PandoraPartyProject

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陥穽のアリア

 音楽は彼女の友人だった。
 音楽はきっと彼女の理解者だった筈だ。
 しかし、今――頭の中に常在鳴り響く不快なノイズはリアの知る大切なものの顔をしていなかった。
「……っ……」
 暗闇の中を走る。
 時間感覚はとうになく、自己の喪失に到る粘つく闇は彼女に執拗なる『捕食』さえ思わせた。

 ――おまえさえいなければ。

 碌に目の前も見えないのに、良く聞き知った声だけが追いかけてくる。
 血に濡れて動かなくなった弟(ドーレ)が囁く。
 目を見開き、舌をだらりと出したガブリエルの死相が囁く。

 ――すべて、おまえがいなければ。

「……っ……」
 本来より『幼く』なったリアはまるで子供の姿に変わっていた。
 時間が経つ程に彼女は弱く、小さくなっていく。
 他ならぬ父の手によって設えられた陥穽は彼女を追い詰める『煉獄』の最後のピースであった。
 ドーレやガブリエルの姿が『幻影』に留まったのはリアの知らない友人達の活躍だが、クオリアを掌握され、罠に落ちたリアにとってはこの状況は簡単に跳ね除けられるようなものではない。
 いや、だがこれは幸いの内であった。
 もし悲劇が現実になっていたならばリアは既に消え去っていたと言い切って間違いないのだから。
「ひっく……っく……」
 嗚咽し、とぼとぼと歩き続ける他はない。
 彼女が小さく弱り切り、この世界から消えた時こそ『煉獄の器』は完成しよう。
 されど、攻め苛まれる彼女は『それ』を正しく理解していない。
 否。そもそも『今のリア』は現在と過去がごちゃ混ぜになっており、正確に状況を理解していない。

 ――まるで暗闇の中、親を探して泣く子供のようだ。
   だが、彼女をこの奈落に貶めるのは探し求めている当の父親に他ならない。

 恐らくは『何も』無かったのなら、これはそれまでの話だったのだろう。
 彼女が――或いは特異運命座標が何時も運命に愛される存在でなかったのなら好機さえも無かっただろう。
『彼女がリア・クォーツでなければこんな事件には巻き込まれず。同時にリア・クォーツでなければこれは絶対に起きなかったに違いない』。
「……めそめそと泣くな、喚くな。凡百が」
「……?」
「人に知った顔の節介を焼く割に、どれだけ無様な有様なのだ。貴様という女は」
「……お兄ちゃん、誰……?」
 リアの記憶の混濁に『彼』は心底からの溜息を吐き出した。
『冠位色欲』の後押しを受ける煉獄の檻は実に面倒臭い作りをしていた。
 全知全能、人智のルールの外にある『彼』と言えどもこの突破は容易ではない。
「……直接干渉をさせん辺りは能書きを垂れる程度の力はあるか。
 まぁ、それでも小生をシャットアウトしようとは全く度の過ぎた思い上がりに他ならないが」
「……ええと……」
 不意に現れた『彼』に驚き涙を引っ込めた子供(リア)に当然子供が苦手な彼は苦笑いをする。
「『これ自体は小生にもどうにも出来ん』。
 要するに、貴様自身がどうにかするしかないという事だ。理解しろ、リア・クォーツ」
 一方的にそう言った彼が魔道コンソールを連打すれば小さく縮んだリアの身体が元の成熟した女のそれへと戻っている。
「……」
「……………」
「……………………」
「……………………………」
「……は、アンタ何でこんな所に居るのよ?」
「……………御挨拶過ぎて頭が痛くなる。本当に、本当に、本当に!!!」
 やり取りは実に滑稽めいていて、しかし実を言えばそんな余裕は何処にもない。
「チッ……品のない三流が。これだから魔種如きを相手にするのは嫌なのだ」
『干渉』に気付かれた『彼』は舌を打つ。
 周囲に粘つく闇が『戻った』リアに反応して無数の獣、無数の人型に変化して悪意の牙を剝いていた。
 リアを溶かすように呑み込めないと判断し、直接的な手段に出たという事だ!
 同時にこの世界に強引に介入した『彼』の立場は一瞬の内に強烈なまでに弱められていた。
「良く聞け、凡百。『そのうち』貴様には助けが来る。
 だが、どうしてもすぐには間に合わん。
 貴様が『ここ』で敗れれば話はそれでおしまいになるという事を忘れるな」
「ちょっと、説明しなさいよ――」
 リアの抗議の声にも取り合わず、或いは間に合わず。
『彼』の姿にノイズが走り、その幻は解けて消え去った。
「……冥王公演……!」
 記憶の混濁が徐々にクリアになり、リアは『こうなる前』を思い出す。
 父は――巨匠(マエストロ)ダンテは自分を利用して何かをしようとしている。
 たった今、自分の置かれていた状況が『最悪』の開始地点である事を想像するのは余りに容易い。
「……あとでとっちめてやるから」
 あの生意気な『弟』(但し彼女の自認による)が『何か』をしたのは明白で――
 神なる彼の言葉を疑わないとするならば、友人達はやがて自分を救い出す。
 ならば。
「負けられる訳、無いのよ……! どいつもこいつもかかって来い!」
『自分』を取り戻したリアを簡単に折れる者は世界の何処にもいやしない!


 ※『プルートの黄金劇場』事件に大きな変化があった模様です……
 ※プーレルジールでの戦況が届いています――!


 ※神の王国に対する攻撃が始まりました!!

これまでの天義編プーレルジール(境界編)終焉の兆し(??編)

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