PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>黒翼の羽搏き

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●第三の預言
 ――水は苦くなり、それらは徐々に意志を持ち大きな波となり大地を呑み喰らう事でしょう。

 それは、鉄帝国と聖教国の国境にほど近い場所から始まった。
 聖教国が建設した『気高く聳え立つ聖塀』により隔たれしその地は、木々が密集し黒く、日中でも非常に薄暗い陰鬱な空気を纏っていた。凍らずの港を望むことの出来る海岸線へ通じる街道は『ハープスベルク・ライン』と呼ばれ、巡礼者達が立ち寄る教会や宿場町が存在している。
 その地で――
「うっ……」
「なにこれ」
「……どうして?」
 水を口にした人々は、酷く顔を顰めた。
 昨日まで普通に飲めていた水が、『飲めなくなった』。
「まるでこれは――」
 ある者が言った。これはニガヨモギではないかと。
 それは強い苦味のあるもので、聖書ではしばしば苦しみや裁きの比喩として用いられるものだ。
 信心深い者は言った。誤りの神とその信徒に真なる神が怒りているのだ、神罰だ、と。
 水が飲めなくなれば、人はどうなるか――。
 ……人々は決断を迫られる。

●黒衣の騎士
 シェアキム六世の元に新たな神託が降った。
 神託はみっつ。どれもが遂行者の『行動』を予見するものであった。
 それに対応すべく、イレギュラーズたちは黒衣の騎士として騎士団から借り受けた会議室にて相談を重ねていた。
「誰かが来たみたいだね」
 俄に廊下がバタついて、劉・雨泽(p3n000218)が確認しようと扉を開けた。……それがいけなかった。
「ジルーシャさん、大変です――あっ」
 廊下を駆けてきた少年――アスワドが、急いで室内へ……と扉に手を伸ばしたタイミングで開いたものだから、アスワドは手にしていた資料を全て落とし、自身も尻もちをついた。
「アラ大変! 大丈夫、アスワド」
「ごめんね、アスワド。僕の開けるタイミングがすごく悪かったね……」
 慌ててジルーシャ・グレイ(p3p002246)が駆け寄って、もうっと雨泽をひと睨み。
「アスワドさま、おけがはありませんか? おしりは痛くありませんか?」
「あっあああっ、ご、ごめんなさいっ」
 杖を手に近寄ったニル(p3p009185)が手を差し伸べ、アスワドを立たせた。アスワドの謝罪は、ニルにだけでなく、撒き散らしてしまった資料をしゃがみ込んで集めてくれている雨泽やジルーシャ、メイ(p3p010703)にも向けられたものだ。
「ごめんなさい、ぼく……」
「怪我もなくてよかったです、アスワドさん」
 机でトントンとして綺麗に揃えた資料をメイが手渡した。
「アスワド、何が大変なのか聞かせてくれる?」
 大丈夫そうねと判断したジルーシャが促せば、アッと口を開けた。
 身を正して報告しますと口にしたアスワドは、国境付近の現状を報告する。
 水が飲めないほどに苦くなり、住民たちが困っていること。
 そして旧アドラステイアには、未だ離れられずに残っている孤児たちがいること。
「水が苦くなった、ね……」
「預言とおなじです」
「それじゃあ次は『波』、なのですか?」
 海岸も近いため、津波のような大きな波か、もしくはそれ以外の――。
 考えられることはいくつもあるが、ひとまず必要なのは住民たちの避難だろう。
「……あのっ」
 意を決したような声に、どうしたのとジルーシャがアスワドに視線を向けた。
「ぼくも連れて行ってください!」
 無理は承知でのお願いですとアスワドが頭を深く下げる。
 アドラステイアに残されている子たちは孤児たちで、過酷な環境に居る子たちだ。孤児という同じ立場のアスワドは、自分にも出来るのなら、彼等を救いたいと願っている。以前、イレギュラーズたちが自分たちにそうしてくれたように。
「じゃま……にはならないように、頑張ります。出来ることだけします。だからどうか、ぼくを――!」
 支給されて日の浅い黒衣をぎゅうと握りしめ、アスワドは訴えた。
 ニルとメイの頭上で、雨泽とジルーシャが視線を交わす。
「僕も行くよ」
「決まりね」
 雨泽が顎を引き、ジルーシャが頑張りましょうねと微笑んだ。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 遂行者たちが何やら動き出したようですね。こちらは『第三の預言』への対応となります。
 OPに出ていること以外はPL情報となります。

