PandoraPartyProject

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燃ゆるは下闇

「ラサの様子は如何ですか?」
 アルティオ=エルム。大樹ファルカウ上層部、祈りの地に立っていたリュミエ・フル・フォーレはゆっくりと振り向いた。
 その視線の先にはラサの傭兵団『レナヴィスカ』の頭領であるイルナス・フィンナが立っている。
「深緑と同様……と言うべきでしょうか。いえ、事象は似通っていても中身までは別なのでしょうが」
「そうですか。ならば、滅びの気配が近付いて来ていると」
「恐らくは」
 頷くイルナスにリュミエは渋い表情を見せた。
 世界が滅亡するという神託はリュミエとて理解している。それも近い将来であり、世界の延命措置を行って居るのは紛うことなき救いの可能性(パンドラ)そのものであるのだ。
 特異運命座標という存在を最初は穿って見ていたが、彼等は己の身を砕いてでもこのアルティオ=エルムを救わんと体を突き動かした。
 リュミエは大樹ファルカウの巫女であり、アルティオ=エルムの指導者である。
 だが、滅びに抗うほどの力を有しているわけではない。ただの、『神託』の代弁者である大魔導そのものだからだ。
(ああ、もしも――もしも、貴女がこの世に生きていたならば……どの様に世界を救わんとしたのでしょう)
 幼い頃に一目見たことがある女がいた。この大樹ファルカウと愛し心を通わせた『大魔導』。
 魔法の原点がマナセという魔法使いだとするならば、『まじない』の始祖と呼ぶべき女がいたのだ。
 そんなことを思ってしまうほどに、この世界の滅びの時は近くリュミエ自身は恐怖心を抱いていた。
「……世界が滅びを求めるかの如く、運命的な歯車を動かしているというならば。
 恐らくは、特異運命座標という存在が救いであることは間違いないのでしょう。彼等がいるからこそ、こうしてラサや深緑にその姿を見せた」
「はい。覇竜領域にもそれは漏れ出でた。……特異運命座標達が居なければ、そもそもその情報さえ耳に入らなかったでしょう」
 イルナスは「彼等に頼り切りですね」と肩を竦める。リュミエも負い目はあった。どれだけの危険があろうとも彼等は滅びに抗う最前線に立っている。
 滅亡の刻を前にしたとしても彼等は挫けずに戦い続けるのだろう。その時に、リュミエに出来る事は何も無いのではないかと漠然と感じてしまうのだ。
 それだけ、彼等の得た力は特異な者だ。彼等で無ければ蓄積しない可能性(パンドラ)が、只の身一つの女には得がたいものであったから。
「……リュミエ様?」
「いえ、考え事をしていました。『赤犬』に連絡をして下さいますか?
 そちらの南部砂漠コンシレラと同じように迷宮森林の西部に存在するメーデイアは現在、滅びの使徒が姿を見せたと。それから……」
 リュミエは息を呑んだ。唇を震わせ、言葉に迷うように思考を巡らせる。どうした言葉を連ねれば『救い』になるのか。
 ああ、これは自己満足だ。生まれてこの方、こんなにも不安になった事は無い。何せ、何時も聞こえていた声が聞こえないのだから。
「……メーデイア周辺の霊樹は私との対話を拒んでいます」
「それは……」
「赤い焔を思わせる幻影は、森を焼き払わんとしているかのよう。
 決して迷うことのなかった幻想種達とてメーデイアの内部から自力で抜け出すことは困難にもなる。
 行方不明になった幻想種を探すべく霊樹との疎通を試せども、それらは怒りに目が眩んだかのように私達を拒否するのです」
 木々は常に共に在ったはずだった。美しい森林と共に長く穏やかな時を生きていく。それが幻想種の在り方だったのに――
 拒絶されてしまったのならば、己はどの様に木々に向き合えば良いのか。
 その事ばかりを考えて、思考が暗闇の淵に落ちていく。
「彼等は憤っています。その時に感じられた灰の薫りも、燻る炎の気配も。
 ……まるで、赤き焔鳥がこの地を焼いた時のよう。大樹を救うべく、茨を打ち払わんとしたあの時のようで。
 ですが、あれは間違いでは無かった。ああしなくてはこの森は取り返しのつかない事になったでしょう。けれど……」
「リュミエ様は、それが木々が対話を拒んだ原因であると?」
「それだけでは無いような気がしています。何か、大きな力がそうあるように扇動したのでは無いか、と」
 リュミエは首を振ってから、はっとイルナスを見た。
 己が不安ばかりを告げて良い相手では無い。彼女は森を出た存在なのだ。
 それに彼女は南部砂漠コンシレラの『不毀の軍勢』と名乗る者達への対処に追われて居る。
 ラサ、そして深緑にも顔を見せた亜竜集落の里長の少女も『星界獣』と名乗る獣が現れたとも告げて居た。
 影の領域より漏れ出でた滅びの気配がワイバーン等に取り憑き『滅気竜』と化したという報告だって受けている。
(……これが、影の傍らにあると言うことか。平和ぼけでもして居たのでしょう。
 長らくの平和に、崩れゆけども気付くことのない滅亡の気配にも、目の当たりにするまでは何ら感慨を抱かずに居た)
 リュミエは静かに目を伏せてからイルナスに言伝を頼んでメーデイアの方角へと視線を送った。
 メーデイアとは真逆の位置に存在する白き都には2度目の冠位魔種の凶行が差し迫っているらしい。
 残るは二人と、原初の魔種と呼ばれた存在であると聞いている。何も楽観視できやしない。奥の手とは何時だって隠しておくものだからだ。
 リュミエは嘆息してから、イレギュラーズを呼んで欲しいと傍付きの神官へと声を掛けた。
 今は、一つずつの対処を行おう。それが良き未来を開けると信じているのだから。

 ※ラサ、深緑、覇竜それぞれに新たな敵の存在が確認されました!

これまでのシビュラの託宣(天義編)プーレルジール(境界編)

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