PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<尺には尺を>運否天賦の大活劇

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●彼らの退路は何処にある
「参りましたね……」
 男が一人、嘆いていた。
 言葉はそうだったのだが、口元まで覆い隠す彼の衣服によって口がどう動いていたかは判別出来ない。
 かろうじて見えている鼻筋から上の表情筋にはまるで変化が無く、ただ呆然と独り言を呟いたようにも見える。
 黒髪黒目に黒衣装。全身を黒く纏め上げたその男は、眼前の光景を見ては落ち着いて嘆いていた。
「まさか……退路を確保する筈が」
 そんな男と背中合わせにもう一人、黒髪の女性が剣を構えている。
 女性は、彼の嘆きに続けた。
「こっちが挟み撃ちに遭うとはね……」
 テュリム大神殿。
 遂行者、並びに指導者の住まう地、イレギュラーズが攻略せんと踏み入った場所。
 その最も外側に当たる地点で、この二人は襲撃に苦心させられていた。
 男の前には馬に乗った赤い甲冑の騎士。そしてその背後には炎を纏った獣が。
 女性の前にはこちらも馬に乗った白い甲冑の騎士。同じく炎の獣が多数。
 本来なら多少の怪我を負っても苦戦を強いられるかどうかといったところであり、本来なら二人で相対すべきではない敵の群れ。
 状況は緊迫している。にも関わらず、一進一退の攻防を繰り広げているという訳でも無い。
 互いに付かず離れず。そんな謎めいた現場に、男は心当たりの有る視線を目の前に向けた。
「……炎の獣、ですか」
 預言の騎士、男の眼前に居る赤騎士から生み出される獣。
 滅びのアークによって変化させられた存在。
「もしかして、狙われてます? 私達」
「炎の獣にさせられるって? 冗談じゃないわよ!」
 とは言ったものの、確かにそれ以外ですぐに殲滅に掛からない理由も思い当たらない。
 が、そもそも存在自体が違う立場だ。相手の考えなど解りようもないが。
「アタシは嫌よ! 折角、気合入れて任務に来たのに!」
「そりゃ、私だって嫌ですよ。警護任務なら多少ゆっくり出来そうと思ったんですが」
「……アンタ、やる気有る?」
 と訝し気な視線を背中に感じ取った男は「ハイ・ルールには勝てません」と一言。
 女性の口から思わず溜息が出そうになる。
「様子見に奥へ行った他の方々は?」
 黒い男が問う。
「まだ戻って来てない。って言うか、戻って来てもそうそう手出ししないわよ、アタシなら」
 女性の言葉に、男は静かに頷いた。
 圧倒的な戦力差が有るなら兎も角、一触即発のようなこの状態で無闇に戦闘に突入すれば、無事に済むとは言い難い。
「元々が少数人数の任務でしたからね。部隊を分けたのは失敗だったかもしれません」
「こういう時の対処法は?」
「片面突破……といきたいところですが、人数差で押さえ込まれるとどうしようもありません」
 可能性を見出せるとしたら、白騎士の立ち塞がる奥側へ続く道。
 そちらへ何とか押し込めれば、内部のイレギュラーズと合流出来る希望が有る。
 しかし、男はそれを否定した。
「それでは退路の確保になりません。むしろ内部に敵を侵入させてしまう事になる。次第によっては他任務の障害にもなり得る以上、得策ではないでしょう」
「じゃ、どうすんのよ。このままじゃジリ貧よ、精神的に」
「勿論、こちらから打って出ます。但し、出るなら私の側。赤騎士達を突破し、一度外へ脱出します」
「……それで?」
「それで、とは?」
「いや、何かアンタ妙に落ち着いてるし……何か秘策とかないの?」
「まぁ、一応……有りますよ。ささやかな秘策ですが」
 そう言うと、男は懐から何かを、二つの角ばった小さな球体を取り出した。
「何、それ……サイコロ?」
「一日一回振れる、私の『ギフト』です。サイコロ自体は市販の物ですし、戦闘時には効果を発揮しませんが……交戦前の今なら、ギリギリ振れるかもしれません」
 男の手からサイコロが落とされる。
「1から100までのサイコロですね。出た目が49以下ならちょっと良い事が起こる気がします。50以上はハズレです」
「……占い?」
「みたいなものです。天気予報の方が良く当たりますよ」
「つ……」
 使えない! と言葉が口を突いて出そうになる。悪気は無い。でもこの場において何の意味が有るというのだという感情が喉まで出掛かっている。
「何、気休めですよ。当たればそれなりに笑えますから」
「因みに、良い事ってどんな事? この場を一発逆転出来たり?」
「卵を割ったら黄身が二つ入ってたとか、その程度です。言ったでしょう? 戦闘には使えません」
 剣を持つ手に力が籠った。本当に、何の意味が有るのだ。
「……アンタ、名前は?」
 男は、初めて動揺した素振りを見せた。
「驚きました。まさか、同じ部隊の方に名を覚えられてないとは」
「アンタだって私の事知らないでしょ!」
「黒宮です。六刀凜華さん」
 押し黙った凜華に、黒宮はそんな事はどうでも良さ気に赤の騎士達を見続けた。
「談笑はここまでです。この間にも仕掛けて来なかった事を考えると、敵の目的は本当に合ってるかもしれません。多少、警戒され過ぎな気もしますが……私達が獣と成るに値するかどうかを推し量ってる、といったところですかね」
 黒宮は服に隠れた口で軽く息を吐く。
 彼らの前には赤騎士達、後ろには白騎士達。無論、黒宮の言う作戦上前となるのは赤騎士の方。
「良いですか? 行動は開始しますが、睨み合いを解いてはいけません。拮抗状態を維持しましょう。このまま一度戦闘に入ればこちらが一気に崩れるか、運が良くて一太刀浴びせられるかです。重要なのはタイミング。運を天に任せなければいけません」
 黒宮の言うタイミング。それは誰かが赤騎士の背後から現れる事。
 それが出来れば逆に挟み撃ちに出来る。ただ、そう都合良く誰かが現れるとは当然限らないし、それは味方側でなければならない。
「全く、敵陣の神殿で祈りを捧げる羽目になるとは。皮肉ですねぇ」
 彼の足元で、サイコロが止まっている。
「出目は?」
 凜華が問う。
「99」
「……それは?」
「割と最悪な数値です」
 一層強く剣と歯に力を込めて、凜華は心の限り叫んだ。
「もう! 絶対アンタと同じ隊には入らない!!」
「ハハ、泣いちゃいますよ。六刀さん」

