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シナリオ詳細

<神の門>救うべきを溢してでも

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『神の国』にて
 離反したイレギュラーズがいる、と聞いた。
 彼にとっては信じ難い事実ではあったが、それを伝えてきた者が嘘を言ったことは無かった。ならば、事実なのだろう。
「あなたにも機会はあったではないですか。何故『誘わなかった』のです」
 白衣に身を包むもう一人の遂行者に、黒髪の遂行者は視線を逸らす。
「わかってるだろ。オレの遂行はオレだけのものだ。誰の手も借りない」
「その結果が、『こう』なのですけどねえ」
 丁寧で親しげな口調のまま、もう一人の遂行者は片腕を広げる。

 ここは『神の国』の中枢、豪華絢爛な『テュリム大神殿』。
 荘厳な礼拝堂や美しい花々の咲き乱れる庭園は、まさに『神』の威厳によって築かれ守られている『楽園』のようだった。
 この『楽園』へ程なくイレギュラーズが踏み込んでくるだろうというのが、此度のこちらの見方らしい。
「あなたを『遂行者』の素質ありと見込んで誘ったのはわたしです。しかし、あなたの信条がどうしてもあなたの牙を鈍らせる……恩寵は使いこなせず、預言の騎士に至っては迎えてすらいないとか。不敬ですよ?」
「ワールドイーターはオレが制御できるけど、あの騎士は『制御しちゃいけない』ものだろ。一度でも迎えたら――」
「『神様』の御意志と、あなたの意志。『遂行者』のあなたが、畏れ多くも天秤にかけると?」
 声は親しげなまま、優しい笑顔のまま、恐ろしい問いをする遂行者。
 『遂行者』であるならば、その問いには一つの答えでしか返せない。しかしその答えを返せば、黒髪の遂行者は己の信条を通せなくなることがわかっていた。
「…………」
「あなたのやり方で計画が順調だったなら、こんな厳しい言葉は使いません。わたしもあなたを騙したようで心が痛みますが……幸い、ここにはあなたが信条を通すべき相手はいません。変わるなら、今ですよ」
 撚り合い、絡む糸を、解すように。汚れなき白衣の遂行者は優しい声で紡ぐ。
「今回は特別に、わたしもお手伝いしましょう。それが嫌なら、決断してくださいね。苦しい世界を終わらせたいのでしょう?」
「……ロード」
 回廊の外には、争いの予感にざわめく花園。
 少年の視界の隅には、色褪せ始めた泥汚れがあった。

●傲慢の地へ
 『遂行者』を名乗る一行の背後にあるのは、『傲慢』の冠位魔種ルスト・シファーであった。
 彼ら彼女らはそれぞれに思惑はあるとは言え『歴史修正』という大目的では一致しており、更に今は彼らの本拠地である『神の国』の薔薇庭園から戻れないでいるイレギュラーズがいるという。
「今回は遂行者の侵攻を待たずにリンバスシティから『神の国』へ向かい、イレギュラーズが戻るための路をこじ開けることが目的となります。それが冠位魔種を引きずり出すことにも繋がるでしょう……とのことですが」
 説明をそこで切ったのは『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)。
「遂行者サクを覚えておいででしょうか。ワールドイーターを使役する能力を持つと思しき少年ですが。
 彼は子供に痛みを与えることを厭う主義を持ちますが、恐らく『神の国』にはそのような子供はいません。……出会えば、これまでにない全力を使うことができる、とも取れますね」
 サクが最後に使ったのは、波ごと陸へ迫ってくる海竜のようなワールドイーターだった。それ以上の強力な個体となれば、イレギュラーズも無傷では済まないだろう。
「彼の他にも遂行者はいるかもしれません。言うまでも無いことですが、これより先は敵の本拠。空気すら、我(わたし)達の敵となり得ます。何卒、お気を付けて」
 空気すら敵となる――『冠位傲慢』の本拠地であるなら『傲慢』の呼び声に満ちている可能性もある、ということだ。
 未知なる傲慢の『神の国』。そこへ踏み入る蛮勇を、冒せるか。

