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シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>聖女は第二の予言に嘆く

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●聖女の姿
「グウェナエル」
 闇夜の中に、静かに声が響いた。小さな椅子に座り込んでいた白衣の男=グウェナエルは、ゆっくりと立ち上がり、頭を垂れた。
「サマエル様――」
 グウェナエルがそう声を上げるのへ、サマエルはその仮面の下に真意を隠しつつも、いっそさわやかな笑みを口元に浮かべて見せた。
「ああ、良い。楽にしてほしい。
 君には随分と裏方を任せてしまった――特にマリグナントとの折衝などはストレスがたまっただろう?
 あれは異常者だ。人とも、魔とも、聖とも違う。言葉をしゃべる、まったく意思の疎通などできないものと思っていい」
「それに対しては、申し訳ございませんが同意いたします」
 グウェナエルが言った。
「いっそ……『食われる』心持すら致しました。
 いらぬ言葉とは思いますが、奴は危険です」
「わかっているとも。だが、私の配下を……『影の艦隊』を得るためには、奴を飼いならす必要があった。
 グウェナエル。これも我々の、正義のための苦行だと思ってほしい」
「もちろんです」
 グウェナエルが頭を垂れた。
「『この世界は間違っている』。それこそは、絶対的な事実です。
 ゆえに、この世界に正しい歴史を布くために、私はこの身を粉にすることを誓います」
「有難う」
 いささか芝居がかった口調で、サマエルが笑った。
「それ故に――君に、贈り物をしたい。
 これまで働いてくれた君への、私からのせめてもの心づくしだ」
 そういうと、サマエルは大げさに、そのマントをひるがえして見せた。ばさり、と暗闇に白の線が走り、そのマントの影から、うつろな目をした、白髪の少女の姿が現れた。その養子に、グウェナエルは目を見開いた。
「発見されたのですか……!?」
「ああ。彼女はいわば、生ける聖遺物とでも言うべきものだ。天義の秘蹟の一つを、その『血』に代々受け継ぐ聖者の一族の娘。
 ゆえに、その性質から『神の国』をさまよっていたところを発見した。聖女エーレイン。あの魔女の、今の人格の『オリジン』とでもいおうか」
「哀れな……」
 心底に同乗するように、グウェナエルは目を伏せた。『聖女』うつろな瞳は世界を見据えてはおらず、遠いいずこかをぼんやりと見つめている。唇は震えながら何事かを呟いている。それはこう聞こえた。
「かえして」
 と。
「ああ……きみも、あの魔女にすべてを奪われたのだね……」
 グウェナエルが、震える指でエーレインの頬にふれた。あまりにも冷たいその頬は、まるで死人のようでもある……。
「彼女は今や、アンデッドのようなもの……なんとも哀れなものだ。
 だが、魔女に対抗できる聖なる乙女もまた、彼女だけと言えよう。
 君の手で取り戻したまえ、グウェナエル。彼女に、すべてを。そして、君の手に、正しい歴史を。
 聖痕と、マスティマの編み上げし『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』……これを使い、君の本願を果たすといい」
 グウェナエルは、深く、深く頭を垂れた。
「君たちは、すべてを奪われた。
 ならば、奪い返してやるのが道理だろう」
 そう嘯くサマエルの声を聴きながら、グウェナエルは静かに、その胸の内に恐るべき憎悪をたぎらせていた……。

