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シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>月は太陽と微笑まない

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●シアンとシャトン
 ぼくはきみだった。
 ――あなたはわたくしだった。

 生れ落ちた時、本来は一つだったいのちは二つに分れてしまった。
 たったひとつであったはずのぼく(わたくし)達は、互いの姿を眼に映すことはできなかった。
 月と太陽は、互いに追い駆け続けている。
 空と海は、互いに見つめ合い、天と大地は焦がれ続けるだけだった。
 そこに雨垂が一粒落ちた。
 それは次第に川となって、ぼく(わたくし)達を繋ぐだろう。

「もう少しだよ、シアン」
「もう少しなの、シャトン」

 出会うことの出来ないさだめであったとしても。
 本来は『存在しない』彼等が居てくれさえすれば、結びつくことも出来る筈。
 たった、ひとつに結びつこう。
 そうしてぼく(わたくし)達は、唯一無二になれるのだから。

●遂行者
 イレイサ (p3n000294)は潮騒の薫りに眉を顰めた。長らく潜入していたアドラステイアは見る影もなく。
 過去の亡霊を悼む葬列を思わせた鬱蒼とした気配だけが漂っていた。夏風のぬるさは気味も悪く肌に纏わり付く。
「預言が出たらしい。アドラステイアも、ぜんぶ、飲み込む波がやってくるって」
 苦く変化していく水は、迚も口に出来るものではなく。蠢く海は意志を持ちその両腕で真っ先に地をも握り潰してしまうだろう。
 その前に、命の一つでも多く救いたい、というのは誰だって同じ事。
 アドラステイアの子ども達を救おう。そう口にする前に、イレイサがぴたりと足を止める。
「……遂行者」
 ウェーブした黒髪に、すらりとした手脚の女は遂行者を表す白を身に纏って立っていた。雨の匂いがする。
 さめざめと泣いているかのように女は影に寄り添っていた。
「ご機嫌よう。聞いて下さる? わたくし、気付いて仕舞ったの」
 シアンと、女は名乗る。焦点の定まらない黒い瞳をぎょろりと動かして鉈を握り締める。美しい夢は理想の随に。
 ただ、それを探す様にして佇む女は幾度も重ねたイレギュラーズとの『逢瀬』の中では一番に喜んでいるかのようだった。
「わたくし、気付いて仕舞ったの!」
 弾む声音に、女は云う。雨と太陽は。光と闇は。愛する事と殺す事は、相反しているけれどひとつでふたつ、ふたつでひとつ。
 ああ、だから。
「束ねるリボンを用意すれば良かったの。点と点を繋ぐ線。天と地を結びつけた雨垂の一つ。
 ……ねえ? おねがいがあるの。体を一つ、貸してくださる? わたくしと、シャトンのために」
 女の瞳がぎょろんと動いた。
 後方からは陽だまりのような気配がする。それが徐々に迫ってくるのだ。
「ほら、シャトンが、シャトンが! わたくしの近くに来ているのに!
 あの子の気配を感じたって、わたくしの眸はあの子を映さない。ああ、いとしいあなたと会えないなら、皆死んでくださる?
 ……ええ、その時に、体を一つ頂きたいの。その中で、わたくしとあの子の魂が結びついて、ひとつになれるように」
 正気とは思えない顔をして女は誘いの声音を響かせた。

 ――わるいこたち。わたくしたちの世界を台無しにするあなたたち。
   わたくしたちにしあわせになってほしいとねがうのなら、からだをひとつ、貸してくださるでしょう?

 イレイサは引き攣ったかんばせのまま振り返った。
 背後には少年が立っている。シアンには、彼は見えていない。
 その時、イレイサは気付いて仕舞った。
(ひとりでふたり。ふたりで、ひとり。……本当に彼と彼女は別々の存在ではないから、見えてやいないんだ)
 佇むひだまりの気配は、ただ、ただ、シャトンの様子を見守って居るだけだった。

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞよろしくおねがいします。

 ●成功条件
 シアンの帰宅

 ●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 ●ハープスベルク・ライン
 アドラステイアに程近い海岸線沿いです。海が蠢き、まるで何かの形を作ろうとしているような気配をさせています。
 だからか、影の艦隊(マリグナント・フリート)達の姿が見えはじめているようです。
 海から遠く逃げようとしている人々の姿が見えます。シアンはそれをも標的にするようです。

