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シナリオ詳細

<渦巻く因果>“不吉な月”の工房。或いは、足音のない来訪者…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●音も無く来る
 音も無く、肩の肉が抉られた。
 血飛沫が散って、黒衣の男が床に倒れる。年齢は30代の前半ほど。ぼさぼさの長い髪に、眼鏡をかけた神経質そうな印象の男だ。
「なんだ、お前?」
 肉が抉れ、だくだくと血の流れる肩を手で押さえ、暗がりへと誰何する。
 コツコツと足音が鳴る。
 暗がりから現れたのは、青白い肌の女性であった。
「80点。反撃を試みるだけの性能があれば、90点超えだったのに……残念ね」
 どこかぼうっとした顔で、女はそう呟いた。
 男の誰何に答えを返したわけではない。たぶん、きっと、独り言だ。
「魔法使い。イレギュラーズと関りがある。連絡手段はないから、まぁ60点?」
 女は肩に長い槍を担いでいた。
 先端から血の雫を零す銀の槍。男の肩を貫いたのは、それだろう。
「“不吉な月”というのが名前? 魔法使いとしての偽名? 変な名前……20点」
 ぶつぶつと言葉を零しながら、女性は部屋の各所に積まれた書類や本に視線を走らす。ぼう、っとした表情の割に、随分と情報を拾うのが早い。
 何かしら、そういう技能を有しているのだろうと魔法使い“不吉な月”は予想した。
 だからと言って、何が出来るわけでも無いが。女の技能を知ったところで、彼にはそれを止める術がないのである。
「稼動しているゼロ・クールが少ない? そこにある3体の未完成品だけ?」
「生憎と、稼働中のゼロ・クールは全て外に出してある。あいつらには世界を見て、聞いて、知ってもらわなければいけないからだ」
 血混じりの唾を吐き捨てて、“不吉な月”はくっくと笑った。
 女は僅かに苛立ちの感情を発露させた。眉をしかめて、担いだ槍を薙ぎ払う。積まれていた書物の山が崩壊し、音を立てて床に散らばった。
「イレギュラーズを呼んでもらわなきゃだし……まだ、殺しちゃ不味いか。あぁ、10点」
 掠れた吐息を零した女は、ポケットの中から幾つかの小瓶を取り出した。小瓶の中に詰まっているのは、濃緑色のスライムだ。
 女は小瓶を床に落として、靴の底で踏み砕く。
 溢れたスライムは、まるで意思を持つかのように蠢いた。床を這いずり、壁際に並べられていた稼働前のゼロ・クールへと纏わりついた。
 ギギ、と軋んだ音がしてゼロ・クールたちが顔を上げた。目を見開いた。
「死なない程度に、そいつを痛めつけなさい」
 淡々と。呟くように女が言って。
 その指示に従うようにして、ゼロ・クールたちは“不吉な月”へと近づいていく。

●イレギュラーズへ告ぐ
「我々はこの世界を滅ぼし、混沌世界へと渡航する事に決めた。
 選ばれた世界の住民達しか『混沌世界』に渡ることが出来ないのだ。滅びに抗えるお前達を捕え混沌に渡る手助けをして貰おうか」

