シナリオ詳細
<信なる凱旋>花火と共に落ちた涙
オープニング
●
この世は理不尽で塗り固められている。
どれだけ平和を尊び、他人に対して真摯であろうとも、大切なものを喪えば簡単に覆ってしまう。
涙を流し世界を呪おうとも、神は手を差し伸べてはくれないのだと心底思い知るのだ。
「であるならば、あらゆる手段を使い、成し遂げようではないか!」
神への信仰では何も救われない。
己を救うのは自らの行動。
あらゆる手札を行使し、知略を張り巡らせ、確実に目的を達成する。
レプロブス=レヴニールという男は正しい意味で『遂行者』であった。
聖痕など持たずとも、己の目的を達成するという強い信念を宿している。
「救うのだ! 旅人の『瘴気』に冒された人々を! この国を! ──この世界を!」
間違った歴史を修正し、今の世界は全てまやかしであったと目を覚まさせるのだ。
旅人はこの世に毒をまき散らす悪魔であるのだから。
それを根絶やしにすることは、この世を救える唯一の方法である。
「君達なら分かってくれるだろう、アラン君、リゴール君……」
今は『亡き友』と、古くからの親友の名を呼べば、三人で過ごした日々が脳裏に浮かんだ。
もし歴史を修正出来るなら、アランや母も蘇らせることが出来るのだろうか。
ペストマスクの奥で、憂う瞳が揺れる。
●
アーデルハイト神学校の第二聖堂へ足を踏みいれたレプロブスは先客が居るのに気付いた。
大きな窓から垂れ込める光を受けて佇む男の姿は、まるで聖人のようだとレプロブスは表する。
銀の髪は陽光を反射して輝き、聖騎士然とした鎧を身に纏う男。
レプロブスはその顔に見覚えがあった。
「……君はパーセヴァル君か、久しいな」
「お久しぶりですレプロブス先生」
パーセヴァル・ド・グランヴィルはレプロブスの声に振り向き、青い瞳を細めた。
石床にレプロブスの靴音が響く。ゆっくりとパーセヴァルの隣に歩いてきたレプロブスは、彼と同じように大きな窓から陽光を受けた。
「在学中は色々とご迷惑をお掛けしました」
「なあに、君ほどの美貌と家柄ならば誰もが傾倒し、羨望の眼差しを受けるのも無理は無い」
羨望は裏返せば嫉妬の対象ともなりえる。パーセヴァルの在学中に起った問題に対して、当時教鞭を執っていたレプロブスは相談を受けたことがあるのだ。懐かしさで口元に笑みが浮かぶ。
されど、レプロブスはパーセヴァルの瞳をじっと見つめる。
学生時代よりも逞しく成長した大人の姿だ。
目の前の男は、『四年前の大戦で死んだ』と聞き及んでいた。
彼がもし仮に生きて居たのなら、『大罪人』である自分を警戒せぬはずがない。
しかし、パーセヴァルはあの頃のままレプロブスに笑顔を向ける。
「先生とはもうお会い出来ないのかと思ってましたよ。先生の座学は楽しかったから
……今はどちらを巡礼されているのですか?」
違和感があった。
パーセヴァルの言葉は、まるで『司祭であった頃』のレプロブスに向けられているようだった。
「各国を回っているからな。今はハウエルに居る」
「ああ。今はあの辺にいらっしゃるのですね。聖都からも近いですし今度一緒にご飯でもどうですか?」
パーセヴァルが『正常であれば』レプロブスを前にして何らかの警戒の意思が働くはず。
されど、目の前の男からは食事の誘いが出てくる。レプロブスは彼の真意を確かめるため一石を投じる。
「考えておこう……そういえば『娘』さんはどうしてるんだ?」
レプロブスの問いかけに瞳を数度瞬かせたパーセヴァルは、突然苦しみ出した。
「大丈夫か? どうした」
「は……、ぐ……、頭が」
頭を押さえてその場に膝を付いたパーセヴァルを咄嗟に支えるレプロブス。
「レプロブス先生、私は……、どうなって……娘? そうだ、私は戦っていたはず……おかしい。何かがおかしい。戦わなければ……」
やはり、何か記憶障害に陥っているのだろう。どういう経緯かは定かではないが、これは好機に思えた。
既に死亡していると目されている人間が、何の因果か自分の目の前で弱っている。
これに手を差し伸べれば何が起るのか。
――もし、パーセヴァルの力が手に入るとしたら。
非力である自分の理想を叶えられるのではないか。
レプロブスはパーセヴァルの背を優しく撫でる。
「ああ。君はまだ戦いの最中なのだ。敵に術を掛けられている。
記憶が混濁しているのではないのかね。それも敵の策略だ。惑うなら私の言葉を信じればいい」
暗闇の中で灯された灯りに縋るのは人間の性である。
「そう、ですか……不甲斐ない。レプロブス先生が居てくれて、本当によかった」
意識を落したパーセヴァルを抱え、レプロブスは「よく、おやすみ」と囁いた。
後に、パーセヴァルが『遂行者』であったことを知ったレプロブスは、その『代行』として力を行使する事となる。
●
石畳の上を静かに歩いて行く人々の姿が見える。
黒衣を身に纏った聖騎士達が向かう先は、グランヴィル小隊の共同墓地だった。
先日のハウエル襲撃の際、五人の戦死者を出した小隊の面々は、誰もが沈痛な面持ちで口を閉ざす。
まだ傷も癒えぬ者も多い中、少しでも早く仲間を安らかな眠りにつかせてやりたいと、一番重傷であったライアン・ロブルスは立ち上がったのだ。
「無理すんなよ」
墓地までの道中、ふらついたライアンを支えたのは『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)だ。
「ああ、俺は大丈夫だ。ありがとう、ロニ」
それよりも早く彼らを眠らせてやりたいのだとライアンは五つの棺を見つめる。
「――天にまします我等が主よ。
願わくば見守りたまえ。招きたまへ。救いたまえ。
正義を遂げた者達は幸いである。
なぜならば自ずと祝福されるためである。
それでは皆様、オルメルの福音書四章十節をお開き下さい。
聖騎士は悪魔へ言った。
『正義を脅かす者、正義を唆す者、正義を拐かす者は天より裁かれる』
悪魔は答えた。
『ならばアルタワ人(びと)に正義はあらんや』
聖騎士は答えて言った。
『人がパンを欲すれば麦をまく。これも正義でなくば何か』
生きとし生ける者がみな全て正義を持つならば、聖なる祝福を受ける。
これは麦農夫もパン職人も同じであり、そして剣と盾とによって破邪を為す聖騎士も同じ。
聖オルメルがそのように述べた一節であります」
司祭であるリゴール・モルトンは、聖典から視線を上げると粛々と述べた。
「ジェーン・スコットは勇敢な兵士でした」
そして続ける。その半生を振り返るように。
どこに産まれ、どんな人柄であり、何が好きで、何をなし、何と戦い、そして散ったのか。
モートン・エドワーズもそうだ。
レオナ・グレコも、ダニエル・ベイカーも、ルルカ・コスタだって――
次々に読み上げられていく五人の名前を『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)は胸に手を当てて反芻する。
彼らの中では不甲斐ない上官であったのだろう。
もっと自分が上手く指示出来ていれば、彼らは死なずに済んだのかもしれない。
埋葬された彼らの墓碑の前でティナリスは祈りと共に謝罪を述べる。
「ごめんなさい……」
その言葉は小隊のメンバーにも届いただろう。
ティナリスの後ろに一歩近づいたニコラ・マイルズが眉を寄せてティナリスの背を見つめる。
「何でアンタが謝んのよ」
ニコラの声にその場に居たメンバーに緊張が走った。
血気盛んなニコラの事だ。ティナリスに怒号を浴びせかけても不思議では無い。
ティナリスもニコラからの叱咤を予想して振り返る。
「……アンタは良くやったわよ」
ニコラはティナリスの背をぽんと叩いた。
思いがけない言葉にティナリスの目に涙が浮かぶ。
「あの子供救って、ローレットの人達と協力してワールドイーターを倒したんでしょ?
