シナリオ詳細
襲撃されし慰霊祭
オープニング
●医師と精霊の会話
「ニフリートは、相変わらずか?」
「……うん。全然だよ」
鉄帝軍の医局で、『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)と精霊の一体が話している。
話題は、ヨハンナの知己であり、精霊達が愛している鉄帝軍医、ニフリート・リエースについてのものだ。
ヴィーザル地方はワトーの街で生まれ育ったニフリートは、ワトーの近くにある森林の精霊達から愛されて、その声を聞くことが出来た。長じては精霊達に力を借りて人々を癒やす呪医となり、さらには薬師として薬草にも造詣を深めた。
だが、ノルダインのワトー襲撃を機に、ニフリートの人生は激変した。家族を、街の人々を救えなかったニフリートは、呪医や薬師としての限界を悟り、外科の技術を得るためスチールグラードに移住し、鉄帝軍医となった。この際、精霊達はニフリートと共にスチールグラードに移ったが、精神的ショックの故かニフリートには精霊達の声が聞こえなくなった。
その日の悪夢を毎日のように見ながら、憔悴を隠して勤務するニフリートを、精霊達は声が届かないことにもどかしさを感じながら見守っていた。
そんな最中、鉄帝では新皇帝バルナバス即位による動乱が勃発した。ニフリートは軍医として身柄を狙われ、また、憤怒の呼び声によって反転する危機に陥りながらも、ヨハンナをはじめとしたイレギュラーズ達の活躍によって、無事に今も鉄帝軍医として在り続けている。
だが、話はこれでめでたしめでたしとは行かない。
新皇帝バルナバスが討たれ、動乱が収まってから既に半年以上が過ぎながらも、精霊達の声は未だニフリートには届かない。ヨハンナと精霊の会話は、それを確認するためのものだった。
「如何したモンかなァ……」
腕組みをしながら、ヨハンナが思案に耽る。動乱の最中、彼女は「いつかきっと、アンタ達の声をもう一度聞けるようにしてやる」と精霊達に告げている。如何にかして、それを果たしたい所だった。
思案の中で、ヨハンナは一つの仮説に至る。そう言えば、ニフリートは命からがらスチールグラードに逃げて来たはずだ。では、家族や街の人々の埋葬も葬儀も行っていないのではないか。――ならば、それらを行えば、ニフリートにとっても心情を整理する切っ掛けになるかも知れない。
「……となると、まずはワトーの現状を調べねえとなァ」
ヨハンナは自身の発想を精霊に告げると、医局を出て情報収集に向かっていった。
●慰霊祭への誘い
ワトーの現状について情報収集を行ったヨハンナは、ワトーが襲撃を行ったノルダイン達にも打ち棄てられて、新皇帝バルナバス即位による動乱以降、ワトーが支配者のいない勢力の空白地帯であることを知った。ならば、護衛は必要となるだろうがノルダイン襲撃による犠牲者達の埋葬、葬儀は難なく出来るはずだと判断した。手早く段取りを整え、自らを含めて護衛を用意したヨハンナだったが、大きな問題が一つあった。
(ニフリートが、この話に乗ってくれるか如何か……)
ニフリートは、家族を含め救いたい者を救えず、自分だけ生き延びてしまったと言う罪の意識を抱えている。下手にこの話を持ちかけては、その意識が悪い方に向かうのではないかとの懸念があり、拒絶されることも想定していた。故に、ヨハンナにとってニフリートにこの話をするのは厳しい賭けではあったが、肩透かしを食らったかと思うほどに、ニフリートはあっさりと応じた。
ただ外科技術を身につけることだけに邁進し、さらには動乱に巻き込まれて余裕が無かったニフリートには、その事に思い至る余裕がなかった。故に、ニフリートはヨハンナにこの話をされるまで、その辺については全く意識していなかったのだ。
他にも、ワトーからもうノルダインの脅威が去っていること、これまで自らを護ってきてくれたヨハンナが護衛に付いてくれることも、ニフリートが快諾した大きな理由と言えた。
しかし何より、ニフリート自身が前を、未来を見ようとしているから話を受けてくれたのではないかと、ヨハンナは感じていた。
かくして、ワトーの犠牲者を埋葬し葬儀する話は、慰霊祭を行う話となって、トントン拍子に進んでいった。
●魔種達の蠢動
「面白い話を、持ってきましたよ。ワトーの街は、ご存じですか?」
「確か、ノルダインに滅ぼされたんだろ? それが如何した?」
「その時の犠牲者を弔う慰霊祭を、やるそうですよ」
「今更かよ。それにしても下らねえ事をするもんだ……気に入らねえな」
廃墟の中の一部屋で、魔術師然としたガラの悪そうな男が、椅子に座している軍人崩れと言った様相の男に告げた。軍人崩れ風の男は、その話を聞いて苦虫を噛み潰したような渋い顔をする。
軍人崩れ風の男は名をヌイ・セマーカと言う憤怒の魔種で、新皇帝派軍人の残党だった。残党狩りを逃れて潜伏を続け、その間にドンハ兄弟と言う両腕たる存在の魔種二人と、同じ新皇帝派の残党や荒くれ者やならず者達を従えて、賊となって潜伏を続けていた。
そのヌイにとって、弱い者はただ死んでいくだけの存在でしかなく、それ故に死んだ者を悼むなど反吐が出る所業でしかない。
「そいつら、潰すか……」
「やる――のか?」
「ああ。お前等、ついて来い! 久々に――暴れるぞ!」
傍らに控える、重装甲を身を纏った男の問いに、ヌイは応じた。そして、こそこそと潜伏する時間は終わりだとばかりに、自身に付き従う賊達に向けて号令を下した。
●襲撃されし慰霊祭
ワトーの街は襲撃の爪痕を遺していたが、慰霊祭に先んじてある程度綺麗に整地された。廃墟となった街中に打ち棄てられた遺体は、白骨化してもう誰のものかわからないほどになっており、それを目の当たりにしたニフリートは、人目を憚ることなく大声で泣き叫んだ。ヨハンナも、精霊達も、その様子をただ見守り、そっとして置くしか出来なかった。
住民達の遺骨は、街の中心の広場だった場所に集められて埋葬され、その上には慰霊碑が建てられた。
そして慰霊祭当日。
儀式を担当する司祭と、犠牲者の親族達が到着し、厳粛な雰囲気に包まれた中で慰霊祭は始まった。だが、賊が迫り来る足音が聞こえ、その姿が見えたことで慰霊祭は中断を余儀なくされる。
(クソッ! こんな時にか――!)
場を弁えずに――正確には、この場をこそ狙ってだが――襲撃してくる賊に、ヨハンナの怒気は一瞬爆発しかけた。が、傍らのニフリートの様子を見て、すぐに冷静さを取り戻す。
「こんな時にまで、こんな奴等が――!」
暴力によって生命を蹂躙された、家族や街の人々の、その慰霊の場さえも暴力によって蹂躙されようとは! ニフリートの中で怒気が膨れ上がる様に、ヨハンナは危ういものを覚えた。このままでは、また憤怒の「呼び声」を受けて、ニフリートが反転しかねない。
「少しだけ――少しだけ、待っていてくれ。これ以上あんな奴らに、ニフリートの大事なものを踏みにじらせやしない」
「……わかりました。貴女を、貴女の言葉を――信じています」
ヨハンナの声に、ニフリートは冷静さを取り戻し、しっかりとした声で応えた。ひとまずは、これで大丈夫のようだ。
だが、油断は出来ない。ニフリートが反転する未来も、精霊達の声が聞こえないままの未来も、賊との戦闘結果によっては訪れうる。
当然、ヨハンナとしてはそのような未来、全力で拒絶するまでだ。戦意を全身に漲らせ、ヨハンナは三方向から迫り来る賊のうちの一隊に向けて対峙した。
- 襲撃されし慰霊祭Lv:40以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年02月05日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC3人)参加者一覧(8人)
リプレイ
●速攻で撃破すべく
鉄帝はヴィーザル地方、ワトーの街。かつてノルダインの襲撃を受けて壊滅したこの街では、その時の犠牲者を悼む慰霊祭が執り行われていた。しかし、それを狙って新皇帝派残党の魔種達が率いる賊が、三方向から襲撃を仕掛けてきている。
そのうちの一隊、魔術師然とした魔種トイラ・ドンハが率いる隊には、『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)、『無尽虎爪』ソア(p3p007025)、『竜剣』シラス(p3p004421)の三名が対峙していた。
「人が大事なことをしようとしている時に、全く無粋な奴らだね! お呼びではない相手に遠慮はいらないからね。早々に、退場して貰おうか!」
「うん! ボクも、頑張るよ!」
迫り来る賊を前にしてカインが義憤混じりに意気込めば、ソアも力強くその言葉に頷く。
(――この状況で、負けるわけにはいかないよな)
二人の言葉を聞きながら、シラスもまた無言で自身に気合いを入れる。
賊の襲撃に対してイレギュラーズ達が手早く打ち合わせた作戦では、カイン、ソア、シラスの三人が速攻でトイラの隊を撃破し、速やかに他の隊への救援に向かう手筈だ。即ち、此処での戦況がその後の戦局を左右すると言えた。当然、三人とも力を出し惜しむつもりは無い。
「抜かせやしないぜ」
賊が四十メートル程まで迫った時点で、シラスが動いた。賊の方へと一気に駆け寄り、あと数メートルまで迫る。
「そこだ、遅えんだよ!」
無数の光の球が、シラスの前方、賊の周囲に出現する。そして、賊に何が起こったか理解する暇を与えることもなく爆発した。さらに重ねて、光の球が出現しては爆発していく。
「……何と、何と言うこと!」
都合四度繰り返された、光の球の出現と爆発は、隊を率いる魔種であるトイラ以外の賊を全滅させた。トイラからすれば、一瞬で部下を全滅させられたわけであり、驚愕と憤怒に囚われるのも無理からぬ事であった。
「ぼーっとしてる場合じゃ、ないだろ?」
「うぐうっ!?」
もっとも、シラスはその時間さえも、魔種には与えない。魔力を纏った拳によるワン・ツーが、トイラの顔面に強烈に叩き込まれた。
「ばあ! こんにちは。それと、さよなら!」
「!?」
如何にか体勢を立て直そうとするトイラの前に、跳躍して一気に距離を詰めたソアが迫っていた。虎の爪の連撃が、幾重にも、幾重にもトイラの身体に刻み込まれていく。
「ふっふー、乗ってきたよぉ!」
「うぎゃああああっ!」
永遠に続くかとも思われた痛苦に、たまらずトイラは叫び声を上げた。
「状況が状況だ。容赦はしないよ!」
あまりもの痛苦により己を護ることさえままならなくなったトイラを、カインは魔空間の中に呑み込んでいく。一度魔空間から逃れかけたトイラを、カインは再度魔空間の中へと呑み込ませていった。
――延々とその身体を圧搾し、串刺しにしてくる魔空間から解放されたトイラの表情は痛苦に歪み、全身からは血が流れてその装束を赤黒く染めていた。常人ならば、おそらく既に事切れているだろう。だが、魔種であるトイラの生命力は、まだまだ尽きることは無い。
「おのれ、よくも――!」
ギリ、と歯噛みし、睨むような視線を向けながら、トイラは無詠唱で爆炎の魔術を連発した。立て続けに、猛烈な爆炎がシラスとソアの身体を包み込み、焼いていく。
もたついていては危ない――トイラを速攻で撃破するのがイレギュラーズ達の作戦ではあるが、それとは別の意味でトイラの撃破に時間をかけてはいられないと言う危機感を、三人は抱いた。
●賊の首領を前にして
三方向から迫る賊のうち、中央から迫る賊に相対するのは、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)、『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)、『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)の三人だ。
(ニフリートさんは久しぶり……まだ少し、辛そうか)
イズマは久々に再会した鉄帝軍医ニフリート・リエースの様子から、その心中を慮った。かつて新皇帝派に狙われたニフリートを救った際、ヨハンナと共にニフリートと呑み交わしたイズマは、彼の抱える事情を知っている。
ワトーで生まれ育ったニフリートは、かつて精霊達に愛され、その声を聞くことが出来た。だがワトー壊滅以降、精霊達の声が聞けなくなってしまっていた。
今回の慰霊祭の成功によって、ニフリートにはかつてのように精霊の声が聞けるようになってほしいと、イズマは願っている。ならば、彼の心を癒やす場である慰霊祭を邪魔する賊は、退けるまでだ。
(有難う、ニフリート。俺達を信じてくれて……必ず、この慰霊祭は無事に成功させる。もう、この地を蹂躙させない)
後方にいるニフリートを振り返りながら、ヨハンナは固く意を決した。かつて鉄帝動乱で呼び声を受けて反転しかけた時に比べれば、今のニフリートの状態は余程良い。ヨハンナが考えているとおり、ニフリートがヨハンナを、そしてイレギュラーズ達を強く信頼している故だ。その信頼に応えるためにも、この賊を排除して慰霊祭を成功させねばならない。もしそれが為せなければ、ヨハンナにとって二つの望まぬ未来の何れかを、ニフリートは迎えることになるだろう。
そのニフリートには、万一負傷者が出た際の治療を頼んである。また、ニフリートを愛する精霊達にも、彼への加護を願っておいた。もっとも、これはもしもの場合の備えであり、ニフリート達の元へと賊を抜かせるつもりは、レイチェルには毛頭無い。
(死者を悼む場である慰霊祭を襲撃しようなんて――何と言う、破廉恥な連中なの!?)
信仰心篤いルチアにとっては、賊の発想自体が到底理解し得ず、許し難いものだ。このような蛮行は、必ずや阻止しなければならない。その強い意志を込めた眼差しを以て、ルチアは迫り来る賊の頭領、ヌイ・セマーカをしっかりと見据えた。
「アンタが、親玉か……よくも、慰霊祭を邪魔してくれたなァ! 裁きを受ける覚悟は、あるな!?」
大事な場面を邪魔された憤激混じりに、ヨハンナがヌイ隊との戦闘の口火を切った。ヨハンナは自身が英雄として大成した未来を幻想としてその身に纏うと、賊との距離を詰めてから紅蓮の炎による檻でヌイを包み込む。
「裁きを受ける覚悟だァ? しゃらく……グアッ!」
ヨハンナの問いに答えようとしたヌイだったが、喉を灼かれて強制的に中断させられた。
「神は復讐を咎める、神の怒りに任せよと。だが、神は手を差し伸べず。故に、この手を鮮血に染めよう。復讐するは”我”にあり──」
さらにヨハンナは、詠唱と共に右半身の術式の制限を解除すると、その上昇した能力で以て紅蓮の炎を放ち、ヌイ諸共その隊にいる賊を焼いた。
「ぐああっ!」
「ぎゃあっ!」
炎に包まれ、賊が苦悶の叫びを上げる。
「慰霊祭に、何の用だ? 死者を弔う気が無いなら、消えてくれ!」
物理攻撃を遮断する魔力の障壁を展開したイズマが、細剣「メロディア・コンダクター」を指揮棒の如く振るう。最後にヒュッ! と鋭い突きを繰り出すと、その刺突から伸びた衝撃波が、ヌイの身体に突き刺さった。
(死者を弔う気だと? 馬鹿馬鹿しい!)
喉を灼かれているため、ヌイはイズマには直接言葉で答えることは出来ず、返答代わりに苛立ちを交えた視線を向けた。
「お前達もだ! 消えないのならば、このイズマ・トーティスが力尽くで消すまでだ!」
「何をっ!」
さらにイズマは、ヌイの周囲の賊がニフリートや慰霊祭参加者に攻撃することがないよう、その敵意を煽ると自身へと向けさせた。
「その所業――許されないものと知りなさい!」
ルチアの展開した魔空間が、ヌイの身体を呑み込んだ。魔空間の中で、ヌイの身体が責め苛まれていく。やがて魔空間から吐き出されるように戻ってきたヌイの身体は、やはり夥しく流血しており相応に傷を負ったことを伺わせた。
もっとも、魔種でありしかも賊の頭領格であるヌイの生命力からすれば、確かに傷は負っていてもその命に届くまではまだまだ遠い。反撃に出たヌイは、血の如き深紅の色をした斧槍の穂先でイズマを貫こうとしたが、その一撃はイズマが展開している魔力障壁によって阻まれた。
●駆けつけた仲間達と共に
最後の一方から迫り来るトフレ・ドンハの隊に対峙するのは、『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)、『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)の二名に加えて、ヌイ達が動いた報を聞きつけて応援に駆けつけた『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)、『クラブチャンピオン シード選手』岩倉・鈴音(p3p006119)、『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)の三名の、計五名だ。
「――まったく。弱肉強食と死者を悼むのは別だろうに、所詮は頭鉄帝から呼び声を受けて、駄目になった連中か」
「でも、どんな奴らかと思っていたが、これは安心だね? 今回の慰霊祭が無ければ襲撃してくる気も起こさなかったような、気概が無い奴らで」
「確かに、シモチクビが忘れられない連中の暴発、にしては今更だな」
呆れ混じりの錬の呟きに、ランドウェラも鈴音も新皇帝派残党の蠢動にしては今更感が強い事に触れて、大した敵ではないと見た。事実、鈴音の言うシモチクビ――新皇帝バルナバスが斃れてから、もう十ヶ月もの時間が過ぎている。おそらく、今回の慰霊祭の件が無ければ表に出てくることもなく、以後もこそこそと潜伏したままであったろう事を考えると、気概が無いと断じられても無理からぬ話ではあったろう。
「何はともあれ、だ。連中が掲げる弱肉強食のとおりに、蹴散らしてやるとするか!」
錬がそう意気込みを示せば、ランドウェラも鈴音も「おお!」と気勢を上げて応じた。
トフレとの距離をやや詰めた錬は、神代より紡がれる世界樹よりの祝福と呪いの全てを、トフレに浴びせかけた。
「ぐうっ! この――程度!」
世界樹のもたらす祝福と呪いに抗おうとしたトフレだったが、抗い切れずに身体の一部が石の如く変えられ、思うように身体を動かせなくなった事を悟ると、憎悪を込めた視線を錬へと向けた。
(ここから先へは、一歩たりとも進ませない。あなたたちに、明日は与えない。だから最期に――わたしの歌を聴いて逝け!)
炎のように燃え盛る激情を乗せて、涼花は己の歌声を響かせる。燎原の炎の如く一帯に拡がっていく歌声は、賊の身体を燃やすだけでなく、その精神をも燃やしていった。精神の中で荒れ狂う涼花への憤怒の炎は、賊から冷静な判断力を奪い、その意識をただ涼花のみに釘付けとした。
「シモチクビなんて、オレたちが忘れさせてやるぜ~」
そこに畳みかけるかのように、鈴音によって顕現した堕天の輝きが賊を照らしていった。その輝きを浴びた賊は、輝きの帯びる呪詛に蝕まれ、身体が石の如く硬直してまともに動けなくなっていく。
(わたしも、力を貸すわ。――大丈夫、きっと守ってみせる!)
さらに、セレナが掌の上に幻の月を浮かべた。そこから放たれる黒紫の光に照らされた賊達は、正気を蝕まれて狂気に囚われ、敵味方の区別もつかない状態に陥った。
「わざわざ、殺されに出てきたのかい?」
「何――を!」
ランドウェラは嘲るようにトフレに告げると、極めて技巧的かつ合理的に造られた術式を展開し、究極たる破壊魔術の一つである魔哭轟滅波を放った。トフレの板金鎧がグシャリとひしゃげ、衝撃がトフレをよろめかせた。
体勢を立て直したトフレは、大盾を構えると錬に体当たりを仕掛けた。だが、回避の技量に長けた錬に対して、トフレの攻撃の技量は及んでおらず、トフレは錬に大盾を命中させることは出来なかった。
●進み往く戦況
トイラの爆炎魔術によってシラスとソアが深手を負ったものの、戦況はイレギュラーズ達の作戦通りに推移していった。
魔種三人の中では最も生命力に劣るトイラが、シラス、ソア、カインの猛攻によりまず斃れた。トイラを撃破した三人は、予定通りにヨハンナ、イズマ、ルチアが対峙するヌイとの戦闘に加わる。
この時点で、ほぼ勝負は決まったようなものであった。ヌイはイズマの展開する魔力障壁を突破出来ず、攻撃手段を神秘力を纏わせた拳に切り替えたが、その判断は遅きに過ぎた。また、深紅の斧槍に比べればその威力は劣っており、イズマは深手を負いこそしたものの、ルチアとランドウェラのもたらす癒やしもあってよく持ち堪えていた。
一方、トイラも錬を相手にまともにダメージを与えられず、四人がかりの攻撃で一方的に生命力を削られるだけだった。
ヌイは首領格の魔種として、トイラはヌイよりは格は落ちるものの耐久型の魔種として、いずれも潤沢すぎるほどの生命力を有していた。だが、攻撃を仕掛けても傷を癒やされるか、そもそも傷を負わせることも出来ない状況では、ただ一方的にその生命力を削り取られるだけだった。
そして、ヌイもトイラもあとわずかで息絶える程の瀕死にまで追い込まれた。
●賊は全て斃れた
(もうすぐ、彼の力は尽きる。それなら――)
(ぐっ……また、これかっ! しかも……!)
イズマの癒やしを担っていたルチアだったが、最早ヌイに余力はないと見て攻勢に出た。敵を圧搾し串刺しにする魔空間の中に、ヌイを呑み込んでいく。この魔空間自体は、カインがこれまで何度もヌイに使ってはいた。だが、それを今まで癒やしを中心としてきたルチアが使ってきた事実に、もう自身を倒せると判断されたのだと認識し、苛立った。
「しかも、何だ? 癒やし手が攻撃に回ってきたのが、意外だったか? アンタは、もう此処で終わるんだよ!」
魔空間から解放されたばかりのヌイに、シラスは魔力を纏わせた拳の連打を叩き付けた。
「がっ……ぐぁ……」
顔面を、胸部を、腹部を、何度も殴りつけられたヌイは、ただ呻くしか出来なくなっていた。何とか戦意を奮わせようとしても、脚はダメージのためにガクガクと震えて、斧槍を杖代わりにしなければ立つこともままならなくなっている。
「裁きの下る時間だぜ。俺達にとって大事な慰霊祭を狙った罪、アンタの命を以て贖わせてもらう!」
己が血を用いて魔法陣を描いたヨハンナは、自身の憤激を体現したかのような猛烈に燃え盛る紅蓮の炎を魔法陣からが吹き出させ、ヌイを包み込ませた。ヌイは身体全体を灼かれる痛苦に、背を仰け反らせて悶え苦しんだ。
「これ以上、慰霊祭を中断させたままにしたくないからね。ここまで来たら、一刻も早く斃れてもらうよ」
これまで何度もヌイを呑み込み、責め苛んできた魔空間を、カインは再度展開する。魔空間はヌイをその中へと呑み込むと、延々と責め苦を負わせ続けた。
ようやく魔空間から解放されたヌイを、ソアの爪が襲う。
「獲物を狩る側の気分で此処に来たんだろうけど、狩られる獲物の側になった気分は如何かな?」
ソアはそう問うては見たものの、喉を灼かれているヌイは言葉を発することは出来ず、ただ屈辱と痛苦に顔を歪めるだけだった。もっとも、もうすぐヌイはそれさえも不可能となるだろう。
「死者に目を向け、生き残る己を省みる――それこそが、本当の強さだと知れ!」
イズマは残る全ての気力を費やして、全てを包み込むような眩い無限の光を発した。白く眩い光が、この場にいる全ての者の視覚を一瞬、奪い去る。戻ってきた視覚でこの場にいる者達が見たのは、白い光の中でボロボロと外側からその形を崩されて、消滅していくヌイの姿だった。
「おのれ――貴様等!」
ギリ、とトフレが、首領たるヌイを護れずに斃された屈辱と憎悪に歯噛みする。だが、トフレもまたトイラやヌイの後を追って斃れる運命にあった。
「何の目的があったか知らんが、弱者にしか手を出せないならばずっと隠れていれば良かったものをな!」
錬は引導を渡すが如くトフレに告げながら、式符を用いて五行相克の循環を象った斧を鍛造した。そして、五行の循環により生じた膨大な魔力を叩き付けるように、斧でトフレの身体を横薙ぎに叩き斬った。ザックリと横一文字に、斧はトフレの腹部を深々と斬り裂いた。最早死に体となったトフレは、大盾を持つ力さえも喪ったのか、大盾を手放してガクリ、と地面に膝をつく。
「これが、貴方が聴く最期の歌――!」
トフレに止めを刺すべく、涼花は邪なる者に裁きを与え、その身を穿ち苛む破邪の歌を歌った。朗々とした、荘厳な歌声が周囲に響き渡る。その歌声を聞いたトフレは、耳を塞ぎながらゴロゴロと地面をのたうち回り悶え苦しんだが――すぐに、二度と動かなくなった。
慰霊祭を狙い襲撃してきた賊は、イレギュラーズ達によって犠牲者を出すことなく、全て討ち果たされたのだ。
●イズマの鎮魂歌
賊の襲撃によって中断された慰霊祭は、討伐完了から少し時間を置いて、再開された。司祭が厳かな雰囲気で慰霊祭を進める中、時折すすり泣く声が聞こえる。
(死者を弔うのは死者の安寧を願うと同時に、生者が死に折り合いをつけるための儀式なのだろうな)
すすり泣いている参加者達の嗚咽を聴きながら、イズマはそんなことを考えていた。
悲しみから逃れるために死者を忘れる必要はなくて、少しずつ悲しみを乗り越えていければ、それでいい。畢竟、生者に出来る事、生者が為すべき事は、死者の分まで精一杯生き抜く事なのだ。
慰霊祭の最後に、そんな思いを込めてイズマは鎮魂歌を奏でた。
亜鉛製のベル「ラメント・ジンク」の、哀しみに寄り添うかのような繊細な音色が、ワトーの街だった一帯に響き渡る。その音色に合わせるように、イズマと、涼花が歌い始めた。
「うっ……く、ううっ……」
「ひっく……ひっく……」
ラメント・ジンクの哀しみに寄り添い慰めるような音色と、それに合わせたイズマと涼花の歌声からなる鎮魂歌を聴いた参加者達は、程度に差はあれども皆、これまで堪えていたものが堪えきれなくなった様子で嗚咽を漏らし始めた。
「うあっ、ああああ……父さん、母さん……ルビーン、アダマス、フローライト……街の皆……あああああっ!」
ニフリートの泣き声は、その中でも特に大きかった。こんなに感情のままに泣きじゃくるニフリートをヨハンナは見たことがなく、その姿に驚きこそしたものの、きっとこれでいいのだと言う直感が何故かヨハンナにはあった。
鎮魂歌が終わり、ひとしきり泣いた参加者達が解散すると、目を真っ赤に泣き腫らしたニフリートがヨハンナに微笑みかけ、礼を述べた。
「私のために、ここまでしてくれてありがとうございます。おかげで、これから前を向いて生きて行けそうです。――そうでなければ、父さんや母さん、ルビーン、アダマス、フローライト……そして街の皆に、怒られそうですからね」
「そうか。それはよかった……けど」
精霊達の声は再び聞けるようになったのか、そう問おうとしたヨハンナだったが、ニフリートが心此処にあらずと言った様子なのに気付く。
「……不思議な声が、聞こえるんです。よかった、よかったって喜ぶような声が」
「ニフリート……もしかして!」
「ぼくらの声が、聞こえるんだね!?」
精霊達の声をニフリートが聞き取った、その事実に、ヨハンナも精霊達も喜色を浮かべた。
「みんな……みんな、なのかい?」
「そうだよ……あの日からも、ぼくらはずっとニフリートの側にいたんだよ!」
精霊達の声に、ニフリートは何で今までそんな大事なことを忘れていたのだろうと、不思議そうに思う表情を見せた。だが、ニフリートにはそれよりも先に、精霊達に言うべきことがあった。
「そっか……ずっと、気付かなくてごめん。……ただいま。みんな」
「「「――おかえり! おかえり! ニフリート!!」」」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。
皆さんの活躍により、参加者からは誰も犠牲者を出すことがなく慰霊祭は成功し、ニフリートも再び精霊達の声が聞こえるようになりました。
MVPは、トイラの防御技術をマイナスにまで引きずり落とすことで被ダメージを増加させ、速攻に貢献した点をポイントとして、ソアさんにお送りします。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
お久しぶりです、緑城雄山です。
鉄帝編終了より大分時間が空いてしまいましたが、鉄帝編の後日談となるシナリオをお送りします。
襲撃してきた賊を排除し、慰霊祭を成功させ、ニフリートが精霊達の声を再び聞けるようにして下さい。
【概要】
●成功条件
魔種3名の死亡
●失敗条件
・司祭の死亡
・慰霊祭参加者5名以上の死亡
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
廃墟と化したワトーの中心部付近。時間は昼間、天候は晴天。
建物等はある程度整地されているため、遮蔽になるような建物などはありません。
環境による戦闘への補正はありません。
●初期配置
トフレ隊←40m→イレギュラーズ&慰霊祭参加者←40m→トイラ隊
↑
40m
↓
ヌイ隊
●選択肢に関して
今回、初期配置を見てのとおり、敵は3方向から襲撃してきます。
戦闘開始時に、それぞれどの部隊に対峙するかの選択をお願いします。
【敵】
●ヌイ・セマーカ
新皇帝派の残党にして、憤怒の魔種です。
新皇帝バルナバスが倒されてからは目立たないように潜伏しつつ、同じ新皇帝派の残党やその他の荒くれ者、ならず者達を率いて、潜伏してきました。
今回、ワトーでの慰霊祭の話を聞いて、その参加者達を殺戮せんとしています。
個人的な武力に加え、集団を率いる統率力もあります。特に、味方を鼓舞する指揮、号令は厄介でしょう。
能力傾向はハイバランス。全般的に能力が高く、弱点と言える弱点は見当たりません。
・攻撃能力など
血塗られた深紅の斧槍 物近単 【邪道】【鬼道】【出血】【流血】【失血】
薙ぎ払い 物近範 【邪道】【鬼道】【出血】【流血】
衝撃波 物遠範 【邪道】【鬼道】【出血】【流血】
救済の儀法(単) 神特単 【副】【付与】【治癒】【BS回復】
卓越した指揮能力と儀式じみた言霊によって、味方単体にかかっているあらゆる悪影響をほぼ確実に除去します。
救済の儀法(域) 神特特 【副】【付与】【治癒】【BS回復】
卓越した指揮能力と儀式じみた言霊によって、戦場全域の味方全てにかかっているあらゆる悪影響を除去します。
対象が大幅に拡大している分、単体に対して発動するよりも成功率は下がっています。
●トイラ・ドンハ
ヌイの右腕たる魔種です。属性はヌイと同じく憤怒。
神秘攻撃と命中が極めて高くなっていますが、回避、防御技術は然程ではありません。
炎系の魔法を得意としており、範囲と距離を自在に使い分けて撃ってきます。
・攻撃能力など
短剣 神至単 【出血】【失血】
護身用の短剣です。ですが、魔力によって強化されており、神秘攻撃が威力のベースとなります。
爆炎魔術 神/至~超遠/単~域 【邪道】【鬼道】【火炎】【業炎】【炎獄※】【紅焔※】
爆炎を発する魔法によって敵を攻撃します。
威力と【邪道】【鬼道】の数値は、対象が絞られるほど高くなります。
また、【紅焔】は範囲が単の時にのみ、【炎獄】は範囲が単と範の時にのみ適用されます。
●トフレ・ドンハ
ヌイの左腕たる魔種です。属性はヌイと同じく憤怒。
生命力と防御技術、特殊抵抗が極めて高く、再生能力も有しているタンク型です。
一方で、攻撃力も魔種なりのものを有しています。
・攻撃能力など
シールドチャージ 物近単 【邪道】【鬼道】【乱れ】【崩れ】【体勢不利】【崩落】
大きな盾を構えて突撃し、体当たりします。その勢いは、堅い守りも衝き崩す程です。
BS緩和
再生能力
●賊 ✕30
ヌイが率いる賊達です。元新皇帝派軍人だったり、ならず者や荒くれ者だったりします。
ヌイ、トイラ、トフレがそれぞれ10人ずつ率いています。
総じて、生命力と防御技術と物理攻撃力は高く、回避と反応は低くなっています。
武装は白兵用、射撃用ともに有しています。
【関係者、他】
●ニフリート・リエース
レイチェルさんの関係者です。故郷であるワトーをノルダインに滅ぼされて以来、鉄帝軍の軍医として勤務しています。
鉄帝編では、魔種を治療するために連行されようとしたり、反転したりしかけました。
かつては精霊達に愛されて精霊達の声を聞くことが出来ましたが、ワトーを滅ぼされて以来
その声を聞くことが出来なくなり、鉄帝編が終了して相当の時間が経過した今もそれは変わりません。
今回、レイチェルさんが称号スキル「ニフリートに希望を見せし者」を装備している限り、
シナリオが手酷く失敗しない限り、反転することはありません。
一方で、ニフリートが精霊達の声を再び聞けるようになるかどうかは、「どれだけ良い状況で」依頼を成功させたかで決まります。
単に依頼に成功しただけでは、精霊達の声を再び聞けるようになるとは限らない点に、ご注意下さい。
詳細については、こちらの設定委託『故郷のない軍医』(https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/4174)をご覧下さい。
●司祭 ✕1&慰霊祭参加者 ✕20
慰霊祭で儀式を担当する司祭と、ワトーを滅ぼされた際の犠牲者の親族達です。
戦闘開始時点では、慰霊碑を中心に寄り添うように集結しています。
司祭、慰霊祭参加者共に、鉄帝人らしく頑健であるため、魔種3人を除く賊によるものであれば
一度攻撃された程度では死亡したりすることはありません
(が、複数回攻撃を受ければ、生死はその度に怪しくなっていきます)。
【選択肢とサポート参加】
●選択肢について
今回、敵が3方向から襲撃してくる関係で、戦闘開始時にどの隊に対峙しているかの選択をお願いします。
詳細は、選択肢についての説明をご覧下さい。
なお、この判定には後述するサポート参加の方の分も含まれますので、サポート参加の方も
選択肢についてプレイングに明記をお願い致します。
●サポート参加について
今回、サポート参加を可としています。
シナリオ趣旨・公序良俗等に合致するサポート参加者のみが描写対象となります。
極力の描写を努めますが、条件を満たしている場合でも、サポート参加者が非常に多人数になった場合、描写対象から除外される場合があります。
それでは、皆さんのご参加を待ちしております。
最初に対峙する敵部隊について
以下の選択肢の中から、戦闘開始時に対峙する敵部隊を選択して下さい。
戦闘序盤は、基本的には選択した敵部隊を相手に戦闘することになります。
ある選択肢を選んだ人数が0である場合、あるいは選択肢を選んだ人はいても
そのプレイングが敵を止められるような内容でなかった場合、その選択肢の隊からの
慰霊祭参加者への攻撃を許してしまいますので、ご注意下さい。
サポート参加の方の選択肢、プレイングもこの判定に含まれます。
なお、これはあくまで戦闘開始時についてのものであって、
戦闘中ずっとその部隊に対峙し続けなければならないわけではありません
(戦況に応じて、対峙する部隊を変更するのは構いません)。
【1】ヌイの隊に対峙する
戦闘開始時、ヌイ、及び彼が長として率いる部隊に対峙します。
【2】トイラの隊に対峙する
戦闘開始時、トイラ、及び彼が長として率いる部隊に対峙します。
【3】トフレの隊に対峙する
戦闘開始時、トフレ、及び彼が長として率いる部隊に対峙します。
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