「以上のような宣言と共に、魔王配下がプーレルジールに現れたっす」
 プーレルジールの見取り図を広げ、イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)はそう言った。見取り図には、幾つもの印がペンで書き込まれている。
 現在までに判明している“襲撃のあった箇所”である。
「手分けして虐殺行為を食い止めましょう……今回のはそう言う作戦なわけっすけど。皆さんには“ここ”に向かってほしいっす」
 イフタフが指差したのは、プーレルジールの片隅にある大きな屋敷だ。
 “不吉な月”と呼ばれる魔法使いの住居であり、現在は槍を持った女に占拠された状態にある。
「助けを求めて来たのはYMTK-813号……通称“ハチ”ちゃんと呼ばれているゼロ・クールっす。“不吉な月”さんを助けに行こうとしたみたいっすけど、失敗して大きな損傷を負ったみたいっすね」
 813号……もとい、ハチと呼ばれるゼロ・クールは命からがらプーレルジールを脱出。ローレットに保護されると同時に、“不吉な月”の危機を伝えた。
 かくして、“不吉な月”の救出作戦が実施される運びとなった。
「屋敷の工房には“不吉な月”さんと、それを拘束するゼロ・クールが3体。槍を持った女は、屋敷の周囲をうろついているみたいっす」
 屋敷に突入し“不吉な月”を救出すること。
 それが今回の任務である。
「ゼロ・クールを操っているのは『寄生終焉獣』っすね。スライム状をしており、人の形をしている者に取り憑く習性を持つっす」
 取り憑かれてしまった以上、ゼロ・クールを無事に解放することは絶望的だ。コアを破壊するほか、止める術はない。
 ゼロ・クールたちは【体勢不利】や【ショック】を付与する能力を持つ。また、尋常ではない怪力を有していることもあり“不吉な月”が自力で逃走を図ることは出来ないだろう。
 また、ハチの様子を見る限り、寄生されたゼロ・クールたちもかなり頑丈に出来ていることが予想される。
「槍を持った女の方は……【滂沱】【致命】【必殺】辺りっすか。近接戦特化なようにも見えるっすけど。さて……」
 エネミーの数は多くない。
 多くは無いが、魔法使いの工房というあまり広さのないフィールドが面倒だ。壁や天井が邪魔で、こちらも十全に動き回ることが出来ない以上、数で囲んで蛸殴りにするという戦法が選び辛い。
「それと、これはハチちゃんから聞いた話なんっすけどね。工房には“星”と呼ばれる鉱物が保管されているッス。砕くと強烈な閃光を放ち、光を浴びた者に【恍惚】を付与する特性があるらしいんで……まぁ、上手いこと使ってください」

GMコメント

●ミッション
魔法使い“不吉な月”の救出

●ターゲット
・槍を持った女
青白い肌の、どこかぼうっとした女性。
マイペースな性格をしており、他人の言動やシチュエーションに点数を付ける癖がある。
【滂沱】【致命】【必殺】を付与する槍を武器として携えており、現在は屋敷の周辺をうろついている。

・ゼロ・クール×3
YMTK-815~817までの3体。
『寄生終焉獣』に取り憑かれており、現在は開発者である“不吉な月”の拘束を担当中。なお、YMTKナンバーズ共通の特徴として、非常に頑丈に造られている。
稼動前の個体であったためか、自我は希薄のようだ。
停止させるには“コア”を破壊するほかに術はない。
触れた相手に【体勢不利】や【ショック】を付与する能力を持つ。

・魔法使い“不吉な月”
ゼロ・クール、YMTKナンバーズの開発者。
眼鏡をかけた魔法使い。インドア派。
本名を名乗るのが嫌いなのか、友人たちも彼の本名を知らない。
少なくとも肩を怪我している。もしかすると怪我は増えているかもしれない。

●フィールド
プーレルジールの片隅。
工房が併設された“不吉な月”の屋敷。
工房の位置など、詳細な内部構造は不明。
通路は狭く、素材などがあちこちに散乱しているなど障害物が多い。
長柄の武器などは取り回し辛いし、跳んだり跳ねたりもしづらい。

アイテム:星
屋敷のあちこちに散乱している“星”と呼ばれる鉱物。
破壊することで、周囲に【恍惚】状態を付与する閃光を撒き散らす。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <渦巻く因果>“不吉な月”の工房。或いは、足音のない来訪者…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
一条 夢心地(p3p008344)
殿
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い

リプレイ

●釣り
 鎖の音と共に彼は現れた。
「こんにちはお嬢さん、物々しいもん持ってるが逃げ遅れかな」
 プーレルジールの片隅にある大きな屋敷だ。『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が見やる先には、槍を担いだ女が1人、立っていた。
「あぁ、来た来た。100点ね。こうすれば釣れると思っていたわ」
 槍を担いだ女が笑う。
 暗い夜がよく似合う、青白い肌の女であった。どこかぼうっとした眼差しは、まずマカライトを、次に『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)、『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)と『ささやかな祈り』Lily Aileen Lane(p3p002187)、の姿を捉えた。
「道を開けてもらおう……彼の無事を願う人が、待ってる人がいるんだ」
「4人……これは60点」
 訝し気な表情だ。
 女はウェールの言葉を無視し、視線を左右へ動かした。
 暗闇の中、何もいない空間に、何かの姿や気配を認めようとしている風にも見える。
 けれど、しかし……。
「俺達をおびき寄せて利用する、それは分かるけれど実際どうやって混沌に渡る手助けなんてできるのか」
 鞘に納まったままの剣を掲げ、ヴェルグリーズがそう言った。鞘の内で剣の鳴る音。女の視線がヴェルグリーズに固定される。
 女が槍を肩から降ろした。
 腰を落として、戦闘態勢を整える。
 その、瞬間だ。
「吹き飛べなのでしt……です!」
 弾かれたようにLilyが跳び出す。
 その手には、鮮烈な魔力の輝きを称えるパイルバンカー。鋭く研がれた切先が、女の眼前へと迫る。
 轟音。
 そして、衝撃。
 押し退けられた空気のうねりが土煙を巻き上げて、辺り一帯を煙らせた。

