PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<信なる凱旋>蓮の花は泥中に沈む

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●最後通牒
 自分は決して、清廉潔白な人間ではなかった。
 シメイ・シュフォールは、それを誰よりも自覚していた。
 天義(くに)の敵を殺し、天義の思想に寄り添わぬ者を殺し、そして天義と言う国を去り、関わりを絶とうとした者の首を刎ねた。
 何人を手にかけたのか、何者を殺してきたのか、もうわからぬほどに両手は血に塗れている。
 それが、ただ『天義の敵』だけを殺す機械であればどれほどよかったのだろうか。
 愛すべき妻子を、嘗ての『冠位強欲』による騒乱で喪った時に彼の歯車には、錆が浮いた。
 軋んでいる、狂っている、間違えている……どこかで過去を苛む声がする。
 神が与えたもうた試練は、神の名の下に我知らず無法を働いた己を試すものであると。故に彼は、以前よりも苛烈に、神の道に背く者を断罪するために動いた。試練だというなら従おう。軋んでいるのは、神の代弁者として手を血に染めながらも、なおも人の道理の下で善きを語ろうとする甘い自分の抜け殻だ。
 誤差程度の犠牲も、数多生まれる悪意を止める為ならば許して下さる。進ませてくださる――あらんかぎりの力を振り絞って前に進む彼の裾を掴む者がいた。
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)……その名を噂で聞いたか。彼女のことは知らないが、彼女の過去は知らないが、然し『部外者であるはずの女』が、なにより雄弁に生きる事の善と過去との折り合いを語って見せた。
 グドルフ・ボイデル(p3p000694)。『山賊』と仲間から呼ばれ、それに違わぬ粗暴さを見せる彼が、二度目の邂逅にて『黒衣』に身を纏っていた事実には我知らず笑みを浮かべてしまった――汚れきった姿に偽装した、輝きを忘れぬ魂を見た。
 彼等に限らず、多くのイレギュラーズが、宛ら血と灰で練った煉瓦の壁とでも言うべき、彼の心の壁を崩したのだ。
 過去の罪ですべてを知ったふうに語ってはいけない。未来を見なければいけない。
 この国がこれから直面する試練の為にも。だから。
「ご機嫌善う、断罪者殿。先頃は私の友人が世話になったと聞いております」
「……ローエルに下らぬ玩具を与えたのは貴殿か。その装い、『遂行者』と見た」
 目の前に現れたこの遂行者も、背後に控える悪意も、国を覆いつつある『試練』として、己が退けねばならないというのか……?
「如何にも。私はヘンデルと申します。お見知りおき下さい。もしかしたら、これが最後となるかもしれませんが」
 その言葉は、シメイの心胆を寒からしめた。
 ヘンデルという男にではない。彼の傲岸さは脇に置こう。
 居並ぶ影の天使にでもない。実力のほどは以前の戦いで理解した。命を落とす前に、数体と刺し違える覚悟はある。
 そうではない――背後に在るその青い鎧の騎士が、誰より何より、激しい悪意と殺意を振りまいている。周辺の人々が恐慌に陥るのに、そう時間はかかるまい。

●未来を、ともに歩む為に
「……ヘンデル!」
「犯罪者も共回りにつけず、自身が前に出てきたかと思えば……!」
 トール=アシェンプテル(p3p010816)とマリエッタ・エーレイン(p3p010534)は、シメイと対峙するヘンデルと『預言の騎士』、そして忌まわしくも見慣れた悪意を視界に収めた。既に混乱のさなかにある人々は、しかし所々で動きをとめ、ぼんやりとした顔と目で周囲を見渡している個人が現れつつあるのが分かる。直感的に、トールはそれがワールドイーターだと察した。即座に止めに入ろうとするが、人込みと、人形のような人々がせき止めた流れで近付き難い。
「テメェ……好き放題やって、おめおめと逃げ帰って生き延びてたか」
「そこの騎士さんとは、私達が先約なの。帰って貰えないかしら?」
「お断りです。彼には今、私達と共に来るか、拒んでこの区画の人々と運命を共にするかを選んで貰うのですから」
 アーリアとグドルフは、ヘンデルの言葉を受け押し黙るシメイの横顔を見た。歯軋りの音すら聞こえてきそうな苦渋と苦悶。神の敵、その軍門に降れという。
 そんなものを受け容れるわけには行かない。だが、この敵の数と青騎士の殺意を加味すれば、最悪の事態が待つ。柄に手をかけたシメイの手に、アーリアの手が添えられた。
「どちらでもないわ。私達が皆を守る」
「で、コイツと俺達がテメェらの首を刎ねる。完璧じゃねえか」