●賽は未だに宙を舞う
「退路を確保している部隊からの連絡が途絶えたんだ」
 イレギュラーズ達が集まるなり、『黒猫の』ショウ(p3n000005)は皆にそう告げた。
「場所はテュリム大神殿の外側。皆が進行した後に続いて、その退路となる場所を警護していた六人構成の部隊が一隊。簡単にやられるような隊じゃなかったと思うんだけど、誰とも応答が出来ない状態にある」
 その部隊から最後に送られた連絡は『偵察の為、二人を残し奥へ進む』というもの。
「恐らく緊急事態に陥ったか、考えたくはないけど全滅……という可能性も有り得るね」
 場所が場所だけに、既に内部へ出払っているイレギュラーズも多いだろう。
 そこへ更に追加の戦力を投入すべきか、という点が少し悩みどころではあるようだ。
「とはいえ、だ。攻略してくれているイレギュラーズが安全に帰還する為にも、退路は安全を確保しておく必要が有る。疲弊しているところに帰り道まで連戦になったら目も当てられないからね」
 それで、とショウは続けた。
「内部の構造がどうなっているかは、もしかしたら君達の方が詳しいかもしれないね。今回調べて欲しい場所は、一本道になっている部分だ。ただ、連絡がつかない以上、それ以外の事が判らない」
 イレギュラーズ達は、現場に到着すると同時に対応して貰う形になる。
 しかし、幸か不幸か大神殿という場所において、戦闘が発生した際の敵の予測はある程度可能だ。
「予言の騎士、炎の獣……回廊より手前側だから、恐らく幻影竜じゃないだろう……いや、ちょっと待ってくれ」
 そう言うと、ショウはテーブルに置かれた一枚の紙を手元に寄せた。
「……有った。連絡が途絶える前、配置直後に四騎士と遭遇してるね。赤騎士と白騎士の二種類だ。確証は持てないが、再び二体と交戦状態に陥った可能性も有る」
 赤騎士が居る以上、炎の獣が居る事も想定した方が良いだろう。とショウは付け加え、足を速めて何枚かの白紙を広げた。
「飽くまで予測になるけど、不通前の情報から敵と遭遇していた場合の想定を纏めてみよう。今回はほぼ現地の判断に任せる事になる。目標は変わらず退路の確保、だよ。敵が居る場合、速やかに排除して貰いたい」
 急ぎの依頼だ。
 だが、それはそれとして準備は万全で行くべきな事にも変わりは無い。
「整い次第、出発してくれ……幸運を、祈ろう」

