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シナリオ詳細

<尺には尺を>見果てぬ夢

完了

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 人は誰しも己が中に理想を抱く。
 『ああなりたい』『こうなりたい』『そうであったら良いのに』
 それは罪ではない。それは悪ではない。
 だけど。
 現を否定し、夢を肯定するならば――どうなのだろうか。


 神の国。遂行者達の座す、彼らの拠点。
 先の戦いにおいてテュリム大神殿外殻を攻略したイレギュラーズ達は――
 しかし更なる深層を目指す必要があった。
 冠位魔種ルストが座す真なる領域は、より深き奥底……
 或いは彼方なる天上に在るのだから。

「――ここからは私にとっても未知の領域だ。
 バビロンの断罪者も辿り着いた事がない……十分に注意してくれ」

 故。歩みを進めつつ紡ぐのは、ネロ=ヴェアヴォルフだ。
 遂行者と長らく戦い続けていた彼ですら、この先は知らぬと……
 ここまで来られたのはそれだけイレギュラーズの力が尋常でなかったからか。
 如何なる危険が来ても希望たる彼らを護れるようにとなるべく先頭を歩きつつ――そして。
 イレギュラーズ達が『その先』へと踏み込んだ先に見えたのは『戦場』であった。
「此処は――? どこかで見た事がある気が……
 そうだ! 此処は、天義の国境線な筈……!」
 その場を見たサクラ(p3p005004)は思わず言の葉を零すものだ。
 この地は天義の国境線沿いだと――
 ロウライト領、ラクス・ヒエマリスにも程近い場所の光景で、彼女は覚えていたのである。
 が。先に『戦場』と称した様に目に映る光景は平穏な場でない。
 周辺では……幻影達が戦いを繰り広げているのだ。
 なんだこれは? 一体どこの軍勢が――いや、あれは幻想の騎士、か? 相対しているのは天義の聖騎士のように見える。更には鉄帝の軍服姿らしき幻影らも窺えようか……
 ……なんとなし察するものだ。これは『過去』の再演であると。
 幻想、天義、鉄帝はイレギュラーズが大規模召喚されてからは大分平和であるが――しかしそれ以前は度々戦争を繰り返していたと聞く。『その当時』の光景がコレなのではないか、と。
 だが。情報によれば神の国とは遂行者らの理想郷であると聞く。
 では――この地は一体誰にとっての『理想』なのか――

「――かつてこの国は悪しき者共と幾度も刃を交えた地であった」

 刹那。声が響こうか。
「堕落と腐敗する貴族国家。己が腹の為に他領を侵す軍事国家。
 ――聖なる国の断罪が必要だったのだ。
 正しき刃を振るう必要があったのだ」
「お祖父様……!」
「懐かしい光景。懐かしい情景だ……私は幾度も戦場の只中にあった」
 それは。その声の持ち主は。
 天義の聖騎士。『月光の騎士』と謳われたゲツガ・ロウライト。
 ――ただしその身はあまりにも『若かった』
 本来であれば老齢に至っている筈であるというのに、若々しい肉体を宿している。
 そして纏う衣は……まるで遂行者が如く。
 もしや傲慢の勢力に与したというのか。遂行者としての力を宿し全盛期を取り戻した?
「この身が正しく至高の中にあった時代だった。
 ……理想郷とは良いものだ。望む地平が生み出され、欲する世界が手中にある。
 あぁ預言者の告げた通りだ――」
「まさか……預言者の誘いに乗った、とでも? その姿はその影響で?」
「屈した訳ではない。しかし真なる理想が掴めると確信しただけだ」
 サクラの言にゲツガはまっすぐ見据えながら――相対しようか。
 ……ゲツガは『天義の騎士』という言葉のイメージそのままの人物と言えた。
 誰であろうと断罪してきた。悪を滅し、善なる者を護るのだと。
 ――その為ならば知古すら殺した。
 それも全て天義の為。それも全て善の為……
 しかし。年老いるまで断罪し続けても世界は変わらなかった。
 天義という小さな枠組みすらどうだ。
 強欲を倒した後のアドラステイアの件は? 悪共が駆逐された事はあるまい。
 所詮。この世から悪が掃討される事などないのだ。
 だが理想郷が真に実現すれば『悪』が滅される可能性はある――
 どれだけ藻掻いてもたどり着けなかった理想が手中に収まるかもしれないのだ。
「――お祖父様。貴方は一度、マスティマの遂行者の誘いを蹴っている筈。
 今更遂行者に傾倒するとは思えません――何か隠していませんか?」
「これ以上話す事はない。この先に進みたいのならば……
 如何なる者であろうと、今の私は斬り捨てるのみだ」
「――ゲツガ・ロウライト殿。御身の名声は伺った事がある。敵対したくないものだが」
 されどサクラはゲツガの言に疑問を呈そうか。
 あの厳格なる祖父が、心中はともあれそう簡単に遂行者側に落ちるか――?
 同時。そんなゲツガへとネロも声を掛けよう。
 ネロは天義の裏側の組織に属していたがゲツガの名は聞いたことがある。
 立派に聖騎士として役目を果たしていた人物と戦いたくはない、と。だが。
「人狼。偽りの人の身を纏う、汚らわしい獣が……この地でも被り続けられると思うな」
「なに……? グッ――!」
「ネロ様! 御身体が……これは!?」
 ゲツガがネロを睨みつけた瞬間――ネロの身に異変が生じうる。
 ネロは人間ではない。人狼種なる終焉獣の一角である存在……
 であれば人の身こそが偽りなのだ。
 この私の前で『嘘』は付けぬとばかりにネロの身が暴かれる――
 膨張するネロの肉体。全身が髪と同様の白き身に至ろうか。

 狼の状態こそが、彼の真なる姿なのだから。

 慌てながらもメイメイ・ルー(p3p004460)が駆け寄ろうか。そして。
「グ、ぐ……ッ、おのれ……!」
「人を喰らう一族が、今更何をしようが許されるものか。さぁ獣は断罪してくれよう」
「――そうはいかん。ネロ、その大剣は振るうなよ!」
「とりあえずは誰も彼も黙らせないとダメそーね、コレ!」
 ゲツガから迸る戦意がネロを穿たんとする――
 故、エーレン・キリエ(p3p009844)に秦・鈴花(p3p010358)が態勢を整えるものだ。
 ゲツガがどうであれネロを殺らせる訳にはいかぬ。
 それらの事情を抜きにしてもテリュム大神殿の先に進む為にも――
 こんな所で止まってはいられないのだから。
 周囲は相変わらず幻影らの戦闘の気配で満ちているが、幻影らのほとんどはイレギュラーズ達をマトモに認識していない。近くに寄ればようやく認識する程度で、目の前の相手を切り裂く事に専念しているようだ。
 どこまでも、どこまでも。永遠に戦い続ける罪を背負っているかのように。
 ……断罪する相手には事欠かぬ世界だ。
 ひとまずゲツガさえ退ければこの場は制圧しうるだろうかと――
 思った、その時。

「おっとぉ? 何かイキがいいのがいるわね――私も混ぜなさいよ!」
「え、ぁ、お母様!?」

 更に戦場に乱入して来た影があったか。
 それはまたもサクラの身内……彼女の母親たるソフィーリヤ・ロウライトだ。
 彼女も、ゲツガが招致された時に近くにいた影響で引きずり込まれた者だ――だが彼女はゲツガと異なり遂行者の衣を纏っている訳ではない。どころかソフィーリヤより感じる闘志はイレギュラーズにもゲツガにも向いている。
 ――まるで。この戦場の中における『鉄帝の者』として此処にいるかのようだ。
「ハハハハハ! 『どこの誰』だか知らないけれど、ラド・バウ以外で折角派手に暴れられる機会なんだ……容赦はしないからね!」
「お母様……! くっ、私の事も覚えてない……!?
 ずっとずっと前のお母様ってこんな……いや、うん、なんか想像つくような……」
 恐らくソフィーリヤは理想郷の一員として取り込まれてしまったのかもしれない。
 テリュム大神殿には狂気が常に渦巻いている――
 何か、心の隙があれば乗っ取られかねない程の狂気が。
 ……ソフィーリヤも何か『理想』を見せられ隙を突かれたのだろうか。
 この時代の彼女と言えば既に亡くなっているサクラの父に出会う『前』の筈だが。

