PandoraPartyProject

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喩え、世界が笑おうとも

「……えっ?」
 楊枝 茄子子(p3p008356)は呆然と、男の顔を見ていた。眼前の愛しき人は今、何と云ったのか。

 ――伝えられた気持ちを一顧だにする暇も与えず、失わせてくれるな、茄子子殿。

 叶わぬ恋だと諦めていた。諦めていたからこそ強硬手段に出たとも言えよう。
 少なくとも娘は『良い子』とは言い難い行いを幾つも重ねてまでも彼を手にしようとしたのである。
 どの様な高名な音楽家が奏でたピアノソナタであろうとも、彼の心には響くまい。
 そう考えて進んで来たというのに。彼は『考える』と言った。
 彼が『私を好きになる事』は無いと思っていたというのに――いいや、それが恋情にならずとも、受け入れられず否定され終るとさえ考えて居た。
 滅多打ちにされた心が悲鳴を上げ、彼の心臓に短剣を突き立てる事になる可能性だって。
 心など入らないから、せめて存在だけでもと願ってきたのに。
「考えてくれるなら……もうちょっとだけ待つよ」
 声は小さくなった。囁くように紡いだその時に頬に昇った熱は逃げるところを失って、声音をも震わせた。
 バカらしいと笑ってくれたって構わない。大嫌いだと告げたあの女の事が少しばかり分かって仕舞った。
 何れだけ覚悟を決めて臨んだって、恋の前で人は馬鹿になる。好きというたったの二文字に抗えず、道化になるのだ。
 好いたその人がそうだと言えば、方向を変える。景色が変わり、空気だって薫り立つ。心はざわめき生まれ変わった心地にさえもなる。
「だから、これからはちゃんと私のこと『そんな風』に見てね!」
 念を押すように茄子子はシェアキムへと言った。孫娘程度の年齢差、その上に聖職者であるこの男はそうした事には疎いだろう。
 その点を考慮し、暫くの後に話を続けなくてはならない。ああ、なんて長丁場。茄子子はそんなことを考えながらふと、握る短剣を見た。

 ――そこで、これは取引だ。ナチュカ・ラルクローク。君に『聖痕』が付与された聖遺物を貸してやろう。

 茄子子――ナチュカは『預言者ツロ』より聖遺物を与えられた。それは聖痕が刻まれた短剣だ。
 ぎらりと鈍く光った鋼は、茄子子をシェアキムの元へと導く為の道具だった。
 道をこじ開け、無理矢理にでも彼の元へと辿り着く道標だ。
 これはシェアキムを手に入れる為の手段と道具でしかない。シェアキムが答えをくれた今、茄子子は遂行者である必要なんて無かった。
 彼女は『悪い子』だ。天義を壊そうとする遂行者に対しては否定的だ。
 それは正義感などでは無い。何故ならば、楊枝 茄子子が天義を台無しにしてやるつもりだったのだから。
「ねえ、シェアキム。私が手にしているこの短剣はツロから貰ったんだ。
 これが無ければ貴方の所に来ることも出来なかった。だから握ってた。
 でもね、アイツは私のことを信用なんてしてないよ。
 だから、罠だろうと何だろうと良かったんだ。シェアキムと死ねるなら其れで良かったし」
 茄子子は呟いた。彼女が信用されていないのは彼女が正気である事からも良く分かる。
 遂行者は聖痕が与えられる。個々の成り立ちは違う――少なくとも聖女ルルと呼ばれた娘は魂だけは聖竜の庇護下にあるらしい――が、滅びのアークが結びついた事で生れ落ちた者が大半だ。
 イレギュラーズが聖痕を与えられたならば滅びのアークは何れその体を侵食し反転状態へと至るはずだ。
 だが、茄子子は正気だ。どの様な行動をとろうとも彼女は自我の上で行動している。
 茄子子が信用されていないのと同じように茄子子も相手を信頼していない。
 何か罠を仕掛けているならば繋がっているはずだ。いざとなればその短剣をシェアキムの胸に突き刺し、犯人を茄子子に仕立て上げることだって出来る。
 だが、その距離に近付くことは無かった。無理に茄子子がシェアキムを連れ去ることも無ければ最もハッピーエンドに近しい位置にまで辿り着けたのである。
「じゃあ、シェアキムが心から私の事を好きになってくれるように、私もっと良い子になってくるね」
 茄子子はにこりと笑った。『言葉』にはすまい。相手に悟られてはいけない。
 ただ、虎視眈眈とその時を待つ。

 ――そう、茄子子は『悪い子』だからこそ自分の為にも簡単に命を擲つ事が出来る。
 ――そう、茄子子は『良い子』だからこそ彼の為ならば簡単に命を擲つ事が出来る。

(そう。できるできないじゃない。やるんだ。私が出来るって言うんだ、出来るんだよ。
 待っていろ、ツロ。ルスト。傲慢の魔種だか神様か知らないけれど私は人間だぞ。
 指くわえてみてるだけの神様なんかじゃない。人間は、強欲で傲慢で、罪深き存在だ。
 ――そう、私の方がお前達なんかよりずっとずっと我が儘なんだ! 見ていろ!)
 その短剣が鈍い光を帯びた。チャンスは一度だけ――だからこそ。


 ※天義某所にて、何らかの動きがあるようですが……? 


 ※神の王国に対する攻撃が始まりました!!

 ※『プルートの黄金劇場』事件に大きな変化があった模様です……

これまでの天義編プーレルジール(境界編)終焉の兆し(??編)

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