●その姿、獣となりて
 ――この信仰に偽りはなく。
 ――この心に偽りはなく。
 ――この身に、還る場所はなく。

「……だから、オレがやるって決めたんだ。他のガキどもにも、トキにも、させたくなかった。こんなの、できる訳がなかったから」
 黒き終焉の獣が産まれる。形を保たない、泉のように溢れ続ける液状の獣。食らうのは感覚や感情――ではない。
「ほう? あなたにしては直接的ですね」
「アンタが言ったんだろ。『ここにはオレが信条を通すべき相手はいない』って」
「……ふふ。そういえば、お互いに『遂行者』として組むのは初めてでしたか。少しだけ楽しみです」
 にこやかに微笑む『ロード』。その傍らには、炎に包まれながら立つ子供の姿があった。
(…………?)
 それが『炎の獣』と呼ばれるものであることを、遂行者としては知っている。
 ただ、その背丈、背格好に――無性に引っ掛かるものを覚えていた。

GMコメント

旭吉です。
サクの他に遂行者が増えました。

●目標
 遂行者サクと遂行者ロードの撃退。

●状況
 『神の国』内、テュリム大神殿。
 高い天井にはシャンデリアがあり、大きな窓越しには花の咲き誇る中庭が見える美しい回廊での屋内戦。
 この神殿には『原罪の呼び声』が響いています。どのような声で聞こえるかは皆様次第でしょう。
 (遂行者達は呼び声による影響を受けません)

 廊下の奥に遂行者二人、二人の手前にワールドイーターと炎の獣がいます。
 ワールドイーターと炎の獣を討伐すると、サクが優先的に前へ出てロードを逃がしてから撤退します。

●敵情報
 遂行者『終天』サク
  10代後半の少年。遂行者の白い制服の外套に薄い泥汚れが残る。
  ワールドイーターを創り出し、意思疎通する能力を持つ。
  自身も近接戦に対応可能だが、本来の得手は別の間合いの模様。
  状況が不利になるとロードを逃がしてから撤退する。

 遂行者『至光』ロード
  30代前半の男。柔和な印象の白髪。
  詳細能力不明。
  状況が不利になると撤退する。

 ワールドイーター×1
  黒く不定形な体高5mほどの液状。頭頂部から常に泉のように湧き出ては裾野を広げ続ける。
  動きは鈍重。
  浴びた『攻撃』を吸収してHPを回復する他、自分がのし掛かった対象を体内に閉じ込めHPを奪う。

 炎の獣×1
  ナイフを持った子供が炎を纏った姿。
  動きは非常に機敏で連撃もする。
  ナイフによる近接攻撃の他、炎の範囲攻撃を使う。
  サクにとってはどこか引っかかりを覚える姿。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <神の門>救うべきを溢してでも完了
  • 傲慢の『神の国』にて、打ち破れ
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年10月26日 22時11分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

サポートNPC一覧(1人)

チャンドラ・カトリ(p3n000142)
万愛器

リプレイ


 硝子窓から日が射し込む荘厳な大神殿の回廊。遂行者達が『神の国』と称する場所でありながら、その場を空気の如く満たすのは『傲慢』の呼び声だった。
 耳を塞いでも呼びかけてくる『声』は、それだけで常人にとっては毒でしかない。原罪の呼び声の影響を受けない旅人であっても、一歩間違えば狂気へと誘われる危ういものだ。
(師匠……テンショウ……)
 現に、回廊を進む旅人の『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)の意識を蝕み苛んでいたのは、彼女の怪盗の師匠と同門の声だった。お前の在り方こそは、身の程知らずの傲慢ではないかと。傲慢になるべからずと語っていた、まさにその声で。
「煩い……その声で私に語りかけるな、少なくとも師匠の声で傲慢を騙るな!」
「大丈夫か。確かに気分がいい場所ではないが」
「オイラ達も気をしっかり持たないと……」
 頭を抱えて『声』を振り払う沙耶を、『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)と『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)が気遣う。旅人でない二人には尚のこと、その不快感は無視できない圧力として常に感じられていた。

