる嫌な予感は彼女にこの先に待つ致命的な破滅の訪れを告げているかのようであった。
(……ちょっと励ましてあげた方がいいかしら?)
 破天荒でありながら案外友人甲斐のある『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)はリアの横顔をちらりと見てそう考えた。
「そんなに肩に力を入れていたら、成功するものもしませんわよ。
 きっと大丈夫です。だってこの世は、神の愛で満ちているのですから」
「アンタ、まるで司祭様みたいじゃない」
「まるでも何もれっきとした聖職者でございますけれど!?」
『見て来たように』教会の司祭のような事を言ったヴァレーリヤが思わず抗議めいた。
「初めて知ったわ」
「よし、戦争ですわね、リア! 鉄帝式説法を差し上げますから、そこに直りなさい!」
 胡乱なそんなやり取りもきっと必要なピースである。
 されど聳える壁は高く、カイトは苦笑を禁じ得なかった。
「ガブリエル伯を無事に逃がせるなら良し、一緒に離脱できるならもっと良し……だが。
 これら全部、リアを呼び出す為の餌に感じるんだよな。
 ……此方側のピースがせめても上手く仕事できりゃいいんだが」
 それが如何に難しい事であるかは彼でなくても――否、一流と呼べる程に戦い慣れたこの場のイレギュラーズでなくても分かっている。
「いえ、別に全然悪くはありませんよ」
 一方で正純は平素の彼女と変わらずハッキリとそう言った。
「友人が困っているのです。リアさんもゼファーさんもとても放ってはおけませんからね。
 何が待ち受けているにしても、ガブリエルさんを救出し皆で帰りましょう。それだけです」
「――――」
 小金井正純は感情を激するような事の少ない女である。
 一方でその様子とは裏腹な程に情の深い女でもあった。
「全くですよ」
 此方もまぁ――『身内』の範囲が些か狭く、ともすれば硬質の美貌と称される事もなくはないドラマだが呆れた調子でそれに頷いた。
「他ならぬリアさんの想い人を救う為ならば、貸し借りは無しです。
 同盟の名の下に、助力するだけです!」
「……そうね。アンタ達はそうよね、ありがとう」
「全くです」
「……? どうしたしまして」
「……何だかねぇ。面映ゆいというか、こんな時なのに少し嬉しくなってしまうわね?」
 ゼファーは言葉の通りに何とも言えない顔をしていた。
 先と同じセリフと共に胸を張ったドラマとは対照的に正純はリアの言葉の雰囲気に一瞬で合点をする事は出来なかったようだが、彼女のともすれば淡々と見えるその口調や声色の中に何ら迷う事の無い決意を見た時、強い友情を感じたのはリアやゼファーだけの話ではなかっただろう。
「ただ、やっぱりね。ハッキリ言うけど――厄介よ。厄介極まるわ、今回の話」
 リアを取り巻く環境――マエストロ・ダンテの思惑は湿度が高く思われたが、ゼファーが良く知る人物の方はその逆に思われた。
「まぁ、十中八九人間のまま、正気のままなのよ。
 ……分かっちゃいたわよ。嫌なぐらいに確信めいてね。
 でもだからこそ、とんでもなく暴力的で身勝手なのよ、あのおじいちゃんは」
 ゼファーは彼の乾いた暴力性が時に事態に恐ろしい位のアクセントと悲劇をもたらす事を知っていた。
『幼少の頃より生き抜く為と教えられ、徹底的にそれを躾けられたからこそ良く分かっていた』。
(何をさせたいのよ。何が望みなのよ、一体。ねえ、おじいちゃん――)
 宙に問うても答えは何処か。
 ただ、ゼファー彼が何者にも操られず、何者にも縛られず最短距離で自身の目的だけを向いている事を確信している。
 それがこの事件に悪い影響を与えこそすれ、決して芳しい結果を産まない事を知っている。
 事件に『ダンテの目的』と『風月(おじいちゃん)の目的』が絡んでいる以上、事態はより複雑怪奇な色合いを帯びる可能性は高いと言えるだろう。
 まず間違いなくダンテはリアを狙いとしており、風月はゼファーをその的としている。
 イレギュラーズのケアしなければならないのがその両面である以上、対応の仕方はどうしても限定的になると言わざるを得まい。
「何とか私も頑張ってみるからね……!」
「ん」と頷いたリアに『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は珍しい位に強い気を吐いた。
(ねぇ、リア)
 恐らくは強烈な不安と苦痛に苛まれる強い友人にじっと視線を注ぎシキは考えた。
(ねぇリア、覚えてる? 初めて会った時、私の旋律を綺麗だって言ってくれたこと。
 鳴り響く鐘みたいで素敵だわって言ってくれたこと――)
 善良で優しいリアは殊更にそれを強く意識している訳では無かったかも知れない。
 だが、シキにとって彼女との出会いは、そんな言葉は間違いなく嬉しいものだった。
(……だから、この旋律が君を苦しめるなら、私は感情だって捨てられる。
 どんな事をしたって、君の為なら――『戦える』)
「気負うなよ。気持ちは一緒だぜ」
 気を張るシキの背中をポンと叩き『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)が言った。
 ダンテに狂わされたリアのクオリアのチューニングは外れている。
 友人が、愛しい人達が彼女を想う程に彼女の精神は苛まれる。
 シキにせよサンディにせよ、極力伝わらないように心を殺してでも――旋律をかき消してでもこの場に立つのは彼女自身の為に他ならない。
「クオリアに証明してもらわなくたって、俺は俺だしな。シキだって同じだろ?」
「……ん」
 リアは気持ちを汲む。或いは『汲んでしまう』。
 さりとて彼女は彼等に対して改めて『直截的』な答えを知る必要は無いだろう。
 人の気持ちは分からないものであったとしても、それは全てに該当する事ではない。
 少なくともリアは親友達の想いを答え合わせなしでも理解している!
「――行こう」
 猛々しさとはまるで正反対なシキの誓いは言葉にされなくとも一同の空気を引き締めた。
 山中を進む一行はもう間もなく『公演』の現場に到着する。
 そしてそこで何が起きるかは、この場の誰もがまるで知らない。
「鉄帝国との国境近くの山……こんな所にダンテの邸宅があるとは。
 隠れ家の所在としては成程、という立地ですが。
 そう言えばかのマエストロは『偏屈なる音楽家』で通っていましたね……」
『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は遠く山中の邸宅をその双眸に映して溜息を吐くように言った。
 彼が魔種である事は既に確定的に明らかだが、人間としての声望は彼にとって都合の良い隠れ蓑だったと言えるのだろう。
 領内に巨匠が邸宅を構える事を嫌う貴族はおらず、彼が人を近付けたがらなかったのならばこれは格好の『アトリエ』だったと呼ぶしかない。
「マエストロもそうですが、風月――御老体も気になります。
 確か……彼は以前たてはさん達が撤退する一因になった人物だった筈。
 ……正直を言えば、ぞっとしない話です」
「ええ。まあ、そういう人なのよ。
 一応衰えたとか何とか言ってたけど、あてにしない方がいいわよ。まったく」
「……最悪、たてはさん達以上でしょうか」
「有り得るわ。おじいちゃん『乗る』程尖っていくタイプだから」
 リースリットの現状評価にゼファーが頷く。
「ふむ。さて、鬼が出るか蛇がでるか……」
 やがて来る開演を目前に『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)が小さく零した。
「間違いなく禄でもことを企んでいるんだろうし、それ相応のイレギュラーは起こるだろう。
 だけど、そういう場に我々はいる。元からそんな事は分かっているんだ」
 温和な気質ながらに彼女は一流の軍人でもある。
 いざ鉄火場を嗅ぎ分ける力は強く、正面から困難に真向かう『覚悟』さえ格別のものがあった。
「だから――何が起こってもおかしくはない、そういう認識で挑もう。
 出来るかじゃない。やるしかない。リア君の為にも、伯爵は絶対に救って見せる!」
「……ああ、もう。ありがとうとかそんなの、一生分言わせる気なの」
「ふふん。お礼はVDMでの追加公演でいいからね!」
「誰がやるか!!!」
 力強い励ましと、冗句めいたそんな言葉。
『同盟者』のドラマは舌の根も乾かぬ内に「リアさんの問題ですね!」と知らない顔をし、ヴァレーリヤは「マリア、売上をピンハネでございますわ!」とやはり聖職者らしくない事を言い、正純は「またマリ屋が忙しくなりますねえ」と他人事のように微笑んだ。
「ドンマイ、リア」
「お、応援はしてるから……」
「ご愁傷様です……」
「……こいつら……」
「いや、普通に面白いぞ、現状」
 親友のサンディとシキも良識派のリースリットも『頼り』にはならないようでカイトは軽く笑う。
 言葉とは裏腹にそんな温かさに当のリアの表情から少しだけ力が抜けている――
 そんな友情のワン・シーンはもうすぐもう戻れなくなる彼女達のハイライトさえ思わせた。