GMコメント

 登場回数がもうちょっと多くてもよかったなと思いますが、これはこれでという関係者No.1(ふみの採用調べ)。

●成功条件
・シメイ・シュフォールの生存
・周辺市民の可能な限りの存命
・敵性勢力の撃退(うち、青騎士・ヘンデル以外は殲滅対象)
・(努力目標)ヘンデル撤退までに一定以上の負傷を与える

●預言の騎士・青騎士
 馬に跨った、青い鎧を着込んだ騎士です。
 預言の騎士の中では抜きん出て強力で、典型的な高機動アタッカーといった趣。
 ヘンデルを伴ってシメイに最後通牒を伝えに訪れましたが、断られたことで周辺住民を殺して回ることで懇願させるか、それを無下にして首を落とすか……そんなことを考えている様子。
 遂行者たちの『神』から下賜された存在で、己の実力を理解しているからか非常に傲岸で尊大、しかし殺害対象に対して全く手抜きをしない冷静さを併せ持っています。
 騎乗戦闘により、【移】つきスキルが殆ど。通常移動との組み合わせにより、戦場を縦横無尽に動き回ります。
 一方で、一部のスキルに【飛】などを有し、まとわりつかれることを嫌います。接近戦が苦手というわけではなく、羽虫を払うのと同じ意識付け。
 攻撃範囲は至近~中距離、単、扇、貫など。堅実(中)持ち。
 主に【恍惚】【ブレイク】【無策】【窒息系列】などを付与してきます。
 優先順位はシメイ≧イレギュラーズ>一般人。

●遂行者ヘンデル
 腰までの銀髪を束ねた鴉羽根のスカイウェザー(らしき見た目)。男性。
 過去に数度の要人の襲撃や『神の国』の形成に関わっています。傲岸不遜で慇懃無礼、人々の『繋がり』というものを強く忌む傾向にあります。
 周囲に『グレイ・ソーン』と呼ばれる術式の刻まれた鉄球が浮遊しており、それぞれ『強力な物理耐性』(赤)『強力な神秘耐性』(青)『高い機動・回避能力』(黒)を有し、それらを常時(毎ターン繰り返し)付与という形でヘンデルを護衛しています。鉄球自体にも個々の特性が付加されているため、闇雲に範囲攻撃を叩き込んでも打開は難しいでしょう。
 一定のダメージを受けると数ターン鉄球が動作停止を起こし、ブレイク後の再付与が滞ります。破壊可否については不明。
 本人の行動は低威力・広範囲系の【スプラッシュ(大)】【必殺】の攻撃による回避の減衰狙い、または治癒系統を広く扱えます。
 また、過去の戦闘で以下2つが判明しています。
・プループラ・インテリトゥス(物近単【ブレイク】【ダメージ大】等、赤、青の効果1ターン消失)
・『三惨呪仇』(トリ・カー・ナーン)(神至単:【Mアタック(大)】【スプラッシュ(大)】【呪殺】【無策】、1~2ターン、全ての鉄球効果消失)
 なお、『偽・不朽たる恩寵』に該当する聖遺物を所持していますが詳細不明。彼の目的は「シメイの勧誘、周辺住民の鏖殺、イレギュラーズへの打撃(程度の多寡問わず)」であり、命を懸ける気は毛頭無い様子。

●ワールドイーター『フィー』×5
 人間サイズながら、全身に蛇が這ったような痣を持ち、目に該当する部位を持たず、大きな口からゲタゲタと笑い声をあげる不気味な存在。ですが殺傷能力は無いようです。そこそこにタフそう。
 人の恐怖感情そのものを喰らい、危機意識を喪失させます。
 逃げ惑う市民たちに噛みつき(イレギュラーズには【無】【精神系列】【不吉系列】扱い)、逃げるという行為への優先度を大きく下げます。避難誘導などに応じにくくなり、転倒や人同士の衝突を誘発します。
 また、この攻撃を受けたイレギュラーズは『フィー』撃破までの間、やや命知らずな傾向が増します(パンドラ喪失量に上方修正)。

