PandoraPartyProject

シナリオ詳細

再現性東京2010:天使症候群

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 この世界には天使なんか存在していない――

 病室の窓から見る風景には飽きてしまった。もう随分長い時間を此処で過ごしている。詳しい病名は知らないが、僕は死ぬらしい。そう母さんと晴陽先生が話してるのを聞いてしまった。どうしてかは分からないけれど、すんなりとそれを受け入れることが出来た。人間とは呆気なく死ぬもんなのだと諦めもあったのかもしれない。
「優助は、どうして」
 涙をボロボロと流す母さんだけがちょっと不憫だった。母さんと話していた晴陽先生と目が合ってから――驚いたように先生の眼が見開かれた。丸い硝子玉みたいで綺麗な瞳をした先生は僕の事なんて見ないふりをして「せめて、優助君が過ごし易いように環境を整えましょう」と母の背を撫でた。

 ……それから一週間が経過した。僕は未だ、生きている。
 生きている――のとは違うのかもしれない。僕は生かされていた。
 母さんが帰った後、病室にやって来た晴陽先生は「姿を見せろ」と静かな声で言った。
「先生?」
「……良いですか、優助君。君には大切な秘密を教えます。
 この世界にはお化け、悪霊、怪物、悪魔、そう呼ばれる存在が居ます。私達はそれを悪性怪異――夜妖<ヨル>と呼んでいます」
 まるで、おとぎ話のようなことを、先生は真面目な顔で語った。
「そして、その夜妖は君に取り憑いた。君は自分の事を良く知っているのでしょう。
 もうすぐ死ぬ運命(さだめ)であると知った君の心に何かが巣食った。ええ、それはまるで――」

『天使よ』

 声が降り注ぐ。甘ったるい生クリームで塗り固めた様な喜色の悪い響きをさせて。ソプラノが降ったそれに僕は思わず息を飲んだ。叫び出しそうになった口を先生が抑えている。「秘密です」と繰り替えされて僕は頷いた。
「では、天使。お前は優助君に憑いて何をするつもりだ?
 この子の寿命はもう幾許しかない筈だ。だが、お前が憑いてから明らかに彼の容体は安定した」
『そうでしょうね! だって、私は天使だもの!』
 ――僕は良く分からないけれど『天使』のおかげで命を繋ぐことが出来るのだろうか?
「人の命に干渉を行うならば代償が必要だ。それ位、世界の常識だ。
 ……では、問おうか。『天使』。お前は代償に何を貰っている? 一日、この子の寿命を延ばすごとに、お前は何を――」
 其処まで言った先生のポケットに入っていた携帯電話がけたたましく音を響かせた。ばたばたと大げさな足音が響く。
「院長先生!」「晴陽先生!!!」「澄原先生!!!」
 幾人もの声が、交差する――そして、一つに交わった。
「患者さんが急変して――!」
 まさか、と晴陽先生の唇が動いた。天使は、ぞっとするような笑みを浮かべてそこに立っていた。


 再現性東京の希望ヶ浜地区。東京都西部に位置するとされる中核市であり、よく『希望ヶ浜県』『埼玉でいい』『山梨の領土』と揶揄されるこの場所には特異的に『悪性怪異』と呼ばれる存在が発生していた。それが何処から現れるのかは分からない――だが、それらの中にも種類があるらしい。
 希望ヶ浜北地区に位置する通称『北希』の中核となる澄原病院。練達でも有数の富豪であり希望ヶ浜地区にも分家のルーツを持つ者が病院を経営している。
 その澄原病院は『夜妖専門科』を擁している。つまり、『此方側』の人間だ。
 そんな彼らが良く相手にするのは悪性怪異が『取り憑いた人間』への対処だ。特異な例ではあるが、綾敷・なじみのような耳と尾は旅人として所有していたのではなく『夜妖』が憑いた結果なのだという。また、『掃除屋』にも一人、夜妖憑きは居り――こちらは、彼が公表を避けているのだから本人の口から聞いた方が良いだろう――希望ヶ浜の中では共存している者も多く存在する。
 だが、時偶に悪意ある夜妖憑きが存在することも否定はできない。其れ等が体を乗っ取る判例も多数存在し――音呂木・ひよのに言わせれば時と場合によれば『何とかお祓いできれば』悪性怪異だけを討伐する事も出来るのです――カフェ・ローレットや希望ヶ浜学園から対応指示が入る事もある。単純に獣のように襲い掛かる者も居れば、その身の内でも共存する者も居るという奇異なる現象、ではあるが。澄原病院院長にして 夜妖憑き診療専門医である澄原・晴陽からカフェ・ローレットに入った情報は――……

 case:天使症候群。

『患者・於保多 優助は難病指定XXXXにより延命治療を有する患者であったが、容態が急変。治療の必要がなく常人の様に過ごす事が可能となって居る。現在は夜妖を知る者のみに管理を留め、面会謝絶としている(その為、優助に関しての情報は秘匿サレタシ)。
 彼は『天使』を名乗る夜妖に憑かれ、その命を繋いでいることが判明。
 診断結果、この事例を天使症候群と名付けて経過の観察を行っていた。

 天使による延命一週間では周辺には容体が急変する患者及び小さな不幸が齎された。
 天使による延命一か月では明確に周囲での不審死と不幸が齎された。
 この事より、天使は他社の不幸や命を代償に優助の命を繋いでいるという事になる。

 夜妖を討伐すれば、患者の少年は死ぬ。然し、彼が居るだけで回りには不幸な死が訪れる。
 ……果たして、我々はどちらを選ぶべきか。
 これについて、特殊判例として希望ヶ浜学園へと報告するとともに、対処を願う』