●アレグロモデラート
(……正直、考える事もやるべき事も多すぎる。『まとも』に考えてたらお手上げってもんだぜ)
 サンディが内心でぼやくのも無理はない。
 マエストロ・ダンテ等からの正体は不明を極めている。
 彼等の目的がリアであり、或いはゼファーであるのは明白だったがその詳細は杳として知れていない。
 その上でイレギュラーズにとって――特にリアにとっては――致命的な泣き所と言うべきガブリエルの身柄を抑えられているのだから、この分かり易過ぎる位に分かり易い罠を踏み越える事は困難を極めているように思われた。
(報告書を読む限り、一見不適合に見えるマエストロと風月の協力関係。
 それを可能としているのも冠位色欲の影響力なのでしょうか……?)
 ドラマは訝るが、結局の所すぐ手に届く所に答えは無い。
 結果として、パーティは僅か十人の戦力を二つに割る事を決めていた。
 主にダンテへの対応をするダンテ班と風月の動きをカバーする風月班。
 無論それぞれの中心人物はリアとゼファーが務め、ダンテ班にはドラマ、シキ、サンディ、カイト、マリアが。風月班にはヴァレーリヤ、リースリット、正純がつく事になっている。人数に多少の偏差があるのはダンテ班への対応はガブリエルの救出も兼ねる可能性が高いと考えられた為である。
(せめて、ガブリエルさんだけでも……!)
 シキはリアが特にそれを仲間に託したいという想いを持っている事を知っていた。