 ――何はともあれ、ここで退く訳にはいかない。

 ゲツガもソフィーリヤも止め、道を切り拓かねばならぬのだから。
「来るがいいイレギュラーズ。神の遣いよ。
 悪をも許容するローレットに属するお前達が真に――
 その座に相応しいのか。『月光の騎士』が見定める」
 しかし。周囲全てを敵視しているソフィーリヤはともかく。
 最大の問題はやはり彼か――
 ゲツガ・ロウライト。

 『月光の騎士』と謳われたその全盛期が――其処に在るのだから。

GMコメント

●依頼達成条件
 敵勢力の撃退。

●フィールド・シチュエーション
 テリュム大神殿をさらに進んだ先にある遂行者達の領域です。
 まるで天義の国境沿いを思い起こさせる平原地帯がありました。
 其処では幻影たちが戦っています。戦場のような雰囲気です。

 この地を理想としているのは遂行者へと転じた……と思われるゲツガ・ロウライトです。
 彼の思惑は不明ですがテリュム大神殿の深部に進む為には退けません。
 ゲツガを退け、この地を制圧してください。

●ゲツガ・ロウライト
 『月光の騎士』と謳われる天義の聖騎士――なのですが先日の預言者ツロによる力で神の国に招致された一人でした。その後、仔細が不明だったのですが……なんと若き姿と共にイレギュラーズの前に姿を現わしました。
 真意は不明ですが、遂行者としてイレギュラーズの前に立ちはだかります。
 ソフィーリヤさんや幻影達と異なり明確にイレギュラーズを狙ってきます。

 先述の通り姿は若々しくなっており全盛期時代を思い起こさせます。
(髪の色は老齢時代と同じく白髪のままですが)
 剣撃は鋭く重く。若々しい時代の肉体と、老齢に至るまで長年鍛え上げた技量を同時に併せ持つ――『聖騎士』です。

●ソフィーリヤ・ロウライト
 サクラさんの母親です。
 どうも理想郷の一員として取り込まれているようです。
 彼女は天義に移り住む前、元々鉄帝人だったのですが――その当時の人物のように振舞っています。恐らくテュリム大神殿に渦巻く狂気と何かしらの『理想』を見て、この場に組み込まれてしまったのではないかと思われます。ただし反転している訳ではなさそうです。

 鉄帝の軍服姿の幻影達と共に暴れ回っています。
 イレギュラーズと、そしてゲツガも狙います。ほぼ無差別です。
 無力化する事は出来る……かもしれません。

●戦場の幻影達×無数
 常に戦いと死を繰り返している幻影達です。
 幾つか、種類があります。
・幻想騎士風:幻想騎士以外をランダムに狙います。
・天義聖騎士風:天義騎士以外をランダムに狙いますが、ゲツガ周辺にいる幻影はゲツガの指示に従います。
・鉄帝軍人風:鉄帝軍人以外をランダムに狙います。ソフィーリヤ周辺にいる幻影は、彼女を援護するように動きます。

 戦闘能力は左程でもありません。
 HPも大したことはなく、強力な攻撃であれば一撃で消し飛ばす事も可能でしょう。
 ただしどこからか次々と湧いてくるので全滅させるのは難しいかと思われます。

●味方NPC
●ネロ=ヴェアヴォルフ
 『バビロンの断罪者』なる、天義が苛烈だった時代に生まれた組織に属している人物です。尤も、もう彼以外の生き残りはいないようですが……非常に高い戦闘力を宿しています。

 背負っている大剣は『聖遺物殺しの聖遺物』であるらしく、聖遺物に対する特攻性能を宿します。ゲツガの力によって現在、真なる姿である『狼』状態へと変じています。ただそれでも意識には問題ないようで皆さんと共に戦います。

 狼状態だと全般的にステータスが上がっている様です。ただし細々とした動きが苦手になるので、命中や回避のステータスが下がりFBも上昇している気配があります。
 基本的には幻影を退けつつ、この地の中核であるゲツガをやむなく狙いますが、他にしてほしい事があれば従う事でしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <尺には尺を>見果てぬ夢完了
  • GM名茶零四
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年12月02日 15時45分
  • 参加人数15/15人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC2人)参加者一覧(15人)

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺

サポートNPC一覧(1人)

ネロ=ヴェアヴォルフ(p3n000358)

