シナリオ詳細
<伝承の旅路>ゼロ・スパイラル
オープニング
●アトリエへ
ローレット・イレギュラーズたちが、魔王城へのルートを進軍していたころ――。
一部のローレット・イレギュラーズたちは、其の進撃から外れ、とある魔法使いのアトリエへと向かっていた。
魔法使いの名は不明。ただ、『創造神』と呼ばれた彼は、ンクルス・クー(p3p007660)をはじめとするゼロ・クールシリーズの生みの親であることだけは判明していた。
「結局、ンクルス君ももとはゼロ・クールだったということなのかね」
そういうのは、恋屍・愛無(p3p007296)である。一行がこのアトリエを目指したのは、ンクルス・クーの姉妹機ともいえる『ビーン・ニサ』からの忠告であったといえた。
「そう……みたいだね。ううん、作られたもの、という認識はあったけど、ゼロ・クールであったとは、実感がわかない……かも」
「俺とは違うタイプのレガシー・ゼロだったというわけか」
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)がそういう。ブランシュは、混沌で生まれた秘宝種、ということになる。人間としての分類は同じだが、生まれた場所が違うというような形になるのだろう。
「だが……なぜだろうな。どこか……ここには、懐かしい感じがする」
そういうブランシュが、工房(アトリエ)を覗き見る。奇妙なことに、『つい最近まで稼働していたかのような』生活感を、一同は覚えていた。
「ンクルスの言うことによれば」
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が声を上げた。
「創造神という者がンクルスを生み出したのも、だいぶ前……ということになるのだろう?
それに、ビーン・ニサの言い方を考えれば、創造神という者は、だいぶ前に」
わずかに言いよどんだのを察して、ンクルス・クーはうなづいた。
「殺されている、らしい、けど」
「それにしては、手が入っている」
愛無がそういう。前述したとおり、妙な生活感というべきか、ほんの少し前まで『生きていた』という、息吹、その残滓のようなものを、イレギュラーズたちは感じていた。
「誰かが使っていたのではないのか? その、ビーン・ニサ君とやらとか」
「仮に寝床にでも使っていたとしても」
ブランシュが言う。
「機械までは使わないだろう。
この製造プラントは、ほんの少し前まで動いていたような熱を感じる」
ブランシュがそういう。奇妙なところだ。ゼロ・クールの製造過程は、おおむね職人によってまちまちであろうが、なぜかこの工房には、比較的新しめの『機械』が設置されている。
「ンクルス・クーのシリーズは、ここから生まれたのか?」
ブランシュが言うのへ、ンクルス・クーはかぶりを振った。
「わからない……というのが正解だよ」
わからない。それが本当に、ンクルス・クーの気持ちだった。自分のことも、ビーン・ニサのことも。創造神という者がなぜ殺されたのかも、何もかも――。
「だが……まて、様子がおかしい」
愛無が警戒の声を上げる。同時、ブランシュの脳裏に、無数のアラートが鳴り響いた。
エルフレームシリーズの接近を感知しました。
エルフレームシリーズの接近を感知しました。
エエエエエエエエルルルルルルルルフレフレフレームレムレムレーム――。
『無数の』接近アラートが鳴り響く。
「馬鹿な! 無数、だと!?」
ブランシュが叫んだ。
「ここには、どれだけのエルフレームがいる――」
叫ぶ――同時に。現れたのは、まさに無数の、心なき戦闘用ゼロ・クールの集団であった!
「まて、あれが」
武蔵が言った。
「ブランシュ! 貴様の姉妹か!?」
「いや!? あんな連中は知らない!」
ブランシュが困惑した様子で叫んだ。
「なんだ……あの、エルフレームは、なんだ!?」
「ちょっとまって、なんだか、親近感がある――」
呆然と、ンクルス・クーがそういった。
「あれは、私の、姉妹たちだ」
「まて、状況を整理する」
愛無が、言った。
「といっても、簡単だ。奴らは敵だ。ほら」
そういった瞬間、戦闘用ゼロ・クールが、魔術とも科学ともとれぬ光線を打ち放つ。それの原理は不明なれど、少なくとも、あたりの機械を焼く程度には力を持っていることだけは確かだった。
「それで、君と、君の、オリジンを感じる。ということはだね。
あれは、君たちの技術を掛け合わせて、どこぞの誰かが作り上げた量産型なんじゃあないかね」
「って」
ンクルスが声を上げた。
「誰が!?」
「知らん。だが、君たちの縁者がヴェルギュラの陣営にいるのならば、ヴェルギュラか、それに近しい誰かだろうよ。まて、さすがに武蔵君の姉妹の感じはしないだろうね?」
「武蔵……そして、信濃は旅人(ウォーカー)だからな。技術転用はそう簡単ではないだろう」
武蔵がいう。
「だが……なんとも悪趣味な! いったい何者が……!?」
「……まさか、嫦娥、か?」
ブランシュが独り言ちた。
「心当たりがあるのか?」
「確証はない。が、奴がそうならば、このアトリエに何らかの手掛かりがあるはずだ。
ビーン・ニサが探せといったのならば、おそらく、創造神に関しても……!」
「探そう。きっと、なにかがあるはず……!」
ンクルス・クーがそういうのへ、仲間たちはうなづいた。
「その前に、奴らを突破しなければなるまい!」
武蔵が言う。今は、物言わぬ姉妹たちを撃破し、突破しなければならないのだ。
さぁ、武器をとれ! このアトリエの真実を解き明かすのだ!