 ――託す。

 即ちそれは自分自身での救出が出来ないかも知れないという予感であった。
 リアは己が身に絡みつく宿業をこの期に及べば自分がどんな状況に置かれているのかを理解する他は無かったのである。

 ――リア。ねえ、大丈夫? リア。

(何よ、あたし今忙しいんだけど。
 あたしが呑気にしていたせいで、ちょっと色々まずいのよ。
 アンタと話してる余裕ないんだけど)
『押し黙る』彼女が何を想ったか正直リアには分かりかねた。
 今はもう恨みは無くても、リアはどうあれ素直になれる子供でないのは確かだった。
 頭の中に時折か細い声を届ける母(ベアトリクス)の心配に強がって、大丈夫だと何時も彼女を拒絶してここまで来た。
 しかし、彼女が今日相対せねばならぬ『敵』はどうあれ自分自身の父親である。
『ダンテ・クォーツがこの期に及び、アベリア・クォーツを求めたという事はそれ自体が非常な凶兆なのだった』。
「どっせーい!!!」
 景気の良いヴァレーリヤの掛け声と共に邸宅の扉が開け放たれば、『招かれた客』面々を塵一つない広いホールが出迎えた。
 その中心に居るのは――
「――成る程、おじいちゃんがお出迎えなワケね」
「如何にも。此方風月という。武骨身勝手な外道故、覚えても覚えなくても構わない」
 ――屋敷の主であるマエストロ・ダンテではなく枯れ木のような細身に魔性めいた胆力を滾らせた一人の老人だった。
(さて、あれが風月。ゼファーさんの師。
 反転や狂気の気配は感じないのに、なんでしょうか身震いがしますね)
 異常な強敵に出会った時特有の肌感は正純が望む望まないに関わらず、修羅場を超えてきた事で得てしまった『経験』に基づくものだ。
「強いね、君は」
「何、此方乱暴なばかりの非才の身よ。
 まずは招待の受諾痛み入る、赤毛の雷帝殿。
 巨匠もスポンサー殿も大いに満足であろう。無論、此方も」
 マリアと風月のやり取りに「良く言うわよ。自分事以外どうでもいい癖に」とゼファーは以前と同じ苦笑いを零している。
「お出迎えは痛み入りますけど、屋敷のご主人のもとまでご案内を頂けるのでして?」
「そうして頂ければ助かりますけどね」
 ヴァレーリヤと正純は期待せずにそう言うが、無論それは本気ではない。
 そして『スポンサー殿』という言葉の響きがどうしようもない位に不吉であった。
 勘の良いリースリットは彼が何を考え、どうしてここに居るのか。そして何を求めるのかを既に何となく看破していた。
「目的は『二階』だ」
「嘘はない、と思います」
 超聴力と風の囁き、感情探査。
 十分な探査能力を用意したリースリットの言葉は風月の宣言を裏付けた。
 しかし。
(……読み切れない。何か、世界自体が澱んでいる。
 ダンテ、風月、冠位色欲配下の魔種、それに伯爵様……ルクレツィアも『視ている』事だけは間違いない)
 それは冠位魔種の影響なのか、それともダンテが想像よりも強大な魔種であるからなのか――
「……断っておくが此方、つまらぬ腹芸は好かぬ。
 これはマエストロもスポンサー殿も承知の話である」
「お見通しという訳ですか」
「予感が必ず当たるとは限らぬが」
「……しかし、貴方はここで全員を通す心算が無い」
 リースリットの断言に風月は満足そうに頷いた。
 パーティの考える『最悪』はダンテと風月が完全な協力関係を以って同時に出現する事だったと言える。
「かと言って、不利を買う意味も無いでしょう。
 全員で仕掛けるならば伯爵の安全は保証されない……のでしょうね」
 先に風月だけが出て来た現状は実を言えば悪くは無いが、全員で事に当たれない事も知れていた。
 リースリットの言う通り、風月が先に一人で出て来たという事はゼファーを含む人間を「置いていけ」というメッセージに他なるまい。班を元々二つに分ける心算だったパーティからすれば渡りに船ではあるのだが、それはダンテとは違う目的を持つ風月からしても同じだったという事だろう。
「そういう訳で、リア」
「……うん」
「武運を祈るわ。結婚式には呼んで欲しいから」
 何時に無い真顔から零れたゼファーのジョークにリアは思い切りやり返した。
「呼ばせなさいよ。勝手にやられたら承知しないから!」
 短い言葉のやり取りだけで以心伝心に仲間達は全ての事情を理解していた。
 ゼファー、ヴァレーリヤ、正純、リースリットの四人を残し、リア、ドラマ、シキ、サンディ、カイト、
「姉! 頑張るんだよ!」
 マリアの六人はホール奥の階段へ駆けて行く。
 奇妙な信頼関係に裏打ちされた彼我は互いの動きを邪魔する事は無かった。
 あくまで風月はゼファーと残った三人に用がある。
 そしてホールを後にした六人はマエストロ・ダンテとガブリエルにこそ用がある。
「……ふむ、しかし四人か」
 対決の色が濃厚になったホールが肌で分かる死地へと姿を変えようとしていた。
 その真の思惑は知れないが、やはり風月には本気の殺意が滲んでいる。
「四人で悪いかしら? おじいちゃんを苛めるには多すぎたかもね」
『減らず口』を叩くゼファーは彼女らしくありながら彼女らしさをやや失っていた。
 表層だけを見たならば余裕めいた軽妙さは変わらないが、幾分か『幼い』。