●魔女と、聖女と
「……」
 かえして、と聞こえた気がした。
 マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が静かに空を見上げると、夏の陽光が、まるで裁きのように地に光を指している。
 聖都フォン・ルーベルグ。つい先日に降りたとされる『預言』により、揺れる町。
 マリエッタをはじめとするイレギュラーズたちは、その都市内部での警護任務にあたっていた。
「マリエッタ?」
 ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)が声をかける。
「大丈夫か? 暑さにやられたか」
「あ、いえ」
 マリエッタがほほ笑んだ。
「そう言うわけではないのですが」
「大丈夫? 天義も充分暑いものね……」
 セレナ・夜月(p3p010688)がそういった。暑い夏の陽光は、天義といえどもいささか厳しい。
「……『死を齎す者が蠢き、焔は意志を持ち進む。『刻印』の無き者を滅ぼすでしょう。』
 第二の預言だったかしら。嫌なこと思い出しちゃう」
 その熱は、預言による『焔』であっただろうか。いや、それにしてはまだ随分と温いといえる。となれば、これは不安の表れなのかもしれない。預言という、敵の攻撃の予告はあれど、いつそれが行われるかは、結局わからず……こうして、内部の警備任務に取り組むしかないのだから。
「でも、成就させないために私たちが頑張らないと、ですよ」
 ユーフォニー(p3p010323)がほほ笑んだ。いずれにしても、この地の平穏は、ローレット・イレギュラーズたちの双肩にかかっているといってもいい。
「そう、ですよね」
 マリエッタが頷く。それでも、先ほど聞こえたような気がした、その声が、耳にこびりついていた。かえして、という声。誰が。何を。
 マリエッタが視線をふと上げたときに、人の群れと、熱の陽炎の中に――何かを、見た、気がした。
 薄汚れた、グレイ・レディ。
 白髪の聖女の姿――?
 それを視界にとらえた刹那、もう一度、「かえして」という言葉が頭の中に響いた。マリエッタの心境にざわざわとしたものが燃え広がる。同時に、白髪の聖女が、人並みに消えてしまう。
「まって!」
 たまらず、マリエッタが声を上げた。そのまま、走りだす。
「マリエッタさん!?」
 ユーフォニーが声を上げた。それに気づかず、マリエッタは聖女の姿を求めて走り出した。
「まて! どうしたんだ!?」
 ムエンが叫び、しかしかぶりを振った。
「追おう。敵の攻撃かもしれない」
 ムエンの言葉に、イレギュラーズたちはうなづく。

 一方で、マリエッタは聖女の影を追って、広い公園に飛び出していた。聖女を探して、マリエッタの視線が交錯する。石畳の遊歩道には、あちこちに一般人の姿があって、ひときわ大きな噴水の辺りに目をやれば、しかしそこに、グレイの人影。
「あなた、は」
 マリエッタが声を上げる。動悸が高鳴るのを感じた。走ったからではない。もっと別の理由で。
 目の前に、グレイ・レディがいる。その目はうつろ。何も映していない。しかし、そのうつろの瞳が、遠く遠く、私を、魔女を、見ていることが分かった。
「かえして」
 そう、繰り返す。グレイ・レディ。
「マリエッタ、どうしたの……!?」
 追いついてきた、仲間たちの内、セレナがそう声を上げた。しかしすぐに、目の前のグレイ・レディに気付くや、ああ、と声を上げた。
「誰……? どこか、マリエッタに似ている……気がする……?」
 そう言うセレナに、答えたのは男の声である。
「そうだとも、魔女に騙された哀れなお嬢さん」
 気づけばそこに、白衣の男がいた。
「遂行者か……!」
 ムエンが声を上げるのへ、白衣の男=グウェナエルが頷く。
「その通りだ。きみたちが友誼を築くべきは、その魔女ではなく、この少女だった」
 うつろな瞳を浮かべるグレイ・レディに、ユーフォニーは警戒するような視線を向けた。
「命が感じられません……アンデッド……なのですか……?」
「似たようなものだよ、お嬢さん。そこの魔女に血を奪われた、天義の聖女。『エーレイン』。
 君たちが、マリエッタ・エーレインと呼んでいる魔女の、表層の人格のオリジン」
 エーレインが、静かに、こちらを見据えた。
「かえして」
 そう、つぶやく。マリエッタが身構える。
「この少女は、そこの魔女にすべてを奪われたんだ。血を。知を。智を。そして、力を、心を、あるべき人生を、奪われた。
 本来ならば、君たちとともに生きるのは、彼女――エーレインだったはずだ。何せ、君たちと友情を語り合うその人格こそが、エーレインのものであるのだからね」
「そんな……」
 セレナが声を上げる。
「そんなことは……!」
「そう言うことを覚えておいてほしい。そのうえで、私と、彼女は、今ここで魔女を葬る」
 グウェナエルが、その剣を抜き放った。同時に、エーレインを中心として、恐るべき魔の圧力とでも言うべきものがあたりに広がった。それは、頭の中身を直接ぶん殴られるような衝撃を、周囲の人間にもたらした。あちこちで人々の悲鳴が上がり、逃げまどい、或いは気絶するように地に倒れ伏す。
「かえしてもらう。魔女よ。お前の奪った、すべてを」
 グウェナエルが構えると、あたりに『艦船のような装備をまとった人影』が現れた。おそらく、報告のあった『影の艦隊』であろう。遂行者サマエルの運用する、影の兵士団だ。
 敵の目的は、イレギュラーズたちのせん滅に間違いあるまい! それに、ここで彼らを好きにさせては、街中に甚大な被害が発生するだろう!
 イレギュラーズたちは意を決すると、遂行者と、灰の聖女に立ち向かう――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 フォン・ルーベルグでの戦いです。

