シナリオ詳細
<アンゲリオンの跫音>われらは水底に眠る
オープニング
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『ツロの福音書』 第4章 二節――
わたしをつかわせたのはあなたがたを見定めるためである。
わたしをつかわせた方は、あなたがたの憂いをはらいのけてくださるのだ。
「アドレ様」
指を組み合わせ、オウカ・ロウライトはそう言った。
『遂行者』アドレは「うん」と小さく頷いた。『神託の乙女』はきちんと自らの仕事を果たしたらしい。
常には巫山戯た態度をとっているが彼女は何時だって物事に対しては真摯に向き合っている。だが、人間らしすぎるのが悪い部分だ。
『われわれは主による創造物である』というこのところを徹底していなくては、どう足掻いたて救いは訪れる事は無い。
それを知りながらも、彼女を人たらしめるのは心だというのだから皮肉なものだ。
「どうなさいますか」
「オウカは、今日は僕と一緒なんだね。アリアかと思ってたけど……まあ、アリアは『あれでいて、嫉妬深い』かな」
「おんなというものはそういうものでございましょうに」
うっすらと微笑んだオウカにアドレは「君って遣りづらいな」と呟いた。
アドレはオウカの『地の国での姿』を知っている。いや、アドレが『これまで関わって来たからこそ』彼女達が出来たとも言うのだろうか。
オウカ・ロウライトはサクラ・ロウライトという娘と良く似た容貌だ。それそっくりに作られているが生き方も何もかもが違う。
ロウライトの騎士であった娘は聖職者である。しかし、その心には鉄の国の焔が灯されていることだろう。
強かで、好戦的で、それでいて『誰よりも正義に厚い信仰を向けている』。
「参りましょう、アドレ様。すべてを始め、そして終るために」
「……そうだね」
向かう先にはアドラステイアと呼ばれた都市があった。
アスピーダ・タラサは城塞だ。聳え立つ壁は鉄の国による不正義を許すことはない。それを利用し造り上げた『方舟』は役に立つことはなかった。
「……お嫌いですか?」
「ううん。まあ……『僕の失敗』ではあったからね」
アドレは呟いてからオウカの背を追掛けるように歩き出した。
アドレという『少年』はアドラステイアにいた。いた、という表現は間違いだろう。
アドラステイアとは彼と、彼の『主』が造り上げた場所なのだ。頂点に座したファルマコンが終焉獣(ラグナヴァイス)であった通り、その地には終焉の気配が漂っていた。
無数の子ども達は『選ばれていない』者達だ。
選ばれし者達を助く為の方舟の機構を果たすべきであったが、ファルマコンはその様に働いてはくれなかった。
(まあ、だから僕もさっさとアレを捨てた――けれど、良いように大きくはなってくれていたな)
普通の子供の様に潜入し、時折様子見をしていただけだがファルマコンは主には忠実だったように思える。
大きくなっていくアドラステイア。行く先がなく、死するしか無い幼子達を『利用してあげる優しさ』。
そして、救済の舟は信ずることのない悪を全て洗い流す際には大いなる受け皿となり全てを救うはずだった――が、失敗した。
「わたしが、命を喰らうとき。それは肉なるあらたな生き物として息をすることだろう。
わたしが、命を作るとき。地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚はわたしのものとなる。
地を滅ぼす濁流は、わたしが零した血潮の一筋よりつくられる。
しかして、わたしを愛する者は救われるであろう。
わたしはわたしを愛する者にわたしの血肉を分け与え、導くことが赦された。
それこそが、終焉へと向かう方舟の主であるわたしのすべてだ」
「オウカ」
「お嫌いですか」
揶揄うように笑ったオウカにアドレは首を振った。
「……別に。嫌いだったら全てを洗い流してしまえばいいだけだから」
●
シェアキム六世の元に降った神託は、遂行者達の行動を予見していた。
その第三の予言に従って、サクラ(p3p005004)はリンツァトルテ・コンフィズリー (p3n000104)と共に『旧アドラステイア』にやってきた。
アスピーダ・タラサは現状にして崩壊状態ではあるが、その地を離れぬ孤児達を元から存在した騎士舎等を利用して孤児院として騎士団が面倒を見ている。現状では幼子達を養育する場もでもあったが――