(ゼファー……私が3万ゴールド踏み倒した時よりも余裕がありませんわね……)
 余程彼女を良く観察してきた人間以外は分からない話だろうが、非常に親しいヴァレーリヤには良く分かる。
「戯けが」
 風月は怒るでもなくそんな言葉にむしろ楽しそうに口角を上げていた。
「たかが四人を選ぶとは。ゼファー。お前は知らぬ内に随分と自信をつけたのだな」
 風月が知るのは置き去りにされて涙に暮れた頃の少女(ゼファー)。
 今彼の目の前に居るのは特異運命座標としてその身体と心に無数の傷を刻んでも困難に挑み続けて来た大人の女(ゼファー)である。
 西風に相対する暴風はこれ以上の暇を誰に与える心算も無いようだった。
 言葉も無く吹き荒れた殺意の渦は彼の魔性の槍が生み出す致死の嵐。
 大凡流麗からは程遠く、殺人に直線的過ぎるが故に美しくさえある。
「成程、確かに老練の極み。これ程の手練れ、居る所には居るものなのですね――」
 遠慮も何もない暴れ方にリースリットは思わず感嘆の声さえ漏らしていた。
 しかし、これを予期せぬ彼女ではない。美しい、と称する他の無い身のこなし。
 抜群と言うべきタイミングでリースリットの魔晶剣が精霊の息を自陣に降ろす。
(元より、この戦いは)
 賢明な彼女は押して押し切れる相手とそうでない相手を切り分けている。
 パーティの目的がガブリエルの救出ではない以上、彼女の賦活の力はこの場を抑える鍵になろう。
「可能なら手早く対応してリアさん側の援護に向かいたい所なのです。
 しかし、そんな事は言ってられないでしょう。
 いいえ、言わせてもくれないのでしょうね。ならば――」
 反撃役は正純。彼女の白い指先が星さえ射抜く解鎖・天理の弦を引き絞り、飄々と佇む風月の姿をねめつけていた。
「――この場、凌がせていただきます」
 刹那に瞬いた明星を冠する鮮烈の閃きは風月の痩せぎすの身体を捉えたかに見えた。
 されど、超越の技量を有する正純でさえも彼を完全に捉えてはいない。
 咄嗟の防御はその威力を十分に伝える事は出来なかったが、
(『構わない』!)
 この、正純の一射の狙いは直撃を取る事ではなかった。
『掠りでもしさえすれば』猛威を振るう雷陣はこれより降り注がせんとする猛攻の為の下準備に他ならない!
 始まった戦いに呆ける時間は有り得ない。
 何せイレギュラーズに相対して「たかが四人」と言い放つ風月である。
「助っ人、といったところかしら。
 本当なら水入らずの再会にしてあげたいのだけれど……
 やっぱり、そういう訳には行きませんわね。だって貴方、相当にやるみたいですものね!」
 そんな彼に裂帛の気を吐いたヴァレーリヤが肉薄した。
「生憎と武骨育ちの手加減下手は同じでしてよ!
 ゼファーの身内でも、これは少し痛いかも知れませんわね!」
 暴力の讃歌は致命者に捧げられ、何時もの掛け声と共に放たれたメイスの一撃が猛烈な威力で石造りの床を叩き割った。
 極まった暴力性は受け流すにも困難を生じ得るものである。
 並の相手ならばその余波だけで木っ端のように砕かれようというその猛撃にも老体は怯んでいない。
「――チッ……!」
「『驚いた』」
 歩法の妙でこの『二撃』を捌いた風月は聖職者らしからぬ舌打ちをして鋭く自分の姿を追うヴァレーリヤに感嘆の声を上げている。
 しかし、彼は彼女だけを見ていた訳ではない。それより彼の鋭い視線はそれに続く、愛弟子の姿を捉えていた。
「バレてるじゃない」
「私が隙を作ります、は最高のロマンだと思ったのですけれど!」
「でも、やっておしまいなさい!」に微笑んだゼファーは自慢の槍術で目の前の『敵』に風穴を開けんと動き出している!
(落ち着きなさい。
『落ち着きなさい、ゼファー』。
 迷い、躊躇いを抱えてちゃ屹度何も届かない。そんな温い相手じゃない)
 ゼロコンマにも満たない時間の中、ゼファーの脳裏に思い出と想いが明滅する。
(殺すつもりで来いと。其れとも、殺せって言っているのかしら
 ……愛想が良いなんて思ったことは無いけれど、随分と冷たいじゃないの?)
 硬質の音と音がぶつかり合い、二本の槍が音色を奏でる。
 かつて幾度となく手合わせした『演武』の動きは当時よりもほんの少し真剣に相手の命に匕首を突きつけ合っていた。
 老いさらばえ行く狼に育てられた娘。其れに授けられた技と業。屹度、此れが唯一で最後の絆。
(私を置いて行ったことだって。
 伯爵を攫ったことだって、魔種と一緒にいることだって!
 何一つ分からない! 分からないわよ……
 其れとも、なあに? 私には言葉を尽くす価値も無いのかしら?
 どんな理由があって、何を望んでいるのか――
 言葉にしてくれなきゃ、何も分かるわけがないっていうのに!)
 想いと共に速度を増したゼファーの槍に風月のそれが幾分か打ち負けた。
 青い衣装を切り裂かれれば、彼は二歩三歩と後退する。
「私は絶対に、殺されてなんてあげない!
 自分の親代わりになってくれた人がバカをやろうってんなら――
 其れを全力で止めるのが、私の役目よ。
 命を賭してでも、おじいちゃんを止めてみせるから!」
 肩で息をするゼファーの啖呵に風月は嗤った。

