PandoraPartyProject

シナリオ詳細

血塗れ悪辣エーディ家。或いは、ある貴族の結婚…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●駆け込み従者の訴え
 このような酷い話が、惨い話がこの世に他にあるでしょうか!
 申し上げます! ここに伏して申し上げます! あの女の卑しい性根を、あの悍ましき悪女の企みを私は知ってしまいました! オリム・ギナー・エーディと名乗るあの怪物百足に我が主様は騙されているのです! たぶらかされているのです!

 はい、はい。申し訳ありません。少々取り乱しておりました。あぁ、落ち着きます。落ち着いて、最初から話をさせていただきます。
 はい、えぇ、我が主様……心優しきハルタ・フォン・ローレン様のことでございます。ローレン様は今年で23歳。つい昨年に家督を相続したばかりであり、生来の優しさも手伝って未だ“貴族らしい”手練手管には長けておりません。

 そこを付けこまれたのです! ハルタ様の優しさに、あの悪女めが付けこんだのです! ハルタ様には未だ嫁がおられません。優しきハルタ様が、貴族のパーティよりも領民たちとの交流を重視したのが原因でございます。ハルタ様の心根の清らかさを、権力と金にしか興味のない貴族どもは誰も理解しておられぬのです。市井と戯れる阿保であると罵るのです。
 けれど、23歳ともなればお世継ぎのことを考えなければならない歳であります。家督を相続したハルタ様の務めであります。ハルタ様自身はもちろん、我ら家臣総出で嫁となる者を、ハルタ様の奥方にふさわしい者を探しました。

 そして、見つかったのがルリムという娘でした。その名前からお察しの通り、オリムの娘の1人でございます。
 ルリムは非常に気立てが良く、花の咲くように笑う娘でした。我ら家臣も、ハルタ様も、この方であればとルリムを嫁に望みました。ですが、それが間違いだったのです。
 ルリムはその朗らかで、優し気な外見とは裏腹に、稀に見る悪女でありました。見てしまったのです! 悲鳴を上げる孤児を足で踏みつけて、手にしたナイフでその指を1本ずつ切り落とす悍ましき所業を! 切った指を唾液で濡れた舌で舐めて、恍惚とした表情を浮かべる残虐な有り様を! 幻想国家全土を見ても、あれほどに性根の腐った者はおりません。いえ、いえ、もう1人だけ。ルリムの母、オリムだけはルリムを凌駕するほどに悪辣ではありますが。

 そんなオリムが、ルリムと何人かの娘たちを連れて近日中に我が領土へやってきます。縁談を纏めるためにございます。
 ハルタ様は今か今かと待っていますが、私はそうは思いません。悪鬼羅刹が我が主様に逢いに来ると、地獄の果てよりやって来るのだと、そのように思っております。それほどまでに、オリムやその娘たちは悪辣なのです。悪辣極まる毒婦なのです。
 あの女どもは、金と地位と美しさに固執する極めて利己的な、それでいて頭の回る冷酷極まる怪物です。この世に生を受けてはいけなかった存在です。それがやって来るのです。
 ですが、ハルタ様にそのことを正直に申し上げることは出来ません。ハルタ様が酷く心に傷を負ってしまいます。自分の優しさが間違っていたと、自分の目が曇っていたと、そんなことを知らせたくはないのです。

 だからと言って、ですが、この縁談を成立するわけにはまいりません。
 どうか、どうか伏してお願いいたします。お願い申します。この哀れな従者の願いをお聞き入れください。この縁談を破断にしてください。あのオリムと言う女を追い払ってください。あのルリムという悪女を、この世から消し去ってください。
 ハルタ様さえ無事であれば、私の命もいりません。領民たちの命も多少であれば失って構いません。我が主の住まう屋敷も、焼き払っていただいて結構です! ですが、ですが! それだけの犠牲を払う覚悟を汲んで下され! ルリムだけは、この世から抹殺してくだされ! もしもそれが叶わぬとしても、2度と陽の下を歩けぬほどに痛めつけて下され!
 
 それが私の望みであります! どうか、どうか!