 ●遂行者『シアン』
 ウェーブした黒髪に、すらりとした手脚。真っ白の衣装を身に纏った遂行者です。
 番であるシャトンは近くに居ますがシアンは気配を感じながら見えていません。
 会話をして居るのに成立していないかのような、何処か夢見るようで、話の通じない奇妙な雰囲気です。
 手には大ぶりの鉈を持っています。狂気がかった女性のようです。
『歴史修復への誘い』をかける他、誰でも良いから『肉体をくれ』と言います。
 どうした原理かは分かりませんが、シアンは誰かの肉体に乗り移り、別人の肉体でシャトンと出会って、一つになる事を願っているようです。
 体がなくなるか、苦戦を自覚した時点で撤退します。

 ●影の艦隊(マリグナント・フリート) 3体
 遂行者サマエルの客人、狂気の旅人(ウォーカー)マリグナントの影響で生み出された者たちです。
 海からやってきて避難しようとする人々を襲います。相手の『心』を探るほか、覗き込んだりする個体が多く、捕まった人は精神攻撃を受けて動く事が出来なくなります。

 ●影の天使 10体
 マリグナント・フリートにつれられて避難しようとしている人々を襲っている影の天使です。
 シアン(シャトン)には手出しはしません。

 ●遂行者『シャトン』
 桃色にグラデーショする白髪に、銀の眸。まるで天使様のような真白な衣装を身に纏った遂行者。
 背後に立っていますが、何もしません。シャトンはシアンを認識出来ているようですが、声を出せません。
 シアンには見えていないようです。どこか、寂しげな雰囲気です。攻撃をしても通じず、どうやら幻のようです……?

 ●一般人 20名
 男女様々の一般人です。海から陸地へと逃げる最中です。影の天使達に追掛けられています。
 シャトンはその中の誰でも良いから体を借りようとしています。体を借りられた時点で乗っ取られてしまうので注意が必要です。
 また、シャトンは出来ればイレギュラーズを乗っ取ってしまいたいようですが……。
 イレイサが出来る限りの避難誘導のお手伝いをします。

 ●NPC イレイサ
 避難誘導のお手伝いをします。短剣で戦う他にも様々な勉強を行なってきました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <アンゲリオンの跫音>月は太陽と微笑まない完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

サポートNPC一覧(1人)

イレイサ(p3n000294)

リプレイ


 漣のようにこの心は叫んでいた。愛する事を止めてしまえば二度とは手が届かないと理解していたから。
 眼前の女の唇は戦慄いた。その異様な気配を前にして『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は思考する。
 ――元から、良い印象なんてなかったのだ。目の前の女の見据える現実はドラマの知り得たものではない。道を違えてしまったならば、もう二度とは分り合えやしない。
「……また遂行者(あなた)ですか」
 薄い唇が擦れ合って音を立てた。シアンと名乗った女は「ご機嫌よう」と形良い唇に現状には似合わぬ朗らかな気配を乗せた。
「ふふ」
「……あー、まあねえ。やっぱ悪化しちゃったよねぇ! 自分等で刈り逃した種とは言え、こうも被害が増すのはやり切れん~」
 頭を悩ませるようにわざとらしくそう呟いた『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)の視線の先には決意を胸にした『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)と『この手を貴女に』タイム(p3p007854)の姿があった。
(……でも何か好機ではあるっぽい? ウチの子達の言いたい事も~ヤりたい事も理解るケド~。
 にしてもこの手の御方々の、事実は矢張り解りかねるケド……う~んまさかニコイチなのかな)
 やりたいことがあるのだと。無理と無茶ばかりだから、否定したって良い。そんな言葉が連ねられたって、傍らの陽だまりの気配がどうしようもないほどに同情を誘ったのだ。
「覚悟を決めているのだろう」
『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の声音は常の通り冷淡であった。花を手折るよりも優しく、その指先が愛犬の背を撫でる。
「ならば、各々の望む結果を全力を持って引き寄せるまでだ。茶太郎、今回も済まないがその足を頼りにさせて貰うぞ」
 尾を揺らし、相棒は声を上げた。その大きな一歩が大地を踏み締める。僅かな泥濘をも気にする事は無く茶太郎は駆けだした。
「イレイサ、人々の避難を頼む。俺達もそれがスムーズに行える様に努力しよう。
 ……避難が済めば彼らの護衛を頼む、奴らが俺達の後ろに行かない様にさせる心算だがそうならない時の事もあるだろうからな」
「分かった。任せて欲しい」
 その言葉を口にすることに緊張をしたのは嘘では無い。イレイサ(p3n000294)にとって、ベネディクトも、シキも、『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)も『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)だって、憧れの存在なのだ。
 そんな彼から頼み事をされたその信頼感がどうしようもなく形を作って喜ばしいのだ。胸にその誉れを抱いたイレイサを振り返ってから「一緒に頑張ろう、イレイサ」とシキは微笑んだ。
「アドラステイアにも、今も生きている人がいるからさ」
「……うん」
「イレイサ君は引き続き、協力よろしくお願い致します! この件が終わったら、また美味しいモノでも食べに行きましょうか」
「ありがとう。ドラマ、約束だ」
 イレイサが嬉しいと笑えばドラマは「ええ」と小さく頷いて、揺らぐ雨の薫りを真っ向から見据えた。
 目の前の女はシアンという。そんな彼女の目には『この場に居るはずのもう一人の遂行者』が映っていない。その奇妙な違和感を感じて『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は唇を引き結ぶ。
(――一つの身体(うつわ)に居ては、互いを認識できない。
 けれど、別々の身体では、彼らの望む『一つになる事』は叶わない。それを解った上でなお、彼らは望むのだろうか。ああ、もしかして)
 世界がどうしようもなく終ってしまうならばその時に二人が一緒に居られるように。
 世界を終らせてしまいたいのだろうか。もう二度と、離れやしないと手を強く握り締めるようにして。


