PandoraPartyProject

シナリオ詳細

未練ある魂。或いは、さよならだけの人生…。

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●砂漠の朝焼け
 東の空から太陽が昇った。
 白く染まる砂漠を、1体のアンデッド……金と白を基調とした衣服を纏った、古い時代の貴人らしきミイラである……が歩いている。
「少し、待ってくれないか」
 ミイラの背中に、女の声がかけられた。
 どこかぼんやりとした顔で、アンデッドが背後を振り返る。アンデッドのカサカサに乾燥した瞳に映っているのは、半人半馬の承認らしき女性であった。
 彼女の名はラダ・ジグリ(p3p000271)。
 ラサを拠点とする商人であり、イレギュラーズの1員である。
「貴様は確か……あぁ、野干診療院にいた」
「アイトワラス商会会長、ラダ・ジグリだ」
「そうか。名乗りをありがとう。私は……名前を忘れてしまったんだ」
 そう言ってアンデッドは肩を竦めた。
 腕に付けた金属の輪が、しゃらりと澄んだ音を鳴らす。
「それで、商人が私に何か用かな?」
 アンデッドは問う。
 その表情は、少し困っている風にも見えた。もっとも、艶も潤いも無い乾燥し切った肌であるため、表情の変化などほんの僅か程度のものだが。
「国があった頃ならいざ知らず、今となっては成仏も出来ぬアンデッドの身。何か買ってやろうにも、もはや何も必要としない身であるが」
「いや。今回はそう言う要件じゃない。ただ、1つ聞きたいことがあってな」
 この貴人のアンデッド、つい数時間前、砂漠を彷徨うアンデッドたちを導いて、あの世に送ってやったばかりだ。
 それでいて、アンデッド自身は成仏することも出来ず、こうして1人で砂漠の何処かへ去っていく途中と来ている。きっと、その身なりにふさわしく何処かの遺跡の霊安室にでも帰るのだろう。
「聞きたいこと?」
「あぁ……もしかして何だが、覚えていない未練があるんじゃないか、お前」
「…………」
 アンデッドは何も答えない。
 だが、ラダには確信があった。
 貴人のアンデッドが、長い間……きっと、気が遠くなるほどに永い間、この世に留まり続けているのは、何かの未練があるからだろうと。
「探してみないか?」
 アンデッドではあるが、彼は決して悪人ではない。
 少しだけ。
 これは、ほんの気紛れのようなものだが、少しだけこのアンデッドに手を貸してやりたいと思ったのだ。
 この心優しく、寂しい1人のアンデッドを、あの世へ送ってやりたいと思ったのだ。
「この広い砂漠に1人きりは……寂しいものな」
 