●ピリム・リオト・エーディの訴え
 ぶっ殺しましょー、斬り殺しましょー、元の形が分からないほどにあのイカれたババアを膾にしましょー。肉ミソみたいにしてやりましょー。
 なぜならそれが正しいからですー。絶対正義の行いだからですー。
 アレは良くない化け物ですので、そしてなかなか力のある化け物ですので、きっと抵抗して来るでしょー。その娘も、ルリムというわけのわからん娘もきっとそれなりに強いと思いますー。
 え? 私の妹だろうって? 妹なんですかねー? 妹っぽいですよねー? でも、覚えてないんですよねー。思い出したら、まぁ、何かお伝えしますねー。
 と、それはともかくここはぜひ、その従者殿の我が身さえも省みない献身に報いようではありませんかー。その願いを聞いてあげましょー、そうしましょー。そうでなければ、何のために私たちは戦う力を持っているのか分かりませんよー? そうでしょー?
 ははぁ? なるほど、なるほど、とはいえ相手方の戦力が不明なのが気になると? であれば、話は簡単ですー。オリムというババアは魔術も体術も優れた化け物ですのでー、その身より放つ魔力は【廃滅】【無常】【奈落】【退化】の性質を持つ毒液として、彼女の全身とそして武器とを浸していますー。きっと、ルリムも似た感じでしょーねー。
 その他にも何人か……たぶん、2人か3人の娘を連れて来るでしょうねー。
 はい、はい。えぇ、えぇ、もちろんですとも。全員が敵です。全員が殺戮の対象です。遠慮はいりません、容赦はいりません、何の呵責もいりませんとも、はいー。
 殺っちゃってくださいませー。
 あ、でも、脚だけは私にくださいね? 生きたまま引き摺って来てくれてもいいですよー。私の楽しみが増える分には大歓迎ですー。

 以上のような、異常なピリムの演説を聞いて集まったのは数人のイレギュラーズである。
 ピリムの言う通りにするか否かは別として、依頼は依頼であるため縁談は破談としなければいけない。となれば、ターゲットであるルリムだけは酷い目に合わさなければいけないだろう。
 と、そこまでは良い。
 そこまでは良いのだが、問題が1つだけあった。
「あ、そう言えばー。私の姉、エリム・ナダト・エーディも母の首……もとい、腕を狙っているそうですので、“逢っちゃう”かもしれませんねー」
 聞けば、エリム・ナダト・ナーディとピリムは仲がいいらしい。ピリムに言わせれば、腕を獲るなど趣味が悪いとのことであるが、しなやかで強靭な非常に良い脚を持ったお姉ちゃんであるらしい。
 逢えば、お互いの腕や脚を獲り合う仲であるらしい。
「よく走って、よく跳ぶ人ですねー。刃の仕込まれたブーツで蹴ってきますねー。【滂沱】と血は流れますし、【体勢不利】は受けますし、【必殺】の蹴りは痛いしで、まぁやり辛い相手ですねー」
 その話を聞いた誰かが思った。
 お前ん家、ちょっとおかしいよ? と。

GMコメント

●ミッション
ハルタ・フォン・ローレンとルリムの結婚を破談にする

●ターゲット
・ルリム
オリムの娘の1人にして、ハルタ・フォン・ローゼンとの婚姻を望む者。
背は小さく、可憐な笑顔の似合う大百足の獣種。年齢は10代の半ばほど。
一見すれば華奢で気立ての良い娘であるが、その本性は悪辣そのもの。自分よりも弱い者を虐げて、生きたまま指を切り取ることを至上の楽しみとする趣味を持つ。
切った指は大切に保存しておいて、時々、舐めたり齧ったりするらしい。
武器はどうやらナイフのようだ。
彼女を抹殺するか、2度と陽の下を歩けない状態にすることが従者の望みである。
ルリムの所持するナイフには【廃滅】【無常】【奈落】【退化】が付与されている。

・オリムの娘たち×2
オリムの娘にして、ルリムの姉妹。
今回は2人ほど同伴しているようだ。戦闘能力については未知数。
きっとルリムと同程度には戦えるのだろう。

・オリム・ギナー・エーディ

https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=1696812
ピリムの母親。
今回の騒動の首謀者。表向きは心優しい幻想貴族。
本質は金と地位と美しさに固執する極めて利己的かつ、自分が幸せになる為ならば手段を選ばない冷徹で狡猾な人物。
ハルタの嫁に娘を送り込むことで、支配地の拡大および権力の増大を望んでいる模様。
体術、魔力に優れており、武器や魔弾に【廃滅】【無常】【奈落】【退化】を付与し攻撃に用いる。