●成功条件
 孤児たちが2/3生存していること

●シナリオについて
 預言の一節の通り、旧アドラステイア周辺の水は酷く苦くなり、飲めたものではない状態となっています。同時に海が蠢き始め、そこから巨大な波(化物)が出現してきています。
 巨大な波――影の艦隊に蹂躙される前に、旧アドラステイアのとある孤児院の孤児たちを救いましょう。
 どこを避難所とするか、どう処置をするか等、プレイングに説得力を持たせると孤児たちの生存率が上がるかと思います。

 イレギュラーズたちが孤児院に到着すると、遠目に怪しい姿が見えます。十中八九敵だろうと感じられることでしょう。また、それらを孤児院に近付けてはいけないと焦燥めいた思いを抱くかも知れません。

●フィールド:旧アドラステイアこと『アスピーダ・タラサ』とある孤児院
 旧アドラステイアは崩壊状態にあります。
 ですが騎士団による復興活動も行っており、内部にある使えそうな建物を孤児院として、アドラステイアから離れようとしない孤児たちのその日を何とか支えている状態です。
 廃墟同然に酷く崩壊している区画となるため瓦礫等が多く、荷馬車等の乗りいれは難しいでしょう。

●影の艦隊(マリグナント・フリート) 3体
 これは遂行者サマエルの部下である、狂気に陥った旅人(ウォーカー)・マリグナントの影響で生まれた影の天使を改変した存在です。高い攻撃力を誇り、1:1で倒せるような相手ではありません。
 相手の『心』を探ったり、のぞき込んでトラウマを刺激してきます。遠目では『影で出来た人間』に見えますが、相対すると『対峙したひとの信頼する相手』に見え、幻聴も聞こえます。あなたは『この存在を守らねば』と強く思ってしまいます。
 孤児たちには彼等が『ファザー』に見えるようで、出会うとついていってしまいますし、イレギュラーズが攻撃しようとすればファザー(影の艦隊)を守らんとイレギュラーズと敵対します。
 戦艦の大砲や高射砲のような、近代的な装備を用いて攻撃してきますが、術中に陥っている間は違和感を覚えません。

●孤児たち
 未だに旧アドラステイアを離れられない子どもたちで、20名くらいいます。
 ほぼ洗脳状態で、この地を守らないといけないと思っており、守って殉教することが正しいと思い込んでいます。
 危機を感じていないので、助けを求めておりません。が、ひどい脱水状態の子を助けたくて困っている子はいます。
 食べ物や飲み物を求めて孤児院から少し離れている子たちもいます。
 夏場、そして飲めない水。『波』が来なくとも、命は刻一刻と失われていきます。

●同行NPC
 やってほしいこと等がありましたらプレイングで指示を出してください。
 両名とも救出側で動きます。

・劉・雨泽(p3n000218)
 ローレットの情報屋で冒険者。救出のため、同行します。
 子供数名を抱えて走れます。
 アスワドが危険が迫った場合は、守ったり撤退させることを優先します。

・アスワド
 以前イレギュラーズたちが救った孤児院の子供。現在はとある貴族邸で暮らしており、黒衣の騎士見習い(ジルーシャさんの従者)として黒衣を纏っています。
 孤児院育ちの彼は、自分と似た境遇の子どもたちが不幸な目に合うのはとても悲しく思います。できるだけ皆さんの力になりたいのですが、アスワドはまだ幼く、そしてイレギュラーズではないため非力で、経験豊富なわけでもないため心も乱しやすく……出来ること少ないでしょう。ですが、彼は最後まで諦めません。
 関連シナリオ:白は灰に、灰は黒に

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。

【1】影の艦隊
 影の艦隊の相手をします。

【2】避難救助
 孤児たちの救出活動を行います。

  • <アンゲリオンの跫音>黒翼の羽搏き完了
  • GM名壱花
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年08月24日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ


「はやく、はやく……!」
 ドレイク・チャリオッツに乗せた荷が、石で車輪が跳ねる度にガッタンと大きく跳ねて鳴いていた。整備されていない道を駆けていく亜竜車の御者席に座った『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は気持ちを焦らせながらも背後を振り返る。水が入った瓶は、仲間たちが守るように抱いてくれていた。大丈夫、割れていない。
 急を要する案件だったから、積荷を用意する時間は殆ど無かった。天義ですぐに購入できるものだけを購入し、それでもありったけな気持ちを詰め込んでイレギュラーズたちは今、旧アドラステイアへと向かっていた。
「何が預言よ、天使の喇叭吹きの真似事かしら」
「飲み水を奪う……偽りだろうと本物だろうと、こんなことを望むのが『神様』な訳ないわ」
 現地へと向かうイレギュラーズたちの心境はほぼ一緒だ。憤りを含ませた『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)の声を聞いて、『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が小さく呟いた。何が神様よ、と。
 けれどルチアは、『ヨハネの黙示録』を知っていた。練達に住まう人等が『地球』と呼ぶ場所を知っている者で、信心深い旅人(ウォーカー)ならピンと来ることだ。
「私の世界では、聖書に記されている内容よ」
 それは、『第三の御使がラッパを吹いた時、天からニガヨモギと呼ばれる星が川へと落ち、落ちた水が飲めない苦さとなり人が大勢死ぬ』という内容だ。この星は、神であるとも天使であるともされている。
 神は人を救うものではなく導べであり、人が誤てば滅するものだ。
「神気取りなのが気に入らないわ」
「そう……よね」
 神託は――神意は、滅び。それを覆すためにイレギュラーズたちは空中神殿へと呼ばれたことをジルーシャは思いだす。
「……ボクの世界にいた神様達も悪い事をした人達に罰を与えることもあったよ」
 多くの神が人と共に生きている世界で生まれた半神半人の『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)がポツリと零した。けれどそれは罰を与えるためだ。
「予言だ何だは、わしにゃ良く分かりませんが……」
 見えてきている旧アドラステイアを視界に収めてから、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は安全確認のために周囲へと視線を巡らせる。生命が謳歌する夏の季節だというのに獣の声も聞こえてこない。獣も鳥も、水が飲めないと解って立ち去ったのだろう。
 ひとつの小国のような独立都市――歪な在り方であったアドラステイア。かつては堅牢な塀を持っていたが、今はその影もない。直されぬままあちらこちらの塀が崩れ、廃墟と言える佇まいとなっている。
「ようやくアドラステイアもどうにかなろうかっていう時に遂行者どもめ……」
 あの向こうに自分の意志で出ることが出来ない子どもたちが居るのだと思えば、『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)とて痛罵の声も挙げたくもなる。
「……水を奪うなんて酷いことするもんだ」
「いよいよ以てやることが陰険になってきたじゃないか」
 彼等がこれから向かうのは旧アドラステイアだが、鉄帝との国境際に住まうすべての人々の苦しみに『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が眉を寄せ、子を持つ母である『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は憎々しげに言い放った。
「こんな風に死んじゃっていいはずがないよ、絶対に全員助け出そう!」
「全員助ける! ダメだったとしても可能な限り助ける! 話はそれからだ。立ち上がり直したところをむざむざ奪われてたまるか!」
 イレギュラーズたちは遂行者と預言に対して怒りを募らせながら、取り残されている子どもたちの元へと急いだ。