●成功条件
 『抜け殻の聖女』エーレイン、および遂行者グウェナエル・クーベルタンの撃退

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●状況
 天義に新たなる預言が降りました。
 それは、敵陣営からの攻撃の宣言ともいえるもの。
 そのため、首都フォン・ルーベルグにて警戒を行っていた皆さんは、内部に侵入した遂行者グウェナエル、そしてエーレインと呼ばれる聖女と遭遇します。
 聖女エーレインは、その体自体が『聖遺物』といえるような存在であり、『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』の影響で強化されているようです。また、グウェナエルはそうでなくとも魔種。充分以上の脅威といえるでしょう。
 また、敵の配下として『影の艦隊』も現われ、まさに一触即発の状況です。
 此処では、敵の撃破より、撃退を優先してください。戦闘を長引かせ、周囲の一般人に負担をかけるのは避けたいところです。ある程度のダメージを、エーレイン、グウェナエルに与えれば、撤退するでしょう。
 作戦決行タイミングは昼。作戦エリアは、噴水のある公園です。
 足場は整地されており、特に戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。

●エネミーデータ
 『抜け殻の聖女』エーレイン ×1
 「かえして」と何事かを呟き続ける女性。アンデッドのようなもので、生命の灯りは感じられません……。
  体そのものが聖遺物といえる特殊な存在で、聖女と呼ばれた人物でした。
  そのため、元々の聖術に加え、『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』で強化された遂行者陣営の魔術も行使します。
  非常に強力な後衛ユニットといったイメージで、特に『Mアタック』や『窒息』系列を使い、こちらのAPを減じてきたりします。
  後衛ユニットゆえに、接近戦に持ち込まれることが不得手。また、耐久力もあまり高くないため、一気に削ってやるといいと思います。

 遂行者、グウェナエル・クーベルタン ×1
  遂行者の男性。魔種ですので、単純に強いです。
  剣を持った前衛攻撃タイプ。積極的に前に出て、『渾身』を持つ強力な攻撃をお見舞いしてくるでしょう。
  また、その鋭い刃による『出血』系列の付与にも注意してください。
  前衛として完成されているユニットですが、それ故に遠距離攻撃には不得手。
  盾役で足を止め、遠距離から強力な攻撃を当てて削ってやるのがいいでしょう。

 影の艦隊 ×8
  影の天使が変貌し、艦船の装備のようなものを装着した、人型の影の異形たちです。
  駆逐艦、と呼ばれる前衛攻撃タイプが5体。
  重巡、と呼ばれるタンクタイプが3体存在します。
  重巡は、『怒り』などを用いて、イレギュラーズたちを引き寄せてくるでしょう。
  駆逐艦は接近し、魚雷という強烈な攻撃で、『火炎』系列のBSなどを付与してきます。
  単体性能はグウェナエルやエーレインよりは劣っています。数が強みですので、囲まれないように。
  まとめて攻撃したり、強力な攻撃で速やかに排除してやるとよいでしょう。

 以上となります。
 それでは、皆さんのご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <アンゲリオンの跫音>聖女は第二の予言に嘆く完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年08月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)
焔王祈
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ

●接触
「こちらローレット! 噴水のある公園内で魔種と交戦中!
 この声が聞こえた人は慌てず冷静、かつ迅速に戦闘音がする方から、公園から離れるように非難をお願いする!
 余裕がある人は老人や子供の避難の手助け、気絶してる人の運搬なんかをしてくれると嬉しいが……。
 自身の命も大切に! 呼び声も怖いから無茶せず俺達を信じてくれ!」
 吠える。届くように。少しでも、遠くへ、多くへ、届くように――。
 『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)のそれは、避難勧告であり、同時に戦闘開始の合図でもあった。ちらりと視線を移してみれば、すでに『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)が上空へと『リーちゃん』を飛ばし、その視線を共有しているところでもあった。
「彼らを自由にさせるわけにはいきません」
 ユーフォニーが声上げる。「同感だ」と、ウェールはうなづいた。そして、「頼む!」、叫んだ。
「駆け抜けます、導いて――!」
 この戦場において、真っ先に『戦闘』として反応できたのは、ユーフォニーであった。それは、流石の魔種たるグウェナエル、そして『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』により強化された聖女エーレインですら追い越すほどの、反応速度。
 そして、その先駆けの乙女に導かれるように、イレギュラーズたちは一気に戦場へと踏み込んだ。
 一気呵成。
 当然といえた。
 此処は聖都の地。
 此処でイレギュラーズたちが敗れれば、足踏みすれば、すなわち無辜の人が死ぬ。
「あの重装甲の影の艦隊、たぶん盾役!」
 『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)が叫んだ。八体の、影の艦隊。内の三。眼に見える重巡のそれ。
「特殊支援を開始する――頼んだ!」
 沙耶がその手を振るえば、キラキラと輝く魔術文様が宙を駆けた。まるで無地のキャンバスに世界を描くように、ユーフォニーの体を包み込む。それが、心を、頭を、涼風のようにすっきりとさせた。
「まとめて撃ち抜きます――私の色彩で!」
 ユーフォニーが叫んだ。構えはいらない。見ればいい。それだけで、世界は極彩(ユーフォニー)へと彩られる。万華鏡よ、世界を彩れ。ぱきり、と世界が割れて、その中に無数の鏡の欠片が舞うような錯覚。流れ込む、様々な色。
「――!?」
 重巡タイプが困惑の表情を浮かべ、同時に体に泡立つ違和感に驚愕を覚える。それが攻撃だと察したときには、既にその体にすでに苛烈な重圧がのしかかっていた。
「あなたたちは、こっち!」
 同時に、『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)が、高らかに声を上げた。
「ここは、私たちが守る!
 この街も、この人たちも!
 この世界だって――全部、全部、守り切って見せるんだから!」
 それは、『宣言』である。同時に、『力ある言葉』であった。守る、という、純粋なる願い。正義の雄たけび。悪しき者への『宣戦布告』。ならば、それを受けて立たねばという意識がわいてくる。
 ヴェルーリアを墜とさねば、自分たちの目的は達成できない。
 そう思い込ませるだけの、絶対的な『守護宣言』。
 がきり、と、重巡たちが、その手を構えた。まるで手持ちの銃のようなそれは、しかし戦艦の砲をダウンサイジングした強力な火器である。ずだんっ、と吠えるように、次々と雄たけびが叩き込まれる。着弾した公園の石畳は、しかし砕けなかった。保護の結界がきいている。しかし、その衝撃は決して死ぬわけではなく、ヴェルーリアの体を強烈に叩いた。
「君だけに負担は負わせない」
 沙耶が堂々と名乗りを上げる。守護の盾は一人にあらず。もう一人、ここにいるぞと。
「正念場と行こう――奴らの甘言なんて、聞いてやる必要はないんだ……!」
 ヴェルーリア、そして沙耶が身構える。駆逐艦タイプの影の艦隊たちは、まるで水上を行く船のように、地上を滑るように走り出した。背部のウェポンラックから、瓜のような形状の鉄の塊を放出する。それは魚雷に間違いなかった。ただ、水を行くのではなく、中空を走るそれは、もはやミサイルとと呼んでも構うまい。問題はそのような言葉遊びではなく、その一撃一撃が必殺級の強烈な爆裂を引き起こすことに間違いないという事実にある。
「行け! ディフェンダーファンネル!」
 『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が叫んだ。背部に搭載された『自律砲台』がムサシの意のもとに射出され、魚雷に負けじとばかりに中空を走った。同時、砲台より撃ち放たれたビームが魚雷をぶち抜く。途端、爆発。空気か、或いは魚雷の火薬が焼けるような匂いが、あたりに舞い散った。