GMコメント

メインストーリーの少し外側の依頼です。
純粋な戦闘依頼となります。

●目標
赤騎士、白騎士、炎の獣を全滅させ、退路を確保する。

●敵情報
以下、ショウが不通直前の情報から組み立てたものです。
皆様は実際には接敵してからの確定情報となりますが、予測として以下の敵数、種類の情報は知っているものとして構いません。
情報精度がCである事にはご注意下さい。

・赤騎士×1
ルスト・シファーの権能によって生み出されている予言の騎士の一体。
赤い鎧を身にまとっており、馬に乗った騎乗状態で剣による攻撃を仕掛けてきます。
滅びのアークを操る存在でもあり、対象者を炎の獣へと変化させる。

・白騎士×1
ルスト・シファーの権能によって生み出されている予言の騎士の一体。
白い鎧を装着しており、騎乗状態で旗の取り付けられた槍を武器としています。
支援型タイプであり、他の赤騎士や炎の獣達を強化します。

・炎の獣×8
赤騎士が作り出した存在。
そこそこの数ですが、六刀と黒宮の所感では「人数さえ居れば問題は無さそう」というレベル。
飽くまでも炎の獣単体として見た場合です。

●状況(戦闘地点)
テュリム大神殿の外通路となります。
内部までは入らず、回廊よりもまだ手前の位置。
位置的には大神殿も回廊も離れています。
ここからでは美しいステンドグラスも季節外れに花を咲かせる中庭も見えず、ただ白い柱と何の変哲もない通路が在るのみです。
通路は一本道になっており、六刀、黒宮の二人は通路中央付近まで押し込まれた上、赤騎士と白騎士に挟み撃ちになっています。

奥、神殿側には六刀と白騎士が
手前、入り口側には黒宮と赤騎士がそれぞれ対峙しており、赤と白の騎士はそれぞれ四体ずつの炎の獣を連れています。
白騎士×1・炎の獣×4と六刀
赤騎士×1・炎の獣×4と黒宮
という形です。

イレギュラーズの方々は入り口側から接敵して頂く事になります。
ですが、通路の幅が有るため奥の白騎士側に回り込む事も充分可能です。
ただし回り込む場合、動き方によってはそのまま乱戦になる可能性も有りますのでご注意下さい。

●黒宮の作戦
作戦という程でもないですが、補足です。
持久戦となっている現状を打破する為に、赤騎士の側に味方が来ればそのまま赤騎士を逆挟み撃ちにして突破しようと考えています。
黒宮は皆様が攻撃を仕掛けると以上のように動きますが、これを止めるように言っても大丈夫です。接敵した時点になると、あまり長々と説明は出来なさそうですが……。
黒宮、六刀の二人に指示が有れば二人は貴方達に合わせて動きます。

●NPC
・六刀凜華(ロクトウ・リンカ)
ローレット所属。
黒いミディアムヘアー。年齢は二十歳。身長156cm。
刀を武器としており、やや強気な性格。
依頼に対して真面目にやる気を見せる。
何気に二回目の任務で十全に張り切っていたが、今ちょっと泣きそう。
たまに名前の凜と凛を間違われるが、本人も間違う事が有るので気にしていない。
鞘に猫のストラップを付けるか検討中。