だったら、胸を張りなさい。モートン達が命を賭けて頑張った甲斐があったと証明しなさい。
下を向くなんて許さないわよ。アンタは私達の上官なんだから。彼らの名前を覚えていなさい」
「はい……っ!」
涙を拭って、再び墓碑へと向き合ったティナリス。
己の元で散っていった部下達の名を胸に刻み、それでも青き瞳の輝きは前を向くのだ。
――――
――
「あ、みつけたよぉ」
葬儀が終わったあと、ケルル・オリオールは同室だったルルカの遺品の中から大きな箱を引っ張り出して来た。その中には様々な手持ち花火が敷き詰められている。
「ルルカ、夏の終わりに花火したいって買い集めてたんだよね。棺の中に入れるわけにもいかないし」
「じゃあ今夜、修練場でやろうぜ」
ロニの提案にグランヴィル小隊の面々が頷いた。
群青の空と瞬く星の下、手持ち花火のほのかな灯りが修練場を照らす。
次に打ち上がるのは大きな夜花。こんなものまで用意していたのかとケルルは目を細める。
「ふふ、ルルカも喜んでるね」
ケルルは同室だったルルカの明るい性格が好きだった。
しんみりした葬儀より、きっと皆がはしゃいで花火をしてくれる方が寂しくない。
「あーあ。また、そっちに行きそびれちゃったなぁ……」
何度、同室の友人を送っただろう。
ケルルはルルカの笑顔を思い出しながら一筋の涙を流した。
墓が暴かれたとの報を受けたのは、それから数日後のことだった――
●
グランヴィル小隊の宿舎へと駆けつけた水天宮 妙見子(p3p010644)はティナリスの元へと向かう。
ひとしきり抱きしめたあと、悲しい顔をしていないかとティナリスの表情を伺う妙見子。
されど、その瞳には強い輝きがあった。
沈んでいれば励まそうと思っていたけれどとジルーシャ・グレイ(p3p002246)も胸を撫で下ろす。
葬儀にも参列していたマルク・シリング(p3p001309)はニコラとティナリスのやりとりを思い出した。
グランヴィル小隊の中でも少しずつティナリスは『仲間』として受入れられつつあるのだろう。
「お集まり頂き、ありがとうございます」
ティナリスは集まったイレギュラーズを見渡し胸に手を当て敬礼をする。
「今回皆さんに来て頂いたのは、先日葬儀を行ったグランヴィル小隊の墓が暴かれ、彼らの姿が目撃されているからなのです」
眉を寄せたティナリスはテーブルの上の地図に目撃された場所を記入していく。
「被害は既に出ていて、旅人の方が数名惨殺されています」
「グランヴィル小隊の人達が襲ってるんですか?」
トール=アシェンプテル(p3p010816)はティナリスへと問いかけた。
「はい。目撃した人によると黒衣を着ていたと……それに水色の髪をした小柄な女性はルルカさんで、赤髪の男性は浅黒い肌と顔に傷があってジェーンさんの特徴に合致します」
わざわざ墓を暴いてグランヴィル小隊の人達を奪い使役しているとみて間違いない。
「彼らの眠りを妨げているのですか」
グリーフ・ロス(p3p008615)は名を胸に刻んだ彼らの姿を思い出す。
「私としても早急に取り返してやりたいと思っている」
彼らの葬儀を執り行った司祭として責任があるとリゴール・モルトンは頷いた。
「天義の司祭様は随分と暇なんだなぁ……?」
グドルフ・ボイデル(p3p000694)の言葉にリゴールは一瞥してから大仰に首を振った。
「山賊と一緒にするな。私が此処にいるのは被害の拡大を防ぐ為でもあるのだ」
司祭と山賊。相容れぬ存在である二人のやりとりは端から見れば緊張感のあるものである。
表面上そう見せているのは優しさなのだろうかと、スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は先日の戦いの最中、グドルフがライトヒールを使った事で何かしらを感じ取っていた。
山賊であるグドルフが『癒やしの力』を行使することができる意味を考えてしまう。
「そういえば、ライアン殿は傷の方は大丈夫か?」
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は瀕死の重傷であったライアン・ロブルスへと視線を向ける。
「まだ戦えるまで回復はしていないが、君達のお陰で治りも早い。感謝してもしきれない程だよ。また君達に頼ってしまうことになる」
「構わない。ローレットへの正式な依頼だからな。それに正式でなくとも俺は来ていた」
ロニやライアンが困っているならそれを助けたいとアーマデルは願うから。
「じゃあ、場所の説明は僕からするね」
ふにゃりと笑みを零したグレイがテーブルの上に広げられた地図を指差す。
すんなりとグランヴィル小隊のメンバーも受入れているが、小金井・正純(p3p008000)だけは「何故」と首を傾げた。正体不明の情報屋の信頼性はあるのだろうかと疑わずにはいられない。
「どうしたの? 正純さん。すごい疑いの目を向けられてる気がするんだけど。大丈夫だよ。今回はお金貸してって言わないって……今度にする」
「借りる気はあるんですね」
グレイの情報によると聖都フォン・ルーベルグ近郊の街ロザミエラでの目撃が多いとの事だ。
「狙われるのは夜更けが多いみたいだね。交戦の可能性が高いだろうから気を付けてね。僕も情報を集めたいから現地には行くけど……隠れてるから気にしないで」
「本当に大丈夫ですか? 無理はしないでくださいよ」
正純の怪訝な表情にグレイは暢気な笑顔で大丈夫だと答えた。
- <信なる凱旋>花火と共に落ちた涙完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年09月22日 22時05分
- 参加人数12/12人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(12人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
昏き帳が空を染め、星々が瞬く夜更け。
人々はランプを灯し、眠りにつくまでの時間を静かに過ごしていた。
何の変哲もないロザミエラの街。その外れに住む老人は街へと向かう足音を聞きつけ窓の外を見た。
其処には列を成して歩く人間の骨が写る。スケルトンの後ろを往くのはペストマスクを被った男だ。
老人は小さく悲鳴を上げ、悪い夢でも見たのだとベッドへと潜り込む。
何も怖い事が起らぬようにと祈りながら。
『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)は眉を寄せ暗がりの街を見渡す。
ハウエルの街で殉教したグランヴィル小隊の騎士たちの墓が暴かれたというのだ。
その様な所業許されるわけがない。彼らは人々を護って戦い、その命を持って道を開いたのだから。
「彼らの矜持を護らなくてはなりません」
妙見子は凜と佇む『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)の背を撫でる。
気丈に振る舞えど、ティナリスはまだ成人もしていない子供である。本来であれば護られる側の存在だ。
横顔に僅か、悲しみや焦りが見える。妙見子は『大人』として彼女へ言葉を紡いだ。
「ティナリス様、ロニ様も……もしかしたら動揺することがあるかもしれません。ですが気をしっかり持ってくださいませね」