リプレイ


 戦場の気配。戦うべき相手がどこを見てもいる――
 遂行者達の『理想郷』とされる地にこんな場所もあろうとは。
 何をもって幸福とするか。
 何をもって理想とするか。
 ――その定義は人それぞれと言えばそれまでだが。
「いやちょっと待ちなさいよサクラ、あれがお爺様であっちはお母様で?
 どっちもやる気全開とか……アンタの家系何なの? バーサーカー一族?」
「ち、違うから! ――とにかくごめん皆、力を貸して! 今は二人を止めなきゃ!」
「はは、嘘よ。分かってる。んじゃ連れ戻してあげないとね!」
 紡ぐのは『未来を背負う者』秦・鈴花(p3p010358)に『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)か。以前の戦いの折に姿こそ見たものの、まさかアレが本当に祖父であり遂行者として立ちはだかるなど――想像の埒外であった。
 さりとて、サクラは祖父の事をよく知っている。
 もしも祖父が――如何なる思惑であれど――意志をもって其処にいるのなら――
「手強いよ……あの人は、ね!」
 剣撃一閃。戦場を切り裂く一撃と共にサクラが向かわんとするのは祖父の下へと、だ。
 歴戦の聖騎士。あぁその怖さを。その畏れを、サクラは知っている。
 だから油断は出来ぬと決意露わに赴くのだ。そして。
「やってやりましょ! さぁ――ネ、ネロよねアンタ? そっちのおっきな犬……じゃなかった狼は! ちょ、ちょっと触らせて――こほん! 戦闘後にでもたっぷり堪能させてよね!」
「ネロさま……そのお姿でも、ネロさまは、ネロさまのまま、です、ね?
 ならば、変わりません。この地でも、共に、戦いましょう。
 ネロさま……貴方を護る力、を、此処に……ご無事を、祈って、います」
「――あぁ。この姿を晒す事になるとは思っていなかったが……心は変わらん。安心してくれ」
 サクラの歩みに続けて先の鈴花――そして『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)も続かんとしようか。しかしその前にネロにも一声かけておこう、か。人の身から変じて狼へと至らされた……彼へと。
 ……とんでもない毛並みだ。もふもふだ。微かに触っただけでももっふもふだった。
 人の魂を魅了するもふもふ……これが人狼種だというのか! 
 ――などという冗談はともかくネロはネロの儘であるのは一安心であった。
 メイメイらと共に戦わんとする意志がその瞳に宿っている。
 故に往こう。メイメイはネロに守護の力を授け、そして鈴花はソフィーリヤへ相対せんとする。鉄帝の軍人らしき幻影らと共に戦場を謳歌する、彼女へと一直線に。戦の力をその身に迸らせながら!
「あはは! なぁに、私と遊んでくれるの――? 嬉しいわね!」
「えぇ。まぁ、貴女の相手は私たちがさせてもらいますよ」
「なんとも血気盛んな人だ……しかし意図的に加減していられる状況でもない、か」
 同時。『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)に『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)の姿もそちらへと至ろうか。幻想の騎士達は周囲の敵を無差別に攻撃しているが――統制されている鉄帝幻影達は厄介であるが故に。
 しかしやや複雑な所はある。特にブレンダは、鉄帝動乱の折に正気のソフィーリヤの姿を見た事もあるのだが――完全にこちらの事など眼中にもないようだ。
 イレギュラーズとすら認識していないように窺える。
 聞いた話では鉄帝にいた時代……それこそサクラ殿を産むより前の状態のようだが。
「……どうにも私の事は覚えていらっしゃらないようだが、仕方ありませんね」
「ん、どこかで会った? ラド・バウ? それとも酒場の客? ――ま、どっちでもいっか!」
 ブレンダは挨拶代わりの小剣投擲。自らに残響せし黄金の可能性を纏えば――往く。
 どうであれソフィーリヤの闘志が万全ならば、こちらも万全で行かねばならぬのだから。
 只で転ぶようなお人ではあるまい、と。
 故に雲雀も、周囲を俯瞰する様な広き視点を宿しながら星の流転たる力を堕とそうか。
 幻影ら諸共薙ぐ様に。まずは邪魔立てする輩を排し、ソフィーリヤに集中せんとする。
「ネ、ネロさんの狼姿だなんて……か、かかか、かっこい――い!
 うう、僕もちょっと触ってみたいけど、今は我慢だよね……!!」
 次いで『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)もソフィーリヤ側へと参戦しようか――微かにネロの方へと興味や興奮の視線を向けながらも、今は目前に集中とばかりに。
 雲雀の一撃に続けて彼も星空の魔力を宿した『泥』をもってして幻影らを圧し潰す。
 ネロさん達の邪魔はさせぬとばかりに。そして。
「今だッ、天義の幻影らを払いのける……!」
「ネロさん、ご無理をなさらず。共に、行きましょう」
 ヨゾラ達の奮戦に負けじとネロも跳躍しようか。
 狼の身へと至っている彼の身体能力は増している。幻影なんぞでは相手にならぬとばかりに。が、如何な者でも単独で暴を振るうのは無謀であれば『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)が傍にいるものだ。
 他の者が上手く立ち回れるようにグリーフは幻影らの注意を引かんとする。
 ――あぁ。ネロさんにも生きてほしいのだから、尚更に。
「お話に伺っていたネロさん……ですか。とても大きなワンコ……いや狼でしょうか」
 なんともまた不思議な状況ですが――と言の葉を零すのは『ただの女』小金井・正純(p3p008000)だ。人非ざる身たるネロ。天義に背く事を選んだ若きゲツガ。役割を与えられ、そのように振舞うサクラさんのお母様……
 片付けねばならぬ事態は多く、されどこの場を乗り越えねばならぬなら。
 今は、彼女もまた力を振るおう。
 幻影らを捉えて紡ぐは神秘たる泥の結晶。
「――溺れなさい。理想の夢に殉ずるのなら」
 敵陣中枢へと投じる一撃。戦場を穿つ衝撃が襲い掛かれ――ば。
 刹那であるが道が拓ける。天義の幻影らを率いる、ゲツガへの道が。
「答えませ、聖騎士ゲツガ・ロウライト。貴方は、断罪という『行為』そのものを欲すると?
 目的ではなく手段こそを至上とするのですか――聖騎士に名を連ねるものが」
「それが正だというのなら、とんでもない人だね珠緒さん」
「……断罪こそ聖騎士の役目よ。断罪こそが神より与えられた尊き職務」
「――そうですか。是としますか」
 そこへ飛び込んだのが『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)に『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)であった。珠緒の卓越した速度と、皆を導くような動きが敵の先手を取らんとする。再びに幻影らが陣を築く前に。
 蛍の散華たる舞の一撃と、珠緒の禍の凶き爪が襲来し――
「――無駄だ。その神速、見事ではあるが。崩れはせん」
 されどゲツガは真正面から応戦しようか。
 抗する剣撃。その一撃が、重い。
 若き身体には剛撃繰り出す膂力があり。
 その腕先には歴戦足り得る熟練の技が宿る。
 彼自身が言うように速さでは劣れども容易くは突破できぬ……まるで大岩の如し、だ。
「成程、流石の熟練と言うべきか――しかし、だからこそ往く意味があるもの。
 鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。この領域、押し通らせてもらうぞ!」
「……さて、アンタの真意は測らせてくれよ『月光の騎士』。
 特に……この人狼は『汚らわしく嘘偽りを纏っている』と申すなら、だ。
 まずはアンタの口に出さねぇ真実を引き摺り出してやらねぇと『不公平』だろ?
 何も話したくないのだとしても――無理にでも話してもらうぜ」
 それでも容易くに御せる相手でないという予測は付けていたのだ。
 蛍らの撃に間髪入れずに続くは『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)や『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)達である。珠緒の動きに連動する形で両名もゲツガへと圧を加えていこうか――前へ、迷いなく進むエーレンは刃を鞘の中から滑り走せる。
 大岩であろうと針の穴程の隙が無い訳でもあるまいと。
 カイトもまたそれらの動きを援護するように雨を降らす。
 ――地より天へと逆しまなる雨を。
「むっ……奇妙な術だ。未知なる領域と言えようか、面白い」
「せやかて、これで終わりやないけんね――」
 然らばゲツガは大剣をもってして雨の襲来を防がんとしようか。
 其処へ至るは『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)。
 ゲツガの動きを封ずるべく更なる包囲を形成せんとするのだ。
 邪魔立てせんとする幻影もあらば巻き込んで。
 掌握せんとする意志と魔術が交差する。だが当然ゲツガも反撃を行うものだ。
 振るう剣撃はやはり重く、強い。振り払う一撃が術式諸共薙がんとして。
「――それほど理想郷というものは良いモノですか」
「若き姿となる程に……天義には理想にすがる方々が多く見られる」
 故に『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)と『星を掴むもの』シュテルン(p3p006791)による治癒術が巡らされようか。遂行者による断罪など受け入れぬかの如く。
 両名による治癒の一手が即座に張り巡らされれば、如何な一撃とは言え早々に倒れ伏す者が出る事はない――そうしながら言も紡ごうか。ゲツガを、まっすぐに見据えながら。
(やはり理想の姿というものは全盛期たる現役時代、というのは通例なのですかね)
 シュテルンは思考する。姿が変貌しているのは、彼自身の想いがあるからだろうかと。
 それでも。彼が何を考えていようが。
 戦うのだ。
 理想に縋る気持ちは己も分からない訳ではないが。