「ひよひよ。夜妖憑きって『お祓い』できる……んだよね?」
 北希に住まう夜妖憑きたる綾敷・なじみはそう問いかけた。湖面の様に瞳に静かな凪を作ったひよのは目を伏せた。
「無理でしょうね。この場合、晴陽先生が『対処を願う』という事はもっと自体はややこしい。
 確かに『天使』と優助を分離させることは出来るでしょうが……『天使を分離させれば優助は死にます』。元から夜妖が無理矢理その心臓を動かしているのですから、そんなこと確定的に明らかです」
「じゃあ――」
「ええ。これは『誰を殺すか決めろ』と言っているのでしょうね」
 暗い影を落としたひよのになじみは息を飲んだ。優助を殺すと決め夜妖を退治するか、優助を生かすために周囲の事を見殺しにするか――その選択が必要なのだ

GMコメント

『夜妖憑き』という新要素です。よろしくお願いいたします。

●成功条件
 澄原・晴陽に『天使症候群』対応後レポートの提出
(天使症候群への対応を決め、優助の処遇を決定した旨を伝える事)

●夜妖憑き
 悪性怪異<夜妖>が一般的な人間に憑依した症例の事。悪性怪異と呼ばれる者の直接的な外囲がないケースや代償を支払えば大丈夫なケースも多数見受けられます。
(例:なじみは猫耳と尻尾は顕現しているものの『ヒミツの代償』を支払っているようです)

●澄原病院
 北区域に存在する大病院。希望ヶ浜の住民なら誰もが診療券を持っていると言われます。
 そのルーツは練達の富豪である研究者澄原氏ですが分家は希望ヶ浜に坐しているようです。分家の跡取り娘の晴陽(それから弟がいるそうです)が澄原病院の院長を務めます。
 夜妖についても知っており神秘の秘匿を必要としない夜間診療を所有。
 澄原晴陽が敵か味方かはさて置いて――彼女が『夜妖』専門医である事は確かです。

 今回は昼夜問わず澄原病院を中心に活動可能です。
 ただし、昼間は通常の患者も多いため注意してください。
 天使症候群患者は隔離病棟に居ます。

●天使症候群
 天使と名乗る夜妖が発生し、寿命幾ばくも無い存在の延命を行います。
 その代償は周囲より無差別に得るようです。不幸を齎す、命を奪うなどなど。
 延命期間が長くなればなるほどにその代償は大きく膨れ上がります。
 現時点で澄原病院では看護師の怪我や患者の不審死が相次いでいます(それらも『澄原でもみ消してます』)

 天使が『命の源』であるために退治するまたは引き剥がすと憑依された者は死亡します。
 天使自体にも戦闘能力はあり、戦闘の際はその姿を顕現させますが――天使と呼ぶには悍ましすぎる外見をしているようです。

●於保多 優助
 おおた ゆうすけ。難病を患い余命いくばくもない少年です。
 自身が死ぬと言う認識をしていましたが『天使』によって延命されています。
 最初は死を受け入れていましたが、その延命時間が長くなれば長くなるほどに、普通の生活に、学校生活に憧れる様になりました。彼と最後の思い出を残すというのもありでしょうね。どちらにせよ、辛いのでしょうが……
 天使を引き剥がさず他人の不幸といのちを代償に生き永らえさせる選択も良いでしょう。ただ、彼の善意悪意に関係なく周りの人は不幸になり、死に至るのです。

●NPC
 ・音呂木・ひよの
 希望ヶ浜学園所属、音呂木神社の跡取り娘(巫女)、夜妖プロフェッショナル。
 皆さんの案内人兼軽度の戦闘要員として参加します。一応戦闘能力は有してます。

 ・澄原・晴陽
 澄原病院所属。一見すれば穏やかで丁寧ですが夜妖が絡むとその仮面が剥がれるようです。
 敵か味方は分かりません。警戒すべき対象なのは確かですが澄原病院は彼女のテリトリーです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • 再現性東京2010:天使症候群完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月27日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
物部・ねねこ(p3p007217)
ネクロフィリア
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
ギンコ・キュービ(p3p007811)
天使の選別
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾
晋 飛(p3p008588)
倫理コード違反
雨月・京哉(p3p008626)
寄る辺なき者
レオ・カートライト(p3p008979)
海猫