「この街に住む人々に危害が加わる前に……お前達を追い払う!
 この宇宙保安官ムサシ・セルブライトの名にかけて!」
「まるで正義の味方のような顔をしているけれど」
 グウェナエルが言う。
「君たちが、その魔女を庇っていることになっていることに気付いているのかい?」
「そんなことは」
 ムサシが、そのヘルメットの中から、鋭くグウェナエルへと視線を向けた。
「承知の上で、だ!
 たとえ、彼女が過去に過ちを犯していたとしても――その罪を償うことがあるとしても!
 それは、お前たちによってではないはずだ! 遂行者!」
「……そうですね。正直、マリエッタへの復讐だけなら私は手を引いたかもしれない」
 ユーフォニーが、静かにそういった。
「でも無関係なひとを巻き込んだから。
 貴方を野放しにはできない。
 グウェナエルさん。聞こえていましたか?
 周りの人たちの悲鳴を。
 彼らの苦しみを許容するほどの正義が、あなたにあるというのですか?」
「――――」
 グウェナエルが、静かに息をのんだ。彼は、魔のものである。だが、その根底に立っていたのは、正義に属する怒りともいえた。
 マリエッタ・エーレインが、彼の家族を奪ったことは間違いないのである。
 だが。
「……この世界そのものが偽りであるのならば、ここに生きているものも偽りの被害者であるといえる」
 グウェナエルが、穏やかに言った。
「偽りを正すことに、もはや私に躊躇はないよ」
 穏やかな瞳で、そう言った。
 もう、すべてが狂っているのだ。
 いつからだ。
 いつからか。
 最初からか。今か。昨日か、今日か、明日か、いつぞやか。
 踏み外しているのだから――。
「だから、戦います」
 ユーフォニーがそういった。
「自分達が正義のように語っているが、
 聖都内で戦闘、一般人を圧で驚かせる&気絶させる、
 こちらの和を乱そうと口撃……やってることが悪役だ」
 ウェールも、静かにそう答える。
「過去にマリエッタさんが何をしたのかは、俺は知らない。
 でも……もし償おうと生きているのならば、俺はそれを否定したりしない。
 ……それに、今日まで積み重ねた絆も、結果も、彼女が努力し、生きてきた証だ。
 そこに、正しいも、本来あった、も、なにもない」
「いくらマリエッタの真実がそういうのだからって……私たちが縁を結んできたのはこっちのマリエッタだ!
 だからこの場でエーレインにマリエッタの全てを返す必要なんてない!」
 沙耶も、続いて叫んだ。
「私も、ユーフォニーさんとおんなじ気持ちだよ。
 街中で攻撃仕掛けてきて、いろんな人を巻き込んで……それで、正しい、みたいな顔したって、受け入れられない!」
 ヴェルーリアも、声を上げる。
 正義がグウェナエル側にあるか、と言われれば、おそらくはないといえるだろう。どのような理屈をこねたところで、遂行者たちの理屈は『魔の理屈』に間違いないのである。つまり、最初から間違っている、ともいえる。
 だが、その根底に、マリエッタ・エーレインという魔女の行いがあったことも事実だろう。被害者である、といえば、間違いなくグウェナエル、そしてエーレインは被害者でもあるのだ。
「聖女の力、魔女の力、どちらも異端なる力に違わないはずだ。それを区別するのは人間のエゴに過ぎん。答えろグウェナエル。
 貴様は何を持ってマリエッタを魔女と断じ、エーレインを聖女と呼ぶ」
 『焔王祈』ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)は、グウェナエルへと視線を移す。グウェナエルをけん制するように、ムエンは刃もまた構えて見せた。
「そうだね。私は――人に寄り添うか否か、だと考えている」
 グウェナエルは、静かに笑った。
「聖女エーレインのそれは、人と寄り添う力だ……天義という国とともにあり、ともに生きてきた……。
 けれど、魔女の力は、奪うものだ。人の営みを、心を、いのちを、己の欲望のままに奪い取り、生きてきた」
 グウェナエルが、静かに、マリエッタへと視線を移した。その隣に、苦しげな表情を浮かべた、『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)がいた。
「そうだろう? 魔女よ。
 ……そちらのお嬢さんも、迷うことも、苦しむこともなかったんだ。本来は」
「……見透かしたようなこと言わないでよ」
 セレナが、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「マリエッタが、魔女が、聖女の血を奪って、マリエッタ・エーレインを成した。
 理屈は分かった。きっとそれが真実なんだってことも分かるわ。
 ……でも、それでも!

