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シナリオ詳細

<信なる凱旋>天よ地よ、どうか我が躊躇いを許したまえ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 思い出すのは、忘れてしまった方が簡単なあの日の事だ。
「ねえ、ジェルヴェーズ。お願いがあるの」
 馬車の中、すやすやと眠る我が子を優しくなでながら、奥様はそう私に声をかけた。
「……何でしょうか、奥様」
 押し黙ることも出来ず、私は、けれど声を詰まらせながら返事をするしかなかった。
「この子のこと、助けてあげて」
 それだけで、十分だった。
 今から私がしようとしていることをこの方は分かっておられるのだと、理解するには。
「おかしいかしら? 今から私達を殺そうとしてる人に、そんなことを頼むの」
「…………」
「逃げられは、しないと思う。ガストンはしつこいから……でもね。この子には、生きていてほしい。
 私達が、愛していたって――ちゃんと、それだけは、ちゃんと伝えてあげて。
 それで……貴女が何とかできるって、そう思ったら……その時はこの子を助けてあげて」
「きっと、貴女も辛いでしょう。でもね――それぐらいは、背負ってほしい。
 それが私達を殺そうとする貴女が背負うべき責任というものよ」
 優しく、穏やかで、朗らかな。御当主様にも似た、そんな人が、諭すように私にそう言った。
 私は、今から主君を殺す。そして――これに頷けば私は、いつか主君を殺す。
 それでも、私は、自分には重すぎるこの十字架を、背負うしか道はなかった。
 そうでもしなければ、私は貴女を殺せないから。
「エレナ――愛してるわ。貴女がどれほど苦しい目に合うのだとしても。
 きっとその先に誰かが貴女を助けてくれると信じてる。
 だから、少しの間、眠ってね――」
 優しく、すやすやと眠るエレナ様を撫でるあの人の顔が、今も思い出される。
 それは死の寸前、朦朧としながら私を見上げるその時にも変わらなかった。
 私は、そんな人を殺した。
 こんな私は、生きてなんて、いる価値もない。


 小さな町を赤い獣が呑み込んでいた。
 歩みを進めるたびに獣から炎は零れ落ち、瞬くうちに人を、建物を呑む。
 咆哮を上げる赤き獣を連れるのは同じく赫灼たる焔を纏う騎士と純白の鎧を纏う騎士の姿もあった。
 その恐るべきはたった2人と1体の軍勢である。
 異なる世界にて黙示の書に伝わるという四騎士。
 そのうち2つを思わす威容の騎士を率いる者は、些か不自然さもあろう。
 目を伏せ、しずしずと歩みを進めるのは純白のメイド服に身を包んだ女。
 そのやや後ろに控えながらも女に歩みを止めるなとばかりに牽制する聖騎士を思わす男。
 その異様さえも畏怖に変えて、彼らは歩み続けている。
「白き騎士は勝利をもたらし、赤き騎士は人々を焔へと変え戦を引き起す」
 ぽつり、女は呟いた。
 それは天義の王、教皇たるシェアキムにも伝わった神の言葉。
 いいや――冠位傲慢による救世主(イレギュラーズ)への宣戦布告にも等しき神託だ。
「黒き騎士は地に芽吹いた命を神の国へ誘い……」
 女は、言葉を詰まる。
 そこから先を言うのが、どこまでも戸惑うように。
「そして――蒼き騎士は……選ばれぬものを根絶やしにする」
 それでも、女は神託を口にするしかなかった。
 遂行者、冠位傲慢の使徒になってでも大切な誰かを救いたかった娘。
 ジェルヴェーズは歩みを止めない。
「――お前は、遂行者を向いてないな、ジェルヴェーズ」
 やや後ろ、致命者たるマルスランの言葉に、ジェルヴェーズは言葉を返さない――返せない。
「だが……せめて、最後にあのお方の役に立て。
 それが唯一、貴様の守りたかったものを守る手段だと分かっているな」
「……えぇ、お嬢様をお救いする。そのために、は。
 蒼き騎士の、死たる者の来る前にあの方に印を刻まなくては。
 さもなくば騎士が――騎士がお嬢様を……」
 震える声でジェルヴェーズが呟いた。
 マルスランはそれに何も言わぬ。
 ただ、終わりに向けた進軍を続けている。
「これ以上は進ませんよ」
 足止めせんとするイレギュラーズの内、彼者誰(p3p004449)が最速で対応できたのはマルスランをこそ追っていたが故である。
「……三度、か。いいだろう。いい加減にどちらかが死んで片を付ける頃合いか」
 続々と姿を見せるイレギュラーズを見やり、マルスランが剣を抜いた。


「あんまり長居は出来ないよ?」
「……ありがとう、スティアちゃん」
 ぼんやりと自宅を見上げエレナがそのまま視線を巡らせてくる。
 スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はその視線に首をかしげていると、エレナは「なんでもないよ」と呟いて。
「それで、どこに行きたいのかな?」
「……うん、私の部屋に……」
 そう言って頷いたエレナに、スティアは思わず眉を顰める。
「でも、あそこは……」
「うん……私が……閉じ込められてた部屋……あそこに……置きっぱなしの物があるの……」
「それを取りに来たんだ……何か聞いてもいい?」
「……お母様が……こういうことになった時……開けなさい……って」
「……それって」
 スティアは思わず目を瞠る。
 エレナの母は、事故死を装って殺されたはずだ。
 今の言い方では、それが解っていたかのようではないか。
 ゆっくりとだが足を進める少女に続いて、家の中を歩いていく。

(……あの時)
 その後ろに続くリュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は海洋で調査していた時のことを思い起こす。
(ぼくを『きった』のは、たぶん、ジェルヴェーズだった)
 単身で残って調査をしていたリュコスは背後からマルスランに声をかけられて咄嗟に振り返り、背後から斬られた。
 今にして思えば、敵意を抱いていると思しきマルスランが声をかけることで警戒を引き出したのだろう。
(……でも、ぼくは天義の病院で目を覚ました)
 それはつまるところ、『誰かが海洋から天義まで運んでくれた』ことに他ならない。
(たぶん、あのマルスランはそんなこと、しない……)
 ならば、わざわざリュコスを運んだ人物は1人しかいない。
(……きみがぼくを助けてくれたんだよね。ジェルヴェーズ)
 それに、あの日、マルスランが話していた会話を少しばかり思い出した。
「――殺さないのか?」
「……甘いな、ジェルヴェーズ。やはり、お前は――に向いてないよ」
 多分、あれは遂行者に向いてないと言われていたんだと思う。