「此の儘では、この地が水に飲まれるというならば……どれ程の者達が犠牲になるか」
「これまで全国を回っていたのは、様子見と『この準備』の為だったのかもね」
水だなんて、と呟いたサクラにリンツァトルテが頷いた。現状でもリッツパークに降りた帳は健在である。薄らと海面にも触れる『帳』が水の気配を孕んでいたことは確かだ。
「……利用されることは違いないだろう」
「うん。でもそれが神の国の中の話ならいい。帳が降りている内部だけならまだ、なんとかなる。けれど――」
これは現実に起こり得る事件だ。コレよりこの地を呑み喰らわんとする津波がやってこようとするのだ。
水が蠢く。苦くなった水に、呻く声が聞こえ始める。サクラは眼前に『自分と同じ顔の娘』を認めて立ち止まった。
「え――?」
「サクラ・ロウライトですね。
ご機嫌よう。オウカ・ロウライト……『本来の私』とは何方を指しているのでしょう?」
遂行者、とリンツァトルテの唇が動いた。その背後にはアドレが立っている。
「水は巨人となりおまえたちをも呑み喰らうだろう。救いの道はない。
僕はおまえたちを選ばない。僕はおまえたちを救わない。……やつあたりだよ」
「どう言う意味?」
サクラがぎろりとアドレを睨め付けた。肩を竦めたアドレは「オウカもサクラもどっちもどっちだよ」とオウカに囁く。
「いいえ、私の方が強いでしょう」
「……」
サクラは『オウカ』を眺めて居た。
「この際、私がどのようにして作られたかは関係はありません。全ては『正義』が為に」
「まあ、話は幾らでも出来るよ。あと、八つ当たりの意味を聞いたっけ……」
アドレは鼻を鳴らしてから笑った。
「――おまえらの所為でツロ様に怒られた!」
何て子供染みた理由で無数の人を水底に沈めようというのか!
- <アンゲリオンの跫音>われらは水底に眠る完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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紅い髪が靡いている。鮮やかに世界を見通す空色の瞳、纏うのは対照的な白だ。
オウカ・ロウライトと名乗る娘を前にして『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は困惑していた。
「………あれは、私………?」
帳の世界とサクラが称するのは『神の国』だ。そちらのサクラ、と呼ぶよりも、正確には此れまでのサクラを観測して作り出された遂行者と呼ぶべきなのだろう。その核たるものが何であるかは定かではないが、ひしひしと肌で危機を感じ取る。
「サクラ君の……そっくりさん!?」
目を見開いた『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)にオウカは「私のそっくりさんが其方の方なのですよ」と囁いた。
此方の真実があちらにとっては不実の象徴だ。良く分かる。遂行者とイレギュラーズは全く別の世界を見ている――けれど。
「あらあら、お説教も親の愛ですよ。子供じみていて可愛いですね。いいえ、子供でしょうか?」
遂行者を名乗る少年を前にして『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)の唇がついと吊り上がった。叱られた、と彼は叫ぶのだから、こうも言いたくなる。
――おまえらの所為でツロ様に怒られた!
それは彼が与えられた任務を遂行できていないからだろうか。
「正しさを押し付ければそれは正しさではない。何が正しくて何が間違っているかなんて、誰にも決めることは出来ないんですよ。
……あら。『ツロ様』はそんなことも教えてくれない保護者なのですね。お可哀想に」
星穹を睨め付けたアドレは「馬鹿だな、お前達が押し付けているんだろう。僕達に、この世界に、偽りの歴史を」と鼻で笑った。
常識が乖離している。それは『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)にとってはよく見るものだ。
「アンタ達の言う正しい歴史って、要は『ぼくのかんがえたさいきょうのれきし』でしょ?