 イレギュラーズ達に等しく襲いかかる呼び声の圧力。
 その中にあっても、『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)と『消えない泥』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の視線をどうしようもなく引き付ける炎があった。
「マッダラー、あれは……子供、だよな?」
 一目瞭然の問いを投げずにはいられないウェール。炎に包まれた小さな子供は、イレギュラーズに気付くと手にしたナイフを向けて戦闘態勢に入る。
(背丈的に、トキではないか……しかし……)
 炎の獣となった子供はマッダラーの思い描いていた最悪の人物ではなかったが、彼の表情が和らぐことは無い。
 明らかに戦闘慣れした姿勢は、元になった子供が唯の子供ではないことを示している。そしてこの獣は、子供に痛みを与える事を厭う遂行者サクの新たな使役獣とは考えにくい。
「サク、その子に見覚えは無いか?」
「貴方の知り合いじゃないかな?」
 同じ結論に至った『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が問う。この子供は恐らく、サクの「オンネリネンの子供達」での仲間だったのではと。
「…………」
 問いを受けた遂行者サクは、液状のワールドイーターと炎の獣を隔てた向こう側で沈黙を守るのみ。
 代わりに答えたのは、その隣りで柔和な笑みを湛える白髪の遂行者だった。
「無駄ですよ。仮に、この子供がサクの知り合いだったとして。それがどうだというのでしょう? いまこの時、我々とあなた方が戦うこと以上に優先されることではありません。――そうですね、サク?」
「…………」
 味方の遂行者に訊ねられても振り向きもせず、ただ黙って戦闘態勢を取るサク。
(サク……今までと何だか、違う……多分、意志はあるんだと思う……けど……)
 これまで関わってきた経験から、サクが創り出すワールドイーターの形状や行動にサクの心境が反映されることが多かったと記憶していた『玉響』レイン・レイン(p3p010586)。泥のように粘度を持って広がり続ける今回のワールドイーターにどこか『泥人形』であるマッダラーの姿を見ていたが、この状況に言葉を発さず役目に徹しようとする彼を見た後では違うものも感じていた。
 目立った口も無い、形も保てないこの獣が意味するのは――言葉にならない、できない、何かではないか、と。
「子供の心配より、生きてここを出られるよう祈ることですね。では……お願いしますよ」
 白髪の遂行者が一言頼めば、炎の獣が間髪入れずに跳びイレギュラーズへ炎をぶつける。
 子供の外見に相応しい、否それ以上の俊敏さに先手を取られる形で、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
 

「皆下がれ!」
 避ける暇もなかった炎を味方の代わりに浴びたのはイズマとウェール、そしてマッダラー。
 決して生易しい温度ではない炎が収まるより早く、ウェールが偵察に飛ばしていたファミリアーの鳩越しに次の動きが見えた。白髪の遂行者の手に現れた樹の枝のような杖だ。
「ここに固まってると危ない。あっちの遂行者が動くぞ、得物は杖だ!」
「杖というと……能力は恐らく神秘系か」
 ウェールの忠告にアーマデルが動きたくとも、最短距離上に居座って道を阻むワールドイーターを無視はできない。
『願いは捻じ曲がり、祈りは歪む。勝手に夢見た傲慢はいかがかな?』
 楽団を指揮するように杖が振られると、空間に満ちていた不快感が更に増すような感覚。アーマデルはまず鈍重なワールドイーターの抵抗力と機動力を削ぐべく、妄執の英霊残響を叩き込んだ。
 手応えは――やはりダメージは通っていないが、動きは更に鈍っているように見える。
「おっと、ワールドイーターへの援護はさせないよ!」
 ワールドイーターへ何かを話そうとするサクを目にすると、イズマは聖王封界であらゆる護りを得た上で広がり続ける裾野を飛び越え、彼の元へ向かう。更に響奏撃の連撃を浴びせれば、サクはイズマから注意を逸らせなかった。
 拳を発光させて迫る彼を受け止めながら、彼の注意を引き続ける意味も兼ねてイズマは訊ねる。
「貴方はそこまでお喋りでもなかったけど、今日は殊更だんまりだね。彼に監視でもされているのかな? 子供を、無理やり炎に包み、苦しめた相手だろう?」
「……知っ、てる……」
 囁くような声で返ってきた答えはどこか苦しげだった。しかし、構わずイズマは続ける。
「何なら、君たちが苦しんだアドラステイアも元は遂行者側の仕業だ。……ほら、苦しませずに終わらせるんじゃなかったのか? 天義の子供達は洗脳して消そうとしたのに、なぜ今はやらない?」
「オレに遂行者を裏切れってことかよ。それは、絶対にできない」
 聖王封界越しに叩き付けられる拳。護りがあってもこの衝撃なら、恐らく彼らは――この『神の国』において、何かしらの強化を受けているのかもしれない。それほどの、『数多くは受けられない』と直感できる衝撃だった。
(回復手段はあるし、そう簡単に倒れてやるつもりもないけど……持久戦になる前に決着を付けたい、かな)

