PandoraPartyProject

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理想郷の守人

 鴉が鳴く。
 空を飛び立つ音と共に。
 鴉が鳴く。
 真夜中だというのに、闇夜を飛翔しながら。


 ……久遠なる森。
 豊穣の一角に存在するその森の奥には、一つの街があった。
 どことなく高天京に似ているが、どこかが違う。
 いやそもそも森の奥に如何すればこのような街が立つというのか。
 何か、おかしい。
「……ふむ。やはりこれは……幻の類かな?
 しかしそれにしては随分と『精巧』かつ『無駄』だ――何を想っているのかな」
 そう感じているのはウォーカー……この国で言う所の神人が一人、藤原 導満である。
 彼は久遠なる森で生じている行方不明事件を追う一人であった。どこぞの誰かから依頼を受けた――と言うよりも、話を聞いた際にどことなく感じた好奇心で行動する彼は、独自に森へと足を踏み入れ、遂に街へとまで到達したのである。
 そして家屋の一つに触れる。さすれば感じるは確かな手触り。
 指の先に夜の冷たさが宿っている。ああ、この家屋は確かに此処にあるのだろう――

 そう思わせる程の出来だが、しかし違う。

 かつての世で都を守る陰陽師の集団、護星衆の長としての技能と経験が疼いている。
 これはきっと『まやかし』の類であると。
 ……それにしては意味の乏しさも感じるものだが。
 これほどの規模の幻を顕現させているのは単純に妖力が高いのか、それとも何か別に仕掛けでもあるのか……現時点ではまだ答えに辿り着くに足りぬが。しかしいずれにせよ分かっているのは『罠』の類が仕込まれていない事だ。
 ただ単純に、本当に本物そっくりの家屋がそこにあるだけ。
 術者の意図が測りかねる。
 罠の類を仕込まぬのならば一体如何なる意味がこのまやかしに込められ。
 あまつさえ長期間に渡って維持されているというのか――
「利ではなく、信義によるもの……そういう事なのかな」
「――おや、弥鹿殿」
「こんばんは導満殿。お互いに無事そうで何より」
 刹那。思考する導満へと声を掛けたのは弥鹿なる美丈夫だ――
 弥鹿もまたこの地に巣食う事態について調べに来た者である。彼が属する『里』の者が偶然にもこの付近に立ち寄った際に、そのまま行方不明になり――『里の長』がその心を痛めれたが故にこそ、来た。
 森の妖を退け踏破し、そうして街に住まう住民に見つからぬ様にしながら……だ。
 なぜならば。
「あちこちを見て回ったけれど、駄目だね。街の者達は既に『穢されて』いる。
 アレではきっと、こちらの言が届きはしないだろうね――」
「となればやはり」
「ああ。事態の解決にはもっと奥へと潜る必要があるだろう」
 そう。この街に住まう住民たちは、既に何らかの影響下に置かれているから。
 ……彼らは攫われた行方不明者達、だろうか?
 そこまでは分からないが、とにかく弥鹿は確信していた。
 彼らは正気ではないと。
 故に。もっと根本的な解決の為にはこの街の統括者を調べる必要があるだろう。

 あの――かつての帝と名乗る、偲雪そのものを――

「――そうはいかんな」
 だが、刹那。
 導満と弥鹿の背後に、何者かが突如として現れる――
 武にも優れる両名の警戒をどういう理によってか、すり抜け。
 近くの切り株に腰掛けていたのは……緑髪の老人だ。
「……おや御老体。いつから其処に?」
「近くをうろつくぐらいであれば放っておくつもりだったが、彼女を害するつもりならば話は別だ。ここからは帰さんよ」
「おっと、問答無用が過ぎるね?」
「私は争いは好まんが『線』はあるという事だよ」
 立ち上がる。その身に、闘志を内包しながら。
 ――否。それだけではない、周囲からも二人を包囲せんと近づいてきている気配が複数。
 これもまたこの街の異質さか。
 住民は不自然な程、笑顔を保っているというのに。
 一度『彼女』へと意識を向ければ――牙を剥いてくる。
「やれやれ、やむを得ないね……一度逃げるとしようか。この数は相手をしていられない」
「さてしかし、これは逃がしてもらえるものか」
 吐息零す弥鹿と導満――
 直後、激しき戦闘音が鳴り響く。
 陣が展開される気配。放たれる符。それらを叩き割る様な音――

 あぁ。どこかで鴉がまた鳴いた。
 また鴉が――泣いている。

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