・黒宮(クロミヤ)
ローレット所属。二十七歳。身長171cm。
全身黒ずくめ、口元まで覆う外套を着用しており、下の名前は教えてくれなかった。
何処と無く気怠げで得物も所持しておらず、掴み所が無いタイプ。
積極性は見えないが、ちゃんと対応はする。
戦闘は苦手と言っている彼の攻撃は徒手空拳の近接。
年齢性別問わず「です、ます」口調。
余談だがファンブラー。

●黒宮のギフト
十面ダイスを二つ振り、1から100までの出目を出す。
1から49なら『卵を割ったら黄身が二つ出た』『道端で四つ葉のクローバーを見つけた』
くらいの、日常で良い事が起きる……気がする。
気がするだけ。50以上はハズレ。
一日一回だけ振れるギフト。戦闘中は効果を使用出来ない。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <尺には尺を>運否天賦の大活劇完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年12月01日 23時20分
  • 参加人数7/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ


 大神殿の地に降り立った七人は、すぐに目標の地点へと急ぐ。
 まともな情報も入っていない。神殿の隅とも言える部分。
「……見つけた!」
 誰よりも速く現場に滑空する『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)は付近に差し掛かるなり皆にそう告げた。
 それ程までに端の部分ではあったのだ。到着すればすぐ目に入り、しかし目を向けなければ気付かれないような一本道。
「なるほどね。こういう状況になっていたか」
 そこで燻る一つの塊を見つけ、『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は更に接近を試みた。
 最初に目に入ったのは赤色の獣。次いで赤の鎧を纏った馬上の騎士。
「奥に更に二人と五体、音からして激しい戦闘にはなってないな」
 広域からの俯瞰、脳内に戦略地図のように地形と敵味方の位置を落とし込んだ『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が、入り口側から一直線になっている通路の奥を見遣る。
 奥側は果てしなく続いている。俯瞰した情報からでも全てを把握する事は難しい。
 性急な依頼にしては反比例するような静けさには、少し妙な感覚を覚える者も居るかもしれない。
 それでも「無事か」と安堵の息を漏らすにはまだ早い。
 救助の依頼を受けてからも、時計の針は迷いもせずに進んでいるのだ。
 『水底にて』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は皆と駆けながらも、少し外れて横へと逸れて行く。
 ヴァイオレットの目的地へと行くなら、多少膨らんだ位置取りがベスト。正面からぶつかれば確実に初動が遅れてしまう。
 対象の二人がどれだけ耐えられるか、どれだけ耐えているか。今は、時間との勝負。
「……急ごう!」
 『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)もそれを再認識して足を速めると、後方から続く『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は抜かりなく横目で周囲を警戒しながら口を開く。
「周囲に新手の気配は無い。どう動く?」
 前方に見えるの炎の獣。他の生物から成り果てた存在。
 つまり、目の前以外にも『増えている』可能性が有る、とウェールは読む。
 ウェールに答えるように、『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)の赤目が一層鋭く眼前を捉えた。
 この状況下でも諦めていない心意気、それに感心する義弘は拳を握り締める。
 目標は協力して救出、邪魔をするなら。
「あぁ……まずは、二人と奴らに気付いて貰わねぇとな」
 全員、殴り倒すのみ。
 一方、二人の方の限界は着々と近付いていた。
「ねぇ、いつまで続ければ良いの!」
「奇跡が起こるまで……」
 黒宮の肩を、剣が掠める。
「……と言っておきましょう!」
「そんなの」
 槍の切っ先。寸前で反応した凜華が咄嗟に刀を振り上げる。
「……そんなの、先に老衰しちゃう!」
 最悪、体力が尽きる前に強行突破も止む無しか。
 と、黒宮の瞳が赤騎士達の向こうに何かを捉えた。
「……六刀さん、起こりましたよ」
「はぁ!? 怒りたいのはアタシの方なんだけど!?」
 小柄ながらも雄々しく羽ばたくアクセルの姿。
 その風に妖しくも緩やかに靡く、ヴァイオレットの闇色の衣服。
「そうではなくて……」
 そして、猛然とせんと闘気を放つ義弘の姿。
「奇跡が、です」