「……あった」
 部屋の中に入って寝台の下に潜りこんだエレナは暫くして小さな小箱を抱えて顔出す。
「……これは」
 中に入っていたモノを一緒に見たスティアは、思わず目を瞠って、隣の少女を見る。
「……スティアちゃん……ジェルヴェーズはどこにいるの……ちゃんと……伝えないと」
 長い沈黙の後、エレナがそう声に漏らす。
 町の入口を紅蓮の獣が呑み込んだのはそんな時だった――。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】エネミーの撃破
【2】エレナ・シャルレーヌ・アッシュフィールドの無事

●フィールドデータ
 かつてアッシュフィールド領であった場所です。
 現在はケルベロスの影響で各地が燃え上がっています。
 周囲では人々が逃げまどい、聖騎士達は何とか人々を逃がそうとしています。

 敵軍は真っすぐにエレナのいるアッシュフィールド邸へ向けて侵攻中です。
 到達されればどうなるか不明ですが、碌な事にはなりません。

●エネミーデータ
・『遂行者』ジェルヴェーズ
 遂行者の1人であり魔種です。アッシュフィールド家の使用人兼用心棒。
 使用人以前には冒険者、暗殺者を務めたこともあるとかないとか。

 長剣と魔導書による物神両面型のアタッカーです。
 物理攻撃では至近~近接単体をメインに【追撃】や【変幻】、【多重影】などを用いて攻撃してきます。

 神秘攻撃では中距離以上の射程をメインに【火炎】系列、【足止】系列、【不吉】系列のBSを用います。
 また、こちらは範や域、貫通などレンジも多彩です。

 精神的に参っているのか自暴自棄になり弱体化しています。
 それでも魔種らしく油断は禁物でしょう。

・『致命者』マルスラン
 マルスラン・アッシュフィールド
 エレナの父に当たる人物を元にした致命者です。
 元の本人は冠位強欲戦で戦死しています。他の致命者同様に中身までは伴っていません。

 長剣を手に手数で攻めて守りを崩し、隙を突いた痛撃を撃ち込むタイプ。
 主に【乱れ】系列、【痺れ】系列、【恍惚】で守りを崩し、高火力の【邪道】で攻めてきます。

・ケルベロス〔赤〕
 一般的な一階建ての家屋程の巨大なケルベロスです。
 燃え盛る身体は預言の騎士が変質した存在であることの証拠でしょう。

 ターン開始時に自範相当領域を焼き払い、触れた者へ【火炎】系列、【窒息】系列のBSを発生させます。
 この他、足や牙による近接への物理攻撃、火炎放射によるの神秘攻撃を行います。

 神秘攻撃には何種類か存在します。
 詳細は以下に加えて各種【火炎】系列を幾つか付与する可能性を持ちます。

 3つの頭部それぞれから撃ち込んでくる【スプラッシュ3】
 一斉に一点に向けて放つ【神超域】【万能】
 一斉に砲撃のように直線を焼く【神超貫】【万能】

・預言の騎士〔赤〕
 炎で出来た馬に乗り、焔を纏った赤い騎士です。
 人々の姿を炎の獣へと変化させ、滅びのアークを纏わせた『終焉獣まがい』の存在へと至らしめます。
 精神力が強い存在や、戦力的に強大な存在はある程度の抵抗可能です。

 しかし、抵抗が強かった存在であればあるほどに強大な『炎の獣』へと変化します。
 前述のケルベロス〔赤〕はこの赤い騎士により変質した存在と思われます。

 手に握る炎槍を巧みに操り攻勢を仕掛けてきます。
 あらゆる攻撃から【火炎】系列のBSを発生させる効果を持ちます。
 その他、【邪道】や【多重影】、【変幻】などを有します。

・預言の騎士〔白〕
 美しい白馬に跨り、純白の鎧を纏う白き騎士です。
 何が描かれているのかは分かりませんが、旗を掲げています。
 この旗にはエネミーの能力を底上げする効果があるようです。

 常に旗を掲げており、攻撃を仕掛けてくることはありません。
 その代わり、HPや防技、抵抗など守りに関しては非常に堅牢そのものです。

●NPCデータ
・エレナ・シャルレーヌ・アッシュフィールド
 天義貴族アッシュフィールド家のご令嬢。
 スティアさんとは父親同士が知己の聖騎士で幼い頃に会ったことがありました。
 イレギュラーズの同行を条件にアッシュフィールドに訪れています。
 燃え盛る故郷、怯える民衆に何か手伝えないかと思いつつ、
 足手まといにしかならないことに歯痒い気持ちを抱いています。

●参考情報
・アッシュフィールド家
 冠位強欲戦で当主マルスランを失い、その妻が事故を装った謀殺により亡くなったことでマルスランの弟ガストンへと家督が継承されました。
 しかし、今回の騒動の中で先代の奥様と同時に事故死したとされるエレナの生存が確認され、イレギュラーズの手でエレナが解放されます。
 ガストンは国への虚偽申告、先代当主の娘を監禁したという国家反逆相当の罪状などから即座の処刑が決定、処刑台へ消えました。
 現在はエレナが当主として復帰できるようになるまで、ヴァークライト家に領地管理が委任されています。

・『遂行者』ジェルヴェーズ
 アッシュフィールド家の使用人としてガストンに仕えていました。
 ガストンによる先代妻子謀殺の実行役となり、エレナの母を事故死に見せかけて暗殺。
 この際、本来なら殺すはずだったエレナだけは救出し、『近い将来、養子に出せば、何の問題もないはずだ』と進言。
 何とか幽閉に落ち着かせることが出来ましたが、その後の彼女の境遇には代われない自分を呪い続けていました。

 遂行者陣営に協力する代わり、力の源たる聖痕を刻まれました。
 しかしそれまでの心労もあり原罪の呼び声に屈してしまったようです。

・エレナ・シャルレーヌ・アッシュフィールド
 マルスランの娘、ガストンの姪。
 母が謀殺される際、ジェルヴェーズの手で救い出され、アッシュフィールド邸に軟禁されていました。
 自宅の部屋の中で叔父夫婦と従兄から暴行を受け、心を閉ざしながらも何とか生き延びた強い子です。
 人間への不信感を抱く一方、元々肉体の成熟した後の軟禁だったため、リハビリにより通院治療段階まで回復しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <信なる凱旋>天よ地よ、どうか我が躊躇いを許したまえ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年09月15日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
リドニア・アルフェーネ(p3p010574)
たったひとつの純愛

リプレイ

 生きるということはこの世で最も困難な苦行である。
 己の為に生きることでさえもそうならば、誰かの為に生きていくということはその何倍も苦行である。
 それでも私達は果てしない苦行の中にさえも喜びを見出して生きていくのだ。
 死という道を選ぶこともまた難しいのだから。
            ――――無名の聖職者の言葉より