 ――そうでなくては。いいぞ、ゼファー。その調子だ。しかし。
   うん、しかしまだ足りぬなあ。ゼファー教えた通りにしっかりせい。
   此方はそんな温い殺しを仕込んだ覚えは無いのだぞ?

●アッチェレランド
「いや、冗談じゃねぇわ」
 思わず漏れ出たカイトの呟きは彼の心の底からのものだった。
「……穏当に済めば良いとか悠長なこと言ってられるような状況じゃねぇぞ、これ」
 指し示された二階の部屋の奥には伯爵が囚われていた筈だ。
 しかし六人が飛び込んだ瞬間、彼等の世界は見事な程に暗転していた。
 酷く現実感のない場所に放り出された感覚。
 歪む空間はそれが或る種の異空間のようなものである事を物語っていた。
(……クソ鴉を思い出しますね……)
 ドラマは嫌な顔を思い出して酷い渋面を堪えられなかった。
 例えるならそれはParadise Lost事件のパウルの作り出した結界の中である。
 恐らくそれは間違ってはおらず、ダンテ班の六人は何某かの手の加えられた空間に閉じ込められたようなものだった。
 異空間を作り出し隔絶を行うというのは上位存在がしばしば仕掛ける定番の手とも言える。
 カイトが最初に抱いたイメージ『リアを呼び出す為の餌だった』可能性はいよいよ高くなっているし、ダンテの実力も知れる所だ。
「――黄金劇場へようこそ」
 威厳のあるバリトンの方へ目をやればそこには居住まい正しい巨匠が居た。
 抜群のスタイルを礼服に包んでいる。
 まるでこれからコンサートの指揮でもするように――彼は『聴衆』或いは『楽器』達を慈しんでいる。
「私はダンテ。『巨匠』ダンテ。ダンテ・クォーツ。
 殊更に詳しい自己紹介は不必要なものと認識している。
 この度は娘の友人諸君には我が『公演』の始まりに華を添えるご来場を頂き、心より感謝を申し上げる――」
「いえ、こちらこそ。まずはお招き頂き、お会い出来て光栄です。マエストロ。
 私はドラマ。ドラマ・ゲツクと申します。娘さんとは――そうですね、少しだけ特別な『友人』をさせて貰っております」
 この男が空気と礼節を重んじる事は、少なくともそういった小芝居を好む事は短い付き合いでも理解出来ていた。
(特別は特別ですよ。何て言ったって――『同盟』ですし)
 まさか一緒にアイドルをしているとは言えないけれど。
「ああ、そうさ。特別な友人さ。
 此方もはじめまして。マエストロ。早速だけどこんなことは父親が娘に行う仕打ちではないと思うけれどね。
 こちらは争いは避けたい。伯爵を返して、我々と歓談して解散、という訳にいかないかい?
 何なら君が何を企んでいるか話してくれても構わない。最後まで聞いてあげるから話してみてくれたまえよ」
「魅力的な提案だが、お断りする。我が『煉獄』、そして黄金劇場に満ちる冥王公演は人生の悲願なれば。
 最愛の妻を失い、我が子さえも贄にして産み落とされる至上の地獄は、最早私の人生そのものと言えるのだから」
「贄、ね。どうやら私達は余り気が合わないみたいだね」
 プロデューサーのマリアの方も、一歩も譲る心算はないらしい。
 余裕めいたこの魔種の実力は知れなかったが、分かった事実も幾つかあった。
 まず第一にガブリエルが少なくとも『ここ』には居ない事。
 成る程、風月は二階の部屋を指し示したが空間ごとこうして移転してしまえば伯爵を速やかに救出する事も出来はすまい。
 伯爵の所在についても『元の部屋』に居るのなら嘘は言っていないし、探知も正常に働いている。
 無論、マリア等が罠に対しても警戒していたのだが、物理的な罠ではなく恐らくこれは敵の能力なれば。如何にも仕事は丁寧だ。
(今回の大目的は『ガブリエル伯爵の無事』なのに……!)
 シキは思わず臍を噛んだ。
 どうも伯爵を救いに来た面々はダンテを罷り通らねばその目的に手が伸びないものらしい。
 裏を返せば風月班の面々がこれに気付けば、或いは彼を乗り越える事が出来たならば恐らくがら空きの伯爵を救い出す事は出来るのだろうが――
 この場の面々は正純の漏らした『事態への感想』を決して知らない。
 第二に、この空間には複数の魔種が居るという事。
「そりゃ、罠なら当然だよなあ」
 ダンテの周囲に浮遊する魔種は人間の姿を取らない比較的低級な類に見えた。
「厳しい局面だね……」
「ああ。やれるか?」
「一体位なら。でも、確実とは言い切れない」
 成る程、サンディとマリアのやり取りは正鵠を射抜いていた。
 魔種が魔種である以上、実力評価はあくまで『魔種の中』で相対的なものである。
