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シナリオ詳細

<神の門>失われし宣教の道標

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「――私は、子供でした。それは私の罪なんです」
 アメジストの瞳を伏せることなく、シンシア(p3n000249)がそう呟いた。
「多くの子供達を、それが幸福に繋がると信じて私はアドラステイアへと導きました。
 その結果、取らなくてもいい武器を取った子供がいて、聖獣になった子がいました」
 ぎゅっと手を握りしめる。
「小さい子なら、10歳も超えてませんし、どれだけ年長でも、せいぜいが15、6歳です。
 私は、そんな子たちを――孤児の方が多かったとしても、あの国に誘ったんです」
「シンシア……」
 握りしめたシンシアの手を握り、シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はその話を聞いていた。
 子供じゃないと知っていても、きっと大丈夫と解っていても、ほってなんておけないから。
「謝れと言われれば、いくらでも謝りましょう。
 死ねと言われれば、まだ死ぬことは、できませんけど……気のすむまで殴られましょう。
 それでも、皆さんに助けていただいた命です。この命が尽きる日まで、私は私が生んだ罪と向き合うべきだと、思うんです。
 ……手伝って、もらえませんか」
「もちろんだよ」
 シキはそんな少女にこくりと頷いてみせる。
「ありがとうございます……シキさん」
 安堵した様子でシンシアが微笑んだ。
「迅、私の悩みは、私の悩みで、メリッサの悩みはメリッサの悩み、ですよね」
 声をかけられた日車・迅(p3p007500)が小栗と頷いて応じれば、シンシアは少しばかり目を伏せた。
「遂行者メリッサ……聖獣になる道を選んだもしもの私。
 何に絶望して、後戻りのできない聖獣としての道を選んだのか……自分だからこそ、知りたいって、思うんです」
「シンシア殿が知りたいとおっしゃるなら、僕はそのお手伝いをするだけです!」
 そう言った迅に、シンシアはまた、ありがとうと笑みを浮かべた。
「やろうよ、シンシアさん。連れていかれたほかのイレギュラーズの皆を助けに行くんだ。
 きっと、あの人は私たちを迎え撃ってくるはずだから!」
 そう笹木 花丸(p3p008689)が言えば、こくりとシンシアが深くうなずいた。
 冠位傲慢の権能により神の国の奥地、テュリム大神殿へと招待されたイレギュラーズ。
 薔薇庭園に滞在するイレギュラーズの帰路を確保する事――そして、冠位傲慢を引きずり出す事。
 その道のりで、冠位傲慢の先兵を名乗る無貌の天使たちは、必ずや迎え撃ってくるはずだった。


 私達は子供だった。
 それは言い訳などでなく、端的な事実として私達は子供だった。
 小さい子なら10歳も超えてなかった。
 どれだけ年長になっても、15、6歳が限度だった。
 迫り来る『終わり』が何か分からなくても、父が、母が、大人達が恐れるそれが怖くないはずがなかった。
 冠位と呼ばれた女の悪意に生まれた町が滅ぼされた。
 怖くて怖くて、それでも生きていかなくちゃいけなくて、私達は縋るように門を叩く。
 ある日、昨日まで一緒の部屋で眠っていた子が、悪魔になった。
 真っ黒な怪物に変じて、絶叫するその子を殺した。そんな悪魔を、たくさん殺した。
 でも、たかが10歳も少しの子供が無傷もなく怪物に勝てるわけなんてなくて、私達は一人、また一人と死んでいく。
 ある子は悪魔の攻撃で怪物になって、苦しませないためにも私の手で殺すしかなかった。
 怪物にならなくても、狂ってしまった子はその狂気が感染る前に殺すしかなかった。
 後から知ったのは、あの子達は貌の無い天使、そこに至るまでの犠牲になった子供達だということ。
 知ったところで、剣を振るう手は止めるわけにはいかないから、恩師を殺して、同胞を殺し続けた。
 救いがあると信じて、私はたくさんの同胞、同僚を殺すための剣を振るう。そうやって突き進むしかなかった。