・エリム・ナダト・エーディ
面倒見が良く天真爛漫で真っ直ぐな性格の殺人鬼。
腕に固執しているようだが、ピリム曰く「足の良さが分からない変わり者」である。
オリムの命……もとい、腕を狙っているらしく、今回もやって来るかも知れない。
後ろ蹴り、横蹴り、踵落とし、刺突、カポエイラなど多彩な蹴りで腕を斬り落とすなど、ブーツに仕込んだ刃を用いた格闘戦を得意とする。
反応やEXAが高水準、回避CTがやや高く隙の少ない近距離アタッカー。
渾身の回し蹴りには【滂沱】【体制不利】【必殺】が付与されている。
https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=1586510

●NPC
・ハルタ・フォン・ローレン
ローレン家の当主。家督を相続したばかりの、貴族らしくない心優しい青年である。
ルリムの外見に騙されて、彼女を嫁にと望んだ。
何も知らずに、ローレン家の屋敷で待っている。

●フィールド
幻想。ローレン家所領。
小川の傍にある小さな領地。領民は200人ほどと規模は小さい。
屋根の低い家屋が半円形に並んだ集落。領民は主に牧畜や野菜の栽培などで日々の糧を得ている。そのためか、ローレン領の住人は早起きである。
家畜や野菜の運搬のためか、ローレン領は非常に簡素な造りをしている。
ローレン屋敷に通じる大通りと、その両脇にずらりと家が並んでいる。脇道などはほとんどない。
なお、現在時刻は早朝である。

   Ⅰ     Ⅰ  ⌂←ローレン家の屋敷
小川 Ⅰ畑と牧場 Ⅰ⌂ 大 ⌂⌂ 
   Ⅰ     Ⅰ⌂ 通 ⌂⌂
   Ⅰ     Ⅰ⌂ り ⌂⌂
   Ⅰ     Ⅰ⌂   ⌂⌂ 


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。

  • 血塗れ悪辣エーディ家。或いは、ある貴族の結婚…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年09月14日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
※参加確定済み※
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ

●本日未明
 火事が起きたのは、東の空が白く染まり始めた頃だった。
 幻想。ローレン家所領は農業と畜産が盛んな小さな都市だ。主な収入源が農業である関係から、ローレン領の住人は朝が早い。
「向こうの小川なら安全だ。避難しよう!」
 文字通り火急を知らせる『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)の声は、薄暗い街に良く響いた。
 結果として、大した負傷者も出ないままほとんどの住人の避難はスムーズに行われることになる。
「ハルタ様は既に避難を済ませていらっしゃる。俺達も行こう!」
 そのハルタが原因だ。
 住人から愛される若き領主、ハルタ・フォン・ローレンが結婚する。もちろん、恋愛結婚などではなく、他家とのつながりを強くするための政略結婚だ。
 結婚し、子を残すのも貴族の務めである。政略結婚など珍しい話でも無い。だが、悲しいかな今回の場合は、少々、相手が悪かった。
 ハルタのためにも婚約を破談にしてほしい。ハルタの忠実な部下の1人が、そのような依頼を持ち込んだことと、今しがた領地の各所で起きている“火事”は、無関係ではない。
「これは……希望ヶ浜の歴史で聞いたな、摂関政治ってやつか? ハルタさんは望まなくとも本人や領民のためを思うと、結婚は阻止すべきだな」
 煉瓦の壁に右手を突いて『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はそう言った。視線の先には、燃える家屋と消化に勤しむ男たちの姿が見える。
「右腕、どしたん? 誰かに取られた?」
 するり、と。
 壁に突いた鋼の義手に誰かが触れた。褐色をした長い指が、慈しむようにイズマの義手を撫でている。
「っ……!?」
 視線を上げる。壁に逆さに張り付くように、ひょろりと長い女が1人。重力に引かれてだらりと垂れ下がった黒い髪。髪の間から赤い瞳が覗いている。
 額の位置からは2本の触覚。
 知っている顔だ。だが、知らない人物だ。
「エリム・ナダト・エーディ……さん、で間違いないかな? ピリムさんの姉だろう」
『夜闇を奔る白』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)の姉にあたる人物だ。名を呼ばれたエリムはきょとんと眼を丸くする。
「えー、すっごい偶然じゃん! ピリムちゃんのこと知ってんの?」
 壁に逆さに張り付いたまま「ウケるー」なんてエリムはけらけらと笑う。