●未練の正体
「付いて来るがいい」
 そう告げた貴人アンデッドと共に、ラダは砂に埋もれた遺跡を訪れた。
 遺跡の大部分はすっかり崩壊しているし、見たところ盗掘者にでも襲われたのか“価値”のありそうなものはまったく残っていない。
 寂れた遺跡だ。
 ラサではそう珍しいものではない。
「こっちだ」
 アンデッドは遺跡の奥の方へと向かう。
 辿り着いたのは、古い祭壇の跡地であった。元は豪華であっただろう祭壇は、砂に削られすっかり朽ちかけている。
 かつてはレリーフが刻まれていただろう祭壇を撫でるアンデッドの横顔には、寂寥感が滲んでいた。
 どのような仕組みか。
 少しすると、音を立てて祭壇の位置が1メートルほど横へとずれた。
「地下空洞か。どうりで……古い遺体の割に保存状態がいいはずだ」
「地下の気温は安定しているからな」
 そう言いながら、アンデッドは地下へと降りていく。
 その後を追って、ラダも地下へ。
 本来、光ささぬ地下空間というのは真っ暗であるはず。けれど、不思議なことにそこは少し違った。
 明るいのだ。
 白い光が、四方から地下空間を照らしているのだ。
「光るキノコ……ヤタラトヒカルダケか」
「あぁ。あれのおかげで、ここはいつでも昼間のように明るい。おかげで私も、アレをずっと見張っていられる」
 そう言って、貴人のアンデッドは地下空間の奥を指差す。
 そこにあるのは広大な水溜まり……地底湖である。そして、地底湖の真ん中には、巨大な何かが蹲っている。
 呼吸をしている風ではない。
 だが、生きているのが分かる。
「アレは……何だ?」
「私の国を滅ぼした怪物だ。私は、命と引き換えにあれを地底湖に封じ込めた。私の死後、生き残った家臣たちの手によって、私の遺体もこの場所へと葬られた」
「それがお前の……遺言だからか」
「いかにも。我が国を滅ぼし、我が手で封じた怪物を、死後も見張り続けるために」
 貴人アンデッドが“巨大な何か”を指差す。
 よく目を凝らせば、その背中には10を超える剣が突き刺さっている。剣はどれも、魔術的な加工が施された一級品だ。
 おそらく、その剣の持つ魔力によって怪物を封印しているのだろう。
「私に未練があるとするなら、アレの息の根を止められなかったことだ。私の民を食い殺した怨敵を、封じることしか出来なかった己の不甲斐なさこそが我が未練である」
「食われたのか。アレに」
「あぁ。その【棘】った皮膚。その【必殺】の牙。何もかもを弾き【飛】ばす強靭な尾。今思い出しても震えが来る」
 自分の腹部に手を当てて貴人アンデッドはそう言った。
「幸い、全力で稼働できるようになるまで5分ほどの時間がかかるようだったので、どうにか封印までは出来たが。私もこの有様だ」
 どうする?
 アンデッドは視線でラダにそう問うた。
 ラダはしばらく思案する。
 怪物の全長は30メートルを超えている。アレを討つのはきっと骨が折れるだろう。
 そして、アンデッドの話から察するにアレを討とうと思うのなら、剣を抜いて封印を解く必要がありそうだ。
 そして、封印を解かれたアレが……巨大なワニの怪物が、果たしてどういう行動に出るか。きっと、餌を求めて近くの町を襲いに向かうのではないか。
 少なくとも、地底湖でじっとしているほどに穏やかな気性の怪物とは思えない。
「少し、準備がいる」
 怪物退治に無策で挑む者などいない。
 ラダは1度、地上へ戻ることにした。

GMコメント

こちらのシナリオは「踊るアンデッド軍団。或いは、死者と踊ろう…。」のアフターアクションシナリオです。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10357

●ミッション
貴人アンデッドの未練を断ち切る

●エネミー
・巨大ワニ・国喰らい
全長30メートルを超える巨大なワニの魔物。
かつて、一夜にして国をひとつ喰い滅ぼした。
現在は遺跡の地底湖に封印されている。
封印を解いて、目覚めさせなければダメージを与えることは出来ない。
スロースターターらしく、全力での行動が可能になるまで5分ほどの時間を要する。
常に飢えているらしく、目覚めれば餌を探しに行くことが予想される。
その身体は【棘】を備えている。
その牙や尾には【必殺】、【飛】が付与されている。

●NPC
・貴人アンデッド
豪華な飾りと、白い衣服を纏った干からびたアンデッド。
名前は既に忘れている。
かつては小さな国の王だったらしい。
遥か昔に“国喰らい”を地底湖へ封印し、自身は命を落とした。
死後もアンデッドとなって国喰らいを見張っている。
曰く、彼の未練は「国喰らいを討ち取れなかったこと」にある……と、本人はそう言っているが真偽のほどは不明。
何しろ自分の名前さえ忘れてしまっているので。