 ヴァイオレットの妖艶な姿に既視感めいた感情を抱きつつも、黒宮は彼らを味方だと悟ると顎を引く。
『良かった、無事だったんだな。助太刀に来た!』
 イズマの念話が黒宮に、そしてその背中越しに凜華の脳内に流れて来る。
「……マジ?」
「マジです。では、三つ数えて動きましょう」
 二人のあの位置なら、このまま挟み撃ちにも出来るだろう。そう見たイズマは二人へ告げる。
『右から二体目はどうだ?』
『流石です。合図をお願い出来ますか?』
 イズマは敵に感付かれる位置に入る前に、赤騎士側と相対する手筈の皆に一言告げる。
「アイツに仕掛けよう」
「狙いどころだな。前に出過ぎだ」
 モカがそれに応答し、イズマはそのままワイバーン、リオンへと騎乗するとアクセルと同じ高さまで飛翔。同時にウェールも飛翔し、天井ギリギリの位置まで上昇を続ける。その下でヴァイオレットが短剣を静かに抜き、スティアは聖杖を回し、構えた。
「一……」
 義弘が拳を握り締める。闘気が黒地の背広を伝わって全身に溢れていく。
『二……』
 白騎士の反応が遅れたのは前の二人に気を取られていたからか。それとも駆けつける彼らが迅速に行動を開始した故か。
 赤騎士が一瞬遅れて振り返る。その真横を、それに目もくれず一つの影が飛び込んだ。
「三ッ!」
 最後のカウントと共に義弘、黒宮が同時に仕掛けた。
 身体一つ分早く仕掛けたのは、敵以外を巻き込まないように踏み込んだ義弘の方。
 鍛え抜かれた義弘の突進が周囲を蹴散らしながら獣の身体へ。その獣に黒宮の拳が打ち込まれる。
「む……」
 二人の身体に伝わったのは、獣の頑丈な肉体。恐らく、素の堅さだけではない。
「おぉッ!!」
 止まりかけた義弘の肉体が躍動し、身体全体で弾くように獣を押し飛ばす。
 溢れ、放ち出されたモカの気功が模るのは黒豹の群れ。それらが散開し、目の前の炎の獣、そして義弘の突進に巻き込まれた獣と赤騎士までも一斉に飛び掛かった。
 強力無比な攻勢に、迷いかけた黒宮の思考も晴れていく。
「皆さんに合わせます、済みませんがご助力を!」
 後ろを振り返った凜華は、宙を滑空するアクセルの姿に気付いた。
「こっちだよ!」
 直前で三方向に分断した、内右側上空から側面へ回り込んだアクセルが指揮棒から結界の歌を奏でる。
 獣の注意が一斉にアクセルへ。
 その背後、左側へと地上から回り込んだヴァイオレットが、白騎士側に居た獣の背中から短剣を喉元へ回す。
「こちらにも居る事をお忘れ無きよう」
 獣の首に筋が走る。人間ならば致命傷。怪物ならば取るに足らぬか。
 それを理解してか、傷跡を見もせずに、ヴァイオレットはその場から立ち退いて凜華の隣に躍り出た。
「アナタは……わぷっ!?」
 凜華の顔に、ひらりはためく黒色服の裾が掛かる。
「通りかかりでは御座います。見れば火急の諍い事。助太刀致しましょう」
 言葉が何処まで本意なのか、裾を取った凜華が見たのはヴァイオレットのフェイスベールに濁された薄い笑み。
 こんな状況にも関わらず、綺麗だ、などと凜華が思わず見惚れてしまいそうにもなる。
