PandoraPartyProject
『意地っ張り』
恋をするって事は、即ち自殺みたいなものなのよ。
そんなことを軽口で叩いた聖女に対して『俗物』と楊枝 茄子子(p3p008356)は返した。
薔薇庭園のガゼボで何時も通りの茶会を楽しんで居たのだろう『聖女』ルルは「本当よ」と笑う。
「死にたくないけど」
「でも、死んでしまうようなものなの。今までの常識も、自尊心も、それから、自分への愛情だって変化する。
これ以上にないって位にのめり込んで、息も出来なくなる。それが恋するって事なのよ」
茄子子は「ふうん」と返した。目の前の女が恋をする相手が冠位魔種であることも、それが遂行者である理由だってどうでも良かった。
遂行者である女の事は大嫌いだが、その理由には『天義をどうにかするのは自分だ』というある種の信念があるからにも違いない。
そんなことを思い出したのは、聖痕が刻まれたナイフを手にした時だった。
莫迦だと指を差して笑われたって仕方が無いが、少なくとも今の茄子子にはルルの言っていた事が良く分かったのだ。
シェアキムがそうだといえば常識も変わるし、シェアキムに否定されれば自分なんてめった刺しになって死んだようなものだった。
シェアキムが言った。失わせてくれるな、という言葉だけが蟠って己を支えている。
失わせてくれるな、なんて『生きていろ』という命令だ。この世界で一番に価値のある言葉であるように茄子子には感じられた。
けれど、良い子だから。
良い子で居る為には、そうするしか無いから。
――神の国で、聖女は「グラキエスが倒れたわ」と囁いた。
「グラキエス? ああ、アイツか」
「……あの子も、欲しかったのは真実の愛だったのかしら。不憫でならないわ。
私達は幾つもを取りこぼして生きてきた。漸く、得られる奇跡を見出せるかも知れなかったのに」
囁くルルにルストはさも詰らなさそうに鼻を鳴らした。興味は無いとでも言った雰囲気だ。
ルストからすれば聖騎士グラキエスも、その周囲に居た者達も『有象無象』か、はたまた『利用価値が少しばかりはあっただけの者』だっただろう。
そんな男の態度を見て憤慨することも無ければ、最低と罵ることも出来ない。
聖女ルルはルストが好きだ。子供染みた恋をしている。己を救ってくれたのが彼だという認識と刷り込み。鶩の子が親を間違えるような、そんな勘違いの成れの果て。
途切れたいとの先を眺めたルルはふと、その『先』に奇妙な違和感を覚えた。
「……?」
「カロル」
「いえ……」
何だろうと呟きかけたその刹那、カロルの無数の糸がぷつん、と切れる。
侵入者が来た、とカロルは顔を上げた。だが、それ以上は動く事が出来なかった。『その顔に見覚えがあった』から<、そして『それが彼女の起こした奇跡(PPP)』だったからだ。
目的はただ、一つ。ルストに一撃を見舞うこと。
「ツロ―――――!」
『ツロ』を目掛けて、彼女はやってきた。
楊枝 茄子子は『ツロ』が『ルスト』であることを知らない。だからこそ、これは彼女が認識していなかったからこそ出来た事だろう。
怖じ気づくこともない。恐怖心なんて余所にやったのは恋する乙女が強いからだった。
「……ルスト」
「茄子子!」
ルルが声を上げた。その首根っこを掴んだルル家が首をふるふると振る。ルル家は理解する『今』じゃない、と。狙うは次だ――
巻込まれないようにと制止した『友人』にルルが「だって」と声を上げた。
茄子子は止まらない。手には短剣を握り締めている。
まるで人魚姫が王子様に突き立てるような。叶わぬ恋を暗示する刃は『一度保留の恋』だって、失恋にも似ている気がしたから。
茄子子に気がついたルストの意識が余所へと逸れた。選ばれし民の動きが可笑しくもなる。
「私は良い子だ。シェアキムにそれを示さなくちゃならない。
それに、私の『やりたいこと』を横からかっさらいやがって!
――傲慢の魔種だか神だか知らないけどさ。私は人間だぞ。お前らなんかより、私の方がわがままだもんね!」
茄子子の刃は、身を捻ったルストの左腕を切り裂いた。鮮血が舞い散る。
ルストの右腕が上げられ、その掌の先に滅びの気配が宿される。
臆するな。止まるな、突き立てろ。此の儘、『これは遂行者だったから』こそ出来る。
彼が渡した刃が彼の元に届く最短手段だったのは確かだ。
「天義をメチャクチャにするのは私だ!」
茄子子の握る短剣にルストの魔力が叩き込まれた。ばきり、と音を立てる。次は臓腑を、そしてその腑を吹き飛ばし胴に穴を開け――
「ああ、もう――ごめんね、大名。茄子子! 私のことが大っ嫌いなお前!」
手を伸ばしたのは聖女だった。大嫌いで、理解も出来ない、バカみたいに楽しそうに笑う『敵』。
その女が手を伸ばし、茄子子を引き寄せる。
「カロル!」
怒りを讃えたルストの声音に大仰なほどに肩を跳ねさせながらもルルは「私のです」と返した。
「こいつは、私の遂行者です! だから……だから……」
ルルの唇から血の気が引いていく。ルルは知っている。『茄子子とシェアキムの会話』を覗き見ていたのはルルだ。
生きていなくては、いけない。失わせてくれるな、というのは生きていろと云う事だ。
友達の恋を応援する、だなんて女の子らしくてバカみたいだけれど。
『聖女ルルという女はそういう人間らしいものばかりを集めて、人間になりたかった』のだ。
ルストはじろりとカロルを睨め付けた。その視線一つでカロルの左腕に傷が走る。
「持っていろ」
「……は、はい」
ルストと同じだ、なんて今は喜ぶことは出来なかった。痛みに眉が歪む。
「貴様の責任だろう」
「はい」
「殺せば良い」
「いいえ」
「何故?」
何故、と茄子子とて聞きたかった。
「――貴方様は、羽虫一匹飛んでる位で気にはなさらないでしょう。それより……グラキエスが死んだのです。
サマエルも、テレサも、マスティマも、パーセヴァルも……オルタンシアや氷聖達もそうでしょう。
あれが死ななければ貴方様の勝利は盤石。私の玩具くらい、残していてくれたっていいじゃない」
ルルは目を伏せた。本音は――分かりきっている。『友達』だから。
ルストは苛立ちを滲ませながらカロルを眺めてから興味を失ったように眼を逸らした。
「俺は気分が悪い。アドレ、『グドルフ・ボイデル』――奴らを殺せ」
男の指示に、『変容した』イレギュラーズがゆっくりと地を踏み締めた。
正気を保ち続けて居た男は、その身体に狂気を宿し、ゆっくりと変容し、魔種へと成り果てた。
「殺せ」
もう一度、ルストの声が降る――
※冠位『ルスト・シファー』戦の戦局に動きがありました――!
※神の王国に対する攻撃が始まりました!!
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