ハッ! 笑わせるわね! だったら、ウチのガキ共も立派な神サマだわ。
アンタ達の騙る歴史は、あたし達が叩き潰す! ツロ様とか言う奴に追加でもう一回怒られる事ね!」
「嫌だ」
苛立ったよう叫ぶアドレにアレクシアは「嫌、だけじゃどうしようもないんだよ」と囁いた。
「アドレ君のことといい、相変わらずわからないことだらけだけど、1つだけはっきりしてることはあるよ! 負けられないってことだ!」
「僕も良く分かるよ。おまえたちは此処で終らせなくっちゃならないって!」
アドレから滲む苛立ちに静かな声音で「アドレ」とその名を呼んだ『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は向き合った。
「……アドラステイア、やはりこの都市も、あなた達の企みの一環だったのですね。
それならば、貴方が自由にこの都市を掻き乱していたのも納得が行きます。この都市で再び何かを企むと言うのであれば、阻止させていただきます」
「……正純」
少年は彼女の名を知っていた。アドラステイアが存在したときから彼女は自身を追掛けてきていた。
彼女の仲間と思わしきイレギュラーズが自身と彼女を親子と称したことにはやや面食らったが『母親という存在の居ないアドレ』は彼女をそうした目では見やしない。
「アドレ」
「分かってる、オウカ」
――見やしないが、一寸戸惑って仕舞ったのも本音の内だ。
「アドラスティアは、かなしいことがたくさんたくさんあった場所。……なのにこれ以上、かなしいことをするのですか?
アドレ様は、かみさまのいうことは絶対だって言いました。アドレ様にとっては、これが正しいことなのですか?」
「そうだよ」
それは『くるしい』ことではないかと『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は唇を噛んだ。僅かに指先が震えたのは恐ろしいことが起ころうとしているからだ。
「かみさまのことも、アドレ様の八つ当たりのことも、ニルには、わかりません。
……でも、それでここのみなさまが傷ついていいとは、ニルは思いません」
ぎゅっと杖を握り締めたニルの言葉を繋ぐように「そうだよ」と『神をも殺す』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は囁いた。
「また此処で斯うして戦うだなんて思ってもみなかった。皆で倒した神様……ファルマコン。そしてアドラステイアの悲劇。また繰り返しなんかさせないよ」
「僕にとっても、アレは悲劇だった。だって、失敗したんだからさ」
「アドレ」
叱るようなオウカの声に、アドレが「オウカは黙っていて」と振り向いた。アドレは失敗したからこそあの都市を手放した。その結果は残された終焉獣が生き延びるために子ども達を喰らわんとしたのだ。
その様子は妖怪である『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)から見ても恐ろしいものだった。繰返す様が見たくないというのは鏡禍とて同じだ。
(サクラさんにも似た方……それに、ファルマコン……いや、余計な事を考えるのは止めましょう)
海が唸りを上げている。迫り来るその気配を、今は払い除けなくてはならないのだから――
●
影が形を作り続ける。それは、修道女を思わせるフォルムに変化しながらも滅びの気配を宿していた。
蒼き双眸が『影』を睨め付けた。アレクシアはそれが何かを知っている――ファルマコンだ。
「逃さないよ! 私も護りには自信があるんだ! 我慢比べと行きましょうか!」
手にした杖の先に魔力が宿された。テロペアの魔力塊は鮮やかな紅色へと染め上げられる。花の魔力を身に宿した魔女へと影は奇妙な方向に頭を歪めた。
「行きなよ、ファルマコン」
囁くアドレを睨め付ける。リアは周辺全てを巻込むようにファルマコンの元へと飛び込んだ。至近距離で女を形作った影を見上げれば三日月を形作った唇がけらけらと笑っている。
ファルマコンが腕を伸ばすよりも先にニルは周辺へと結界を張り巡らせる。出来うる限り、この周囲を守り抜きたいと考えてのことだ。
(――行ってらっしゃい)