リプレイ


 天使なんて存在しない――

 神様だって存在しない。誰だって、命を選別する権利はない。
 それでも、選ばなくてはならない。

 全てを知って掌で転がすなんて、まるで神様の振りをした悪魔だ。


 再現性東京<アデプト・トーキョー>2010街。その中に存在する『希望ヶ浜』はなんでもあるけど、なんでもない。そんな何処にでもあるような街を形成していた。
 急速に発展するIT技術、蝕むように広がる格差と少子高齢化。誰もが俯き諦めかけ、夢に溺れながらも走り続ける社会――それは黄昏のように色あせた『昨日』と、地続きの『今日』。
 そんな日常から逃れられぬ者達が作り出した住処。希望ヶ浜は東京西部に位置する中核市として確立された地域である。練達の中に存在するその一区画は『希望ヶ浜県』などと揶揄されることもあり、同様の地域より召喚された物にとっては見たくはないものから目を背けられる場所であった。
 然し、そんな場所であれど混沌世界であることには変わりは無い。地続きの世界の向こう側に褪せる事無く存在する神秘。秘匿されたそれから目を伏せることは出来ようとも無視は出来ない――夜妖<ヨル>とはそんな存在なのだろう。
 悪性怪異。そう呼ばれた怪異は人に取憑く事があるらしい。そうした事例に対して『秘密裏』に専門的病棟を所有するのが希望ヶ浜地区の北側に位置する澄原病院なのだという。
「天使症候群――……対応後レポートねぇ……煮え切らねえ表現の依頼だな」
 そう呟いたのは『砂風を纏いし者』ギンコ・キュービ(p3p007811)であった。夜妖憑きが何らかの代償を求める場合があるという事例、そしてソレが他害である故に対応を願いたいという澄原病院による依頼は何とも曖昧なものであった。
「どっちか選べっつーけど、こんなもん討伐一択だろ? クライアントに最終確認はするが面識ないやつを生かすために多数の犠牲を選ぶなんざ考えらんねぇだろ?」
「天使症候群か、本来は亡くなるはずのものの命が伸びる代わりに周りが不幸になるなんて、複雑だな……」
 本来なら死んでいた。その情報を口にすればギンコは「元から終わってたんだ」と肩を竦める。『海猫』レオ・カートライト(p3p008979)は「夜妖の事はよく分からない」と含んだ上でローレットにとって良い結果になる事を願った。
「ええ。私達は、夜妖憑きについて余りに無知です。
 ……天使のこと、晴陽さんのこと。謎は多いですが。
 今後我々が夜妖憑きと接することが増えるならば、ローレットの為少しでも汎用性のある情報が欲しいです」
『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)の云うとおり、『夜妖憑き』と接触する機会は此れからも多く増えるだろう。それでも、謎は多くまだ知らぬ事が多い。希望ヶ浜のことも、夜妖の事も――と考えることは多いがそれでも少しでも役立つ情報を入手できていればそれだけで大きな進歩となる。
「夜妖憑き、というならば綾敷なじみさんもそうなんですよね。連絡先は聞いていますし、確認は出来るでしょうか」
『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)がちら、と時計を見遣る。傍らに立っていた音呂木・ひよのは「なじみ本人に聞いてもあまり良き情報を得られないかも知れませんね」と肩を竦めた。
「それは、どういう?」
「まあ、それが彼女の代償というか……後ほど詳しく説明しましょう」
 訳知り顔のひよのにねねこは頷く。夜妖のプロフェッショナルと呼ばれる音呂木神社の跡取り娘である神職の彼女は「良き結論になれば良いですね」と呟いた。
「ええ。……夜妖はこれまで見た所、何某かで見たり聞いた事のあるような妖怪や怪異によく似たものが多い印象だったけれど……。
 ……他に夜妖と呼ばれているものと、この自ら『天使』と名乗る存在が同根の存在だとして。夜妖とはいったい……何なのかしらね」
 例えば、学校怪談のような例、都市伝説のような例、それから――と指折り数えることが出来れどこの天使は何であるか。『月下美人』久住・舞花(p3p005056)は謎が多いのだと眉をひそめる。
「そうだね。……うん。けれど、悩んでいれば多くの人が苦しむ可能性がある。
 私は、覚悟を決めてきたよ。私は、ちゃんと選んできた。だから――」
 その選択を澄原病院の――依頼人の、澄原晴陽に伝えると『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は拳に力を籠めてそう言った。
「誰か、殺す、しなきゃだめ。選ぶ、しなきゃだめ。
 初めての、辛い選択。逃げずに、多くを守るため、頑張る、する」
『新たな可能性』カルウェット コーラス(p3p008549)は消え入りそうな声でそう言った。眠りより目覚めたばかりの秘宝種はヒトに興味を持ち、喪うことの怖さを知った――だと、云うのに他人の命を『選択』しなくてはならないのだ。
「俺たちは澄原病院に対しても何の知識も無いんだ。その上で『人命に関する選択』だけが投げて寄越される。どう考えたってキナ臭ェだろう」
 一日は長い。日中は通常の診療も行われている澄原病院にその行動を悟られぬように動きながら情報収集を中心に行いたいと『朱の願い』晋 飛(p3p008588)は提案した。優助に対して特殊なアプローチがないかどうかを先ずは確認しておきたいと云う方針だ。
「天使討伐までは各自自由。aPhoneでだけ連絡が取れるようにしておくという事で相違はありませんか」
『痛みを知っている』ボディ・ダクレ(p3p008384)の問い掛けに頷いたのはカルウェット。
「昼は、天使に会う、して、話す、してみたい。みんな、ばらばらに行動、するから、aPhoneもつ、する」
「そうですね。aPhoneで連絡を取り合えるようにしておきましょう」
 全員で連絡が取れるようになっているはずだと微笑んだねねこにカルウェットはぱちり、と瞬く。
「これ、仲間と、話す、できるの!? すごいぞ! え、必要ない時は使う、しちゃ、だめ? そっかぁ……」
「まあ、病院……ですしね。一応」
 病院は通話は禁止なのですよ、と舞花が告げればカルウェットは承知したというようにこくこくと何度も頷いた。