 月は太陽と見つめ合うことも抱き締め合う事も出来やしない。口づけは遠く、指先は解れてしまう。
 会いたい人が居る。その為ならばなんだって――その気持ちをブレンダは否定しない。それを理解出来てしまう。
(ああ、けれど。だからといって人に害を為す事は許せないことだろうよ)
 ブレンダは「イレイサ」とその名を呼んだ。幼さが幾分か抜けた顔立ちに、真摯な色が張り付いている。
「頼むぞ」
 頷くイレイサは指示を出すブレンダに従った。この場から逃げ果せる人々は果たして何の罪を負ったと言うのだろう。
 肉体を只の器とされるだけの責め苦など、誰も被る必要は無いはずだ。ブレンダはある程度の人々を後方へと誘いながら前方を睨め付ける。
 雨の薫りが鼻先をつんとついた。後方のひだまりは、その雨をも恋しがるように唇を震わせる。
(シャトン――)
 振り向いてからシキは唇を引き結んだ。寂寞に胸が締め付けられる。会いたいという言葉が決して嘘では無いだろうに。
「……ねえ、あの顔が忘れられない……なんて、可笑しいかな。会えたらなにか変わるんじゃないかって願ってしまうのは。
 ま、シアンとシャトンのことを考えるにも、一般の人に被害が出るなんてゴンゴドウダンってやつだよね?」
「そうですね。けど」
 ココロはゆっくりとシアンに近付いていく夏子へと焔の付与術式を施した。ウルバニの剣を握り締め、構える。
「結局、シャトンは何を求めていたのでしょう。しあわせとはいったい?
 血生臭さを感じる一方、共感、または協力できる部分もあるかもしれない。
 ……でも、わからないなら知ればいい。タイムさん、シキさん。頼みましたよ」
 任されたと肩を竦めてからタイムは薄くかすんで見えた太陽に、そのひだまりの薫りにシャトンを感じてから夏子に手を伸ばした。
「一緒に帰ろうね」
「おーけ~」
 軽く返されたけれど、確かにそのおまじないは彼を力づけた。目の前のシアンをその双眸に映してからタイムはすう、と息を吐く。
 何時もよりも楽しげで、声音だって軽やかで。シアンの様子が違うのはこの太陽の気配を感じているからだろうか。
(シャトン、あなたもシアンに会いたい? ――なんて、聞かなくったって分かるものね)
 タイムは避難郵送を行なう仲間達に視線を送ってから微笑んだ。友人にそうするように、まるで道ばたでばったりと出会ったように。
「シアン、今日は随分とご機嫌なのね」
「ええ、とっても。良い事がありそうなの」
 謳うような声音で囁かれる。シアンが踏み締める一歩から雨の香りが立った。視線は其方に釘付けだ。ああ、けれど――影が迫る。
「皆さん、彼についていって逃げてください!」
 マルクはイレイサを指し示し、魔力を立法系として精製して行く。指輪から作り出された魔力は意志を、そして魂を、世界そのものに接続し放つ。
 風切る音と共に、人々の行く手を示すマルクに指し示されてイレイサは「こっちだ」と叫ぶ。
 そんな彼へと支える様に願いを込めてから、ココロは名を呼んだ。
「イレイサ、いいですか。此度はサポートできるのはこれくらい。
 だけど、不安には感じない。ずっとあなたを見てきたわたしは、大事を任せられると信じてます。
 イレイサ……がんばって! わたしの……あ~~~……なんでもない!」
 くるりと振り向いてからイレイサはココロを見詰めてぱちくりと瞬いた。背もぐっと伸びて、男らしくなった。
 幼く、我の強い子供だと思っていたら気付いたら普通の男性のように思えてココロはかあと頬を赤らめてから視線を逸らした。
「ココロがそう言ってくれると俺も強くなれるよ」
 イレイサ(からっぽ)にとって、ココロは勇気そのものだ。彼女が大丈夫だと告げてくれるなら自分だって強くなれる。
 人々を狙う影の気配をその肌にひしりと感じてから夏子ははあと息を吐く。
「精神攻撃には備えあるケド さてどんだけ抗えるかお立会い~」
 人の心は脆いものだという。だからこそ、影は秘やかに忍び寄ってその肉体をも蝕むのか。心を覗かれたって女性とのロマンスばっかり考えて居るのだと揶揄う声音が弾む傍らをひらりと駆け抜けたのは蒼き光。
「愛しい人と共に在ること。
 以前、少年が当たり前の様に言った正しいハッピーエンド。
