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シナリオ詳細

<尺には尺を>しあわせなこどもたちのまち。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 子供たちよ、健康に生きなさい。正しく生きなさい。
 母よりはやく、斃れてはいけません。
 父よりはやく、亡くなってはいけません。
 それは、愛すべき両親を、酷く悲しませることになるから。
 無垢なる子供たちよ。愛されたことが、あなたへの最初の祝福にして罪。
 いとし子を失った親を悲しませる。その可能性を背負うという罪。そしてその可能性を満たしてしまった罰を受けなければならない。
 子よ、子よ、生きなさい。どうかどうか、親よりも長らえなさい。
 ひとつ、三つの歳にお祝いを。
 ふたつ、五つの歳にお祝いを。
 みっつ、七つの歳にお祝いを。
 授けましょう。永らえるように、どうかどうか、少しでも、傍にいてあげられますように。

 マース少年が六つの歳を迎えた朝に見た部屋の景色は、まったく覚えのないものだった。周りには、たくさんの――たくさんの――おなじくらいの年代の子供たちがいて、それは男の子だったり女の子だったりした。
「目が覚めた!」
 と、女の子が言った。
「目が覚めた!」
 と、男の子が言った。
 目が覚めた、目が覚めた、と、子供たちが言う。
「僕は」
 と、マースが言った。
「どうしてこんなところに?」
「神様に選ばれたの」
 と、女の子。
「子供はね、七つになるまで、神様の子なの。それまでに死んでしまったら、神様はかわいそうに思って、神の国に招待してくれるのよ」
「僕は死んだの?」
 と、マースは尋ねた。
「君は死んだの」
 と、女の子。
「でも、もう死ぬことはないの。窓の外を見てね。何時もここは真っ白で、暖かいマシュマロみたいな雪が積もってる。でも、外でいくら遊んでも風邪はひかないし、怖い夜が来ることがないの。
 此処はずっと朝で、昼で、永遠に明るいの」
「どうして?」
 マースが首を傾げた。
「ここが神の国だから」
 女の子が笑った。
「私たちはもう死なないし、苦しむことはないの。お父さんとお母さんはいないけれど、年長の私たちが、その代わりをしてあげるの。それに、騎士様も手伝ってくれるもの。
 だからね、あなたももう何も苦しんだり、悲しんだりすることはないの。天国に、涙はないの。悲しいことも苦しいこともないから。ここは天国だから、涙はないのよ」
 そういって、女の子は、マースを抱きしめた。
「あなたの名前は? 私は、オリー」
「僕はマース」
「そう、マース。マースね。私たちの新しい友達。あたらしい、おとうさんおかあさん。
 貴方が死んだとき、きっとすごく苦しくてつらかったかもしれないけれど、もう大丈夫だから」
 確かに言われてみれば、あれほどぜえぜえと苦しかった胸のもやもやとしたものは消え失せていた。ろくにご飯も食べられなくて、あばらが浮いていたほどの体には、年相応の肉付きが戻っている。
「私たちの神に祈りましょう、マース。
 ありがとうございます、ルスト様」
 そう、オリーが言ったので、マースはオウム返しのようにつぶやいた。
「ありがとうございます、ルスト様」
「おはようございます、ルスト様」
「おはようございます、ルスト様」
「恵みを、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 そういうと、オリーはマースの手を引っ張った。
「おそとにいきましょう! 窓から見える、礼拝堂に向かうの。そこには騎士様がいるから、お手伝いをしましょう。
 そうしたら、好きなだけ遊べるわ。だって、此処には夜のがないのだから、疲れて寝ちゃうまで、遊んでも怒られないもの」
 オリーはすごく、幸せそうに、笑った。マースは立ち上がって、オリーに引っ張られるまま部屋を出た。
 とんとんと階段を下りながら、マースが尋ねる。
「君はどうして死んだの?」
「私は、お父さんに、」
 そう言って、一瞬言いよどんだ後、
「おしかりをうけて、それで。
 でも、お父さんは、私を……愛してくれている、って言っていたから、ずっと、そう言ってくれていたから……痛かったけど、いいの。
 とにかく、もうそういうのは気にしなくていいわ。それに! レディーにそういうことを言うの、失礼よ!」
 ふふ、とオリーは笑った。マースはすごく、申し訳ないことをしてしまったような気がした。
「ごめん」
「いいわ、許してあげる。ごめんなさい、ってきっと、あなたも苦しんでいるのだから。おあいこよ」
 オリーに引っ張られるままに、家の外に出た。外は雪の様な、何かふわふわとした温かいもので真っ白で、外ではたくさんの子供たちが遊んでいる。
 ああ、そうなのか、とマースは思った。ここがきっと天国なのだろう。
 だって吐き気がするほど真っ白で、寒気がするほど暖かい、のだから。

