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シナリオ詳細

<英雄譚の始まり>魔法使いジュゼッペと人形ミーリア

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ローレット
「境界?」
 ピンク色のアーモンド型の瞳が、ぱちくりと瞬いた。
 白髪を揺らして「なぁに、それ」と口にした少女の名は、サマーァ・アル・アラク(p3n000320)。初夏にイレギュラーズとなった新米イレギュラーズのため、彼女は今、外――ラサ以外の国のことを勉強中の身だ。
「幻想に『果ての迷宮』って言うのがあるのは知ってる?」
「知ってる! 『勇者王の伝説』のやつだよね!」
 先輩に当たる劉・雨泽(p3n000218)の言葉に、元気にハイッとサマーァは挙手をした。絵本で読んだことあるやつ!
「その果ての迷宮の中に『境界図書館』って言う場所があってね」
「うんうん」
 雨泽も詳しくは知らないが、そこは『世界のはざま』なのだそうだ。
 果ての迷宮第十層に位置する『異空間』。それが境界図書館である。
 そこから『境界への親和性』――『境界深度』を駆使することによって渡れる異世界が境界。密接に混沌とリンクし、混沌の有り得たかも知れない世界として分離されたその地は、気付いた頃には混沌に飲み込まれて仕舞う地だ。
「そこの館長・クレカからのお誘いがあったんだ。サマーァは絵本が好きでしょ? 境界図書館はその名の通り図書館に見えるから、サマーァも気に入ると思うよ」
 その地に境界図書館館長からの誘いがあった。
『ちょっとした好奇心でもいい、世界を救う手伝いをしたっていい、それから私の故郷を見に行ったって良い』
 折角だから世界を広げに行ってはどうかと雨泽に勧められ、サマーァは大きく頷いた。
「あ、サマーァ。ちゃんと先輩たちに声を掛けるんだよ」
「うん、わかったー!」
 どうしようかなぁとウキウキと荷支度を始めたサマーァは旅行気分で考えた。

●ジュゼッペのアトリエ
 現実世界では果ての迷宮があったその土地は、『プーレルジール』と呼ばれている。プーレジールは『プリエの回廊(ギャルリ・ド・プリエ)』と呼ばれる商店街のような場所を中心に広がる平野だ。現実世界ならば幻想王国があるのだが――此処には存在しない。
 プリエの回廊には多くの店が並んでいる。多くは美しい作りの、職人たちのアトリエだ。その中のひとつに『ジュゼッペのアトリエ』はあった。
「ん。客? ……じゃないのか。君たちが『アトリエ・コンフィー』の人かい?」
 人形の手をカクカクさせて動きを見ていた男がモノクルを外し、そう尋ねた。
 アトリエ・コンフィー――そこが境界図書館と繋がっており、イレギュラーズたちの拠点となる場所の名だ。この世界にはイレギュラーズは存在しないため、あなたたちはそこの『お手伝いさん』として活動することとなった。
 そうだよと応じたサマーァへ「早速だけれど」と男が話しだす。
「この『ゼロ・クール』と一緒に製菓材料を買ってきてほしいんだ」
「ゼロ・クール?」
「初めまして、識別名ミーリアです」
 男――ジュゼッペ・フォンタナの傍らに立っていた10歳くらいの少年とも少女ともつかない子供が礼儀正しく頭を下げ、ジュゼッペは「しもべ人形だ」と付け足した。
「これはまだ区別がつかなくてね。ひと通り自由にさせながら、違うものを選んだ時は正してやって欲しいんだ」
 私はこの通り、手が離せなくて。
 人形の手をカクカクと振るのは、彼なりのジョークなのかもしれない。
 頼めるかなと告げた彼はあなたたちが頷き返すと、またすぐにモノクルを装着して作業に没頭していた。
「ところで、何を買えばいいんだ?」
 新道 風牙(p3p005012)が首を傾げた。
「製菓材料とは言っていたな」
 とは言っても、種類が豊富だ。
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も首を傾げる。おーいっと風牙がジュゼッペへと声を掛けてみるが、既に集中している彼には声が届いていないらしい。
「せめて何を作る材料なのか解れば良いのだが」
 眉間にシワを刻んでゲオルグ=レオンハート(p3p001983)が顎を撫でると、ツンと誰かが彼の袖を引いた。
「おつかいメモです」
 小さな紙切れを両手で差し出すミーリアが、よろしくお願いしますと頭を下げたのだった。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 境界にあるプーレルジールという世界に触れていきましょう。
 境界が初めての方も、初心者仲間のサマーァとともに参りましょう!