 パチパチと火の花が咲き乱れ、空に伸びて行く。
 ゆっくりと、炎の厄災は町を呑みほしていた。
 怯え、恐れ、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の背中を、炎は追いかけている。
 騎士達に連れられ、炎の猟犬は戦を起こす。
(私たちはもう、解り会えない所まで来たいうのでしょうか)
 迫り来るものを見据える『決別せし過去』彼者誰(p3p004449)は獣を導く者へと胸の内に問うた。
 剣を抜き、剣呑に構える男の視線は狂気に澱んでいる。
 彼者誰には宗教など解らない。
 信仰心らしい信仰心も持ち合わせていない。
 だから、本質的には目の前の彼らの気持ちなど解りようもないのかもしれなかった。
(……それでも)
 それでも、と彼者誰は視線を向ける。
 澱んだ男の瞳、致命者たる男の目と己のそれを交えれば。
「ねえ、ジェルヴェーズにマルスラン。
 彼女は。エレナ嬢はまだ諦めておられないなら、話くらいはお聞きなったらどうですか。
 …………魔種を人に戻すことは、出来ないのだとしても」
「――それはいいな。少なくとも、ジェルヴェーズよりは強い子だと言うことはわかる」
 マルスランより返ってきた言葉には一層と冷たさが載っていた。
 致命者、骸の内側に異なるものが巣食うが如き者。
「事情は詳しくないが、言葉を交わせる機会は、常にあるとは限らない」
 だから、話せる機会に話しておくべきだと、『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は視線を巡らせた。
「……言葉を交わせる機会。お嬢様は、この地に居られるのですか?」
 声をあげたのは、マルスランではなくその隣で俯いていた女性だった。
 あれがジェルヴェーズだろうと察すれば、アウイナイトの瞳に映る女はあまりにも限界だった。
 関わりの薄いエクスマリアでさえ、一目見ればそうと分かるぐらいには摩耗した雰囲気がそこにはあった。
 彼女は顔を上げる。霞んだハイライトの瞳がそこにはあった。
「この街はエレナさんの住む地で、かつてあなたが仕えたマルスラン卿の愛したアッシュフィールド領なんだぞ、ジェルヴェーズさん……!」
 ワールドリンカーに魔力を注ぎ込む『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は真っすぐにその女を見る。
 疲弊を隠せぬジェルヴェーズがゆったりとマルクを見やる。
「――私は一度もマルスラン様にお仕えしたことはありませんよ。
 私はずっとガストン様に仕えてきたのですから。
 それにここは全て、ガストンが穢した町。
 浄化しなくては……そして、青騎士が来る前にお嬢様においでいただかなくては」
 一歩、ジェルヴェーズが前に出る。
「そうだ、それでいい。剣を構えろ、ジェルヴェーズ。
 蒼き騎士は烙印無きものを根絶やしにするのだ。
 彼女を救いたいのならば、その前に聖痕を刻むしかないのだから」
 応じて、マルスランが静かに語る。
(今までの事を潰そうとする彼らは許せない。
 でも、彼らと話したい、伝えたいことあるならそれは大事)
 それこそが今までの時を積み重ねてきた結果だからと、『ヴァイス☆ドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は杖を掲げる。
「私はヴァイス☆ドラッヘ! 白き竜が邪な白を討ちに来たわ!」
 レイリーは直ぐにそう名乗りを上げた。
「良いでしょう、是非とも――この身を殺してくださるのなら、それはそれで大いに感謝します」
 そう言って、疲れ切った笑みでジェルヴェーズは笑った。
「複雑な事情があるのは解るけど……やり方ってものがあるでしょ! 誰も傷つけさせはしない、絶対に!」
 ヴィリディフローラに魔力を籠める『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の声が響く。
「詳しい事情は知らないけれど……あなたにも護りたいものがあるんでしょう? なんとなくわかるよ。私だってそうだから」
 アレクシアは真っすぐにジェルヴェーズを見た。
「……ならあなたのすべきことはその人に寄り添い続けることだよ。
 決してこんな風に、炎と破壊を撒き散らすことじゃない! わかってるでしょう!」
「……寄り添う? 私が? いいえ。いいえ――私は、寄り添ってはならない。
 寄り添っては、いけないのです! 私のような者は、生きていてはいけないのです!」
 激情を孕んだ瞳がアレクシアをみて、魔導書が輝きを放つ。
(……エレナちゃん、待ってね。必ず、道を切り開くから)
 その声を聞きながら『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はネフシュタンを握る手に静かに力を籠める。
 エレナの母が遺した言葉、彼女ならば、きっとその言葉を上手く伝えてくれるはずだと、そう信じている。
 それを伝えるためにもまずはその生涯になる物を切り崩さなくてはならない。
 スティアはセラフィムから高められた魔力をネフシュタンへと注ぎ、赤く燃え盛る戦場に蒼き光が凛然と輝いてみせる。
「ケルベロス……赤き炎の象徴。それに皆様、因縁だらけの様ですわね」
 目立つ赤き炎の獣を見上げた『『蒼熾の魔導書』後継者』リドニア・アルフェーネ(p3p010574)はそのまま視線を少しばかり下げ、その前にいる遂行者を映す。
「それなら遂行者の皆様方へも自己紹介しなければ。
 ごきげんようさようなら。私はリドニア・アルフェーネ。ただの……今の天義が好きな女ですわ」
「ごきげんよう、さようなら。えぇ、是非ともそうさせてください」
 曇り切った瞳でそう答えたのはジェルヴェーズである。
「ジェルヴェーズ……」
 叫ぶ魔種の名を呟き『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は剣を抜いて盾を構えた。
(ジェルヴェーズにはまだ心がある。
 もう魔種になってしまったジェルヴェーズにとって、それがいいことか悪いことかはわからないけど……)
 それでも、その残された『心』が、優しさが踏み躙られるようなことがあったら、それを許してはいけないとリュコスは思うのだ。
 ちらりと巡らせた視線、そこにある赤い焔を纏う騎士を見る。
(あの騎士の力はとてもとてもやな感じだ。
 ……もしかしたら騎士にとってのなかまも炎のけものに変えることができるかもしれないってところが特に)
(彼女が積み重ねてきたものは俺では計り知れないけれど、彼女が為したいことがあるというのであればその機会を守ろう)
 剣を抜き、『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は先程あったばかりの少女の事を思う。
「会話の機会というのは大切に扱われるべきだ。いつそれが最後の別れになるか分からないのだから」
「……やはり、お嬢様はここに居られるのですか? あぁ、なんということでしょうか」
 その声が聞こえたらしきジェルヴェーズが小さく声に漏らすのが聞こえた。
「優しさの抜けきらない魔種が相手ってのは、やりづれぇもんだな」
 その様子を見て『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)は小さくそう言葉に残す。
(だが、加減しようとは思わない。ここで終わらせてやるのがせめてもの情けだ)
 蒼穹の絵筆を握りなおすと、ベルナルドは描くべき絵を思い浮かべた。
「全くだ――おかげで自らの為すべきことまで躊躇するのだから。さっさと狂い果てていれば楽であっただろうに」
 マルスランの声は静かなものだ。
 その声はどこか芝居がかっているようにも見えたのは、気のせいだろうか。