●フィールド
砂漠の朽ちた遺跡。
その地下にある地底湖。
地底湖とその周辺の地面は、常にヤタラトヒカルダケの発する光で明るく照らされている。
地底湖に眠る怪物は、地底湖→遺跡→砂漠へと移動する。
地底湖では足場、視界ともに良好。
遺跡、砂漠は足場が不安定である。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 未練ある魂。或いは、さよならだけの人生…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月24日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
彼女(ほし)を掴めば
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

リプレイ

●国喰らい
 ある種、神秘的な光景である。
 冷えた空気と、降り注ぐ真白い光。
 壁面や天井に繁茂しているヤタラトヒカルダケが煌々と光を放っているのである。
 砂漠の下だと言うのに明るいその場所には、大きな湖……地底湖があった。水面は僅かさえも揺れない、静かな地底湖。
 きっとその水は、氷のように冷たいのだろう。
 そんな湖の中に、巨大な何かが横たわっている。
 ワニだ。
 全長30メートルを超える巨大なワニである。
 その背中に10本を超える剣が突き刺さった巨大ワニ。遥か昔に、砂漠の小さな国を1つ、喰らい尽くした怪物だ。
 以来、何百か……或いはそれ以上の年月を、砂漠の下で眠っていたのだ。
「砂の下にあれこれ埋まっているのがラサだが、思ったよりすごい未練が出てきたな」
 『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)が手にした瓦礫を湖へ放った。ぼちゃんと大きな音が鳴り、水面が波打つ。だが、巨大ワニは目を覚まさない。
「手間をかけるな。アレの息の根を止めるなど……危険な真似をさせてしまう。今からでも、帰還してくれても構わないのだが」
 そう言ったのは1体のアンデッドである。
 巨大ワニを地底湖に封じた張本人。名前も忘れた、亡国の王が彼である。
「いや、二言はない。その依頼、請け負った」
 この日、ラダは“国喰らい”と呼ばれた怪物の封印を解く。
 
 カコォン、と気味の良い音が鳴る。
「任せて下さいまし。貴女の未練、私達が必ず晴らして差し上げますわっ!」
 『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が、地底湖の畔に先端を尖らせた木材を打ち込んでいる音だ。
 数十本を超える逆茂木は、国喰らいに少しでもダメージを与えるための仕掛けである。
「…………木材」
 これほどの木材があれば、高値で売りさばいてみせるのに。
 そんなことを考えて、ラダは苦い顔をした。ラサでは木材が貴重なのだ。
「自分の国を無くして……それでも食らいついて、たった1人で封印したのか。凄いなぁ、お前……うん」
 地底湖から少し離れた場所で『特異運命座標』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)が鍋を煮ている。
 国喰らいに食わせるために、毒入りの食糧を用意しているところである。
「貴人は……名前を思い出せない……って言ってた。思い出せるようなものを探しつつ……安心して眠れるようにしてあげたい」
「うん。そうだな。何とかしたいよな。倒したいよな」
 調理を手伝う『玉響』レイン・レイン(p3p010586)に言葉を返し、プリンは深く頷いた。
 貴人のアンデッドとは、別に友人でも無いし、その未練のために力を貸す義理も無い。だが、貴人アンデッドの想いに共感してしまったのなら、義理など無くてもやるのがイレギュラーズだ。
「毒……毒か、俺のギフトの毒は使えるだろうか?」
 『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も調理に加わる。そのギフトを使えば、プリンの料理に幾らかの毒性を足せるだろう。
 体長30メートルの巨体に、毒がどれほど効くかは未知数であるけれど。

 同時刻、地上。
「ミイラさんはお酒を飲ませてもらった仲だもの、一肌脱いであげないと」
「それに、封印されているとはいえ国喰らいをこのまま野放しにしておくわけにもいかないからな」
 『無尽虎爪』ソア(p3p007025)と『決闘者』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)が遺跡に罠を仕掛けている。
 国喰らいとの主戦場は地底湖になる予定だ。
 だが、万が一ということもある。一国を喰い尽くすほどの怪物と相対するのだから、事前の準備なんて、どれだけ積んでも多すぎると言うことは無いのだ。
「シューヴェルト、罠の方はどうだ? 始まったら手を加えてる暇はないぞ」
 様子を見に来たラダはそう問うたが、シューヴェルトの答えは最初から分かり切っている。
「順調だ。国喰らい……この貴族騎士が討伐して見せようじゃないか!」
 決戦の時は、すぐそこにまで迫っていた。