●目的
 『ゼロ・クール』とおつかいをこなす

●シナリオについて
 プリエの回廊の探索がてら、ゼロ・クールとおつかいをしましょう。
 こっちに売ってるよ、あそこにあるよ、等の先導をせず、ある程度自由にさせることが依頼人からの指示です。
 おつかいメモには『クッキーの材料』と書いてありました。ミーリアのおつかいを見守ってクッキーの材料になりそうなものを購入しましょう。お財布はミーリアが首からさげています。
 おつかい中に自分用の他のものを購入することも可能です。焼き菓子が色々売っているので、良い匂いがします。

●フィールド:プリエの回廊(ギャルリ・ド・プリエ)
 プーレルジールの中心。地下へと繋がっていくダンジョンに出来た美しい回廊です。アトリエが数多く並んでおり、魔法使い達の拠点となって居ます。
 回廊内にあるとある商店街が舞台となります。そこは製菓用の食材が扱われている商店街ですが、焼き菓子等も売っており食べ歩きもできます。

●『魔法使い』ジュゼッペ・フォンタナ
 青銀髪の青年。秘宝種の元となるゼロ・クールを作る職人です。人形に疑似生命を吹き込むことが出来ます。
 主に球体関節人形を作ることが多いが、好奇心が強く、様々な人形を作り上げています。「この人に作られたかも?」と思う秘宝種さんがいても大丈夫です。

●『ゼロ・クール』ミーリア
 魔法使いと呼ばれている職人達の手で作られたしもべ人形です。
 ジュゼッペ製。多くの場合戦士として利用されることが多いのですが、ジュゼッペは『人に寄り添うもの』を好みます。人々の生活を助けるお手伝い人形となるべく、調整中。魔法(プログラミング)された知識はあるものの、まだまだです。
 ジュゼッペの個体識別はラテン数字です。貰われていった先で新たに名をつけてもらえるように。
 秘宝種に食べれる個体があるように、その元となるゼロ・クールも個体によって様々です。人に寄り添うための人形ミーリアは食べられる個体です。
「ミーリアには『甘い』はわかりません」

●サマーァ・アル・アラク(p3n000320)
 新米イレギュラーズ。同行しています。
 境界図書館から移動したらアトリエ・コンフィーに居てびっくり!
 探索がてら『お手伝いさん』をすることになりました。
 甘いものは割りと何でも好きです。パイを食べたがります。甘いパイも惣菜系パイも好きです。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。

 それでは、イレギュラーズの――
 アトリエ・コンフィーのお手伝いさん、宜しくお願い致します。

  • <英雄譚の始まり>魔法使いジュゼッペと人形ミーリア完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月28日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
老練老獪
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

サポートNPC一覧(1人)