●影の天使×5
 主にエネミー群の回復やバフに回りますが、状況に応じて一般人を殺して回ることもします。その際は手に手に持った武器による殺戮を行うでしょう。
 魔法等により殺害を行わない理由や縛りのようなものがあるのかもしれません。
 常時低空飛行を行っており、戦闘能力は油断できません。

●シメイ・シュフォール
 直近では『<天使の梯子>蛇よ、蝮の裔よ』に登場した、天義の元騎士。
 現在は『はぐれ』の断罪者であり、とある町を根拠地として独自に活動を続けています。
 混乱が加速する折に聖都に訪れた結果、巻き込まれる形となりました。
 実力は高く、過去にはイレギュラーズと渡り合った記録も残っていますが、本気で青騎士に襲われたらひとたまりもありません。

●一般市民×多数
 OP時点で数名が見せしめに殺されており、恐慌状態にあります。
 散り散りに逃げていますが、『フィー』がそれぞれに混じり混乱を助長しようと動いている様子。
 当然ですが全員救えというのは酷な話ですが、『フィー』は殺害行為が出来ない為、彼らの位置を誘導するなどして逃走経路と護衛する場所に指向性を持たせるのが得策かと思われます(許容範囲内に収めるなら、それがスタートラインとすら言えます)。

●戦場
 聖都フォン・ルーベルグ近郊。
 比較的長閑な街並みであり、建物も多くはない為逃走経路は比較的広いです。
 その分移動が容易で、青騎士が駆け回るのに不足ない領域であるとも言えましょう。
 足場が安定しているため、不用意に飛ぶ必要もあまりなさそうです。

 ●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <信なる凱旋>蓮の花は泥中に沈むLv:40以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年09月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
赤羽 旭日(p3p008879)
朝日が昇る
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ

リプレイ


「……私ね、物憂げに悩んだり、折り合いがつかない現実に苦しんだり、過去を吞み込んだようで呑み込めてなかったり。そんな大人って、好きよ」
「それに引き換え、見てみろよあの真っ白野郎をよ。真ッ正面からじゃ勝てねえからって、ボスに泣きついてオモチャを恵んでもらったワケだ? 楽しそうで何よりじゃねえか」
 『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)と『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は、シメイとは浅からぬ縁の下にある者達だ。彼の破滅的な自罰主義は、しばしば二人を含むイレギュラーズの前でその発露を見た故に。そして、グドルフが水を向けた『真っ白野郎』こと遂行者ヘンデルは、更に複数のイレギュラーズと因縁を重ねている。グドルフ個人にとっては二重三重に因縁深い状況だ、とも言えるだろう。シメイは呆れたような調子で、しかし表情をわずかに歪めて返答する。
「君達は……いいや、今更だな。『罪』という言葉だけを追いかけて、嘗ての国が与えた『罪人』を狩り続けた猟犬の最期には好都合な場所だと、思わないか」
「全然? ねえ、山賊ちゃ」
「姉様を惑わさぬことです、断罪の騎士。あなたを助ける為にわたくしが来た訳ではないこと、努々忘れぬよう」
「もう、纏まりそうな話を引っ掻き回すんじゃないの! 終わったらケーキ奢るから!」
「……一つとは言わないですよね?」
 なお、ここでグドルフに振ろうとした話を掻っ攫ったのがアーリアの妹、メディカである。やや険のある表情と態度に静かに首を振ったシメイは、二人のやり取りを横目に何某かの覚悟を決めたように見えた。
「さぁシメイ! あいつらを全員ぶっ飛ばして生き残るカクゴはあるかい?」
「たった今、覚悟を決めたところだ」
「素敵な話ね。そこの遂行者なんかよりも余程好感が持てるわ」
 『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の堂々たる問いかけに対し、シメイは幾分緩んだ表情で返す。とはいえ、油断ならぬ状況続きなのは彼も理解の上だ。緊張を隠さず、しかし不敵さを見せる姿勢は或いは、イレギュラーズではないことが惜しまれるほど。嘗ての天義の事変を思い返しつつ、しかし『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は彼の姿勢を由とした。
「全く、あなた達は状況も、ご自身の居場所も分かっていないようだ。正直、腹立たしいですね」
「遂行者達が神の名を盾に世に火種を撒き、無用な混乱を招いているのは不変の事実! シメイさんを都合のいい言葉で惑わすなど言語道断です!」
「貴方がここまで表に出てきたという事は…それだけ貴方にとっても重要な作戦という事ですね?」
 意気揚々……というには先鋭的な敵意を向けてくるイレギュラーズの姿を前に、ヘンデルはどこか呆れたように首を振った。その余裕のある態度は、『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816) と『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)、彼に対し知己である二人にとっては真逆に見えた。……どこか、余裕がないとすら思える。が、しかし。そのやり取りを静観していた青騎士は不愉快そうなため息を漏らした。
『……全く以てお喋りが過ぎるな、外道共。神の御威光の下、たまさか命を落とさなかっただけでこうも吼えるか。ヘンデルよ、そこな騎士は最早軍門に下る気はないと見える。あたりの無価値な者共を刈ってはどうだ?』
「形振り構わないということは、余裕も時間もないのでしょう? 申し訳ないですけど貴方がたの思い通りにはさせませんから!」
「そういうことだ。俺も俺の役割を果たさせて貰う」
 青騎士のぞんざいな物言いに、しかし『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は堂々たる声音でもって反駁する。預言の騎士なる突出した戦力をこの機に投入したということは、いよいよ遂行者とワールドイーターによる横綱相撲が通用しなくなっているという何よりの証拠でもある。堂々たる物言いも、その後のなさを考えれば滑稽に聞こえるだろうか――頼り甲斐のある味方、見るからに凶悪な敵勢を前に、『朝日が昇る』赤羽 旭日(p3p008879)の心中が穏やかではないのも致し方あるまい。
「身の程を弁えない連中が強がる様は、正直飽き飽きしています……逃げ回る連中ともども、ここで死んでいただくとしましょうか」
「ベアトリーチェから感じた死の匂いを、『騎士ごとき』が漂わせるのは不愉快ね。下賜された馬でどこまでやれるか、見せて貰うわ」
「グドルフも、ミンナも! あんな嫌味なヤツ相手に遅れをとるなんて言わないよね!?」
『……不愉快だ。黙らせるぞ、ヘンデル。天使共は、精々フィーを殺させぬ様気張るがいい』
 ヘンデルの言葉に割り込むように挑発を入れたイーリンとイグナートの言葉は、青騎士の不快感、そのボルテージをさらに上げた。だが、上がったのは彼の不快感ばかりではない。挑発を繰り返しつつ、イグナートの強化術式が一同を覆ったのだ。当然、相手方も気付いている前提で。
 フィー達の影響が徐々に人々の逃げ足を鈍らせつつある。時間の余裕は、言うほどには残されていない……ように、見えた。