 預言者ツロがイレギュラーズを神の国に招待したという話を聞いてから、メリッサは庭園の1つでぼんやりとする日々を過ごしていた。
「セラフィム様、何をこのようなところで立ち止まっているの」
 背に4枚の翼を背負う貌の無い天使が声をかけてきた。
「……お姉様」
 黄色の髪を揺らす貌の無い天使は、たった1人残された、メリッサの大切な人。
 メリッサよりも先に、聖獣になる道を選んだ人――そうすることでしか、救えなかった人。
(……そういえば、聖堂では姉様の顔も見たんだった)
 ふと地の国にあるアロン聖堂での出来事を思う。
 宣教師、聖別がために中層へと人を送り込むための実行部隊。
 無貌の天使の前身たる子供達。
「……ごめんなさい、姉様。でも大丈夫、イレギュラーズ達が来るんだよね」
「そうよ、天主の御座を汚させるわけにはいかないでしょう」
「うん、そうだね。むざむざ天主の前まで彼らを潜入させたら、私達はあの方の先兵でさえなくなってしまう」
 彼らをこの地へと誘ったのが預言者の作戦であったとしても。
 その結果この地へ彼らが足を踏み入れるのなら、彼らを止めるのが私達に残された唯一の道だ。
「ほかの子たちは、もうみんな揃ってるんだよね」
「ええ、レテの回廊を彼らに踏破させるわけにはいきません」
 そう語る智天の冠を頂く無貌の天使へと頷いて、メリッサは立ち上がる。
(……私達は、あのお方のためにこの命の全てをかけて戦うしかないんだ)
 仲間たちを、導いた子供たちを、殺してきた。
 それは敗北の歴史、他の誰でもない自分の弱さに負け続けた歴史。
(背負うべき『殺してきた子供達の分も』私は、負けるわけにいかないんだ)
 胸に決意を秘めて、メリッサは一歩を前に出た。


 審判の門を潜り抜け、回廊を行く。
 赤き竜が聖痕を持たぬイレギュラーズを焼き払わんと紅蓮の炎を焼き付ける。
 そのただなかを行く道筋で、貌の無い天使たちが立ちふさがる。
「ここは天主様の御前にも近い。言葉はいらない――始めようか、イレギュラーズ」
 黒木炎を纏い、メリッサが静かに告げる。
 その周囲には、複数の貌の無い天使たち。
 背中に日輪と四枚の翼を背負うスローンズ、手に燃え盛る錫杖を持ち、聖書らしき書物を携えるドミニオン。
 そして――シトリン淡い黄色の髪に顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在。
「……ファウスティーナ、姉様」
 シンシアが驚きつつもそう呟いた。
 マスケット銃を構えた無貌の天使は、きっとそうに違いない。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『熾天:無貌の天使』メリッサの撃破または撃退
【2】無貌の天使いずれか1体以上の撃破
【3】幻影竜の撃破


●フィールドデータ
 聖痕を持つ者しか通ることを許さないとされる審判の門の向こう側、レテの回廊の一角です。
 赤き竜が飛び交い、炎の息吹が戦場を焼いています。
 フィールドギミックとしてターン開始時に【火炎】系列、【窒息】系列のBSが付与される可能性があります。

●エネミーデータ
・『熾天:無貌の天使』メリッサ
 遂行者の1人、魔種相応のスペックを有します。
 アメジスト色の髪に顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
 六枚の翼と胸元に広がる翼のような聖痕、禍々しさのある大剣が特徴的。
『紫水の誠剣』シンシア(p3n000249)が聖別と呼ばれる聖獣実験を乗り越えたIFの存在。
 聖別における最高傑作の評価に違わず強力なエネミーです。

 戦場を俯瞰的に見て指揮を行いながら積極的に攻撃を仕掛けてきます。
 オールレンジに対応できる攻撃性能で効率的、合理的に戦闘行動を行います。

・『智天:無貌の天使』ファウスティーナ
 シトリン淡い黄色の髪に顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
 四枚の翼と稲妻を纏うマスケット銃が特徴的。