 ルストなどという存在の下の理想など――きっと碌でもないものだから。


 未だ戦場の気配は薄れもせぬ。血と鉄の弾き合いがまるで現実の如し。
 幻想の騎士が刃を向け。鉄帝の軍人が鉄の拳を振りかざす。
 ――されど。斯様な戦場の渦中において輝くは可能性の化身達。
 イレギュラーズだ。
「お祖父様、貴方が私達の前に立ちはだかるのであれば……全力で倒します!」
「来い。加減など不要――お前の力を見せてみろ」
 その一人。ゲツガの血筋たるサクラの瞳に迷いはなかった。
 祖父の思惑は知れない。何かしらの策だろうと信ずる――
 だが。それはそれとしても。
「ネロさんを……私の友達を侮辱したことは――許せません!」
「友? 知らぬか、サクラよ。人狼は人の心の隙間に紛れ込む……魔の巧者だ」
「歴史のお勉強をするつもりはありませんよ。私は今! 現に生きているのです!」
「然り。ネロが人であろうがなかろうが構わん。
 要するに俺達は共に歩んでいるネロを信じる。非違の道に入りそうなら止める。
 ――それが『友』と言うものだろう?」
 ネロを。我々の友人を馬鹿にする物言いは――慎んでもらおうか!
 斯様に闘志巡らせサクラは祖父へ一閃成す。
 抜き放つ居合は氷華の軌跡と共に白き衣を穿たんとしようか。
 続け様にはエーレンも、ネロへ微かに視線を向けながら――次の瞬間にはゲツガに刃を。
「愚か。人狼に絆されたか、それが幾人の血肉を産んだ事か……」
「ネロさんがそれを成した、とでもいうのかな?
 ――流石に聞き捨てならないね。俺達が勝ったら訂正してほしい所だ。
 ネロさんが本当に許されないのなら救われることも、あの黒衣を纏うこともできなかっただろう。それに……俺達の大事な仲間で友人である彼を侮辱するのは、誰であろうと許さない。吐き捨てた言にも責任をもってもらおうかな。月光の騎士!」
「……お前達」
 続け様には雲雀も、ネロを侮辱された怒りをその身に秘めながら術を紡ごうか。
 当初は退けた幻影らが再び剣を携えて陣を形成せんとしているのだから。
 邪魔はさせぬとばかりに――
 刹那。ネロと微かに視線が交わる。
 このような怪物に、そこまで言ってくれるのかと――言わんばかりの感情を込めながら。
「個々人の行為ではなく血脈を理由に断ずる正義に意味はあるの?
 少なくともボクはそんなの……理不尽だと思うな!」
「やはり、望まれるのですね。貴方自ら。
 行為による至福を。断罪と言う名の傲慢を。ならば……」
 直後。蛍と珠緒が斬り込む。
 何度となくゲツガはネロの存在を罪在りし者として述べているが、関係ない。
 それは傲慢だ。天義の歴史がなんだの国家の思想に関してはこの際横に置こう。
 ――それを差し引いた上でも今の貴方は危険極まる。
 その発言。その思想。故に珠緒は往くのだ。
「理解いたしました――介錯仕ります。せめて純白なる汚れが浅い内に、仕舞を」
「神を心に刻む者を、容易く倒せると思うか?」
「さぁね。でも……強いからって勝てるとは限らないよ。限界なんて何度も超えてきたんだ!」
 経緯や真意は掴めなくとも、そうあらねばこの先なしということならば。
 そのままに。御身の魂を果てさせるが良いでしょう――と。
 もう一度ゲツガへと。今度は力に押し負けぬ様に刀身をプラズマ化させん。
 ――激突。ゲツガの大剣と真っ向から死合う。
 されど本来であれば彼方まで貫かんとする一撃。そうそうに押し負けね、ば。
 間髪入れずに蛍が至ろうか。自らの心を奮い立たせる気を纏いながら……
(珠緒さんを――護るんだッ!)
 退けぬ。引かぬ。
 愛しい珠緒を。そして共に戦う皆を護り――勝機を作り出さんとする為にも!
 斬撃一閃。あらゆる角度から熟練の騎士を攻め立てようか……彼女は常に全力を投じる。全力を投じ続けることのできる能率的な動きが彼女の真髄が一端であればこそ! あぁ正に強者の証、だ。ゲツガにも押し負けぬ。全力全霊がどこまでも歩めるなら。
「……えぇ分かるわ。夢の中は、心地よいもの。
 正に理想と言えるような光景を目にしたら――居心地がいいんでしょうね」
 同時。リアは特に激戦区たるゲツガの周囲で戦う者らへ、癒しの一手を紡ごうか。
 ……理想と言う名のぬるま湯に浸かる感覚、なんとなし理解は出来る。
 あたしもずっと夢を見ていた。
 家族と言う夢、友達と言う夢、仲間と言う夢……永い夢を。
 夢の中は永劫不変で、あたしの居場所は常に変わらずそこにあった。
 もしもあの中にずっといられたのなら、どうだったろうか。
 きっと心地よくて。きっと心が安らいで。きっと――
「でもね」
 あたしが本当に愛すべき人達は夢の中の彼らではない事に気付いた。
 外からあたしを目覚めさせてくれた、大切な親友達のお陰で。
 あたし達は――本当の自分をずっと見てきてくれた人達と。
 ちゃんと向き合わなくてはならない。
 ……だからッ。
「貴方が夢に浸かっているというのなら。この世界が夢の果てなら――終わらせてあげるわ」
「……笑止。私の半生も生きていないのに、人生を知ったつもりか」
「さぁ。でも、確信はしてるわ」
 夢の中にいなくても、世界は優しく温かいって。
 ……それに気付いていないのなら、気付かせてあげる。
 リアは皆を支える。彼女の願いが顕現し、玲瓏の魔力が皆を包もうか――
 更に流れる優しき音色があらゆる悲しみと傷を打ち消し、戦う力をも与えよう。
 ――英雄幻奏第六楽章(レプ=レギア・シックススオーダー)
 さぁ。旋律と共に、行きましょう。