 それを遮ったのは、上空を直線に抜ける二つの影であった。
(炎の獣が八体……退路を確保していた部隊は六人構成……)
 そして白騎士側の四体に目を向けたウェールは、最悪の事態も想定している。
 悲観的と言うべきではない。想定しているといないとでは、心構えは圧倒的に違うだろう。
 宙に浮かぶカードの束。ウェールの背後を囲う様に展開された狼の札から実体化する銃口と弓矢。
 人を炎の獣に変える赤騎士。残りの仲間は四人。白騎士側には四体。数も一致している。
 確定した訳ではない。
 だが何かがウェールの心を、魂を振るわせた。
 それはいつの日かの記憶だったのかもしれない。終焉獣の紛いものに変えられた、雨空に泣いた一人の男の……。
「……敵をそのまま自戦力にするのは出来るなら誰だってするだろう」
 ウェールの具現する銃口達が炎の獣へ向けられる。
「将棋でもやれるけどな」
 解っている。ああなってしまったら助からない事も。
 将棋と違うのは、二度と取り返せない事も。
「騎士を自称するなら! 人を化け物に変えるなんて……馬鹿な事を平気でやってんじゃねえよ!!」
 放物線を描き放ち出された銀の銃矢、雨帳。
 ウェールの咆哮と共に撃ち出されたそれが、この場に居る全ての炎の獣達へと振り掛かる。
「無事か!」
 降り注ぐ銃弾の中を掛け、上空からイズマの声が凜華の耳に届く。
「……な、なんとか!」
 リオンの翼から巻き起こる風に怯みつつ、イズマが近くに来た事を知った凜華は改めて白騎士側と向き直る。
 イズマが入ったのは、丁度黒宮と凜華の中間地点。
 瞬時に状況を見定めるイズマの向こうで、旋律が鳴る。
 スティアの魔力が奏でる、美しく細やかな魅惑の旋律。
 いつもの爛漫溌剌としたスティアの、落ち着いた聖なる調べ。
 向かう先には剣を振るう赤騎士が。音楽などとは掛け離れた無骨な赤い甲冑に音が響けば、赤騎士は魅入られたようにスティアに兜を向ける。
「掛かったよ!」
 スティアの言葉に、イズマは手を振り上げて応えた。
 それは同時に、黒宮と凜華への指示を出す合図にもなる。
「黒宮さん、そのまま攻撃を続行で!」
「了解です」
「それでは、凜華様はワタクシと共に」
「うん!」
 ヴァイオレットが白騎士の前面に立つと、その背後で凜華が刀を構える事で応える。
 白騎士側の炎の獣の火炎の息。
 それをヴァイオレットと凜華は左右へ跳んで回避、イズマへ向かう炎が彼を包むが、それを割るように払うと姿を現したイズマは白騎士側へ詰める。
「燃やせるものならやってみろ!」
 勿論受けてばかりの筈が無い。
 イズマの細剣が魔導の脈動を打つ。
「やられた分は割増で仕返ししてやるけどな!」
 いつもの旋律が、嵐に変わる時だ。
「皆、もうひと踏ん張りだよ! 確実に削れてる!」
 旋回し、赤騎士側へと回りながら癒しの祝福で鼓舞するアクセルにモカが続く。
「あぁ、急襲したのが効いてるな。一気に崩そう!」
 優勢を見て、イズマは更にその空気を押し上げるようにリオンを大きく羽ばたかせた。
「さぁ、この状況をひっくり返すぞ!」