 一方、ここまでの敵の反応を見ていたアクセルが唸る。
「ワールドイーターと炎の獣を盾にしてて、遂行者もやる気がなさそうだな……って見えてたけど。さっきの嫌な感じのスキル、連発はされたくないよね」
「あの遂行者の足止めには俺が行こう。ただ、やはりあのワールドイーターが広がりすぎるのは困るな」
「いいよ、そっちは何とかする。アーマデル、当たりそうだったら気を付けてー!」
 ウェールが白髪の遂行者へ向かうのを聞けば、アクセルは少しだけワールドイーターと距離を詰め海の青を衝撃波として飛ばす。ダメージ自体は回復されても不調は通るのかという実験も兼ねていたが――その効果は、既にアーマデルによって動きが鈍くなっている結果が示してくれている。今も液状の肉体を散らしながらではあるが、目的通り壁際へ寄せることができたようだ。
「更に追撃だ――くらえ、獄門・朱雀!」
 燃え盛る紅焔を、アクセルは広げた翼のようにワールドイーターへぶつける。やはり焔の勢いに比べて手応えは薄いが、肉体が薄いところから火の手があがり蒸発するように消えつつあるのが見える。
「不調のダメージは効くみたいだね。どんどん付けて呪殺するのもよさそう!」
「それなら俺も得意だ。問題はこいつの体力がどれくらいなのか、だが……」
 まずは一刻も早く致命の不調を与えなければ決着が見えない。裾野が蒸発しつつも頂点から新たな液体が噴き出す巨体を、アクセルとアーマデルは見上げた。
「炎の獣は……少し距離があるか」
 ワールドイーターへの攻撃に炎の獣を巻き込めないかと考えていた沙耶だが、その位置的な難しさに眉を寄せる。その時、炎の獣の相手を申し出たのが呼び声に苛まれていた時も声をかけてくれた昴だった。
「私ではワールドイーターに有効打が打てない。そちらは任せたい」
「ああ、任された。今はこちらに注意を引ければ!」
 既に仲間達の攻撃で抵抗力が下がっているワールドイーターを沙耶がアッパーユアハートへ巻き込む。ゆっくりと沙耶へと這いずり向かうワールドイーターを見ながら、ふとレインは思い付く。
(攻撃すると……回復……なら……回復したら……?)
 まさかとは思いつつ動く泥山へ向けてメガ・ヒールを試してみれば、これまでで最もわかりやすく山が小さくなって後ずさりした。
「わ……回復が弱点、ってこと……?」
「よし、これなら……うわ!」
「沙耶……!」
 回復スキルの有効性が確認できたのも束の間、ワールドイーターを引き付けていた沙耶が液体へ埋め込まれるように捕われ呑まれてしまった。内側から抵抗しているのか、泥山が時々不自然にぼこぼこと動いているのが見える。
「すまない、救出を任せたい。俺はこいつの回復を封じる」
「今助けるよ!」
 アーマデルが蛇巫女の後悔と怨嗟の英霊残響を撃ち込んだ後、アクセルが衝撃の青で胴体の吹き飛ばしを試みる。しかし、取り込んだ獲物を逃すつもりは無いのか、最初のようには本体の移動ができなかった。
「身体の内側でも攻撃を吸収できるか……試してやろう!」
 呑み込まれた沙耶自身も黒顎魔王で文字通り食い破ってやろうと試みたが、圧倒的な破壊力は液状の肉体にやはり吸収されて――しかし、火力の割りに肉体が回復しているようには見えなかった。アーマデルの英霊残響による回復阻止が活きたのだ。
「沙耶のこと、返してもらうよ……」
 再びのメガ・ヒールが襲いかかると、沙耶を吐き出したワールドイーターは更に小さくなってゆるりと後退を始めた。