ニルの唇がはくはくと動いた。ファミリアーの鳥はリンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)と共に進む。青年はサクラとオウカの姿に目を瞠ったが、イレギュラーズを信頼して自身の背中を託した。
その信頼に応えるかのように、ニルはファルマコンを真っ向から見詰めている。少しでもアレを早く斃さねばならない。リンツァトルテが子ども達を助けに行ってくれている。彼ならば屹度――けれど、此処を任せてくれた彼は命を預けてくれているのだ。
(……アドラスティアで、エーリク様は大怪我をしました。
あんなふうに傷つくひとを減らしたいから、かなしいことは、なくしたいから、ここから先には行かせないのです)
ニルの友人であるエーリクはようやっと日常を取り戻したばかりだ。榛色の髪をした彼が優しく笑う姿を思い出す。
あの笑顔だってこの場所では見ることは出来なかった。指先に力がこもる杖の先に魔力が灯される。
するりと前へ、走り抜けていくフラーゴラはキャンディを食む。赤い飴玉が鼓動を早くする。もっと早くと掻き立てる。
出口の見えない迷路を駆け抜けるように。フラーゴラは、先が見えなくてもただ一つの背中を追掛けていた。だからこそ、戦える。その人との未来を開くが為に。
「……鏡禍さん!」
呼ばれた鏡禍は妖怪としての力を纏い炎の気配に身を包んだ。内より出でるそれは、騒霊達を引き寄せる。小さく頷いた少年の体を包み込んだのは独りの娘の執念だ。
周辺全ての気配を引き寄せるようにしてイレギュラーズは戦っている。ファルマコンのサポート役であると自らを定義していたアドレの眉が吊り上がった。
「不愉快」
「……何が、と聞いてもいいでしょうか?」
星穹の瞳が細められた。濃紺の籠手をぐんと前へと伸ばす。銀鞘より引き抜いた華奢な刀の先はファルマコンにだけ向いている。
アドレは直感的に『この女は腹が立つ』と認識した。それはツロへの侮辱を行なった存在だと認識したからだ。だが、敵からの評価としてそれは一刀素晴らしいものであると星穹は直感していた。
何故か? 単純だ。アドレという少年は分かり易い程に煽り耐性がない。星穹はくすりと笑った。ファルマコンも、騒霊も、その攻撃を受けたって倒れない。アドレからすれば不愉快だろう。だからこそ――
「……案外頑丈なんです、私。お嫌いかしら?」
「大嫌いだよ」
アドレは囁いた。周辺を飲み込んで行く漆黒の気配。正純が構えた弓は宿命をも射貫く。眼前のファルマコンがにたにたと笑っている。
「アドレ君、また会ったね」
アレクシアはファルマコンを引付けながら、アドレを見た。鮮やかな紫色の瞳は何時如何なる時だって敵意に満ちている。
「君としちゃ、あんまり嬉しくないことかもしれないけれど、私は会えたからこそまだまだ聞きたいことがたくさんあるんだ。
こないだ、預言者ツロがどうって言ってたでしょう? その人とはどういう関係なの?
ただの上司と部下が、『従うのはあの人だけで、僕を利用するのはあの人の権利だ』なんて言わないでしょう」
「ツロ様は、ツロ様だ」
まるで子供染みた言い草だ。アレクシアはむっと唇を尖らせた。彼女にしては子供染みた仕草であったかもしれない。
永久にも等しいように時に寄り添う幻想種にしてはアレクシアは随分と年若い。故に、人らしい仕草を見せたのだ。
「だいたいさ、もっとそっちのこと教えてくれてもいいじゃない! こっちのことはよく知ってるんでしょ?」
「……驚いた」
アドレはアレクシアを見た。
そうだ、その通りだ。アドレはサクラや正純だけではない。アレクシアも、リア、星穹や鏡禍、フラーゴラにニルの事だってそれなりに把握している。
アドレにとってのアレクシアとは即ち『冠位怠惰』に汲みした魔種を封じ込めるという荒唐無稽な荒業をやってのけた魔女だ。そんな彼女が拗ねたように言うのだ。
「あら、驚いたって顔じゃないの。まあ、いいけれど。アドレ。悪いけど、暫く付き合って貰うわよ!」
リアが堂々と声を響かせる。戦場のコントロールを担うのは何もアドレだけではない。アレクシアと自らを出来る限りの継続戦闘に適させるために支える事でリアも盤上をコントロールせんとしてみせるのだ。
「……おまえ達って、本当に理解出来ない」
アドレがぼやいた。星穹は「人に『おまえ』などと言ってはならないでしょう」と母のように口にする。
「いいかしら、僕。子供の間違いを叱るだけの大人に付き従う意味は無いのですよ。