「まずはあなた達です。逃げる人々を好きに操るなんて、許されるものではありません」
「あなたはこっち。……生きて、神罰を加えたいのでしょう?」
 シフォリィの反応速度、そしてその身のこなしに追いつける者は、少なくともこの戦場には居なかった――敵側には、間違いなく。先手をとられた天使達は足をその場に縫い付けられたように動きを止め、手にした影の武器が力なく揺らめく。辛うじて身動きが取れた個体が視界の端に捉えたのは、『仲間』がイーリン目掛け武器を振り上げるところだ。青騎士の指揮は飽くまで混乱の拡大。今直ぐに殺すつもりはなかった、ように見えた。一部のフィーがつられるように「あの女」へと惹きつけられるのは正直厄介だ。が、自分が追従するわけにはいかない……その逡巡が、イレギュラーズに余裕を生んだ。
「私達を信じて、走って!」
「命は私が預かりましょう。ただ一点を目掛けて、振り返らないで!」
 アーリアとメディカが叫ぶ。天義を一度ならず救済(すく)った女の声は、本人が思っている以上によく通る。それが聖都近傍となればなおさらに。女性らしさ、そして妖艶さ。それは敵からすれば、奥底から湧き出る魔性を覚えざるを得ない。旭日も合わせて声を張り上げるが、天義に於いてほぼ無名、そして具体性を欠く彼の声は然程の価値を持ち得ない。が、そんなことは本人が百も承知だ。ふらふらとイーリンへ向かうフィーの傍ら、魂が抜けたような避難民を引き上げて運び去ることで、人の流れをなんとか正常化させることに成功する。
 ……当然、この行動を指を咥えて見ていられる青騎士でも、ヘンデルでもなかった。
「おめえが丈夫なおもちゃなら最高だけどよ、脆くても全然構わねえんだぜ? 真っ白野郎の吠え面が見れるからなぁ!」
「シメイに手出しはさせないよ! ヤル気になった人間のカツヤク、見たい気もするからね!」
『甘く見られたものだ……!』
 青騎士は先ず、真っ先にシメイごと群衆に割って入り血の海を作ろうと考えていた。それは命じられたからとか、愉悦のためとかではなく機械敵判断で、だ。だが、その鼻先に迫ったイグナートの拳を槍で凌いだ隙をグドルフに狙われ、一撃を打ち込まれたのだ。怒りに任せて槍を突き出すが、手応えはやや、浅い。それでもグドルフを後退させた衝撃力は無視できまいが、イグナートがいる以上は素通りも出来ない。彼等の執拗さに舌打ちが絡むのも、無理からぬ話か。
「余り小手先の常套手段に惑わされるものではありませんよ、青騎士。イレギュラーズは『しぶとい』。手抜かりがあれば」
『貴様が宣うか、ヘンデル! ここまで策を失してきた、貴様が!』
「……ええ、いいますとも。押っ取り刀で駆けつけた騎士が、知った口を語ってはならない」
 その様子を見咎めたヘンデルが青騎士を揶揄うが、創造物だけに根が真面目なのだろう、青騎士は額面通りに受け止め、苛立ちを強めた。やれやれと大仰に息を吐いてみせた彼の至近では、トールとマリエッタが張り付き、前進を食い止めている。両者の狙いは鉄球、『グレイ・ソーン』。黒目掛けて振り下ろされたトールの渾身の一手は術式砕きの特性が籠められているが、特性そのものが形を成した鉄球には意味がない。だが、『術式を砕く程に徹る命中精度』は無視できまい。続くマリエッタの術式は悠然と避けてみせたが、何度もは続くまい。
「お互いに芸がありませんね! いい加減その鉄球遊びも見飽きてきたところです!」
「その戯言は、鉄球遊びに一矢報いてからにすると宜しい。無芸無能、大変結構。有る者に憧れ、盲だ目でついてきてくれるのでしょう? 嘗てそうした私のように」
「つまりあなたは、崇める者以外を見る目が盲で居ると? だから私達の成長を軽視しているのですか、ヘンデル」
「『成長』!」
 果敢に責め立てる二人の身へ、波打つ術式が襲いかかる。執拗に分散された魔術が逃げ場を奪う。そこに決め打ちの大技を被せないのは、鉄球の機能停止を警戒しているからだろうか? マリエッタの挑発じみた言葉を聞き、彼はしかし哄笑しかねない声音で、『成長』の二文字を反復した。
「未完成の存在が、いつまでも届かぬ完成を夢見て口ずさむその言葉が! 私は最高に愉快だと思う!」
 ヘンデルにとって、過去数度に渡る失敗が屈辱ものであることは確かだ。手の内を晒さねば、状況を打開できなかったことも噴飯ものといえるだろう。が、それは己の無能の証明にはならない。だからこそこのように哄笑できるのだ。
 然るに彼は、動きの鈍い天使目掛け手を翳した。
 振り下ろされた手は、何事かを指揮するようにも見えただろうか。
 だが違う。指揮や誘導といった安直なものではなく、それは死と消滅へ向かう天使を操り、混沌を生む為の後押しだった。
 内部から膨れ上がった影が無数の棘となり爆ぜ飛ぶ。フィーの牲者を抱えた旭日を犠牲者ごと貫き動きを鈍らせ、アーリアの足元に棘をばら撒き牽制し、今まさに別個体を影に還したイーリンの目に僅かな驚愕を浮かべさせた。
「     」
 ヘンデルは苛立ちすら覚える声音で何事か咆えた。天使たちは怯えたように身を捩った。一同はそれが、遅ればせながら異言であること、そして今の炸裂がヘンデルの能力ではなく、取るに足らぬ天使が備えた自爆機構であることを理解した。
 状況は、なおも混沌の中にある。