サマーァ・アル・アラク(p3n000320)
くれなゐに恋して

リプレイ

●ミーリア、はじめてのおつかい
「今日はおつかいのお手伝いをさせてもらう、メイですっ。よろしくなのです!」
「メイ様、初めまして。ミーリアはミーリアです。よろしくお願いします」
「はい、初めましてなのですよ。あれこれ見て、楽しくお買い物しましょうなのです!」
 パッと咲く向日葵みたいな笑みとともに『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)が元気に挨拶をすれば、ゼロ・クールのミーリアは丁寧なお辞儀を返した。ミーリアはお手伝い人形となるためか、少しメイドに似たような衣装を着ており、その裾をちょこんと摘んで頭を下げていた。
「はじめましてだミーリア! オレは新道風牙。お前の仕事仲間兼教育係だ! よろしくな!」
「はい、風牙様。ミーリアの教育をよろしくお願いします」
「ミーリア殿、よろしく」
 明るく『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が挨拶をすれば、大賞的に静かに『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も挨拶をした。その傍らではサマーァが久しぶりに会う者等と頑張ろうね楽しみだねと笑顔を見せており、皆も『初めて』なのが嬉しいのだろう姿を見て風牙もアーマデルも小さく笑った。
「ミーリアさんはお買い物をする場所は解っていますか?」
「はい、シフォリィ様」
 回廊の中の~とミーリアは説明をしてくれるのだが、初めてこの地へ来た『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)たちにはよくわからない。
「そうですか。案内はミーリアさんにおまかせしますね。買い物で正しいかわからないことがあったら聞いてください」
「ありがとうございます、シフォリィ様」
 それでは案内しますねと、ミーリアが先導する。回廊内の様々な場所へはジュゼッペとは行ったことがあるため、その足取りは確かなものだ。
 此度のイレギュラーズたち――アトリエ・コンフィーのお手伝いさんたちが為すべきことは『はじめてのおつかいの見守り』だ。全てミーリアの自主性が求められるため、ミーリアからアドバイスを求められた時以外は口を出さないで置こうとイレギュラーズたちは決めていた。
(何だか自分が旅人(ウォーカー)になった気分ですね)
 地続きや海を隔てた他国ではない、まったくの知らない世界。混沌に似てはいるけれど異なる、自分を知っている誰かが居ない世界。
 本来の旅人は――自分を知っている誰かがひとりもいなければ不安になるのかも知れないが、大勢で来ているから寂しさも感じない。そのため少し不思議な気持ちを抱えながら『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)は少し離れた仲間たちの……更に後方に居た。
 基本的にはミーリアのおつかいなのだからイレギュラーズは少しだけ離れているが、ミーリアが困った時に動けるような距離にいる。けれどルーキスはそれよりも後方――異世界の治安がどの程度なのかわからないため、スリや悪意を持った者が近寄らぬよう警戒に当たっているのだ。
「こちらです」
 ミーリアが足を止めて振り返る。
 前方にはパン屋や果実店が見えていた。……製菓専門の商店街ではなさそうだ。
「……ミーリア」
「はい、ゲオルグ様」
「ここは違うのではないか?」
 『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)に問われ、ミーリアは目をぱちりと瞬かせた。ここはきっと、普段ジュゼッペが食べるものを買いに来る辺りなのだろう。製菓材料を専門的に扱っているようなエリアには見えない。
「こういう時はどうすればいいかわかるか?」
「えっと」
「私が聞いてきますね!」
 ミーリアが考えている間に、シフォリィが動いてしまった。それではいけない。先導すること無く、手を出すこと無く、正解を初めから教えること無く、ミーリアに自分で考えて答えに辿り着けるようにほんのちょっぴりのお手伝いをするのが今回のお手伝いだ。
 けれども動いてしまったのなら仕方がないし、お陰でミーリアとイレギュラーズたちは製菓専門の商店街へと辿り着いた。