 暗い廊下に人影が1つ。
 屋敷に忍び込んだ『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は、床や壁に視線を走らせ、人の痕跡を探る。
「さて、どうですかの。すんなり救出できりゃええんですが……」
 気配はない。物音もしない。
 窓の向こう、庭の方では爆発のような轟音が響いた。槍使いの女と、陽動班の戦闘が始まったのだろう。
「血痕がありゃ、それを追えば居場所が見つかるやも知れませんけえ」
 救出対象……“不吉な月”と呼ばれる魔法使いは果たしてどこにいるのか。床へと視線を落とした支佐手の足元で、きらりと何かが光って見えた。

 YMTK-813号。
 今回、“不吉な月”が襲撃を受けたと報告して来たゼロ・クールである。通称“ハチ”と呼ばれる彼女は、酷い怪我を負っていた。
 コアこそ無事だが、身体の方はしばらくまともに動かせるような状態ではない。
「これは……アレじゃろ? 魔王軍が攻めてくる前触れ的なやつじゃろ?」
『殿』一条 夢心地(p3p008344)は、傷を負ったハチの姿を思い出す。重傷を負いながらも、機能の大半を停止させながらも、ハチはイレギュラーズに助けを求めた。
 以前に1度、共に仕事をした程度の関係しかないイレギュラーズを彼女は頼った。
「勇者的存在である麿だからこそ分かる。このイベントを終えた時、麿の額に伝説の紋章が宿る! 間違いない!」
 で、あれば。
 そうであるなら、夢心地は立ち上がらなければならない。
 ハチの献身に、その勇気に、報いなければならない。
「私達をおびき寄せる事が目的なら"不吉な月"はまだ無事なはず。とはいえ、時間は掛けていられないわ」
 『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)もまた、ハチの要請に応えた1人だ。
 アルテミアが、視線を空へ。
 鴉が円を描くみたいに飛んでいる。ウェールが放った偵察用の鴉が、アルテミアへとサインを送ってくれていた。
 円を描く軌道は「接敵」を知らせる合図だ。
「うむ。そんなワケで勇者夢心地パーティの初陣じゃ。ゆくぞ皆の者」

 目標は“不吉な月”の救出。
 そして、救出を阻む“障害”の排除である。
「ゼロ・クールに寄生する終焉獣、話には聞きましたが……」
 虚ろな目をした人形が『月光の思いやり』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)の眼前に立つ。
 病人服のような簡素な衣服を纏った、色の無い人形だ。その眼窩からは、黒い汚泥のようなものが溢れている。
 ジョシュアに銃口を向けられていても、人形は何の反応も示さない。ただ、近くにあった剣を手に取り、ジョシュアの方へゆっくりと近づいて来るばかり。
 もはや、自我さえまともに残っていないのだろう。
「……それでも他に止める手段がないならやるしかないのでしょう」
 どうしても、ゼロ・クールの在り方に昔の自分を重ねてしまう。
 だからといって、何が出来るわけでも無いが。

●“不吉な月”の工房
 支佐手の足元に転がっているのは、手の平に乗せられる程度の石だ。
 正確には、石のように見える“星”と呼ばれる物質だが。
「星……一応、集めときますかいの」
 見たことも無い黒い鉱石。その割れ目からは、ほんの僅かな光の粒子が覗いている。
 それを幾つか拾い上げて、懐の内へと仕舞い込む。

 ウェールが虚空を駆け抜ける。
 その後を追って、白銀色の槍が迫った。ウェールの背中を、肩を、脇を、槍が貫き血が飛び散る。
 鮮血はまるで雨のように、槍を担いだ女の顔や髪を濡らした。
「逃げるの? そっちから出向いて来たくせに?」
 嘲笑するように女は言った。
 ウェールは女の言葉を無視して、屋敷の正門から外へと跳び出した。その後を追って、女が走る。
 虚空を舞うウェールの背後を、一定の距離を保ったまま追いかけて来る。付かず離れず、槍の切っ先がウェールに届く絶妙な距離だ。
 槍が振るわれる。
 ウェールの脚を槍が貫く。
 血の飛沫を撒き散らしながら、ウェールの身体が地面を転がる。屋敷の塀に背中を預けるようにしながら、ウェールは上体を起こした。
 血を流す脇の傷に手を触れる。
 その手には魔力の淡い燐光が灯る。傷を治療しているのだろう。
 ウェールの額に槍を突きつけ、女は問うた。
「何を笑っているの? 気色の悪い……20点」
「いいや。100点だ」
 これでいいとウェールは笑う。
 鴉を通して見たからだ。
 仲間たちが、女に気付かれないうちに屋敷へ忍び込んだ瞬間を。