 反応が高めの神秘後衛単体アタッカーです。
 スローンズと共に中距離以上の射程から雷光の銃撃をぶっ放してきます。

・『座天:無貌の天使』スローンズ×2
 背中に日輪と四枚の翼を背負う、つるりとした頭部の天使のような存在です。
 日輪はよく見ると瞳のような模様が鎖のように連なり形成されているようにも見えます。
 なお、オーダー【2】撃破をスローンズで達成する場合、2体撃破で1体カウントとします。

 強力な後衛神秘アタッカーです。
 背中に背負う瞳から単体や貫通、範囲相当レンジとする魔力レーザーをぶっ放してきます。

・『無貌の天使』ドミニオン
 顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
 手に燃え盛る錫杖を持ち、聖書らしき書物を携えます。
 高い神攻と抵抗力を有し、広範囲への神秘攻撃を行います。

・幻影竜×4
 赤き竜です。本物の竜種に比べれば格段に質が落ちますが、強力です。
 口から炎を吐くほか、近接へは踏み付けやしっぽの薙ぎ払いなどによる攻撃を行います。

●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
 アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
 皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力としては充分信頼できます。
 名乗り口上による怒り付与が可能な反タンク、抵抗型or防技型へスイッチできます。
 上手く使ってあげましょう。

●参考データ
・聖別
 ティーチャーアメリと呼ばれる人物によってアドラステイアで行われていた聖獣実験の1つ。
 勧誘、順応、教化(教育)、選別、投薬の5段階を経て『自ら聖獣になることを望んだ子供』を聖獣に作り変えていました。
 教化過程を経た後は聖獣以外には後述の宣教師となる場合が殆どでした。

・無貌の天使
 聖別によって生まれる聖獣の一種。
 文字通り貌のない天使のような姿をしており、曰く『天主=冠位傲慢の似姿』とのこと。
 上位個体であるほど知性を有し、兵隊のように連携を取り行動します。

・ティーチャーアメリ
 アドラステイアのティーチャーの1人、魔種であり故人。
 フィクトゥスの聖餐でイレギュラーズの手により倒されました。
 ファルマコン撃破後にシンシアの手で討ち取られました。

・宣教師
 聖別を行う対象となる人物を勧誘し中層へ送り込む実行部隊及びその構成員の事。
 一部を除いて『順応、教化』を経て聖獣にならないことを選んだ子供達です。
 そのため、多くはティーチャーアメリや天主への強烈な忠誠心を持つ戦士たちでした。

・ファウスティーナ
 シンシアやメリッサがお姉様と慕っている人物です。
 地の国のファウスティーナはティーチャーアメリへ壮絶な忠誠心を持っていました。
 このため、地の国の方はシンシアやイレギュラーズへ複雑な感情を抱いています。
 神の国の『もしも』はどうやら無貌の天使になっているようですね。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <神の門>失われし宣教の道標完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年10月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
一条 夢心地(p3p008344)
殿
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

サポートNPC一覧(1人)