「……はい」
妙見子へと振り向いたティナリスは確りと頷く。
「きっと大丈夫です! その力強い眼差しだけは決して忘れないように」
「ありがとうございます、妙見子さん」
墓を暴きその遺体を使役している。あまつさえ、聖騎士たる彼らに悪逆を強いるなど許されることでは無いと『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は胸の内に怒りを覚える。
どんな理由があれど、死者への冒涜を容認するわけにはいかなかった。
「早急にこの場を収め、休ませて差し上げましょう」
「正純さん、優しいんだね」
張り詰めた緊張の中に緩い声色が聞こえ、正純は振り返る。
「あなた、隠れているのではなかったのですか?」
すぐ傍に姿を現したグレイへ正純は訝しむように眉を吊り上げた。
「うん、だからもうすぐ来るよって教えに来たんだ」
正純はグレイの声に『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)を見遣る。
グリーフが上空に飛ばしたファミリアーも丁度敵影を捕え、「ピィ」と鳴声を響かせた。
「じゃあ、僕は隠れているから気を付けてね正純さん」
「本当にちゃんと隠れててくださいよ」
不気味な音を纏わせながら近づいて来る敵影の中、ペストマスクを着けた男がスケルトンを制し、一歩前へ出てくる。
「おや、誰かと思えば……来てくれたのかねリゴール君」
イレギュラーズの中に『司祭』リゴール・モルトンの姿を見つけ親しみを込めた声で語りかけてくる男。
「レプロブス……止めるのだ。このような事をした所で君の罪が増えるだけではないか」
リゴールはペストマスクを被った男の名を呼んだ。
「なぜなのだ、レプロブス」
苦しげに『友人』の名を呼び、引き下がるよう声を掛けるリゴール。
されど、目の前に居るのは心優しい友人では無い。『大罪人』レプロブス=レヴニールだ。
「何故と問うか。この私に……目的など一つしか無いというのに。
そう……救うのだ! 旅人の『瘴気』に冒された人々を! この国を! ──この世界を!」
レプロブスのくぐもった声がロザミエラの街頭に響く。
眉を寄せたリゴールの前に立つのは『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)だ。
「けっ……どいつもこいつも、辛気くせえツラしやがって。
オマケに堅ッ苦しい司祭のオッサンのお守りたあ、まったくツイてねえ。
さっさと終わらせて、オンナを侍らせながら酒でも飲みてえモンだな!」
「貴様のような穢らわしい山賊如きに、私の崇高なる使命は理解できぬだろうよ」
レプロブスの言葉にグドルフは「ハっ」と鼻で笑ってみせる。
「山賊に綺麗もクソもあると思ってんのか? 遂行者ってやつはどいつも夢見がちな姫さんみたいな思考してんだな? まあ、じゃなきゃ、神の国とかいう妄想で遊んでねえか!」
グドルフの言い草にレプロブスは首を左右に振る。
「分からぬのは道理だろうがな……旅人などと連んでいる山賊の知能などその程度か」
――あの男がレプロブス? 大罪人? 悩み、病める者達を救うと語った彼が?
グドルフは、何故、何も言わなかったのかと心の中でリゴールを責め立てた。
否、何故気付かなかったのか。あの国で彼ほどの男の名を聞かなかったことを。
司祭であり薬学にも詳しい『レプロブス』の名は、大罪人として塗り替えられた。禁句であったのだ。
彼に憧れを抱いていたものは皆、口を噤むしかなかっただろう。
彼が何故、墓を暴いたのか、死者を使役する術を持つに至ったのか。
もし、『アランの死』もその一端を担っているとしたら――
グドルフは己の思考を端に追いやる。
それでも、この瞬間は悪辣な山賊でいるべきなのだ。表情に出すことも許されない。
――彼の中で『私』は美しい死者のままであるべきなのだ。
レプロブスはグドルフから視線を逸らし『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)を見遣った。
「お、おう……なんか、えらく酷い言われようだな? 別に来たくて来た訳でもねえんだが……突然、しかも無断でだぜ? ほとんど拉致みたいなもんだろ?」
貴道がこの無辜なる混沌へやってきたのは世界に喚ばれたからである。
この世界へ自由に渡る術は無く、旅人は皆自分の意思とは関係無く召喚されるのだ。
貴道からしてみればレプロブスの誹りは受入れられるものではない。
「まあ、降りかかる火の粉は払わせてもらうさ。放っといてもロクなことにならなそうだし、良い機会だから狩らせてもらうぜ」
「やはり、旅人は毒をまき散らすだけの下賤な生き物のようだな……始末しろ」
レプロブスが手を前方へ向ければ、止まっていたスケルトン共が一斉に走り出す。
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は独特な形をした銃短剣を構え魔力を込めた。
銃身に刻まれた呪術回路が赤く輝き、何重にも重なる魔法陣を描く。
それは魔力弾となりてスケルトンの軍勢へと降り注いだ。
「死者の眠りを妨げるものは、蛇に巻かれてしまうがいい」
それが生者を惑わすならば尚の事。生者と死者の境界を侵す者を許す訳にはいかなかった。
「ロニ殿は後方からの援護射撃を頼めるだろうか」
アーマデルは傍らの『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)へ言葉を投げる。
スケルトンの中に交ざるグランヴィル小隊の二人。彼らを連れて帰る為に縁深い者の存在は心強い。
「……彼らと撚り合わせた糸を離さぬように」
「ああ、分かった」
返事をするロニが、死者が紡ぐ糸に引かれぬように護るとアーマデルは頷いた。
正純はレプロブスに操られているであろうグランヴィル小隊の二人、ジェーン・スコットルルカ・コスタを見遣り眉を寄せる。
「彼らの使役が剥がせないか試してみます」
「分かりました」
正純の攻撃を援護する形でジェーンの前に出たのは『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)だ。トールは目を瞑ったまま身体を動かしているジェーンに眉を寄せる。それは既に魂無き器。ただの動く死体であった。見た目こそ埋葬したときのままであるが、えも言われぬ不気味さを纏っている。
「勇敢に生きた人間に惨い事を……!」
剣でジェーンを押さえ込みながらトールは悔しさに歯を食いしばる。
「死者の眠りを妨げるだけじゃ飽き足らず、操って人殺しもさせるなんて……」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はルルカの元へと走り込んだ。
幼馴染みのケルル・オリオールと同室だったというルルカは、同じように小柄であった。
氷魔術を得意とするルルカは即座にスティアとの間に氷壁を挟む。ジェーンもルルカも戦い慣れているのが分かった。生前の能力を引き継いでいるのだ。だからこそ、彼らを駒として使役するレプロブスに怒りを覚えてしまう。これは誇り高きグランヴィル小隊の人達を冒涜する行いだ。
「力なき人々を守る為に亡くなったのに……こんなの酷すぎる!