 ウェールの頭部を、槍で貫こうとした。
 直後、女は槍を真横に振るい、跳び込むように地面を転がる。
 虚空を“黒”が横切った。
 黒く、巨大な狼の顎……じゃらり、と鎖の音を鳴らす黒き獣が、女の髪を食いちぎる。
 はらはらと舞い散る髪を手で払い除けると、どこかぼうっとした眼差しを屋敷の門の所へ向けた。
 そこに立っていたのはマカライトだ。
「いいところで横槍? 0点よ?」
「お互い様だろう。名前も告げずってのは、あんたから見て赤点未満なんじゃないか?」
「…………」
 女は無言で槍を振るう。
 虚空で火花が飛び散った。死角から女に迫る黒い鎖が、槍で弾かれたからだ。
「名前……知りたいの?」
 姿勢を低くし、女が駆けた。
 くるくると槍を回す度、暗闇に幾度も火花が飛び散る。マカライトの放つ鎖を払い除けながら、あっという間に2人の間にあった距離を0にした。
 そして、一閃。
 地面から、空へ向けて振り抜かれた女の槍がマカライトの顎から頬、額にかけてを引き裂いた。
 頬に付着した返り血を、赤い舌で嘗めとりながら女は笑う。
「サリエリよ。サリエリ……以後、お見知りおきを」
「魔王軍の一員か?」
「だったら?」
 ひゅん、と風を切る音がした。
 女……サリエリが、頭上で槍を旋回させた音である。
 振り下ろされる槍の切っ先は、まっすぐにマカライトの肩へと落ちて来る。頭を狙わないのは、刃が頭蓋骨の丸みで滑ることを恐れたからか。
 槍の軌道上に刀身を割り込ませながら、マカライトは言った。
「魔王軍による一斉攻撃か。龍退治や世界樹守ったりしたがいよいよ幻想物語もかくやって奴かもな」
 マカライトの視線がブレる。
 サリエリは、マカライトが一瞬だけ自身の背後を見たことに気が付いた。
 それは、直感か、経験による瞬間的な判断か。
 サリエリは上体を伏せるように前へ倒し、槍の柄を背後へと叩きつけた。
 硬質な音が響く。
衝撃が、槍から腕へと伝わった。
「では、次の質問だ。キミは誰でどこから来たのか、俺達イレギュラーズを集めてどうするつもりなのか」
 ヴェルグリーズだ。
 初撃を防がれたことに動じた様子を微塵も見せず、ヴェルグリーズが手首を返した。
 暗闇の中、何かが奔る。
「……っ」
 舌打ちを零し、サリエリは後方へと跳んだ。
 斬撃の雨が降る。
 一瞬のうちに、槍に叩き込まれた斬撃の数は8回。サリエリの槍は特別に頑丈な素材で出来たものではあるが、ヴェルグリーズの剣を何度も受け止め続けることはできない。
「知っていることはすべて話してもらおうか」
 サリエリの意図を読んだわけではないのだろうが。
 ヴェルグリーズが、攻撃の手を緩めることはない。
 闇雲に剣を振り回しているわけじゃない。速さと重さ、狙いの正確さを維持した剣技である。
 素人剣術であれば、適当にいなして反撃に移れた。
 そうじゃないから、防御に回る他に術がないのだ。
 そして……。
「今度こそ!」
 死角から飛び込んで来た小さな影はLilyのものだ。
 開幕早々に叩き込まれたパイルバンカーの一撃を、再びサリエリにぶつけるつもりだ。
 正面からヴェルグリーズ。
 その後ろにマカライト。
 更に、横からはLilyが迫る。
 連携。
 数にものを言わせた絶え間ない連続攻撃。孤軍であるサリエリには不可能な戦法。数を揃えることが可能なイレギュラーズの得意戦法。
 事前に情報は頭に入れて来た。
 その上で“これほどまで”とは思っていなかった。
「鬱陶しい! 0点! 0点0点0点0点0点0点0点0点!!」
 ヒステリックな絶叫をあげ、サリエリは槍の根元を握る。姿勢は地面を這うように低く。両の脚で大地を踏み締め、上半身を槍ごと前方へと投げた。
 身体を目いっぱいに使って、最大限に射程を伸ばした渾身の刺突。
 その一撃がLilyの腹部を貫いた。
「ぐ……吹き、飛べ……なのでしt」
「0点! 刺さったなら、止まりなさいよ!」
 腹部を槍で貫かれたまま、Lilyは地面へパイルバンカーを打ち付ける。

