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シナリオ詳細

我が罪の残渣よ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●罪の残渣
 ヘスペリデス。
 かつて竜たちの住まう地であったここは、先の戦いにより深く傷ついていた。
 竜たちの、ある種物まねの様な『集落』は、今やその多くが破損し、無残な姿をさらしている。
 此処が、かつての姿を取り戻すには、未だ時間がかかるだろう。あるいは、また違った姿を得るのかもしれない。いずれにしても、今はまだ、悲しい姿を残しているという事だけは確かだ。
 ザビーネ=ザビアボロスという竜がいる。バシレウスと呼ばれる高位の竜の一つであり、かつて『ザビアボロス』の名を継承していたものだ。だが、彼女はローレット・イレギュラーズたちとの幾度となき接触により、その考えを軟化させ、人の可能性を信じることを選んだ。しかし、それは『先代のザビアボロス』にとっては、狂ったにも等しい選択であったのだ。
 先代、ハーデス=ザビアボロスは、ザビーネよりザビアボロスの名をはく奪。再び自らがザビアボロスの名を戴き、ローレット・イレギュラーズたちの排除をもくろんだ。自らの強力な毒を以って、人ごとヘスペリデスを洗い流そうとした彼の目論見は、ローレット・イレギュラーズたちと、ザビーネとその従者竜の協力により、阻止されることとなる。
 ザビーネにしてみれば、親を殺した、様なものだった。感傷がないわけではないが、ああなっては先代は世界に膿をまくだけの存在であろう。ザビーネは、破滅論者ではない。世界は継続されるべきだと持っていたし、今はさらに強くそう思っている。
 さておき、ザビーネは、その『ハーデスとの決戦の地』に、久方ぶりに降り立っていた。ハーデスが用いた強力な毒素は、ザビーネたちによって中和されたものの、しかしその強力な、呪いともいえる毒素は、未だにこの地にくすぶっていた。本来のように、触れただけで内臓を腐らせるような強烈な力は持ち合わせていないものの、しかし、未だにその怨恨は大地を腐らせようとするように、この地にいくばくかとどまっているように感じられた。
「――」
 言葉を紡ぐことが、できない。何を言うべきだろうか。愚かな、と先代を罰すべきか。これほどまでの怒りを、と先代を畏怖するべきか。いずれにしても、様々な思いはザビーネの中にあったし、それをシンプルに表現できなかった。超越種たる竜ではあるが、ザビーネは若輩であり、未だ迷いの途中にあった。
 だが、その迷いや、悩みをあざ笑うように、一段と、毒の気配が強くなった。あの、近寄るだけで平伏したくなるような、ハーデス=ザビアボロスの威厳のようなものが、残っているような気がした。
 ザビーネがその方を見やると、そこに残っていたのは、ぐずぐずに溶けたはずの、竜の骨であった。ほんの、おそらくは爪の欠片ほどの、残された骨片。己が毒に溶かされ、大地に消えたはずの、ハーデスの残滓は、今ここにほんのわずかに残り、しかしそのうちに恐ろしいほどの怨念を湛えていた。
「……お父様、というべきなのでしょうか」
 ザビーネは、自分の親の事を知らない。死んだのか、それともハーデスが親だったのかも、分からない。ただ、ザビアボロスの一族の共通する、まがまがしき死神のような竜の姿が、彼女とハーデスが、何らかのつながりを持っていることを示唆していた。だから、家族ではあったのだろう。随分と『毒親』であったが。そう考えれば、多少の感慨を抱かずにはいられなかった。
「未だ、呪っておられるのですね。未だ、怒っておられるのですね。未だ――そこにいらっしゃるのですね」
 そう、ザビーネは呟いた。果たしてそれに応じるように、爪の欠片はブクブクと、あたりの毒の残滓を飲み込んでいた。やがてこれが、大きな毒と呪いを飲み込んで、絶呪の果実を実らせるのだろう。ザビーネは僅かに息を吐くと、
「あなたは、眠るべきです。お父様」
 そう、つぶやいた。