シンシア(p3n000249)
紫水の誠剣

リプレイ


(たとえ何があっても、あの日手を差し伸べた日からずっと、シンシアの力になると決めているんだ)
 竜の咆哮を耳にしながら、『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はその手を握り締めた。
「シンシア……あの竜のこと、頼めるかな?」
 フォローをしてくれる大切な友人がいるから、大丈夫だろう。
「全力でできることを頑張ろうね……でも、無理はしないでおくれね」
「……シキさん」
 幻影竜は竜ではない。それでも、竜の形をとる以上はある程度以上は脅威となることは想定しやすい。
「はい、皆さんの邪魔にならないように……全力を尽くします」
 剣を抜いたシンシアと眼を合わせ、シキは静かにうなずいてから、自らも剣を抜いた。
(……たらればの話、というものは何時だってしたくなるものだよな。
 けど残念ながら今いるこの道が俺達が選んだ道の先だ。
 だから俺は少なくとも迷わずこの剣を振るう。良くも悪くも想いを馳せる相手がいないからな。
 ……まさに死神、と言えないだろうか)
 その様子を見つめ、『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は内心で物思いにふける。
「……シンシア」
 2人のやりとりに一つの区切りがついたのを見計らって、クロバはシンシアに声をかけた。
「これ……キシェフの」
 手渡した一枚のコインに、シンシアは驚いた様子で目を瞠る。
 アドラステイアにて『信仰のあかしとして作られた』キシェフのコイン。
 それはもう、何の価値もないただのコインである。
「過去は消せない。だが、所詮過去は過去だ。
 忘れるなかれ、けど、踏み越えて往けよ。これは優しくない死神からのアドバイスだがな」
「……はい、ありがとうございます」
 緊張したような面持ちで頷いて、シンシアはそっとコインを握り締めた。
(音色が、頭に響く……)
 脳裏に響き渡る強烈な不協和音は、きっと原罪の呼び声に中てられる中でクオリアが狂って聞こえるからだ。
(……集中、しないと)
 振り払うように、自分に言い聞かせるように、『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は小さくふるふると頭を振った。
「貴女のサポートはしっかりするから、安心して。あたし達の背中は、任せたわよ」
「……わかりました」
 そう頷いたシンシアの視線が改めて戦場を見る。
(シキの友達というのもあるけど、何より自分の足で歩き始めた彼女をこんな所で立ち止まらせる訳にはいかない。
 ……強い意志と心を育むためにも、彼女が役目を完遂できるようにサポートしなきゃ)
 魔力で編んだヴァイオリンを手に、リアは気持ちを落ち着けるように手を動かした。
「謝れとか、死ねとか――あたしはそれより、シンシアさんに生きて、戦ってほしい。
 罪を抱えたまま生きるのが、多分責任ってものなんだと思う。
 生きて、戦って、そうして知りたいことを知るの!」
 シンシアの手をとって、『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は視線を合わせた。
 いつだってあたし達が着いているからと、そう伝わっていたらいいな。
 そう願いながら手を握る。どこからか、視線を感じて、フランはふとそちらを向いた。
「――今度こそ、顔を描いてやるんだから!」
 視線のようなものを感じた方を見れば、そこにはメリッサの姿があった。
「――やれるものならね」
 静かな声が敵意を覗かせる。
「シンシアさんのもしもの存在のメリッサが居るんだもん。
 ファウスティーナさんが居てもおかしくはないんだけど……やり難いものがあるね」
 こぶしを握る『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は無貌の天使の1体を見据えてそう声に漏らす。
「――だとしても、私達は他の皆を助ける為にここまで来たんだもん。
 立ち止まってなんていられないよね」
 そうシンシアへと声をかければ、こくりと彼女が頷いて答えた。
「シンシアさんもまだやるべき事も、知りたい事もあるんだよね? だったらぶつかって行こう!
 例えぶつかって倒れそうになったとしても、きっと皆で支えてみせるからっ!」
「ありがとうございます。花丸さん……そうですね。彼女には聞きたいことがあるんです」
 シンシアが静かにメリッサのほうを見やる。
「言葉は不要ですか、そうですね。
 語るとするならこの拳で……と言いたいところなのですが。
 シンシア殿は君の事が知りたいそうです。自分の事ですから気になりますよね」
 剣を構えたメリッサへと『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は告げる。
「これまでのやり取りから非常な苦難にあった事は分かりましたので申し訳ないですが、少しでいいのでお喋りにもお付き合い願います!」
「……知って、どうするんだ」
 どこか苦しそうにメリッサが声を漏らすのと同時、迅は魔封石を砕いた。
 破片が燐光のように煌いて、内側に籠められた魔力が迅の身体を駆け巡る。
「もう1人の自分、か」
 眼前に立つ敵と、シンシアを見比べ『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は小さく呟いた。
「知りたいと思うのは悪い事じゃねぇさ。シンシア。
 さァ、此処を突破する為にも行こうぜ? お相手は殺る気満々だ」
「そうですね……ここで止まるわけには、行きません」
 小栗と頷いたシンシアがレイチェルの言葉に頷いた。
(──メリッサのあの必死さ。後が無い、若しくは強い覚悟の表れか?)
 向き合う相手は余裕を持っているようで、それがひどく虚勢の類を思わせた。
「済まぬが……連れ帰らねばならぬ者がおるのでな。通してもらうぞ遂行者」
 リトルワイバーンに跨る『殿』一条 夢心地(p3p008344)は敵の向こう側に待つ者たちに思いを馳せる。
「連れ帰る、か。その子たちは自分の意志でここに残る選択をしたはずだ。
 そもそも――連れ帰るのなら連れ帰ってほしいぐらいだよ」
 静かに語る遂行者の声を聞きながら、夢心地はワイバーンに指示を発してビームを放つ。
 幻影竜が向けられた敵意へと怒りの咆哮を上げた。