 一人、別行動を行うと決めていたのは『寄る辺なき者』雨月・京哉(p3p008626)であった。『天使症候群』と名が付いているならば、それは連続性のある病なのではないかと彼も考察していた。
 そして、希望ヶ浜学園にこの病の依頼を持ちかけてきた澄原病院の院長であり夜妖憑きの専門医である澄原・晴陽へと個別に接触することを目的としていた。
 色々と情報が足りない。そう考えるのは希望ヶ浜を取り巻く特異な状況の全容がまだまだ知れていないからである。晴陽へとアポイントを、と願えば容易くその門は開かれた。取り次ぎの受付曰く『本日の澄原先生は特別隔離病棟に関するお客様は全てご対応される』との事らしい。
 晴陽と相対することになったのは特別隔離病棟の内部に存在した応接室であった。病棟内に応接室がある時点で『夜妖と無関係な人間に状況を悟られぬように』と言う対処が計り知れる。
「澄原先生? 突然の訪問で失礼。急に押し掛けてきたのでお構いなく」
「何かご用ですか。音呂木女史から聞いていた限りでは10名の希望ヶ浜の学生と共に此方に来る……との事でしたが」
 値踏みする晴陽の視線に構うことなく京哉はにんまりと笑った。『澄原病院』の案件解決に志願したは良いものの自身はどうやら仲間の中から爪弾きに合っているのだと堂々と腹芸に長けた様子で言葉を繰り返す――だが、相手は『敵か味方かも知れぬ大病院の院長』だ。
「……ふん。オレは他の全員に嫌われているからな。
 こうしていない方が喜ぶから依頼内容の確認がてら時間つぶしに来たわけだ」
「成程、私が依頼した内容に対してご協力頂けないのならばお話になりませんね」
「いいや、晴陽先生には是非話を聞いて欲しくてね。どうだろうか?」
 駆使するのは性的な魅力と誘惑。京哉自身は日常的に女性との関係を持ち、自分自身を売り込むことに長けては居たが相手が悪い。彼女は京哉と目を合わせることなく「結構」と小さく息を吐く。
「……ならば、確認だが、そちらの要求は天使症候群患者の処遇の決定の通達のみでいいのか?」
「『貴方方が対処しない』場合は私どもが対処するほかにないでしょうね。
 然し、どうやら貴方のお仲間は私の期待を確りと受け止め『対処まで完遂』してくれるようです。……その話も聞いておられないので?」
「嫌われ者なのでね。君に天使について聞かせて貰っても良いのかな?」
「ええ。けれど、ソレは貴方のお仲間も確認したいのでは? 申し訳ありませんが私はも多忙ですので、一度で話を済ませたいのです。他の方に入って頂いても?」
 離反し、諜報活動を行おうとした京哉の目論見は外れた事となる。そもそもにおいて、澄原・晴陽という女よりもその背後にある『澄原病院』のスタンスが確認できていない状況下ではそれも難しい目論見だったのだろう。
「きっとオレ自身、役に立てる筈だが『個別の話』を進める気は?」
「……私は、いいえ、『澄原』は希望ヶ浜を心より信頼しているわけではありません。所詮は別個の組織。
 それ故に、貴方を信頼し『私達』の情報を流すことも出来なければ、現時点で貴方を信頼する材料がないのです。……此れでよろしいでしょうか?」
 それでは、他の方もお呼びします、と。晴陽は席を立った。その背中を見詰めながら京哉は「成程ね」と呟く。
 澄原病院側の出方は『希望ヶ浜学園がローレットのイレギュラーズを招いた』という現状の確認をしたいという物だったのだろう。こうして京哉が一人『イレギュラーズも一枚岩ではない』と動いたことは決して悪いことではない。澄原・晴陽という女が同じように腹芸を使用することや誘惑に簡単に靡く女では無い事が分かった以上に澄原病院のスタンスの判明は悪いことではない。
「『私の期待を確りと受け止め『対処まで完遂』してくれる』――ね。
 対象を殺した方が良いという助言で終わるのか、それとも『希望ヶ浜は夜妖にはこうしたスタンスで対処する』かを俺たちを使って試してたって訳か。
 ……此方が全ての対処を終えてからレポートを出しに来る様に誘導して居たくせに。自分はその手を汚さず全てを希望ヶ浜による判断だと持ちかけるのか」


「こんにちは、澄原・晴陽先生。時間を頂き有難うございます」
 凜と背筋を伸ばしてウィズィはそう言った。「いいえ」と目を伏せた晴陽はイレギュラーズの次の言葉を促すように唇を引き結ぶ。
「まず、天使症候群の病棟――というか、優助に会いたいけれど、その許可は?」