 ワールドイーターと遂行者サクへの対応が進められている頃、昴も主と思しき白髪の遂行者の近くで待機していた炎の獣の元へ向かおうとしていた。
「昴。すまないが……あの子供を、殺さないでほしい」
「あのサクとかいう遂行者と関係があるからか? 皆言っていたが」
 マッダラーの申し出に問いを返す昴。マッダラーはそれを肯定したが、それだけではないとも言った。
「あの初手の素早さ、破壊力。野放しにできないとはわかっている。
 だが、あの子供を殺してしまえば取り返しが付かなくなってしまいそうな気がするんだ。何より……これは、完全に俺の主観なんだが……まだ間に合うなら、子供の未来をこの手で潰したくない」
「私も、好き好んで子供を撲ち殺したくはない。では、あの子供は倒しきらずにおけばいいんだな」
「頼む。命に替えても、皆への迷惑はかけない」
「迷惑だなんて言うな。あの子供を助けたいのは俺も同じだ」
 真剣な声で命を差し出す覚悟を告げるマッダラーの元へ歩み寄ったのは、彼と共にあの子供に気付いたウェールだ。
「もしかしたら、あの遂行者の影響下にあるのかもしれない。そっちは何としても押さえるから、昴とマッダラーはその間に」
 そう言い残すと、ウェールは遮るものの無くなった最短距離を白髪の遂行者へと駆ける。

「俺が相手だ、遂行者!」
「おや」
 攻撃を食らった対象の注意を必ず引き付ける『標的改竄』のスキル。その実用性は十二分に実証済みである。
 ――相手の能力が未知数であることを除いては。
「遂行者、ではわかりにくいでしょう。我が名はロード。導くものにして道を敷くもの、と」
 確かに命中したはずの手応えは、枯れ枝を砕くような脆さで。ロードと名乗った白髪の遂行者はその隣りに佇んでいた。
「ロード……お前は大人だろう。導くものであるお前が、あの子を……炎の獣にしたのか」
「またその話……『はい仰る通りです』と言えば満足ですか? 私であろうと無かろうと、あの子が誰であろうと、我々のすべきことに何か変わりがあると? あの子が全くの赤の他人であれば、果たしてあなたはここまで問うたでしょうか?」
 呆れたような、むしろ鬱陶しそうな白髪の遂行者ロードの答えに、ついにウェールが吼える。
「ああそうだ! 大人として子供を救わなければならないなんて綺麗事かもしれない! ご覧の通り足も声も震えっぱなしだ!
 だが、少なくとも俺は父親として、大人として! サクに問いをぶつけた『俺』として!
 今まで苦しんできたなら、明日は報われなきゃダメなんだと、示さなければいけないんだ!!」
「実にありふれて、聞き飽きた、当たり前の願いですが。どうでしょう……――赤騎士様」