 それが成就された時の、二人が出逢った際の化学反応が少し怖くはあるのですが……今回は、それを見ることになるのでしょうか?」
 ぴくりとシアンの肩が揺らいだ。「シャトンと会ったの?」と女の瞳がぎょろりとドラマを見据える。
「ああ、わたくしは会えないのに。シャトン、シャトン、けれど、もう少しよ」
 ドラマの存在を直ぐに忘れたように譫言めいて女は囁いた。物語の頁を捲ることが何処か恐ろしくなるような女の姿を隠すように現れた影の天使を斬り伏せた蒼は鮮やかな軌跡を残す。
 影はなだらかな波のように襲い来る。ココロはすうと息を吸ってから眼前を睨め付けた。
 ――わたしの心。ずっとずっとなんだかわからなかったもの。
 人に尋ねて、教えられて、自分で探して。そしてようやく解ったもの。捕まえられるものならやってみなさい!
 この『感情(こころ)』は漸く自らが理解出来たものだった。愛情も、そのすべてもラベルを付ける事が出来たのはまだ始まりばかりで。
 霧を宿した医術士は堂々とその身を盾にする。誰だって、喪うものは少ない方が良い。
「兎に角 急を要するココがヤバい ってトコは伝える! 対応頼む~」
「ありがとう!」
 夏子が告げればイレイサは走る。マルクの指示を受ければ最短ルートだって簡単に理解出来た。
 迫る影のなだらかさ。影は無数にその存在を知らしめる。まるで全てを呑み喰らわんとする影の気配を前にして夏子が笑った。
「約束があるんよ 優先されるべき事項 ってヤツ」
 無茶をするのはどちらだろうか。そんなことを思ってから唇が吊り上がった。ああ、この約束を反故にされては堪ったモノじゃない。
「奴らに捕まりたくない者達は振り向かず俺達よりも後ろに走れ、少しでも遠くに!」
 ベネディクトが声を張り上げる。黒き影を切り裂く牙は鋭く、そしてしなやかに。
 派手に暴れる事が此度のベネディクトの仕事だった。金色の髪が光を返し、壁のように佇む茶太郎が声を上げる。
「好き勝手にはさせませんよ!」
 影を切り裂く蒼き光が揺らぐ。ドラマが地を蹴ってくるりと振り返れば、一体一体を斬り伏せるシキの姿があった。
 イレイサへ向けた信頼は、ベネディクトが此処で全てを留めるという決意の表れだった。
 影など何も恐れる事は無い。自らが戦う理由も、見据える未来も其処にはあるからだ。セレネヴァーユの剣は守るべき為にある。
「ベネディクト!」
「ああ」
 君の未来が見たいと願った。ただ、その為にベネディクトは駆ける。人を護りたいと願った少年と志は同じだった。
 前線を保つ夏子が「おあ~、多いなあ~」とからりと笑う。絶対防衛ラインと彼を位置付けたココロの支えを確認しながらもタイムは緩やかな動きを見せるシアンを注視していた。
「そろそろ、聞きたいことがあるんだ」
 マルクは独り言ちてからくるりとシアンに背を向ける。陽だまりの気配、暖かで何かを感じさせる不可思議なそれへと向かい合う。
『シャトンもシアンと一つになりたいのかい? 一つになるとは、具体的にどうやって実現するのか教えてくれるだろうか』
 マルクはシャトンの気配に問い掛けた。勿論だ、と告げる彼は「魂があるものが一つあれば良い」と告げた。人間の姿が借り受けたものなのだという。
『どうして君達は互いを認識できないんだい?」
「僕達は、本当は一つだから姿を見ることは出来ないんだ」
『……一つになった後、君達はどう生きたいのか』
「しあわせに――なりたい」
 ひとつひとつ、問い掛けるために実感する。世界の終わりまで二人が一つでいるためだけに、世界を終らせようとしている。
 肉体を求めたのだって『ひとつ』であるためなのだろう。繋ぎ止めるものが必要なのだ。
 会えないからこそ、世界など要らないと嘆いた女の傍に彼は居る。もうすぐ会えるはずだ。会えたならば抱き締め合って其の儘世界が終れば良い。
 丁度『今』のように。
「シャトン」
 マルクは思わずそう呼んだ。避難誘導が済み、敵影ばかりが見えたその中で、シアンの瞳が見開かれてマルクを見る。
「そこに?」
 ああ、だって。
「そこにいるのでしょう」
 あなたの気配がするのに――わたくしには、何も見えやしないのだ。