 旧アドラステイアには幾つもの孤児院があるが、アスワドと雨泽を含めた十二人に任されたのはとある孤児院だ。他の場所は他のイレギュラーズや騎士団が対処していることだろう。
「……ボロボロ、ですね……」
 想像していたよりも酷かったのだろう。廃墟という名に相応しい孤児院を眼前に見上げ、アスワドが足を止めた。孤児院を転々としたことのあるアスワドでも、こんなに酷い孤児院で世話になることはなかった。どんなに冷たかったり意地悪でも院長先生がいて、教育が厳しい場所でも子どもたちの笑い声があった。けれどここにはどれも無い。
「アスワドさん……」
 生活圏は世話になっていた孤児院で、今は貴族の元に身を寄せている。そんな彼にはこの光景だけでも衝撃的である事を察した『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は、重たいリュックの紐を支える手にぎゅうと力を込めた。がちゃん、とリュックの中で水の入った瓶が鳴る。リュックの中には清潔な布や水、食料。細いメイの肩にリュックの紐が食い込むような重さだが――メイはへっちゃらだ。辛いのは孤児の子たちや、この地域の人たちだ。へっちゃらなのだと、重たくないのだと自身に言い聞かせ、メイはリュックを背負い直した。
「急ぎましょう、アスワドさん! 助けにいくのですよ!」
「う、うん! そうだね。大丈夫、頑張れるよ」
「その意気です!」
 メイが年近く見えるからか、アスワドの言葉は砕けている。進める限界まで乗り入れたドレイク・チャリオッツから運んできた大切な水の入った瓶をぎゅうと抱きしめて、少しだけ足を止めてくれたイレギュラーズたちにごめんなさいとありがとうを伝えて少年は前へ踏み出した。
 孤児院の敷地内――恐らく塀だったと思われる瓦礫の範囲内――前庭と思しき場所に人影はなかった。家庭菜園と思しき土の膨らみに植えられた植物が枯れている姿が妙に切ない。その小さな菜園がこの地に残された彼等の生きる努力の結晶であることを知っているからこそ。
「ごめん、ください……みゃー」
 蝶番がひとつ外れて傾いている扉から『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が中を覗き込んだ。……返事はない。
 灯りのない、薄暗い空間だ。そこで何かがもぞりと蠢いた。
「人……!」
 孤児院の子供だとすぐに理解して祝音が駆け、雨泽と沙耶も後を追う。
「あ! あっちにも……!」
 動かないけれど丸まっている影を見つけ、メイとアスワド、ジルーシャが駆けていく。
「大丈夫!? 声は聞こえている?」
「酷いな……まだこんな小さな子供じゃないか」
 孤児院内の入り口近くに居たその子等は、どちらも少女であった。ぐったりと手足を投げ出して瞳を閉ざしていたが、イレギュラーズたちの声に反応してまつ毛が震えていた。
「無理をしなくても大丈夫。そのままで」
「お水を持ってきています。飲めますか?」
 ……み、ず。
 少女の乾燥した唇が、そう動いたようだった。はいと頷いたメイは少女の口元へと水が入った瓶を寄せた。けれど自力で飲む力が無くて、水は少女の頬をただ伝っていくだけだった。
「メイさん! 体に角度をつけて飲ませてあげて!」
 医療知識で自身の目の前の子の対処をしている祝音が叫んだ。祝音が作った雪玉入の瓶は体を冷やすのには良いが飲ませるのには適切な温度ではないから、体を支えている沙耶が水を飲ませている。
 出来ればスプーンで運ぶか水を含ませた布をゆっくりと絞って与えた方が良いのだろうが、窒息したりむせなように少量であることに気を付けながら水を与えれば――こくり、ゆっくりと喉が動いた。
「ゆっくり、ゆっくり……」
「大丈夫、でしょうか……?」
 ひとまずは危険がないようにと孤児院に結界を張ることを優先していたニルが様子を見に来た。少女が舐めるようにゆっくりと水を口にできていることにホッとした。
「メイとアスワドはこの子をよろしくね。アタシは近くに他の子がいないが見てくるわ」
 少女の体を支えていたジルーシャはニルも来たからと立ち上がると、アスワドを伴い入口付近の瓦礫の影を覗き込む。
 ジルーシャの『天の瞳』は、生命体の位置を正確に感知出来る。人か動物かは解らないが、ファミリアーを呼び出される前の孤児院内なら確実に人であろう。
(……ひとりで見に来て正解だったわ)
 ふたつあった命がひとつ、潰えた瞬間に遭遇してしまった。
 頑張ったわねと抱きしめたい気持ちを抑え、処置をした。