●幻像
 神の国には理想郷がある。それは、冠位魔種、ルスト・シファーの権能により生み出された、偽りのそれだ。
「ここは」
 と、あなたとともに、神の国へと踏み入ったイレギュラーズたちが、苦い顔をした。
 頭痛がする。悍ましいほどに綺麗な白い雪の積もった世界には、無数の幼い子供たちが暮らしていた。頭痛の種は、この世界に渦巻く、狂気――原罪の呼び声の、せいだろう。そのような狂った声の中で、屈託のない笑顔の子供たちが、幸せそうに暮らしていた。
「おそらく、幼くして亡くなった子供たちを」
 別の仲間が言う。
「再現し、生活させているのでしょうね」
 苦いものを飲み干したような顔を、その仲間はした。理想郷とは、前述したとおり、冠位魔種の力によって生み出されたものだ。その内部に住むものは、すべて『作り物』である。が、彼らはまるで本来から生きていたようにふるまう。そして、生きているものと変わらぬ、幸せな笑顔を浮かべ、この世界での生活を享受している。
「嫌がらせか?」
 仲間の一人がそういった。
「こうも……嘲笑われているような気すらする。
 『子供たちから、幸せをまた奪うのかね』と。
 それが、正しい歴史なのか、と――」
 この世界を構築したのが、ルスト直々であるのか、或いは性格のわるい遂行者の手によるものなのかは不明だ。
 ただ……。
 これから、あなた達は、この子供たちを『殺して』無力化しなければならないのは確かだ。理想郷の住人は、死なない。ただ殺しても、別の場所にまた発生するだけだ。だから、住民たちは、自分は死なない、と、この世界に死や痛みはない、と、そのように思い込んでいる。
「目的地は、奥の聖堂だ」
 と、仲間が言う。
「そこには、青の騎士ペイルライダーが存在する。そいつが、この場所のキーだ。倒せば、ひとまずここを通行可能にできる」
 任務としては、簡単だ。
 街を進み、青の騎士を倒すだけ。
 ただ、その障害となるのは――。
「あー!」
 と、少女の声が響いた。そのまま、ぴー、と、笛を吹く。甲高い音が、あたりに響いた。
「わるいおとなだよ! わたしたちの、りそーきょーを、こわしちゃうの!」
 そう、声を上げた。すると、思い思いの可愛らし武器を手にした子供たちがあちこちから現れ、無邪気で、『よく理解していないであろう』敵意を、こちらにぶつけていた。
「やっつけよう! オリーとマースにれんらくして!」
 なにやらそう言いながら、子供たちはこちらに向かってくる。
「嘲笑われているようだ」
 と、仲間は言った。
 君たちは、この子供たちを、殺せるのか。
 そのように。嘲笑われているような、気がする。
 めまいがするような光景の中、あなたは武器を握った。
 吐き気を堪え、怒りを堪え……突破しなければならない。この、無邪気の包囲網を――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 殺し、進み、殺し、進んでください。

●成功条件
 聖堂に存在する『青の騎士』の撃破。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 神の国へと侵入した皆さんを待っていたのは、幸せな子供たちの街でした。
 現実にて、幼くして死亡した子供たちを『再現』したこの街では、幼い子供たちが、聖堂の『青の騎士』を騎士様と慕いながら、子供たちだけの生活を営んでいます。
 みなさんは、この街を突破する必要があります。が、子供たちは、皆さんを敵だと認識し、無邪気に襲い掛かってくるでしょう。
 子供たちは戦闘能力は高くはないです(簡単に蹴散らせるほどです)が、痛みを感じず、死を恐れず、襲い掛かってきます。そのため、無力化する必要があります。無力化とは、一般的に言えば、殺すことです。
 まぁ、あまり心配する必要はありません。ここは理想郷、神の国です。彼らは死にません。別の場所で再現されます。子供たちはたくさんいます。たくさん殺して進んでください。
 なお、街は実にシンプルな構造をしています。特に工夫を凝らさなくても、聖堂には到着できるでしょう。子供たちに対しては、心情をメインで振ってくださって構いません。
 ただし、聖堂の青の騎士は相応に強いです。こちら相手のプレイングはしっかりと。