 わたしは、エーレインの人格だからマリエッタを好きになった訳じゃない。
 魔女でも聖女でもない、この人だから隣に居たいって思ったの!」
 わずかに、心に浮かんだ澱を追い払うように、セレナは叫んだ。
 セレナの、心からの叫びだった。友を信じたいと願う、そう言う、切実な思いの発露だった。
 様々な思いが交差する。
 信頼。友情。愛情。憎悪。怒り。勇気。義憤。善意。悪意。
 そのような、交差点の真ん中で――。
 魔女は。
 『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は、嗤っていた。

●交差
『まさか、エーレインが生きていたとはね』
 頭の中で声が響く。私の声か。あるいはアタシの声か。それは、魔女マリエッタの声であると、『マリエッタ・エーレイン』はそう自覚している。
『なぁぁぁんてね! まぁ、生きているとは思っていたわ。
 でも、まさか遂行者が確保していたとは。そこだけは想定外といえるかしら。
 ああ、でも――なんて愉しいお遊戯会場』
 ケタケタという魔女の笑いが、頭に響く。『マリエッタ・エーレイン』は顔をしかめた。
『随分と愉しい場を用意してくれたわね。『私』。それもこれも、『私』のつないだ絆のおかげかしらぁ?』
 小ばかにするように響く。声。黙れ。うるさい。だが、止めようとしてもそれを止めることはできない。だって、アタシとは、私なのだ。
『お望み通り、魔女は今回は見守ることにするわ。ああ、愉しい、愉しい。ワインを飲めないのが残念――』
 ぎり、と奥歯を噛みしめた。今はアタシの思考の隅に追いやる。私は叫ぶ。
「前ならともかく、貴女に返すわけにはいかないんです。
 私には多くの約束と縁と……やらなきゃいけないことが残っているんですから」
 私(マリエッタ・エーレイン)が叫ぶ。その叫びを合図に、戦闘は再開された。砲火と魚雷が歌う中を、マリエッタは走り抜ける。眼前。相対する。聖女エーレイン。
「……して」
 つぶやく。
「……、かえ、し、て」
 何事かを、つぶやく。
「何を言いたいのですか……私に、何を」
 求めているのか――。
 刹那、エーレインのつぶやきが、呪詛のそれを帯びて解き放たれた。『偽・不朽たる恩寵』により歪に強化された力が、悪しき災いとなってマリエッタを襲った。強烈な、悔恨の念が、マリエッタの頭を直接ぶん殴る様な衝撃を与える。ぐ、あ、と口から呻きが漏れる。激痛。
「マリエッタ!」
 セレナが叫び、マリエッタを抱きとめた。突き出した指先が、黒の月光を描く。ばぢばぢと音を立てて、呪詛と月が衝突した。
「しっかりして!
 罪も何もかも全部背負って進むんじゃなかったの!?
 返せるものじゃないなら、背負って進み続けるしかないでしょ!
 わたしは、何があっても隣に居るから!」
「そこまでして、魔女の傍にいる理由は何だい?」
 グウェナエルが尋ねる。
「心まで魅了されたか……」
「例えこの絆が、罪と簒奪の上に成り立つ歪な物だとしても!
 それでもわたしはこの人との絆を守りたい!
 それを騙されたと言うなら好きにして!」
「あなたに、私たちの事をどうこう言われるつもりはない」
 ムエンが、グウェナエルへと切りかかる。グウェナエルは、その細身の剣でムエンの荒々しい一撃をいなして見せた。
「あいにく、マリエッタが魔女だからだとか、どんな事実を突きつけようが私は揺らがないぞ……。
 奪う者として覚悟を決めているアイツの邪魔はさせない」
「その覚悟が、さらなる悲劇を生むとしても?」
「そんなことは、絶対にない……!」
 ムエンが再びの斬撃を繰り出す。グウェナエルが、その一撃を、たまらず受け止めた。直撃ではない。だが、足を止めることはできた。それが狙いだ。
「ウェール!」
「任された!」
 鋭く解き放たれた一枚のカードが、グウェナエルの右腕に深々と突き刺さった。それは、突き刺さった瞬間にナイフを生み出し、強かに傷をつける!
「腕が……萎えた……!?」
 その一撃が、グウェナエルの体力を強力に奪っていた。
「その腕では、渾身の一撃は繰り出せないな……!」
「それが狙いだったか……!」
 ウェールの言葉に、グウェナエルは呻く。その一方で、沙耶はヴェルーリアとともに、影の艦隊へと攻撃を仕掛けていた。
「沙耶さん、こっちに引き付ける!」
「任せたまえ!」