『ォオォォ!!!!』
 地獄の番犬、その中央に座す頭部が天へと咆哮をあげ、左右の顔が大地へ炎を齎す。
 燃え盛る炎は大地を燃やし、ちりちりと陽炎が立ち上る。
 瞬く間に地上の酸素が消費され、呼吸に影響を与えていく。
「小細工なしの真っ向勝負、デカいの行きますわよ」
 リドニアは真っ先に飛び出していく。
 動き出そうとする敵陣の奥、マルスランとジェルヴェーズの後ろ、赤い騎士の懐へと飛び込んだ。
「ふん、小賢しい蒼炎の魔術師が」
 ぐるりと振るわれた赤い騎士の槍を掻い潜るままにリドニアの拳が跳ねた。
「ふん、急かすではないか」
 赤い騎士は馬を巧みに巡らせそれを躱して笑い、返す槍が円を描きリドニアめがけて伸びる。
「小細工なしと言いましたわ。――正面から圧し折ってあげます!」
 リドニアは蒼炎の出力を上げて真正面から槍に合わせていく。
 衝撃を受けた赤き騎士の槍が跳ね上げられた。
 大きく開かれた炎の騎士に向けて放たれたのは、一条の星。
 打ち込まれた弾丸が炎の騎士の身体を大きくのけぞらせ、馬が棹立ちになって嘶いた。
「これいじょう、させない」
 流星の尾が引く先、リュコスはそう告げると共に赤い騎士の前へと立ち塞がった。
(遂行者……連れている敵が変わったところを見ると神託と同時に次のステージへ移ったということかな)
 ヴェルグリーズは2体の騎士とケルベロスを見やり、落ち着いたままに分析する。
 新たに降った神託はその予測を補強するようそになるだろうか。
「多くの人達を巻き込むそのやり方は決して見過ごせるものじゃない」
「多くの人を巻き込むか。これは歴史の修復だ。そこには無数の民も関係することだろう」
 走り抜けて赤い騎士へと肉薄すれば、赤い騎士がそう声をあげた。
「人々の平穏のためにもキミ達の思い通りにはさせないよ」
 放つ斬撃の連鎖が紅の炎槍とぶつかりせめぎ合う。
 圧倒的な手数のヴェルグリーズの斬撃は確かに赤い騎士の身体に傷を増やしていく。
「ジェルヴェーズ、いつまで戸惑っている。
 都合がいいだろう、お前は何のためにここに来た? 行くぞ。
 目的の娘が、此処にいると分かったのだからな」
 マルスランが冷たくそう告げて走り出す。
「奴の話を聞く必要はない! 気張れ、エレナがアンタに会いたがってる。
 主人の願いを聞き届けるのが、従者の役目だろ!」
 ベルナルドはマルスランの声を遮るようにして空に線を描く。
 世界を塗りつぶす魔法の微光が赤い騎士と白い騎士を絡め取る。
 それは七彩に刻む美術という名の呪い。
 数多の苦痛を内側に落とした色彩が混ぜ合わせた絵具のように世界を塗りつぶす。
 彩られる景色は惜しくなる鮮やかな色を残して消えていく。
「……行かせるわけにはいきません」
 彼者誰は迫りくるマルスランの眼前に立ち塞がる。
 防御姿勢を整え、向けられる剣を受け止めるべく剣を構えた。
「これで三度目だ、相手にする理由もないが、いいだろう。
 だが……お前は行け、分かっているな? ジェルヴェーズ」
 立ち止まったマルスランが剣を振るう。
「……はい、マルスラン様」
 彼者誰がそれを打ち返す横をジェルヴェーズが走り抜けた。
「マルスラン、貴方には少しばかり残って頂きますよ」
 その視線はさておき、彼者誰は真っすぐにマルスランを見据える。
「俺もまだ死ぬ気はない」
 静かに答えたマルスランと剣を合わせてぶつかり合う。
 その脚がイレギュラーズの陣容の奥へと抜けるよりも前に、エクスマリアが動いた。
「失わせは、しない」
 黒金絲雀を纏う手を空に掲げれば、高密度の魔力が空へと集約されていく。
 瞬く金色の鉱石を思わず鋼鉄の星が空に作り上げられていく。
「――何」
 戦場に差す影にマルスランが顔を上げる。
 それで脅威を示すには十分だった。
 落ちる星が燃え盛る炎ごと戦場を抉り取る。
「町の人達が避難に専念できるように……ジェルヴェーズさん達が安全に話し合えるように、ぼく達で支えるんだ!」
 マルクはワールドリンカーに魔力を通し、剣状に収束。
 蒼穹に誓う魔力の剣を手に、マルクは赤き騎士へと肉薄する。
「攻撃は分散させずに、敵の防御を上回る火力で攻めるんだ! 白騎士の支援の上から押し切る!」
 馬が棹立ちになる中、マルクはそれごと断ち切るように剣を振り払う。
 壮絶たる旭光の斬撃が真っすぐに赤い騎士を穿つ。
「お待たせ、ここから先へは行かせないわよ!」
 レイリーはそう彼者誰に声をかけながら、マルスランの眼前へと飛び込んだ。
 愛馬に跨り飛び掛かるように突撃をすれば、突撃を避けんとしたマルスランへと愛杖を撃ち込んだ。
 そのまま立ちふさがれば、マルスランの視線がレイリーと結ぶ。
「これ以上、誰かが苦しむ前に、あなたを止めるよ!」
 アレクシアはヴィリディフローラから魔力の花弁をケルベロスへ向けて撃ちだした。
 濃い紫の花弁は戦場に散らしながら炸裂し、濃紫に彩られる釣鐘の花弁が陣を描く。
 それは強く、深く染み込む魔女の毒。
 刻み付けられた毒が幻覚を齎し、獣の咆哮が轟いた。
 深々と降る雪のような魔力を展開すれば、スティアはそう魔種へと声をかけた。
 気高き精神性を魔力に変え、空色の魔力が空に弧を描く。
「――こっちだよ、ジェルヴェーズさん!」
「――くっ! ヴァークライト家の!」
 放たれた天穹の刃が真っすぐに戦場を駆け抜け、魔種の展開した魔法陣を潜り抜けて炸裂する。
 ジェルヴェーズの視線がスティアを見た。