 ダンテ以外の個体についても、この場の誰と戦っても一対一ならばかなりの苦労は見込まれよう。
 それが、最低でも複数体。正確な数は把握出来ない。
 実力不詳とはいえ異空間を作り出していると推測されるダンテを加味すればここは如何にもな鉄火場だ。
「……マエストロ」
「何だね、愛しいアベリア」
「……どうせ、貴方達の企みはあたしがここに来た時点で半分は達成しているのでしょう?」
 リアとて言葉を紡ぐ事に大きな意味があると信じている訳ではない。
 しかしながら彼女はそれでもそれを言わずにはいられなかった。
「……して」
 零れた言葉は切なる本音であり、望んでも叶わない事なのかも知れなかったけれど。
「返して。伯爵を――ガブリエル様を返して」
 彼の言う『黄金劇場』なる企てが何かをリアはまるで知らない。
 朧気ながらに自分が関わっている事が推測出来たとしても、『彼』が関係あるとは思えなかった。
 つまり、それは。
(結局、私が巻き込んだ)
 リア・クォーツという女の見た目にそぐわず時折除く自己肯定感の低さは家族――誤解と不幸な事故であったのは確かだが――実の両親に『捨てられた』という思い込み、或いは結果的な現実が故であろう。孤児院で育ったリアは常日頃から貴人であるガブリエルの横に居ていいものか大いに悩んだものだった。『それなのに、少しでも前を向けたと思ったら、彼を巻き込んでしまったのだ』。
「リア……!」
「大丈夫?」
 シキやサンディは音を消してくれていたが、彼等の心配の声にリアは頷く程度しか出来なかった。
 膝から崩れ落ち、その場にへたり込んでいる。
 この邸宅に入る前から、いや近付くにつれて嫌なイメージは増加していた。空間に囚われてからは悪化の一途を辿っている。
 心を塗り潰すような闇色のイメージこそ恐らく『黄金劇場』に繋がる道なのだろうと、酷く冷めてそう思っていた。
「クソッ……! シキ!」
「皆、お喋りをしてる時間は無いかも知れないよ」
 サンディの言葉に応じ、顔面蒼白なリアの手をぎゅっと握ったシキが声を張った。
(音を扱う術師の手管と言えば、精神汚染、認識改変、衝撃波、召喚術辺りでしょうか。
 案外、この場の視覚も聴覚も、認識はあてにならないかも知れない。
 或いは『見えない』伯爵がここに居る可能性だって完全には否定出来ません。
 目の前の彼が認識を誤認させられている伯爵本人だという可能性すら!)
 魔術師は経験に学ぶものだ。
 やはりそれを教えてくれた『ムカつく糸目の軽薄な顔』を頭の中から追い払いドラマはリトルブルーを抜き放った。
 この期に及べば是非も無し。格調を重んじ、会話を楽しむマエストロもこの程度の不品行は理解しようというもの。
「止むを得ない。少し――本気で暴れさせて貰うよ!」
 あくまでまずの狙いはダンテ『以外』。
 目前を阻みかけた魔種にマリアの迅雷の如き攻めが炸裂した。
 猛烈な手数と勢いで敵を『摩耗』させるマリアの乱打は如何な捉え難い敵をも捉え、守りに長ける者も逃さない獣の牙だ。
 同様に抜群の技量で手近な敵を相手にし始めたドラマが声を張った。
「そのマエストロは『本物』です!」
 パーティが予測した最悪の事態はやはりガブリエルがダンテに見せかけられている事だった。
 ドラマは正直それを疑っていた。
 他ならぬリア自身の手がそのガブリエルに向いたならば、狙いこそ分からねど悲劇の成立は否めまい。
 自身のエネミースキャンでそれが完全に敵である事が知れたのなら遠慮をする必要はなくなっている!
「先程は御高説をどうも!
 貴方には貴方の物語があるのかも知れない。
 ……ですがリアさんが生きて、紡ぎ上げた物語を余人が汚すのは許さない!」
 ドラマだけではなく、声を張り力を尽くすのはサンディやシキも同じだった。
「悪いけど、アンタの人生も音楽もあんまり興味ねぇんだわ。
 皆で帰るんだ。今日の話はハッピーエンドにするって最初から決めてるんでな!」
「リアは、自分はどうなるか分からないと言うけど――させる訳ない。
 何の為に何時も手を繋いでたのさ。これはずっと、一緒に居る為のものだっただろ!?」
 俄かに始まった乱戦はダンテの思い通りだったか、それとも予想外だったのか。
 何れにせよ、既に見るからに衰弱し蹲ってしまったリアはとても戦える状態であるようには見えなかった。
 彼女のクオリアには呪いが掛けられている。その呪いの主はこのマエストロなのだから――それは予期可能な必然でしかない。