「はは。良い音色だね――戦場にも似合う、良いテンポだ!」

 と、その時。言の葉と闘志を放ちながら襲来せんとするはソフィーリヤか。
 彼女は相変わらず暴れている――幸か不幸か、幻想や天義の幻影らも時折拳で吹き飛ばしながら。
「チィ、流石は元ラドバウファイター……
 いや記憶や意識的には、その現役時代ともいえるのか?
 止めるにもそうそう簡単とはいかんな……!」
「なーんか、まぁ。正直親近感は湧くんだけど――
 あんまり好きにさせてるとサクラが悲しむもの、ね」
 相対するはブレンダに鈴花。
 ソフィーリヤはゲツガすら敵視しているようだ。あぁならば上手くすれば食い合わせる事も不可能ではないだろうが……しかし意志を囚われた者を、そのままに振るわせるは不憫。ならば『ぶちのめしたい』と思えるような強敵として振舞おう。
 然らば――戦闘の意欲に溢れている彼女の注意を引くには充分であるはずだから。
「覇竜、フリアノンの秦・鈴花。好きなことは殴ること。
 得意なのは料理と殴ること。よろしくどうぞ紅桜!」
「覇竜? 面白い冗談ね、竜の系譜か何か? ――ま、そういうのとやってみるのも面白いか!」
「こちらもお忘れなく。貴方の暴を受け止めるだけの力は――ある心算だ!」
 跳躍。自らに戦いの加護を齎した鈴花の態勢は万全であれば、ソフィーリヤと死合うには十分だ。速度の儘に五指を固め、高速の拳を繰り出そうか。更にはブレンダも剣を投擲しつつ、ソフィーリヤの注意を引き続きこちらに引き付けんとする。
 ソフィーリヤの徒手空拳を剣で受け時間を稼ぐ気でもあるのだ。
 ――然らばソフィーリヤは的確に、剣を横から叩き落さんとする。
 刃を避け。そして鈴花の戦意と交差する。
 拳と拳がぶつかり合えば凄まじい衝撃が波となり伝わりて――
「あっちの若返り爺さんは兎も角、君まで過去に溺れて何やってるの!
 君は娘さんと会わなきゃ、戻ってこなきゃ駄目だろうが!
 ずっとずっと忘れたままで――いいの!!?」
 だがそれだけでは終わらない。ヨゾラによる一撃も襲来しようか。
 神秘の力を一点に込め、穿たんとする。だがそれは殺意の塊ではない……
 不殺の意志。サクラの下に返してあげる為にも殺すつもりはなく――
 同時に彼女の意志に。魂に呼びかけんと声も張り上げようか。
「娘? 私に娘はいないわよ、そんな年に見える? 失礼ね!」
「――さて。やっぱり一度なんとかして無力化しないと正気にも戻らない、かな」
「上等よ。前は私とブレンダに任せなさい! スッキリするまで付き合ってあげるわ!」
「あぁ全く。こんな女傑相手だろうと……今の私は一人ではないのでな!
 好きに動くといい、私の方が合わせるさ!」
 それでもソフィーリヤはこの一時が楽しいかのように相対を続けようか。
 故にもう少し、と。雲雀は不殺なる意思を込めた光を用いながら、鉄帝の幻影達も含め薙ぎ払わんとし。鈴花にブレンダは引き続き彼女と真正面から仕合おう! 彼女の意識が如何であるかはともかくとしても、いつか必ず限界は訪れる筈だから。
「……戦況は順調、と言えるでしょうか。まだやはり油断は出来かねますが。
 理想郷と言うこの地が敵にとってどれほどの利となっているか……」
「えぇ。特にゲツガさんの方は――揺らぐ気配がありません。奇妙なほどに」
 であればゲツガ、ソフィーリヤ両方の状況を見据えながらグリーフは呟くものだ。治癒の力を巡らせるシュテルンも不測の事態が起こらないか警戒していようか――
 特にグリーフは鳥型のファミリアーを天に放ちて全体の状況を俯瞰するように見据えていた。そうであればもしも突発的な増援があったとしてもすぐに気付けるが為に……
 グリーフだけではない。珠緒やメイメイを始めとした者達は、同様にファミリアーの使い魔を用い、広き視点をもってして周囲の索敵に務めていた。更に珠緒は念話の力も同時に用いて情報伝達も怠る事はない。
 正に警戒は万全。ただそれでも気になる事はある。
 シュテルンが告げた様にゲツガに揺らぎが見られないのだ。如何にゲツガが全盛期の肉体を持っていてもサクラや蛍、珠緒、エーレンと言ったイレギュラーズに攻め立てられれば一蹴する事など叶わぬ。少なくともイレギュラーズ達の攻勢に対して反撃の数よりも、防の割合の方が大きいのは確かだ。
 その上でリアやシュテルンによる治癒支援もあれば、瓦解の目は遠ざかる。
 ――だというのにゲツガに焦りが見られない。
 何故だ? あのままの攻勢を許せば、ソフィーリヤに向かっている人員がそちらにもしも至れば、それこそ自らが打ち破れる可能性も十分以上にあるだろうに――
「……遂行者の身からなにか、妙な力を感じ得る」
「――力?」
「分からない。それが何かは……だが」
 と、その時だ。高速に動き続けながら幻影らを打ち倒すネロが、呟いた。
 ゲツガの身の奥底に『何か』を感じる。
 それが彼の自信に繋がっているのではないかと――
「流石は終焉の獣。人を喰らう畜生は、獣の勘も鋭いようだな」
「……ネロさまは、天義の為に、身を、命を、削りながら、戦い続けてきました。
 例え、彼の一族に、なにかの罪が、あったとしても……
 そのように扱うのは……そのように物言いされるのは、あまりに……!」
「せやなぁ。ネロはんを侮辱するってんなら……流石に許さへんわ。
 覚悟しとき。どんな事情があろうが、どんなお人やろうが――
 限度ってものはあるんやってね!!」
 直後。斯様な視線に気づいたのか、ゲツガがイレギュラーズの攻勢に抗しながら、再びネロを侮蔑するような言を零そうか――されば即座にメイメイや彩陽が反論するものだ。
 天義の歴史。人狼の所業は知らぬ。
 もしかすればそんな扱いを受ける程の事をしてきたのかもしれない。
 だが、それがネロに関係があるか? ネロは――共に戦ってくれた仲間で。
 友人だ。
 自分らの仲間を、共を侮辱したやつには……
「すまんけど、仲間の身内でもぼっこぼこにしてやるって決めとるんだから!」
「ならば来い。遠慮はすまい。咎ありし者を庇うなら、こちらもな」
「ネロさま、その剣は、お使いに、なられません、ように……! 私達が、います、から!」
 彩陽の狙いは変わらぬ。ゲツガに圧を加え続け、彼の動きを一手でも留めんとする。
 堕天の輝きを地に炸裂させ白き衣の持ち主を穿とうか。
 イレギュラーズ達の作戦――グリーフなどが幻影を引き付け払い、ゲツガへ戦力を投じさせる狙いが今の所上手くいっているのもあるのか彩陽の傍にまでは寄られぬが故、万全の状態だ。場自体が戦場と混乱の渦の中にあるのもイレギュラーズの利にあったか。
 ……しかし殺し合いをするだけの過去の幻影達の姿を見れば、メイメイはなんとなし複雑な気持ちも湧く。わたしの知らない歴史。現実であったもの……
 全ては幻影なれど、彼らにも想いと命があったのでしょうか――
 頭を振り雑念を払いて、メイメイはミニペリオン達の群れを召喚しよう。
 グリーフが引き付けてくれた敵を中心に狙い、態勢を立て直させぬ為にも。
「――このような争いの出来事は、しかし全て過去なのですよ」
 直後。メイメイ同様に幻影らを見据えたのは、正純か。
 ……かつての天義、その実態は義父より話に聞いた程度ですが。
 その苛烈さも、異常とも言える清廉さが込められていたと聞く。
 善こそが全てであり。微かな悪も許さぬ。
 ゲツガはきっと養父と同様に『その時代』を生きてきた者なのだろう。
 ……ですがそれはかつての姿。今は、少しずつ変わり始めています。
「人は、過去には生きられません。いえ、人は……過去に生きる『べき』ではないのです」
「未来に歩めば必ず世は良くなる――とでも?」
「少なくともこの国は未来に向かって歩んでるのが『今』だろうよ、月光の騎士!」
 故に正純はこの場の光景に想う所があり、言の葉を零しつつ神秘の泥を紡ごうか。
 こちらもやはり邪魔な幻影らを排する行動を続けるべく。
 ――泥に呑まれ、その動きを鈍らせない。そして溺れろ。
 過去に執着し、歩みを留めるならばお似合いだから。
 然らば次いでカイトが月光の騎士へと撃を放とうか。正純と同様に幻影も巻き込めるなら巻き込むが……連中はどこからともなく湧いてくるようだ。ならばやはりこの場の中心たるゲツガを排さねばどうにもなるまい、と。
 破滅の魔眼が彼に力を齎し、殺戮の結界を展開せしめよう。
 戦い続く修羅道に抗する紅蓮地獄を喰らうがいい。
「ネロを散々敵視してるみたいだが、昔の尺度を持ち込み続けるのが理想だってのか?
 『人狼』がかつて断罪されていた側だとしたらなんとなく経緯は分からねぇでもねぇ。
 でもそれは『昔の天義』の話だろ?
 如何なる事情も考慮に値しないと。今の天義に合わねぇ思想だな――
 そんなら砕いて差し上げるしかない訳だ」
 攻め手は止めぬ。一度で砕けなくても。一度で御しきれなくても。
 何度でも包んでみせよう。覆い隠そう。その月の光を……!
「下らん」
 が、その時だ。ゲツガの大剣に――光が灯る。
「お祖父様、それは……!」
「聖剣『禍斬・月』。常に私の審判と共にあった剣。その断罪の意を知るがいい」
「むっ、いかんッ! 皆躱せッ!!」
 それは聖剣の行使。長年ゲツガと共にあった聖なる剣が光り輝く――
 禍斬抜剣。直後に振るえばまるで周囲の地形をえぐり取るが如き一撃が襲来しようか。
 甚大なる衝撃の波。数多の不正義を罰して来た輝きが、其処にあった。
 ――然らばネロが唸り声をあげながらゲツガに対抗しよう。
 自らも聖遺物を口に咥え。刃を振るうのだ。
「――ぐぅ!!」
「ネロ、さま! 剣は、そこまでに!」
「ネロさん――貴方は生きねばなりません。ここで朽ちてはなりませんよ」
「そうだ。奴の狙いはその大剣にあるかもしれないのだからな、止まっておけ!」
 さすれば『対聖遺物の聖遺物』たるバビロンの刃はゲツガの一撃すら受け止めんとする。
 が。懸念通りソレは使用者の身を蝕むものであった。
 ネロが顔を歪める。
 無論、メイメイらに言われていた通り命燃やすまで無茶までする気はないが。
 しかしそれでも彼らを護りたかったのだ。失ってはならない命だと、感じているから。
 ゲツガの一撃が和らいだ直後。グリーフにエーレンの言がすぐさま飛ぼうか。同時にネロをカバーするように動くものだ。彼の命を取らせはしまいと……
「ネロ、体の調子はどう!? 前も言ったけど、アナタ無理はしないでよね。目を離すと無茶や無理を押し通そうとしそうだし……しかし、今の姿も可愛くて結構好きよ?」
「やれ、やれ。それは、まぁ、一応誉め言葉として受け取っておこうか」
「ハハ、俺は狼の姿のネロさんもカッコイイと思うけどね――まぁ、後で良ければちょっとモフらせてほしい気も……するけれど……」
 更にはリアや雲雀も戦闘行動を続けながらネロに言を掛けようか。
 彼の身に異変がないか気に掛けつつ。そして。
「――――あぁ。綺麗な、光ね」
「なによ。バーサーカーかと思ったら……見惚れるような目をしちゃって、さ」
 瞬間。ゲツガの行使した光の一撃を見ていたのは、イレギュラーズ達だけではない。
 それは鉄帝軍人の幻影と共にある……ソフィーリヤもだ。
 眼前。鈴花らと戦っていたというのに、その手を一瞬止める程に。
 彼女はゲツガの光を見据えていた。
 それはまるで――随分と懐かしいモノを見るかのような、羨望する瞳であった。


