PandoraPartyProject

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果てなき夢の

 ――まどろみの中に居る。
 豊かな胸元に、温もりを感じたまま。
 ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)は、隣に寝る恋人の少女をそっと抱き寄せた。
 熱い吐息が谷間をくすぐれば、幸福感が溢れてくる。
 白銀の髪からは、今日はベルガモットの香りがした。
 指先にくるくるとからめとり、すべらかな感触を楽しんでいると――
「んーぅ……」
「レティのお寝坊さんですこと」
 ディアナは寝言にくすりと笑うと、半身を起こした。
 けれど恋人の寝返りによろめき、四つん這いで覆い被さるような姿勢になる。
 幾星霜を共に過ごし、けれどあどけないとすら思える――そんな安らかな寝顔が真下に来た。
 落ちかかるディアナの髪が恋人の頬をくすぐり、また悩ましげに吐息が零れる。
 首のチョーカーを撫でれば、こぼれそうな胸に赤い情熱の痣がちらりと見えた。
 微熱に浮かされ思わず指と指を重ねると、薄絹のほどけた無防備な肢体がくねる。
 このまま肌を重ねてしまいたいが――残念ながら今日は朝から仕事なのだ。
 そして違和感を感じる。
 仕事とは何か。
 朝とは何か。
 この永遠の王国に、無限の黄昏に、そんなものなどありはしないのに。
 けれど大事なことをしなければならないのは確かで。

 だからこの光景が夢であることを悟る。
 醒めないでほしいと願う。
 一心に、このままでありたいと。

 なのにすがればすがるほど、脳は目覚めに向かって進み続けてしまう。
 胸奥をくすぐる甘やかな官能は焦燥へ、灯る微熱は寂寥へ。
 せめて唇の触れ合うだけでも、と。
 手を伸ばして、気がつけば朝だった。
(いつもの夢……ですわね)
 どうせ夢ならば、もっと好き勝手にすれば良かったなどとも思う。
 それは古い古い記憶だった。
 旅人(ウォーカー)であるディアナがこの世界『無辜なる混沌』へ召喚されるより以前の想い出だ。
 ディアナは恋人と共に、果てしない永遠のまどろみのような世界で暮らしていた。
 今でもそこへ帰りたいと、心から願っている。
 二度と会えないかもしれないなどと、何度考えてしまったろう。
 あるいは元世界では女神の一柱であった自身は、ここではただの人の身であり、戦いや病でいつ命を落とすとも限らない。けれど――詮無き不安を、朝のコーヒーで流し込む。
 シャワーを浴び、歯を磨き、爪を確かめる。メイクを整え、ドレスを纏えば何時もの自分だ。
 ホワイトローズとラズベリーの香りを纏い、三面鏡で入念にチェックする。そして姿見へ。
 あの頃は全て侍女がやってくれたことを、今は自分だけの手で行う。
 面倒だった着替えだって、今となってみればそんなに嫌いなことではなかった。
 この世界に来てから、心持ちとてずいぶん変わったようにも思う。
 いや何よりも、ローレットのイレギュラーズ達との出会いからか。

 ここ探求都市国家アデプト――練達は、旅人(ウォーカー)による都市国家である。
 旅人は他所の世界から空中神殿へと一方的に召喚され、戻るすべはない。
 周知の通り、無辜なる混沌は――いつの日か必ず――滅びを向かえようとしている。すくなくとも絶対の予言なるものが為されている。
 そして空中神殿へ召喚された者達は、その運命を変えうる可能性の特異点とされていた。
 けれど必ずしも特異運命座標(イレギュラーズ)の全てが、滅びとの闘争を望む訳ではない。
 また世界が救済されたとしても帰ることが出来るとは保証されていない。
 他にも存在する様々な懸案や疑念が、人々をここへ集わせ、国としたのだ。
 故に練達という国家にとって『各々の出身世界への帰還』は、悲願なのだった。
 ディアナ個人においても、『帰りたい』という気持ち自体は非常に強い。
 けれど今はローレットのイレギュラーズと手を携え、滅びへ抗うという道を選んだ。
 これは間違いなく正攻法と思え、彼女が前向きな気持ちでいられるのもまたイレギュラーズのお陰でもあるのだが、そのあたりな些末な事情はともかくとして。

 身支度を整えたディアナは、実践の塔内に存在する地域『希望ヶ浜』のカフェへと向かっていた。
 ローレットのイレギュラーズへ一つの依頼を持ち込む為である。
 カフェではマキナ・マーデリックとも、同じ案件で待ち合わせをしている。
 現在は天義を中心に世界各地で発生する『神の国』なる問題にも取り組んでいるが、今日は別の案件だ。
 それは『プーレルジール』という『異世界』についてのことだった。

 プーレルジールは、どうやら『土足で踏み入ることの出来る異世界』であるらしい。
 これまでイレギュラーズが干渉出来た境界世界に類するのだろうが、その向こう側は『ライブノベル』という形で、いうなれば『うつし身(アバター)』を送り込む他になかった。
 それはR.O.Oにおいても近しい。
 だがプーレルジールはそうではない。
 おそらく明確な近世界であると思われるのだ。
 ならば練達としても、より明確にアプローチせねばなるまい。
 様々な手配は上層部に任せ、ディアナはとにかく現地へ足を運ぼうとしていた。
 協力してもらうのは、もちろんローレットのイレギュラーズだ。

 近世界に踏み込めたということは、さらに隣り合う世界へのアプローチも可能になるかもしれない。
 もしも世界と世界を一つずつ渡ることが出来るとすれば、あるいは故郷へたどり着くかもしれず。
 だからその案件には、この国の願いそのものがこめられていた。

 ※プーレルジールに関する依頼が、練達からも舞込んでいます。


これまでのシビュラの託宣(天義編)プーレルジール(境界編)

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