子供はずうっと成長期。叱った後は、たくさん褒めてあげないといけないんですからね」
「本当に僕が子供で、庇護者であったならばいいのにね」
アドレが蔑むように笑った。星穹は眉を吊り上げる。幼い子供ではないのか、精神性による外見であるのかは定かではないが――彼はまともな生育環境に置かれていない。それが口を開いて何と言葉にするべきか迷うほどであったのだ。
「そうですよ、アドレ。貴方や、貴方の言うツロ、それに聖女でしたか。
彼女が何を企もうとも必ず止めてみせます。本来の歴史も、今の歴史もそこには営みをする人がいる。
それを脅かすのは悪いことだから……悪いことをした子は叱らねばなりませんから」
「カロル――ルルの事は叱ってやれば良いよ。ちゃんと反省できる『良い子』だから、あれは」
「あなたは」と正純は問おうとしたがそれ以上は彼は口にしない。
カロル・ルゥーロルゥーを名乗った『神託の娘』とアドレの何が違うのか。
理解も出来ない。騒霊の位置を確認しながらもニルは不安げにアドレを見遣った。彼の事を分かってやりたい、寄り添えば何かが変わるのだろうか。
ただ、そうはさせやしないと言うかのように自らの事を直隠しにするのは彼がこちらと分かり合おうとはしていないからだろうか。
「アドレ様……」
ニルは眉を顰めた。有りっ丈の一撃を叩き着けながらも周辺の確認をする。最初からファルマコンを狙っていた。アドレの騒霊も手分けをすれば何とか退ける事も叶う。
此方を見ているオウカは直接的に戦う気は無いのだろうか。彼女が手にしている歪な気配が聖遺物なのだろうと感じる。
(……あれを、壊してしまいたい、ですが。オウカ様が、手にしているならばニルは手出しはしません)
ここでオウカを戦闘に巻込んでしまえば、遂行者達との全面対決となる。それは避けておきたいとニルは考えたのだ。
(リンツァトルテ様は、避難をこなしてくださっている。ニルが、此処で食い止めれば、もっと、沢山の子供が救える)
杖を握ったニルの表情から避難が安全無事に進んでいることを理解してフラーゴラは小さく頷く。周辺の戦場確認をしてから「あっちだよ!」と声を掛けるフラーゴラに鏡禍は頷いた。
騒霊を引き寄せ走る。全てを受け止めて、自らに引き寄せた騒霊達は無尽蔵に増える。だが、そのコントロールにアドレは注力して居るのだ。
(なら、此れを全てコントロールできれば、ここは抑えられる……!)
鏡禍は増え続ける騒霊に僅かな焦りを滲ませたが、この戦場の要である『アドレを抑える』事に注力した。
傷を受けたならば自らを修復する。支えるニルに頷いて、フラーゴラが前へと行けるように背を押した。
「もう一度ワタシは神だって殺してみせる!」
フラーゴラは叫んだ。何がファルマコンだ。何が神様だ。偽物のくせに、人を愚弄する。
フラーゴラが大地を蹴った。押し込むならば此処だ。
「正純さん!」
「ええ、そうしましょう」
弓がきりりと音を立てた。放たれたのは夜明けの一射。明けを知らせるそれがファルマコンの影を全て霧散させ、消え失せさせる。
瞬時に、オウカが踏込んだ。
「来たよ!」
叫んだフラーゴラがオウカとサクラの間に割り込んだ。唇をつい、と吊り上げたオウカが「その様に恐ろしい顔をなさらないで」と首を振る。
「さっき聞き捨てならない事を言ったよね。自分の方が強いって。言葉はいらない。剣で確かめる!」
サクラが剣を振り下ろした。オウカはそれを受け止めて、くすりと笑う。
「……その技、まるでお母様を相手にしてるみたいだよ!」
「貴女こそ、その喧嘩早さは母のようですね」
サクラの眉が吊り上がったがオウカは其の儘、聖骸布を手に祈りを込める。
「……何をする気?」
「そこの『役立たず』を連れて帰らなくてはならないのです。あれでもツロ様にとっては大切な手駒でしょう」
オウカに指されたアドレが唇を噛み締める。桜花の手にしていた聖遺物が眩い光を帯びた。それが此処での戦闘を終える事を示していると気付く。
『偽・不朽たる恩寵』を受けた聖骸布は即ち戦場からの脱出用にその能力を発揮するつもりであったのか。
「……オウカ様、此処から離脱なさるおつもりですか」
問うた星穹に「この歴史も必ず消し去りますから、今は此れで良いのですよ」とオウカは笑った。
「歴史を否定するということは、これまでの歩みを否定するということ