●エネミーデータ
 こどもたち ×???
  再現された『幼くして死亡した子供たち』です。だいたい最年長で6歳くらいの子供たちになります。なんでかというと、子供は七歳になるまでは神の子なので、七歳になれなかった子供たちは、神様のもとに帰って幸せに暮らすからです。
 子供たちは、非常に弱い、といっても問題ない性能をしています。もちろん、大量に絡まれれば、彼らの持つ凶器は確かな威力を発揮するでしょう。さっさと蹴散らして無力化してしまってください。
 何をためらう必要があるのです。彼らはしょせん、再現されたまがい物にすぎません。それに、死んでも別の場所でまた再現されますから、殺したって心は痛まないでしょう?

 青の騎士ペイルライダー ×1
  街の聖堂の奥にたたずむ『騎士様』です。
  これまでも相対したことのある『預言の騎士』と呼ばれる怪物の一種類です。馬に乗り、青白い鎧を着た、フルプレートの終末の騎士です。
  アタッカーとして強力であり、また攻撃には『毒系列』『窒息系列』『不調系列』のBSを持つものもあります。
  攻撃面に特化しており、防御面では柔らかめです。一気呵成に攻撃を仕掛け、速めに潰してしまうのも一つの手。
  きっと、ここに来るまでに、皆さんも随分と、心にもやもやしたものを抱えているでしょうから。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。


ちょっとしたアンケート
ちょっとしたアンケートです。
成否判定には関係しませんが、心構えを持っておくことは重要です。

【1】毅然とした信念をもって子供たちを殺害する
自分は正しく、間違ったことをしていない。
そう信じて、子供たちに手加減はしません。

【2】葛藤や悲しみと戦いながら、子供たちを殺害する
心は傷つくでしょう。悲しみに震えるでしょう。
ですが、その手を休めることはできません。

【3】どうしても、子供たちを殺せない
あなたは優しく、きっと正しい。
ただ、子供たちの刃はあなたに容赦なく食い込むでしょうが。

  • <尺には尺を>しあわせなこどもたちのまち。完了
  • または、永久の賽の河原。
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
武器商人(p3p001107)
闇之雲
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
ピリア(p3p010939)
欠けない月