「ええ、出しましょう。皆さんには『対応レポートを出して頂かねばなりませんから』」
 その言葉にレオはふむ、と小さく呟いた。舞花は夜妖憑きの専門医だという彼女に対する不審点を幾つも並べて考え込むように女の顔を見た。
(夜妖の専門医。つまりは夜妖の研究者だという事。希望ヶ浜や音呂木さんの様子と比較すれば、彼女はどちらかと言えば魔術師等のような方向性の印象を受ける……)
 ともあれ、と舞花は「お伝えしたいことがあるのですが」とゆっくりと口を開いた。
「優助の身が危ういかも知れないけれど、希望ヶ浜側の意見は天使を祓うつもりだ。それに対して澄原は異論は?」
 レオが晴陽を見遣るが彼女は表情を変えることなく「どうぞ」と答えるだけだ。ボディはその成り行きを眺めた後、「なら討伐に適した場所や時間について、そして於保多様への説明もお願いしても良いですか?」と問い掛けた。
「まず、討伐に関しては夜が良いでしょう。日中は診療に訪れる者がおり、どこで誰が『神秘』を確認するかも分からぬ状況です。無論、隔離病棟は夜妖を知る者――例えば、皆さんの所属する希望ヶ浜のような『協力者』で運営されていますが……『外』は違いますから」
「はい。時刻は夜にします。場所は隔離病棟内がいいですか?」
「……天使の反応にもよるでしょうが、隔離病棟の中庭などが遮蔽物がなく戦いやすいのではないでしょうか」
 晴陽の提案にウィズィは頷いた。時間も場所も、まるで『元から考えたあった』かのように準備されているのだ。
「優助さんへの説明も助力をお願いしたいのです。私達は夜妖憑きが近くに居る事をつい最近知りました。それに『夜妖憑き』という事例に対して無知です」
 淡々と、ウィズィは言葉を重ねた。晴陽は「助力は致しましょう」と頷いた。その表情の崩れなさに違和感を感じウィズィは『なんとなく敵ではないような気がする』と感じながらも信じ切れない相手であると淡々と返答する女を見た。
 其処まで聞いていれば神秘の秘匿に対して非常に好意的に動いている印象さえ受ける。舞花は晴陽が『天使の討伐を止めてこない』だろうと予測はしていたが、寧ろ自身が考えた『対処に当たるシチュエーション』の百点満点の答えを返してきたことに驚きを隠しきれない。
「その場所の選定ですが、一度私達側でも考えさせて頂いても?」
「ええ。構いません」
 舞花のこと場を聞いてサクラはこくりと頷いた天使を討伐するのならば『逃すことなく』対処を行わねばならないと考えていた彼女は晴陽の許可が得れたのならば問題の無い場所であるかをチェックしようと立ち上がった。
「ああ、私からも一つ良いでしょうか」
 ぴたり、とサクラの動きが止まる。晴陽より突然掛けられたその声に驚いたようにぱちりと瞬いた彼女は「何か?」と問い掛ける。
「私も皆さんが天使に対して対処するところを見せて頂いても?」
「……それは、どうして?」
「いいえ。ほんの興味本位です」
 此処は貴方の『庭』でしょう、とサクラは静かに答えた。拳を固めて唇を噛みしめる。部屋を後にしたサクラを見送ってからギンコはゆっくりと晴陽に向き直った。
「聞いても良いか?」
「ええ、どうぞ」
 ギンコは嘘の匂いを辿るように晴陽をまじまじと見遣る。
「アンタはなんで天使の代償で他の患者が死ぬって知りながら討伐依頼じゃなく対応後レポートなんて依頼の出し方をしたんだ?」
「……と、言うと?」
「言っとくがオレは正義の味方ってわけじゃねぇからな、面識のないやつが死ぬことで多数が救われるってんなら迷わずそっちを選ぶぞ? 対応した後に想定と違うって文句言われると困るんでな、何か意図があるんならできれば言ってほしいんだぜ」
「皆さんの反応を見たかったのです」
 ――嘘の香りはしない。
 ギンコは晴陽をまじまじと見遣る。表情一つ変えない冷静な女は「私どもで対処することは可能です。勿論、『症状についての症例確認で生かしていた』と言うことは否定できませんが……もう度が過ぎるでしょう?」
 嘘の匂いはしない。だが、その言葉だけ聞いても居心地の善いものではない。ウィズィは「一先ず、調査をさせてください」と立ち上がった。
「優助さんへの説明も、お願いします」
 頷く晴陽をボディは「こちらへ」と促した。考え込むような仕草を見せた舞花は「私達を試しているだけ――でしょうか」と小さく呟くだけだった。