「貴、様――!!」
 シメイの目に、激しい怒りと殺意が迸った。断罪者としてではない。一人の人間として、かの悪逆に怒りを覚えたのだ。だが、青騎士と打ち合い、後退したグドルフとイグナートが左右から声をかけ、前を向く。
「シメイ! アイツはナカマが止める、天使達だってスグ死ぬ! この騎士をほったらかしにしないほうが先だよ!」
「おウマさんが居なきゃ何も出来ねえノロマ相手に、テメェが尻尾巻いて逃げる格好見せるつもりかよ? あいつにできるのはドッキリ人間ショーだけだぜ、ほっとけ」
『そのドッキリとやらを読み切れぬ愚、フィー共によって生きることを忘れた者等が如何に罪かは、今に分かろうよ』
「っせえな、その馬から潰してやるよ!」
 二人の説得を鼻で笑う青騎士はしかし、動きを乱した愛馬に憎々しげな目を向けた。駄馬ではあるまいが、グドルフが執拗に攻め立てた影響が少なからず生まれているようだった。手綱を握り攻め直すべく動いた彼の槍に、長剣が翻る。
「自ら助ける者を助く、とは……他者から意思を挫かれた者を助けぬことを意味しない。私の前で騎士ぶるなら、聖典を引き直すがいい」
「……ですって。教えから背けさせるためなら、断罪者様の公認で不可能になった様だけれど?」
 聞いてないでしょうね、とイーリンは口元を歪めた。確かに死に際の天使は破裂し、周囲を巻き込むことを選択した。が、彼女が引きつけた段階でもう一手打っていた彼女の前では、その悪あがきも無意味に終わった。
 「天使はこの通り我が身の側に居れば。罰は私が受けましょう。皆さんは早くお逃げなさって」、などと余裕たっぷりに告げられ、逃げなかったのはフィーの被害者ぐらいだ。それも旭日の活躍が奏功し、最小限に抑えられている。
「あとはわたくしが連れていきます。姉様はそこで、ご勝手に」
「いつも通りねぇ……ありがとう、じゃあ私は、色男が待ってるから“食べて”から戻るわ」
 メディカの言葉に手を振って応じたアーリアは、妖艶に唇を舐めて前進する。天使の死で石畳に空いた穴を踏み越え、命を垂れ流すフィーに引導を渡す。垂れ流された命はそのまま彼女の命を潤し、次々と襲い来る敵を蹴散らす原動力となった。
 一般市民の殺害リソースに、天使とフィーは兎角、数不足だ。青騎士とヘンデルに食らいついたイレギュラーズが予想以上に善戦していたのが何しろ、遂行者側としては不都合。
「此方の敵は全て絶えましたよ! まだ戦うというのですか?!」
『愚問。雑兵を蹴散らして満足できるか、試してくれよう』
 シフォリィは仲間達の勇姿を背に、青騎士目掛け極小の炎を叩き込む。全身から火の手をあげてなお微動だにしない青騎士とは対象的に、乗馬は遂にその生命を喪い横たわる。好機と見て打ち掛かるグドルフの胴を深々と貫いた槍を引き抜くと、乗馬時以上の殺気を撒き散らしてシメイに向き直った。
 大剣が大上段から振り下ろされ、槍が横薙ぎに振るわれる。あわやシメイの胴を打つかと思った刹那、イグナートが割って入り、横手へと吹き飛ぶ。されど傷は然程も無いようで、すぐさま青騎士へと挑む……圧倒的なタフネスだ。
(青騎士に加勢……ヘンデル? いや、『当たるか』?)
 旭日は周囲の市民の避難を終え、戦場を見た。ヘンデルとマリエッタ、トールとの戦闘はやや膠着状態だが黒の鉄球の動きが鈍い。青騎士は今まさに、戦力の集中が起きつつある。自らの攻撃は、どちらの敵も避け得るだろう。ならどうすべきか。須臾にして永劫のような思考の後、彼はヘンデルの鉄球に照準を向けた。
「…………ハァ……」
 黒鉄球の状態を見て、今ひとつ攻め手のテンポを欠く二人を見て、青騎士の体たらくを見て。ヘンデルは、深い溜め息を吐き出した。その眼光が、幾分か鋭さを増したのを二人は見逃さない。
「諦めましたか、ヘンデル。このまま千日手になっても僕達は困らないのですよ?」
「逃げるならお早めに、ですよ」
「『三惨呪仇』――そして、『お嬢さん』。少々、あなたには仕置が必要なようだ」
 彼の溜息を逃げの算段と見て取ったがゆえの言葉は、しかし強烈な一撃となってトールを見舞った。よろりと後退したその顔面めがけ、ヘンデルはあろうことか、起動停止した鉄球を叩きつけた。鼻梁が砕け、額に罅が入る。大きな振りかぶりから次は胸骨。下手糞なナックルパートよろしく振り下ろされた鉄球には如何許も神秘は籠もっていなかったが、トールの意識を刈り取るには十分だった。
「私のやり方を見て今のようなつまらない戦いを挑んだなら、些か以上に腹立たしい……あなた達には興味がない。その体たらくで次立ったなら、必ず殺す……青騎士! 死力を尽くして抗え!」
「また逃げるのかい。……ま、これで最後さ。次はその首キッチリ落としてやるからよ」
「あなたの方が、少しは楽しめそうだが……それは今ではないでしょう。『おもちゃ』を壊してからにされるが宜しい」
 捨て台詞ともとれる言葉を吐いたヘンデルが踵を返した背に、マリエッタの攻勢が『突き刺さった』。ヘンデルの肉体は多少なり傷ついたが、彼の目は失望混じりの色で一顧だにせず。どころか、グドルフにその目を向けている。
 双方の会話に無視を決め込まれた、と怒り心頭なのは青騎士だ。槍を大きく振りかぶった彼は、しかしそれが手からずるりと抜け落ちたのを感じた。握力の低下? 狙いを誤った? 否、単純な『失敗』だ。
「まだ終わりではないわよね?」
「いくら攻撃して来ても、もう効かないよ!」
「もうこれ以上は無駄な戦いです。あなたも、ここで終わり」
 槍を取り落とした失策で隙を見せた青騎士に、果たして反撃の暇はあったかどうか。
 イーリンやアーリアによる状態異常の雪崩、そして余力多きシフォリィと旭日が逃げ場を奪い、イグナートとグドルフが始末をつける。最後の最後まで青騎士は斯く戦ったが、それでも限界はすぐそこに。