 ザビーネ=ザビアボロスが『あなた』たちローレット・イレギュラーズへ接触したのは、その翌日のことである。
 覇竜領域、フリアノンのローレット支部に現れたザビーネは、腕利きのイレギュラーズとして、そして縁あるものとして、『あなた』たちを招集した。
「先代の残滓が未だ活動を行おうとしています」
「先代っていうのは」
 招集された仲間の一人が言う。
「ハーデス=ザビアボロスか? 確実に、仕留めたはずだろう?」
「はい。私と、ムラデンやストイシャの力で、彼の力を相殺し、そしてザビアボロス殺しの毒を用いていただいて。
 確実に、消滅しております。
 ですが……怨念というものは、残るもののようです。お父……先代の様な、強力な竜なれば」
 ザビーネが言うには、ほんのわずかに残されたハーデスの怨念の残滓は、ザビーネたちが中和しきれなかったザビアボロスの怨毒の残渣を取り込み、ドラゴン・ゴーストとでも言うべき存在として、現実に再び生れ落ちようとしているのだという。
「かの地のすべての毒を取り込んでしまえば、ヘスペリデスの一角を、その呪いで死地へと変える――爆弾の様なものとなるでしょう。
 滅すならば、今の内。おそらく、大規模な討伐隊を組まずとも、此処にいる皆様のお力があれば、充分以上に対処できるかと」
 無論、私も手伝います、とザビーネは言った。
「力はいまだに衰えたままですが、先代の怨念を抑える、いくばくかの助けにはなりましょう。
 再び、皆様のお力をお借りしたいと思います。
 どうぞ、お力添えを」
 ザビーネがゆっくりと頭を下げるのへ、『あなた』は頷いた。あなたにどのような思いがあるかは、それこそあなたのみぞ知るところであるが、しかし爆弾のごとく成長を続ける怨念があるというのならば、それを排除しないわけにはいかない。
 果たして――ここに、再びの、竜との共同戦線が開かれることとなった。

GMコメント

 お世話になっております。
 洗井落雲です。
 刈り取るは、我が罪の残渣。

●成功条件
 ハーデス・ゴーストの討伐。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 ハーデス=ザビアボロス。強力な竜を、皆さんローレット・イレギュラーズたちが討伐してしばし。
 確かに滅したはずのハーデスの、僅かな怨念は、残されたハーデスの毒を飲み込み、ドラゴン・ゴーストのような存在として、徐々に育っていました。
 このまま放置していては、周囲に残されたハーデスの怨毒を飲み込み、ヘスペリデスの一角を完全に死の大地に変える爆弾に成長しかねません。
 ヘスペリデスに残された毒素の中和を行っていたザビーネは、その『ハーデス・ゴースト』を発見。
 有力なイレギュラーズである、皆さんの力を借りるために、ローレットとを通じて依頼を行いました。
 ザビーネは強力な竜ですが、今はその力を消耗し、真の力は発揮できないのです。なので、ハーデスを完全に滅するためには、皆さんの力が必要不可欠なのでした。
 作戦結構エリアは、ヘスペリデス・怨毒残滓の地。生身の人間では近づいただけで倒れるような毒地ですが、ザビーネが中和してくれるため、特にペナルティなど発生することなく戦うことができます。
 逆に言えば、ザビーネが戦闘不能に陥った場合、怨毒残滓が皆さんの生命力を容赦なく奪い始めるということでもあります。

●エネミーデータ
 毒素の魔呪 ×5
  周囲の精霊や死霊の類が、残されたハーデスの毒素に取り込まれ、暴走する魔と化した存在です。
  見た目は、紫のスライムが人型をとったような感じです。
  強力な『毒』系列のBSをばらまくほか、『出血』系列を齎す出血毒素も持ち合わせています。
  パラメータ自体は平凡ですが、放っておくとじわじわ体力を減らされることになります。
  さっさと倒してしまうのがよいかと思われます。

 ハーデス・ゴースト ×1
  ハーデス=ザビアボロスの怨念と、怨毒残滓が混ざり合って生まれた、世界を呪う怨念の塊です。
  今のところは発生して間もないため、せいぜい2~3mほどの、腐った竜のような姿をしています。
  竜そのものの力は持ってはいませんが、かなりの距離を対象に『毒』系列や、『痺れ』系列のBSをばらまいたり、近づく者には『不調』系列や『不吉』系列のBSをばらまき、近づくものの本来の力を発揮できなくさせてきたりします。
  ボス個体になりますので、生命力なども高いです。しっかり対策をして腰を据えて戦うか、或いはある程度の被弾やBSは織り込んで、最大火力で一気に削ってしまうか。皆さんの戦法に則り、今度こそ彼の死神を完全に滅してあげてください。