 単独行動を行っていた飛は医療機械技術者と看護師から最近の病院からの不審な発注はないものかとチェックを行っていた。
 優助に遣われていそうな特殊な器具はないか――それに関してはあまり存在していないようだ。そして、コネクションを使用しての技術者とのアプローチはある意味で空振りだろう。
「澄原病院に妙なこと? ああ、ないよ。ないない。
 そもそもさ、澄原ってこの辺じゃ有名なんだぜ。金持ちだし、晴陽先生だって跡取り娘だから院長なんかしてるんだしさ。大変だよなあ……」
 そうぼやく技術者に「そうか……」と呟く。どうやら神秘の秘匿と言った観点では彼女は上手くやっているようだ。
 演技を駆使してにこりと微笑む飛は看護師とも楽しげに会話を繰り返す。
「貴女方もいつもご苦労様です。
 ここでは元の様に安らかに暮らせるよう私共が動きますのでご安心下さい」
「夜妖の事ですか? ええ、有難うございます。『天使』だなんて嫌な名乗り方ですよね……」
 隔離病棟の中に存在する看護師達は夜妖について知っているのだろう。肩を竦めた彼女達に飛はふむ、と小さく呟く。
「嫌な名乗り方、というのは?」
 あくまで紳士的に思われる『演技』をする飛に対して看護師は自信が失言したことに気付いたように息を飲む。唇を噤んだ後、視線はあちらこちらへと揺れ動き――
「本来ならばお伝えすることではないのですけれど……患者さんのプライバシーのこともありますし。
 希望ヶ浜地域の監査員や調査員である、とご紹介頂いても語るべきではないと思いますから」
 飛は「そうですか……」と肩を竦める。「そういえば、今日は幾人か看護師以外の方も見られますが、面会許可が下りているんですか?」と気付いたように問い掛ける。
 飛の視線の先には晴陽と共に歩いている特異運命座標の姿が見える。ちらりとaPhoneを覗けば『澄原晴陽との接触終了しました』とのウィズィからの連絡が見えた。
(……上手く接触できたか)
 彼女の側から此方へと対処を願ってきたのだ――元から、接触を拒絶することはなく、優助との対話も彼女の計らいで容易に行うことが出来たのだろう。
 飛の視線の行く先に気付いたのか看護師は「ああ」と頷いた。
「希望ヶ浜学園の学生さんですね。優助君の対応を行ってくれると聞いてます」
「希望ヶ浜学園の? ……それは?」
「ここは、夜妖の隔離病棟ですよ。元から『外部』の普通の看護師達ならば『天使』の話を聞けば信じられませんしホラーや都市伝説としてインターネットに流されちゃいます。バッシングもあるかも。
 けれど、夜妖に関しては『神秘の秘匿』が為されている。一部の――希望ヶ浜学園や私達澄原病院夜妖診療担当は其れ其れの役割と存在を確りと把握していますから」
 其処まで話した後で、看護師は「あ、こんなの言う必要ありませんでしたね」とにんまりと微笑んだ。今の飛の立場が監査員や調査員だというならば把握はされているだろうという意図の言葉なのだろう。
「あの、すみません。天使症候群及び夜妖憑きの隔離病棟を見学させて頂く許可を貰ったんですが……病棟について教えて頂いても?」
 ゆっくりと歩み寄ってきたウィズィに看護師は「晴陽先生から伺っています」と頷いた。良ければ監査員さんもどうぞ、とナースステーションの中へとウィズィと飛を誘った。追従するレオは「良ければ教えて欲しい」と同席を願った。
「その、まず……天使症候群に現在罹患しているのは優助さんだけ、でしょうか?」
「ええ。晴陽先生の調査によれば同様事例が発見されることはあるようですが、『天使』と名乗ったり、意思の疎通が交わせた夜妖は今回が初めてだそうです」
「失礼、ならば『代償が他人の命』であったケースが他にもあったと?」
 ウィズィの質問を受けて行われる回答に飛は横槍を入れてしまうが、と小さく会釈をして問い掛ける。この場ではウィズィとレオ、そして飛は『別々』の存在なのだ。
「ええ。有りました。しかし、天使と名乗ったのは此度が初。其れ等の同様事例を合わせ『天使症候群』と称することを決定しました。
 此れまでのそうした事例の夜妖憑きに関しては討伐が常に行われていたようですが、此度の天使は話すでしょう? ……『私には決めかねたのです』」
 声音が降った。顔を上げた飛とウィズィの前には優助の元に向かう特異運命座標に資料をとってくると一度席を外した晴陽が立っていた。偶然か、それとも、こうなることを見計らっていたかは分からない。僅かな緊張を感じ乍ら飛は「成程」と呟く。
「優助の現在の体の状態って……?」
「病は進行しています。しかし、『生きている』。普通の人間ならば苦しんでいる所ですがソレさえも代償によって緩和されているのでしょうね」
「なら、優助の『体は死んでいって』も『人の命で無理矢理生かされてる』事になるってこと?」
 レオの問い掛けに晴陽は「将来がどうなるかはわかりません」と首を振った。
「では、夜妖憑きに対して医療が出来ることは? どのような管理・治療をしているか? ……それから、医療で完治させることはできるのか?」
「現実的なことを言えば夜妖とは『怪異』です。ですが、それが心身に影響を及ぼす事がある。
 例えば、物理的にその身を蝕む物も存在するでしょうし、鬱や心身に影響を与える者も多い。日常生活を通常に行えない者は病院での管理や『夜妖憑きとなった以上払わねばならない代償』の確認、そして――『祓う』事ができるかどうかの確認も行っています」
「確認だけ、ですか?」
「ああ、これが一番大事でしょうね。『普通の人間は夜妖など知りません』。
 ある日突然、猫の耳が生えてきた。ある日突然、記憶を失った。そんな特異な事例に対して、相談を行える場所が――表向き『病院』だという事です」
 晴陽の説明には納得がいく。ウィズィは「成程」と頷いた。患者に無理に夜妖をあてがった可能性などがあるのではないか、と言う疑問も存在するが――ウィズィや飛の前にそう言った素振りは見せないだろう。
 何せ、彼女は澄原病院を年若い女でありながら纏め上げているのだ。『神秘』と『怪異』を秘匿して日常の中に溶け込んでいる。そんな彼女が特異運命座標に興味を示した事がまず珍しいのだろう。
「それでは、最後に良いでしょうか。私達ローレットは傭兵です。
 ならば、今後夜妖憑きと戦う事もあるでしょう。その場合、ローレット側が成すべきこと……そして、医療に任せても良いことの線引きが知りたいです」
「全て皆さんにお任せで良いと思いますよ?」
「は?」と飛が声を漏らした。ウィズィはその海色の瞳を丸くして晴陽を見遣る。
「それは……どういう……?」
「医療で出来ることは少ない、と言うことです。於保多・優助少年の事例のように『病に冒されるからだ』の経過観察を行わねばならない場合は私達が対処するでしょう。
 けれど――夜妖と相対するならば貴方達を頼りたい。此度、貴方達は彼の『代償治療』を行ってくれるのでしょう? なら、今後もお任せできるではないですか」
 見上げた先で、表情一つ変えなかった澄原・晴陽は美しく笑っていた。それはそれは、幸福だというように。