 路地裏。
 暗がりに油を巻いて、火を付ける。ぼう、と燃えて広がっていく炎を見下ろしながら『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は紫煙を燻らす。
 こうして炎を広げていけば、街の住人たちも逃げて行くだろう。そうなれば少しは仕事もしやすくなるはずだ。そう考えてのことである。家なんて燃えたなら建て直せばいいだけだが、命ばかりは“失ったら”それでお終いなのだ。
「物騒な花嫁争奪戦だなァ。アレ、まだ結婚してねーんだっけ?」
 今回のターゲットはオリム・ギナー・エーディと、その娘たち。つまりは、ピリムの家族である。ハルタの婚約者はルリムという娘だと聞いているが、他にも2人、ピリムの姉妹が街を訪れるそうだ。
 きっと、ルリムに何かあった際の予備だろう。
 ピリムの母親、オリムというのは実に欲深く、執念深く、そして用心深い女だ。
「まー金が貰えりゃなんでもやるが」
「共食いだか獅子身中の虫だか、なんだって結構だが、晩餐にはクリームを添えよ」
「あ? なんだって?」
「なに、何処までも愉快な連中ではないか」
 炎に炙られ地面に長く伸びた影が笑っていた。否、それは影ではない。『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)だ。
 並みはずれて巨大な身体を折り曲げて、燃える炎を凝視している。もっとも、ロジャーズに“目”が存在すれば、ではあるが。
「事前の準備はこんなものか? 青年当主は従者に頼んで屋敷に留めてもらっているし、領民たちには避難を促した」
 一部は消火に出張っているが、それはもうしかたがない。せめて、戦闘が発生した際に巻き込まれないよう祈るばかりだ。
「後は……エリム殿には手を出さずに出来ればうまく共闘に持ち込み、娘たちはターゲット……あぁ、ルリムはなるべくピリム殿に任せるんだったか」
 今回、街には都合3つの勢力が集うことになる。『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)などピリムが呼び集めた有志たちでまず1つ。ハルタとの婚姻を望むエーディ家で1つ。そして、エーディ家の長、オリム・ギナー・エーディの命もとい腕を狙うエリムで1つの合計3つだ。
 改めて整理してみれば、エーディさん家の内紛のような有様である。

 朝日がすっかり昇る頃、街に馬車がやってきた。
 馬車の数は2台。
 どちらも貴族趣味の豪華な装飾は施された馬車である。
「来たか……相手が誰であろうとイーゼラー様に魂を捧げるまでッ!」
 屋根の上から、弾正とピリムがそれを見ていた。やって来た馬車は、これでもかと金をつかって飾り立てた悪趣味な馬車は、きっとエーディ家のもので間違いないだろう。
 つまり、戦闘の時は近いということだ。
「相変わらず弾正たそは信仰熱心なことで」
 屋根の上に寝そべったまま、ピリムはじっとりとした眼差しを弾正へ向けた。それから、すぐに弾正から興味を失ったように、視線を馬車の方へと戻す。
「私も脚が頂ければバb……お母様だろーが妹共だろーが気兼ねなくぶっ殺せてハッピーなのでイーゼラー様々ですがー」
 ピリムの嗜好とイーゼラー卿の教義は非常に相性がいい。
「仕掛けるか?」
「そうですねー。もう少し、街に入っ……げほっ、ごほっ! ちょっとここ煙たくありませんー?」
「仕方ないだろう。黒煙がこっちの姿を隠してくれているんだから、ここが一番、監視に都合がいいんだ」
 黒煙に咽るピリムの背中を弾正がさする。
 少し前から、黒煙の量は異常なぐらいに増えていた。ことほぎが、せっかくだからと言わんばかりにあちこちに火を放ったからだ。
「あいつ、今頃、火事場泥棒にでも勤しんでいるんじゃあるまいな?」
「そんなみみっちいことをする人じゃないですよー」
 ことほぎなら、押し込んで奪ったうえで火を放つ。