●味方NPC
 ザビーネ=ザビアボロス
  バシレウスの一つ。強力な竜種。
  今は弱体化しているため、本来の力は出せませんが、それでも未だ強力な存在です。
  今回は、ハーデス・ゴーストや、周囲の怨毒残滓の影響をカットすることに注力してくれています。
  基本的には死ぬことはありませんが、無防備な場面が多いため、一応、意識には入れておいてあげてください。
  要求すれば、攻撃に参加してくれることはあります。が、ザビーネだけに頼りきりでは、毒素のカットがおろそかになるため、ここぞ、というときに使うのが丁度いいでしょう。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • 我が罪の残渣よ完了
  • おやすみなさい、お父様。
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月01日 00時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
物部・ねねこ(p3p007217)
ネクロフィリア
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
ルビー・アールオース(p3p009378)
正義の味方
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ

●父と子と
 ザビーネにとって、父とは何であったのだろうか。
 ふと思う。
 竜として正しかったのは、おそらく父であろう。
 頂点種である竜が、ヒトに、他の生き物に、阿ることなどあってはならない。
 だが、人として見るのならば、正しいのは娘なのだろう。
 意思を通じ合うことができるのならば、手を伸ばし助力を乞うことができるのは確かだ。
 ……でも、ニンゲンはどうなのだろう?
 ちっぽけな相手だと思っていたものが、言葉を話し、対等を要求したとして……。
 それを受け入れられるのだろうか……?
 正しさの担保も保証も正解も、誰もここでは出せない。娘であっても、父であっても。
 ただ確実なのは、父は死に、娘は人とともに生き残った。
 ただそれだけだ。
 ザビーネは、どちら、と考えるのか。
 人か、竜か。
「お前の心中は知らんが、仮にも父親だったんだろ?」
 『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)はそういった。
「だから……なんだってことは、ないが。
 しんどいとか……なんかあるんじゃないか」
 愚問だと、己でも思う。
 ただ……今のザビーネは、練達で遭遇した、あの傲慢なる竜とは違う。
 そう、アルヴァは思った。
「そうですね」
 ザビーネは、一瞬、ためらったように頷いた。
「……そう、ですね。この感覚を……しんどい、というのでしょうか」
 うまく言葉にできない――それは、竜も同じのようだ。
「世界を呪った父。娘を呪った父、か……」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、ザビーネに届かぬようにつぶやく。ハーデスを討滅した瞬間を思い出す。殺した。そう確信した瞬間ですら、ぞっとするような瞳を、死に行きながら、あれは浮かべていた。
 まさに呪詛の化身であったのだろう。あれほどの呪詛であるならば、世界によっては祟り神にでもなっていたかもしれない。汰磨羈はそう思う。
「その。いろんな気持ちはあると思うんですけど」
 『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)が、声を上げた。
「覇竜の地は……これからも、きっと色々な人がすんで、命をはぐくんで……このヘスペリデスでも、きっとそうやと思います。
 ですから……この地を守りたい。それだけは、俺とアンタには共通してると思うんで。
 力を貸します。力、貸してください」
 おそらくはきっと、それで、よいのだろう。
 そういうもので、よいのだ。
 ザビーネは、この地を守るために、皆に助力を願った。
 皆はそれに応えた。
「そうですね」
 ザビーネが笑う。
「改めて――よろしくお願いします」
 そう、頭を下げた。