 ソフィーリヤはかつて鉄帝の者であった。
 鉄帝に生まれ、鉄帝で育ち、鉄帝で死んでいくのだろうと思っていた。
 だが。彼女はある日、光を見たのだ。
 戦場の最中にて。
 自らの魂を惹かれさせる光を見たのだ。
 ――彼女はあの日を忘れられない。
 きっとそうだ。あの日から、彼女の世界は全てが変わったのだから。

 あの日こそが至高だったのだ。彼女にとって。


「――ッ、ぉ!」
「余所見ですか? それほどまでに『何か』あるものだったという事ですか――今のは」
 ソフィーリヤの意識が一瞬『どこぞ』へ飛んだのをブレンダ達は見逃さなかった。
 痛打たる一撃。そのまま取り押さえんと試みるが、しかしそこまでは許さなかったか。
 ソフィーリヤの蹴撃の返しが襲い掛かって来る。
 顎を打ち抜かれそうだったのを、寸での所で回避して。
「どうしたのかしらね、こっちも見てよ。強い女は好きでしょ? 倒したいでしょ?」
「ええ――強い人は好きよ。私はね、強い人に――」
 次いで鈴花も往こうか。拳を握りしめ、力を込めて解き穿つ。
 しかしソフィーリヤの様子がなんとなしおかしい。
 何かに動揺? それとも困惑?
 ……意識がやや戻ってきているのだろうか? ならば。
「――そろそろ目覚めてもらいましょうか? ねぇ、ちょっとぐらいの痛みは勘弁してよね!」
 人を救うために、この拳を振るおうか。
 ……この拳は命だって奪ってきた。
 それでも、今この瞬間の拳は――アンタの目を覚ます為のもの!
 顔でも腹でも、ぶち込んでみせる! アンタの意識を、魂を、救う為なら!
「ご家族問題へ横槍やもですが、事態はそうもいっていられませんので……
 今はご容赦を。珠緒達も進む為、全てを尽くさせねばなりませんから」
「気にするな。私も、お前達の進撃を払いのける事に、躊躇はない」
「――珠緒さんに何かするつもりなら、絶対許さないよ!」
 次いでゲツガ方面の戦況も苛烈極まりつつあった。
 邪魔する幻影あらば、道を切り開く為、珠緒が全てを貫く斬撃術をもってして穿とう。
 ゲツガは相変わらず大岩の様に守護の力が堅いが……しかし関係ない。
 見て覚え、型を把握するに不足はないのだから。天義聖騎士の剣術もまた然り。
 ――彼は例え遂行者側に堕ちたのだとしても、その戦い振りは正に『騎士』の模範だ。
 型の切れ目も突けましょう。いずれは、やがて。
 一人であれば困難かもしれない、が。
 自分には――ずっと傍に蛍がいてくれるのだ。
 彼女がいれば往ける。どこまでも。どこへでも。
 彼女が力を貸してくれる。ゲツガ諸共巻き込む焔の一撃をもってして。
 そしてそれは蛍も同様。
 珠緒という存在がいてくれるからこそ、勇気がどこまでも湧いてくる。
 熟練の騎士? 知った事か。こっちには珠緒さんが付いてくれているんだ!
 だから。
 ――あぁ、行きましょう、蛍さん。
「共に。此処を斬り抜けます」
「勿論だよ、行こう珠緒さん! 珠緒さんと一緒なら――どこまでも行ける!」
 ゲツガへの圧を強め続ける。戦いが長引けば長引く程に。
 二人の軌跡は――ゲツガの斬撃に劣らぬ『光』となるが如しだ。
「……貴方の正義は、遂行者達に手を貸す事なのですか?
 目の前を見てください。サクラがいるでしょう。
 彼女に! 家族に刃を向ける事なのですか!」
 直後。張り上げる声の主は――リアだ。
 彼女はとかく力を振り絞り続ける。限界なんて、まだまだ先だと自分に言い聞かせながら。
 皆を活かすのだ。皆を、生かすのだ。
 現実をみていない者になんて――負ける訳にもいかないのだから!
「貴方が見るべきは現実です。ここで貴方の目を覚まさせてあげましょう――お覚悟を」
「笑止。誰も彼も、私にモノを教えようとしている様だな……傲慢だ」
「傲慢。さて、それははたしてどちらなのでしょうかね」
 次いでグリーフも至ろうか。グリーフは常に自らに防の加護を張り巡らせている。
 自らが前線に立つ事によってリアやシュテルンなどの癒し手の負担を減らす事が出来るのだから。役目の為にもどこまでも立ち塞がろう。幻影の騎士らの刃程度では彼女の加護を突破する事叶わぬ――ゲツガであれば話は別かもしれぬ、が。
 イレギュラーズ達の攻勢が上手く行っている。
 ゲツガは自らの周囲で立ち回る蛍や珠緒らの対処で他にまで余念なく。
 故にグリーフは万全の儘に振舞えた。さすれば幻影を祓う光を放とうか――
「幻影の中には、過去に生きた方たちもいるのかもしれません」
 同時。グリーフは言の葉を零そう。
 ゲツガをも含めた実力、軽視はしない。
 その感情の色、言葉に、目を閉じ耳を塞ごうとは思いません。
「けれど」
 引き込まれたりなどしません。あちらの呼び声に耳を傾けることもしません。
 ――彼らと私は、歩む時と道が違いますから。
 確かなる決意と共にグリーフは此処に在るのだ。決してその想いは崩れない。
「……天義も鉄帝も、両の厳しさを知る私からすればどちらも好ましくはありません。ですが、かつての争いが良かったなんていうのはそんなもの昔を美化しているだけ。より良い今のために戦う人々を蔑ろにしていいものでは無い」
「例えば。己が間違っているとは。今が間違っているとは――思わないのか?」
「思いません。どんな生まれも、過去も」
 ――今を生きるのに関係はないのだから、と。
 正純はゲツガに告げようか。続け様に彼女はゲツガへの敵対の証として撃を紡ぐ。
 戦いの加護によって火力を増した一撃は戦場を謳歌し、数多を薙ごう。
 ……今を否定してはならない。迷ってはならないのだ。
 信じているから。例え今日が苦しくても。
 明日はきっと、よりより未来が待っていると――信じているから。
「だから遂行者もこの理想郷も、認める訳には行かない!」
「そうだ! ネロさんの事を悪く言ってる暇があるなら……正気に戻れよ!
 優しいネロさんを侮辱するほうが汚れてるっていうか堕落してるんだよ、ばか――!」
「月光の騎士ともあろうものが何を言われ、見せられて遂行者になったか知らんが。
 天義の民を守るのが聖騎士の務めではないのか!
 ――務めを。己が信ずるモノを忘れたというのならば、思い出させてやろう!」
 その時。正純に次いでゲツガを糾弾したのはヨゾラにエーレンだったろうか。
 ヨゾラは引き続きソフィーリヤ側へと星の一撃を繰り出しながら、同時に周囲の様子に注意を払っておくことも忘れない。此処は敵地。いついかなる時に呼び声が飛んできてもおかしくないのだから……そしてエーレンはゲツガと真っ向勝負。
