PandoraPartyProject

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黄金劇場

 有り得ざる空間、存在しない場所。
 隔絶された未来、誰の手も届かない無明の世界。
「これで宜しくて? いえ、宜しいわね。
 この一流の舞台は招かれざる客を許さない。
 演目が始まっても居ないのに雪崩れ込むような不品行を認めたりはしないでしょう!」
 未だ誰も居ない――これから無数の『観客』を飲み込む黄金劇場の目の前で彼女は久し振りに余裕のある意地の悪い笑みを浮かべていた。
 そう、黄金劇場だ。この混沌の『何処』とも指定出来ない、正確な座標を持たない魔種の世界に煌びやかな黄金のあしらわれた王宮よりも豪奢な神の劇場が浮かび上がっている。それは物理的な建築に非ず、さりとて確かにそこに存在している。
「流石は『スポンサー殿』だ」
 貴族が高名な芸術家に常識外の贈り物をした事例は人間の社会にも幾つもあろう。
 そう考えれば『冠位』たるルクレツィアがダンテという音楽家に与えたこの劇場は似たようなものと言えるだろうか?
「後はこの劇場に相応しい調べを仕上げるばかり。
 ご期待なされよ。これ以上の『不具合』が無ければきっとそれは上手く行く」
「そうである事を望みますわよ」
「……いや、そうでなくて困るのはむしろ貴方より私の方なのだ」
 後半生全てを捧げ、妻も娘も糧にする『煉獄』はダンテの苦しみの人生そのものだ。
 拍手をしてみせた彼もこの時を迎えれば幾分かは高揚しようというものだった。
「スポンサー殿。一応確認しておくが、この黄金劇場は外からの侵入を許さないのだな?」
「勿論。貴方の半端な結界を私が弄りましたから。同じ『冠位』でもそう易々とは侵入出来ない。
 まぁ、連中なら時間を掛ければこじ開ける方法位は思いつくかも知れませんけど。
 何れにしても『人の領域』を出ない特異運命座標に出来る事ではありません」
「……しかし、彼等には幾多の不可能を覆してきた『奇跡』の実例がある。それも山のように」
「ええ、ええ。『何処に黄金劇場が存在するのか』が分かるなら。
 問題に正対する事が出来るのなら。
 あの連中は知恵の輪をゴリラのように引き千切り始めるような連中でしょう。
 しかし、誰も知らない座標外の劇場にどうして彼等の奇跡が効果を及ぼしたりするでしょうか。
 目標を取れないのなら、その力さえ無いものと同じ。素敵な合理性でしょう?」
「増幅の性能も問題は無いかな?」
『冠位色欲』ルクレツィアの権能は他者の心を弄ぶ事と『増幅』だ。
 ルクレツィアは一人で戦う事を(冠位なりに)然程得意とはしていないが、こと搦め手を撃たせたら面倒極まりない女である。今回の黄金劇場なる結界は『ダンテの異能を冠位並みに強化した産物』である。その能力の性質上、彼女は原則的には自分一人で動く事を前提としないが、裏に回ったならば本人の自認にも劣らぬ程度には厄介である。かつてジャコビニという男がルクレツィアの干渉により暴走めいた『二重反転』の症状を見せたのも、『原罪の反転の増幅』という実に冒涜的な権能の発動をトリガーにしていたという事だ。
「……貴方ね。私は冠位ですわよ? 不敬でなくて?」
「成る程、確かに冠位だ。
 いや、その力を疑っている訳ではないのだよ。
 しかし、今回の舞台は失敗出来まい。それは貴方のオーダーだ」
「ああ言えばこう言う。本当に面倒臭い男ですわね」
 口煩いダンテにルクレツィアは少し閉口したようだった。
 巨匠(マエストロ)は形から入る必要のある男では無いが、巨匠だからこそ舞台に求める注文は多い。
 音響は? 賓客を迎え入れる格式は?
 最高の料理が味だけで決まる訳ではないように、ミューズに愛された彼は全ての準備に水さえも漏らさない覚悟である。
「兎に角。貴方の空間を私が仕上げました。『冥王公演』の為にも必要だった手順ですし、ね。
 まぁ――その手順を『冥王公演の為にではなく冥王公演を始める為に使っている』なんて。
 そんなものは全く業腹極まりなくはありますけど」
「満願の成就がそう容易いものならば、感動も薄れようというものだ」
「『感動』に到ればね」
 ダンテの言葉をルクレツィアは強烈に皮肉った。
「私の方よりご自分の曲の方を心配なさいな。
『冥王公演』には私と貴方の『煉獄』の双方が不可欠。
 そして貴方の曲は、貴方の娘という最高にして究極の楽器なしには語れないのでしょう?」
 ルクレツィアの言葉は全く正しい。
 そも『冥王公演』とは何か。
 冥王公演とはダンテの『煉獄』を披露する一大ステージである。
 そも『煉獄』とは何か。
 それはダンテという巨匠が生み出した『究極の呼び声』である。
 人の苦しみを解放する――全てを無かった事にするもの。
 今自分が到る昏く穏やかなる境地に人を誘う極上の音楽である。
 さて、その上で『煉獄の器』とは何か?
 答えは道理の上にある。リア・クォーツ(p3p004937)という女がどんな特性を持っているかを考えれば難しい想像ではない。彼女はクオリアだ。他者の総ゆる感情を旋律として受け止めてしまう『受信機』だ。彼女の性質が反転したならばそれは『発信機』ともなろう。即ち『煉獄の器』とはダンテの曲を増幅し、世界中に届ける為の装置である。
 要約をするならば『煉獄』はリアとルクレツィアにより増幅され、幻想中、或いは世界中に拡散する。
 それはまさに史上最強の呼び声(スーパー・クリミナル・オファー)である。
 世界中で無数の反転が生じ、数限りない魔種が生み出されよう。
 ウィルスのように広がった悪意と破滅の嵐は滅びのアークを満たし、神託を大きく成就へと傾けるだろう。
『世界中が最効率で最大限に無茶苦茶になる』。
 これはまさに『兄弟如きには出来なかったルクレツィアの特別製』そのものだ。
「正直、何度も念を押されるのは不愉快ですが、これまでの事もあります。
 幾分か少しマシな連中を用心の為に用意しておきますから、巨匠(マエストロ)。
 貴方は安心して――早く娘の心を壊しておしまいなさい」
「ああ、嬉しい! 愛しい方! ぼくの名を呼んでくれるなんて!」
 ルクレツィアが溜息を吐くと同時にアタナシアをはじめとした複数の魔種が黄金劇場に現れた。
「うるさい。鬱陶しい。前回の失態を忘れてあげた訳ではなくてよ。
 いいこと。アタナシア。今度こそ、私に相応しい忠誠を示しなさい!
 オーダーは『冥王公演』発動まで黄金劇場を守る事――とは言っても。
 あくまで心配性の巨匠(マエストロ)の為の保険です。
 この場に現れる敵なんて誰一人居ないでしょうけどね!」


 ※『プルートの黄金劇場』事件に大きな変化があった模様です……
 ※プーレルジールでの戦況が届いています――!


 ※神の王国に対する攻撃が始まりました!!

これまでの天義編プーレルジール(境界編)終焉の兆し(??編)

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