リプレイ

●笑い声
 響く。
 響く。
 笑い声が。
 それは幸せな笑い声が。
 我々をあざ笑う声か。
 吐き気がするほどに真っ白で、寒気がするほどにあたたかい。
 そこは理想郷。
 若くして、悲しくて、死んでしまった子供たちの。
 偽りの――。
 でも、確かにそこにある、理想郷。
「――」
 『欠けない月』ピリア(p3p010939)が、息をのんだ。
 この理想郷に入った瞬間に、ここが「どういったものなのか」が、脳裏に叩き込まれるように浮かんでいた。
 ここは、子供たちの理想郷。
 果たしてお前たちの正義は、その『幸せ』を粉砕して足るほどに高潔か?
 お前が使う『尺』で、お前は計られる。
 お前の『正義』で、お前は『裁かれる』。
 許すか? お前の正義が! 許すか? お前自身を!
「は……あ……」
 言葉にできないものを吐き出すように、ピリアは息を吐いた。
「みんなのこと、ころしていかなきゃいけないの?
 ……もう、しんじゃった子たち……なんだよね……?
 アンバーさんのときと、おんなじなの。おんなじ、だから……」
「辛いなら――」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)が、声を上げた。
 自分が、受けようと。
 武器商人にとって、子供たちを殺す殺さないは『重要ではない』。
 おそらく武器商人は、迷いなく子供たちを殺すだろう。
 だが、『殺せない』と感じてしまうであろう仲間たちのことを思わないわけではない。
 だから。自分が、引き受けよう、と、言葉にしようとした。
 手を汚す必要はない、と。自分が、子供たちを引き受けるのだから、と。
 だが、それを多くの仲間たちは、よしとはしなかっただろう。
 だから、武器商人は、それが分かったから、そのあとの言葉を紡ぐのをやめた。
「……大概にしろよクソ野郎が」
 『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は、奥歯を強くかみしめながら、やり場のない怒りを吐き捨てるように、そういった。
 寒さもない。飢えもない。下卑た欲望も暴力もない。ただ、子供たちがあるがままに生きられる幸せな空間。そう、言いたいのか。そう、あざ笑うのか。
 嗚呼、嗚呼! ふざけるな! マカライトは胸中で吐き捨てた。ふざけるな、ふざけるな、クソ野郎が! お前は利用したのだ。子供たちのありようを、ただ『皮肉と当てこすりのために』!
 そこが誰かの理想郷であったのだとしても。ここが子供たちの理想郷であったのだとしても。結局は、結局は――!
「救いのない」
 『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は、そうつぶやいた。
「救えねぇよ……」
 利用され続けるのか。子供たちは。どこまで行っても。
 その無邪気さと善性を、我々への当てつけに――。
「この空間を作った奴は相当性格が悪いらしいなァ。
 クソッタレが……直接、ブン殴ってやりてぇ」
 だが、それは今ではないのだ。今では、ないのだ。
 今は。進むしかない。この地獄を。
 ――『頂点捕食者』ロロン・ラプス(p3p007992)は――。
 何を、思うのか。何を、考えるのか。
 自分はバケモノだから、ニンゲンになってはいけない。仕事ならば、子供達は食べなくてはならない。
 では、食べるとは、なんなのだろうか。殺す、ことなのだろうか。
 ロロン・ラプスにとってみれば、食べるとは、取り込むことだった。水に分解して、情報として取り込むことなら――それは、殺す、ことになるのだろうか。
 いや――。
 思考は、いい。あいまいになり、寸断されることの多くなってきたそれを。停止する。
 停止すれば、いい。考えずに……ボクはバケモノなのだから。それで、良い。
 信念はない。感情はいらない。そんなものはきっと、耐えられない。
「あの子たちにとって、アタシたちは理想郷を壊そうとする『悪い大人』……その事実は、どんなに綺麗な言葉を並べたって揺らがない。
 それでも……進むしか、ないんだわ」
 『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は、そういった。そうだ。どれだけ自己を正当化し、敵の悪辣さを糾弾しようとも、しかしここを破壊するのは、間違いない、あなたたちの手だ。あなたたちの意思だ。
 己を糾弾するのは、己。己の、尺。自分の行為を測る、尺。
 尺には尺を。これはそういう話なのだ。我々の正義を、押しとおる物語なのだ。その先に、どれだけ自らの言葉で自らをがんじがらめにしようとも。
 すすむしか、ない。そう、ジルーシャは言った。この先に、聖堂があった。そこに、青き騎士がいるはずだった。この、理想郷のカギである、存在。それを、殺さなければならなかった。それは、良い。その先に、この理想郷の解体があるのだとしても。
「……色々と思うことはある。
 けれど敵対した以上、同情も容赦もしない。
 あの子たちはそれを求めてはいないだろうから」
 『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は、そういった。
 自分たちは悪者で――。
 明確に。子供たちの、敵であるのだから。
 そうなるのならば、それでいい。
 きっと、そうするのが、一番いい。
 子供たちは、無邪気に、その意味もきっと分からずに、あなたたちを殺そうとするのだろう。
 それでいい。だから、あなたたちは、その通りに、殺してやればいいだけだ。
 それでいい。そうするしか、ない。
 『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は、小さく息を吐いた。
 かかってこないのならば、追いはしない。
 でもそれは、祈りの様なものに違いがなかった。儚い、祈りだった。願いだった。こうあってほしいという、縋るような思いだった。
 そんなことは、起こらないだろう。諦観のような気持もあった。子供たちは、間違いなく、皆を、殺そうと襲い掛かってくるのだ。それを、ただ放っておくことはできない。でき、ない。故に、己の手を振るい、子供たちを払うしかないのだ。
「それがまやかしであって、偽りであっても――」
 チェレンチィが言う。ここに今存在する個とは、確かに実在する個であるのだろう。それを、消してしまうことは、確かで、あるのだから。
「行こうかね」
 武器商人が言った。その表情はうかがえない。顔色は変わらず、口元は揺らぎもしない。
「行こう、かね」
 全員の意思を確認するように、武器商人は言ったから、仲間たちは皆頷いた。
 さぁ、行こう。
 己の尺で、己を測る時だ。