 ――あたしは小さい頃からずっと『音』しか知らなかったの。
   人も、動物も、虫も、植物も。
   怒りも、悲しみも、苦痛も、喜びも、幸福も、安らぎも。
   全部、ただの『音』だったのよ。

「独り言を言うから耳を塞いで」と念を押したリアの気持ちをここに来る前、彼女の中のベアトリクスは聞いていた。

 ――お婆ちゃんも、ラジエルのジジイも、オクターヴさんも皆優しくて暖かかった。
   だから、この音が愛なんだって思った。この音の共有が、仲間で家族なんだって思ったの。
   あたしは自分の音色が分からないから、聞こえてくる音を真似る事しかできなかったワケだけど。
   まるで劇の舞台でくるくる踊ってた。ホント笑える滑稽よね!

 恐らくそれは意地っ張りな彼女の本音であり、初めて見せた甘えであり。

 ――あたしはずっと夢を見ていた。夢の中で劇をずぅっと続けていたのよ。
   でも、漸く夢から覚めた。いや、覚めるのはまだちょっと怖いけど……
   あたしの大事な人達が、夢の外からあたしを起こそうとしてくれてる。
   その切っ掛けをくれたのはアンタだから……まぁちょっと感謝してるのよ。
   アンタには恨み言の方が多いから、総合的に言えばまだまだマイナス評価だけどね!

「『黄金劇場』に響く万雷の拍手が聞こえる。
 アベリアという英雄幻奏が、今まさに『煉獄』を呼ぶのだ!」
「おいおいおいおい、勝手に盛り上がってんじゃねえよ……!」
 軽妙なカイトの調子にさえ余裕が無かった。
(……最悪、退く事も考える必要があるが、これってどうやって退けばいいんだ!?)
 結界だか異空間だか知らないが、打破のトリガーがダンテの撃破ならばいよいよこれは悪夢めいている。
 イレギュラーズは奮闘するが、ダンテを阻む魔種達が厄介だ。
 個々の実力では勢いも含め、パーティが押しているが早期の決着は難しい。
『そして、何より深刻なのはリアの状況である事をカイトは完全に理解している』。

 ――正直、物凄く胸騒ぎがするの。考えない様にしても、嫌な考えばかりが頭をぐるぐる巡るの。
   でも、あたしはあの人の家族だから。逃げずに現実に向き合うしかないと思ってる。
   家族を愛したい……そして、愛されたい。……会わなきゃいけないの。あの人にも!
   だから、今更止めないでよね。
   もし止めたら、またアンタの評価はマイナスをぶっちぎるんだから!

「あああああああああ……!」
 割れるように痛む頭を押さえてリアが悲痛な悲鳴を漏らした。

 ――リア!

 そして、現在。
 呼びかけるベアトリクスに涙に濡れた小さい少女のままの『アベリア』は声無く叫び。
 力ない幽かな声で『リア』は零した。
「……たす、けて……お母さん……」
 選択は為され、リアの中のベアトリクスが辛うじて残された力を解放した。
(もう、これでなくなってもいい……!)
 リアの中に浸食する闇に抗い、これを打ち払う。
 謂わば反転したクオリアからリアを守る為ならば、これきりでも構いはしない。
 ベアトリクスは最愛の夫の手を振り払い、娘の為に立ち向かうだけ。
 それは無謀な戦いだった。
 愚か過ぎる行為だった。
 そしてどうしようもない位に母親の選択だっただろう。
 そうして、幾らも経たない内に。
「ベアトリクス――」
 マエストロ・ダンテは瞑目して呟いた。
「――さようなら。我が最愛のミューズよ」
『彼女』は精神世界の中で『夫』の掌に握り潰されて消え失せた。
「――――」
 恐らくは刹那の残光。ベアトリクスの遺した僅かばかりの光芒がダンテの結界にひびを入れる。
 選択の余地は無く、動けないリアを除く面々が排除されるように外の世界へと放り出されていく。
「リア、リア……!」
 シキは必死に手を伸ばしたが、リアがそれに応じる事は無い。

 ――ガブリエル様、好きです。貴方を心からお慕いしております。
   あたしは貴方に沢山助けられ、沢山守られてきました。
   だから、あたしも貴方を守ろうと。守りたかった。
   さようなら、ガブリエル様。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……

 ……嗚呼、その手を取る事はもう無いのだ。



「まだもう暫し。これでは話にならぬ故」
「何がよ、一体……!」
 叩きのめしたゼファーを槍で小突いた風月はダンテより逃れた五人のイレギュラーズを含め、パーティが外に逃れる邪魔をする事は無かった。
「狙いは分からないが、何とか……だな」
 カイトの言う通り、『分からない』。
 ベアトリクスのお陰か、何らかの打撃を受けたのか、それとも意図があるのか。
 風月のみならず、ダンテが一同を追撃する事は無かった。
 だが、それが何の救いになるだろうか。『招待状』は十人に来て、帰り道は九人となる。
 救出は果たせず、リアの先行きもまた分からない。
「リア……」
 傷だらけのヴァレーリヤの顔に心配の色が浮いていた。
「こんな事……」
 シキが嗚咽を漏らし、サンディがその肩を抱いた。
「……っ……」
 ドラマは唇を噛み、
「これから、何が起きるのでしょうか」
「……まだ出来る事がある筈です」
「ああ、きっと」
 呟いたリースリットと正純に応じるマリアでさえも握り締める拳に怒りを込めずにはいられない。

 ――今日という日に。ハッピーエンドはもう、来ないのだから。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)[重傷]
紅炎の勇者
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)[不明]
願いの先
マリア・レイシス(p3p006685)[重傷]
雷光殲姫
カイト(p3p007128)[重傷]
雨夜の映し身
ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風

あとがき

 YAMIDEITEIっす。
 お約束通り高速でお返ししました。
 二章のオープニングは数日以内を予定しております。
 本シナリオはNightmare寄りのVeryHardです。
 特殊判定でリアさんが『行動不能』となり、『選択』を行っています。
 プレイングはしっかりとしておりました。結果自体はお気に病まれませんよう。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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