PandoraPartyProject

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『うつろ』う黄昏

 女はフォスと言った。ピュニシオンの森を管理する使命を帯びた一族の娘である。
 ピュニシオンの森とは、覇竜領域に横たわる広く鬱蒼とした森林地帯のことを指した呼び名であった。
 帰らずの森、死の森、人々がそう呼んだのは上位存在たる竜種や、亜竜の住処であったからだ。
 二度とは帰り着くことの無い場所として平時は立ち入ることを禁じられ、尚も行く者は森に存在する関所で通行手形を受け取らねばならなかった。
 死への片道切符と人は云う。
 名を連ねた帳票には死を厭わぬ愚か者達の名が記載されていた。
 ならば、その関所を誰が護るのか。それこそが『志遠の一族』であった。
 その地の管理者であった志家は拾い子達に植物や鉱物の名を与えた。死を遠ざけるまじないの意味を孕んでいたという。
 だが、どの子供達も長生きはしなかった。鬱蒼と茂った森の、悍ましい空気に心を痛めた者も居れば、蛮勇を振るい亜竜達に食われた者も居た。
 この地がどの様な場所であるかを志家の当主となった年若き娘は知っていた。
 フォス。それが彼女に与えられた『第二の名前』であった。生れ落ちた時に父と母より与えられた名ではない。この森で暮らす、生き延びるためのまじないの名だ。
(森の中は孤独だった。何れだけの月日が流れようと志遠の一族は拾い子達と狭苦しい一生を終える。
 私も、一族の者と婚儀を結び、子を成し志遠の一族を繋げてゆくだけ――ただ、その責務を負うためだけに此処に居た)
 フォスの閉じた世界に吹いた一陣の風は何よりも美しい物だった。

 ――フォスと云うのですかな? 本当の名は? 志遠の一族には『本来の名』があるでしょう。
   災い避けの名ばかりでは本当のおまえも辛いでしょう。老いぼれで良ければその名を呼びましょう。

 礼良。
 久方振りに呼ばれたその名に心が震えた。目の前の男はフリアノンに出入りしている『里おじさま』だったのだそうだ。
 彼は不思議なことに森に踏み込み、何処かへと出掛ける。だが、数日経てばふらりと帰ってくるのだ。
 共連れに見慣れぬ『人間』を連れる事もあったが……屹度、それは竜種達だったのだろう。
 礼良。
 呼びながら彼は笑った。見送るばかりの自分だった。
「いつか私のことも連れて行ってよ。君達の冒険に。きっと、こんな場所で誰かが死にゆく事を見届けるより幸せでしょ?」
 男は困ったように笑った。その傍らに立っていた竜種(らしき存在)は変な物を見るような顔でフォスを見上げていた。
「ああ、良ければ今度――」

 礼良。
 呼ばれてから顔を上げた。その機会が来て仕舞った。
「ベルゼー様」と呼び掛ければ彼は困ったように笑う。
 冠位魔種。オールドセブン。原初の大罪。許されざる『暴食』
 何れもが彼を表すには物騒すぎる呼び名で、彼らしくない悍ましい気配を孕んだ呼び名だった。
「礼良、どうされましたかな」
「……ピュニシオンを越え、ヘスペリデスにまで外の者達が来て仕舞ったようです」
「そうですなあ……困ったものだ」
 うそ。そんな簡単な言葉で済ませられるものではないはずでしょう。
 フォスはまじまじとベルゼーを見詰めた。ヘスペリデスの、隠された場所だった。まだ、此処までは『彼等』も辿り着いていない。
 ベルゼーはこの地に踏み入れたイレギュラーズに気付いて居る。フォスは「殺しに行く?」と低く問うた。
「手を汚し名さんな」
「けれど、此の儘じゃベルゼー様が傷付くだけでしょう? それなら、私が……」
「フォス」
「あなたは! あなたは、優しいから……誰にだって手を差し伸べる。
『志遠の一族』だった私にだって……。
 けれど、もう『限界』でしょう。まだ猶予があると云っても一月程度……。
 ッ、少しでもあなたに未来があるなら私のことだって食べてしまっても良いのに」
「フォス。まだ余裕はあるでしょうから、そんなに――」
「私じゃダメなら、白堊にだって頼みます。白堊だけで駄目なら、ジャバーウォックにだって……!」
「……礼良」
 ベルゼーが嘆息した。彼が首を縦に振る事なんて無いと、分かって居たのに。感情的になった。仕方が無い事だ。
 刻一刻と彼の時間は磨り減っている。
 もう一年以上前から彼の時が磨り減っていることは気付いて居た。そうでなければ、ベルゼー・グラトニオスが何処かの国を襲うこと何て無かった筈だ。
 ジャバーウォック達を連れて練達を襲い云った時も。
 失敗したからと深緑に竜達を伴って侵略への協力をしたときも。
(ああ、そうだわ。そちらの国を食えば覇竜領域に手出ししなくて良かったんだものね……)
 フォスは唇を引き結んだ。其れ等全てが挫かれ、黄昏の地に居る彼は着実に『消化』し続けている。嘗て喰らった『竜』を――『光暁竜』パラスラディエを。
「礼良、星を見なさい。美しいでしょう」
「……ベルゼー様」
「外では何が起っていますかな。兄の事だ……何処かに『ちょっかい』を掛けている可能性もありますなあ」
 くつくつと笑ったベルゼーは独り言ちてから目を伏せた。
 ――ああ、出来れば『兄』が大仰に動き回り、この地からイレギュラーズ達が撤退してくれれば良いのに。
 礼良はきつく唇を噛んでから「状況を確認してきます」と言い残し、その場を後にした。

 ※ヘスペリデスでの時が着実に過ぎていって居ます――
 ※領地に『覇竜領域』『シレンツィオ・リゾート』『浮遊島アーカーシュ』などの地方が追加されました!


 ※天義騎士団が『黒衣』を纏い、神の代理人として活動を開始するようです――!
 (特設ページ内で騎士団制服が公開されました。イレギュラーズも『黒衣』を着用してみましょう!)

これまでの覇竜編ラサ(紅血晶)編シビュラの託宣(天義編)

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