「シャトン。シアンに会いたい? シアンが誰かの体を使えるなら、君も同じことが出来るんじゃない?」
 ひだまりの幻影が揺らぐ。言葉は聞こえない、ただ、驚愕に満ちたことだけが感じられる。シキはくすりと小さく笑った。
「君の寂しそうな顔が忘れられなくて、どうにかしたくて……君になら私、体を貸したいんだ。
 離れ離れで苦しいままは嫌だから。君がシアンと会って何かが変わるのなら、私はそれに賭けてみたい」
「シキ」
 イレイサが不安げな声を滲ませた。気は進まないとドラマはそう言いながらも、全てを見守ると決めて居た。
「何かあれば、組み伏せさせて頂きます。お二人に必要以上の被害が出ないように私達も尽力させて頂きます」
 体を『貸して』其の儘奪い取ってハッピーエンドなどと言う物語の終わりは求めちゃいない。ドラマは母親が子供に言い聞かせるようにそう言った。
 余りに不安そうな顔をしたイレイサにブレンダは落ち着けと背をさすってやる。
「今は手を出すんじゃない。二人を信じるんだ」
「けど」
「力の強さよりも想いの強さが大事な時もある。二人がやると決めたんだ。今は大丈夫だと信じよう。
 ……よく見ておけ。あれが敵を倒すだけではない強さだ」
 ぐ、と息を呑んだ。ブレンダはイレイサにもそういう強さを持って欲しいと願った。優しい彼ならばきっとそうあれると囁く。
 ならば、今は我慢の時だ。想いも力も、その何方をも由々し手置かねばならないのだから。
 タイムはシアンへ、シキはシャトンへその肉体を貸し出した。体を貸した自分たちが暴れたならば全力で止めて欲しいと告げて居た。
(ねえシアン、この後はどうしたい? わたしを乗っ取ったまま仲間を攻撃する?
 そうはならないでほしいけど、その可能性を考えない程わたしもばかじゃないから……そのつもりなら全力で抵抗するね
 ――あの中にはわたしの愛しい人もいるの)
 タイムの『愛しい人』という言葉にぴくり、とシアンの指先が動いた。誰なのかがタイムの体の中に居るシアンは分かって仕舞って苦しいほどだった。
「『この体を貰えないので有れば、わたくしはあなたを使って全てを殺さねばならないのに』」
「『シアン』」
 シキの唇が震えた。勢い良く振り向いたタイムは「シャトン」とその名を呼ぶ。その一瞬の隙、ただのなにもない愛しい人に出会った事で突かれた虚が永遠のように漂っている。
「シアンよ。恋焦がれ何をしてでも会いたいという気持ちはわからなくはない。だがそれでも方法が間違ってはダメだろう。
 間違った方法で得た結果はいつだって悲しみを産んでしまう。
 だから――シキ殿とタイム殿が力を貸してくれたこの機会を逃さないでいてほしい」
 短剣を構えたままブレンダはそう告げた。一度、『間違い』が起こったならば赦しはしないと言うかのようだ。
「ッ――ッ――」
 シキの体が揺らいだ。ココロは腕を伸ばし抱き締める。落ち着いて欲しいとその背を撫でればシャトンはぴたりと動きを止めた。
「『このからだは、どうしたって、強情だね』」
「……ええ、渡しませんもの」
 シキを渡すまいとココロは囁いた。シキの唇を借りたシャトンは「『でも、これだと意味は無いから』」と呟く。
「君等はどっちもシアンでシャトン。別人じゃなくて当人同士、なるほど。そりゃあ……身体を一つくれ……って?」