 国喰らいの背中の上に『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)が立っている。
「このワニを封じとるそうじゃが、お主の力は生まれつきか?」
 国喰らいを封印しているのは、その背に刺さった10数本の剣である。指先で剣を突きながら、ニャンタルは口元をにやりと歪めた。
「御伽噺の世界では化け物の正体は実は王子様でした〜とかあるじゃろ。若しくは善の心と悪の心が〜とかな!」
 1本ずつ、剣の状態を確認したニャンタルは、仲間たちの見守る中、そのうちの1本に手をかけた。
「ま、何であれ我は肉食いたいだけじゃ。腹減ったからの」
 戦闘準備は整っている。
 罠もすべて仕掛け終えた。
 えいや、と。
 ニャンタルは国喰らいの背から剣を引き抜いた。

●おはよう、そして、さようなら
 心臓が跳ねた。
 停止していた国喰らいの時間が、永い時を経た果てに、再び動き出したのだ。
「っととと!?」
 ゆっくりと国喰らいが目を開く。
 その背中から、引き抜かれたばかりの剣が滑り落ちた。
 にゃんたるは国喰らいの背にしがみ付き、どうにか転落を免れる。
 巨大な顎が開かれた。
 長い尾が水面を叩き、激しい波を巻き起こす。
「忌々しい怨敵め……」
 貴人アンデッドが歯噛みした。自分の国を……民を食い殺した怪物に対し、沸き立つ怒りを抑えきれないのである。
「あんたは始まったら離れててくれ。勝つところ見たいだろ?」
 ライフルを構えたラダが、貴人アンデッドを下がらせた。
 
 ニャンタルは飢えていた。
 ニャンタルは張り切っていた。
 そして、ニャンタルは食欲の信奉者である。
「ワニ肉の味は鶏と同じらしいな! ならば!! こんなデカい鶏を逃す手はあるまいて!!」
 体長30メートルともなれば、摂れる肉の量は果たしていかほどか。
 両手に剣を構えたニャンタルが、国喰らいの背を疾駆する。目指すは頭部。その巨大な両目の間。バチバチと剣に紫電が迸った。
 跳躍。
「肉残れーーーーーーー!!!!」
 そして、落雷。
 
 強烈な一撃を眉間に受けて、国喰らいは咆哮をあげた。
 ダメージ自体は大して受けてはいないのだが、寝起き直後の不意打ちに驚いたのである。
 一方、ニャンタルはと言えば国喰らいの強靭な皮膚を叩いたことで、大きく姿勢を崩していた。
 慌てて国喰らいの背に剣を突き立て、姿勢を無理矢理立て直すのだが……どうにもそれが良くなかったらしい。
 空気が唸る。
 長い尾が、ニャンタルの身体を横から打った。
「ぬ……おぉっ!?」