これ以上の犠牲者を出す前に止めてみせるよ!」
氷壁の上を飛び越えたスティアは再びルルカへと肉薄する。
幼馴染みのケルルのためにも、ルルカはあまり傷つけずに倒したい。
されど、繰り出される氷魔術はスティアの腕を灼く。手加減など出来ぬ相手ではあるのだろう。
灼ける痛みを振りほどいて、ルルカの手を掴むスティア。
ケルルもルルカもきっと、誰かを傷つける方が嫌だと思うから。全力で止めてみせると叫んだ。
「こうならないことを願っていましたが。記憶に留めるだけでは、だめでしたか。残念です」
グリーフの呟きが闇夜に小さく掻き消える。せめてもう一度、ルルカとジェーンを彼らとして弔えるように力にならなくては。
正純が起した吹き荒れる砂嵐はジェーンとルルカをも巻き込み生気を失った皮膚を焼いた。
体勢こそ崩せども、二人は未だ戦場に立ち続ける。
「それは、一時的な祝福を祓うもの。私の使役からは逃れられない。ただ、着眼点は良いだろう。その目は誇るといい」
レプロブスの言葉通りであれば、ブレイクではこれ以上の成果は得られないということだ。
正純は瞬時にそれを判断し次の手段を取る。
「思い切りも良い。どうだ、私と共に旅人を根絶やしにしてみる気はないか?」
「いえ結構です。お断りいたします。私はとても忙しいので」
正純に声を掛けるレプロブスを注視しながら『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は彼の思惑を考える。旅人を敵視する割にグランヴィル小隊を狙うのは何故か。正純とのやり取りを見るに対話は出来るのだろう。それを探ることも彼を知る糸口となるとマルクは踏んだ。
「ニコラさん、体が動くなら、このエリアに人が入ってこないように人を集めて交通整理を。グランヴィルの名前を使っても良い。制限時間が長くなるなら、戦いにおける僕らの選択肢も増える」
「分かったわ、マルク君……こんな身体じゃそれが精一杯よ、ありがと。うちの上官頼むわね」
スケルトンから逃げるように戦場の外へ走りだすニコラ・マイルズ。
彼女の性格からして、前線で戦いたいと思ったはずだ。中まで在るグランヴィル小隊の死体が奪われ操られているのだから。されど、マルクは戦えない彼女を前線には出さなかった。その代わりに役割を与える。
きっと彼女は考えるより動いた方が良いタイプであろうから。
「自軍の最大戦力を活かす。それも、立派な戦術の一つだよ」
「……はい」
マルクの行動を見つめていたティナリスは感心するように頷いた。
「まずはグロウ・スケルトンを優先かつ速攻で倒す」
チーム戦術をどのように配し、動くのかをティナリスへと教える意図もあった。
「目の前の敵を倒すことだけじゃない。指揮官は視野を広く持たなければならない」
「はい!」
マルクはティナリスが自分を真似て育っていることに手応えを感じる。
「やっぱり狙われているのは旅人なのね……しかも今度は亡くなった人を操って襲わせるなんて、悪趣味にもほどがあるわ!」
歯を食いしばって目の前に迫るスケルトンとレプロブスを睨み付けるのは『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)だ。
「あいつ、あのペストマスク! とっちめてやらなくっちゃ!」
スケルトンや操られた死体は謂わば『おばけ』の類いである。普段のジルーシャならば近寄ることすらおぞましいものと対峙しなければならない。その心境たるや、震えるほどではあるが。
「ティナちゃんが頑張ってるんだもの、格好悪い姿なんて見せる訳にはいかないじゃない、もう……!」
「ジルーシャさん、お願いします!」
「分かってるわ。行くわよ!」
走りだすティナリスの背をジルーシャは見守る。
「ジェーン様は、甘い物が好きなひと。ルルカ様はいつも笑顔で優しいひと。そう、聞きました」
寂しげな声を揺らす『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)はハウエルの広場で横たわっていた二人の姿を思い出す。生きて居る内に会うことは無かったけど、その顔を覚えている。
街を守り殉教した彼らを、ティナリス達の大事な仲間だった彼らを、きちんと覚えているのだ。
「それを……こんなふうにしてしまうなんて、ひどすぎるのです。
ニルは、ぜったいにぜったいに、いやなのです!」
乱れる心に呼応するようにコアが震える。「かなしい」が胸の奥から押し寄せてくる。
街が壊れぬよう、避難している人の帰る場所が無くならぬようニルは結界を張り巡らせた。
これまで幾度か『遂行者』という者を見てきた。
けれど目の前のペストマスクの男は『遂行者』ではなく。ルルカやジェーンも『致命者』ではない。
「意思はなく、ただの……動く、死者」
口から零れた言葉に『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)はぎゅっと指を握り締める。
「……どちらにしても、許してはいけない行い、です。一刻も早く、取り戻してあげません、と」
二人の居場所は其処では無いとメイメイは顔を上げた。
メイメイとニルが飛ばした小鳥が上空で旋回する。
●
妙見子は目の前のペストマスクから覗く瞳に昏い影が落ちているのに気付いた。
それは何処か諦観のような、それでいて強い信仰を持つ者の瞳だろうか。
「戦いの場はいくらか整えたいところですね……」
諦めているくせに、何処かで信じてそれに縋っている。そんな心を妙見子はよく知っていた。
レプロブスを抑えている妙見子の耳に届くのはスケルトンが破砕される音。
「脆い脆い、カルシウムが足りてねえなぁ!」
貴道の力強い拳はスケルトンの骨を砕き、その衝撃音は街頭に響き渡った。
空気を震わせるほどの猛烈な拳の連打でスケルトンが弾き飛ばされる。