「万死の中に生を拾ったのか、私は……」
「んもう、ほんっと湿気た顔してると黴生えるわよ?」
 激しい戦いだった。
 どの瞬間に命を落としてもおかしくはなかった。使命感で突き動かされた足は、しかし根源的な死の恐怖を思い返し、シメイから力を奪い去る。立てない、今は暫くは。
 背後からグドルフに抱え上げた彼の眉間のしわを伸ばしたアーリアを前に、まじまじとその姿をみた彼の表情。そこに深い悔恨の念が一瞬だけひらめいたのを、彼女は見逃さなかった。

成否

成功

MVP

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

状態異常

赤羽 旭日(p3p008879)[重傷]
朝日が昇る
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
つれないシンデレラ

あとがき

 お疲れ様でした。そして、お時間頂いたこと申し訳なく。
 ヘンデルの特性はやや複雑なところがありましたが、なんにせよ人海戦術でもない限りは千日手もよくある話なので、誰がやってもあの口ぶりになった可能性はままあります。
 それはそれとして、多分市民の犠牲が少なかったから苛立ちがすごかったのでしょう。
 シメイさんはひとまず生存。今後は……スポット的に市民を助けることが増えるでしょうが、出番があるかは私もわかりません。

PAGETOPPAGEBOTTOM