●子供たちの朝
「オリー! マース! 悪い大人たちが来たの!」
 子供たちの声が聞こえた。オリー少年とマース少女は、手を繋いでお家の外へと飛び出した。
 吐き気がするほどに真っ白で、寒気がするほどに暖かい、真っ白な楽園(じごく)は、きっとこの日、真っ赤に染まっていた。
「悪い大人たちが来た! 僕たちの楽園を壊すつもりだ!」
 ああ、
 ああ!
 また、きっと、そうなのだ。
 何か苦しいものが、ずっとずっと、自分を追いかけてくるのだ、とオリーは思った。それは病気であったり、今回の『敵意』であったりした。
「だいじょうぶよ、オリー」
 マースが笑った。
「私たちは、死なないの。ルスト様のご加護があるから。痛みもないし、苦しみもない。死んでも、別の場所でまた生き返れるのよ。
 だから、怖がらないで。諦めないで。こんどこそ、こんどこそ」
 マースが、笑った。
「幸せになりましょう?」
 それは願いだった。吐露だった。祈りだった。懇願だった。
 幸せに、なりたかった。
 嫌な大人から逃げ出して、一方的で身勝手な愛から逃れて。
 そうやって、マースは死んだのに。
「大人なんて、だいっきらい」
 そう、まっすぐ見据える瞳は、悲しいくらいに綺麗だった。

「でていけーっ!」
 子供の一人が、暖炉のひかきぼうをもって襲い掛かってきた。振り下ろすそれは、おそらくこの楽園の効能なのだろう。大人のそれのように鋭く、速い。
 コンバットナイフでそれを受け止めて、チェレンチィはそのまま刃を走らせた。とん、とあまりにも軽く、その刃先が、ひかきぼうの少年の喉元に突き刺さった。かは、と声をあげて、血が雪を染めた。ぱたんと少年が倒れる。もう動かなくなった。
「…………」
 チェレンチィは、言葉を放たない。子供たちに何の声をかけるのだ? もはや自分の手は汚れていて、それがもう少しだけ、赤く染まっただけなのだ。そう思わなければやってはいられない。
「武器商人!」
 レイチェルが叫んだ。
「すまん、少しだけ、盾を」
「もとより、そういう役割さ」
 武器商人は少しだけ微笑った。子供たちの攻撃は苛烈だった。明確に、仲間たちの手が鈍っていることもある。それは、おそらくここを突破するのに大した障害にはならないが、その心には大きなしこりとなって残るのだろう。武器商人は、子供たちからの攻撃を受け止めながら、その腕を振るった。悪い獣に出会った子供はどうなる? 食われて終わるのさ。だから、今もまさにそうなって、雪の大地に赤いしみを作った。
「この雪の景色も」
 マカライトが言う。
「こういうための演出なのだとしたら――」
 白い大地が、赤く、赤く、染まっていた。子供達の血が、死体が、白の上に積み重なって、真っ赤なシロップをまき散らしている。
 だから、白なのか。赤を、映えさせるための。
(これが正しき歴史? 子供のみで生きられる理想郷だと? 何も幸福を知らずに死んでいった子供の姿を凌辱して、下痢野郎がマスかいて悦に浸って考えた「人形劇」をしているこの空間が?
 ふざけるな。自分で姿を出さず子供に理想を代弁させて囮にする奴が正しさを語るんじゃねえよ……!)
 ポーカーフェイスを崩さずに、マカライトはしかしその手を振るうことをやめない。進まなければ、ならないのだ。そうでなければ、何が、この場で救いとなるのだ?
「待たせた――悪いな」
 ぱちん、とレイチェルが指を鳴らした。その指先から、まるでレイチェルの迷いや葛藤とは無縁であるかのような、容赦のない苛烈な炎が舞い上がって、走り飛んできた子供たちを片っ端から焼いた。じゅう、と肉の焼ける悪臭が、レイチェルの鼻を焦がして、それが吐き気を催すような自己嫌悪を思い起こさせた。冷徹、なれ。理性はそういう。慈悲、あれ。心はそういう。半端ものだ。どっちにもなれない。『ヨハンナ』が、諦笑(わら)う。
「焔の、魔女?」
 少年の声が響いた。レイチェルが、視線を向けた。
 少年だった。隣には少女がいる。まるで絵本で見た悪訳の魔女を見るかのような視線を、こちらに向けていた。ああ、きっと事実そうなのだろうさ。
「オリーに、マース……だったわね。
 ……ごめんなさい。アタシたちは、この先に行かなきゃならないの」
 そう、ジルーシャは言った。
 真っ赤な顔をして、マースは叫んだ。
「そうやって、私をまた、傷つけるの!」
 泣きそうな顔で、叫んだ。
「だからきらい! おとなって、身勝手で、だいっきらい!」

 吐き気がするような気持だった。

 小さな果物ナイフを手に、二人の子供がこちらに飛び込んでくる。
 ああ、まるでなっちゃいない。ただただ、何も考えずに飛び込んでくるだけだ。
 雲雀はそう思う。でもきっと、この世で最高の暗殺者なのだろう。ああ、吐き気がする。
「でも、これは戦争なんだ。
 これは、戦争、なんだ。
 君たちが、生きる為に、俺たちを、排除しようとするのと同じで、俺たちも、生きる為に、君たちを、殺す。
 大人も子供も関係ない――お互いが生き残る為に戦って、勝った方が正義となる。
 正義とはそういうものなんだ。
 ああ……恨んでくれていい。怨んでくれていい。憾んでくれていい。それが、俺の仕事だ」
 躊躇なく飛び込んできたオリーを、雲雀は手にした術書で迎撃した。書物より放たれた呪いは、オリーの首を絞める凶悪な手に変わった。
 ごぎり、と、音を立てて、オリーの首がおれた。
 その程度で済む仕事だった。
 どさり、と、オリーの体が落ちる。
 マースは激高した。
「だいっきらい!!!!」
 果物ナイフが宙を飛んだ。たまらず飛び込んだピリアが、そのナイフを受けた。
 さくっ、と、冗談みたいな音を立てて、ピリアの腕に、それが刺さった。
「どうしてよ! どうして! どうしてよ!」
 それが信じられなかったみたいに、マースは叫んだ。ピリアは、すごく、泣きだしたい気持ちになった。
 ロロンが、すぐ背中から、マースに『かじりついた』。水に変えて、消して、消えて、消えて、消えてしまえばよかった。こんなところも、こんな感情も、こんな声も、何もかも!
 がぶん、と断末魔のように息を吐いて、水の中でマースは再びの死を迎えた。
「とかした方がいい?」
 ロロンが言う。
「ごめん」
 ジルーシャが言った。
「並べてあげて、隣に。感傷だけど」
 その言葉にロロンは反論も何もしなかった。ただ、ぼっ、と体から吐き出して、首の折れたオリーの隣に落とした。
「ピリアしってるもん。
 くるしくてしんじゃったひとのこと、天国につれていけるひと。
 ピリアのうたで、そらのむこうにいったひとたち。

 みんなのこと、ちゃんとおくりたいから。
 ピリア、がんばる。
 がんばる、もん。
 がんばる……もん……」
「……ピリアさん、傷の手当てを」
 雲雀が言うのへ、ピリアは頭を振った。
「もっと、痛かったよね? みんなは、もっと……」
 雲雀は、ゆっくりと、頭を振った。
 ジルーシャが、悲しげにつぶやいた。
「オリー、マース……アタシが言うのもおかしいかもしれないけれど……これからも、皆を守って、仲良く暮らしてね……」
 それもまた、身勝手な『尺』であるのかもしれないけれど。
「半端ものか……」
 レイチェルは、静かにつぶやいた。
 それでもまだ、この地獄は続くのだ。

●青
 赤く染まる。
 赤く染まる。
 白い世界が、赤く染まっていく。
 道を行く。
 道を行く。
 苦しも悲しみを抱えながら道を行く。
 毅然とした信念があり、
 葛藤と悲しみがあり、
 優しき正しさがあった。
 それでも……。
 終わらない道はなく。
 我らの道も、今ここに終わろうとしていた。