 ネロに不用意に近づけさせない為にも、前に出るのだ。
 ネロの姿を暴いた事からして、更に何か手をうってこないとも限らぬ故に。
 跳躍一閃。自身の速度を活かしゲツガの隙を穿たんと彼は往く――!
「誰も彼も早ければなんとかなる、と思ったか――? 甘い」
「甘い、のは其方ですよ。あらゆる事態を考慮して……私は此処にいるのです」
 だがゲツガは接近戦こそ望む所だ。聖剣を振るいてエーレンと切り結び。
 剛撃繰り出せば一気に近くの者達を払いのけんとしようか――
 それでもシュテルンが支える。治癒の力を齎し、隙あらば封印術の一手を紡ごうか。
 天義の幻影騎士がこちらに至らんとする動きもある、が。
 こういう折に癒し手を潰さんとするような動きが来るのは予測の上だ。
「崩れませんよ。不測なく進めさせてもらいます」
 ……正直言ってシュテルンは、理想に縋る者の気持ちが全く分からない訳でもない。
 私もきっと、その内の一人かもしれないから。
 ただ、それでも。それでも自身は――此処に来た。
 理想という名の麻薬に酔わされる訳にはいかないから。
 だから抗おう。どこまでも、どこまでも――!
 そうしていれば徐々に戦況はイレギュラーズ側に傾きつつあったか。
 ゲツガは強力だ。やはり遂行者へと至っているからだろうか……
 そしてソフィーリヤもまた同様に。されどソフィーリヤは光を見た際の隙を皮切りに、その調子を崩している。ゲツガの方は、抑えられるかはどれ程、幻影達に対処でき、そしてゲツガ自身に相対しうるイレギュラーズ達の力量に掛かっていたが――十分以上であった。
 彼らには、力がある。
 未来を紡ぐ、力が――
「――むっ!」
「退いて下さいお祖父様。
 この状況ではお祖父様の刃も、そう簡単にはいきません。
 それに私達は……イレギュラーズは敵がどれだけ強大でも負けません!」
 と、その時だ。サクラが再度、至る。
 ゲツガに真っ向から切り結びながら。今度は己の……聖剣の力を、紡ぎながら。
 サクラの手中にある聖刀【禍斬・華】の力が――解放される。
 ……正直。今のお祖父様の姿を見ると、もはや朧気になった記憶の中の……
(――お父様)
 その姿をなんとなし思い出して力が緩みそうになる。
 だけど。
 違う。違うんだ。絶対にそんなのは『違う』ものなんだ!
 だから奥歯を噛み締める。裂帛の気合を上げ。
 己が魂を鼓舞して挑みかかる。あぁ相手は自らの祖父。騎士としての先達!
 ――『月光の騎士』なのだから!
 超速へと至る彼女の動き。あぁ間違いなく、その点はゲツガを超えている。
 熟達した戦闘経験からの『勘』で切り結ぶより他はない。あぁ――
「――負けぬ? 例え相手が『神』を名乗ろうとか」
「信ずる心に揺らぎはありません。
 ルストがそんなものを名乗るなら……天義の騎士として。
 『聖奠聖騎士』として――真に神の名の下に、私は立ち向かうでしょう」
「…………そうか」
 瞬間、一息。
「そういうお前達だからこそ、戦いに勝ててきたのだろうな」
「お祖父様……?」
「母を連れて帰れ。まだ間に合うはずだ。ソフィーリヤ殿は、お前の父の幻を追っている。ツロの招致の力に巻き込まれた際の狂気の影響でな。だが、だからこそまだ道に迷っているだけだ。理想郷に殉じていない――手を引けば連れて帰れよう」
「……成程。『月光の騎士』サマの目的は、ソイツだったって訳か?」
 直後に紡がれた言の葉は優しいものであった。
 然らばカイトはなんとなし当たりを付けようか。ゲツガは恐らく、預言者ツロの招致の力に巻き込まれたソフィーリヤを救うために――遂行者として留まっているのだ。彼女はやや狂気に犯されているが、しかしゲツガが『この場』をコントロールする事によって、彼女が深き狂気に至らぬようにしている。
 ソフィーリヤが、未来の夫と出会う前の戦場の場を再現する事によって。
 もしも。ソフィーリヤが――偽りであろうが理想郷の『父』と出会っていたら――
 恐らく。彼女の魂はその時点で理想郷に囚われていただろうから。
 ソフィーリヤは理想郷の狂気に何を見たのか。
 ――夢。
 夫が亡くなった日の事を忘れた事など一度もない。
 ならば。知らぬ儘の日々に在った方が良かった。
 鉄帝の者として属し。窮屈なれど身内失わぬ、あの時代にこそ――と。
「お祖父様!」
「行け。私は遂行者。神に魂を売った信仰者――
 次はない。次は私を超えるがいい……それからセツナ達の事を頼むぞ」
 祖父の真意。知りえたと思った次の、瞬間。
 なんと。ゲツガが自ら『首』を断った。
 血飛沫舞う――何故、と驚愕する暇もなく……
 しかし直後に残るは死体ではない。
 なぜならばゲツガの身は、死と共にどこかへ『消え失せた』のだから。
「これは……!? 何があった!?」
「なんだ? 転移――? どうなってやがる、いや、まさかこれが理想郷の力……!?」
「……成程、揺らがない訳です。ここは『死』が無いという訳ですか」
「むぅ……これは驚異的、だな……死なないというのならば、思った以上に厄介だぞ」
 ゲツガを見ていたエーレンやカイト、正純、そしてネロが思考を巡らせようか。
 これが理想郷に『選ばれた者』達の特権なのだろう、と。
 恐らく死がない。遂行者を特に中心として……
 条件はあると思うがルストの力の一端なのだろう――
 ゲツガは最後に情報も伝えて去って行ったという事か。
 あれだけの力の持ち主なら純粋に退く事も出来たろうに。
「……ッ! なんに、せよ、ゲツガさまが、退いたのなら、あとは!」
「ああ――あっちのソフィーリヤさん、やねぇ。でも気ぃ付けてや。ゲツガさんがいなくなったからか、天義騎士の幻影達の動きが暴走しとるみたいやから……!」
 ともあれ、と。メイメイに彩陽は接近してくる幻影らを対処しながら、視線を向けようか。
 後の問題は――ソフィーリヤだけなのだから、と。
「戻せる見込みがあるのなら、やっぱり『手』は選ばないとね――
 楽しそうに戦ってる中搦め手は水を差すようで嫌かもしれないけど……」
「ふふ。いいわよ、そんなに気を使わなくて。ようは全力が否か、が重要なんだから――!」
 然らば雲雀は邪悪を祓う光をもってしてソフィーリヤを追い詰めんとしていた。
 不殺の意志が籠った力だ。だが殺さずの意志があるだけで、全力には違いない。
 ――あぁ。それに全力でなきゃ、貴女程の鉄帝の戦士には失礼でしょう?
 だから存分にやりましょう。ある程度の、線引きはされた中で。