 孤児たちを孤児院から連れ出して安全な所へ避難させることが、此度のイレギュラーズたちのやるべきことだ。
 しかしまずは救助対象の身柄確保が優先される。現時点で孤児たちが何人居るのか、そして『波』がどういったものか知れないイレギュラーズたちが周囲の探索が必要となってくるのは、現状把握後であろう。
 しかし。
(『波』とは一体何なのだろう)
 周辺の地理の確認のためにもゼフィラはファミリアーの鳥を飛ばし、波とは何かと思案していた。
「あれは何だ……?」
「……ん?」
 ゼフィラの声に反応し、人を――動かない小さな子供を認識できる程度の低めの高さから俯瞰していたシキが少し高度を上げて見てみる。
「あれは……影?」
 超視力で見てはいないから、黒い何か、ということしか解らない。だが、何かが動き――こちらへと向かっていることが解る。
「影ってことは、天使?」
 遂行者たちはよく影の天使を連れている。それだろうかと焔が口にした。ゼフィラとシキはあちらから来る、とイレギュラーズたちが来た孤児院の正門とは反対側を指差した。ハイセンスが使える焔は自身の目でも確認すべく、駆けていく。シキがハイテレパスでルチアと支佐手にも知らせれば、ふたりはあれを近寄らせないために先行すると敷地内から出ていった。
『見えたかい?』
『建物や木々で少し見えづらいけど、ボクにも影の人っぽく見え――あ、ちょっと待って。こっちに子供が……!』
 こっちへ来てと焔が呼んだ。シキがそれをゼフィラへと伝えると、彼女は孤児院の裏手へと駆けていき、シキは建物内の仲間たちへ聞こえるように怪しい影が近づこうとしていることを大声で知らせた。
 ゼフィラが裏庭へ辿り着くと、焔が倒れている少年へと声を掛けていた。呼吸は荒いが言葉には少し反応があるようで、大丈夫だよと告げる声に迷いはない。
「日陰へ移動させよう」
 駆けつけたゼフィラが少年を抱え上げた。本来ふっくらとした健康的な朱を帯びているはずの頬は痩せこけていて、手足は木枝のように細く、抱えあげても子供のような柔らかさも重さもない。
(この年頃なら、成長期真っ盛りだろうに)
 年齢はニルの見た目よりも少し下、アスワドと同じくらいだろうか。少年が大切そうに何かを抱えていることに気がついて、ゼフィラと焔はすぐに『外へと食べ物を探しに行っていた』ことに気がついた。
 建物内の仲間たちへ伝え終えたシキが駆けてきて、ゼフィらと焔は彼女にそれを伝える。先行してくれている支佐手やルチアへ知らせる必要があったため、視認できる内にと急いで敷地外にも孤児たちが居ることを伝えた。
 パタパタと祝音のファミリアーが飛んできた。
『ジルーシャさんも外へ子どもたちを探しに行ったよ。僕等も孤児院内を探し回ってから近くを探してみるね』
 ハイテレパスで、もし子どもたちを見つけたら孤児院へとも祝音は伝えた。ニルが保護結界を張ったから、少しは安全なはずだ、と。
「外の変な影のことはボクたちに任せて。此処や子どもたちのことは任せたよ!」
「子どもたちの安全のため、全力で叩き潰してこよう」
 言い残すと、視界の端に飛んでくる黒い翼が見えた。焔とゼフィラ、シキはアスワドに少年を任せると、謎の影の人物の対処へと当たりに孤児院の敷地を脱した。

「聞こえたわね、皆」
 シキが庭で伝達事項を叫んだ頃、孤児院内に居たジルーシャがそう言った。彼の腕にはふたりの子ども。……ひとりは既に事切れている。アスワドから隠すように「任せたわよ」と雨泽へとふたりの子どもを託すと、「アタシが近付けさせないから」とアスワドへと告げた。
「皆のこと、頼んだわよ」
 何よりも黒いこの黒翼は光を集めて熱を持ってしまう。アスワドはきっと自身が水を飲むのを我慢してしまうだろうことを案じ、ジルーシャはアスワドにメイたちと孤児院に居てと告げた。
「はい。無理はしません。……ジルーシャさんも気を付けて」
「アリガト♪ ……雨泽、アンタも具合が悪い時は休むこと。無理したら承知しないわよ!」
「無理無茶無謀は僕の最も不得手とするところだから大丈夫だよ」
「私も先に周辺の子どもたちを探そう」
 駆け去っていくジルーシャの後に、沙耶が続いた。タイニーワイバーンと超視力のある沙耶は外での活動向きだ。
 ふたりを見送ると、雨泽はメイの側にひとりの子どもを寝かせた。
「水はジルーシャが飲ませてあるみたい」
「……もうひとりの子は」
 緩く振られる頭に、メイは察してきゅうと眉間を寄せた。
「……この子は少し離れたところに寝かせておくね」
 本当はすぐに弔ってあげたいけれど、今は命がまだある子どもたちを救うことが優先だ。離れたところに小さな遺体を寝かせて布を掛ける頃には、外にいる仲間たちとコンタクトを取るために祝音がファミリアーを飛ばしていた。
「倒れている男の子がいるみたい」
「ぼくが迎えに行くよ」
 ファミリアーの視界で得た情報を祝音が告げるとアスワドは大きく黒翼を羽撃かせ、裏庭へと飛んでいった。
「誰か、他にいませんか……!?」
 メイの側へと少女を寝かせたニルが精一杯の大声で孤児院内へと声を掛けた。
 自ら姿を見せた者は、まだひとりもいなかった。きっと侵入者だと、警戒しているのだろう。
「お水もご飯もありますよ! 動ける方は自分で取りに来てほしいです!」
 メイも声を張り上げた。ぐわんぐわんと廃墟のような孤児院に声が響く。
 すぐに出てきてくれなくても構わなかった。今眼の前にいる子どもへの処置をして物盗りではない姿を見せ、ひと通り処置を終えたら探しに行くだけだから。
「何人居るのかだけは知っておきたいです、ね」
「そうですね」
 人数の把握は大切だ。此処に残っている子どもと外に出ている子ども、それだけはどうにか知らないといつまでも探し続けねばならなくなり、ここから離れることができない。
 こつん、からから。崩れた壁の小石なのだろう。階段から小石が落ちてきた。ファミリアー越しのハイテレパスでの会話を終えた祝音が顔を上げれば、今にも壊れそうな二階の柵から覗く幾つかの幼い顔と目があった。