 ヘスペリデスのはずれに、それは居る。毒と、呪いと、怨念にまみれたそれ。
「ひどいわね」
 と、『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は思わずそういった。
 あたりには腐臭が立ち込めている。それは間違いなく、あたりを害し始めていた。
 実際、ザビーネが対抗していなければ、ローレット・イレギュラーズとてめまいを覚えていたかもしれない。それほどまでの無念と怨念と呪が、立ち込めているのだ。
「……ごめんなさい。でも、魔女だからかしら。わかるの。この場の……澱み、みたいなものが」
 セレナの言葉に、『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が頷く。
「そうだな。さすがは自称冥王か」
 わずかに眉をひそませ、
「死を司る崇高な一族、だっけか?
 その類のリッチも居るんだし死霊従えて化けて出て来たなら確かに否定出来んか。
 ……どう見ても色々と不本意そうだがな」
 その、澱みに浮かぶ『無念』を感じ取りながら、マカライトは言う。
 果たして、彼の傲慢なハーデスが、今の状況を客観視したらどう思うか。あくまで残滓は残滓、切り離されたものとはいえ……己が身を嘆くものか。
 それでも、その嘆きであっても、このすべてを呪い、壊疽をまくようなおどろおどろしい何かを残しているのは、流石に毒の地竜というべきなのだろうか。
「私は結構、死体とか、そう言うのは全然大丈夫な方なんですけれど」
 『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)が言う。
「それでも、どこか恐ろしいと感じてしまうのは……。
 きっと、死体すら拒絶するような、そう言うものを感じるから、なのかもしれません」
「拒絶、ですか」
 ザビーネが言う。
「……ハーデスは、拒絶、していたのかもしれませんね。世界を……」
「……人と竜が手を結ぶのは、それほどまでにハーデスにとっては認められない許しがたい事なんだね。
 そんな世界を、死してなお拒絶するほどの、怨念、かぁ。
 超越種としての誇りとか尊厳とか、きっとそれは彼にとって大切な事なんだろうけれど……」
 『正義の味方』ルビー・アールオース(p3p009378)が、そう言った。
「ハーデスは、悪い『竜』ではなかったのでしょうね。竜としての価値観としては、きっとザビーネよりハーデスの方が正常だったのかもしれない。
 むしろ、ザビーネが裏切者。人に酔った哀れな小娘。そうだったのかもしれない」
 言葉をつづけたのは、『まずは、お話から。』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)だ。
「……まぁ。でも。
 イルミナには、そんな竜たちの事情など関係ありません。イルミナはヒトを助けたい、ヒトでありたい。

 ザビーネ、あなたもそうでしょうに。自分が選択した道を信じなくては。
 ……と、同時に。今あなたが胸の内に抱えているものも、決して間違いじゃないと思いますけどね。

 …………知りませんけど」
 少しだけ、早口でそういったイルミナに、ザビーネは頷いた。
「きっと、そうなのでしょう、イルミナ」
 そう言って、僅かに決心したように。
「あらためて。お父様を、眠らせます」
 そう、告げた。
「任せて」
 ねねこが笑った。
 イルミナが、僅かに視線を逸らす。どこか、素直ではないような、気まずいような、そんな不思議な気持ちで。
「やろっか! 放っておいたら、此処が大変だものね!」
 ルビーの言葉に、皆はうなづく。はたしてほどなく歩くと、件の現場に到着した。成程、これ以上ないほどにおどろおどろしく、恐ろしい空間だった。そこには明確に、怨念が生み出されており、ドラゴンゾンビにも似た形状をした、恐ろしく醜い何かが、そこに誕生しようとしていた。
「ゴーストであっても、残滓であっても、ドラゴンか」
 アルヴァが、僅かに冷や汗を感じながら言う。
「確かに……あいつだ」
「ああ。腐ろうと朽ちようと、あの悍ましい視線は」
 汰磨羈が言った。
「確かにこいつを放っておけば、大災害だろうよ」
「それを、許すわけにはいかない」
 彩陽が、続ける。
「冥王討伐だ。あの時と同じように」
 マカライトが、武器を構える。同時に、仲間たちもまた、武器を構えた。
「やるわ。眠らせてあげる。貴方が目覚めるつもりならば、その夜は、わたしの守る場所。あなたを目覚めさせることはない」
 セレナが、そう言った。
 呪詛が、あたりを殴りつけるように膨れ上がるような気がした。あたりの精霊や死霊なんかが、毒素に飲み込まれて悍ましいスライム状の怪物になった。その中心に、とても恐ろしい、竜の呪がまろび出ていた。
「……それでも」
 イルミナが言った。
「……いいえ。消えてもらうッス。ザビアボロス」
 その言葉を合図に――。
 怨念討伐の戦いは、始まった。