 アレクシアは真っすぐにその巨体を見上げている。
 燃え盛る身体はそれその物が大地を溶かす炎の権化。
 3つの頭部がアレクシアへの敵意に向いているのは明らかだった。
「――負けないよ」
 その炎で出来た頭部から、微かに色の違う炎が零れだす。
 アレクシアは杖を地面に突き立て、魔力を大地に注ぎ込んだ。
 鮮やかに輝く花弁がアレクシアを包み込み、堅牢なる結界を作り出す。
「……キミも元は人だったんだよね」
 リュコスは咆哮を上げるケルベロスへと視線をあげた。
『グゥルルル!!!』
 唸り声からは到底、自我のようなものは感じない。
 しかしこれほどのサイズ感、迫力を有する魔物――のような姿。
 赤き獣は『抵抗が出来てるような精神性の強いものほど強力な存在として成立する』という――ならば、元の人物は。
(きっと、こうけつな人、だったんだろうね)
 ごう、と紅蓮が放たれる。
 それはアレクシアやリュコスを纏めて燃え上がらせる広域への紅蓮の放火。
 リュコスは盾を構え、正面から受け止め、顔を上げ続けた。
 身体が熱を帯びる。けれど耐えきれる。
「ありがとう」
 最小限と言っていい被害、それを攻勢に繋ぐようにヴェルグリーズは飛び出した。
 熱を帯びて溶けだした大地を飛び越して、ヴェルグリーズは駆けた。
 3つの頭部の1つが反応するよりも速く、剣が閃を描く。
 鮮やかな黒き色は紅蓮の炎の向こう側から映え映えと映り一閃が1つの頭部を斬り落とす。
「合わせる!」
 それに続くベルナルドが燃え上がる日常に描く数多の妖精を描いていく。
 小さな妖精たちは他者を呪う悪戯な子供達。
 世界に描いた妖精の悪戯がケルベロスめがけて一斉に駆けだした。
 取り付き、釘やら何やらをケルベロスに突き立てる妖精たちに、炎の獣が炎混じりの咆哮を上げた。
「ケルベロス、か」
 エクスマリアは直ぐに手をそちらへ翳す。
 不可視の連続魔、幾重にも重なり圧倒的な数の魔法陣が展開されていく。
 圧倒的な数で放たれた壮絶極まる魔力の連鎖は鎖の用に連なり、番犬を絡め取る首輪の如く連鎖する。
「犬の放し飼いは、良くない」
 エクスマリアが翳していた手を握り締めた刹那、首輪の如き魔法陣が一斉に斬撃を刻む。
「炎なら気にするまでもない!」
 ケルベロスへと肉薄したマルクは再びブラウベルクの剣を構築する。
 美しき暁の光を帯びた魔力の剣は燃え盛る炎の頭部へと撃ちだされる。
 炸裂する旭光が閃光と共に犬の頭部を斬り開き、形を保てなくなった頭部が炎になって消えていく。
「不義を謳う道化よ! 予言はお前らの愚かさで成就しないのよ!」
 レイリーはマルスランへと向き合い、そう声をあげた。
 敵意を煽り、詠うように全てを否定する声をあげる。
「不義? はっ。そうだな。全くもってその通りだ。
 預言はお前らの愚かさで成就しない? はっ、だそうだぞ、ジェルヴェーズ。
 お前の行いは無意味だそうだ。無様だな――やはりあの方の為に為すべきことをなせ」
 静かに嘲るように、マルスランは己へ向けた挑発を味方であるはずのジェルヴェーズに転嫁する。
「――私を、見なさい」
 レイリーはマルスランへと愛杖を叩き込み、無理矢理にその意識を向けさせんとする。
 その時、何かが後ろから断末魔の雄叫びが響いた。
「赤騎士様が討たれたか――」
 ちらりと後方を確認したマルスランが舌を打つ。
「行かせるとは思わないで頂きたいですね」
 剣を撃ち込み、抑え込むようにして彼者誰は一歩前に踏み込んだ。
 此処で止める――その意志を愛剣に籠め彼者誰は剣を撃つ。
 一閃の斬撃は微かにマルスランの体勢を崩す。
「こっちだよ!」
 スティアはネフシュタンへと魔力を注ぎ込みながら声をあげた。
 放たれた一条の光の輝きが戦場を駆け抜け、ジェルヴェーズを越えてその後ろ、赤き焔を纏う騎士を縛り上げる。
「……お嬢様」
 スティアを追ってきたジェルヴェーズの声が震えた。
「……どうして、ここに。まだ、身体が治ってきただけでしょう」
 そう震えるのは、声だけじゃなかった。視線が、剣が震えている。
「エレナちゃんが、ジェルヴェーズさんに伝えたいことがあるんだって」
 その視線はやがてスティアの方をキッと睨み――スティアはそれに応じると共にそう語れば。
「だからと言って、このような戦場に連れてくる理由は!」
「……ジェルヴェーズ……私がね……言ったの」
 怒れり、叫ばんとするジェルヴェーズを遮ったのはスティアの隣に立ったエレナだ。
 ぎゅっと何かを抱き寄せるエレナの視線は真っすぐにジェルヴェーズを射抜いている。
「お嬢様……」
「……うん」
「このままでは、貴女は、殺されてしまうのです。どうか、どうか――聖痕を、お受け取り下さい。
 私は、貴女様に生きていただかなくては、奥様に死んでも顔向けができないのです、どうか――どうか!」
「……それは出来ないよ……」
「――ッ!」
「……お母様は、貴女は真面目過ぎるって……ねぇ、ジェルヴェーズ……もう、良いんだよ。
 私達は貴女を縛り続けたけど……私が自由になったのなら、貴女にお礼をするべきだから。
 貴女の思うように生きていいの……お母様も、そう言ってるから……」
 ぎゅぅと、何かを抱き寄せていた少女が、一歩前に出る。
 反射的に、ジェルヴェーズが剣を取り、振り上げた。
「駄目――!」
 スティアがネフシュタンの輝きを増してエレナを庇う。
 けれど、振り上げられた剣が少女を撃つことはなかった。
 響いた金属音、剣が空へと打ち上げられた。
「それは、それだけはだめ」
 それは咄嗟に前に出たリュコスである。
 ジェルヴェーズの剣を弾いたまま、盾を押し立て一歩前に出た。
 恩返しがしたかった。そのためだけに今、ここに立っていると言っていい。
 ここでエレナを傷つけさせてしまったら、もう、ジェルヴェーズは戻れない。
 残っていた心さえも殺してしまう気がして。
 抑え込むように、リュコスはもう一歩を踏み込んだ。
「……ありがとうございます……でも、大丈夫……」
 ぽつりと呟きが聞こえてエレナがリュコスの隣に立てば、抱きしめていたそれをジェルヴェーズへと差し出した。
「……お母様が……貴女に向けた手紙だから……」
「奥、様、が……?」
「……従者なら読まずに破るなんてできない……はず……だよね……」
 剣を失い、魔導書を落として、ジェルヴェーズがそれを手に取った。
 震える手で、彼女がそれを開いて――。


「……やっぱり、そうか」
 白き騎士へと飛び込み、アレクシアは魔剣を振り抜くと共に小さな呟きを漏らす。
 花弁を散らして解けていく神滅の魔剣の一閃さえも軽微に落とし込まれる堅牢に過ぎる白き騎士。
「あの旗を壊したら多少は変わるかもしれないけど、あの白騎士自体に周囲への支援効果があるみたい!」
 突き立てた魔力から読み取った分析結果をアレクシアが伝えるのと同時、その横をリドニアが駆け抜ける。
「承知しましたわ!」
 握りしめた拳に術式を展開しながら、リドニアは一気に戦場の奥に旗を掲げし騎士へと肉薄する。
 踏み込みまま打ち出した拳は真っすぐに白い騎士の身体へと炸裂する。
 守りを固める騎士へと炸裂する刹那、浮かび出した魔法陣から蒼炎が放たれた。
 奇襲じみた一閃は必ずしも全ての守りを、敵への加護を打ち砕いたわけではない。
(いくつかは常時発動型のようですわね)
 守りの硬さはそれを証明するようだった。
「ならば、これならどうです!」
 握りしめた拳で穿つはデッドリースカイ。
 空を翔ける拳が蒼炎と共に戦場に尾を引いた。
「なるほど、守りは堅いようだね」
 ヴェルグリーズはその様子を受け止めると共に神々廻剱を振り抜いた。
 多重の斬撃はその残像すらも圧倒的な質量となり、白き騎士を切り刻む。
「私の守りを抜けられるか!」
 宣言するように白い騎士は叫ぶ。
「試してみようか」
 速度を上げたヴェルグリーズは神域の如き一閃を連鎖して紡いでいく。
 たしかな連撃は旗を振るって逃れようとした騎士を確実に抑え込む。
「常時発動の方は旗というより奴自体の能力みたいだな。自身の堅さに至っては持ち前か?」
 ベルナルドは知識をフル活用して推測を立てる。
「――ならこっちだな」
 ベルナルドは空に描くのは一本の剣身。
 蒼穹の絵筆を中心に青白い光を揺蕩う断罪の剣はそれそのものが魔力の塊。
 握りしめたままに払う斬撃は実体のなき絶剣。
 堅牢なる守りを削り落とすように、放たれた刹那に集約した魔力が炸裂する。
 終わりに描いた線が弾丸のように伸びて追撃を果たせば、白き騎士が黒き靄を零す。
「――厄介な」
 舌を打った白き騎士が旗を振るう。
「――任せろ。マリアの出番だ」
 エクスマリアは既にそこにあった。
 振るわれた旗が勢いを殺すその刹那、天性の直感で旗を抱えて受け止める。
 恐らくは張り直されかけたであろう加護を不発に落とし、アウイナイトの瞳は敵を見る。
 美しき暗き蒼の瞳が映すは斬撃の魔術。
 連鎖する魔瞳剣技から逃れる術などありはしない。
 堅牢なる守りなど意にも介さず、天に愛された連撃を紡ぎ出す。
 白い鎧が砕け散り、濃密なる黒き靄、滅びのアークがほころび出す。
「――しつこいな、貴様らも」
「しつこく堅い、それが我々の売りですので」
 舌を打ち、斬撃を刻むマルスランへ彼者誰は剣を合わせながらそう答えるものだ。
 激しい攻勢による傷は、その都度レイリーの術式もあって軽傷へと落ち着いていく。
「赤騎士様を失い、ケルベロスを失い――挙句の果てには白騎士様まで失うとはな」
「貴方にはもう少し、お付き合いいただきますよ――」
 ジェルヴェーズへと視線を向けさせないと、彼者誰は真っすぐに敵と向き合った。
「そうか――だがお前を相手にするのも面倒だ」
 マルスランが視線をあげて後退しようとした刹那、レイリーが前に出る。
「行かせないといったはずよ! 私は行く手を塞ぐ壁、皆を護る盾。
 私が倒れない限り誰も倒させない! だから、私は最後まで倒れないのよ!」
「ふ――仕方ない。ならばもう少しばかり相手してやろう!」
 飛び込んでくるマルスランの斬撃に対して、レイリーは杖を払う。
 盾を以て打ち上げ杖でもって絡め取り、抑え込むように意識を絡め取る。
「ただマルスランの姿と声をしているだけの別人と、あなたが守ろうとしたエレナさんと。
 本当に大事な人は誰なのかを考えてほしい! 魔種だろうと遂行者だろうと、その権利はある!」
 マルスランへと肉薄するマルクはブラウベルクの剣を一閃すると共に声をあげた。
「いいや。無い――遂行者には、そんなものは不要だ。考えるな、無意味だ。あのお方のご神託を遂行せよ。
 それが遂行者の唯一絶対だ。そこには1つの例外と手ありはしない」
 冷たく告げるマルスランの声が応じ、剣閃がマルクへと返ってくる。
 マルクはその位置からワールドリンカーを撃ちだした。
 崩壊しつつある白き騎士へと撃ちだされた魔弾は鮮やかな想定し難き魔弾が複雑な軌跡を描いて進む。
 四象の権能が籠められた弾丸は炸裂した刹那、災厄たる四種の権能は堅牢なる守りを浸透して痛撃を刻む。


「――何を躊躇っている、ジェルヴェーズ」
 マルスランの冷たい声が戦場に響く。
「……マルスラン。貴方には、本物の記憶はないのでしょう」
 彼者誰は静かに問う。この戦場には、マルスランの娘がいる。
 冷たい、父の形をした明らかに違う男の言葉を聞く忘れ形見がいる。
「それでも、これ以上、貴方に彼女の前で口を開いてもらいたくはないですね」
 跳ね上げた剣、精神力を力に変えて、剣身を払う。
「邪魔はさせないわ」
 深く息を吐いたレイリーは愛杖に魔力を籠める。
 レイリーを、ムーンリットナイトを温かな魔力の燐光が包み込む。
 そのまま愛馬が大地を踏みしめると、そこから波紋が広がっていく。
「誰の想いも、無駄にはさせない。その想いは、絶対に護る」
 泉のように広がる光の波が戦場を包み込む。
 くるりと振るった愛杖を天へと掲げれば、広がる光の波が鏡写しに空に光輪を映す。
 激しく降る熾天の輝きが傷の増える仲間を癒していく。
「そうだ、な。その想いは、守らねば」
 エクスマリアはレイリーを肯定し、その瞳をマルスランへ向けた。
 切り刻むユーサネイジア、穏やかなる斬撃魔による死への旋律がマルスランへと炸裂する。
 避けんとした男の行く先を読み取ったが如く、天運に任せるままに術式が暴れて出す。
 数多の斬撃の軌跡にマルスランの全身から大量の黒い靄が零れ落ちていく。
「――終わりだ、マルスラン!」
 ブラウベルクの剣を手にマルクは眼前の男へ剣を撃つ。
 全霊の魔力を籠めた蒼穹へ穿つ斬撃は、真っすぐにマルスランを斬り裂いた。
 更に濃い黒い靄が、マルスランの全身から溢れだす。
「あの人を苦しめているのは、あなただよね」
 アレクシアはマルスランへと問うた。
 明らかに消耗している魔種を更に追い詰めるように、マルスランは動いていた。
「どうして?」
「さて、どうしてだろうな。だが、ジェルヴェーズは狂い果てるにはあまりにも甘い。
 ならば、あの方の為には奴には一歩を踏み出してもらわねば」
「それは、冠位傲慢のこと?」
 真っすぐに告げるアレクシアの手には花弁を散らす魔剣が再び構築されつつあった。
「それ以外にないだろう。我々の神は、崇高なるあの方にほかならぬ」
「これ以上、あなたの好きにさせない!」
 握りしめるままに突っ込んで、アレクシアは魔剣を撃ちだした。
「邪魔をさせる訳にも行かない。少しの間、付き合ってもらうよ」
 短く息を吐いて、ヴェルグリーズは神々廻剱へと意識を繋ぐ。
 美しき剣身に鮮やかな青白いオーラが重なれば、ヴェルグリーズは飛びこんでいく。
「やはり、駄目だな。奴はあまりにも向いていない」
 舌を打つ声を聞きながら、ヴェルグリーズは剣を払う。
 合わされた剣が金属音を奏で、強烈な衝撃の手応えを感じるまま、隙を突いた一閃が男の腹部を貫いた。
 黒い靄が血のように溢れ出ていく。
「騎士どもがいないなら、アンタなんかに時間を掛けられない」
 肉薄する仲間達が多い分、最早距離を置く理由はない。
 そう判断した刹那、ベルナルドは絵筆を振るう。
 絵筆で描き出したるは神滅の魔剣。
 青白いオーラを引きながら放たれた斬撃が真っすぐにマルスランの心臓を穿つ。
「ジェルヴェーズさん、貴方はまだ遂行者でいるつもりなの?
 エレナちゃんを本当の意味で救う方法に気付いているんじゃないの?」
 スティアは静かにジェルヴェーズへと目線を合わせた。
 答えを戸惑うようなジェルヴェーズは、その視線をエレナへと向けた。
「今やろうとしていることでは絶対に救われないよね?
 聖痕を刻まれたら戦いに身を投じることになるし……魔種であったとしても協力し合えない訳じゃない。
 だから一時的でも良いし、力を貸して貰えないかな?」
 スティアの真っすぐな問いに、ジェルヴェーズはゆらりと身体を起こす。
「……スティアちゃん……」
 そこへと声をかけてきたのはエレナだった。
「……ジェルヴェーズ……約束。
 例え天義が貴女を『不正義』と烙印を押しても……私はずっと、貴女のしたことを『正しい』って肯定します」
「エレナちゃん……?」
 スティアが顔をエレナへと向ければ、ハイライトの無いエレナの瞳にどこか穏やかな優しさが映っているように見えた。
「……お疲れ様です、ジェルヴェーズ。貴女のおかげで私はこうして生きていられる。だから……貴女の思うように生きなさい」
「……御赦し下さい、お嬢様、奥様もお赦しいただけるでしょうか」
「うん……大丈夫、きっとお母様も赦してくれるはずだから……」
 こくりと頷いたエレナにホッと安堵の息を漏らしたジェルヴェーズが足元の魔導書を拾い上げ後退していく。
「――待って!」
「……」
 制止しようとしたスティアを止めたのは、小さな手が袖を引く感触。
 ふるふると、エレナが首を振っていた。
「ヴァークライト嬢、これは私の我儘にございます。ですが、私は『傲慢』の魔種なのです。
 なのでこの我儘を貫かせていただきます。それに――」
 何かを、思い浮かべるようにジェルヴェーズは目を伏せた。
「――それに。お嬢様をお救いする、その務めはもう、達しているのです。
 私にできることは、後はこれだけです」
 瞳を開き、そう語ったジェルヴェーズはそっと剣を拾い上げる。
「……語りたいことは終わりましたか?」
 それを追うようにしてリドニアは静かに問うものだ。
「お待たせしました、皆様」
 対する魔種は静かに笑む。憑き物が全て落ちたような、清々しい笑顔で笑っている。
「――国に仇なし、主に仇なした愚か者に最期の仕事をさせてくださいませ」
 剣を拾い上げ、魔導書を紐解き、全身から闘気が溢れ出す。
「上等――前見ろよ。意地でも。それが生きる事だ!」
「えぇ、最期に私は生きてみることにいたしました」
「――――蒼熾の魔導書、起動」
 頷いて見せたジェルヴェーズに応じるように、リドニアは術式を起動する。
 幾重もの陣が展開され、その手に荒れ狂う炎雷が呼び起こされる。
「――都合のいい世界で引き籠ってて、全てを捨てさせるなんてさせない!」
 走るままに飛び込んだリドニアの拳が、ジェルヴェーズへと走り抜ける。


「もう、辞めましょう? あなたが苦しむ必要もないでしょう!」
 神滅の魔剣を手にアレクシアは再び声をあげた。
 鮮やかに結んだ剣閃は、ジェルヴェーズの手で勢いを殺されながらも浅くない傷を刻む。
 敢えて炎を、破壊を齎したジェルヴェーズはアレクシアに視線を向けて、小さく諦めたように笑った。
「――私は、お嬢様に寄り添うべきではないのです。殺されるべきなのですよ」
 返す剣で振るわれた斬撃がアレクシアに一閃を刻む。
 だが多重の守りに対してはその一閃はかなり浅い。
「私はずっと思っておりました。私が間違えたのは、どこであったのか。
 ガストン様にお仕えして、奥様を殺したところでしょうか。
 ガストン様を裏切り、お嬢様を殺す手を止めた時でしょうか。
 再びガストン様を裏切り、アッシュフィールドの名に泥を塗った時でしょうか」
 小さく呟くジェルヴェーズの言葉と共に魔導書が燃え上がる。
 消し飛んだ魔導書は高密度の魔力となって、彼女の手にある剣へと集束する。
「結局、分からないのです。
 ただ、私が生きていてはいけないということだけは、分かります――ですので」
 そう静かに続け、空へと剣を向ける。高密度の魔力が空に陣を描いた。
「――これは」
 マルクは思わず目を瞠る。
 魔導師であるマルクの目にはそれが尋常なものではないのはよく分かった。
「拙い、皆! 退避を!」
 そんな声とほぼ同時、彼女の頭上から炎の球体が姿を見せ――そのまま地上に落ちた。
 広域を紅蓮の炎が呑み込み溶けていき、多数のパンドラが輝いた。
「ならば……負けられない、な」
 エクスマリアは静かに視線を向けた。
 静かに開かれたアウイナイトの瞳をパンドラの輝いた仲間達に向けた。
 籠められた術式は幻想の鐘を構築する。
 優しい光と音色を紡ぐ幻想の福音が傷を受けた仲間を優しく癒していく。
「どうして――」
 ワールドリンカーから魔力剣を作り、マルクは声をあげる。
「どうしてなんだ、ジェルヴェーズさん」
 その問いに対する答えは――ない。
 気が触れたように、魔種は穏やかな眼でイレギュラーズを見た。
 マルクはブラウベルクの剣を手に肉薄し、剣を払う。
 蒼穹を思う一閃が未だに魔力を纏う剣とせめぎ合い、その守りを削っていく。
「――マルスラン様、覚悟は決まりました。そろそろ最期にいたしましょう」
 レイリーはそう呟く声を聞いた。
 それはもう既にいない致命者へ当てたものか。
 あるいはその元となった人物への謝罪であったのか。
 そう、遅すぎる。最早負けは決まっている――否。
(あなた、勝つ気が無いのね)
 静かに視線を映した先、ジェルヴェーズの瞳を見やればその真意は自ずと分かるものだった。
「……どうしても、無理なんだね?」
 スティアはネフシュタンを手にエレナを隠すように立ち、ジェルヴェーズへと問うた。
 答えはない――ただその視線は静かに答えを告げていた。
 少しだけ深呼吸をして、セラフィムの出力をあげていく。
 天使の羽根が舞い上がり、意志を持つように一斉に打ち出された。
 放たれた天使の羽根がジェルヴェーズを貫き、その動きを阻害する。
「準備は良いですわね?」
 リドニアは静かに問うた。
「えぇ、いつでも構いません」
 魔導書を紐解くジェルヴェーズがそう言えば、静かにリドニアは目を伏せた。
「――第八百二十一式拘束術式、解除。
 ――干渉虚数解方陣、展開。
 ――蒼熾の魔導書、起動」
 呼吸を整え、拘束が解けていく。
 炎雷を纏う方陣が幾重にも重なり、燃え上がる。
 それは目の前の魔種へと破壊を齎すために。
 それだけが彼女にとっての救いであると、理解するがゆえに。
「――穿ちますわ、ブレイジング・ブルー!」
 それはどこよりも深い蒼、どれよりも暗い碧の炎雷を抱いて迸る。
 渾身の魔力を籠めた一閃を片手に束ね、一気に打ち出した。
 それは魔種の守りを撃ち抜き、強かに傷を入れる。
(これでいいのかは、わからないけど……君がそう決めたのなら、ぼくは)
 パンドラの輝きを残しながらリュコスは盾を構えなおす。
 盾の内側に魔力を集束させ魔剣を作り上げる。
 それがきっとおんがえしになるのだと、そう自分に言い聞かせるように神滅の魔剣を手に取った。
 それをジェルヴェーズが決めたのなら、リュコスに出来ることは、彼女を止めることだけだった。
 盾の影から飛び出すまま、リュコスは剣を払った。
「そうか」
 ヴェルグリーズは一つ息を吐くと、真っすぐに奔り、刃を交える。
 関係値はそれほど深くはない――けれど。
 彼女が何をしようというのかは、少しばかり理解できる。
「彼の言う通りキミには悪辣さが足らないようだね」
 自分を悪役にして事件を終わらせようとしている、そんな顔に見えて。
 ヴェルグリーズは一気に駆け抜け、マルスランへと一閃を撃つ。
 描く斬撃はまるで罪を分けるように透き通るような軌跡を紡ぐ。
 連撃の最後、受け止めきれなかった一閃がジェルヴェーズの身体を深く切り裂いた。
「此処で終わらせてやるのが、情けだろ?」
 そう呟くベルナルドの視線にも、いっそ清々しいほどに微笑する魔種の姿は映っている。
「情け深いことですね――」
 笑みをこぼした女と、描き出した魔剣を合わせた。
 踏み込みと共に撃ち込んだ斬撃が強烈な軌跡を描いて戦場を行く。
 合わさろうとした魔種の手は動かず――強かに撃ち抜かれた衝撃と共に魔力が弾け、閃光が戦場を包む。
「……お見事です、英雄の皆様」
 笑みが刻まれていた。
 安堵の色の濃い、穏やかな笑みが刻まれたジェルヴェーズが、ゆっくりと崩れ落ちて行った。


「――お嬢様」
 戦いは終わる。支えるべき少女の胸の中で、従者は声を紡ぐ。
「……うん」
「どうか……健やかに……アッシュフィールドの罪は……私が、連れて参ります。
 ですから、お嬢様は分不相応の力になど、頼られませぬよう……私のようには、なってはいけません」
 このまま終わるのだと、誰もが理解した。
「――ヴァークライト嬢、どうか、どうか。お嬢様を――よろしくお願いします。
 お嬢様には、同年代のお友達が居られぬのです」
「……それは、そうだけど……」
 ムッとしたようにエレナが声をあげる。
「もちろん、私でいいなら」
 スティアが言えば、ジェルヴェーズは安堵したように笑みをこぼす。
「……ジェルヴェーズ」
 リュコスはその隣へと歩みよりそっと膝をついた。
「ありがとう……これだけは伝えたくて」
 ゆっくりとリュコスの方に向いたジェルヴェーズは、小さく口を震わせて。
「……怪我は、大丈夫ですか?」
「うん……おかげで」
「……申し訳、ありません。傷に残らなかったのなら、良いのですが……」
 リュコスが頷くと、安堵した様子で笑みをこぼす。
「これで……少しでもあの方の力が削げているのなら――良いのです。
 それだけが、皆様への恩返しというものでしょう」
 ぽつりとそう零して、ジェルヴェーズは目を伏せた。
 そんな彼女をぎゅっと抱き寄せたエレナは、そのまま暫くの間、安心させるように撫でていた。
 あまりにも重い咎を、罪悪感を背負っていた女は、それを降ろして眠りについた。
 どうか、そうあって欲しいと、そう思うままに。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お待たせしてしまい大変申し訳ありません。
お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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