 ジョシュアの放った弾丸が、ゼロ・クールの喉を撃ち抜く。
 だが、ゼロ・クールは止まらない。
 紫電の迸る手を伸ばし、ジョシュアの肩を掴んだ。空気の爆ぜる音がする。ジョシュアの身体に、電撃のような痛みが走る。
 がら空きになった肘の辺りへ弾丸を撃ち込み、ジョシュアは廊下を転がった。一瞬で数メートルの距離を確保し、シリンダーから空になった薬莢を排出。
 弾丸をリロードしながら、ジョシュアは囁くように告げた。
「もう少しだけ耐えてください」
 それは、誰に向けて放たれた言葉だろうか。
 捕らわれた“不吉な月”か。
 先へ向かった仲間たちか。
 それとも、意に添わぬ行為を強いられているゼロ・クールか。
 ゼロ・クールがジョシュアの眼前に至る。
 その手が、ジョシュアに触れる寸前。
「お近くの部屋に跳びこんでくださいや!」
 支佐手の声が廊下に響いた。
 姿は見えない。
 けれど、ジョシュアは咄嗟に近くの部屋へと体を滑りこませて扉を閉じた。
「魔法使い殿、こいつを使わせて頂きます!」
 からん、ころん。
 何かが廊下を転がる音。
 そして、魔力の波にも似た衝撃。
 閃光が、眩いほどの閃光が、扉の隙間から部屋の中へと流れ込む。廊下はきっと、目を開けていられないほどの光に飲み込まれていることだろう。
 閃光が瞬いていた時間は、僅かに数秒。
 光が止んだ瞬間に、ジョシュアは扉を蹴り壊し、廊下へ出た。
「あなたの大切なゼロ・クールを壊してしまう事、申し訳ありません」
 そこには、顔を覆って棒立ちになるゼロ・クールの姿。
 がら空きになったその胸へ、ジョシュアは弾丸を撃ち込んだ。

 ぬるり、と壁から現れたのは、真白く塗られた顔だった。
「っ!?」
 驚愕に言葉を失う黒衣の男と、夢心地の視線が交わる。
 パチン、とウィンク。
「!? ??????」
 さらに困惑する“不吉な月”。
 音も無く壁から部屋へと染み出すように足を踏みだす夢心地。出来の悪いホラーのような光景だ。
 きらびやかな衣服が目に眩しい。
 その手に抜き身の刀を下げていることが、なお一層に恐ろしい。
「ダンジョン内では消耗しないよう動くのが真の勇者ムーブよ」
「……なん、だと?」
 サクリと微かな音がして“不吉な月”を拘束していた縄が解けた。その音に気が付いたのか、部屋の扉付近に立っていた2体のゼロ・クールがこちらを振り向く。
 ゆらり、と刀を胸の前に構え、夢心地は囁いた。
「疾くこの場から逃げよ。あ、いや、その前に魔王攻略の為の重要アイテムを貰おうかの」
「何を言っている? アイテム?」
「ほりゃ、早よ出すが良い。勇者に渡すアイテムがあるじゃろ? ん? ん?」
 じりじりと、ゼロ・クールが距離を詰めて来る。
 その背後で、扉が砕けた。
「この娘たちは、壊させてもらうわね。操られているだけで罪は無いけれど」
 そんな言葉と共に、部屋の中へ何かが転がり込んでくる。
 黒い石……“星”だ。
 部屋全体が眩い光に飲み込まれる。
 その寸前……。
 光の向こうに、銀の髪の女性が見えた。

 両手に剣を握ったアルテミア。その青い瞳が“不吉な月”の方を見ている。
 少しだけ、憂いを秘めた眼差しだ。
 それをアルテミアは“不吉な月”からゼロ・クールへと移す。
「一思いに“コア”を壊してあげることが救いとなるはずよ」
 一閃。
 アルテミアの斬撃が、ゼロ・クールの首を断ち切る。

●救出
「歩けますかいの?」
 “不吉な月”が部屋を転がり出たところで、そんな声が投げかけられる。
 髪も、衣服も黒い男だ。
 黒衣の男……支佐手はざっと“不吉な月”の前身を眺め、ふぅ、と小さな溜め息を零す。“不吉な月”の身体は傷だらけで、とてもじゃないが自力で歩くことは難しそうだったからだ。
「では、わしが背負いましょう」
 そう言って、支佐手は“黒衣の男”を背に担ぐ。
「お前ら、何者だ?」
 困惑を飲み込み、彼は問う。
「ははぁ。夢心地殿が言うには“勇者パーティ”だそうで」
 くっくと肩を揺らしながら、支佐手はそう答えを返した。

 まずは1体。
 首を失い、ふらつくゼロ・クールの胸部に剣を突き刺し、アルテミアはため息を零す。
「混沌世界へ渡航する為に私達を利用しようだなんてね」
 ゼロ・クールに罪はない。
 槍使いの女……サリエリに利用された被害者であるとも言える。
 だが、もう救えない。
 終焉獣から解放してやることは出来ない。
「うむ。ままならんものよ」
 刀を正眼に構え、夢心地が頷いた。
 残るゼロ・クールは1体。
 その虚ろな眼差しは、アルテミアへと向いている。その視線を、アルテミアから離せないでいる。
 ゼロ・クールがまっすぐに腕を伸ばす。
 その手で紫電が爆ぜている。
 だから、どうしたというのか。
「残存個体は1で間違いないのよね」
 左手の短剣で、ゼロ・クールの手を弾く。
 懐に潜り込むように、アルテミアは前進。
 ゼロ・クールに肉薄した位置から、視界の外を走らせるように剣を振るった。
 斬撃が、ゼロ・クールの腹部を斬り裂いた。
 ゼロ・クールは悲鳴の1つも零さない。
 腹部を、背骨を断ち切られ、力なくその場に倒れ伏す。瞳から汚泥を垂れ流すその様は、まるで泣いているかのようにも見えた。
 仰向けに床に転がったまま、藻掻くゼロ・クールの胸へ銀に輝く刀が突き立つ。
「御免」
 夢心地がそう呟いて。
 ゼロ・クールは永遠にその動きを止めた。

 ヴェルグリーズの斬撃を、超至近距離から叩きつけられた一撃を、辛うじてサリエリは防いで見せた。
 衝撃が腕を痺れさせる。
 槍を握る手に力が入らない。
「それは預かっておこう」
 じゃらり。
 鎖が槍を巻き取った。
 血に濡れた槍が地面を転がる。
 荒い呼吸を繰り返しながら、マカライトがにやりと笑った。挑発されたと感じたのだろう。苛立ちを露にしつつ、サリエリは舌打ちを零す。
 マカライトの傷は浅くない。 
 同じく、盾役を務めたウェールも深い傷を負っている。
 だが、2人が傷の痛みに怯む様子は無かった。
 地面に転がったまま血を流し続けているLilyも、戦意の籠った強い視線をサリエリへと向けている。
 厄介だ。
 こう言う手合いは厄介だ。
 自己の犠牲を惜しまず、傷を負うことを恐れず、ただ1つの目的のために複数人が一丸となって行動できる。
 そんな連中の相手をするのは骨が折れる。
「無事に逃げおおせたな」
 ウェールが告げる。
 その言葉の意味を、マカライトが笑っている意味を、サリエリはその時理解した。
「0点!」
「何の点数だ?」
 ヴェルグリーズが問うた。
「私よ。私が……あぁぁぁぁあああああああ!!」
 まんまと罠に嵌められた。
 目の前の敵に意識を向け過ぎた。
 作戦は失敗だ。
「……あぁ、もう」
 理解した後の行動は早い。
 踵を返し、サリエリは逃げ出した。
 だが、ヴェルグリーズたちがその後を追いかけることはない。
「一体この戦いの裏で何が動いているのか、手遅れになる前に動きたいところだね」
 武器を失い、逃げ去っていく女の背中を見送りながら、ヴェルグリーズはそう呟いた。

成否

成功

MVP

物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

状態異常

マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)[重傷]
黒鎖の傭兵
Lily Aileen Lane(p3p002187)[重傷]
100点満点

あとがき

お疲れ様です。
“不吉な月”は無事に救出されました。
また、槍の女……サリエリは逃亡しました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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