●仲良しエーディ家
 蹴撃がイズマの右腕を叩く。
 火花が散って、衝撃が肩を痺れさせた。咄嗟に右の腕で庇っていなければ、鎖骨の辺りを粉砕されていたことだろう。
 ニュートラルからトップギアまでのシフトが速い。
「さすがピリムさんの姉君といったところか」
「なんそれ? なんかアタシの方がピリムちゃんより弱いみたいじゃね?」
「気のせいだよ!」
 長い脚が縦横に跳ねる。右から、左から、上から、下から。壁に張り付き、地面に伏せて、立体的な移動を止めることのないまま、繰り出される連続の蹴りをイズマは腕や細剣を駆使してやり過ごす。
 話も聞かずに、妹の知人を殺しにかかる姉なんてものがこの世に存在するのだろうか。
 するのだ。少なくともここに1人いる。そう言えばアーマデルなどは「幻想国家全土を見たら恐らくそれ以上にやばいのがごろごろしてるから、あまり深淵を覗き過ぎないように」と、そんなことを言っていた。
 舌打ちを零す。
 靴の底から突き出した刃に細剣を噛ませ、イズマは強制的に蹴撃を止めさせた。
「俺達もオリム狙いだ。腕はやるから協力しないか、エリムさん」
「ん? お母様のことまで知ってんの?」
 少しの間、思案して。
 エリムはゆっくりと足を降ろした。

 骨が軋んだ。
 細い指がことほぎの喉に食い込んでいる。
 足の先が地面を離れた。首を掴んで、誰かがことほぎの体を持ち上げているのだ。
「ぐ……ぉ!」
 ことほぎの手から煙管が落ちた。
 骨が軋む。脳に酸素が届かない。首の骨がへし折れるのと、意識を失うのではどっちが速いか。
「誰だ……てめぇ」
 返事はない。代わりに、くすくすと鈴のなるような少女の笑い声がことほぎの耳朶を擽る。
 ぶち、と首の皮膚が千切れた音がした。
 次いで、銃声。
「そこまでだ」
 銃弾を撃ったのはアーマデルだ。拘束を逃れたことほぎが地面に落ちる。
 煙管を拾いながら、視線を背後へと向ければ、そこには1人の白いドレスを身に纏った少女の姿。愛らしい顔に、にやにやとした悪辣な笑みを貼り付けた不気味な少女だ。
 アーマデルの銃弾は回避されたのだろう。無傷のまま、這うようにして壁から地面に降りて来る。あぁ、なるほど、きっとピリムの妹で間違いないだろう。
「お前がルリムか?」
 右手に銃剣、左手に鞭剣を構えアーマデルは問うた。
 ドレスの少女は、肩を揺らしておかしそうに首を傾げた。
「お姉ちゃんのお友達? 違いますよね?」
「…………」
「三つ子なのよ。おかしな人が居るみたいだったから、遊びに来ちゃったの」
 おかげで首を獲りそこなったわ、と少女は唇を尖らせながらアーマデルを睨んだ。
 隠れていたことほぎに気付いて、たった1人で奇襲を仕掛けて来たらしい。
「イヤ少数精鋭でよござんすねェ……面倒臭ェ」
 紫煙を肺に吸い込みながら、ことほぎが舌打ちを零す。
 喉から流れた血で、胸元は赤く濡れている。早めに治療をしておきたいが、その暇はしばらく無さそうだ。なかなかどうして、少女には一寸の隙も無い。
 魔弾を手元に用意しながら、少女を睨んだ。
「ピリム殿は脚を愛する、ならば敵を攻撃する際には脚はなるべく避けよう」
「言ってる場合か。ピリムの妹ってんなら、脚から潰すに決まってんだろ」
 それから、一瞬。
 少女が地面を蹴ったのと。
 アーマデルが鞭剣を振り抜いたのと。
 ことほぎが魔弾を撃ち出したのは、まったく同じ瞬間だった。

