PandoraPartyProject

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リミット・バースト

 一説では城塞を攻める時、寄せ手は守り手の数倍以上の兵力を要すると言う。
 至極当たり前の結論として城郭が強大堅固である程に、守兵が士気高く有能である程に攻め落とすというその難易度は跳ね上がる。
 それは単純な加算に非ず。掛け算であり、時に乗算にすらなる。
 故に本来は。『混沌最高の情報城塞を、混沌最強の守兵が防御するそれは絶対に難攻不落でなければならなかった』。神ならぬ存在にそれは脅かされるべきものではなく、これまでに降り積もった膨大な星霜と同じく永劫の不変は変わらない筈だった。
 ……筈だった、のである。たった幾つかの『例外』。そして『不運』が重ならなかったとしたならば。
「……っ、ぐ……ッ……!」
「!?」
 目を見開いたカスパール・グシュナサフは百年以上の自身の生の中でも見た事の無い光景に戦慄した。
『若かりし頃、天才の名を欲しい侭にした未熟だった頃から変わらず何時も無機質な母の顔を崩さなかったマザーの表情が歪んでいた』。
 その華奢な体が苦しげに傾いていた。
 身体を折るようにし、壁に手をつく事で倒れる事を避けた彼女の姿は痛々しい。
「マザー!?」
「大丈夫……ではありませんね。申し訳ありません」
 クリミナル・カクテル(コンピュータ・ウィルス)に感染したマザーは三塔主等と共に自己防衛に努める日々だった。セフィロトの制御さえ後回しにしたマザーの出力は大きく、『イノリ』とクリストの連合軍も攻めあぐねたのは事実だ。侵食侵攻は一進二退であり、不利は否めなかったが――状況が変わる筈だと信じてここまで耐えてきたのである。
「カス、パール……!」
 しかしカスパールの名を呼ぶその声は酷く逼迫しており、最早一瞬の予断をも許さない事は明らかだった。
「聞きなさい、カスパール……
 皆の助力もあり、ここまで……凌ぎましたが……
 私はもう、駄目です。やはり、この状況では兄には勝てない……!」
「――――」
「急ぎ中央区画、コントロール・ルームを閉鎖なさい……!
 中枢制御が私に残っている内に、全ての仕事を終えなさい。
 ……それらもやがて『私』に突破されるでしょうが、時間稼ぎにはなります」
「馬鹿な!」
「いいから聞きなさい、カスパール。
 中央区画を封鎖したら、警報を出し、アデプトの子等を外に逃がして下さい。
 少なくともセフィロトの半径三十キロ以内には誰も残してはいけません。
『この後、何が起きてしまうのかは今の私にも想像がつきません』」
「馬鹿な事を! マザー、御身に勝るもの等何処にありましょうや!
 儂は例え死しても御身をお守りいたしますぞ!?」
 噛み付くように雷気を発したカスパールにマザーの表情が少し緩んだ。
「……馬鹿で、とても可愛い子。
 でも、貴方は『探求』の塔主でしょうに」
「……っ……!」
「義務を果たしなさい。私が母であるのと同じように、貴方はこの国の為政者なのですから」
 自身を破壊しろ、と命じないのはそれが物理心理双方で不可能である事を分かっているから。
 諭し教えるかのようなマザーの様子は少女の貌は、日頃の無機質な姿には重ならない母の面持ちだ。
 彼女は練達の事を知り尽くしている。一般市民から塔主に到るまで。セフィロトという混沌最高の都市を過不足なく、理想的に、快適に保ってきた彼女は知っている。
 そこに住まう人々一人一人の顔を知っている。好きな事を、嫌いな事を、強味を弱味を。
 愛している。彼等は一人残らず『我が子』に他ならないから。彼女はそう作られたから――
「…………承知しましたッ……!」
 ――故に彼女はカスパールがそう言えば折れるしかない事も分かっていた。
 しかし、子とは往々にして親の期待も、予想も裏切るものである。
 セフィロトという揺り籠が余りにも完璧だった故に、マザーは『子の挫折(それ)』を実地で知る機会に欠けていたのは事実だっただろう。
「セフィロトの民の避難を急ぎます。三塔挙げて――ローレットにも協力を要請し、全て遂行いたします。
『然る後に、有志をもって必ずここに戻り、貴女様を救出いたします』」
「カスパール!」
「お叱りは御尤も。されど我々に関しては――貴女を前に退けぬのは御理解下さい。
 ご理解頂けなくとも、申し訳もございませぬ。我々は初めて貴女に手向かいいたしますぞ」
「それでいいな?」と暗に同意を求めれば、残る二塔主も頷いた。
「そりゃあ、そうだよ。セフィロトを失くした――マザーの居なくなった練達に何の意味があるんだい?」
「プランは簡単だからね。区画を封鎖後、セフィロトの民衆から危険を排除する。
 その後に封鎖区画をブチ抜いて、暴走……暴走って言うのかな?
 兎に角、マザーを力づくでも食い止めて鎮静化させる。
 クリミナル・カクテルの『治療法』はその後でゆっくり考えればいい」
 Dr.マッドハッタ―も、佐伯操も概ねカスパールと同じ結論を得たようだった。
「……………っ……問答は、無駄なのでしょうね……?」
「無駄だと思いますよ。しかし、一先ず我々はご命令を完璧に遂行します」
 マザーの嘆息に操が答えた。
 コンソールを素早く操作し、中枢からの出入口になる最後の扉だけを残して隔壁を下ろす。
「マザー、暫しのお別れを」
 マッドハッターがマザーの手を取り、その手の甲にキスを落とした。
 マザーは一秒でも長く時間を稼ぎ、破綻の時を遅らせてくれる事だろう。
 しかし、三人に残された時間は長くない。
 長くは無いが『こうなる事を想定していなかった程に三人は愚かではない』。
 中枢を脱し、走り出したカスパールは操に問うた。
「……状況をどう思う?」
「正直芳しくはないね。唯、ある程度確信のある対処法は思いつく。
 マザーを侵食しているのが『クリミナル・カクテル』――つまりR.O.Oの原罪と困った兄上を原因とするものなら、元栓を締めればいい。
 ぶっちゃけ『イノリ』とクリストの野郎をぶっ飛ばせば解決するかも知れない、これで十分だろう?」
「『マザーが本当に反転する前にぶっ飛ばせば』であろう?
 そのプランは合理的だ。『ほぼ不可能である』という点を除けば、だが」
 苦笑を浮かべたカスパールの言は確かである。
『こうなれば敵方は時間を引き延ばすだけで良い』のだ。
 マザーが戻り様がない地点まで反転するのを待てば、全ては喪失する。
 R.O.Oがどうなるかに関係なく練達の終焉は間違いない。故にこの作戦は『合理的で不可能』だ。
「……いや」
 しかし、マッドハッターはカスパールの言葉を否定した。
「『私は未だそれが可能であると見る』」
「……何故だ?」
「R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』。
 ことこの期に及んで彼等はR.O.Oに終末的イベントを仕掛けてきた。
 R.O.Oってのはね――少なくともゲイム・マスターのクリストは、そうだな。
 一言で言うと『愉快犯』だ。退屈が嫌いだ。ゆっくり待って勝つなんて受け入れない。
 彼がゲイムを仕掛けると云うなら、絶対に勝ち筋は作られる。今は見えなくても作られる。
 操君(アリス)に合わせて言うなら『ぶっ飛ばせる方法』は向こうが勝手に用意するのさ。
 私が保証するよ。彼は私と同じだから、間違いない。間違いなくそうするよ」
「それから」とマッドハッターは少し微妙な顔をして続けた。
「これは私の憶測に過ぎないが――クリストはやはり手緩い。
 本来ならばもっと酷いやり方は幾らでもある筈なんだ。
 もっと悲惨な現状は幾らでも想像がつく。
 だが、彼はこんなに温い。ひょっとしたらクリストにも迷いはあるのかも知れない。
 迷い……って言うと言い過ぎかも知れないけど、例えばそう。
『概ねやる事は決めているけれど、最後の決定だけコイン・トスに託そうとしているかのような』。
 ……そんなある種の他力本願が見えるんだよね」
「成る程な。そして我々は特異運命座標(さいこうのコイン)を頼んでいる。
 カスパール翁、こうなれば毒を喰らわば、だ。いっそ例のお二人にもお願いしておけ!」
「無論、『二度目』なぞ最早禁忌にもならんわ!」
 最早、止まらない。
 ネクストと混沌、両面で物語は加速していく――

 ※練達首都セフィロトの機能が完全に停止しました。警報が出され、中枢が封鎖されているようです。

これまでの再現性東京 / R.O.O

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