「空を飛んでてもあたしがいれば大丈夫だもん!」
 空を行く仲間たちが幻影竜を斬り裂くさまを見上げ、フランは胸を張ってそう言った。
「シンシアさん、大丈夫?」
 幻影竜の攻撃を受けるシンシアへと声をかければ、傷を受けながらも少女が笑みをこぼす。
 降り注ぐ天上のエンテレケイア。
 柔らかな風光は冠位権能であろう神の国の中でも優しく天より降り注ぎ、仲間たちの傷を絶えることなく癒している。
「厳しくなったら言ってね」
「……ありがとうございます」
 そう言ってシンシアが少しだけ表情を緩める。
 疲れは見えるが、まだ大丈夫そうだと判断しながら、フランは空を見上げる。
 既に竜の数は残り1体。
 形勢は有利なうちに終わりそうだった。
「時間はかけられませんね!」
 迅は圧倒的な手数と速度を以って最後の1体を食い破らんと駆け抜けた。
 翼を得た虎は自らの限界を超えて空を行く。
 鮮やかな乱撃の拳は幻影の竜から炎と黒い靄の血流をあふれ出させていく。
 竜の口が開き、迅を捉えて炎を帯びる。
「僕の方が、速いですよ!」
 爆ぜるように飛び込んだ天駆ける虎の拳(きば)はまっすぐに落ちて、竜の内側を食い破る。
 ずるりと竜の身体が落ちて行った。
「……流石に仮初の竜程度ではどうしようもないか」
 メリッサがそう呟く声を花丸は確かに聞いた。
「そっちを見ていて大丈夫? 言ったよね、とことん私の相手をしてもらうよって!」
 それは刹那の煌き、傷つけ、壊す事しかできなかった少女の拳。
 真っすぐにたたきつけた拳がメリッサの黒いの炎に包まれ勢いを殺される。
「……そうだったね。前みたいに好きにさせてもらえないようだ」
 振り下ろされる斬撃を魔術障壁で打ち返す。
「殿天使(ユメゴコチエル)たる麿が、この程度の階級の天使に後れを取る道理は無い」
 ワイバーンを翔ける夢心地は一気に空からドミニオンめがけて飛び込んでいく。
 三次元めいた機動から飛び込んだ白刃がドミニオンの身体に連鎖する傷を作り出す。
 邪道の極みたる殺人剣は壮絶な傷を作り出していく。
「……やはり貴方達は侮れません。
 あのお方の御前での無礼を起こさせるわけには行かないはずですが……」
 そう語るのは燃え盛る錫杖と聖書を持つドミニオンと呼ばれた個体。
 煌々と燃え上がる錫杖が輝きを強め、戦場に炎が落ちてくる。
「弱らせたと思ったか? 残念ながらここから本領発揮だ――!」
 強制的に引きずり起こした鬼化の力のままに、クロバはドミニオンめがけて飛び込んだ。
 光をも呑む黒き刃は爆発的な軌道と斬撃を描いて鮮やかな黒い流星を描く。
 すさまじい速度で打ち出される連続した斬撃は黒き流星の終わりを感じさせず、ドミニオンを追い詰めていく。
「ドミニオン……今日は逃がすわけには行かない……!」
 シキはそのままドミニオンめがけて斬撃を放つ。
 瑞刀に鮮やかな光を纏うままに振り上げれば、疾走する瑞獣が咆哮を上げながらドミニオンを呑み込んだ。
 剥ぎ取られた加護に続く一閃は貌の無い天使を呑み込むと、深く唸る声が戦場に響き渡った。


(……ここだ)
 レイチェルは月下美人の花を術式に転換する。
 それは大切な人からの贈り物、祝福の花が仲間たちに最後の一押しを与えるように光を放つ。
 燐光を帯びた月下の大弓に、レイチェルは魔力をさらに注ぎこんだ。
 狙うべきは傷を帯びたドミニオン――そして。
「――ッ! ドミニオン、下がって!」
 メリッサの声がした。
「もう遅い――アンタも、纏めて落とすぐらいの気持ちでいくぜ」
 きっと、後の無いが故の必死さである。
 だが、自分たちもここで止まるわけには行かないのだ。
 引き絞る弓に炎の矢を作り出し、放たれた矢は空に炸裂する。
 降り注ぐ厄災の炎はドミニオンのみならず、メリッサをも巻き込み燃え上がる。
 滞留する紅蓮の炎、動きを鈍らせたドミニオンへレイチェルは二の矢を構えていた。
 真っすぐに伸びた炎の矢はドミニオンに炸裂すると同時、その周囲を取り囲み炎の檻を作り出す。
 メリッサの動きが明確に鈍る。
 花丸は拳を握り締めた。
 神聖なる輝きを纏い、全霊の力を籠めて打ち出した拳は静かにメリッサへと向かう。
「それは、彼女に受けさせるわけにはいかないでしょうね」
 ――はずだった。
「ファウスティーナさん……!」
 止まらぬままに打ち出した神聖の拳はシトリンの髪を揺らめかせた。
「――姉様!」
 2人分の声が響く。
 フランはメリッサだけではなくシンシアを見た。
「シンシアさん……」
 ふるふると頭を振る。あれは敵だと、そう言い聞かせようと。
 だが、その表情は苦しいというより、驚いているような――羨ましいとでもいうようなものに見えた。
(……そっか、シンシアさんと私達の知ってるファウスティーナさんだと……庇ってもらえたりしないんだ)
 花丸はその表情を見て理解した。地の国の2人の関係は複雑なままだ。
 今のような神の国の2人のような連携は起こらないだろうと察せるぐらいには。
「……メリッサ。貴方は何を迷ってるんですか?」
 ぽつりとシンシアが呟く声がした。
「私のことは構わない、戦いなさい!」
 叱咤するようにファウスティーナが叫び、シトリンの髪が揺れた。
「”もしも”が天使とならば地の底よりその威光を叩き落とそう!」
 追撃を為すはクロバの放つ命脈を断つ斬撃。
 虚ろな死神は天使を打ち落とすべく黒の軌跡を紡ぐ。
 果て無き終にして創、零に帰す葬送の閃きは貌の無い天使に終わりを与える黒い光。
「……あぁ、負けるというのですか、また。私達は――」
 零れ落ちていく、貌の無き天使が、どこか縋るようにそう口にする。
「……俺は俺の今を生きてる、いや生きるしかない虚ろ(からっぽ)な死神でね。
 踏み越えていくのには嫌という程慣れてるさ」
 その声を聞きながら、クロバは静かに、最後の一閃を振りぬいた。
「どうじゃ、もう帰りたくなってきたじゃろ。かーえーれ! かーえーれ!」
「ここは私達の領域だ。そっくりそのまま返したいね」
 夢心地の言葉にメリッサが静かに答える。
 表情こそ分からないものの、いかなる感情か静かにこちらを見たメリッサの敵意はまだ収まらない。
 緩やかに貌の無い天使が剣を掲げた。
「ならばもう一勝負じゃの!」
 ワイバーンに指示を与え、一気に飛び上がる。
「これぞ人竜一体! 六翼のひとつ、貰い受ける!」
 駆け抜けるワイバーンの背中から振り払う斬撃がメリッサに傷を入れる。
 リアの奏でるは慈愛のカルマート。
 幻影竜たちとの激闘に疲弊しつつあったイレギュラーズの耳に届く優しき音色は柔らかな旋律。
 傷だらけの身体を癒し、気持ちを整える旋律は小休止と共に攻勢の準備を整える。
「ただの回復手だと思わないでよね」
 続けるままに奏でた鮮血の乙女。
 厳かに、人を呑む旋律がメリッサを切り刻む。
「……次は、君だ。出し惜しみしないよ」
 シキはメリッサを狙うべく剣を振りぬいた。
 顔こそ分からずとも、その姿はシンシアが少しだけ成長したように見えて。
 振るう剣の軌跡は鮮やかなるバルバロッサの猛攻。
 斬撃はメリッサを切り刻まんと猛然と駆け抜けていく。
 炸裂する斬撃は衝撃と共にメリッサの纏う黒炎を吹き飛ばす。
「おしゃべりに付き合ってもらいます」
「――嫌だと言ったら?」
 迅はメリッサへと肉薄していた。
「残念ですが、それがシンシア殿の願いなので聞けませんね!」
 一呼吸を入れて、飛び込むままに打ち出す拳は天を行く虎の連打。
 連撃とまではいかずとも、苛烈な拳は確かにメリッサに傷をつけていく。
「はぁ、はぁ……退こう、姉様」
 打ちのめされたメリッサがふらふらと体勢を立て直して小さく呟くように言う。
「セラフィム様! あのお方の御前に彼らを連れていくというの!?」
「形勢は不利だよ、姉様。私達の負けだ……」
 メリッサが首を振ってそう言えば、何か言いたげにファウスティーナが唸る。
 ゆっくりと羽ばたいて舞い上がったメリッサに続け、ファウスティーナが続いて舞い上がる。
「むむ……調子が狂うのう。
 まぁ良い――この戦いはまだ『過程』じゃからな。くたばるわけにはいくまいて。
 ────待っておれよ」
 帰れコールを掛けていた夢心地は思わずそう言ってからレテの回廊の奥へ向けて視線を向けた。
「…………あ、あー!!」
 仲間たちの傷を癒していたフランは思わずそう声をあげるもので。
「また顔描き忘れた! 今度こそ、へのへのもへじにするんだから!」
 杖を握るまま、忘れていたことを思い出してフランはメリッサの消えた方向へとそう叫んだ。

「……ごめん、あたしちょっと休んでいくわ。
 張り切り過ぎてちょっと疲れちゃった、直ぐ行くから先に行っていて」
 リアはこめかみを抑えて呟いた。
 戦闘による疲労か、脳裏を走る音色は激しさを増している。
「……リア?」
 戦いの終わり、シキはリアの傍に寄り添おうと一歩前に踏み出した。
「大丈夫? 顔色が悪いけど……」
 その言葉と共にリアの感じる頭痛は軋むような不快感を増していく。
「……やっぱり、私には話してくれない?」
 取り繕って言うリアの表情は明らかに苦しそうで、シキはそう続けた。
(無理しないでほしいとか、心配だとか……君には重荷なのかな、リア……)
 胸の内に秘めた言葉は口に出すことを躊躇われた。
 表情を必死に取り繕うとするリアは、その秘密を教えてくれない。
「……シキ、先に、行っていて」
 どこか縋るような声色で、リアは口にする。
「う、うん」
 その声にシキは躊躇いながらも頷いて、前に向かって歩き出す。
(……大丈夫。大丈夫、シキのあの音色は、この痛みは、拒絶じゃない。
 クオリアが狂っているから、そう聴こえるだけ。大丈夫、まだ、大丈夫)
 遠ざかっていくシキの姿を見つめ、自分にそう言い聞かせ、リアは深く呼吸を整えた。
「……よし、行かないと、皆が待っているから、行かないと」
 深く呼吸して、気持ちを整える。
 視線をあげれば、回廊は続いている。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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