 炎の獣に乱打が浴びせられる。
 駆け抜けるモカの黒豹が獣を斬り裂き、その黒豹が抜けた続け様に義弘の無骨な拳の連打が固まっていた獣達へめり込んでいく。
 義弘の攻撃の終わりに合わせ、黒宮が更に獣の顎を蹴り上げた。
 モカは逆側に位置する獣を見据えながら、着地した黒宮へ背中合わせに語り掛ける。
「ふむ……私と同じく徒手空拳の戦闘スタイルか。気が合いそうだな、よろしく」
「いえ、貴女には及びませんよ。ですが貴女のような美人に声を掛けられるとは、待っていた甲斐が有りました」
 お互いに冗談ぽく首を傾げ、同時に地面を蹴り義弘の両脇に二人が並んだ。
 モカが改めて確認する。
「向こうに押していけばいいんだな」
「あぁ、このまま押し切るぞ」
 三人が構え、黒宮が赤騎士と対峙するスティアを見遣る。
 その彼の眼前の獣に向かって、スティアが放つ魔力の矢が応えるように撃ち貫いた。
「こっちはまだまだ余裕!」
 そんな言葉が彼女から聞こえて来そうだ。不思議と、スティアの一挙手一投足を見るとこの場を切り抜けられるという自信も湧いて来る。
 義弘が真顔で、眼を見開いた黒宮に問う。
「……心配か?」
「杞憂だったようです」
 挟み撃ちという状況にあった中で、第三の位置取り、つまり空中から攻撃を仕掛けられたアクセルとウェールの動きは大きい。
 敵は全て地上に在る。だがこちらはそれを上回る多彩な戦術を有しているのだ。
「かなり堅いけど……これで三体!」
 その上この二人から放たれるのは範囲の広い散弾砲撃。
 アクセルの神聖なる光が三体目の獣を地につかせる。
 平均的に攻撃を与えている筈なのに何故三体目なのか?
「そこだッ!」
 その答えが、ウェールによる一点火力の速射だ。
 敵に攻撃が入り辛いと見るや否やで即座に手段を切り替えている。
 その堅さは白騎士の援護。恐らくはそれが原因。
 その白騎士と斬り結ぶ三人が、奴の支援を阻害する。
「天義の動乱……詳しい事は存じ上げませんが」
 元よりあまり好ましくない国ではあった、とヴァイオレットは感じていた。
 天義出身のスティアが居るこの場ではそれを口にする事は無いが、ヴァイオレットの気持ちにも嘘は無いだろう。
 言った言葉を置き去るように、既にヴァイオレットは白騎士と距離を詰めている。
 天儀、遂行者、どうこうも有るだろうが、同じイレギュラーズを放って死なせるのも寝覚めの悪い事。
 差し込む光を避けるように影の中を縫い進み、切れ味の劣悪な短剣が白騎士を悪夢の斬撃に誘っていく。
 白騎士が思うような反撃に出られなかったのは、やはりイズマの存在が大きかった。
 最初に挑発を仕掛けたのはイズマだ。当然、白騎士側もそれに反応した。
 だが、攻撃してみればどうか。彼の周囲を覆うのはまるで幻想の鎧。
 通ったと思えば彼は不敵な笑みを浮かべている。
 さぁ、打てば打つ程に強くなるぞと言わんばかりに。
 その背後で、獣が壁に打ちつけられる轟音が響いた。
 炎を纏うウェールの一射、そして義弘の絶大な腕力が獣越しに壁に穴を穿っている。内部からの破壊には到底耐えきれずに赤騎士側の最後の獣が力無くずり落ちていく。
 赤騎士が狙うのはスティアだ。
 だが、騎士の剣が彼女に到達する前に阻まれる。
 舞い散るような雪の花弁を纏い、スティアは尚も騎士の前から離れない。
「良いの? 私にばっかり構ってて」
 スティアの声の先。支援の切れた赤騎士に伸びるのはモカの毒手。
 しなやかな手付きから生み出される魔の手に赤騎士は反撃の剣を振るう。
 だが、彼女の攻撃が止む事は無い。
「終わりだと思ったか?」
 そして剣を振るえばモカが纏う茨に身を貫かれる。
 モカは素早く手を引き抜き、そのまま拳の乱舞を赤騎士に浴びせた。
 まだだ。
 残影のように消え去ったモカが、突如赤騎士の背後から現れる。
 一瞬だけ、たった一瞬だけ見失った赤騎士の首元に、モカの手刀が突き刺さる。
 落馬と同時にモカも着地、動かなくなった赤騎士を尻目に、義弘、スティアを黒宮を含めた四人、そしてアクセルとウェールが一斉に奥地へと駆け出す。
 その先では、イズマに引きつけられている間に獣達を斬り伏せるヴァイオレットの姿が在った。
 白騎士に攻撃を仕掛ける凜華は、その槍に薙ぎ払われると大きく後退。
 その彼女の背中をモカが優しく受け止める。
「ごきげんよう、お嬢さん。助けに来ましたよ」
「ど、うも……」
 仰向けに見上げた視線の先にはモカの美顔が間近に見える。
「照れてる場合ですか……」
 と横を通り抜けた黒宮の言葉に、怒りと照れが混じったような顔で皆の後に続く。
 最も傷を負っているイズマにはアクセルからの祝福が、ヴァイオレットに対してはスティアからの福音が贈られる。
 囲い込んだ白騎士達へはウェールの雷の如き一矢が。
 その両側面から義弘、モカの連撃。
 と、赤騎士と同様に仕掛けたモカに鋭い槍の一突きが放たれ、膝を突く。
「回復を!」
「く……本体も、意外に……堅いじゃないか……!」
 その白騎士に放たれたのは、渾身の魔力から創造されたイズマの魔剣の一振り。
 だが、耐える。
 ヴァイオレットの短剣が宙を薙ぐ。
「中々、頑強なのですね」
 耐える。
「倒れるつもりは無いのでしょうか」
 耐える。
「これでも?」
 不敵に笑い背後に立ったヴァイオレットの切っ先が、静かに白騎士を闇に包む、その時までは。