 ヴェルーリアの叫び、沙耶が頷く。強烈な砲撃と魚雷をかいくぐりながら、二人は戦場を駆けた。あとを、まるでスケートでもするかのように艦隊が追いかけてくる。
「数が多いのは強みだけど、それだけ『まとめがいがある』んだよね……!」
 ヴェルーリアが、にこりと笑う――沙耶が叫んだ。
「ちょうどいい位置だ! 飲み込みたまえ!」
「ディフェンダーファンネル! 足を止める!」
 ムサシが叫び、その叫びに応じて、自律砲台が宙を飛んだ。
 伸ばせるなら、手。
 その手を、動かすように。
 あの砲台たちを動かす。
 DFC――貫け、掴め、絡めとれ。我が手よ、届け。
 自分の突き出した手が、自律砲台と重なった気がした。
 放たれる光線が、影の艦隊たちのウェポンラックを貫いた。衝撃が、その足を止めさせた。
「ユーフォニーさん!」
 叫ぶ。あとは、決めてくれる。
「世界よ、私の覚悟の色を!」
 染まる。
 それは鮮烈な赤だったか。
 安寧の青だったか。
 陽光の黄だったか。
 その時は――。
 弾ける光が、影の艦隊たちを貫く。その影を打ち消すように、消し去る様に、艦隊が、影が、消えていく。その色のうちに――。
「攻撃を集中します!」
 ユーフォニーが叫んだ!
「聖女を止めてください!」
 彼女がここにいる限り、周囲に甚大な被害をもたらす。
 止めなければ、ならない。
「――して」
 エーレインがつぶやいた。強烈な残響の呪が、あたりを強かに叩きつける。強烈な痛みが、イレギュラーズたちの体を駆け巡った。
「これが、あなたの」
 マリエッタがつぶやく。
「痛みだとしたら――!」
 叫ぶ。
「奪って、その先に、行く……!」
 手を伸ばした。
 ――聖女エーレイン。私は貴女を知らなければならない。
 今の貴女に起きていることをこの戦いで見出します。
 かえしてほしいのは本当に血なのかどうかも。
 胸中で呟く。
 ぐるぅん、と、呪詛が裏返った。反転。茨の棘。自らの強力な呪詛が、聖女エーレインの体を貫く――。
「……! 『偽・不朽たる恩寵』が――!」
 グウェナエルが叫んだ。衝撃に、悪しき加護が悲鳴を上げていた。不完全なそれが、ダメージの蓄積に耐えきれず、マリエッタの『棘』に突き刺され、ひび割れ、砕け、散っていく――。
 どさり、とエーレインが座り込んだ。うつろな目で、マリエッタへと手を伸ばす。交差する。視線。マリエッタと、エーレイン。あるいは、セレナと、エーレインか。グウェナエルは、しかしすぐにその身を挺してエーレインの視線をふさぐと、ゆっくりと魔女をにらみつけた。
「嗤っているのか。この事態を――」
 激痛に苛まれたマリエッタの体は動かない。グウェナエルは、しかしエーレインを抱きとめると、その剣をひるがえした。
「逃げるつもりか……!」
 ウェールが声を上げる。だが、追おうとはしない。ウェールたちの任務は、この聖都を守ることだ。それが達成されれば、ひとまずよいという事を理解していた。
「必ず、奪い返す……お前から、魔女から、すべてを!」
 エーレインとグウェナエルの、二人の体が霞のように消えた。転移の魔術か、或いは、神の国へと逃げ込んだのかもしれない。
「マリエッタさん……貴女の過去に何があったのかは……自分は分からないでありますし、出すべき答えへの助けも出来ない。
 ……でも――」
 なんと言うべきだろうか。その答えを尊重する、だろうか。あるいは、皆が傍にいる、だろうか……。
「ええ」
 マリエッタが、頷いた。
「わかって、います」
 そう、つぶやいた。
 ――結論だけを言えば、イレギュラーズたちは戦いを制し、この地を守り切った。
 だが、何が、何を、変え、変わったのか。
 それはまだわからぬまま。
 マリエッタ・エーレインの頭の中には、愉快気な魔女の哄笑が響き渡っている。

成否

成功

MVP

フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔

状態異常

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 皆様の活躍により、この場所は、そして人々は、守られました。
 それは、確実な、皆さんの勝ち取った成果です。

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