- <伝承の旅路>ゼロ・スパイラル完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●ツイン、双、対、
魔術か。科学か。それ以外のものか、あるいは合わさったものか――。
正体は不明なれど、ただ『ダメージを与える』という意思と、その結果をもたらすだけの力を持っていることだけはよくよくわかっていた。
ツイン・モデル――と、ここでは呼称しよう。いずれ、この場にいるイレギュラーズたちにも、その情報は、この場所を調べた報酬として伝えられることとなる。それを先取りしてここに記すだけだが、とにかく、そのツイン・モデルたちは、『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)、そして『山吹の孫娘』ンクルス・クー(p3p007660)に、強烈な衝撃……といってもいいショックを与えていた。
「く、そっ……!」
翻弄するように飛び回るそれは、間違いなく『過去の自分』である。ブランシュは、自信を超える速度で飛来するそのモデルに、間違いなく、己のかつての姿を見ていた。
同時に――。
「こんな、ことを……!」
ンクルスもまた、目の前に立つ無感情のそれに、自分の姿を重ね見ていた。ゆっくりと立ちはだかるそれは、間違いなく、自分、或いはそれに連なる技術をもって生み出された何かに間違いなかった。
「間違いない」
ブランシュが言う。
「この子たちは――」
ンクルスが言う。
「エルフレームシリーズだ!」
と。
「私の姉妹機たちだ!」
と。
わかってしまう。どうしようもなく。頭が、心が、体が、どうしようもなく、それを認めてしまう。
自分よりはるか先に生み出されたはずの、妹たち。あるいは、弟であろうか。目の前のそれらに、性別とか、個性とか、そう言うものを規定したり考えたりする機能はないのだろう。ただただ、植え付けられた命令にのみに従う、それは、この世界で遭遇したゼロ・クールたちと近く、しかしそれよりももっと悲しいもののように思えた。
「自我がないのか……!?」
『真打』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)が、叫びながら飛び跳ねる。ちょうどそこに、砲撃タイプのツイン・モデルよりの砲火が突き刺さり、爆風をまき散らした。
「ちっ……室内戦で随分と派手にやってくれる!
量産型ゼロ・クール……! まるでオレの贋作や秋奈の偽神だ。意思のないところまでそっくり……ッ!」
再び飛び込んできた砲弾を、紫電は銃剣で切り払った。中空で、行き場を失った砲弾が爆発する。その爆風を切り裂いて、『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は飛翔する!
「そーいうの相手には一家言があるぜ~!」
いつも通りに、にぃ、と戦神は笑う。緋の刀身が砲撃タイプのツイン・モデルを一息に両断した。ばぢ、と音を立てて、ツイン・モデルが『爆発』する。
「機械も混ざってんの?」
秋奈がそういうのへ、答えたのは『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)だ。
「どうやらそのようだ」
ちらり、とあたりに視線を移す。まるで機械の製造に用いるようなそれらが散見される。ゼロ・クールの製作工程は、おそらく工房主である『魔法使い』によりけりであろうが、ここまで近代的、或いは未来的な機械工房を、プーレルジールが持ち合わせているかといえば、それも疑問だ。
つまるところ。おそらくは外部、旅人(ウォーカー)、の関与があると思われる。が、ここは神無き地であるならば、旅人(ウォーカー)の召喚などは行われないはずだ。現に、この世界の魔王イルドゼギア、旅人(ウォーカー)ではない可能性が高い……。
「……もう一度、念のため、聞くが。
君の世界の技術は使われていないだろうね?」
そう尋ねる愛無へ、頷いたのは大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)だ。
「うむ……! 私たちの技術は使われてはいないようだ。
そこは幸いといっていいだろう。
……信濃の力が加えられていたとしたら、それこそ手が付けられん」
そう、魔王軍に存在する、姉妹機の事を思い出す。
「わたしとは、系統が違いますが」
と、『幸運艦』雪風(p3p010891)が言う。
「わたしたちの様な……艦船の感じは、しません。
いえ、ブランシュさんの装備にはそれを感じます。けれど」
「ああ。俺達にも、ああいった艦船のデータを使った個体はいた。俺にも、そうだ」
ふと、そう思いだす。あの海に消えていった姉妹。
「だが――そうだな。エルフレームシリーズはそれがメインというわけではない。
可能性があるとしたら、嫦娥博士、彼女が関与しているのではないか……」
「知り合いか?」
『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)が尋ねる。
「ああ、まさか――制作者か?」
「協力者だ。というか、何故少しうれしそうなんだ?」
尋ねるブランシュへ、牡丹はうなづいた。
「解ってると思うが、アンタ、自己メンテだけじゃぼちぼちきついだろう。
制作者本人か、データが残ってれば、多少はマシになるんじゃねぇのか、ってな」
「要らん世話だ」
ブランシュが気恥ずかし気に視線を逸らせた。牡丹が、ふん、と笑った。
「ま、それもここを突破できてから、だ。
シャクヤク、つったか? 調査担当だが、体は動かしてもらうぜ」
「お任せあれ!」
『忍者人形』芍灼(p3p011289)が頷いた。
「何やら複雑な事情を感じれど、それがし、任務を忘れることはござりませぬ!
皆様方の目的、無事に達成させてみせます故――まずは、荒事と参りましょうぞ!」
「こ、攻撃、きます!」
『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)が、物陰に身をひそめながらそう言った。ビーン・ニサのそれに酷似した盾役が前方に迫り、神秘的な光線を射出する。顔をのぞかせていたフローラの頬をかすめるように、その細い光線が中空を走った。
「きます、というか……! ずっと攻撃されているのですが……!
それにしたって、うう……!」
敵の攻撃は激しい。すでに交戦からしばしの時間がたっており、数体のツイン・モデルたちは倒れてはいるものの、それでも、相手に、例えば撤退の気配や、怖れを感じる気配もない。
「やりづらい、ですね……!」
フローラが思わずこぼした。まるで感情の無く、ただ命令されるがままに動く存在。それはなまじっか人の姿をしているがゆえに、さらに不気味に感じられた。不気味の谷、という現象が存在する。目の前のそれは、間違いなく高度に人間の外見をしていたが、しかし何らかの『欠落』を感じられた。それは、プーレルジールに存在する、他のゼロ・クールたちとも違う、彼らから受ける印象とも違う、何かだった。それが、フローラの、いや、他のイレギュラーズたちにも、得体の知れない嫌悪のようなものを感じさせていたかもしれない……。
しかし、フローラにしてみれば、むしろその嫌悪をどこか申し訳ないもののようにも感じていた。例えば、彼女たちは、ンクルスやブランシュの兄弟姉妹の様なものでもあるのだ。そのような気持ちをンクルスやブランシュは感じ取っていたし、
「気にしないで」
そう言ってンクルスが笑うのへ、ブランシュもうなづいた。
「私も、確かに……ちょっと、おかしいと思うもの!」
一気に踏み込む。目の前にいる、自分と同じ構えをとる、何か。その瞳にはきっと、『何も映っていない』のだろう。それが、あまりにも悲しく、不安に感じられた。創造神、と呼ばれる、ンクルスの造物主。もし、彼、あるいは彼女が、このツイン・モデルの製作にかかわっていたのだとしたら、彼は、ンクルスを、どのように、見ていたのだろう?
ふ、と、胸に痛みが走るような気がした。だが、今は感傷に浸っている暇はなかった。目の前の『私(ツイン・モデル)』は、明確にこちらに敵意を向けている。その手は、ンクルスをつかんで、そのまま地に叩きつけるのだろう。ンクルスが、普段やっているように――。
ンクルスが自身と相対している中、ブランシュもまた、自身と相対していた。自分よりはやい、過去の自分。それは、自分の成長を感じさせる一方で、過去の亡霊のようにも感じられていた。
「かつての俺とて、死に抗えると思うな」
いつもの調子か、自信か、あるいは強がりか。死神の言葉をかたりつつ、強烈な速度を乗せた一撃を叩きつけるツイン・モデルの一撃を、ブランシュはいなした。速度のまま、地面に勢いよく着地する。
「戦っているのは、俺だけではない」
そうブランシュがつぶやいた刹那、愛無の異腕がツイン・モデルの体を切り裂いていた。異形の爪がツイン・モデルの体に深い傷をつけ、そこから爆散する。
「そうだとも」
ふむん、と愛無が唸った。
「フローラ君、治療は厚く頼む。まだまだ前哨戦だ。ここでつまづいてはいられない」
「はい! 任せてください……!」
そういうフローラの治癒術式を背に受けながら、残るツイン・モデルの迎撃に、イレギュラーズたちは歩を進めた。ビーン・ニサ同様の防衛タイプの分厚い盾を、牡丹の灼熱の左手が粉砕した。
「がら空きにしてやったぞ!」
そう叫ぶのへ、頷いたのは武蔵だ。
「雪風! 砲撃戦に移行する!」
「了解、です!」
世界は違えど、おなじルーツの名を持つ者達。コンビネーションは抜群といえる。雪風の五十口径三年式十二糎七砲改が最初に火を吹き、防衛タイプの体に突き刺さった。衝撃が体勢不利(スタッガー)を押し付けた刹那、その隙をついた武蔵の飽和砲撃が突き刺さる。二隻の船の全力砲火に耐えられるものなどは存在しない。果たして、武蔵の砲撃のそれか、或いは防衛タイプの体が崩壊したそれか、もはや混ざり合ってわからぬほどの爆風が、防衛タイプを吹き飛ばしていた。
「秋奈、そちらはどうだ?」
「私ちゃんと紫電は最強だが?」
んに、と笑う秋奈の横で、紫電の銃剣が、砲撃タイプの体を貫いていた。そのまま力強く放ってふるうと、空中でその体が爆発した。
「オレと秋奈は最強だが?」
ふん、と笑ってみせる紫電に、武蔵は肩をすくめた。
「仲がよさそうで何よりだ」
「第一波はしのいだようですね」
フローラがそういった。第一の戦闘は、危なげなく完了したといえるだろう。芍灼が頷く。
「で、ござるが。
油断はなされないでいただきたい。
おそらく、他にも敵はいるでござりましょう」
「そうだね。
……お姉ちゃんが、これだけで済ませるとは、思えない」
そういうンクルスへ、芍灼が頭を振った。
「お辛いなら……と申し上げたいところですが……」
「解ってるよ。誰か一人かけて探索が続けられるほど、きっと甘くはないからね……」
「で、ンクルス・クー。この場所の記憶はあるのか?」
ブランシュが尋ねる。
「俺はない。当然だが」
「ふふ。私もない」
ンクルスが苦笑するのへ、秋奈が笑った。
「出足でつまづいちまったぜ。でも、此処が創造神サマのアトリエなのは確かなんでしょ?
魔法使いってのは変な人が多くて、アトリエってのも変なところが多くて私ちゃんもびっくりだけど。
それはそれとして、探すなら創造神サマが残したデータなんじゃね?」
「そうだな。こういう時に探すべきは、まず持ち主のデータからだ」
紫電が頷く。
「技術的にも似たような系譜の偽神の『室長』や贋作の『BBB』なんて連中がいたが、とにかくやるならおおもとのデータをさらおう。
それに、最初に施設の地図なんかが見つかれば御の字ってやつだ」
「では、まずはそれを探そう」
愛無が頷く。
「その後のことは、まずそれから考えるべきだ。
個人的には、これだけ広い施設だ。可能な限り多くの情報を持ち帰るためにも、チームを分けて分散した方がいい、と提案させてもらうが」
「あ、それ、イイと思います……!」
フローラが手を上げた。
「その。申し訳ないのですけれど、私も無尽蔵に治療を続けられるわけではありませんし、体力的、時間的にも、皆さんの限界がきてしまうと思いますから……」
「情けねぇが、確かにそうだな」
牡丹が頷いた。
「ってことは、なるべく戦闘も避けた方がいいっつうことだよな。最初から全力で走ってたら、マラソンは走り切れねぇってことくらいはわかるぜ」
「私ちゃんは全力単距離ランナーなんだけどな! ちぇ」
秋奈が言うのへ、
「えっと、今日は長距離でお願いします……」
フローラが苦笑する。
「秋奈の事はオレに任せておけ。
とにかく、まずは近場を探そう。重要なデータはまだないだろうが、施設の情報くらいなら手に入るだろう。
というわけだ、芍灼。斥候を頼むぞ」
「お任せにござる! それがし、忍者でござりますがゆえに!」
ふふん、と芍灼が笑った。とにもかくにも、ここからイレギュラーズたちの探索行が始まることとなった――。
●深、新、真
さて、まずは『浅いデータ』からの探索である。これは皆の想像通りに、比較的簡単に見つかっていた。探索時間もさほどかからず、敵と遭遇することもなかった。これは運がよかったというより、皆が慎重に進んだ結果である。
まずは浅層のデータルームで、イレギュラーズたちは施設の見取り図と、この施設で何が行われていたのか、を確認することとなった。
「……意図的におかれていたようにも感じるな」
愛無が嘆息するのへ、武蔵が唸る。
「わざわざ呼んだのだ。となれば、意図的にデータを提供したのだろう。
だが、その理由は?」
「悪意、とか」
雪風が、つぶやいた。
「えっと、その。
……ビーンさんという方が、嫌な人というわけではないのですが、その。
うまく、言えないのですが――」
「えっと、うん、わかるよ」
ンクルスが笑った。
「……ビーンおねえちゃんは、なんだか。創造神様のことを、嫌っていたような感じがして。
創造神様を崇めている……っていうか、なんていうか。とにかく、好意的に思っている私にも、思う所があったみたいだから」
「愛憎なんとやらか」
紫電が唸る。
「憎悪、か」
武蔵も嘆息した。信濃の事が、脳裏に浮かんだ。
「信濃君だったか。彼女も、何やら……」
そういう愛無へ、武蔵はうなづいた。
「うむ。
最初は、ヴェルギュラに、操られているのかと思っていた。
だが、あの、燃え滾る様な何かは、そのような受け身の姿勢から生じるものではない、とおもう」
「ええと、武蔵さんの、御姉妹の方も」
フローラが言った。
「……仲たがい、を?」
言葉を選び、そう尋ねるのへ、武蔵はうなづいた。
「ん……そうだな。となれば、雪風のいう事も、分かる気がする。
悪意、だ。あるいは、何か……ショックを与えることが目的の様な」
「厄介だな」
牡丹が言う。
「ああ、そう言うのは……理屈で動かねぇからな」
「複雑怪奇にござるなぁ」
むむん、と芍灼が唸った。
「んで、まぁ、どうしちゃう?」
秋奈が尋ねる。
「ここで得られたのは情報的には、こんな感じ。
まず、この施設の地図。やったね!
で――たぶん、探すべきは、この三つ。
創造神、に関するもの。
嫦娥、って人に関するもの。
ヴェルギュラ、に関するもの」
「ヴェルギュラ?」
紫電が首をかしげた。
「なんでこんなところに、あいつのデータがあるんだ?」
「わかんねー! でも、断片的な情報の中にあったんだぜ。ヴェルギュラ、調整記録、みたいなの」
「調整だと?」
愛無が言った。
「なんだね、その、露骨に怪しいワードは」
「確かに、奴の様子は怪しかった」
ブランシュが言う。
「まるで……そうだな。調整されていた、のだろう。
それに、やはり、嫦娥博士か……」
ブランシュがつぶやく。
「この世界に、製作者はいるのか?」
牡丹が尋ねる。
「つまり、ラダリアス博士、だ」
「おそらく、それはない」
ブランシュが言った。
「この世界に、旅人(ウォーカー)、は、いない。コピーされているわけでもない。
ラダリアス博士は、旅人(ウォーカー)だったはずだ……だが……」
「結局の所、探さなければわからぬでござるな」
むむん、と芍灼は言った。
「指針はできたわけでござる。
探す情報は三つ。
さて、如何致す?」
「私は、その。創造神様のデータを探したい」
ンクルスが言った。
「わがまま、だけど。
たぶん、嫦娥って人のデータとか、ヴェルギュラのデータの方が、よっぽど役には立つ、んだけど」
「それは、そうです。知りたいですよね……」
フローラがそういうのへ、雪風はうなづく。
「では、ひとまず二手に分かれるのは、どうでしょうか?」
「それはいいが、探すデータは?」
武蔵が言うのへ、雪風が頷く。
「重要なのは、ンクルスさんが言う通り、嫦娥さんと、ヴェルギュラさんのデータです。
嫦娥さんのデータは、おそらく、先ほど襲ってきた……ツイン・モデルと、この施設の変貌についての情報でしょうし、ヴェルギュラさんに関していていえば、これからどうしても相対する相手ですから。
そのうえで、創造神様さん、に関してのデータも探します。優先順位は多少低くなりますが、それでも、この施設を探索するうえで無駄な情報にはなりませんよね?」
「ああ、確かにそうだ」
牡丹が頷く。
「そう言うことでどうだ?」
「私ちゃんは異存はねーぜー!」
秋奈が頷いた。
「オレもだ。ブランシュ、ンクルス。それでいいか?」
紫電が言うのへ、二人が頷く。
「ああ。俺も……私情がないとは言えない。ンクルスを否定するつもりはない」
「ありがとう、皆」
ンクルスがほほ笑んだ。とはいえ、それを知ること自体が、幸福につながるのかといえば、そうともいえないという事を、ンクルスも、残るメンバーも理解はしていた。
「それでも、知らなければならない」
小さく、誰にも聞こえないように、愛無は呟いた。愛知らぬものであれど、人の心の機微の学習くらいは済ませていた。避けては通れぬ、何かだ。人は、面倒だな。胸中で、楽し気に苦笑した。
知らなければ、ならないのだ。自分のこと。敵の事。起きている事。全てを。知ったうえでなければ、人は歩き出せないのだから。
果たして2班に分かれて、一行は探索を続行した。探索方針は、シンプルだった。『ギリギリまで探って、情報を得て帰る』。いうは簡単だが、行うのは難しい、というのはその通りだろう。というのも、内部にはいまだに、ツイン・モデルたちが徘徊しており、遭遇を最大まで避けたとしても、結局ぶつかってしまうことは究極的には避けられないからだ。
このタイミングにおいて、フローラというヒーラーの存在は、その生命線であるとも言えた。フローラが所属していたのは、ヴェルギュラに関するデータを主に収集する、Bチームだ。ブランシュの凍狼の子犬を抱きつつ進むフローラ、そしてBチームの前には、悍ましいともいえるデータが次々と開示されていた。
「確かに、彼女の言動には違和感があった」
と、愛無は、データ・ルームにて独り言ちた。目の前には遠未来的なディスプレイシステムが存在し、そこに映されていたのは、意図的に『魔』を植え付ける実験のデータに違いなかった。
「つまり……ほんとにあれは、ヴェルギュラなのかね? という疑問だ。
答えはこれか」
ディスプレイの文字をなぞる。一号機。脳容量の不足により発狂。廃棄。二号機。精神面での過度な不安定アリ。廃棄。三号機――。
おそらく、幾度もの、『ヴェルギュラ』の定着実験が行われていたのであろう。ヴェルギュラ、とは、この世界においてつまり魔であり、概念である。『滅び』の、概念であるのだ。
「ツイン・モデルをベースに耐久性を高めたゼロ・クール。それがあの少女の正体か」
「そんな」
フローラが、口元を押さえた。
「そんな、ことを?」
「あちらの資料は見ない方がいい」
武蔵が言った。
「廃棄後の観察資料、だそうだ」
それだけで、フローラはめまいを起こすような思いになった。武蔵も、今目を逸らすことを必死に耐えていた。廃棄後にも観察されていたという事は、つまりこの世から本当に消えてしまうまで、とことんまで使いつぶされたという事に他ならなかった。
「この施設が稼働し、ゼロ・クールを量産していたのは」
芍灼が言った。
「寄生型終焉獣を取りつかせるため、かと思っておりました。
とりつかせたかったのは、『ヴェルギュラ』という概念――」
「この世界を滅ぼすために、滅びの概念が必要だった。それが、魔王であったり、四天王という役割(ロール)なのか」
愛無が言う。
「そのために、あの、ヴェルギュラのもとになった子を作ったのですか?」
フローラが言った。
「それじゃあ、あの子は、一体、誰、何ですか?」
「誰でも、ないのだろう」
武蔵が言った。
「彼女に人格があるのは、その方がヴェルギュラが定着しやすかったかららしい。
ただ、それだけだ。
名前も、何も、ない。
ヴェルギュラになるためだけの、素体」
「そんなの!」
フローラが、叫んだ。
「そんなの……!」
想像はしていた。この『ゼロ・クールを作る施設』にヴェルギュラのデータがあるのならば、彼女もまた作られた存在であるのだ、と。
だが、得られた情報は、その想像よりもいささか邪悪であった。
「……やはり、信濃は」
武蔵が言う。
「自らの意思で、魔についている」
「……そうだな」
愛無は、否定はしなかった。否定をする場面でも、慰める場面でもないと思っていた。あとは、武蔵が、心の中で覚悟を決めるだけであるはずだった。自らの意思で、人類に反旗を翻し、魔に与する、姉妹。その、相対を、今、考える必要があったのだ。
「それより、フローラ君。大丈夫かね」
一方で、フローラはいささかショックが強いだろうと判断した。が、フローラは気丈に、頷いた。
「ええ……そ、それより、もっとデータを探さないといけません。
魔を植え付けたのであれば、その方法とか、引きはがす方法とか。
……きっと、必要になります」
「そうでござるが……!」
が、芍灼が、きっ、と部屋の隅を見やった。すると、その壁を破壊して、数体のツイン・モデルが内部に侵入してくるではないか!