(素早いのはわかっていたが、あの火力でこの回避力……子供の形でもやはり『炎の獣』か)
 殺さないにしても、まずは無力化のためにダメージを与えねば捉えられない――破砕の闘氣と金剛の闘氣でその肉体を最大限に強化した昴が炎の獣へ拳を当てようとするが、城をも砕くといわれるその拳が小さな獣に躱され続けてしまう。この空間の不快感や、あの遂行者の杖による仕掛けが効き始めているのかも知れない。
 それでいて、獣の攻撃は一方的に当たる。炎を浴びせられ、炎熱に輝く刃で何度も斬り付けられる。並の鍛え方をしていない昴は焼かれるほどに、斬られるほどに拳の力が増すが、このままではその拳を当てられない。
「マッダラー、本当に何とかなるのかこの子供は」
「……痛くはないか、お前を焼くその炎は」
 マッダラーは攻撃しない。抱きしめてやる泥の腕は届かずとも、唯々、獣へ優しく声をかけ続けていた。
「お前を焼く火を消したい。怖いことは何一つない、心配しなくていい。俺はお前のことを守る」
 武器や拳の代わりに、マッダラーが獣へ差し出したのは小さな蓮の花。泥と時の中で咲く花を、最期の時まで守る証として。
 花一輪など、獣の炎で瞬く間に燃え尽きてしまうだろう。獣も警戒している様子を崩さない。
「俺にはお前の名がわからない。だが、サクの仲間だったなら……彼と同じく、この歪んだ世界で生きることは辛いことかもしれない。それでも、俺には目の前の幸せを閉ざして生きるなんて、そんな生き方をお前たちにしてほしくない。誰かのことを思える強さを持っているのは、お前たち人間の強さだ」
 泥人形なりの真心と慈愛と、少しの羨望を込めて獣の反応を待った。


「レイン、回復はまだあるか!」
「ちょっと、休めば……でも、この傘でも……火炎攻撃、できるから……」
 予想を遙かに超える長期戦に、沙耶がレインを気遣う。彼による回復や、アーマデルやアクセルによる呪殺が主な火力となってワールドイーターを追い詰めつつあったが、攻撃スキルでダメージを稼げないとのに高耐久という性能がイレギュラーズをも追い詰めていた。
「だが、呪殺のダメージも増えてきた。そろそろ決めたいな」
「ほとんど動かなくなったし、大きさも小さくなってきた! 呑み込まれた時の怪我もちょっと痛いけど、このままいくぞー!」
 アーマデルとアクセルに、沙耶とレインも合わせる。体力の回復を徹底して禁じ、最後の一手を仕掛けると、泥山のような液状のワールドイーターはようやく水溜まりのように形を失って消滅した。
(炎の獣は……どうなっただろうか。呼びかけるための名前がわかればいいと思うんだが……)
 自分が何者であったかを自ら認識できなければ、元に戻すのは難しいだろうとアーマデルは思う。戦いの最中にも辺りの霊に問いかけてはいたが――今のところ、答えは得られていない。
 
『■■■■!!』
 イズマが遂行者サクを引き付け続けてどれほど経ったか。隙を見てワールドイーターへの攻撃にも参加していた彼が、膠着していた炎の獣の戦況へ攻撃を向けようとした時、目の前のサクが聞き取れない言葉を発した。
 異様に彼へ注意を引かれるこの言葉は、イズマがサクを引き付けているものと同質のものだろう。
「……あの子を守りたいんだ、サクさん? 炎の獣をやらされてる今の方が辛そうなのに?」
「レンは……もう戻れねえよ。なのに何やってんだよあんたら。足の速さだけが取り柄だったガキが、あんなのから戻れるわけ」
「へえ、それが彼の名前なんだ。昴さん、マッダラーさん、その子は『レン』だ!!」
 サクが何か罵倒しているが構わない。むしろ、これまで異様に沈黙していた彼が『レン』のことで口数が増えているのは好機かも知れない。
「サクさんは世界を滅ぼす必要悪のつもりかもしれないけど、実際は潔癖に見えるよ。正しさを『正しさが有る事』ではなく、『間違いが無い事』だと思ってるんだろう?」
「何が違うんだよ」
「全然違うよ。人生は苦しいし間違うし、矛盾もする。でもその中に正しさや幸せを見つけて進めばそれで良い。
 間違いも苦しさも、正しさも幸せも、全部違って、一緒にあって良いんだよ」
 それでちゃんと成り立っている他人の幸せを侵すことは、誰も君に望んでいない。少なくとも、君や君の仲間を思う人々は『在るべき姿』より『在りたい姿』を望んでほしいと願っている――逸らされがちな漆黒の目を逃さぬように見据えて、イズマが伝える。
「…………オレは」
「ウェール!!」
 サクが何か言いかけた時、昴の声が被さる。
 視線を移せば、遂行者ロードの援護を受けた赤騎士が燃える槍でウェールを貫き、突き飛ばしていた。