 ニャンタルが地底湖に落下するのと、国喰らいが動き始めたのは同時。
 牽制のためにラダがライフルの引き金を引く。
 レインが地底湖に飛び込んで、残りの5人は地底湖の畔へ向けて駆け出した。
「さぁ、狩りの時間だ!」
 姿勢を低くし、先陣を切ったソアが言う。
 その身に纏う紫電が空気を焼き焦がす。
 跳躍。
 鋭い爪で、国喰らいの鼻先を裂いた。皮膚は硬く、ソアの爪が僅かに欠ける。国喰らいが、鬱陶しそうに首を左右へ振るだけで、ソアの身体が地面へと叩きつけられた。
 圧倒的な対格差は、それだけで脅威となり得るのである。
 幸い、受け身を取れるだけの余裕はあった。着地してすぐにソアが体勢を立て直すが、その隙に国喰らいはさらに前進し、地底湖の畔へ辿り着いている。
 その前脚が、逆茂木を踏んだ。
 厚い皮膚に傷がつき、だくだくと地面に血が滴る。逆茂木を鬱陶しく感じたのか、国喰らいは爪を地面に突きたてた。
 地面を引っ掻くようにして、逆茂木を排除するつもりなのだろう。
 土砂と木っ端と水飛沫が舞う。
「残念でしたわね。敵はこっちにもいましてよ!」
 その身に土砂や木っ端を浴びつつ、ヴァレーリヤが前進。額から流れる血を拭うこともせず、メイスを後方へと振りかぶった。
「どっせぇぇぇぇぇいっ!」
 地面に食い込んだままの爪へ向け、ヴァレーリヤが放つ渾身の殴打。
 地面を震わすほどの衝撃。
 半ばほどから爪がへし折れ、国喰らいが絶叫を上げた。
「今っ!」
 瞬間、マッチョ☆プリンが何かを放った。
 事前に用意していた罠餌だ。弧を描いて虚空を舞う罠餌。その後を追って、黒い影が宙へと跳んだ。
 アーマデルだ。
 空中で器用に姿勢を制御したアーマデルが、一瞬の間に国喰らいと罠餌の位置を把握する。
「ここだ」
 一撃。否、一蹴と言うべきか。
 アーマデルが罠餌を蹴った。
 まずは1つ。
 加速ついた罠餌が、大きく開いた口腔の奥へと叩き込まれた。

 開いた口腔の中は赤い。
 いかに皮膚が硬いとはいえ、口内まではその限りではない。
「流石の棘もそこにはあるまい!」
 せっかく自分から弱点を晒してくれているのだ。
 その口内へ、ラダは弾丸を叩き込む。

 国喰らいの巻き起こす波に飲み込まれ、ニャンタルは姿を消していた。
 救助に向かったレインがニャンタルを発見したのは、水没から数十秒ほど経過したころだ。地底湖の底でじたばたしていたニャンタルの手を掴むと、すぐに治癒の魔術をかける。
 淡い燐光が沸き上がり、ニャンタルの傷を癒していく。
 その間も国喰らいは暴れていた。
 水は激しく渦を巻き、流れた血で赤黒く濁っているのが分かる。
(この子は……どうして……人を食べたり……国を壊したりしたんだろ。何か……嫌な思いをしたのかな)
 レインの頭上を太く長い尾が通過する。
 逆巻く水の流れに無理に抗わず、むしろ水流に乗るようにしてレインはその場を離れていった。
(それとも……何も考えないで……そういうものだから、壊したり……食べたりしたのかな)

 刀の輪郭がぼやけていた。
 ゆらゆらと陽炎のように漂う呪詛が、シューヴェルトの構えた刀に纏わりついた。
 ざり、と地面を擦る音。
 摺り足の要領で1歩踏み出し、シューヴェルトは刀を一閃。
 刹那、景色が激しく震えた。
 解き放たれた呪詛が、斬撃と共に空間を斬り裂いたのだ。
 ザクリ、と。
 肉の裂ける音がして、国喰らいの肩に深い裂傷が走った。流れた血が地底湖の水を赤に染め上げる。
 その赤もすぐに、波に飲まれて薄くなる。
「その大きさだけでも脅威、ならば全力で動けぬ初動5分で出来る限りのダメージを叩き込んでおきたいところだな」
 予想は出来ていたものの、やはり国喰らいは体が大きい。皮膚が硬い。
 追撃を放つべく、再びシューヴェルトは刀を構えた。
 と、その時だ。
「……ん?」
 シューヴェルトの視界の端で地底湖の水が泡立った。
「ぷはっ! 彼奴め、やりおったな!」
「まだ……暴れてる。止めないといけないから……倒すまで攻撃し続けるしかない、けど」
 現れたのは、びしょ濡れになったニャンタルとレインだ。
 レインはじぃと国喰らいの方を見て、少しだけ悲しそうな顔をした。
「ちょっと行って来るぞい!」
 地上に帰還すると同時に、ニャンタルは国喰らいの方へ向かって駆けていく。