「良いかおりがしますね」
「ホントだね! ニル、あれ焼き立てっぽい!」
 辺りに立ち込めるのは、ふわりと柔らかなバターの香り。それから甘い砂糖や蜂蜜の香りもしているようで、おいしいの気配に『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)がキョロキョロと視線を巡らせればサマーァが大きなパイが窯から出てきたのを見つけて指をさし、覗きに行くふたりの後を風牙が目で追っている。
「異世界とは聞いていたけれど、食べ物はあまり変わらない感じなのかしら」
 大きな焼き立てのアップルパイの屋台をニルの隣で覗き込んだ『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)が首を傾げる。一応このプーレルジールは『昔の混沌世界のような異世界』だから、だろうか。
「ミーリアはクッキーはわかるか?」
 持ち込んだクッキーをひとつどうだと勧めながら『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が問えば、ミーリアはひとつ頂きながら「はい」と顎を引いた。
「ジュゼッペ様はクッキーを召し上がられます」
 それはそうだろうな、とゲオルグは思った。
 魔法使い(人形職人)であるジュゼッペは、ミーリアのようなゼロ・クールたちを作ることや改良等の研究に没頭することが多いだろう。そうなれば自然と片手で摘める物のほうがそういう研究肌の者たちにはちょうど良くなる。今日の『お手伝いさん』たちの中で一等ジュゼッペの思惑を正しく読み取っているゲオルグは辺りの店々に視線を向けながら、何気ない雑談を聞いていた。
「……どうした、ミーリア」
 ミーリアが歩を止めたから、アーマデルが問う。
「いえ。ジュゼッペ様がクッキーを食べたいのだと、ミーリアは気付きました」
 ヤツェク様のクッキーのお陰です。
 ゼロ・クールたちはしもべ人形だ。『そうしろ』と命令されたことを忠実にこなすから、どうしてクッキーの材料なのだろうという疑問は抱かずただ正しく購入してこれさえすればいい。けれども自分が普段気にしないことに気付けて、ミーリアはヤツェクへと頭を下げた。
「クッキーの材料はジュゼッペ様が召し上がるものを買えばよいのですね」
 ミーリアが再び歩き出す。甘い香りがたくさん満ちているのにそれらに惹かれること無く、からっぽの買い物かごを腕に下げて歩いていく。香りが気になって店を覗いてしまうイレギュラーズたちとは真逆だ。
「ミーリア」
 ちょっと待ちなと『あの子の生きる未来』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)が呼び止めれば、ミーリアは「はい」と彼に従った。
「おつかいに寄り道はつきものだろう?」
「寄り道、ですか?」
 ミーリアは瞳を瞬かせた。きっと『寄り道』という言葉が解っていない。ミーリアたちゼロ・クールには必要のないものだから。それよりも迅速に買い物を済ませ、真っ直ぐに帰るのが良いのではないかと首を傾げた。
「バターと卵、砂糖……それから小麦を挽いた粉。それらを買えば良いのではないのでしょうか?」
「それはそうなんだがなぁ……こうも旨そうな匂いが漂ってんだ、寄らないほうが失礼ってもんだ」
「失礼、ですか」
「食べ物を知るなら、『食べる』ことが必要だ!」
 せっかくミーリアは食事可能な個体なのだから、どんどん食べて経験を積むこと。それも必要なことだと風牙が背中を押す。
「風牙の言うとおりだ。経験してみなければ選べない」
「ニルは……ジュゼッペ様がお好きなクッキーが作れるようだとすてきだなって、ニルは思います」
「ミーリアは基本的な材料は知っているようだが、それ以外の材料を使えば様々なクッキーが作れる」
 寄り道の必要性を考えるミーリアへ、イレギュラーズたちが勧めてくれた。
 だからミーリアは少しだけ考えて、「わかりました」と顎を引いた。
「ミーリアは寄り道をします」
「食べ歩きって言うんだぜ」
「ミーリアは食べ歩きをします」
「ついでに美味しいお店も探しちゃいましょう!」
 美味しいお店を見つければジュゼッペに紹介できるとセレナが微笑めば、ミーリアは乏しい表情で――けれど真剣そうにこくりと頷いた。
「ミーリアはおいしいをみつけます」
 おいしいを知りたいのはニルもいっしょだ。ニルは何だか近しい存在を見るような気持ちになって、頑張りましょうと微笑んだ。
(ニルは昔のことはあんまりおぼえていませんが、ニルもこういうところで造られたのでしょうか?)
 ジュゼッペのような人に作られて、こうやって主のいない初めてのおつかいをしたのだろうか? その時もこうして沢山の人に見守られていたのだろうか?
(そうだったらいいなって、ニルは思います)
 ミーリアが買う食材で作られるクッキーがおいしいものになるように。
 それを食べたジュゼッペがミーリアを褒めてくれるように。
 ニルはミーリアのおつかいがより良いようになるよう、そっとお手伝いをする。
「ジュゼッペ様が好きなクッキーはどんなクッキーでしょう?」
「ジュゼッペ様の好きなクッキー……」
 ニルの素朴な疑問にミーリアは再び足を止めた。それに合わせてイレギュラーズたちも足を止め、どうしたのかとミーリアを注視する。
 人らしく振る舞うために瞬きも行うらしいミーリアはパチパチと幾度か瞬きをし、記憶領域のデータを渫う。
「……ジュゼッペ様は……黒い粒の入っている物を召し上がっていた記録が残っています」
「黒い粒……チョコチップか?」
 ゲオルグが口を挟むと、またミーリアが目を瞬かせる。記憶にない単語のようだったからチョコレートだと言い直すと、それかもしれないとミーリアが頷いた。
「ジュゼッペさんって結構甘いもの好きなんですね」
 何気なくシフォリィが呟きながら大きめなふっくらとしたクッキーを購入した。
「おや、ジュゼッペさんのとこの子のおつかいの付き添いかい? ジュゼッペさんは基本的に好き嫌いはないみたいだよ」
「そうなんですね」
「あ、ついでに。おすすめのお菓子とかってありますか?」
「それは今買ってくれたやつさ。どっしりとして食べごたえがあるだろう?」
 購入したクッキーと同じようにふっくらとした店主の女性が笑って、シフォリィはありがとうと笑みを返した。
「ミーリアさん、半分どうですか? 一人では食べきれなくて」
 理由もつけるためにわざわざ大きなクッキーを選んだシフォリィへ、ミーリアは求められれば「はい」と顎を引く。
「助かります。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 焼き立てのクッキーはサクサクよりもふわっとした感じがして、ほろりと口の中でほどけていく。誰かと美味しいものを分け合うのはシフォリィにとっては嬉しい時間で、こういうひとときもジュゼッペはミーリアに知ってほしいのだろうと思った。
「美味しいですね」
「……ミーリアにはおいしいはわかりません」
 けれどもミーリアは、そう答えた。
 ぱくっ、ぱくっ。口へと運べばクッキーは消えていく。けれどミーリアには『ただそれだけ』だった。
「そうなのか?」
 問いながらゲオルグはドーナツを半分差し出した。素朴の甘さの広がる南瓜のドーナツだ。謝辞を口にしながら受け取ったミーリアはそれも口へと運んだ。
「ミーリアには甘いもわかりません」
(これは経験や知識が足りない、というわけではなさそうね)
 インプットされたことだけしかゼロ・クールにはわからない。味覚も感情も、『感じ取る』ということが難しいのかも知れないとセレナは冷静に思った。彼等は、人形だ。
「ニルも、おいしいがわかりません」
 ミーリアの表情は乏しいが少しだけ困っているように見えて、ニルも口を開いた。
「ニル様も、ですか?」
「はい。にこにこごはんを食べるひとを見ていると、そのひとといっしょにごはんを食べていると、ニルはとってもとってもうれしくて、たのしくて……これが『おいしい』じゃないかとおもうのです」
「ミーリア、にこにこは、わかります」
 少し落ちていた視線を上げたミーリアはキョロキョロとして、大きな口でパイを食べようとしていたサマーァを見つけた。
「サマーァ様はにこにこです」
「えっ、なに? あっ、これすごく美味しいんだよ?」
 ルーキスが買って分けてくれたんだ、と笑うサマーァの手には檸檬のパイ。彼女の傍らでは風牙とルーキスも同じものを手にしている。大きなパイだったから、三人で分けっ子をしていたらしい。
「ミーリアさんも召し上がられますか?」
「それはあまいのですか?」
「うーん、甘いは甘いが」
「すっぱい、もありますね」
 甘いものと食べ比べてみたら違いが解るかも知れませんねとルーキスが勧め、ミーリアも口にしてみる。
「……ミーリアにはやはりわかりません」
「ちなみにこれは甘くないクッキーだ、ひとつどうだ?」
 アーマデルはハーブバタークッキーを購入したようだ。砂糖はほぼ使われていないハーブたっぷりのクッキーは甘くはないが、バターの香りが優しく顔って美味しい。
「まあ、ニルの言っていたとおり喜んでる奴が『おいしい』を知る手がかりだな」
 ヤツェクはそう言ってから、サマーァへ「こっちのパイも食べるか?」とパイ屋に並んでいるパイを指さした。
「甘い匂いがしないけど、惣菜パイ?」
「ステーキ・アンド・キドニー・パイだ。俺はこれが好きでな。しょっぱいのも好きならどうだ?」
「食べるー!」
 はーいっと手をあげたサマーァは、勿論ふたつ返事。
「あら。惣菜を使ったパイもあるのね?」
 セレナも一緒に買い求め、普段使ってるお肉と違うのかしらとか材料を気にしていた。……が、サマーァは気にしない。お肉がゴロゴロでおいしー! とニコニコ食べるだけだが、それを見たミーリアが「勉強になります」と頷いていてヤツェクが流し目で片頬を上げて笑んでみせた。
「当たり前だがクッキー以外も売ってるな、どれ義娘に何かしら買っておくか」
「バクルド様にはお子様が?」
「ああ、いるぞ。義理だが」
「クッキーがお好きなのですか?」
「こういうものはカロリーが高いんだ。放浪していると持ち運びやすくて高カロリーなものは重宝する」
 放浪中は甘味も滅多にないからと、バクルドはあれこれと買っていくようだ。
「カロリー、ですか」
 ミーリアにはまたわからない言葉が出きた。
「おいしいはカロリーがあるって、ニルは聞いたことがあります」
 たまにおいしいものを一緒に食べに行く、雨泽が言っていた言葉だ。
 カロリーをミーリアにもしっかりと解るように言い換えるのなら、『魔力濃度が高い』と言ったところだろうか。食事可能だが食事をしなくとも良いミーリアは魔力に変換しているのだろうと、自身の体から察することが出来るニルは考えて説明をした。
「確かにおいしいものってカロリーが高いわよね」
 稀に血の繋がっていない姉妹たちとお菓子作りをするのだと告げたセレナが、姉妹たちの様子を思い出して小さく笑う。『こんなにバターや砂糖が!? それは美味しいはず……』となることだって多い。
「おいしいはにこにことカロリー……」
「それ以外にも要素は色々とあるがな」
 そう告げたゲオルグは、今日揃っているイレギュラーズたちの中ではクールな方だ。……可愛いモコモコにデレッとすることもあるが、甘味は静かに嗜む。
「……ゲオルグ様、これは?」
「ん? ああ。工房で待っている彼への土産だ」
 イレギュラーズたちの買い食いは勿論自分たちのポケットマネーからだが、ゲオルグはミーリアと自身が口にする以上のアップルパイを購入し、買い物かごへとそっと入れたのだ。
「チョコが好きならチョコパイもいいかもしれんな」
 つまみやすい一口サイズのアップルパイの他に、チョコパイも。
「む。ポテトパイもマロンパイもあるのか」
 ついつい色々と沢山買ってしまったが、ゲオルグは甘味が好きだ。今食べきれなくとも後から『ジーク』たちと楽しむことが出来るし、ミーリアもジュゼッペとともにそんなひとときを過ごせば良いと思ったのだ。
「ありがとうございます。ジュゼッペ様、きっと喜ばれます」
「ミーリアさん、メイのおすすめは刻んだ木の実が入ったものです!」
「ミーリア殿、このステンドグラスクッキーはどうだろう? 見た目にも楽しそうだ。はちみつナッツクッキーもいいぞ。 これは非常食にもなる。つまりカロリーが高い」
 これも食べて! こっちもどうだ?
 イレギュラーズたちがいっぱい勧めてくれるから、ミーリアはあれやこれやと口へ運ぶのに忙しい。
「サマーァ様はどんなクッキーが好きですか?」
「アタシはジャムのとか好きだよ。ニルは?」
「ニルは、アイシングとかかわいいのが好きです」
 あれなんてどう? なんて笑い合い、お土産もたくさん買っていく。バクルドはクラッカーやチーズまでも買っているし、他の面々も美味しそうと思ったものを自由に買っていく。
「あっ、あのっ、『寄り道』はどれくらいすればいいのでしょう?」
 たくさん食べてみてと味わわされているミーリアはほっぺをリスみたいに膨らませ、けれども合間に賢明に問うた。何だかいつまで経っても買い物が終わらない気がする!
 ――そうだった。
 ミーリアの言葉にそうだったとイレギュラーズたちは顔を見合わせ、そして笑った。甘いものを皆で食べ合って笑う、そんなひとときの嬉しい気持ちが、ミーリアにも伝わるといいな、と。
「どうだ? 『もっと食べてみたい』はあったか?」
「どうでしょう? ミーリアにはわかりません」
「そっか」
 いつかわかる時がくるといいな。ミーリアはまだまだこれからだと風牙は笑った。

 ――――
 ――

「卵。違いがあるのでしょうか」
 卵屋さんは幾つかあったし、店々には色んな大きさの卵が並んでいた。
 トコトコとミーリアは歩いて店を覗いては首を傾げる。どれも大きさが違うだけで同じに見えるらしく、助言を求めてイレギュラーズを見た。
「ミーリアさん、このお店のは生みたてって書いてあるですね。新鮮でよいと思うです!」
「産みたては新鮮、ですか」
「はい。新鮮じゃないと、ヒトはお腹を壊したりするです」
「そうなのですか」
 じゃあ新鮮なものにしようとメイが指さしたお店へと向かう。
「大きさが違うのは何故でしょう。小さいのを10個買うより、大きいのをひとつが良いのでしょうか?」
「普段、ジュゼッペさんはどんなものを?」
「たしかジュゼッペ様は……」
 ミーリアが指差すのは、幻想でも一般的な――稀に巨大な鶏の魔物もいるが――鶏サイズの卵を指さした。
「それならばそれでいいのではないか? 種類が違えば味も変わってくるだろう」
 普段ジュゼッペが購入しているのならそれをとゲオルグが告げた。ゼロ・クールであるミーリアにはないが、ヒトにはアレルギー等もあるから普段から使用している物を知っているのならそれがいいだろう。
「では、卵を……」
 店主へとしっかりと告げたミーリアは卵の個数を告げ、首元から下げた財布を空けた。ちゃんと足りるだろうかとメイが見守る中、ミーリアは店主に告げられた分の硬貨を取り出し、支払う。
 最後の材料の卵を買ったから、おつかいはこれで終了だ。
「お金、足りてよかったです」
「足りないことも、あるのですか?」
 そうなんですよとメイが足りない時の場合はと教えながら、一行はジュゼッペのアトリエまでミーリアを送っていく。
(……足りないってことはないんでしょうね)
(彼はミーリアが間違ったものを購入しても大丈夫なようにしているのだろうな)
 シフォリィとゲオルグは、そう思った。間違いがあっても大丈なように、プレーンな物以外をイレギュラーズたちが勧めるのも見越し、きっとジュゼッペは多く保たせているのだろう、と。
 ――きっと彼は彼(ゼロ・クール)等を愛しているのだろう。
「何事もなく達成できて良かったです!」
「えっ、何か起きそうだった!?」
 ずっと警戒を続けていたルーキスが笑えば、サマーァが驚いた。
「オレは割りとハラハラしたぜ?」
「えっ、そうなの?」
 勿論、風牙はルーキスとは別の意味でなのだが――食べ物ばかりに気を取られていたサマーァはふたりの先輩たちの言葉を聞いて愕然とし、そんな彼女を見て大人たちが笑っていた。
 さあ、ジュゼッペのアトリエまではもう少し。
 ミーリアがただいまの声を響かせれば、彼は手を止めて。
 それから、きっと――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ミーリアは少し成長できたかと思います。
また何かあったらお手伝いしてあげてくださいね。

お疲れ様でした、イレギュラーズ!

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