 本音を言えば退屈だった。
 三つ子の姉、ルリムの婚姻。その顔合わせをするために、はるばる辺境の小さな土地へとやって来た。しかし、あるのは自然と畑と牧場ばかり。母の指示とは言え、退屈なところに来てしまったと後悔していたところである。
 と、そこに降って湧いたトラブル。誰かが火事を起こしていると、母はそう言っていた。
 遊んで来ても構わない。
 つまりは「放火犯を見つけて始末して来い」と、そう言う指示だ。
 喜び勇んで馬車を跳び出し、放火犯を発見したのが数分前。こっそり背後から近づいて、喉を掻き切って、目玉をくり貫く。
 簡単な仕事だ。
 そう思っていた。
「貴様、其処の貴様だ」
 だと言うのに、これはなんだ? 何が起きている? 何度、ナイフで斬り付けても、目の前に立つ黒い女は……女かどうかも怪しいが……一向に倒れる気配を見せない。
 それどころか、真っ赤な口を三日月形に歪め、嗤ってさえいた。
「私の肉体は貴様、中々に『レア』だと思うが、欲しいとは思わないか?」
 女は問うた。
「……目玉があるようには見えませんわ」
 そう言いながら、上体を倒す。地面に両の手を突いた、地を這う獣のような姿勢。
 地面を蹴って、滑るように駆け出した。
 数メートルの距離を一瞬のうちに0にする。
 一閃。
 目にも止まらぬ速度でナイフを振り抜いて……。
「貴様、暗殺者か? 私は暗殺でも鏖殺でも、何方でも構わないのだが」
 ナイフを握った腕が女の体に沈んだ。
 ぐるぐる、ぐにゃぐにゃ。手首から肘へ、肘から肩へがロジャーズの体に……汚泥に沈む。
「え? ぁ」
 怯えた声の全てを吐き出すより先に、女の拳が強かに顔面を打ち抜いた。

 その女は、金属の蜘蛛脚を素手で掴んで握りつぶした。
 その女は、弾正の放った手刀を紫の爪で受け止めた。
 その女は、弾正の連撃をあっさりと捌き、腹部に貫手を突き刺した。
 跳んで離れようとした瞬間に、弾正の足首を何かが掴んだ。百足の脚だ。長いスカートの裾から伸びた百足の脚が、弾正の足首を貫いている。
 皮膚が抉れて、爪の先が骨に食い込む。
「……っ!?」
「わたくし、あまり暴れ回るのは好きじゃありませんのよ?」
「嘘を吐け」
 冷酷な眼差しを至近距離で受け止めて、弾正は悪態を零す。
 腹部に突き刺さった手が捻られた。内臓を直に描き回される不快感と激痛。喉から血が溢れ、意識が遠のく。
 何度も、何度も、オリムは素手で弾正の内臓を掻き混ぜた。
 【パンドラ】を消費し意識を繋いだ弾正は、血塗れの両手と、半壊した機械兵装“平蜘蛛”でオリムをその場に縫い付ける。
「あら、積極的。逃げようと藻掻くものと思っていましたわ」
「っ……ピリム殿にはイーゼラー様という救いを与えて貰った恩義がある」
 ピリム。
 その名を耳にした瞬間、オリムの繭がピクリと跳ねた。
 そして、次の瞬間。
 オリムが首を横に傾げた。

 さっきまでオリムの頭部があった位置を、褐色の脚が通過する。
 蹴りを放ったのはエリムだ。
「ギリギリって感じ? 君でしょ、ピリムちゃんとか、イズマくんとかのお友達って」
 エリムの蹴りは、オリムの頬を掠めただけだ。
 だが、その拍子に拘束が緩み、弾正の身体が解放される。着地と同時に、弾正は姿勢を低くした。
「もうダメそ? それとも、もうちょっとがんばれそ?」
 弾正は、平蜘蛛の脚をオリムの腹部へ突き刺しながら、エリムへ向かって言葉を投げた。
「やれるとも。共に戦おう。君が腕を収集してくれれば、俺達も助かるからな」

●足を取りに来ましたよ
「結婚するなら俺が良いよ。海洋にそこそこの領地を持つイレギュラーズ、悪くないだろう?」
 馬車の前に立った男がそう言った。青い髪をした優男。
 ルリムは男の指を見る。
 右の腕は鋼の義手だ。左の腕は、きっと楽器を弾くのだろう。注意して見れば、指の皮が厚くなっているのが分かる。
「ハルタさんと婚約破棄してくれたら、俺が愛でも財産でも君を幸せにするよ?」
「お断りするわ。婚約者を裏切るような真似は出来ないの」
 母の命令に従って、ちゃんと結婚するつもりだ。ちゃんと愛を育むつもりだ。その後、ハルタが運悪く死んでしまったとしたら……まぁ、その時は責任を持って、ローレン領はエーディ家で統治しよう。
「だからそこを退いて……あら?」
 馬車の窓から顔を出そうとした瞬間、ルリムは“それ”に気が付いた。