「牛乳飲まねえから早死にしたんじゃねえのか、HAHAHA!」
豪快に笑い飛ばす貴道の声にスケルトンが剣を振りかざした。
「おう、多少は反撃でもしてくれねえとな!」
剣先を僅かな動きで躱した貴道は、スケルトンの頭蓋目がけて拳を突き出す。
バキリと重い音が貴道の耳に届き敵の頭蓋骨が割れた。その一瞬の隙を狙い別のスケルトンが貴道に剣を振るう。腕に突き刺さった剣を見ながら貴道は「HAHAHA!」と笑い声を上げた。
「きかねえんだよ!」
剣が刺さったままの腕で貴道はスケルトンを掴み上げ地面へと叩きつける。
「どうした? この程度かよ?」
「弱っちいなあ、てめえのお人形はよお」
貴道の声に重ねるのはグドルフだ。斧を振り下ろしスケルトンの骨を砕いた。
憤慨するようにグドルフへと剣を振るうスケルトン。その剣を受け止めグドルフは吠える。
「骨なんぞにモテたって嬉しかねえんだがねェ。おら、てめえらの寝床はここじゃねえぞ。土ン中に帰ってもらおうかい!」
グドルフの攻撃を受け、ガラガラと軋む骨の音がグリーフの耳に届く。
ルルカとジェーン。名を知っている二人に意識が向いてしまうが、目の前にいるスケルトンとなった彼らは果たしてどういった存在なのだろうか。元からそうであったのかあるいは、墓から掘り起こされたのか。
「ルルカさん、ジェーンさん、そしてスケルトンの皆さん。操られている身体そのものに、もはや魂は宿っていないかもしれませんが、周囲も含めれば、まだ彷徨う彼らの声が聞えないでしょうか?」
その身に宿す冥界の加護で彼らを少しでも知る事ができたのなら。
グリーフは赤き瞳でスケルトンへと語りかける。彼らに少しでも安寧の眠りを届けるために。
澱み漂うのは嘆きの声なのだろう。怒りと悲しみが混ざり合い藻掻き苦しんでいる。
「やはり、彼らも元は人だったのでしょう」
「ごめんなさい。一度亡くなったひとを、もう一度、だなんて」
この場にいるジェーンもルルカもスケルトンも、かつて生きて居た人達なのだとニルは唇を噛む。
「でも、あなたたちがまもりたかったものを、ニルも、まもりたい、から」
彼らを倒すしかないのだとニルは大切な杖を握った。
自分の出せる最大限の魔力で、出来るだけ早く眠らせてやりたい。
「今度こそ、おやすみなさいをするために……」
戦場に輝く閃光はニルの杖が描く希望の光である。
その光に導かれ、スケルトンを安らかなる眠りに誘うのはメイメイだ。
美しき神翼が背に広がり、弾けるように白光の瞬きが戦場を覆う。
「あなたたちにも、安らかな眠り、を……」
アーマデルは闇夜に翻る聖騎士たちの剣を見つめた。
操られているルルカとジェーンに意思が無いのは、霊魂が無く肉体のみ操られているからなのだろうか。
彼らの声を聞こうとアーマデルは霊魂へと語りかける。
その身体に魂が閉じ込められているか、それを知りたくもあった。
もし、霊魂が器に収まったままならば呼びかけることは決して無駄ではないだろう。
彼らが縛り付けられているのであれば、それを導くのは死神の加護を受けるアーマデルの役目であろう。
「ルルカ、ジェーン……聞こえるか? そこに居るのか?」
スケルトンの怨嗟の中に、僅かに少女の声が聞こえた。
おそらくは、この微弱な声はルルカであるのだろう。されど、スケルトンの放つ怒りと悲しみが渦巻く声に掻き消されうまく聞き取れない。
ジルーシャはグリーフに集まっているスケルトンへと毒香を届ける。
固い骨がぼろりと崩れ、黒く朽ち果てた。
――――
――
マルクは深呼吸をして戦場を見渡す。
仲間の攻撃によりスケルトンはその大半が動かぬ骨となっていた。
こちらの怪我もあるがスティアとニルの厚い回復もあり、動けなくなったものは居ない。
いまだに残るスケルトンもこのまま行けば全て倒されるだろう。
問題があるとすれば、どうしても出来るだけ傷つけたくないという心が働いてしまうグランヴィル小隊の二人だろうか。それでも操られている状態から一手でも早く彼らを取り戻さねばならない。
「――全力で行く」
拳を握り締めたマルクは手加減はしないと意を決する。
マルクの攻撃に続いて解き放たれる魔力の奔流。ニルの杖から広がる魔法陣がルルカへと迫る。
「早くおわらせることが、まもることにつながる……はずだから!」
ためらわないようにと零すニルの杖がルルカの身体を弾いた。
「傷つけたくはないかもしれませんが、彼らの在り方を損なわせないために……」
スケルトンの大半が消えたいま、気高き聖騎士たちの声がグリーフの耳にも届いていた。
二人をこの世に留まらせる呪縛は、正純たちのブレイクではやぶれなかった。それを知ることが出来たのはまだ捕えられたままのグランヴィル小隊と対峙した時の貴重なアドバンテージとなる。
倒す事で解き放つ選択を最初から取れるのだから。
「アンタも『遂行者』なの?」
レプロブスへと視線を向けたジルーシャは問いを投げかけた。
「私が遂行者であるか、か。答えは『否』である。聖印など刻まずとも目的が達成できれば良いのだ」
「こんな酷いことをするなんて、何が目的?」
墓を暴き、聖騎士に悪逆をさせるなど冒涜であるだろうと怒りを露わにするジルーシャ。
「旅人をこの世から排することこそ、世界のためなのだ」
「旅人が憎いなら、アタシたちを直接狙えばいいでしょ! あの子たちをこれ以上傷つけないで!」
ジルーシャの悲痛な叫びが街頭に木霊する。
「どうしてジェーン様たちにひどいことをしたの? どうしてジェーン様たちにこんなことするの?」
レプロブスが旅人を狙う理由が分からないとニルは眉を寄せる。
「ニルはわからないのです。かなしいことをするのが、正しいことだとは思えないのです」
「……旅人は、毒をまき散らす病巣だ」
レプロブスの言葉にニルは首を傾げる。何が彼をそう思わせるのか。
ルルカの氷の魔術が戦場に拡散する。煌めくダイヤモンドダストがティナリスの頭上で渦を巻いた。