私達は確かに遠回りをしているかもしれない。それでも。
これまでの足跡が無駄だったなんて。間違っていたなんて。思うことは、微塵もありません」
星穹は凜と言い放った。アドレが酷く苛立ったように睨め付ける。
「間違いだったんだよ、何もかも」
リアがはんと鼻を鳴らした。まるで幼い子供相手にする仕草だ。
「歴史ってのは今を生きている人々が歩んできた後に作られるもの。
……確かにアンタ達のこの行いも、この世界に刻まれるべき歴史のひとつかもしれない。
でもね、このやり方は否定するわ。アンタ達の言う正しい歴史は、決して実現はしない。
今この場の様に、アンタの思い通りになんかならないわ。良く覚えておく事ね」
リアはにいと唇を吊り上げて笑った。そうだ、彼等がいたことを嘘になんかしてやる物か。
向こうが此方を無かったことにしようとしたからと此方が歴史の闇に葬ればやっていることは同じのことだ。
これも歩みの一つなのだ。
「ま、これから先アンタが諦めるまで、アンタ達のやる事を阻止し続けてやるから、嫌でも忘れないと思うけど!」
●
「何時も失敗ばかりなのですね」
オウカが囁いた。ぴたりと歩みを止めたアドレが振り向きぎろりと睨め付ける。
「ああ、恐ろしい。帰りましょう。ツロ様がお待ちですよ。
リスティアちゃんも、アリアさんも帰ってきているかしら。……『次の準備もしなくっちゃ』」
アドレを追い越して行くオウカは彼の視線の鋭さなど気にも留めていない。所詮はアドレの駒程度に認識しているのだろうか。
正純は立ち止まったアドレを真っ向から見詰めている。幼い少年の姿をした、アドラステイアの『元聖銃士』――いや、正純は此れまでの彼を見ていて違和感を覚えて居た
「……話しても?」
「答える義理はないよ、正純」
アドレは呟く。目的を聞いたってはぐらかされるだけだと理解している。うだうだと会話するよりもシンプルに殴られた方がやりやすいのだろう――けれど、此処で対話を止めれば彼を理解することは出来ない。
「アドレ、貴方は混沌世界の住人なの。それとも『帳』の世界の住人なの?」
サクラの問い掛けにアドレは「少し正そう」と首を振った。『帳』の世界と呼ぶべき異世界が存在して居るわけではない。アドレ達がそう振る舞っていたのは確かだが、事実は違うのだと言う。
「君の言う『帳』の世界も、僕達が言う真実……『神の国』もそれは僕達にとっての神様の権能そのものだ」
サクラはぴくりと指先を動かした。何となく予感があったのだ。アドレも、聖女ルルも。自身とは絶対に相容れない存在なのではないか、と。
これまでの魔種達は、仲良くなったならば封じ込めることで魔性を鎖し、いつかの日に魔種が人となる時が来たならば手を差し伸べようと考える仲間達が居た。
(けれど――違うのか、ああ、そうだ、確信だ)
サクラは真っ直ぐにアドレを見た。
「この世界がアドレの神様……ううん、『冠位傲慢』の権能に覆われてしまえば私達が。
そして、『冠位傲慢』を斃せば貴方達が消える。そんな予感がしてた。此の儘手を拱いていたら貴方は――」
アドレは応えはしなかった。アレクシアは唇を震わせる。
ああ、こんな事を聞いてしまえば彼の信仰はアレクシアとは相容れないものだと確定してしまう。
「……君のことが知りたいんだ。事の次第によっては私だって何か手を貸せるかも知れないと、そう思ったんだ」
「僕は、それ程弱くない。手を借りて、返せるアテがないなら手を離すべきだ」
アドレは静かに呟いた。アレクシアは唇を噛んだ。貸し借りを為たいわけでもない。恩を売りたいわけでもない。
けれど、利害関係の一致しない敵対対象とわかり合うことが難しいことも知っている。
彼は自身の存在を維持するために冠位魔種に汲みして居るのならばそれを越えるだけのものを用意せねばならぬのだから。
「サクラ・ロウライト、おまえの察したとおりだよ。僕は人間じゃない。
聖遺物と滅びのアークが結びついて産み出された、冠位傲慢の使徒の一人だ」
アドレは囁く。冠位傲慢の第一の使徒である預言者ツロを支える為に産み出された。アドレ、騒霊を操り『逃れざる死』を手繰る者。
サクラはそれでも『その体を保つことが出来る可能性がある』気がしてならなかったのだ。それが何かはわからない。唇を噛み締めた騎士の娘を一瞥してからアドレが浅い笑みを浮かべて見せた。