「おんし、ここの子ですかの?」
 木々の合間に見えた小さな背中が大きく跳ねた。シキからのハイテレパスで食料を――水分を多く含む果物辺りを探しに出ている子どもだとすぐに察しながらも、支佐手は尋ねる形で声を掛けた。
 少年の手にあるのは少し干からびた果実だった。店に並んでいるような瑞々しさも形の良さもない。それを土と血で汚した手で抱える少年の顔には驚きや警戒は見て取れるものの、其れ以上の感情はなかった。苦しい生活に慣れきっているのだ。
 支佐手は少年へ害を及ばせる存在ではないことをアピールしながら膝をついた。
「孤児院に水と食料を運んできたもんです。……よう頑張ったのう。後んことは大人に任して、水でも飲んで休んどきい」
 同時に水の入った瓶を差し出して、置きそびれてきてしまったこれを孤児院へと届けてくれないかと頼めば、少年はそろそろと手を伸ばして受け取った。水を他の子へ先に飲ませてやりたいのだろう。少年はすぐに孤児院の方へと駆けていく。
 瓶を持っていれば、イレギュラーズたちにも他の仲間が接触したことが解るだろう。さて、と支佐手はすぐに立ち上がる。確か遠目にはこの辺りに――。
「宮、様……?」
 影の姿を見ようと見遣り、支佐手は信じられないものを見たような声でそう呟いた。
(宮様がこんな所にいらっしゃるはずが。いや、まさか)
 ありえない、と頭は理解している。けれども本当にありえないのだろうか。その可能性は1%でも無いのだろうか。もし本物なれば、支佐手は――
「……ファザー!」
「待って!」
 茂みから、少女が駆けてきた。その後方にはルチアが居て、彼女を止めようと手を伸ばしている。けれど、何かを見たのだろう。ルチアが驚きに瞳を開いて足を止めた。
「支佐手君、その子を止めて!」
 遠くから響いたのは、焔の声。支佐手が慌てて少女へと手を伸ばして止めるが、眼前の『宮様』はおかしなことを口にした。曰く、支佐手の周囲に居るイレギュラーズたちに狙われている、と。そしてその子どもを手放し、己を護れ、と。
「ありがとう、支佐手く……えっ、そんな」
 追いついた焔も足を止めた。
「どうして……」
「焔殿! ルチア殿!」
 支佐手が強く名を呼ぶ。眼前では『宮様』が何事かを口にしているが、既にそれらはすべて支佐手の気を逆なでするものだ。
「騙されんでください。あれは敵です!」
「そう、だよね。うん! だって、あんなこと言うはずがない!」
「ごめん。ぼーっとしちゃった。回復は任せてくれていいよ」
 ファザーと叫んで支佐手の腕の中で暴れる子どもをルチアへと預け、支佐手は腰の剣を抜いた。
「宮様を騙った罪、その身で贖ってもらいます!」
「もし本物だったとしても――全力で止めるよ!」

 皆が散り散りとなっては連絡が行き届かなくなるから、ファミリアーが二羽いるニルは戦っている仲間の側に一羽。もう一羽はハイテレパスを使える祝音が見える範囲で子どもたちを探させていた。
「ごめんね、ニル」
「いいえ、雨泽様」
 雨泽が謝辞を口にしたのは、子どもの遺体を井戸から引き上げる現場にニルを居合わせてしまったからだ。飲めないほどに苦いと知っても最期に水を欲し、足を滑らせてしまったのだろうその子の報われない霊魂を成仏させた雨泽が少しだけ困った顔をしていた。
「子どもたちは20人くらい、でしたね」
 出来るだけ年長の子どもたちから聞き出したが、『たくさん』という答えが多かった。10より上の数字が解らない子どもたちばかりで、教育の大切さを思い知った。
「ほら、怖くなかっただろ? もう大丈夫だ」
 バサリと音がして、沙耶の声が頭上から降ってくる。仲間たちからの連絡を受けては子どもたちの元へと向かい、抱えて運ぶのに沙耶のタイニーワイバーンは良い仕事をしてくれた。
「ありがとうございます、沙耶様。預かりますね」
「この子は暴れる元気があったから気をつけて」
「はい!」
 沙耶がすぐに飛び立って、ニルは小さな男の子を抱えて孤児院の中へと連れて行くと、運び込まれる子どもたちの数を数えながらアスワドがバタバタと走り回っていた。

 ルチア等が接敵したこと、そしてどうやら影のようなものは複数体いたようだが途中で分散したことをシキが知らせた。
 他の影はと木々の障害物で見えない俯瞰や木の高さよりも低く飛ばねば見えないファミリアーの視界で探し、そうして見つけた影へとゼフィラとともにジルーシャは向かった。焔たちの援軍に向かっていてはその間に他の影が孤児に接触したり孤児院へ到達するからだ。――到達は沙耶たちが防いでくれるだろうが、遭遇してしまった孤児たちはきっと助からない。
「何よ、コレ……」
「どうして、キミが」
「ファザー! 帰ってきてくれたんだね!」
 『娘』の姿を見て目を見開いたゼフィラの傍らを、少年が駆けていこうとする。「行っちゃ駄目よ!」と慌ててジルーシャが手を伸ばして留めるが、少年はボタボタと涙をこぼして暴れた。
 孤児院に残っている子どもたちは、ファザーと呼んでいる大人の指導を受けていたのだろう。その人物が居なくなっても、待って。待ち続けて、ここに居る。それが『正しい』ことだから。
 ゼフィラの眼前では『娘』が「母さん」と口にした。再会したら記憶の中よりもずっと大人の姿になっていた娘に母であることを告げていないゼフィラは驚いて。けれどもそう呼んでくれることに喜びを覚えてしまう。――けれど。
「皆、これは偽物だ!」
 海賊提督の殺人術を叩き込んだシキがそう言った。自分で傷つけたのだろう腕から赤を散らし、「本物の君ならこうする」と小さく呟いた。
 ゼフィラの視界では娘が、ジルーシャの視界では別の誰かが、少年の前ではファザーがその攻撃を受けている。
「ファザー! やめて、ファザーに酷いことをしないで!」
 少年が涙をこぼし、悲痛な声でシキへと叫ぶ。
「ファザー? 違うわ、あれは」
「――っ」
 小さく息を呑み、ジルーシャの腕の中で暴れている少年をゼフィラが撃ち貫く――のをやめ、手刀を落として意識を奪った。水も無く弱り切っている小さな生命体はダメージ外のショックで命を落としてしまう可能性があり……どんな小さな可能性だろうと子を持つ母たるゼフィラは子どもの命を奪う可能性が生じるのは嫌だったのだ。
「きっと、みんなには違う人が見えてるんだろうさね」
「ああ、私には……あの子に見える」
 腕からボタボタと血をこぼしても、シキにはやはり大事な人に見えていて。
 ゼフィラにもジルーシャにも、それは変わらない。
 互いに違うものが見えているのだと解れば、それはただの幻覚に過ぎないのだと頭は理解する。
 けれど。
「この『声』が厄介、ね」
 自身に守護の術を付与したジルーシャが、意識を失った少年をシキへと手渡した。ジルーシャは攻撃に耐えることが出来るから、シキが子どもを捜索班へと託して戻ってくるまで保たせることが充分可能だからだ。
「任せたわ」
「すぐ戻るさ」
 幸いタイニーワイバーンに乗った沙耶が空から超視力で察知していて、焔たちのところから少女を預かってシキたちの元へも向かってくれている。戦線復帰はすぐに叶うことだろう。
「例え幻だろうとも、あの子のが非道を行うのなら止めなければならない」
 それが、母としての役目だ。名乗れずとも、ゼフィラはあの子の母なのだから。

「安静にしていて。すぐに楽になるからね」
 熱中症となっている子どもに、祝音が作った雪玉は大いに役立った。雪玉を包んだ布は冷たくて、首や脇へと当たれば体を冷やしてくれた。
 時間がなくて天義で最低限の物資をドレイク・チャリオッツに詰め込むことしかできなかったけれど、サクサクホロホロの甘いシュネーバルは、「こんなに甘いもの初めて」「甘くて美味しい」と子どもたちの瞳を輝かせることが叶った。
「大丈夫ですよ。怪我はここですね。すぐにいたくなくなります」
 外から担ぎ込まれた子はひど過ぎはしない程度の怪我をしていることが多く、ニルとメイは手当をして回る。
「みんな、今回の騒動が終わったらこれからのことをゆっくり考えよう、なのですよ」
 メイは怪我をした子へ手当を施しながら、そう口にした。
「これからのこと?」
「何がやりたいとか、どこにいきたい、とか」
 けれど、子どもたちの答えはひとつだ。
「ここにいたい。どこにもいきたくない」
「私たちはここを守らないといけないの」
 それがアドラステイアの子たちの『正しい』在り方だから。
 そうすればいつかファザーが帰ってくるのだと笑う無垢な笑みに、メイは胸が痛くなった。ああ、洗脳されて育つというのは、こういうことなのだ。

 最後の一体は、タイニーワイバーンに乗った沙耶が滑空して足止めをし、焔等が駆けつけ、その後にゼフィラたちが駆けつけ、協力して倒した。
「ちいっと危なかったですかの」
「イヤな敵だったね……」
 索敵できる仲間の動向を伺いながら、支佐手と焔はふうと汗を拭った。徒労は多かったが、よく連携できており、誰も膝をついていないから上出来と言えよう。
「今のところはいなさそう、か」
「そうさね」
 『波』と称するからには、それは幾度も襲い来るのだろう。次の襲撃がある前に、イレギュラーズたちは孤児院の子どもたちを安全な場所へと連れていかねばならない。そして出来れば、彼等がここへ戻ってこないようにしなくてはならないのだ。
『子どもたちは皆、孤児院に集まっているよ』
「私たちもすぐに戻ろう」
 ぱたぱたと飛んできた祝音のファミリアー越しに声が届き、影の艦隊の対処に当たっていたイレギュラーズたちもそちらへと引き返した。

 子どもたちを旧アドラステイアから避難させることこそが、此度のイレギュラーズの目的だ。離れたがらない彼等を説得し、連れ出さなくてはならない。
「この大事な場所をまもるためには、みなさまが元気でないといけません」
 だからニルは子どもたちの目を見て、わかりやすい言葉を選んで話した。
「このままここに居ては、ごはんもお水もありません。それではみなさまは元気ではいられません」
「ここにいたところでどうせ死ぬだけだぞ?」
「ここ以外にはお水もあるし、お菓子だってあるよ。それに、熱中症への応急処置はしたけれど……ちゃんとお医者様に見てもらったほうがいいんだ」
 沙耶が現実を突きつけ、祝音は熱中症は怖いのだと言葉を重ねた。もう大丈夫だと思ったその夜に死んでしまうことだって多く、医療機関での適切な処置が必要なのだ。死んでしまった脳細胞は元には戻らないのだから。
「私は……これから先もずっと、君たちに生きていて欲しい」
 命がなくては何も護れないし、このままここで潰えるのが正しいとシキは思わない。子どもたちを救いたいゼフィラも同じ気持ちで彼女の言葉に顎を引いた。
「だから、一緒にアドラステイアの外に行ってみない?」
「……アタシたちは、アンタたちに生きていて欲しいだけなのよ」
 子どもたちは自分を顧みずに水や食料を探しに行っていた子たちが居た。家族に生きていてほしいという気持ちは、子どもたちにもある。
「今は少しだけここを離れることになったとしても……それは、この場所のためになること、だとニルは思います」
 ニルの真っ直ぐな訴えに、子どもたちは視線を落とした。
 今まで受けてきた教えとの間で揺れているのだろう。
 そうして暫く彼等は悩み、アスワドがそわそわと見守る中、最年長の少年が差し出されたニルの手を取ったのだった。

成否

成功

MVP

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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