「……!」
ティナリスへと降り注ぐ氷の嵐を受け止めるのはジルーシャだ。
細かい氷の刃がジルーシャの皮膚を切り裂く。
「ジルーシャさん!?」
「亡くなっているのだとしても、操られているだけだとしても、アンタを傷つけるなんてルルカちゃんもジェーンちゃんも望まないと思うから……もちろん、アタシたちもね」
ティナリスの頭を優しく撫でてジルーシャは立ち上がる。
その傷を即座に癒すのはスティアだ。柔らかな光がジルーシャを包み込み、傷口が塞がる。
的確なスティアの回復は戦況を優位にするもの。
「ありがと、スティアちゃん」
「うんうん、回復は任せて!」
仲間の声を聞きながらトールはジェーンと対峙していた。
抑えこむうちに増えた傷はあれど、倒れるまでには至っていない。
ジェーンの素早い動きに何とか食らい付いて抑え役を全うしていた。
トールの目に映り込むのは真っ直ぐに此方へ向かってくるグドルフだ。
「操られようが死体は死体だろうに、マッタクお優しいこった。
──まァいいさ。てめえらの言う弔いとやらにも、付き合ってやるよ」
グドルフの斧がジェーンの胴へと食い込む。これを見てしまうだろうティナリスはきっとグドルフに対して複雑な想いを抱くだろう。だが、それで良かった。そも、仲間が討たれるのを見て何も思わぬ子供は居ないのだから。その役回りを追うのは『山賊』でいいのだとグドルフは口の端を上げる。悪辣を吐く。
「おれさまはカネさえ貰えりゃ、何だっていいんだ!」
「……」
その背をリゴールは唇を噛みながら見守っていた。
トールはグドルフの斧に合わせ長剣を振るう。それはジェーンを『解放』するにたる光だ。
ジェーンに掛けられた呪縛を解く強き意思を宿した刃は彼の身体を引き裂く。
最後の抵抗を見せるジェーンを上回るトールの覇気が宵闇に瞬いた。
「強かったです、ジェーンさん。生前の貴方とも刃を交えてみたかった。
しかし今はもう一度お眠りください」
使役の呪縛を喪い、元の亡骸へと変わったジェーンへトールは祈りを捧げる。
「願わくば今宵の悪夢は忘れ、貴方が大好きだった甘く楽しい夢を見れますように」
ブレイクでは出来なかった使役の解呪。
聖遺物と魔力を合わせた強力な呪縛であろうとグレイから連絡を受けた正純。
どうやらグレイはハイテレパスを持っているようだった。何処かで戦場の情報を集めているのだろう。
実際にトールが見せた祈りに似た強き思いによってジェーンは解き放たれている。
ならば、と正純はグレイから得た情報をスティアへと伝えた。
「うん、分かったよ。精霊たちも似たようなことを伝えてくれてるからね」
強い祈りが使役の呪縛からルルカを解き放つ。
スティアはケルルへと視線を上げた。
「もしルルカさんにかけてあげたい言葉があれば伝えてあげて! きっと想いは通じる!
ううん、それこそがルルカさんを解き放つ手段なんだよ!」
「スティアちゃん……ありがとう」
ケルルは深呼吸をして大戦斧の聖遺物を握り締めた。怒りに身を任せないように聖なる力を呼び覚ます。
メイメイは戦場に漂う繊細な心の動きを感じ取った。
かつての仲間が、死んで尚敵に利用されている。ティナリスもロニも負担であるだろう。
それに加え、同じ部屋で長い時間を過ごしていたケルルの心労はもっと大きいに違いない。
仲良しだったのなら尚更だ。ケルルが使っている聖遺物の影響も気になるとメイメイは視線を上げる。
彼女の支えになるようにハイテレパスでケルルにささやいた。
『ケルルさま、大丈夫です、か?』
『メイメイちゃん? うん……大丈夫。伝えたい言葉があるから』
親友だったルルカが囚われたままなのは我慢できないとケルルは大戦斧を掲げる。
「ルルカ! 部屋にあった花火、皆でしたから。ルルカが楽しみにしてた分もちゃんとしたから!」
夏の終わりに花火をするのを楽しみにしていた彼女へ送る最後の言葉。
「きみが守った子供達は、無事に逃げられたよ。だから、きみは立派な聖騎士だ!!」
優しくて朗らかなケルルの親友。
「わたしはきみの分まで、ちゃんと生きるから……大丈夫」
まだそっちには行けそうにないけれど、送るぐらいはさせてほしい。
ケルルの強き願いはスティアの魔法に重なり大きく広がる。
それは、ルルカを使役の呪縛から解き放つ眩き光。
スティアの魔法がルルカを包み込みむ。
砕け散った光輝の中、「ありがとう」と少女の声が聞こえた。
●
「毒を制する毒というのは、薬にもなりえると知っているかね。基本的な薬学の考えではあるが」
妙見子とトールの身体に纏わり付く黒い毒液は皮膚へと浸透し痛みを引き出す。
「……っ!」
「それは痛覚をより過敏にするものだ。痛みとはそれだけで思考を鈍らせる。旅人には良い塩梅だろう。
――良い『薬』だと思わないかね?」
身体の芯に向けて針を刺すような激痛が進んでいく。
妙見子とトールは歯を食いしばり、肩で息をしていた。
二人は近くに居たティナリスたちを庇い毒液を浴びたのだ。この痛みが自分達でよかったと妙見子は息を吐く。誰かを守ることが多い二人は多少なりとも痛みに耐性があった。
「随分と外道下劣な悪趣味をお持ちですね。我々の怒りを買う以外に何か崇高な目的でもおありで?」
「旅人を根絶やしにする。それ以上でもそれ以下でもない。手段も出来る限りのことをするまで」
トールの問いかけにレプロブスは呆気なく答える。
迷いの無いその答えは、単純であるからこそおそろしくあった。
二人が負った毒液は貴道へも向けられる。咄嗟に身を引いた貴道の判断は正しかっただろう。
腕を灼く痛みにレプロブスを睨み付ける貴道。
「せっかちな野郎だな、焦らずとも後でそのクソマスクに拳を叩き込んでやるってのに」
侵食する痛みをものともせず、貴道はレプロブスの元へ走り出す。
「張り倒したらそのツラも拝ませてもらおうか、マスクマンの宿命だろ?
しっかり顔面守っとけよ? 原型なくなるまで歪んでちゃ、見る楽しみもねえからな」
貴道の拳を受けレプロブスのペストマスクが飛ぶ。
その反動に合わせ翻ったレプロブスは「はぁ」と溜息を吐いた。
「いやだ。いやだ……これだから旅人は。やはり、消し去らねばならない」
ペストマスクに触れた貴道の手に黒い毒が回る。それでも、全く効いていないわけではないようだ。
貴道に殴られた頬を押さえ、レプロブスは首を振った。
「旅人を憎んでいるようだけど、狙う先は天義出身者のグランヴィル小隊。
言行不一致にも見えるね。誰かの指示待ちかい?」
「……はっ、目敏い。嫌いではないがね」
ペストマスクを再び顔に着けたレプロブスはマルクへと向き直る。
レプロブスはリゴールと共に教鞭を執っていたこともあるのだ。おそらくは物事を理論立てて解釈しそれを伝える術を持っている。レプロブスの視線がティナリスへ向くのをマルクは見逃さなかった。
「それが必要だと思ったからだ。自分が使っていた『部下』の方が駒としては最適だろう?
私から差し出せる対価で最も価値が高いだろうからな」
「部下? 誰の部下だって?」
「……パーセヴァル・ド・グランヴィル。この駒たちの御主人様といえば分かるかね? 私は彼の力を借りる代わりに、駒を用意してやったのだ。二つ喪ってしまったが、まだ三つもある」
マルクは横目でティナリスを見遣る。
青い瞳をこれでもかと見開き、動揺していることが覗えた。
「……お、とうさま?」
飲み込む息が聞こえる程に。震える声が否定の色を見せる。
その隙をついてレプロブスは毒液をティナリスへ撒いた。
「吸い込めば肺の痛みで苦しむぞ」
「ティナちゃん!」
ジルーシャはティナリスの口元へ袖を押し当てる。自らの肺を灼く毒液に歯を食いしばりながら。
レプロブスはそれが狙いだったのだろう。ジルーシャがティナリスを庇う姿を見て、彼が前に飛び出すと予想したのだ。
「旅人が苦しむ様を見るのは痛快だな……」
「それ程までに旅人が憎いのか」
「ああ、憎いとも。そいつらは何の罪も無い私の故郷の人達を殺した。死ぬ寸前まで苦しみぬくように毒を撒いたのだよ。分かるか、泣き叫ぶ声が次第に小さくなっていく無念を。蔓延する毒に触れるだけで腐りおち、燃やすしかなかった苦しみを。旅人が居る限りその悪逆は拭えない」
ペストマスクの奥で悲痛な声が木霊する。
「犯人と呼べるのは君の村をそんな風にした人だけじゃないのか?」
マルクの問いにレプロブスは首を振った。
「旅人は毒であり病巣なのだ。全てを刈り取らねば伝染し死に至る。なぜ、それが分からない」
論理的であるのに、その根本が同じではない。同じ言葉を介しているのに理解しえない相手。
厄介であるとマルクは眉を寄せる。
正純はレプロブスを金の瞳で見据えた。
旅人への旅人への並々ならぬ怒り。それ故に此処では無い歴史を追い求める傲慢さ。
正しさの証明が出来るというのなら、絶対的な神は何故居ないのか。
自分の見たいものが正しく、目を逸らしたい歴史が偽りならば、それはどこまで追い求めても手に入らないのではないか。
「世界はいつだって、こんなはずじゃなかったことばかりです。だから人は、妥協して、諦めて、納得して、それでも前に進むしかない」
「……諦めか。それが出来るならもっと早くアランの元へ行けただろうにな」
寂しげな声で下を向いたレプロブスにグドルフは声を張る。
「手駒は全部潰したぜ。もう手品ショーはしめえだ、マスク野郎。尻尾巻いてとっとと帰んな!」
「……山賊めが。お前達のような輩は旅人と共に駆逐されるべきだろうな。私の崇高なる考えもお前のような下賤な者には分かるまい」
戦意を喪失したかのように踵を返すレプロブスは、リゴールの姿を一瞬だけ見遣る。
「レプロブス……」
「……」
言葉も交わさぬまま、かつての友人が消え去るのを見つめたリゴール。
何事かと集まってきた人々を誘導するため、リゴールも歩き出した。
●
スケルトンの骨を拾い集めながらスティアはグドルフとリゴールは知り合いなのかと首を傾げる。
会話をしている様子は見られないけれど、以前の戦いでグドルフがライトヒールを使うところを見た。
リゴールはレプロブスと顔見知りのようだったし、何かあるのではないかと心の内に留める。
けれど、司祭と山賊という間柄では思う様に言葉を交す事が出来ないのかも知れない。
彼らの関係性に自分が首を突っ込んで良いかも分からないから、何を言う訳でも無いが。
立場は違えど天義を守りたいという気持ちは一緒のはずだ。
もし、彼らが打ち明けてくれるのならば快く受け止めるとスティアは胸に秘める。
「それにしても遂行者然りレプロブス様然り……なぜこうも旅人を狙う者が多いのでしょうか?