 自身が仕事を依頼した立場であることから晴陽はイレギュラーズによる訪問を拒絶することはなかった。アポイントメントを取る都合、最初に単独行動をとると宣言した京哉が先行し、仲間達が彼女に優助への対処を説明している最中に、ねねこは『優助』――否、天使のもとへと向かう手筈とカルウェットと共に行っていた。
「それで、さっき言っていたなじみさんの『代償』というのは? なじみさんに電話してみたら確かにちぐはぐとしていて良く理解できませんでした」
「綾敷なじみは『猫鬼』と呼ばれる夜妖が憑いているのですよ。
 蠱毒――呪法の一つですね。それを猫で行うというもの。簡単に言えば彼女に憑いているのは化け猫ですよ」
「……成程」
 ねねこはなじみの音を思い出す。彼女は確かに猫の耳と尾を所有していた。そして、なじみに対して夜妖憑きとしての知識や代償についてを問い掛けても『ポロポロと言葉が溢れていく』彼女の情報は何とも頼り甲斐がなかった。
「なじみが代償として取られているのは言葉ですよ。彼女は自分の言葉を夜妖に奪われる。
 まあ……その程度で済んだのは彼女に憑いている猫鬼が優しかったか、それとも『ウマがあったか』そう言ったものでしょうね」
「個体によって代償が違う、と言うことですか?」
「そうですね。そもそも於保多さんとなじみでは『得ているもの』が違いますから……。
 彼は命を継ぎ足されている。それも、他者の命を利用して。対するなじみは夜妖が気まぐれで憑いているだけです。祓われたら彼女は普通の女の子に戻るだけですが、対する於保多さんは――」
 其処まで口にしたひよのにねねこは唇を噤んだ。ついでと於保多優助のカルテも得たが其処になっていたのは不治の病になった彼の闘病履歴とそれに対する治療と方針だけである。夜妖に関する情報は底には存在せずひよのに言わせれば「個体差がある以上はこれ以上は分かりかねる」との事だ。
「……カルウェットさん、天使に会いに行きますか?」
「それに私も同行しても?」
 天使に会うならば於保多・優助に会わなければならない。ならば、彼にも適切に説明しておきたいのだとボディはそう言った。
「うん、みんな、好きなこと、してるから」
 こくり、と頷いたカルウェットから感じる不安にねねこもボディも頷くことしか出来なかった。
 一度、資料を取りに行ってくると分かれていた晴陽とそして、優助に面会を願ったレオと合流を行ったねねこ、ボディ、カルウェット。そして共に動いていたひよのは何処か気まずそうに晴陽を見詰める。
(ひよのさん……?)
 小突いたねねこにひよのは首を振った。「言葉や振る舞いには気をつけて下さいね。彼女は直ぐに足下を掬います」とひよのは小さく囁く。
「それはどういう――」
 かつり、と音を立てた晴陽が振り返る。こちらですと促されたのは隔離病棟内の一つの個室であった。ベッドの上で本を読んでいる少年が一人、目を丸くして晴陽を、そして特異運命座標を見る。
「晴陽先生?」
「優助君。悪性怪異――夜妖……いいえ、天使に関しての対処を行うために『専門家』を呼びました」
 晴陽の言葉に優助がごくり、と息を飲む。僅かな動揺の背後から薄らと揺らいで見えたのは『絵画の天使を思わせる幻影』であった。
「あれが天使です」
「天使……」
 カルウェットは小さく息を飲む。きっとやれることが筈だとここまでやってきたカルウェットはねねこがきっと難しいことを問い掛けるだろうと想定していた。だからこそ、ただ『簡単』な事を問い掛けたいと、胸に決めている。
「天使さんですね。こんにちは希望ヶ浜学園から来ました。
 ところで、天使さんは名前有ります? 折角ですしあるなら名前で呼びたいのですが……」
『天使よ! ええ、ええ、私は天使! 天使って呼んで頂戴!』
 けらけらと笑う天使にねねこはぐ、と息を飲む。この状況下となっても天使は笑っているというのか。
「何で優助君を助けたんですか? 助けなければ天使さんも討伐対象に成らなかったでしょうし……」
『面白いからよ!』
「で、でも。今のままだと優助君も天使さんも殺さないといけないです。
 嫌じゃありませんか? 私は嫌です。だから皆が生きれる良い手を考えましょう?」
 けらけら、けらけら、笑い続ける天使から目を背けるように優助は耳を塞いで目を閉じていた。
「天使、優助、つくしたの、なぜ」
 カルウェットは問い掛ける。優助を助けるためか、それとも――天使の考えを聞きたい。サクラが『命を選別する』と宣言していた時に、カルウェットは戦う事も大事でも天使とも距離を縮め仲良く出来るのではないかと考えたのだ。
『面白いからよ』
 もう一度、天使はそう言った。ねねこはぐ、と息を飲む。天使は天使と名乗っているが、天使と呼ぶにはあまりにも捻くれている。晴陽も交えて意見を交換したいと彼女はいくつか問い掛けた。
「まず、優助さんの病状ですが、天使以外に代用品はないですか?」
「それはありません。まず、この状況がイレギュラーなのです」
「なら……天使の力で不死に近い事を利用し本来なら無理な治療や手術を行えませんか?」
「それも、難しいでしょうね。『そうした場合に天使が更なる代償を求める可能性』があります」
 進行する病をストップさせているのではない。進行していても『無かった振りをさせている』のだと晴陽は言った。それ故に天使は他者の命を代償にして居るのだろう、と。
「なら……代償や力をコントロールし無害に出来ませんか?」
『命の代わりは命でしょう?』
 笑う天使から目を背けて優助は唇を噛んだ。どうにかして救われるのかも知れない。そう思った自分を恥じるように彼は目を伏せる。ボディは屹度彼は狼狽するだろうと静かに息を吐いた。
「貴方の天使を祓いに来ました」
 ――それは、死ねと彼に言っているかのようだ。
「生きていたいのなら、戦え」
 それでも、ボディはそう言った。他者の亡骸の上に成り立ったボディの命と、他者の命の上で成り立った優助。自身は同類だというように彼はそう言った。
 レオは少年は只の小さなかよわい『普通の少年なのだろう』と感じていた。
『ですって。ですって。優助なんて初対面なのにね。よかったわね!』
 けらけらと笑う天使から目を背けて優助は只、静かに涙を流した――それだけであった。