 であればソフィーリヤは歓喜しようか。充足する戦いこそ、窮屈な軍人の家系から解放される瞬間であった。あぁ、この戦いに従事したのもその為。その為、その、ため……?
 違う。いや、なんだ?
 私は何を追い求めていた? 戦い? いや、違う、もっと違う何か――
「目を覚ましてお母様! やっぱり、そうなんだね、お父様を……追ってるんだね」
 瞬間。駆けつけてきたのは――サクラか。
 祖父からの言葉もあって確信していた。今の母は……
 ずっと父の幻を追っているんだ。出会いはどこかの戦場だったとは聞いている。
「でもお父様は……もういないんだよ!」
「――――なにを」
「ずっと昔にいなくなったんだ。戻ってなんてこないんだ。
 代替なんてどこにもないんだ――願っても取り戻せないから大事で、大事で……」
 愛して、いたんだよね?
「サクラ殿、思うままに振るってくれ! 時が必要ならば、全て稼ごう!」
「連れ戻してあげなさい。邪魔は全て片付けてあげるから!」
 同時。ブレンダや鈴花が、サクラの動きをフォローしようか。
 鉄帝軍人の幻影が邪魔ならば排して。
 万一にもソフィーリヤが逃走せぬように立ち回る。そして。
「帰ろうお母様。大丈夫。お父様はいないけど、けど――」
 家族がいるから。
 ――直後。サクラは思いっきり母に、頭突きを叩き込んでやった。
 言葉だけじゃきっと伝わらない。だけど、これならきっと伝わる。
 幼い時。母が怒った時は、こうして拳骨代わりに頭突きがあったなぁ……
 痛みが伝わる様に。正気を取り戻させる為に。
 ――ポロキメンの恩寵が光り輝く。
「……おかえり、お母様」
「……あぁ、迷惑を、かけたわね、サクラ」
 然らば遂に、ソフィーリヤの無力化に成功した。
 ――彼女の意識が途絶える。あぁ、それの方がいいかもしれない。
 今はきっと安らぎが必要だろうから……
 ソフィーリヤも非常に優れた徒手空拳の使い手だったが、しかし雲雀やヨゾラ、ブレンダや鈴花らの絶え間ない攻勢の圧力あってか、ゲツガ側の戦力が合流した後は比較的迅速に取り押さえる事に成功できたか――ならば。
「……ふぅ。これでなんとか、この場は一段落した、だろうか?
 この場の主たる遂行者ゲツガも退いた以上、幻影らもやがては消えると思うが。
 ……しかしネロ。ヴェアヴォルフ……成程、そういえばその通りだな」
「あぁ。こちらの姿の方が、本来の正しい姿だ。黙っていてすまなかったな……」
「いや。言われるまでこちらも気付かなかった事だしな――」
 エーレンは周囲の警戒を行いながらネロへと言を紡ごうか。
 ヴェアヴォルフの意を全く気付かなかった、と。鈍い武芸者だと自嘲しようか。
 まぁ。それほどにネロの正体などいい意味で頓着していなかった証左でもあるが。
 ……ともあれネロは一度ゲツガの撃を防ぐために剣を使った、が。
 それでもイレギュラーズ達の奮闘によってか負傷は深くない。
 まだ、もう少し。もう少しばかり――戦えそうだ。
「ひとまずソフィーリヤさんを安全な場所に連れて戻った方がいいし、退こうか。
 ネロさんはその姿は……どうだろう。戻れるの?」
「今はまだ姿が安定しないな。暫くこの状態は持続しそうだ」
「そうなんだ……思ったより随分ともふもふだね、これ」
「ふわふわでもふもふなんだね、ネロさん……可愛い……かっこいいなぁ……」
「…………多少であれば触ってみるか?」
 いいの!? とばかりに目を輝かせるのはヨゾラか。ソフィーリヤの身も案じつつ、しかし雲雀もまた気になって指先でネロの身を堪能せんとする――激戦の後であったからか、思わぬ柔らかな感触に心が安らぐものだ。
「ちょっと待ちなさいよ。他の人にも触らせるなら、私にも触らせなさいよね、ネロ!」
「わわ、わわわ……えと、あの、その、わたしは、構わなくはあるのです、が……
 先程触れた時も、あたたかった、ですし、もし、出来るなら、その……」
「んー、ふっかふか。いいじゃないこの毛並み、おっきくて暖かいし、あぁ極楽極楽――」
「待て、せめて順番、順番にだな……」
 だがそれだけで済むはずがない。リアやメイメイも指先に触れてみたい想いを紡ぎ。
 鈴花に至っては手をわきわきさせながらダイブする程の勢いだ――!
 あ。顔が蕩けている。いけません。いけない表情ですよコレは!
 どうしたものかネロもなんとなし狼ながら困った表情をしていれ、ば。
「ネロさん――あなたとは初対面、ですかね。
 どうやらあなたは望まれている様です……少なくとも私よりは。
 はは、あなたを生かす為に奇跡にすがるのも悪くないかもしれませんね」
「――――それは止めておけ。私の魂の色は決して変わらん。
 万が一変わるとすれば、それは私という存在自体が消失する事ときっと同義。
 『黒い絵の具』を『白い絵の具』にしたら、それはもう別存在だろう――?
 私はいつか滅びるべき存在なのだ。世界の為には、正しいものの為に祈れ」
「……そうでしょうかね。しかし、皆の願いを果たせるなら、きっと本望ですよ」
 直後に紡いだのは、シュテルンか。貴方を救う為なら奇跡も悪くないかと……
 やや自嘲気味に呟くものだ。あぁ――空っぽな私でも、意味があるなら――と。
「ネロさん。私は……貴方の事を対等な戦友だと思っています」
 そして。グリーフもまた想いを零そうか。
 あぁやはり『生きていて欲しい』という願いは変わらないものだ。
 彼の存在自体が、たとえヒトでなくても共存できる、その証明だから。
 あるいは。一時は存在を否定されながら、居場所を手に入れ、たくさんを看送り……それでも誰かや何かのために戦い生き続ける。
「そのような姿に、私は……ええ共感、とでも言いましょうか」
 重ねる所があるのだと。
「あぁ――グリーフ、私もだ。お前の事は大切な戦友であると思っている。
 お前達がいてくれたから、私はこうして……此処にあれるのだ」
「……これからも力になりましょう」
「頼む」
 あとどれ程。彼と共にあれるのかは分からぬが。
 それでも。もしも叶うのならば――その最後の一時まで。
 隣で戦い続ける事が出来たらと……願わざるを得ないものであった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 見果てぬ夢の先にある理想郷の深奥は、きっと近いでしょう。
 ありがとうございました。

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