……私も気を付けなくてはなりませんね」
妙見子は街頭に散らばる骨をティナリスと共に拾い集める。
隣で一生懸命集める手は止まる様子はない。無くなった仲間の墓を暴かれた上に其れを利用されるなんて、ショックを受けてもおかしくはない。それに気になるのは『パーセヴァル・ド・グランヴィル』という名。
それはティナリスの父の名であったはずだ。
強い青尖晶の眼差しはきっと折れることは無い。それでも動揺はしているはずなのだ。
「ティナリス様」
骨を拾い終えた妙見子はティナリスの名を喚ぶ。
どうか、まっすぐに。その美しい心のあるままにと願いながら。
ティナリスの手を握る妙見子。見上げる青い瞳が僅かに悲しげな色に揺れた。
――せめて貴女と貴女に関わる全ての事柄に幸運がありますよう。
祈りはきっとティナリスにも届いたであろう。
良い顔をするようになったティナリスの横顔を見ていたはずなのに。
メイメイは心配そうに彼女の悲しげな瞳を見つめる。
この戦場で齎された事実は、それ程までにティナリスの心を抉るものだったのだろう。
迷い、悩み、悔やみ。前を向いて歩いて行く姿を見たばかりだったのに。
立ち止まってしまうのではないかと不安にさせられる。
「ティナリスさま。わたしも居ますから……わたしが仲間にそうして貰えたように、ティナリスさまを支えてあげられれば、と思うのです」
「メイメイさん……ありがとうございます」
父の名を聞いた時のティナリスは動揺して身動きが取れずにいた。
今は如何するべきか考えている最中なのだろう。
グリーフは集めた骨を丁寧に箱へと詰めていく。
「……時々、思うことがあります。私たち秘宝種は、混沌でヒトとして認められました。
けれどいつ、どこでどのように生まれたかもわからず。
一部、練達で生まれた彼らも、正しく自然な生命かと言われれば。
私たちは、他の原種の方たちとは違う、歪な存在。どちらかといえば、旅人の皆さんに近い」
だからだろうか。レプロブスが旅人を狙うのなら自分達も含まれてしまうのではないかと感じてしまうのだとグリーフは視線を落した。
「部隊の管理下に置くというと聞こえは悪いですが、彼らも仲間の傍なら今よりは安らかに眠れるのではないでしょうか」
埋葬場所を変えてはどうだと宿舎で待機していたライアン・ロブルスへと持ちかけるトール。
「レプロブスはパーセヴァル・ド・グランヴィルの駒を必要としていましたし。彼ら……貴方達も同様に駒となる危険があると思いますので……」
グランヴィル小隊の古参はパーセヴァルを慕っていたし、練度も高かっただろう。
「遺体は整えておこう。往くべき処へ逝けるようにな」
「はい」
アーマデルとメイメイはルルカとジェーンの亡骸を綺麗な衣装に整える。
「ライアン殿。他の遺体は無事だろうか?」
「ああ、そっちは問題無い。暴かれた形跡は無かったよ」
ライアンの答えにほっと胸を撫で下ろすアーマデル。
「死者は戻れず、ただ往き、逝くのみ。天義の教義では死者はいつ、何処へ逝くのだろうか?」
「其れ其れだろうな……まだ居るような気もするし。未練がましいのは俺の方かもしれんが」
それだけライアンにとっても思い入れが強いということなのだろう。
「ルルカ殿、ジェーン殿。俺はあなた達を知らないが」
ライアン達は優しい目で彼らの事を語っていた。
ありがとうと残し消えていったルルカたちの最後を、ライアンにも伝えるアーマデル。
旅立っていった彼らの道にささやかな明りが灯るようにとアーマデルは願うのだ。
「もう一度、もう一度ジェーン様たちの弔いを」
ニルは棺に入れられたルルカとジェーンに、今度こそ安らかなる眠りを祈る。
添えられたケーキと花火を、きっと二人も喜んでくれると信じて。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。グランヴィル小隊の墓が暴かれました。
前回のAA貰った人へ優先をいれています。
●目的
・敵の撃退
●ロケーション
聖都フォン・ルーベルグ近郊の街ロザミエラの東地区。
ウォーカーが住んでいるとされる家の前です。
今夜は事前に避難して貰っています。
夜間ですが街の灯りがあり、見通しも良いでしょう。
ただ、戦闘が長引くと人が集まってきてしまう恐れがあります。
●敵
○レプロブス=レヴニール
痩せぎすのペストマスクを被った男です。見た目は『遂行者』の恰好をしています。
グランヴィル小隊の墓を暴いたと目されています。
現時点で墓を暴いた理由は分かりません。
彼はかつて旅人を殺して回った大罪人です。
一度投獄されていますが、処刑される日に行方を眩ませました。
先日のハウエル襲撃についても関与していると推察されます。
執拗に旅人を狙ってきますし、邪魔するものは排除しようとします。
戦闘能力は不明です。
同行するリゴールはレプロブスと旧知の仲のようです。
○ルルカ・コスタ
墓を暴かれたグランヴィル小隊の一人です。
四年前の戦いで生き残ったグランヴィル小隊の一人。
生前はケルル・オリオールと同室でした。
明るくて優しい小柄な女性です。
夏の終わりに皆で花火をしたかったようで、部屋の遺品からは花火の箱が出て来ました。
戦闘スタイルは魔術師です。
遠距離からの氷系魔術を得意とします。
意思は無くアンデッドとして使役されています。
○ジェーン・スコット
墓を暴かれたグランヴィル小隊の一人です。
四年前の戦いで生き残ったグランヴィル小隊の一人。
生前は食いしん坊で甘い物が大好きでした。
ケーキを食べるのを楽しみにしていました。
浅黒い肌と赤髪、顔に傷があります。
戦闘スタイルはナイフ二刀流です。
素早い動きと接近戦を得意とします。
意思は無くアンデッドとして使役されています。
○グロウ・スケルトン×20
僅かに仄暗い光を宿すスケルトンです。
剣や盾を持ち武装しています。
強さはそこそこです。
●NPC
○『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
天義貴族グランヴィル家の娘であり、神学校を主席入学し、主席のまま飛び級で卒業した才媛。
当時の学園最強の剣士にして、学園最優の神聖魔術師であり、勉学のトップでした。
自分の身は自分で守れる程度の実力があります。
性格はとても真面目です。些か真面目すぎる所があります。
イレギュラーズと共に戦います。
仲間であるグランヴィル小隊の人達を取り戻したいと奮闘します。
剣技と神聖魔術を使う前衛よりのオールラウンダーです。
○『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)
聖都の騎士団グランヴィル小隊に所属する聖騎士。
元々はアストリアの部下の聖銃士でした。
年下(未成年)に見られることが多いがこれでも25歳を過ぎている。童顔。
ティナリスより年上で先輩だが立場上は部下である。
イレギュラーズと共に戦います。
仲間であるグランヴィル小隊の人達を取り戻したいと奮闘します。
後衛からの射撃を得意とします。
○ケルル・オリオール
天義聖騎士団グランヴィル小隊所属の騎士。
幼い見た目をしているがティナリスやロニの先輩にあたる。
四年前の戦いで生き残ったグランヴィル小隊の一人。
前衛で戦闘に集中しすぎると聖遺物に引っ張られるため、サポートメインで戦います。
○リゴール・モルトン
天義の司祭。真面目で信心深く、孤児院出身ながら現在の立場に登りつめた苦労人。
その立場からアーデルハイト神学校で教鞭を執ることもある。
ティナリスやその父母、叔父、ロニ達を含むグランヴィル小隊の面々はアーデルハイト神学校で彼に教えられたことがある。
レプロブスとは旧知の仲です。
戦闘よりは回復などの支援をメインに行います。
○グレイ
黒髪赤瞳の美しい見た目の青年。少年のようにも見えるし成人男性にも見える。
気さくな性格とだらしのない恰好で猫のような印象を受ける。
自称、情報屋であるのだが、いつもお金に困っている様子だ。
戦闘には参加しませんが、近くで敵の情報などを観察しています。
前回負傷したライアン達は戦闘には参戦しません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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