 人間とは生きる上で選択を行わねばならないことがある。
 選び取った未来の一つ、それが於保多優助という少年を殺すことであった。
 サクラは神ではない。神に仕える聖騎士であれど、神の意以外での命の選別を行う権利などない。
 ――それでも、選ぶ。選ばねばならない。
 そうして命を選んだことによる怨嗟が迫り来ても、その選択が罪であれど、それが汚れであれど。
 サクラ・ロウライトと言う少女は人を護るべきに刃を振るう。
 それが、自身の生きる道であると、そう言う様に。

 夜も更けた頃に、現場確認を行った全員で『天使』の討伐の時間が来たこと告げた。
 中庭を眺めることの出来る一室で澄原晴陽は皆の行動を見ていたいと言う。それを拒否する事で立った波風を抑えるように了承した舞花は車椅子で中庭にやってきた優助を見た。
「……優助君……。
 『天使』は貴方を生かすため……いずれ家族でさえ、その為に死なせるでしょう。貴方に……それを、体験させたくはない」
 舞花の言葉に「やっぱり」と優助は呟いた。自分が生きながらえるという奇跡の影で誰かが死んでいたことに彼は気付いていた。病室に、症状が急変した患者の話が飛び込む度に、自分の中の痛みが消え失せる気がしたからだ。
「説明を聞いたから、なんとなく分かってたけど、はっきり言われると悲しいや」
 肩を竦める優助を見てねねこは唇を噛んだ。彼を殺すか、ソレとも放置するか――それしか選択肢が此処には存在していなかったのだ。夜妖事態の強さは計り知れない。今回で討伐できない可能性を示唆したギンコに対して「皆さんなら簡単でしょうね」と晴陽が零したことも気がかりであった。
「まず、優助に言っておく。オレは正義の味方でも何でも無い。澄原からこうした依頼が来たときに、最初に考えたのが『天使』ってヤツの戦闘能力だ。
 オレ達が簡単に倒せる相手か、それとも、ってこと。分かるか? 多数の犠牲を選ぼうなんざ、一度も思わなかったんだ」
 ギンコが吐露した想いに優助は「わかるよ」と悲しげに笑みを零した。
「ソレが普通だとおもう」
 彼の言葉を聞いてボディがぎゅ、と拳を固める。天使が消えたとしても彼が生きてくれる奇跡を、我儘を――諦めきった彼の命が少しでも続いていくというその奇跡が欲しかった。
 誰かが死ぬことを厭うようにカルウェットは「ごめん」と首を振る。
「ごめんね、天使。優助。仲間、失う。嫌だ。だから、やるなら本気、だす。
 誰も、失うしない、目指す。後衛には、絶対いかせない。だから……」
『だから私に大人しく死んでしまえっていうのかしら!』
 ずるり、と優助の傍から飛び出したのは天使とは呼べぬ表情でけたけたと笑い続ける夜妖であった。
「これが、天使……?」とレオは呆然としたように呟く。『ええ』と頷く天使の様子にレオは首を振った。
「天使だぁ? はっ! 嘘くさすぎて鼻がひんまがっちまいそうだぜ! てめぇのやってる事は人質とって暴れてるようなもんじゃねぇか!」
 嘘の匂いを感じ取ったギンコに天使がからからと笑う。優助ががたりと音を立てて車椅子から落ちたことに気付きボディは「どうしました」と慌て彼の体を抱き起こそうとし――眼前に飛び込んだ一撃に身を引いた。
『天使が離れようとしたからじゃない? あーあ、痛みも全て肩代わりしてやってるのに!
 怪我しちゃったら誰かから命を貰わないといけないわよね。うんうん、アンタ達の、くれる?』
 ぐ、とサクラは唇を噛みしめた。刃を握り、真っ直ぐに切っ先を向ける。
「誰かの為じゃない。貴方が悪いからでもない。私は自分の都合で貴方を殺す、ただの人殺しだよ」
 許してくれと懇願しても意味は無い。
 此れからの事情を説明しても意味は無い。――これ以上、何も言えない。
 命が終われば彼の世界が終わるというのに。ソレを奪うのに綺麗事を並べ立てても満足するのは自分だけだ。
「天使どころか悪魔の囁きね。無限に代償を拡大し続ける等と流石に限度がある。
 ……維持に限界があるとしたら、それを知った時の絶望は計り知れないでしょうね」
 舞花の呟きに天使は『限界なんて知らない。その時に考えればいいじゃないの」と小さく笑った。
 ウィズィは苛立ったように天使の前へと飛び込む。その行く先を進ませぬと言うように僅かな苛立ちを感じさせながら天使のその注意を引いた。
「天使? 天使にしては気色悪い面をしてるな!」
『カワイイの間違いじゃない~?』
 楽しげに微笑んだ天使へと特異運命座標が選んだのは速攻戦術であった。天使のことはわからない。分からないからこそ、全力でぶつかっていくが為に凍て付く気配を纏わせた太刀を振るい上げる。
 赤い髪を靡かせて、天使へと放つ一撃に優助が唸る声を上げたことに唇を噛みしめた。
(今、天使を分離させれば彼は死ぬんだ――!)
 仲間達の幾人かが奇跡を乞うていることを知っていた。それでも、その奇跡が叶うことはない。
 運命は悪戯めいて、奇跡は叶わぬ殻こそ奇跡なのだというように嘲笑う天使に「お前は神の遣いなんかじゃない」と殺人剣を持って天使を制する。
 ひらりと舞うように飛び込んだ舞花の閃雷の太刀が纏う紫電が天使の体を焼き続ける。防御の間すら与えぬその一撃に続き、虚を斬る幻影を放つ。
『傲慢な左』は全ての防御を打ち砕く。ギンコに続くようにボディは天使をぶん殴った。奇跡を乞うた拳には力がぎゅうぎゅうと籠められる。
『キャハハハハハ! 痛い痛い!』
 天使は決して強いわけではなかった。それどころか、天使を痛めつけることで背後の優助が苦しむことが酷く恐ろしい事のように見えてカルウェットは唇を噛む。
「不条理だよな……」
 小さく呟いた飛は暴力的に攻撃を放った。渾身の一撃を、暴力的に、苛立ち、何かを壊すように、真っ直ぐに。それでも彼も奇跡を乞うた。優助に僅かでも危機残る道があればと――そう、確かに願った。
 叶わぬ事を知っていた。
 だからこそ、皆、手を緩めることはしなかった。
 生の歩みに交わる道。よすがの光が私の調べ――ウィズィは『これから』を導く最善の一刀を放つ。
 それが、誰かの命に終を与えたとしても。
「我が灯火の指し示す一刀‪‪――喰らえッ!」


「こんばんは、澄原先生。……これがレポートだよ」
 そう、と差し出すサクラの提出レポートは舞花の代償の取り方や戦闘、そして『天使との会話』を纏めたものも含まれていた。
「ありがとうございます。確かに」
「……貴女は……何故、周りの命を代償にするとわかった時点で私達を呼ばなかったんですか」
 ぽつり、とサクラは零す。椅子に腰掛けてレポートを眺めて居た晴陽が顔を上げた。
 その紫色の瞳がじい、とサクラを見詰めている。サクラから見れば晴陽は根っからの悪人ではない。だが、前任とは言い切れない、そんな存在であった。
 彼女の此れまでの行動で『何故』こうしたことを行ったのかくらい分かる。よく言えば経過観察、悪く言えば実験だ。それは天使症候群の経過を確認したいこと、そして希望ヶ浜がどのようなスタンスをとるか――だ。
「被害に合い、死んだ人達は勿論…優助くんの苦しみも長引かせた! 二度と、こんな事しないで……」
「……ええ」
 しない、とは言わなかったとサクラは唇を噛む。失礼します、と院長室より出たサクラはかつり、と靴音を立てた。

 整頓されたレポートを眺めて居た晴陽はゆっくりと立ち上がる。自身の周辺を嗅ぎ回ることは『承知』していた。寧ろ出来る限りあちら側に判断の情報を出してやろうと考えていたのだ。
「さて、希望ヶ浜はどうやら心優しいのですね。誰も……喪いたくない、と。
 とても、とても優しいのですね。……けれど、この街の夜は深く、昏いのですよ」

成否

成功

MVP

ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ

状態異常

なし

あとがき

 夜妖憑きにも様々。
 澄原病院とも長い付き合いになりそうですね。

 それではまた、希望ヶ浜でお会い致しましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM