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シナリオ詳細

<祓い屋>勿忘草の囁き

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ベンゴール・ブルーの夜空が薄い星を抱き、ガラスに覆われたドームの屋根を彩る。
 落ちてくる月影から表れたのは愛しき恋人の姿。
「どうして」
 其処に居るはずも無い彼女の髪が揺れた。

 仕事帰りの坂田伸也は恋人との思い出の場所にフラフラと足を踏み入れた。
 常盤公園の花園ドームが初めてのデートの場所。
 夜間に締まっているはずのドアは開いており、誘われるように思い出を歩く。
 この勿忘草の花の前で恋人の咲子は笑っていた。あの向日葵の傍で小首を傾げていた。
 一つ一つ思い出を辿るように、何かに導かれるように咲子との思い出を紡ぐ伸也。
 靴音がドームの中に響く。
 後悔があった。
 消したくとも消せぬ後悔があった。
「咲子……」

 仕事が遅くなった日の夜。伸也は咲子との待ち合わせ場所に遅れて到着した。
 時計を見れば20時40分。10分ほど待たせてしまったことになる。
 急ぎ足で靴音を鳴らし、コンクリートを走った。
 視線を上げれば人だかりが見える。
「こんな時に……何だ?」
 どうやら交差点での事故車が歩道に乗り上げているらしい。
 嫌な予感に胸を掻きむしられ、人混みを割って事故現場を見遣る。
 其処には、血に濡れた咲子の姿があった。
「咲子……! 咲子……!」
 伸也は咲子の元に駆け寄り、名前を呼び続けた。
 薄らと開かれた咲子の瞳が伸也を捉える。握られた指先に力がこもった。
「しん、やさん。愛して、る」
 運命とは残酷に、指の間から零れ落ちて行くのだろう。
 それでも、伝えたい言葉を伝えて、咲子は瞳を閉じた。
 伸也の返事を聞かないまま。彼女の命は蝋燭の火が潰えるように消えた。

 だから。
 夜の花園ドームで、目の前に表れた咲子が本物で無い事は伸也にも分っているのだ。
 咲子が居なくなったストレスが見せた幻覚か、夢でも見ているのだろう。
「……咲子」
 あの夏の日の様に元気な姿のままの咲子が目の前に居るのだ。
 伸也の眦から涙が零れ落ちる。
「ごめんな、咲子。あの時俺が仕事で遅くならなければ」
「……」
 無言で伸也を見つめる咲子に口の端をあげる男。
「君が最期に残した言葉さ……俺も、同じだよって伝えたかった」
 きっとこれは自分が生み出した後悔の産物なのだろう。
 けれど、それでもいい。
「愛してるって」
 その言葉を告げた瞬間、咲子の腹がバクリと割れ、びっしり並んだ歯が見えた。
 息を飲む間も無く咲子に食われた伸也。
 咀嚼音だけがドームの中に響いていた。


「これは、夜妖の仕業だと思う、です」
 希望ヶ浜市常陸公園の入り口に立った『Vanity』ラビ (p3n000027)はこくりと頷く。
 この公園にある花園ドームで数週間に渡り、茫然自失の人達が発見されていた。
 命に別状は無いが、抜け殻の様な状態になり、現在は病院で治療を受けているらしい。
 一件だけならば、個人の些細な事件として処理されるが、立て続けに起こる不可解な事案に音呂木神社へと相談が持ち込まれたらしい。
「それで、カフェ・ローレットに話が回ってきたという事ですね」
 ラクリマ・イース(p3p004247)はラビに問いかける。
「そう。貴方達が居てくれて助かった、です。一人で調査するのは少し怖かった、です」
 ラビは小さな子供に見えるがイレギュラーズの情報屋だ。多少のリスクを背負ってでもイレギュラーズが事件を解決出来るように先んじて調査をしようとしたのだろう。
「でもどうしてここに?」
 ラビはラクリマの隣に居る浅蔵 竜真(p3p008541)と眞田(p3p008414)を見つめる。
「夕方連絡があったんだ。廻から」
「俺も廻さんから希望ヶ浜市常陸公園へこの時間に来て欲しいって」
「廻さんから?」
 燈堂 廻(p3n000160)からのメッセージによって竜真とラクリマはこの場所に来たらしい。
「俺も、俺も! ほら、このアプリで……あれ!? メッセージ消えてるじゃん!? 何で!?」
 眞田はaPhoneの画面を仲間に見せる。確かに夕方にはここに廻からのメッセージがあったのだ。
 ラクリマと竜真も自分の画面を確認するが、有るはずの廻からのメッセージとそれに対する返信は無かった。
「……夜妖の仕業か。もしくは他の何者の介入があったか」
 竜真は眉を寄せて廻とのメッセージを見つめる。表示されているのは以前からのやり取りのみ。
 呼び出しを廻が削除した可能性もあるが、竜真側の返信まで消せるはずがない。
「とにかく、行くっきゃ無いよね!」
 眞田の言葉にイレギュラーズは頷く。其処に悪事を働く夜妖が居るのならば討伐しなければいけないのがイレギュラーズの仕事。
「では、行きましょう」
 ラクリマが青い瞳を上げた。希望ヶ浜に住む人々の安寧を守る為に進むのだ。


 ベンゴール・ブルーの夜空に月の明かりが差し込む。
 木にもたれ掛かる男は灰銀の髪掻き上げ、アメジストの瞳を月に向けた。
「いくら手を伸ばそうとも月を掴む事は出来ないかもしれない。
 でも、簡単に諦めるなんて出来ないだろ?」
 月の輪郭を指で追いかけ口の端を上げた。
「なあ、早く。早く――堕ちて来いよ。この手にさぁ」

 見上げた月を愛おしげに潰すように。
 指を握り込んだ男の名を――澄原龍成といった。

GMコメント

 もみじです。祓い屋シリーズ。
 忘れてしまいたい未練や後悔はありますか?

●目的
 夜妖『勿忘草』の討伐

●ロケーション
 希望ヶ浜市常陸公園にある花園ドーム。
 季節外れのワスレナグサが咲いています。
 中は温かく薄暗いです。何かが潜んでいそうな雰囲気です。
 ドームに足を踏み入れた瞬間、夜妖の領域へと誘われます。
 たった一人になり、目の前には『誰か』がいるでしょう。

●敵
○夜妖『勿忘草』×複数
 精神干渉をすることにより人の感情や情動を食べる夜妖です。
 普段は逃げ隠れており簡単には掴まりません。
 勿忘草を引き寄せるには、後悔、情動、感情の揺れ動きが不可欠です。
 それを思い浮かべず戦闘のみの場合は逃げられる可能性があります。
・波蝕:相手の記憶を呼び覚まします。後悔や情動、未練など。
・貪悔:混乱している相手から出る感情を貪ります。

●ポイントA
・後悔や未練を抱く相手や思い出を思い浮かべること。

 何が自分の弱点なのか、後悔や未練なのか今一度問う良い機会かもしれません。
 これがない場合は、夜妖をおびき出すのが難しくなります。
 拒絶する事で倒しても、受け入れる事で倒してもいいでしょう。

・関係のあるキャラクター、関係者、NPCを思い浮かべる事ができます。
 あくまで、自分の中の記憶にあるものです。登場した人には影響を与えません。
 依頼等に登場する場合は、どの依頼のどんなエピソードか記載していただけると助かります。

●ポイントB
・仲間が何を見ているかは知覚できません。(一人一人描写されます)
・夜妖の領域の事として忘れても、覚えていても構いません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目は自由です。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないもの。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • <祓い屋>勿忘草の囁き完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月08日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
真実穿つ銀弾
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ラクリマ・イース(p3p004247)
守る者
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
眞田(p3p008414)
スカーレットの闇纏い
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
うそつき
浅蔵 竜真(p3p008541)
笹木 花丸(p3p008689)
竜交

リプレイ


 静まり返った花園は伽藍としていて、冷たさが靴の底から這い上がってくる。
 ベンゴール・ブルーに瞬く薄い星はガラスドームの屋根に遮られ更に光を弱めた。

『はなまるぱんち』笹木 花丸(p3p008689)は赤い瞳を『Adam』眞田(p3p008414)へと向ける。
 花丸はカフェ・ローレット経由でこの事件の話が回ってきたのだが。
 彼等は直接『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)に呼び出されたらしい。
「メッセージが消えるなんて……燈堂君に何もなければいいんだけど」
 眉を寄せた眞田はaPhoneを繰り、廻へとメッセージを送る。
『おーい、大丈夫? 急にメッセージ消えたから心配でさ』
 同じように『暁明』浅蔵 竜真(p3p008541)も廻を気遣う言葉を選んだ。
「廻、君は一体どこへ……」
 暗がりにスマートフォンの液晶ライトが反射する。

「廻の事は心配だネ……夜妖ってのは人の心に漬け込む。未練や後悔か……覚悟はしとかないと、ネ」
『暁の剣姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は黒髪を掻き上げ憂う瞳を地面に落とす。
「消えたメールか。裏で何かが起きている、と考えるのが妥当だが」
 ミルヴィの言葉に頷いた『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は念のため手分けして周辺を探る。されど、何も見つからない。
「――気になるね。廻さん自身、変な事に巻き込まれてないといいんだけど……
 兎も角っ! 今は目の前の夜妖を何とかしないとだよねっ!」
 花丸の元気な声色がドームの外に響く。
「ああ、今は夜妖を狩るのが優先だな」
 レイチェルはマントを翻し。花園ドームの中へと一歩踏み込んだ。

●Father
 漆黒の帳に目が慣れて、頭を振った『貪狼斬り』クロバ・フユツキ(p3p000145)。
「後悔……妹を守れなかった――いや、これは己への無力感だ」
 最初は、何処からともなく鏡が現れたのだと思った。
 されど其れを直ぐさま否定する。これは『俺』であって『俺でない』アイツだ。
 女にだらしないくせに何処にいるのかもわからない目をしていた男。クオン=フユツキ。

 クロバが抱く後悔はクオンへの怒り。
 ――俺が弱かったから、あいつを止められなかった。
 家族として認めたかったのに。
 それをさせてくれなかったクオンへの憤り。
 クロバ達を養いながら、遠巻きに見ているクオンが許せなかった。
 それを言葉に置き換える事ができるようになったのは最近になってから。
 当時はただごちゃ混ぜになった感情がトラウマみたいにクロバを縛り付けた。

 だから、剣が得意だと語ったクオンに勝つことが出来れば、何かが変わるのではないか。
 家族として認めてやれる――否、クオンに家族として在りたいと思わせる事ができるのだと。
『こんなに強いクロバが居るなら、家族として誇らしい』と思って貰えるかも知れない。
 子供特有の淡い期待だ。
 されど。結果は惨めなもので。幾千ものし合いの末、クロバの剣は男を掠めることも出来なかった。
 頑張れと、嘲うかの如く。
 クロバの胸を思い出がジリジリと焦がしていく。

「そういう訳だ。俺は弱いんだ」

 目の前のクオンに言い放つクロバ。
 それを認める事は何れだけ勇気のいることだろう。
 もっと強ければ。もっとクオンを引きずり込んでいれば。選ばなかった選択は無数にあって。
 何も失わない未来があったのかもしれないと奥歯を噛みしめる。

「けど! この後悔は俺だけのものだ!」

 前に進むために。
 満足そうにクロバを見つめた『勿忘草』を煉獄の焔で切り裂いた――

●Sister
 彼女の代わりに死ねばよかったのに。
 生きて居るのが彼女ならよかったのに。
 太陽は彼女で。自分は生きて居るだけの屍だ。
 それでも、生きてと木霊する声が。ヨハンナを縛り付ける。
 幾度。幾度。焦燥に身を焦がしただろう。先の見えない階段を降りているようだ。

 されど、ヨハンナが知り得ない記憶に触れたのはこの世界に来てから。
 全ての始まり。復讐鬼の原風景はヨハンナの目の前に広がる。
 憎い男とレイチェルが手を取る瞬間。
「なぁ、レイチェル。この風景が真実なら。俺の“総て”は……無駄だったのか……?」
 息をすることさえも苦痛を伴い、胸が掻きむしられる。
 辛い。
 辛い。
 辛いのだ。
 どうして、今まで費やした時間が無駄だったと信じる事が出来るだろうか。
 嘘だと言って欲しい。

「――私に『死んでいて』欲しかった?」

 勿忘草(レイチェル)の声にヨハンナの金銀妖瞳が見開かれる。
 違う。
 違う。
 そうではない。死んでいて欲しかったなどと思ってなどいない。
 生きていて欲しかったからこそ。ヨハンナは復讐鬼になったのだ。
 永遠とも思える時間を復讐に捧げたのだ。
「……っ、は」
 慟哭はヨハンナを串刺しにする。
 その答えは要らない。
 まだ『怒り』はこの内側にあるから。まだ、目を瞑り耳を塞いでいたいから。
「……夜妖如きが、その姿を取るンじゃねぇよ!」
 鮮烈たる緋。浮き上がる文様は迸る。苛烈なる灼焔がヨハンナの眼前に展開した。
 原風景を焼き尽くすように、勿忘草と共に炎は燃え上がる。

●Friend
 廻の安否を気に掛けながら『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)は花園ドームの中に足を踏み入れた。
 勿忘草というものは、昔書庫にあった本で見たことがある。
「青は真実の愛、桃は真実の友情、白は私を忘れないで……でしたね」
 花弁はとても小さく可愛らしい。けれど花言葉はラクリマにとってザラついた感情を思い起こさせる。

「ノエル……」
 目の前に現れた親友の名を呼ぶ。
 あの時と同じまま。長い髪、背の高さ。微笑む顔。
 髪も伸びて成長したラクリマとは違う。時間が止まったままの親友。
「俺が、貴方を助けられなかった俺が貴方の大切な時間を止めてしまった……っ」
 ラクリマはノエルの肩に頭を置けば、記憶のまま髪を撫でられた。

 名前を呼んでも、もう声は聞こえない。
 手を伸ばしても、触れる事さえ出来ない。
 紛い物のノエルが本物で無い事は分かっているけど。
 それでも、伝えたい言葉は後から溢れ出してくる。

 ノエルと過ごした時間はラクリマの中で忘れえない宝物だ。
 思い出す度に苦しくて、寂しくて。辛いのだと。
「ずっと大好きだった貴方と一緒にいたかった!
 恋人なんてならなくていい、ただ二人で笑っていたかった!」
 どうして。どうして。傍に居ないのだろう。こんなにも胸を焦がすのは誰よりも大切だから。
 紫水晶の腕に抱かれようとも、心を許す友ができようとも。
「何度季節が廻ろうとも、貴方の死は薄らぐ事はない」

 儚き涙はノエルの為のもの。
 繰り返す悲しみの歌は痛みを伴うけれど。
 それでも。その痛みを忘れたくないのだと――

●Family
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は花園ドームに怖々と入って行く。
「ヨルだけじゃなくて払い屋の廻って人も行方不明になってるんだよね」
 勿忘草に食べられて居なくなったなんて怖い想像をしてプルプルと身を震わせた。
 しかも、メールが来てそれが消えたというのだから。
「……もしかしてだれか、悪いこと考えてる?」
 居なくなった廻を利用してイレギュラーズをおびき寄せる罠だろうか。
 勿忘草を呼び寄せる誰かが居たのか、其れともこの花園ドームに自然発生したものなのか。
「……Uh、まだ想像から出てこないしとりあえず勿忘草を倒してから考えよう」

 リュコスはこの街が好きだった。
 知らない場所。知らないご飯。学校に夜妖退治。どれもわくわくする事ばかり。
 けれど、こんな風に『昔』を思い出させてくる奴らもいる。
 リュコスの前に現れたのは死んだ兄弟たち。
『居なくなったこと、怒ってないよ』
『戻って来て』
『一緒にいようよ』
 来名戸村で追い出されても、夢や幻でも。何度だってリュコスの前に現れる。
 リュコスの記憶がそうさせる。

「ぼくもいっしょにいたいよ」
 離れたくなかった。みんなと一緒に生きていたかった。楽しい事沢山して笑っていたかった。
「でも!」
 目の前にいるのは勿忘草だ。
「君はちがう!」
 だから、一緒に居ることはできない。
『なんで? 違わないよ。ほら……』
「ちがう、ちがう、ちがう……!」
 だって、死んでしまったのだから。死んで。死んで。
 居なくなって。リュコスの前から居なくなったのだから。
「ころしたくない……たおしたくない……」
 誰が兄弟を手に掛けたいと思うものか。
 リュコスは勿忘草たちの声を振り払うように我武者羅に爪を振るった。

●Family
「勿忘草の花言葉……『私を忘れないで』か」
 ミルヴィは忘れるわけがないと唇を引き結ぶ。
「……アタシを傷つけた人達」

 自分を救ってくれたアルフレッドとの暖かい日々。それをこの手で殺した痛みと後悔。
 父親との騒がしくもむき出しの本音をぶつけられた日常。
 そのどれもがミルヴィにとって宝石のような煌めきで思い起こされる。
 アルフレッドとは魔種になった時に吹っ切れたつもりだった。
 それでも父親とは本気で戦ったことが無いのだ。
 理由だとか内心だとかそんな感傷的なものはどうだっていい。
 沢山の悲劇を生み出した父親は、一度本気でぶん殴ってみたかった。

「だから、良い機会だと思うんだよ」
 目の前に現れたアルフレッドと父親ラルフの姿に構えを取るミルヴィ。
「二人共強かった、だからアタシは最大限の力と気持ちでぶつかるだけ!」
 二人にしたい事も沢山あった。二人としたい事が沢山あった。
 歩みたいこと、言いたいこと沢山たくさん。

「でも、貴方達は『もう、いない』」
 ミルヴィは眉を寄せて。言葉を紡ぐ。
 事実を言葉に出すことは勇気が必要だ。特に其れだけで傷を抉られるのであれば、尚更。
「……っ」
 痛みは心に。それでも、ミルヴィは剣を抜く。
『今』は居ない彼等に、『今』の強さを見せつける。彼等が成し得なかった未来を継ぐために。
「アンタ達がいなくてもアタシは世界一幸せになって毎日明るく楽しく生きてやるんだから!」
 溢れる涙を剣檄に乗せて。
 魔種になった兄も最期まで悪党だった父も。
「安心して見てなさい! アタシは全てを背負って笑って生きる! 泣くのは今日で最後だ!」
 勿忘草の幻想を、打ち砕き。
 ミルヴィが落とした雫が、月の明かりを反射していた。

●Friend
 公園、音信不通、約束。
 眞田の脳裏に過るあの子の顔。
 公園のベンチに座っている、少年を眞田はよく知っていた。
「……どうして君がいるの? さっき思い浮かべっちゃったから?
 一番見たかった顔で、一番合わせたくなかった顔。今の俺、どんな顔してる?」
 少年は何も言わず、眞田を見つめるだけ。
「今君の幻覚を見るって、相当弱ってるんだな……」
 話したい事が沢山あった。この公園で色んな事を話して笑い合って。
「ねえ、怒らないって約束破った俺のこと、恨んでる?」
 叱りに来たのだろうか。引き留めに来たのだろうか。
「ごめんね、でももう無理なんだ」
 眞田は苦しげに眉を寄せる。赤茶色の瞳に苦悩が浮かんだ。
 この身は鬼ごっこの鬼なんかじゃなく、本当に邪悪なものになってしまったから。
 昔のようには遊べない。けれど。
「ルカ。見つけてあげられなくて、ごめんね」
 当時のままの。9歳という幼い姿のルカの頭を撫でる。
「君のこと、もっとちゃんと気にかけていたら、ちゃんと見ていたら、こんなことにはならなかったんだろうな」
 胸の奥に蟠る後悔。吐き出す息は白く。

「でも、ほんと。精神攻撃とは参った。でも、俺は鬼だから、獲物はちゃんと捕まえないとね」
 眞田の瞳が見開かれる。急所を捉え穿つ魔眼。
 アガットの赤を纏った旋律。夜に咲くは、血の文字。
『み、い、つ、け、た』
 ナイフで刻む5文字。まだ『さよなら』とは書けないから。
 思い出を忘れることなんて出来ないから。
 君が許してくれるまで、後悔は続くのだ。

●Friend
 暗闇に目が慣れてくる。
 花丸が瞼を上げれば、其処に広がるは遠き豊穣の地。
「雰囲気が変わった……皆、大丈……夫? ――鳴……さん?」
 目の前に現れるのは後悔の証。

 あの日、あの時。鳴の傍に居て、彼女を止める事が出来ていれば。
 今も、大切な人達と一緒に笑えたのだろうか。
 その場にいたわけでは無い。
 けれど、どうしても『可能性』を考えてしまう。
 選択されなかった道を探してしまう。

「わかってる、理解してる。だってここに鳴さんが居る筈がないんだもん」
 金色の毛並みで優しく微笑む彼女はもう居ない。
 魔種ホムラミヤに反転してしまった彼女の行方は誰にも分からない。
 だから、目の前の鳴が本物じゃないことは分かっている。

「鳴さんともう一度会った時、どうすればいいのかも未だに定まっていない。
 それでも、だからこそ!」
 花丸は拳を握る。可能性を掴むために、――前を向く。
「いつかの先で、選んでみせるよ」

 飛び上がった花丸は勿忘草の鳴に拳を打ち込む。
 ぼろりと崩れた彼女の身体からは、血なんて出なくて。
『敵』を倒したという事実だけが、花丸に残ったのだ。
 いつか、いつか。必ず再開する日を夢見て――

●forget me not
 後悔、未練。混沌に来てからも拭えずにいたのだと竜真は視線を落とす。
 異形の怪異を斬る刀として在った竜真が、初めて斬った『人間』。
 斬らなければならなかったヒト。
 フェイ・ルーチェが竜真の前に姿を現す。
「───本当に、出てきてしまうんだな」

 竜真の慟哭が口から吐息となって吐き出された。
「あの時俺は君を救わなければいけなかった。君はただ連れ去られ利用されただけの女の子で、俺は英雄だったから。なのに、俺は……っ!」
 剣を握り、命を奪う事しか出来なかった。
 肉を貫く感触を今でも鮮明に思い出す。
 自分の怠慢がフェイの未来を閉ざしてしまった。
 竜真が研鑽を積み、強大な力を手に入れていたならば、救えたはずなのだ。
 骨が軋む程剣柄を握りしめる竜真。
「……皆は俺に『力だけじゃない』と諭してきた。本当は、君を救うのになにが必要だったのか、ずっと分からないままでいる」
 思考は迷い何処へ向かっているのかも分からない。
「だがここで、俺には守りたいものができたんだ」
 危なっかしくて、放っておいたら直ぐにも消えてしまいそうなほど儚いのに。
 屈託の無い笑顔が妙に印象的で。きっと、重い物を背負っている彼を守りたい。
「そのためにもう一度、俺は俺の刃を研ぐしかない」
 今度こそ救ってみせるから。
 完膚なきまでに救って見せるから。
「……きっと、皆も君も、それを望むはずだからな」
 だから、竜真は剣を振るう。
 誰かを『守る為の』剣を――


 月は優しい光を地上に降り注ぐ。
 花園ドームの中は先ほどまでとは打って変わって、月明かりが差し込んでいた。

「へえ、やるじゃん。お前ら」
 現実世界に戻ってきたイレギュラーズに賞賛の声を掛ける男。
 美しい顔立ちに派手なピアス。灰銀の髪は月を反射して妖しく輝く。
 突然の来客にイレギュラーズに緊張が走った。
 花園ドームに突入する前に調べた時には誰も居なかったはずだ。
「普通、じゃねえな? 何者だ?」
「それはこっちのセリフだ!」
 クロバが一歩前に踏み出して、剣を横に払う。イレギュラーズの帰還を狙い澄ましたかのような登場。
 これで、只の通行人ですなんて道理が通るはずもない。

「俺は、澄原龍成。……なあ、勿忘草が見せてくれた思い出は楽しかったか?」
「そんな事を聞いてくるということは、これはお前の仕業か?」
 レイチェルが怒気を孕んだ声色で龍成を睨み付ける。掻きむしられる想いは未だ胸をざわめかせた。
「何でこんな事をするの!?」
「そうだよ。こまってるひと、がいるのに」
 花丸とリュコスが拳を構える。相手の出方次第では、戦う事になるのだと本能が告げている。
 既にこの花園ドームでは何人もの人が茫然自失で発見されていた。

「メシ食う理由なんざ、腹が減ったからに決まってんだろ?」
 風が吹かないはずのドームの中に冷気が流れ込む。
 その言葉の意味にラクリマは息を飲んだ。
 殺したいだとか、腹立たしいとか怨嗟の末に犯行に及んでいる訳では無いということだ。
 人間が生命を繋ぐ為にしている事と同じ。
 純粋な食欲。
 ミルヴィは二刀を握り直す。
 単純だからこそ、きっと、目の前の『敵』は強い。
「ま、今は美味いもんをたらふく食って、腹一杯だってさ」
 口の端を上げて笑う龍成。
「その口ぶりでは、他者の事を言っているように聞こえるが?」
 竜真は鯉口を切る。目の前の男以外に誰かがこの場にいるかも知れないのだ。

「俺は『獏馬の夜妖憑き』だ。帰って燈堂暁月に伝えな。
 獏馬がお前の大事なもんを奪いに来たってな」
「……っ!」
 眞田の殺気に呼応するように黒い影が彼の周りに漂う。

「ははっ、招かれざる客はここらで退散しておくさ。剥き出しの殺気は、おっかねえからな」
「待て!」
 飛び上がりドームの天井に手を着いた龍成は何事も無かったかのように、ガラスをすり抜けていく。

 獏馬の夜妖憑き、澄原龍成との突然の遭遇。
 何かが始まろうとしている予感に。
 胸がざわめき焦燥感に押しつぶされるようで。
 月の灯りが心許なく見えた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした如何だったでしょうか。
 自分の未練や後悔と向き合う事が出来たでしょうか。

 燈堂一門のお話は此処からどんどん進んで行きます。
 お見逃し無く!

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