「ファミリアーで……見えてはいたんだが……っ」
「下がってろ。この図体なら当てられそうだ」
 ウェールを下がらせ、昴が前に出る。火焔と化した闘気の拳は確かに命中したものの、体力が高いのか大きなダメージとなっているようには見えない。
「ウェール、しっかりしろ! この子だ。イズマが……サクが名を教えてくれた。レンという」
 重傷のウェールを支えながらマッダラーが眠る子供を見せる。焼ける炎から解放された子供は、この戦いの場にあって剛胆なほど安らかな寝息をたてていた。
「サク! お前のことをトキから聞いた! 自分を犠牲にして全てを成し遂げようとするのはお前の良さだ。その意思があれば、お前はなんだってできる。誰も彼も傷つけずに本当に守りたい未来を守る奇跡の力は、お前の中にある。何度でも言うぞ!」
「どの口で言ってんだよ。こっから無事に戻れるつもりでいんのか」
 ウェールを重傷にした赤騎士はほぼ無傷で次の獲物を探している。対してイレギュラーズは、これまでの戦いで既に満身創痍だ。遂行者達にも疲労の色はあまり見えない。
「あんたらは先に戻れよ。今のこいつらならオレ一人でいける」
 手出しは無用とばかりに自分が前へ出ると、大小数多のワールドイーター達が生み出される。流石に、今のイレギュラーズにこれだけの数を相手取る余裕は残っていない。
「俺が、殿に残……————!」
 怪我を押してウェールが立ち上がろうとした時、何かに気付いてサクを見た。
 その表情を暫し見て。やがてワールドイーター達に追い立てられるように、ウェールも仲間達と共に撤退していった。

 ――レンのこと。苦しくないように。もう少しだけ。
 
 それが、殿に残ろうとしたウェールの意識に送られた声だった。

 その子供を救い出すことは、あの遂行者ロードの言うように些事だったのかもしれない。
 しかし、救わなければ絶対に後悔したであろう命を救えたこともまた事実。その手の中にある温かな事実ひとつを握り締めて、彼らは彼らの世界へと戻っていくのだった。


 イレギュラーズが去った後ろ姿を見送っていた遂行者サク。そこへ歩み寄る足音ひとつ。
 遂行者ロードだ。
「今回、あなた自身も意外だったのでは? 炎の獣の件。あなた、『自分でも違和感を覚えるほどに』怒りの感情が沸かないのでしょう? トキという少女が誤って撃たれた時はあれほど」
「何を知ってんだよアンタは」
 サクがロードを睨むと、彼は殊更穏やかに微笑んだ。
「知っていますとも、全て。『自分を犠牲にして全てを成し遂げようとする』……ふふ。なかなか、核心を突いているではありませんか」
 自分は報告に行くからと、白い外套を翻して遂行者ロードは宮殿の奥へと消えた。
(……まだ、死ねない。オレが、最後まで生きないといけない。じゃないと)
 今は違和感も痛みも、全て黒く塗り潰して獣の糧とする。
 もう少し。多分、あと少し――。

成否

失敗

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

ウェール=ナイトボート(p3p000561)[重傷]
永炎勇狼
三鬼 昴(p3p010722)[重傷]
修羅の如く

あとがき

お疲れ様でした。
『遂行者二人の撃退』という目的は達成できなかったため依頼としては失敗判定となりましたが、炎の獣になりかけていた元「オンネリネンの子供達」の少年レンは元の人間に戻りました。皆さんと共に『神の国』から脱出しています。
レンは特に希望が無ければローレット預かり(トキは危険な場所にも向かうためレンを預かれません)となります。
称号は、言えなかった言葉を貴方に。

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