●断切る
 ザビーネ=ザビアボロスは、今回に関していえば、先代と周囲の毒素を中和することに注力している。となれば、彼女の力を借りずに倒すのが、スマートというものだろう。
 実際、ローレット・イレギュラーズたちはそのように考えていた。助力を願われたのは自分たちだ。それなのにもう一度力を借りたい、と返すのは、スマートではあるまい。
「従者方の代わりに、きっちり守るさ、ザビーネ。
 二人が悲しむ姿は、見たくない」
 マカライトが言う。
「さて、逆に……お前の従者は先に仕留めさせてもらうか」
 従者……毒素の魔呪、とでも名付けようか。とにかく、その毒素の人型スライムが、ハーデス・ゴーストの取り巻きという奴だ。
「戦場は確認している! 効率的に敵を討伐してくぞ!
 アルヴァ、ハーデスの抑えを頼む!」
 汰磨羈の指示に従って、一行は攻撃を開始する。
「まかせな」
 アルヴァが、ハーデス・ゴーストの前に立ちはだかった。ああ、恐ろしい怪物よ。それでも――。
「あの時の『ザビアボロス』ほどの威圧も感じねぇ!」
 手にした狙撃銃で、棒術の要領で殴りかかった。ハーデス・ゴーストの、腐った竜の肌に鱗はもはや存在しない。ぐちゃり、と砕けるような音が、アルヴァの耳を震わせた。
「もう、お前に誇りも威光もないのさ。
 周りを頼む!」
「おっけー!」
 ルビーが頷き、戦場を駆けた。仲間たちの攻撃によって疲弊したスライムの一体に向かって、手にした大鎌を叩きつける! 鋭くたたきつけられたそれは、意外にも耳に心地よいサクッとした音ともに切り裂かれた。が、すぐにぎゅい、という君のわるい雄たけびを上げて、反撃を企てる。
 液体の鞭のようなそれをルビーはカルミルーナで受け止めた。ばちゅん、と弾けたスライムが、ルビーの服にかかって、じゅう、と異臭を上げた。
「わ、腐ってるの!? もう!」
「猛毒やね!」
 彩陽が叫んだ。戦闘能力自体はさほどではないのだろうが、しかし敵の毒素は、充分以上に凶悪といえた。放っておけば、じわじわと毒により体力を消耗させてしまうだろう。それに、ハーデス・ゴースト自体の毒素も厄介だ。
「一応、毒はきかないんだけど、それでも気持ちが悪い!」
 対策は施してはいるが、それはそれとして気持ちは悪い。
「まぁ、気持ちはわかります!」
 彩陽が苦笑しつつ、その手を掲げた。編み上げた魔術が、気糸の斬撃を生み出し、ルビーを狙ったスライムをなますと粉砕。絶命させる――が。
「わぁ、ちょっと! 破片が! きもちわるい~!」
 爆散したスライムの破片が、ルビーに降りかかった。ダメージも何もないが、気持ちは悪い。
「あー、勘弁してください……」
 彩陽が頭をかいた。まぁ、こればっかりはしょうがない!
「じゃあ、こういうのはどうかしら!」
 セレナがその手をかげると、その手のひらに輝く幻月が、黒紫の光を放つ。その光が、圧のように、スライムを押しつぶし、ぎゅぶ、と圧殺した。
「これなら飛び散らないでしょ?」
 ふふ、と笑ってみせるセレナに、ねねこがぱちぱちと手を叩いた。
「なるほど! これなら服も汚れませんね!」
 ザビーネを庇いつつ、ねねこが手にした爆弾を放り投げた。その光と爆風は、仲間をいやすためのそれだ。
「さぁ、毒はきかずとも、体力気力は減ってるはずです! 回復して、頑張りましょう!」
 ねねこがバンバンと爆弾を投擲するのへ、ザビーネがわずかに驚いた。
「……不思議な術式ですね?」
「いろいろ混ざってますけどね! ザビーネさんもファイト!」
 ばふん、と爆風にさらされて、ザビーネがびっくりした顔をした。とはいえ、悪い気持ちはしないらしい。

 さて、一行は順調に、まずは取り巻きを切り崩していった。相応に傷はおったが、しかし想定外のダメージとはいいがたい。許容範囲の内である。
 必然、この戦いの『中心』は、ハーデス・ゴーストの討伐にあった。取り巻きはいわば前座であり、この呪いの本心は、中央はやはり奴であったのだ。

 アルヴァが、幾度目かの攻撃を敢行する。ハーデス・ゴーストは、もはや憎悪だけが残った瞳で、アルヴァを睥睨した。
「クソ蜥蜴が。何時までもこの世にこびりついてるんじゃねぇよ」
「同感ッスね」
 イルミナが飛び込んだ。蒼く走る、レーザーブレード! それが、ぶよぶよとしたハーデスの体を切り裂いた。が、すぐに癒着する。
「伊達にしぶとくはないッスね……!」
「イルミナ、周りはやったのか!?」
 尋ねるアルヴァに、イルミナは浅くうなづいた。
「当然だ、私たちだぞ?」
 汰磨羈はいたずらっぽく笑う。
「しかし――死して尚、これほどの愚行を成してくれるとは。
 ハーデスよ。御主は正に、生粋の毒親であったようだな!」
 汰磨羈が、手にした刃を振るう。その剣閃を追うように、桜花の焔は破天の輝きを放つ! 焔が、じゅう、とハーデスの体をやいた。ぎゅるるあ、と悲鳴をあげつつ、しかしハーデスはその身を震わせる。それだけで、あたりに毒素の雨のような粘液が降り注いだ。毒はきかないとはいえ、体を焼くような激痛は、イレギュラーズたち自身の精神力で耐えねばなるまい。
「つくづく……この世に毒を残すんだな、お前は……!」
 マカライトが呻いた。死してなお、残す毒。それは、傲慢なる竜のプライドに相違あるまい!
「現世に噛み付いてないで、地獄で死人と戯れて来い老害!!」
 振るった刃から、黒の顎が巻き起こる。竜のそれにも負けぬ顎が、ハーデスの体を食い破った。ぎゅあ、と悲鳴をあげる。ハーデスは、己の加太そのものを毒弾のようにして、突撃を敢行する。マカライトが、咄嗟に飛び跳ねて回避。
「動けはするようだな……!」
「ねねこ! 念のため、ザビーネの護衛に注力して!」
 擦過しただけでも、肌を焼くような毒を浴びせられる。セレナがねねこに注意の声を上げた。万が一でも、ザビーネに消耗されては面倒なことになりそうだ。
「まかせてください! 皆さんも!」
「どうか、彼の竜に安息を……!」
 ザビーネがそう言うのへ、イレギュラーズたちはうなづいた。
「やらせてもらいます、この地の、未来のためにも……!」
 彩陽の言葉に、仲間たちはうなづいた。
「一気にとどめを刺そう!」
 ルビーが叫ぶ。
「これ以上、毒は撒かせない!」
「ああ! イルミナ、汰磨羈、奴の足を止めてくれ!」
 アルヴァが叫ぶのへ、イルミナ、汰磨羈が頷く。
「戦いなんてさっさと終わらせて、イルミナはイルミナの居場所に帰らせてもらうッスよ。
 ……まだまだ希望ヶ浜周辺には未知なるスイーツが待ってますからね!」
 イルミナが、笑った。
「……いつか、ご一緒させてください」
 ザビーネが、そう言う。
 イルミナが、困ったような顔を一瞬してから、頷いた。
 駆ける。もう一度の、蒼きレーザーブレード! 狙うは、脚部だ! 斬り飛ばす! ばぢん、と電熱と光をあげて、ハーデスの左足が切り裂かれた。
 間髪入れず、汰磨羈が、その刃を振るう!
「死を司るなどと豪語したモノが。死して尚、現世に瑕疵を刻もうとするとはな!
 死したならば、疾く消えよ。生きる者達が歩む、その道を阻むな……!」
 振るわれた刃が、殲光の斬撃を描く。それは、滅神の光となりて、ハーデスの体を撃ち抜いた。
「へっ、ザマぁねえな。強すぎる怨念が故、てめぇは二度敗北すんだ」
 アルヴァが、その狙撃銃を構えた。引き金を引く。
 光が。エクス・カリバーの輝きが、ハーデスの体を、包み込む。
 浄化されていく――聖なる光に包まれて。いや、浄化なのだろうか。あるいはそれは、煉獄の裁きの光ではなかったか。
 だとしても……。
 それは、送る光には変わりはないのだから。
「さようなら、お父様」
 ザビーネが、静かにつぶやいた。
 その光はやがて消えて、あとには今度こそ、本当に何も残らなかった――。

●明日に向けて
「直にこの地の毒も消え去るでしょう」
 と、ザビーネは言った。
 怨念は消えた。
 呪いは消えた。
 父は消えた。
 もう、ようやく――すべてが、終わったのだろう。
「彩陽。ありがとうございました。
 あなたの願い通り、きっと、この地は未来に向けて進むのでしょう」
「そう、ですね」
 彩陽が、ほっとした様子でうなづいた。
「あの、ね?」
 ルビーが言う。
「一応、お父さん、だったんだよね? 一応、って言い方も変かもだけど」
「そうですね……」
 ザビーネが頷く。
「お父様、でした。きっと……血のつながりは、あったのでしょう」
「だから、じゃないけど。
 えっと、送ってあげない?」
 ザビーネが、小首をかしげた?
「送る?」
「お葬式じゃないけど。
 花くらい、手向けてもいいんじゃないかな、って。
 スピネルと話してね。彼は来られないけど、花を預かってきて、それで」
 そう言って、カバンの中から花束を取り出した。葬送の、それだった。
「いいと思いますよ。気持ちの切り替えにもなります」
 ねねこがいった。
「私は、ハーデスの体の一部でもあれば~とか思いましたけど。
 あったらたぶん、彼の事ですからまた怨念になっちゃいそうですね!
 というわけで見つからなかったんですけど。でも、お墓とか作るのは、いいんじゃないでしょうか?」
「そうよ」
 セレナが言った。
「……いくら『毒親』と言っても、親である存在を改めて討つ事に、どれだけの覚悟と決意があったかしら。
 その覚悟と決意を、鎖にしないためにも。
 送ってあげましょ。
 ねぇ、それにね。わたし、あなたを慕う双子の竜の事は、わたしも知ってるのだけど……。
 彼らに知らせなかったのは、明日へ歩むふたりを巻き込みたくなかったから、とかだったりするのかしら?」
 そう尋ねるセレナに、ザビーネは、「ああ」と、何かに気付いたように、頷いた。
「そう、なのかもしれませんね。
 これは、私の……過去の、清算だったのです。
 我が、罪の、残渣だった……」
「じゃあ、好きにすればいいッスよ」
 イルミナが言った。
「もう、好きに、すれば」
 そういった。
「そうだな。好きにするといい」
 マカライトが言うのへ、ザビーネは僅かに考えてから、
「もう一度、お手をお借り出来ますか?」
 そう、言った。

 簡素な墓は、ヘスペリデスのはずれにできた。そこに何かが埋まっているわけではない。しいて言うならば、想いだろうか。
 どのようなすれ違いと、どのような思いがあったとしても……。
 そこに、娘の想いが埋められたのは、確かであった。
(あのような暴君だったとはいえ、親である事には違いない。
 それを二度も葬った娘の、その心中は察するに余りある。
 此度のハーデスは、只の残滓に過ぎなかったとしても、だ。

 余計な事は言えぬ。その資格が無いとも言う。
 あの首を斬ったのは私だ。私が声を掛ければ、その事を否応が無く思い出すだろうさ……)
 汰磨羈は、だからあえて言葉をかけなかった。でも、その温かさを、ザビーネは気づいていたのだろう。
「帰るか、ザビーネ」
 アルヴァが言った。弔いは終わった。想いは残した。
「ええ」
 ザビーネが頷くのへ、アルヴァは真面目な顔で返す。
「なぁザビーネ。一つ、頼まれてくれないか?
 もう一度、戦ってくれ。
 弱体化してるなんて言い訳は無しだぜ。帰ったら一騎討ちだ」
 そう、言った。
 ザビーネは、迷うことなく。
「ええ」
 頷いた。
「受け止めます、アルヴァ」
 そう言って、ほほ笑んだ。

 父は死んで。
 娘は残った。
 思いは生きて。
 明日に、歩む。

成否

成功

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 そして、明日へ。

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