 全ての敵が地に伏せた後、凜華は力無くへたり込んだ。
「二人が粘ったおかげで間に合ったんだよ。頑張ったな」
「私一人なら諦めていましたが」
 と黒宮は凜華に視線を落とす。
「そうだ、同僚だし自己紹介しようか。イズマというよ、よろしく」
「ろ、六刀凜華です、宜しく」
「黒宮です。改めまして、ご助力に感謝します」
「それにしても」
 と口を開いたのはスティア。
「こちらの退路に敵を配置するなんて……敵も侮れないね」
「いよいよ追い詰めてるとも取れるな、この必死さは」
 そう答えたのはウェール。モカは再度戦場へ顔を向ける。
「炎の獣、か」
 同じく、義弘は戦場を見渡すとモカに応えるように言葉を出した。
「どういう原理かは知らねぇが」
 屈み、痕跡を探すように義弘は地面に触れる。
「弱っている対象は、そうなる可能性が高いんじゃねぇだろうか」
 とすると、凜華と黒宮は危なかったという事だ。
 改めて、凜華は安堵の息を吐く。そして、タロットカードを捲るヴァイオレットの姿を見た。
 一枚、取ったカードの名をヴァイオレットが読み上げる。
「……死神の正位置」
 表すのは終点、損失、そして死。
「……何か、不吉だね?」
 と言うアクセルにスティアは「うーん」と視線を上げる。
「新たな一歩を踏み出せる、っていう意味にも取れる……かな?」
 傷付いた仲間を治療しながら述べるスティアにアクセルは納得したように頷く。
 少し遅れ、到着した連絡係と二、三言葉を交わす黒宮に、イズマは問う。
「ちなみに部隊の他の人はどこへ? 連絡を取るなら『ファミリアー』を飛ばすよ」
 それに対し、黒宮は淡々と受け答えた。
「あぁ……大丈夫です。必要、無くなりました」
 妙な返答に何人かは疑問符を打つ。黒宮は続けた。
「私は一度離脱します。進む方はお気を付けて」
 早々に去って行く黒宮と連絡係を見て、凜華は少し慌てた様子で目で追った。
「……あれ、アタシは!?」
 その腕をスティアが掴む。
「六刀さんも怪我してるんだから、まずは治療!」
 それと、退路の確保もまだ残っている。
 凜華はスティアと共にその手伝いをする事になりそうだ。
 イレギュラーズ達は奥地を見据える。
 タロットカードが示したものは何なのだろうか。
 この戦いの終焉は、何処へ導かれるのだろうか――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

依頼完了、お疲れ様でした!
なるほど飛行という手が有りましたね、まさかの三方向目が現れてビックリしました!
NPCの二人も救って下さり、有難うございます。
皆様は赤騎士と炎の獣に強い想いがあったりしますでしょうか?
非情ですよね、この敵。
いよいよ戦局も大詰めです、年末に向けてこの冬を乗り切りましょうね!
では、またの機会に!

PAGETOPPAGEBOTTOM