 空高くから地上へ向かって、白い風が駆け抜ける。
 まっすぐに、それは馬車へ向かって降って来る。黒檀の天井を粉砕し、窓のガラスを衝撃で砕き、緋色の刃が馬車の床を刺し貫いた。
「あら、お姉さま? まさか不意打ちのつもりですの?」
「いやぁー……不意はつけずとも対応は遅れるでしょーし、やらないよりマシでしょー」
 狭い馬車の中で2人。
 ピリムとルリムは、何年ぶりかに顔を合わせた。
「っていうかー……貴女みたいな妹、いましたっけー?」
 緋色の刃を振り上げながらピリムは問うた。ルリムの顔にまったく見覚えが無かったからだ。正しくは“ルリムという妹の存在を覚えていない”が正しい。
 顔立ちだけなら、ピリムによく似ている。ピリムを幾つか幼くしたような顔をしている。鏡で毎日、見ている顔だ。
 一閃。
 斬撃は回避された。馬車の車体が切断される。
 身体ごと回転するように、もう一閃。
 刃がルリムの肩を斬り裂く。
 同時にルリムの突き出したナイフが、ピリムの鎖骨辺りを刺した。
「上手く躱しますねー」
 ピリムの視線は、スカートから伸びるルリムの細い脚へと向いた。ルリムは馬車の扉を拳で叩き割り、車体から外の道へと身を躍らせた。
「相変わらず悪趣味。集めるのなら指にすればよろしいのに」
「はぁー? なんですってー?」
 上体を前に倒した姿勢で、ピリムが馬車から這い出して来る。肩に担いだ刀からは、赤い鮮血が滴っていた。
「まー、何て言ってても脚は貰うんですけどねー。最悪始末出来なくても脚が無ければ現場には行けねーでしょーし」
 地面に這うような姿勢のまま、刀を刺突の形に構える。
 対するルリムは、両手のナイフを前に長く突き出すような姿勢を取った。

 決着はほんの一瞬。
 地面を抉り、駆け抜けた2人が足を止める。
 ピリムの手首から肩にかけて、深い裂傷が刻まれた。白い肌を血で真っ赤に濡らしながら、ピリムは刀を鞘へ納める。
「あぁ、終わりだ」
 死合いを見ていたイズマがポツリと言葉を零す。
 直後、ルリムの身体が地面に倒れた。その両足は、太ももの辺りで切断されて、失われている。
「あ……あぁぁぁ!!」
 絶叫が木霊した。ピリムは耳を押さえながら、血塗れの脚を持ち上げた。
「返して! 脚を返して!」
「やーですよー。って言うか、ぬるいんですよ、妹。命のやり取り、したことないですねー?」
 身体の方に興味が無いのだ。
 ずけずけと近づいて行って、ルリムの顔面を蹴り飛ばす。何度も何度も蹴り付けて、燃える家屋の方へと転がす。
 ルリムを焼いてしまうつもりなのだろう。
「止めて! 焼けちゃう!」
「聞こえないでー……っ!?」
 イズマとピリムは、同時に背後を振り返る。
 2人の前に、何かが落ちた。それは意識を失った弾正とエリムだ。
「あーあぁ。計画が御破算だ」
 そこに居たのはオリムであった。ドレスはすっかり血塗れで、肌には幾つもの傷がある。弾正とエリムはしっかりと役目を果たしてくれたようである。
「駄目ね、これは……帰るわ」
 炎に焼かれるルリムを見て。
 こちらへ駆けて来る、ことほぎとアーマデル……血と煤に塗れた2人を見て。
 炎の中から現れたロジャーズを見て。
「今回はわたくしの負けですわね」
 オリムは優雅に、そして悪辣な笑みを浮かべて深く一礼してみせた。

成否

成功

MVP

冬越 弾正(p3p007105)
終音

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ルリムとその妹たちは討伐され、無事に婚約は破棄されました。
皆さんは見事、ローレン家の婚姻をぶっ潰したのです!

この度はシナリオリクエストおよびご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM