PandoraPartyProject

シナリオ詳細

敗走者、ハルジオン。或いは、影狼の縄張り…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●敗走者・ハルジオン
 “元少尉”ハルジオン・ランチは敗走者である。
 審判の門での1件においてイレギュラーズに敗北し、アサクラ隊に所属していた頃より共にある仲間たちも、1人を除いて失った。
 ハルジオン。そして、部下のギネコは両者ともに重症を負い、自慢の透明化魔術さえも満足に行使できないような有様だ。
 失ったものは多く、得たものは無い。
 それでも、生き延びなければいけない。任務に失敗し、仲間の多くを失っても、ハルジオンは拾った命を無駄にできない。
 ここでハルジオンが死んだなら、アサクラ隊の仲間たちの存在を誰が覚えておくというのだ。彼らの戦いは決して後世に誇れるものでは無かったかもしれない。敗戦の記憶を人に語りたいとも思わない。
「だが、覚えておかなければいけない」
 ハルジオン・ランチという1人の男が率い、そしてその想いに殉じた勇敢な男たちのことを。
 アサクラ隊という、時代に翻弄されて潰えた勇猛果敢な戦士たちのことを。
 誰に語るわけでも無いが、記録に遺すわけでも無いが、せめて生き残ったハルジオンだけでも、彼らのことを覚えておいてやらねばならない。
 どこにも無い彼らの墓に、酒の1つも手向けてやらなければならない。
 そのために生きるのだ。
 痛む身体を引き摺って、渇いた喉を唾液で湿らせ、夜を超え、朝を超え、歩き続けて生きねばならない。
「だから、死ぬなよ。拾った命を無駄に散らすな」
 口数の少ない仲間へ告げる。
 疲労が限界に近い。顔色も悪く、もはや死の縁に辛うじて引っかかっているような状態だ。
 だが、生きている。
 生きているのなら、死なせない。
「隊長……俺のことは、もう」
「いいわけが無いだろう。ハルジオン部隊は命を惜しまない。任務に殉じる覚悟がある。そして、死した仲間の意思を決して無駄にはしない。そう教えたはずだ」
 そう言ってギネコの肩に手を回す。
 支え合うようにして荒野を進む。
 だが、一体、いつまで歩けばいいのか。
 果ての無い荒野が、どこに続いているのかもしれない。夜を超えた先に、何があるのかも知れない。
 歩き続けてさえいれば、生きてさえいれば、どこかに辿り着けるだなんて楽観的な考えは、とっくの昔に消え去っている。
 加えて……。
「……追って来た」
 背後から幾つもの足音が聞こえる。
 荒野に入ってからずっと、遠くから感じていた姿の見えない魔獣の足音だ。
 まったくもって笑えない。
 姿を消して、音も無く背後に忍び寄り、人知れず命を奪うハルジオン部隊が、姿の見えぬ敵に怯える日が来るなんて思わなかった。
「すっかりケチが付いたな。恨むぞ……イレギュラーズ」
 奥歯を強く噛み締めて、ハルジオンはそう呟いた。

●闇に紛れる魔獣
「リアさん、リアさん。ちょっとご相談なんっすけど」
ある日の夕時。沈む夕日をぼんやり眺めていたリア・クォーツ(p3p004937)に声をかける者がいた。
彼女の名はイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)。
イフタフがローレットの情報屋となる以前よりリアとは既知の仲である。
「あら。ご飯、ちゃんと食べてるの?」
 ここ最近の激務のせいか、イフタフの顔色は悪い。リアは即座にそれを見抜いて、冗談めかしてそんなことを口にした。
 苦笑いを浮かべたイフタフは、肩を竦めて苦笑い。それから自分の頬に手を触れ、首を傾げた。
「そんなに疲れて見えるっすかね? まぁ……疲れちゃいるんですけど」
 溜め息を1つ。
 それからイフタフは、懐から1枚の書類を取り出してリアへと渡す。
「……魔獣討伐?」
「そうっす。天義の荒野に住み着く魔獣の群れなんっすけど、ここ最近、動きが活発みたいなんっすよ。でも、今ちょっとそっちに割ける人手が無くて対処に困っているそうで」
「こんなゴタゴタしているんじゃ無理のないことね」
 書類に添付された写真の画像は荒い。
 月明かりの下、群れを成して荒野を駆ける獣の群れのようにも見える。だが、不可思議なことにその体は一部が夜闇に同化しているようなのだ。
「つまり動ける連中を何人か連れて、魔獣を討伐してくればいいのね?」
 魔獣の名は“影狼”。
 その名の通り“影”の性質を持つ狼で、夜闇の中では抜群の隠密性を得るという。爪や牙も厄介ながら、特に警戒すべきは肋骨の変質した黒い爪だ。
肋骨爪は【致命】【必殺】の性質を持ち、夜闇に紛れて近づいて、獲物の命を奪うのである。
「まぁ、そう言うことなんっすけどね……ただ」
 口の中でもごもごと言葉を転がしながら、イフタフはもう1枚の写真をポケットから取り出した。
 写真に映っているのは2人の男。
 2人ともが大きな怪我を負っている。
「こいつ、見た顔ね」
「っすよね。なんでリアさんにお話を持って来た次第で」
 写真に映っているのは、アサクラ隊の“元少尉”ハルジオン・ランチとその部下だ。
 つい先日、リアたちと一戦、交えた“敵”である。
 その際、リアは生き残ったハルジオンと部下の1人を見逃した。撤退を選択した2人は、どうやら魔獣の住む荒野へと逃げ込んだらしい。
「まだ生きてるかは知らないっすけど、もしかしたら現場で逢っちゃうかもっす」
「逢っちゃうかもっす……かぁ。恨まれていても仕方ないのよね」
 何しろリアとイレギュラーズは、ハルジオンの部下3名を殺害している。
 もっとも、ハルジオンの方もイレギュラーズの協力者である傭兵たちを殺めているわけだが。まぁ、そう言うものだ。戦争とは、そういうものだ。
 やったらやり返される。
 どちらかが死ぬまで終わらない。
 因果は巡る。狂気は伝染し、繰り返す。
「ま、上手くやるわよ」
 とは言うものの。
 重症のハルジオンへ向け“次は無いわ”と、別れ際にリアはそう告げたのだ。
「この場合は、どうすべきやら」
 思ったよりも早くに“次”がやって来たのは、少々、バツが悪かった。

GMコメント

※こちらのシナリオは『<神の門>監視者、ハルジオン。或いは、極秘任務発令…。』のアフターアクション・シナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10272

●ミッション
魔獣“影狼”の数を半数以下まで減らすこと

●エネミー
・影狼(魔獣)×40
狼のような姿をした魔獣。
夜闇に溶け込み、同化する能力を持つ。
狼らしく群れで狩りをする。

影狩:物近単に中ダメージ、致命、必殺
 肋骨を変質させた黒い爪。

●NPC
・ハルジオン&ギネコ
アサクラ隊の“元少尉”ハルジオン・ランチとその部下、ギネコ。
イレギュラーズと交戦の末、敗走。
現在は天義のとある荒野を移動中。
両者とも重傷を負っており、満足に戦えないし走れない。
イレギュラーズに恨みを抱いている可能性がある。

●フィールド
天義のとある荒野。
時刻は夜。
魔獣“影狼”の縄張りであり、滅多なことでは人が近づかない。
そのため道らしいものは存在せず、また正確な地図なども存在しない。
そこかしこに見上げるほどの大岩が転がっており、死角が多い。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 敗走者、ハルジオン。或いは、影狼の縄張り…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年11月14日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
※参加確定済み※
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ

●荒野を歩く
 渇いた風が吹いている。
 夜。冷えた空気が肌に少し痛かった。
 荒れた地面に残る足跡は人間のものだ。
「この辺りは灯りになるようなものもないし、見通しもよくないですね……魔獣としては絶好の住処なのでしょうか」
 人影も、獣の影も見えないが、この辺りは影狼という魔物の住処である。『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は周囲の様子を警戒しながら、そっと両手を頭上へ伸ばす。
 その小さな手の中から、1羽の小鳥が飛び立った。
「んと。小鳥を飛ばすですよ。上空から魔獣とハルジオンさん達の居場所を掴めるか試してみるです」
 ハルジオン・ランチ。
 足跡の主の名である。
 ハルジオンの性別も、人相も、今現在どういう状態なのかも、そしてある程度の経歴も既に判明している。
「思ったよりも早く再会する事になったわね」
 『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)が言葉を零す。ハルジオン・ランチのことは知っている。以前に1度、敵対し……そして、リアがその命を見逃した男の名である。
「敗残兵を救うか否か、という話か」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)も、リアとハルジオンの関係……関係と呼ばれるほどに深いものでは無いが……は聞き及んでいる。
 そして、リアが何を考えているのかもある程度は予想が出来た。
「もしかしたらまたどこかで会うのかも、と思っていたアサクラ隊の二人ですが、こんなにすぐ再会することになろうとは」
「あぁ、リア達を暗殺しようとしてた奴らだったか」
 『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)と『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)がリアの方へ視線を向けた。
 依頼主はイフタフであるが、依頼の詳細自体はリアか説明があった。
 リアなりに、ハルジオンという男に対して思うところがあるのではないかと案じているのだ。むろん、思うところがあるからと言って、まったく役に立たなくなるとか、そんな甘い女性で無いことも理解しているが。
「答え自体はもう出ているのだろう? なら、後は迷いを捨てるだけだ」
 仲間たちを代表して汰磨羈が告げる。
「……色々と思う所はある」
ポツリ、とリアが言葉を零した。
「でもあたしは、例え傲慢であったとしても救える命は救いたいから……だから、彼らは必ず助ける」
 その声に迷いはない。
 ただ、強い意思だけがあった。
「……僕は……襲われてる人とは関わりがないけど……怪我してるなら助けないとね」
 リアの右手を『玉響』レイン・レイン(p3p010586)が掴んだ。少し湿った、冷たい手だ。
 けれど、不思議と温かい。
「例え敵であっても、怪我人が襲われているのを見過ごすなんてできないよね! 探し出して助けてみせるよ!」
 リアの左手を『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が掴んだ。
 傷だらけの手だ。彼女もまた、リアと共に幾つもの戦場を渡り歩いた“戦友”である。
 1人では無いのだ。
 そして、影狼という獣とて、狂暴ではあるが強力と言うほども無い。
「ふぅ」
 思うところがあるとはいえ、今、優先すべきは「影狼の討伐」という任務の方では無かったか。そう思えば、少しだけ脳の回りが速くなったような気がする。
「あ! 見つけたです! 人影と、獣の姿!」
 メイが西の方角を指差す。
 その声を耳にした一行は、同時に荒野を駆け出した。

●荒野の魔物、影狼
 影狼という魔物について、ハルジオンは多少のことを知っている。
 その名の通り“影”の性質を持つ狼で、夜闇の中では抜群の隠密性を得る。例えば、地面に落ちた影や闇と体の一部を同化させる能力を持ち、足音も無く獲物の背後へ近づくのだと言う。
 日中に活動することは少ないが、夜間となれば活発に群れでの狩りに繰り出すらしい。
 今しがた、ハルジオンとその部下・ギネコが置かれた状態がまさにそれだ。
「隊長。これは、無理じゃないですかね」
「無理だと思う局面なんて、これまで何度もあっただろう」
 口ではそう言うけれど、実際のところハルジオンの胸には少しの諦めの念が浮かんでいた。影狼の数は多く、逃げ場も無いほどぐるりと2人の周囲を取り囲んでいる。
 過去にも似たようなシチュエーションに陥ったことはあるものの、その時は、ハルジオン部隊の仲間たちがいた。
 今はいない……死んでしまったからだ。命を落とした仲間たちの顔を思い出す。
 その笑顔を、名前を、きっとハルジオンは生涯忘れることは無いだろう。
 ハルジオンがナイフを抜いた。
 暗殺部隊仕様として、マットブラックに塗装されたナイフだ。刃こぼれしており、そう何度も斬れないだろうが……まぁ、丸腰よりは幾分かマシだろう。

 影狼を2匹。
 ハルジオンとギネコが仕留められたのは、たったのそれだけ。元々、2人は先の戦いで重傷を負っていたのだ。加えて、装備のほとんども持ち出せないまま、飢えと渇きに耐えてここまで逃げてきた。
 戦えるような状態じゃないのだ。
 だから、腕を切り裂かれ、脇を裂かれ、足首の皮膚を食いちぎられた。
 ギネコを庇うように前へ出たハルジオンの手からナイフが落ちる。
「スネグラチカ。ゲルター。B・ハーレー……結局、俺もここで終わりらしい」
 涎を垂らし、目を血走らせて駆け寄って来る影狼たちを睨みつけ、ハルジオンはそう告げた。誰に向けた言葉かと言えば、既に亡くなった……そして、一足先に逝った仲間たちへの言葉である。
 ハルジオンの腹へ、影狼の爪が迫る。
 肋骨の一部が変化した、黒く禍々しい長い爪が。
 あれに裂かれれば腹が破れる。内臓が零れる。零れた内臓を、影狼たちは喰らうのだろう。
 けれど、しかし……。
「伏せていろっ!」
 女性の声。
 次いで、地面を抉り吹き荒れる魔力の砲が影狼たちの包囲に小さな穴を穿った。

「……いた」
 夜闇の中に獣の吠える声が聞こえた。
 レインが指差した先……闇夜のせいで姿は良く見えないが、獣の群れが何かを襲っていることだけは理解できる。
 何か……おそらく、ハルジオンたちアサクラ隊の残党だろう。
 血の匂いもする。状況はあまり良くなさそうだ。
「突破口を開く必要があるな」
 地面に足を滑らせながら汰磨羈が急停止。淀みの無い動作で腰の鞘から太刀を引き抜き、流れるように下段に構える。
 ごうと魔力が渦を巻く。
 構えた刀に、眩いほどの光が灯った。
 その間に、リアとスティア、チェレンチィ、ルカの4人が影狼の群れへ向け疾走を開始。汰磨羈が必ず影狼の群れの連携を乱してくれる、突破口を開いてくれると信じているのだ。
 信用では無く、信頼という名の絆があった。
 独立した個々の実力を信じられるからこそ、イレギュラーズは“群”としての強さを誇る。
「話が早くて助かるよ……さて。伏せていろっ!」
 踏み込みと共に太刀を振るう。
 刀身に宿る膨大な魔力が解放された。
 解き放たれた矢のように。
 地面を抉り、空気を切り裂き、魔力の砲が影狼の群れを飲み込む。

 影狼たちの反応は、大きく分けて以下の3通り。
 ある個体は、魔力の砲に巻き込まれて地面を転がる。
 ある個体は、突然のことに驚いて、オロオロと周囲の様子を窺う。
 そして、ある個体は、新たな獲物の出現を察知しイレギュラーズへ襲い掛かった。
 その数は2匹。
 うち1体はルカが押さえた。
 残る1匹はリアとスティアへ襲い掛かった。粉塵に紛れての接近である。反応の遅れた2人に牙と爪が迫るが……直後にザクリと肉を裂く音が鳴り、影狼が地に落ちた。
 傷は浅い。
 血の雫を撒き散らしながら、影狼が地面を転がる。
 その後を追う黒い影。
 足音も無く、地面を這う……否、地面すれすれを飛ぶかのように黒い影が疾駆する。その両手には2本の刃。
 ナイフとダガーが振るわれて、影狼の喉を深く斬り裂いた。
 今度こそ致命傷に違いない。呻き声さえ漏らさぬままに、影狼が息絶えた。
「さて……恨みを抱いている可能性がある、といっても、それなりに重傷を負っているようですから」
 チェレンチィたちの接近に、そろそろハルジオンも気が付いただろう。
 光源を確保するべく発光しているレインもいる。ハルジオン部隊の特性を考えれば、この程度の光量があればリアの顔を視認するのはわけないはずだ。
「積極的に此方に何かを仕掛けるということは無いでしょう」
 もっとも、この状況でハルジオンがリアを敵と認識することは無いはず。
 そう判断したチェレンチィは、姿勢を低くし影狼の群れのただなかへと斬り込んで行く。

「な……なんだ? 救援? 俺たちにか?」
「いや、ギネコ……救援とも言い切れないようだ」
 ハルジオンの視線はリアの方に向いている。
 その顔には覚えがあった。きっと、死ぬまで忘れることは無いだろう。
 仲間たちの命を奪った者の1人だ。
 死の縁にいるハルジオンとギネコに情けをかけた憎き女の顔である。今度こそトドメを刺しに来たのかとそう思った。
 1度、見逃されたからと安心してはいけない。例えば上官命令などで口約束は容易く反故にされるものだとハルジオン走っている。
「……近づいて来るのは、誰だ?」
 影狼たちの間を抜けて、光る何かが近づいてきた。
 レインである。
「……大丈夫……?」
 どこかぼんやりとした様子で、レインは問うた。
 ハルジオンたちの身を案じているのは分かる。
「俺たちが誰か、聞いていないのか?」
 ハルジオンは問うた。
 レインは少し思案して、首を傾げた。
「聞いてるけど……知らない。獣に襲われてるだけの人だから……少なくとも今は……僕が守る対象だと思ってるよ」
 その言葉に、きっと偽りは無いのだろう。
 少なくとも、ハルジオンの直感はそう告げている。
「しかし……何も、わざわざ危険な場所に入って来なくとも」
「お話は後にするです!」
 ハルジオンの言葉を、メイが遮った。
 ハルジオンとギネコの傷を確認し、メイはハルジオンの横へと回る。
「何を……!」
「あとでメイがお怪我を治すです。今は向かってくる魔獣たちを何とかしてくるですから、暫く持ちこたえてほしいですよ!」
 ハルジオンとギネコの手に水の入ったボトルを渡し、自身はハルジオンの脇に肩を入れて立ち上がらせた。
 見れば、ギネコの方にはレインが肩を貸している。
「敵だぞ、俺たちは」
「ちょっと前までの話です。事情は分からないですが。せっかく生き永らえたのですから、どうか命を大事に生きてほしいですよ」
「うん……僕が居れば……多分敵、近くに来れないから……皆も居るし……来ても、守れるから」
 取りつく島が無いとはこのことだ。
 ハルジオンの言葉を無視して、メイとレインは2人を戦場から運び出す。
 これだ。
 イレギュラーズの、この感じが……“折れず、曲がらぬ強い意思”がハルジオンは苦手なのだと、この時、初めて自覚した。

 弱った者から狙うのが狩りの鉄則だ。
 リアとスティアが敵を引き付けている中、耳と鼻の良い影狼はハルジオンたちが戦場から退避しようとしていることに気が付いた。
 踵を返し、逃げようとするハルジオンたちに襲い掛かった。
 脇から伸びる黒い爪が、夜闇の中で不気味に光る。
 足音は無い。移動速度は思いのほかに速かった。
 爪がメイの眼前に迫る。
 その爪が、メイの顔を引き裂く前に、影狼の胴が剣で2つに裁たれた。
「お前も、あの女の仲間か」
 影狼を斬ったのはルカだ。
 ハルジオンが、敵意と疑心を混ぜ合わせたような目でルカを睨んだ。
「ま、アンタらも言いたい事はあるだろうがまずはコイツラを片付けてからにしてくれよな」
 軽く頭を掻いたルカは、それだけを言い残すと踵を返して戦場へ戻って行った。

 影狼たちの視線は、まっすぐスティアへ向いている。
 スティアを中心に鳴り響く、鐘の音色に惹かれているのだ。
「私たちは影狼の抑えを担当だね」
 そう言ってスティアは杖を掲げた。
 淡い魔力の燐光が散って、前線に立つリアの体に降り注ぐ。スティアがそうして傷の治療を続ける限り、リアが倒れることは無い。
 細剣を手に、舞い散る炎を纏ったリアが影狼の爪を受け止めた。闇雲に振り回される爪に腕を裂かれて、渇いた大地に血が滴った。
 そうして影狼を押さえる2人のすぐ後ろを、レインとメイ、ハルジオンとギネコが逃げて行く。ハルジオンと、リアの視線が交差した。
「あたし達はただ魔獣を倒しに来ただけ。そして、貴方達には這ってでも生きる理由があるのでしょう? なら、生きる為にあたし達を利用して賢く立ち回る事ね」
 ハルジオンが何か言葉を紡ぐより先に、リアが言葉を投げかける。
 会話はしない。
 そんな余裕は無い。
 汰磨羈とルカが加勢に加わったが、依然として数の上では影狼たちの方が優勢であることに、何ら変わりはないのだから。
「彼らを死なせはしない」
「こんな所で死なせたくないしね」
 声を揃えて、リアとスティアが腕を伸ばした。
 2人の間を駆け抜けようとした影狼が、腕に阻まれ踏鞴を踏んだ。

 一瞬の隙が命取になることもある。
 四方から同時に影狼たちが駆け出して、リアとスティアに襲い掛かった。ある個体は爪を、ある個体は牙を……どちらにせよ、当たれば血が流れることは間違いない。
 けれど、しかし……。
「うちのお姫様方はお前らの餌には勿体ねえよ!」
 ドロップキックが、影狼の側頭部を蹴り抜いた。
 ルカである。
 着地と同時に剣を唸らせ、次の獲物へ一気呵成に跳びかかる様はまるで獣のようだった。
 ルカから逃れるためだろう。何匹かの影狼の身体が地面に……影の中に沈む。
 だが、その身体が完全に影と同化するよりも速く、汰磨羈が地面に刀を刺す。
「吹き飛ばすぞ。誰かトドメを!」
「ボクがやります。確実に仕留めますよ」
 地面から引きはがされた影狼が宙を舞う。
 落下地点に回り込んだのはチェレンチィだ。
 誰もが傷を負っている。
 血の匂いが辺りに充満している。
「治療するね! もう少しだから、頑張ろう!」
 スティアが頭上へ杖を掲げる。
 渦巻く魔力が空気を震わす。
 燐光が、失われた体力と、その身に負った傷を癒した。

●潰走者
 群れの6割近くを失い、影狼たちは逃げ出した。
 狩る者と狩られる物の立場が逆転したからだろう。
 逃げて行く影狼を見送って、一行は避難していたハルジオンたちの元へと向かった。傷の手当てを受けているようだ。ハルジオンたちが、すぐに死ぬようなことは無いだろう。
「助かった。ありがとう」
 傷の確認をするスティアへ、ハルジオンが礼を言う。
「もし今回の事を恩を感じたなら危ない目に会ってる人を見つけたら助けてあげてね」
「殺し、殺され。報復の応酬は、確かに戦争の常だ。だが、それは絶対のルールなどではないということだな」
 かつては敵同士だっただろう。
 だが、戦いは終わった。
 ここにいるのは、影狼に襲われていた旅人と、影狼の討伐依頼を受けたイレギュラーズだけだ。
「そっちの……お前も」
「そう言えば自己紹介してなかったわね。あたしは幻想の修道女のリア・クォーツよ」
 レインとメイから水と薬を受け取りながら、ハルジオンはリアへと声をかけた。
 その瞳には、消えることの無い恨みの念が渦巻いている。
 それと同時に、幾らかの感謝も。
 リアは小さな溜め息を零して言葉を続けた。
「これは情けでも償いでもない。特異運命座標は時に敵であり時に味方である、そういうものだから……出来れば、次に会う時は敵じゃない方がいいけどね」
「つーかよぉ。お前ら行くとこあるのか? ないならウチの傭兵団に来るか?」
 リアとルカの言葉を聞いて、暫くの間、ハルジオンは沈黙していた。
 それから、傷だらけのギネコを見やる。
「……意地を張っても仕方がないか。しばらく、厄介にならせてほしい」
 そう言って、ハルジオンは頭を下げた。
 ただし、その瞳には決して隠すことのできない無念や後悔、恥辱の念が宿っていたが。
 情けをかけられたのは、これで2度目だ。
 2度も無様な姿を晒して、その上で生きているのだ。身の安全の確保を頼んでいるのだ。
 仲間たちの仇に、頭を下げなければならないのだ。
 ハルジオンの悔しさは、果たしていかほどのものだろう。
 
 苦悩するハルジオンの様子を見ながら、レインとメイは視線を交わす。
 それから、2人は同時に首を傾げた。
 まったく、不器用な生き方しかできないものだと、そんなことを思ったのである。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
影狼の討伐依頼は完了。
襲われていたハルジオンたちも、無事に救助されました。
依頼は成功となります。

この度はシナリオリクエストおよびご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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