 それはそうだろうと夏子は笑った。マルクが『一つになるのはどうするのか』と質問していたが答えが「入れ物が一つで在れば良い」というのは其の儘の意味か。
「残念だけど身体は当人のモンなんだ。君等を繋ぐリボンになんかなりゃしない。
 どうせこのままじゃ俺が邪魔さ でも 平和的解決法を一緒に探す事なら 出来るよ」
 夏子の声音にくすりと『タイムの体』を使ったシアンが囁いた。
「『わたくしは、人間の容れ物がなければ出会えませんもの』」
「……どう言う意味だい?」
 マルクは眉を顰めた。シキの唇を借りたシャトンは「『僕達は、人間じゃあないからね』」と囁く。
 折角会えたのにその体を返せという。それ以上に体の自我は主張し続けるのだ。肉体全てを頂いて帰るわけにはいかないか。
「『仰ったでしょう、あなた。わたくしたちを繋ぐリボンが必要なの。
 だから、無機物では駄目。心がなくては駄目。ただの人形ではいけないわ。ええ、ええ、魂という容れ物に入り込むの。それを二つに分割して』」
「その手法が君には?」
「『わたくし、人ではありませんもの、作法位は心得ていますのよ』」
 雨の匂いをさせるタイムが唇を吊り上げた。それ以上動かないのは体内での抵抗が激しいからだろうか。体を明け渡したくはないと考えて居たのはシキとて同じ。
「……抵抗するのならばここで止めるだけだが、言いたいことがあるので有れば見届けよう」
 ベネディクトの眸が鋭い色を宿した。心配そうに立っているイレイサの肩を叩いてからブレンダは見守って居ろと囁く。
「『ねえ、シャトン。愛しているのにどうして、二度とは一つになれないのかしら』」
「『どうしてだろう、シアン。ぼくたちはひとつだったのに』」
 二人は見つめ合ってから目を伏せた。ただのひとつに戻りたいと言うだけの望みを確かめ合って、全てを終える。
 ――するりと、体から抜けて出たシアンは、シキの傍らに感じていたシャトンの気配に眉を顰める。
「永遠に共に在りたいと願うならば、体を頂くしかなかったのでしょう。
 わたくしとあなたが交わらぬ世界なんていらないのに。どうして、この世界はそうあれというのか」
 シアンがさめざめと涙を流した。雨の気配がする。潮騒が遠く響き女の背中を包み込む。
「わたくしは遂行者。シアンとシャトンはひとつであったのに、誰の悪戯で分かたれてしまったのでしょう」
 シアンの唇が戦慄いて、音を奏でることさえもやっとのこととなる。
(光と夜が出会えば、きっと新しい何かが生まれる気がするの――そうあれかしと心から願うわ)
 タイムが、抜け出す前にそう言った。もしも『たったひとり』になれたならば、どれ程に幸せだろう。
「わたくしは人ではないの。シャトンも。もとはただの一冊の本だった。
 もし、わたくしの幸せを祈って下さるのならば、体を――」
 体を探して下さる――?
 雨の気配が遠離る、女の姿が掻き消えて潮騒だけが響き渡った。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加ありがとうございます。
シアンは意表を突かれて、言わないはずだったことまでも言葉にしてしまいました。
シャトンとシアンは一度姿を隠しましたが、きっと皆さんの前にまた姿を現すことでしょう。

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