「僕の名前を教えてあげる。
――アドラステイア。おまえたちが、厭うあの都市の本来の神の座は僕であり、ファルマコンは僕の騒霊の一つだった。
僕はツロ様に従ってあの都市を作ってファルマコンをその座に着けた。コントロールが叶わなかったのは僕が未熟だったからだ。
……あの都市が生まれた理由が僕だったならば、お前達は僕を殺すだろう。恨めば良い、呪えば良い。
僕は、誰のことも悼んだりはしない。伽藍堂の僕は、ただ、『存在意義(そうあるため)』だけに神の意志を遂行してるのだから」
目を瞠ったアドレは「アドラステイア」と囁いた。遁れざるもの。
ああ、あの都市で子ども達は何と云ったか。
――我らの神よ 今日も幸福を与え賜え。
(アドレ、それは――あなたの願いだったのではないのですか)
正純はそう言えないままに、背を向け姿を消したアドレの向かった方向ばかりを眺めて居た。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
GMコメント
夏あかねです。第三の予言。
●成功条件
・アドレ&オウカの撤退
・『ファルマコン』の影の撃破
●フィールド情報
旧アドラステイア入り口付近。崩壊した家屋の影からは子ども達が覗いています(リンツァトルテが避難誘導を行って居ます)
後方には海が存在し、疑雲の渓も程近くです。地の利で言えばアドレに軍配が上がるでしょう。
●エネミー情報
・『ファルマコン』の影
アドレとオウカが連れて遣ってきた影の天使です。『聖ロマスの遺言』と呼ばれる書の切れ端が埋め込まれており、呼び声を発し続けます。
周辺にいる孤児達に影響が出る可能性があるために早期に撃破することが求められるユニットです。
非常に強力なユニットではありますが、ファルマコンと呼ばれた存在の外見をしながらもその能力は全てをコピーできたわけではなさそうです。
黒い靄を纏っており、その姿は巨大にも見えます。行く手を遮るには三人程度が必要となり、攻撃は広範囲を対象にした物が中心です。
また自己回復能力に優れ耐久にも自信がありそうです。どちらかと言えば欠けたのは攻撃力でしょう。
・『遂行者』アドレ
色々と隠し事の多い少年の姿をした遂行者です。
天義によくある名前として偽名はアーノルド、自らの本名はアドレ・ヴィオレッタであると宣言しています。
アドラステイアの聖銃士でしたが、どちらかと言えばアドラステイア創設に関わっているそうです。
悪魔と呼ばれる奇妙な騒霊達を使役する能力を有しています。ファルマコンが戦うのでアドレ自身はサポートのつもりです。
此処で死ぬ気はありません。ファルマコンが撃破された際には撤退します。
・騒霊達
アドレが使役する『デモーン』です。無数に存在しています。
ターン毎に出現します。所期では30体。アドレの指示を聞き、個体ごとに特色が有るようです。
・『遂行者?』オウカ・ロウライト
サクラさんに良く似た姿をした『本来のサクラ』を名乗って居る遂行者です。聖職者であり、正義に対してより強い思い入れがあります。
非常に穏やかですが他者を利用する狡猾な面もあり、アドレのことも只の協力者程度として扱っているようです。
アドレ共々後衛タイプではありますが、母譲りの武術を身に着けているためオールラウンダーとも言えるでしょう。
アドレに基本的には従います。『偽・不朽たる恩寵』と呼ばれる恩寵を自身の有する聖骸布に有しています。
何らかの効果を発揮しますが、それはアドレとの逃走時に発揮される可能性が高そうです。
●NPC等
・リンツァトルテ・コンフィズリー
天義の聖騎士。コンフィズリーの不正義で知られた家門ですが現在はその名を立て直すが為に邁進中。
戦いに対しては真摯で指揮官としての経験も高く、頼れる騎士です。現在は周辺孤児達の避難誘導に当たっています。
・アドラステイアの孤児
影からこっそりと覗きに来た孤児達です。数は不明。瓦礫の間から覗いていたりします。
ファルマコンの影響を受ける可能性があるためにリンツァトルテは彼等の誘導を行って居ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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