「青の騎士かい」
 武器商人が、そう言った。
 青き、鎧の、騎士だった。
「汝、汝が尺によって、また己を測られるべし」
 静かに、そう言った。
「汝、汝が尺によって、また己を測られるべし」
「言いたいことはそれだけか」
 マカライトが言った。
 もう、ポーカーフェイスは必要ない。
 この顔を見るのは、仲間たちと、青の騎士だけだった。
「それだけか。なら、もういい。黙れ。それから死ね」
 もう、加減も、遠慮もなかった。
 ただ……ここを壊すことだけに、注力すれば、それでよかった。
「俺は、半端ものかもしれんが」
 レイチェルが言った。
「ここからは――何一つ、躊躇することはねぇ」
 その、心を黒で覆い隠して、隠して、隠してしまうような黒衣に身を包んで。
「焼き尽くす。焔の魔女が」
 雲雀が、跳んだ。
 その先導者の風に導かれ、武器商人が、レイチェルが、ジルーシャが、駆ける。
「速く終わらせよう」
 雲雀が言った。
「ここの、すべてを」
「ああ、そのつもりさ」
 武器商人が、青の騎士をからめとった。ペールブルーの槍が、武器商人を貫く。
 痛みはない。
 そうさ、我(アタシ)は、そう言うものだからね。
 笑う。嗤ってみせる。
 ジルーシャが、その隙をついて飛び込んだ。ゼロ距離から、強烈な術式を叩きつける。悲鳴のような、怒りの様な、涙の様な、怒号の様な。
「――ッ!」
 何を言えばいい? あの子たちのために? きっと、喘ぐように、魂を吐き出すことが精いっぱいなのだ。今は。
「ジルーシャ、跳べ! 吹き飛ばす!」
 レイチェルが叫んだ。ばちん、と力強く指を鳴らす。噴き出した血が、焔となって、怒りとなって、魔女の魔となって、青の騎士を貫いた。ぎぃ、と、その体がきしむ。
「汝! 汝が尺によって! 己を測られる! べし!」
「黙れよ……!」
 マカライトが吠えた。青の騎士が、そのペールブルーの刃を引き抜いて、斬光の一閃を打ち放つ。世界を切り裂くような、空間衝撃の一閃が、イレギュラーズたちを薙いだ!
「もっと、いたかった!」
 ピリアが、叫んだ。
「もっと、いたかったの! こんなものじゃ、ないの!」
 泣きそうな顔で、叫んだ。耐える。立つ。みんなで。そのために、だってそのために、ここまで歩いてきたのだから。
「だから! ピリアはがんばるの! みんなも頑張るの! まけないの! 負けたら、嘘になっちゃうから!」
 涙も。苦しみも。悲しみも。同情も。汚した手も。憎しみも。怒りも。全部。全部。ここで負けたら、嘘になってしまうから。
 ピリアの、泣き叫ぶような術式は、それでも癒しの光になって、仲間たちに降り注いだ。涙が、ピリアの涙が、また友の涙を呼んで、その涙の暖かさが、立ち上がる力をくれるような気がした。
 マカライトは跳んだ。
 邪神モドキと言えど。邪神憑きと言えど。心はまだ、あるのだから。その心を刃に。
「等しき死を運ばず何もしない奴が青騎士を名乗ってんじゃねえよ……!!!!」
 駆ける言葉はそれだけでいい。それ以外を言ってやる義理もない。
 マカライトの妖刀が、青の騎士の首を切り飛ばした。ごろん、と地面に首が転がった。あっけなく。それで終わりだ、というように、あたりはしん、と静まり返った。
「……静かですね」
 チェレンチィが言った。
「静かです。あまりにも――」
 もう、そこには誰もいなかった。理想郷にはもう、誰もいないのだ。ここはその後、どうなるのだろう。消えるのだろうか。それとも、そう遠くないときに、子供たちがまた『生まれ』て、ここで吐き気のする幸せな虚構を演じるのだろうか……。
「クソ食らえだ」
 マカライトがそういった。
 その言葉だけが。しんとする世界に響いていた。
「バケモノらしく振る舞えたかな。
 まだ、壊れてない……よね?」
 ロロンの言葉に、誰も答えられない。 
 誰が、化け物らしく、ふるまったのだろう?
 誰が、壊れて、いないのだろう?
 僕かもしれないし、私かもしれない。俺かもしれないし、自分かもしれない。
 ただただ、吐き気がするほど真っ白な雪の降る、真っ赤に染まった世界に、我々はいる。
 やがてゆっくりと立ち上がると、イレギュラーズたちは理想郷を後にした。
 成果は得て、この地は攻略された。
 ただそれだけが、確実で、確かで、本当に手のひらに残った、たった一つだった。
 雪が降る。
 赤が消える。
 雪が降る。
 心に積もったなにかは消えない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 己の尺で、己を測られるべし。

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