「居場所がばれたでござる! これ以上は……!」
「ああ、限界だ……!」
武蔵が頷き、フローラへと視線をやった。フローラは、悔しげにディスプレイを見やると、そのまま頭を振った。
「……データを持ちかえることこそが、先決、ですよね」
「その通りだ。撤退を開始しよう」
愛無がそういうのへ、皆はうなづいた。染みついた遣る瀬無さが、今は足を踏み出すための燃料になるはずだった。
人は容易に狂う。
簡単だ。ちょっと手に泥をはねてやればいい。
善人であればあるほどいい。ああいうのは、簡単に折れてくれる。
綺麗であれあばるほど、自分の手が汚れたときに、容易に自分を責める。
自分のせいだ、と。自分は悪だ、と。自分は良きものではない、と。
理想から外れたものを、人は容易に壊してしまう。それは自分自身も例外ではない。真面目で、好いひとであればなおさら。
そういう奴が狂っていくさまが、これがたまらなく面白いのだ。
ンクルス・クーが断片的に情報を得て知ったものは、創造神、と娘たちに呼ばれた、ある名も無き魔法使いの記録である。
創造神は正しく、善き人であった。
娘たちを愛し、心を与え、育てようとした。
狂ったのは、嫦娥と名乗る魔女が現れた時である――。
「……すまない」
と、ブランシュは言った。
嫦娥、という旅人が、この地で行ったことが、そこに記されていた。
「プーレルジールから、混沌世界へと帰ることは簡単じゃねぇ」
牡丹が言った。
「だから――嫦娥は、魔王陣営に与したわけか。さっさとこの地が滅びれば、混沌世界へ戻ることができるかもしれない。
或いは、魔王陣営は、混沌世界への侵攻をもくろんでいたわけだから、その協力は渡りに船だったわけだ」
「ツイン・モデルっていうのは」
紫電が言った。
「嫦娥の作品か。厳密に言えば、嫦娥と、創造神の。
創造神のゼロ・クールの製作技術と、嫦娥の世界、そしてエルフレームシリーズの技術の結晶。
それをもって生み出されたのが、ヴェルギュラの素体」
「あっちの皆からの情報も統合すると、そんな感じだ」
秋奈が言った。
「割としょぼんだぜ。ろくでもねー!」
「情報をまとめます」
雪風が言った。
「まず……創造神様さんに、嫦娥さんは協力を持ち掛けた。
プーレルジールから、別の世界にわたるための『素体』を作るため。
それがツイン・モデルで、その中でも完成されたものが『ヴェルギュラ』と今呼ばれている女の子のゼロ・クールです」
「創造神様が、嫦娥っていう人の誘いに乗ったのは」
ンクルスが、言う。
「私の、せい?」
「境界図書館に行ってしまった、ンクルス。そして、貴様の姉であるトラクス。二人を探すため、だったそうだ」
ブランシュが言った。
「……創造神に、世界を渡るすべはない。嫦娥博士もまた、混沌世界に渡るための実験がしたかった。
嫦娥博士も、まさか境界図書館が混沌世界と接続するとは予想外だっただろうから、創造神という奴を口八丁でだましたのだろう。皮肉なものだ。
そして、創造神は、嫦娥からもたらされたエルフレームシリーズのデータを用いて、ツイン・モデルを作り上げた。
だが、ビーン・ニサ……のもととなった、二号機と三号機にとって、『利用されるだけの姉妹』たちを作られることは我慢ならなかった。二人にとって、それはストレスだったのだろう。
創造神は、ストレスが限界をきたしていた二人を封印することで救おうとしたが、二人にとっては、創造神は信用できる存在ではなくなっていた……」
「わたし、の、せい、で?」
「……ンクルスさんが境界図書館に行ってしまったのは」
雪風が言った。
「事故、です。ですから、ンクルスさんの、せいでは」
「でも」
ンクルスが、言った。
「私が、プーレルジールから離れなければ?」
「たらればは意味がない」
紫電が言った。
「いや……そうじゃないな。そもそも、嫦娥って奴が一番悪いだろう……ああ、すまん、その、ブランシュ」
「いや、いい」
ブランシュが頭を振った。
重苦しい空気が、あたりを支配していた。
事ここに至って、得た情報は、あまりにも重いものである。
発端は、愛する娘たちが、このプーレルジールより消えた事。
愛する娘を失った創造神の手に、泥がはねた。
そこから狂う。
汚れが広がる。
人が狂うなんて簡単だ。
真面目でいい奴ほどたやすい。
ちょっと泥をはねてやれば、あとは勝手に滑り落ちていくものさ。
「……Bチームが撤退を開始した」
ブランシュが言う。
「潮時か?」
牡丹が言うのへ、ブランシュが頷いた。
「ああ。秋奈、紫電、こちらも撤退に移行する」
「そうだな。
あまり離れるなよ、秋奈。ここからが正念場だ」
「おいさ!」
秋奈が頷く。雪風が、ンクルスの手に触れようとして、僅かに震えて止まった。その勇気が出せない。雪風も、まだ。
「行きましょう」
どうにかして絞り出した雪風の言葉に、ンクルスはうなづいた。
果たして一行は、手にした情報を基に、アトリエを後にする。
破壊しきれなかった姉妹たちは、未だに小さく、この工房で脈動を続けるのだろう。
何かを守りながら、永久に。
それは、悪意と善意が混ざり合った、らせんの発露のようにも思えた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
どうにも、ヴェルギュラの本体はゼロ・クールであり、それの製作にはンクルスさんの創造神と、ブランシュさんの創造関係者がかかわっていたようです。
『ヴェルギュラ』とは、役割であり、魔。今のヴェルギュラは、その魔を植え付けられたゼロ・クールである――ようです。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
アトリエ捜索。
●成功条件
敵第一波を突破し、何らかの情報を持ち帰る。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●状況
ンクルス・クーさんたちを作り上げたという、『創造神』と呼ばれる魔法使いのアトリエが舞台になります。
皆さんは、このアトリエの調査に訪れました。以前の戦いで、ンクルス・クーさんの関係者であるビーン・ニサより、その存在を示唆されたからです。
ビーン・ニサは、魔王軍のヴェルギュラ派に所属する敵性存在です。しかし、ビーン・ニサが、ただ嫌がらせのためにこの場所の存在を示唆したとも思えません。そのため、何らかの情報を得るためにも、調査をしなければならないのです。
そこで、現地に訪れた皆さんでしたが、皆さんを待っていたのは、『まるでつい砂金まで起動していたような機械プラント』と、『ンクルス・クーさんのシリーズと、ブランシュさんのシリーズの特徴を併せ持つ、意思なき量産型ゼロ・クールたち』でした。量産型ゼロ・クールたちは、皆さんを敵とみなし、攻撃を仕掛けてきます。
詳細は不明ですが、この敵を突破し、アトリエの調査を行わなければなりません。
皆さんは、まず敵第一陣を突破し、アトリエ内部に侵入してもらいます。
侵入後は、ダンジョンアタックの要領で、アトリエ内部を調べる形になります。アトリエ内部は複雑な構造はしてはいませんが広大であり、同時に上記の量産型ゼロ・クールたちが徘徊してるようです。
長く探索していても、消耗して撃退されてしまう可能性があります。
どのあたりまで情報を探すか、考えて行動してください。
本シナリオにおいて、戦闘ペナルティなどは発生しません。
戦闘と調査に注力してください。
●存在すると目されるデータ
以下のデータが存在すると思われます。
1.創造神に関するデータ
ンクルス・クーさんを作り上げた創造神に関するデータです。日記やメモなどになるでしょう。
この施設そのものに関するデータがあり、早期に確認できれば、それだけ探索がスムーズに進みます。
2.嫦娥に関するデータ
嫦娥は、ブランシュさんの関係者であり、ブランシュさんおよびその姉妹機を作り上げた存在にデータを提供したとされる存在です。また、PL情報ですが、ヴェルギュラ陣営に所属しており、ヴェルギュラに何らかの処置を行っているようです。
3.ヴェルギュラに関するデータ
上記のうち発展したもので、特にヴェルギュラに関するデータです。ここにヴェルギュラに関するデータがあるということは……?
彼女に何が起きているのかを確認できるかもしれません。
どのデータを、どれくらい確保するのかを考えて調査を行ったほうがいいでしょう。100%すべてを確保するのは難しいと思います。
●エネミーデータ
ツイン・モデル ×???
ンクルス・クーさんの属するゼロ・クールシリーズと、ブランシュさんの属するエルフレームシリーズという二種の人造生命体のデータを掛け合わせて作られた、新種の量産型戦闘用ゼロ・クールです。
性能自体は多岐にわたり、ンクルスさんを模した近接戦闘特化型、ブランシュさんを模した高速戦闘特化型、ビーン・ニサを模した防衛型、他のエルフレームを模した砲戦型、などが存在します。
基本的には、アトリエ内を調査中に、徘徊してる複数体のグループと遭遇先頭になる形になります。その時の種類はバラバラですが、割とバランスはとれた編成をしています。
第一波においては、近接戦闘特化型が2、高速戦闘特化型が2、防衛型が2、砲戦型が2、の八体と戦闘になります。戦闘能力は、現在の皆さんにも匹敵するほどですので、油断は召されませんよう。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
Tweet