 毒というのはじわじわと効いてくるものだ。
 マッチョ☆プリンとアーマデルが、国喰らいに食わせた罠餌はとうに20を超えている。
 じわじわと毒に侵され、粘着性の罠が牙に張り付いて、何発もの銃弾を撃ち込まれた国喰らいの口腔からは、だくだくと血が零れ続けている。
「ふふん、血まみれだよ」
 血を吐く国喰らいを見上げ、ソアが狂暴な獣じみた笑みを浮かべた。
 もっとも、そう言うソアも血塗れだったが。
 ワニは口を開いてソアに喰らい付こうとしたけれど、牙にべったりと張り付いている粘着液が邪魔をした。顎が開くのが遅いのだ。
 その隙にソアは後退。
 代わりにニャンタルが、ワニの鼻先に剣を打ち込む。
「罠というものはひとつで大きな効果を狙うより、小さな効果を重ねていくのがいい」
「食べ物でこういう事はしたくない……けど。選り好みなんて出来るほど、オレは強くないから。やれる事はやる!」
 マッチョ☆プリンとアーマデルは、次の罠餌を手に取った。
 と、その時だ。
 遂に国喰らいの後ろ脚が畔に上がった。鋭い爪で地面を掴むと、急加速して遺跡の出口に向かって駆け出していく。

●さよならだけの人生
 有刺鉄線を突き破り、ヴァレーリヤを弾き飛ばして、国喰らいは遺跡の外へと駆けていく。
 頭部に張り付いたニャンタルも、あまりの加速に耐えきれずに振り落とされた。
 地下での戦闘に飽きたのか。
 それとも、地上には多くの食い物があることを思い出したのか。
 或いは、蓄積したダメージに命の危険を感じ取ったのかもしれない。
「5分が経過したか……っ」
 国喰らいの後を追いかけ、シューヴェルトが駆ける。
 国喰らいと並走するように、遺跡の出口へと向かう。
「シューヴェルト!」
 駆ける背中にラダが叫んだ。
「倒しきれなかった。ならば、最後の手段だ。銃を構えろ」
 国喰らいが降らせる瓦礫の雨の中、シューヴェルトはただまっすぐに前を見据え続けた。

 国喰らいが、地底湖の出口に差し掛かる。
 岩で造られた小さな出入口程度、国喰らいの巨躯であればあっさりと破壊してしまうだろう。
 そして、国喰らいは地上に出て、人を襲う。
 チャンスは1度きり。
「……すぅ」
 息を止めて、膝を突く。
 ライフルのストックを肩に押し当て、その時を待った。
 ラダは射手だ。
 そして、測量手はシューヴェルトが担う。
「今!」
 指先にほんの僅かな力をかけた。
 銃声が鳴って、火花と硝煙が飛び散る。排出された薬莢が、カラコロと音を鳴らしてラダの足元に転がった。
 弾丸はまっすぐ、遺跡の出入り口付近に命中した。
 そして、爆発。
 シューヴェルトの仕掛けた精霊爆弾が、国喰らいの顎の真下で炸裂したのだ。

 デスロールというものがある。
 ワニの捕食行動だ。水中で錐もみするように身体を回転させることで、咥えた獲物の肉を引き千切るのである。
「普通のワニは口を開く力が弱いもの。巨躯とは言えその形状だ。特徴もそこそこ似るだろう」
 仰向けに倒れる国喰らいの口元へ、アーマデルが駆けあがる。その手に引き摺られているのはワイヤー。
 アーマデルは、手早く、そして確実に、ワニの大口にワイヤーを巻いた。
 片方の先端はアーマデルが。
 そして、もう片方はマッチョ☆プリンが握っている。

 今は亡き親友は、ワニを相手にデスロールを決めていた。
 そのことを思い出したマッチョ☆プリンは、ワイヤーを掴む手に一層の力を込める。
「お前はただ食べたかっただけかもしれないけど、悪いな」
 国喰らいの体勢は不安定だ。
 今なら、マッチョ☆プリンの膂力でも国喰らいを投げられる。
 両の脚を地面に突きさし、ワイヤーを肩にかけた。
 渾身の力でワイヤーを引く。ギシ、と軋んだのはワイヤーか、国喰らいの顎か、それともマッチョ☆プリンの身体だろうか。
 国喰らいの後肢が宙へ浮いた。 
 膨大な負担がかかったマッチョ☆プリンの全身が激しく軋む。ワイヤーをかけた肩には亀裂が走っている。
 問題ない。
 あと数瞬だけ、身体が持てばそれでいい。
 そして、ついに……。
「考え無しに暴れる奴には……ダメだし、だ!」
 身体がバラバラになりそうなほどの負荷に耐え、マッチョ☆プリンはついに国喰らいの巨躯を地面へ引き摺り倒すことに成功したのだ。

「大丈……夫?」
「ん……んん?」
 国喰らいに弾き飛ばされたニャンタルを、助け起こしたのはレインである。
 何度か目を瞬かせ、ニャンタルは顔を濡らす血に気付いた。
 国喰らいに弾かれて、意識を失っていたらしい。【パンドラ】を消費したことで、致命傷は免れたようだが、少々血を流し過ぎた。
「あー……まだ仕事が残っておるじゃろ?」
 レインの治療を受けながら、ニャンタルは立ち上がる。
 万が一の時には、再び国喰らいの注意を引く役目を担うためである。
 
 仰向けに倒れた国喰らい。
 晒された腹部を駆け上がる3人がいた。
「一気に行くよ!」
 1人はソアだ。
「もう一発、喰らって行きなさい!」
 もう1人はヴァレーリヤ。
「今度こそ、息の根を止めてくれる!」
 そして、最後の1人は貴人のアンデッドである。
 紫電を纏う鋭い爪が。
 燃え盛る重厚なメイスが。
 すっかり錆びた古い剣が。
 国喰らいの喉へ向かって振り下ろされた。

「1人1杯だが、勝利の美酒はどうだ?」
「ラダならそう言ってくれると思って、勝利の美酒を注ぐにふさわしいグラスを持ってきたんですのよ」
 祝杯をあげよう。
 そんなラダの提案を、断る者はいなかった。ヴァレーリヤの用意したサイズも不揃いなグラスを脇にそっと置いて、ラダは全員の手に酒を持たせた。
「名前は? まだ思い出せないか?」
 アーマデルが問う。
 問いを受けた貴人のアンデッドは、そのすっかり干からびた顔に笑みを浮かべた。
「いや、思い出した。我が名はセベクだ」
 グラスを受け取り、貴人アンデッド……セベクは告げる。
「では、セベクに……乾杯」
『乾杯!』
 唱和し、そして祝杯をあげた。
 直後、セベクの身体が砂と化して崩れた。
 未練を晴らし、役割を終えたセベクの魂は、きっと天へ昇って行ったのだ。遥かなる時を超え、王の帰還を待ちわびる愛しき民や臣下の元へ、やっと彼は帰ることができるのだ。
「おやすみ……セベク。君と居られて……楽しかったよ」
 砂の山を掬い上げ、レインはそう囁いた。


成否

成功

MVP

ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)[重傷]
彼女(ほし)を掴めば

あとがき

お疲れ様です。
怪ワニ・国喰らいは討伐され、貴人アンデッドの未練を晴らすことに成功しました。
依頼は完遂されました。

この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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