PandoraPartyProject
マスターキーとアストラルレイヤー
「これを見ろ。何に見える」
片手にハンバーガー、もう一方の手に鍵。鍵のほうを顔の位置にかざして見せるザムエル・リッチモンド。
伝承王国はメーヴィン領。マニエラ・マギサ・メーヴィンの収める領地でのことだ。窓の外にはのどかな牧場が広がっている。
裕福とは言えないし周辺領主からもあまり良い顔をされていないが、静かな牧場と少数ながらも仲の良い領民たちに囲まれた平和な暮らしが見られる場所だ。
この屋敷に執事やメイドはいないらしく、領主マニエラの夫だという者がワゴンを押してやってくる。中性的で背の低い、少年や少女と言われてもおかしくないような容姿だ。ぶっちゃけ男性なのかどうかすらあやしいし、その疑問を投げかけてもマニエラは穏やかな笑みしか返してこないという謎の夫(?)だった。
そんな彼がリアナル(p3x002906)とファン・ドルド(p3x005073)の前にハンバーガーセットを並べていく。
ごゆっくり、と言って去って行く彼を見送ってから、ファンは豪胆にもハンバーガーの包みを開いてかじりついた。
そして、質問に答える。
「ただのシリンダー錠に見えます。それとも爆弾のスイッチかなにかですか?」
「そっちの世界の俺は随分あんたに嫌われてるらしいな」
ザムエルは苦笑し、横にいるたかくらさんの肘を小突いた。たかくらさんはといえば、黙ってハンバーガーをもふもふしてたまに頭上の豆柴に喰わせたりしていた。会話に混じる気は無いよといわんばかりだ。
壱轟(p3x000188)と玲(p3x006862)は難しい話は任せたぞとばかりにハンバーガーとコーラに夢中になっている。
「まあいいか……説明を聞け。ピンシリンダーってのは立派なもんでな。大量に鍵をあつめて計算すればマスターキーの形状を導き出すことができる。
この世界も同じだ。『リセットされても残るデータ』を大量に集めて計算すれば、部分的ではあるが世界の形を導き出せる」
ものすごくざっくりと、かなりの部分を省いて言ったようだが、聞くべき内容はたしかにここだけだ。
「あなたのいう、『アストラルレイヤー』に関係のある話ですか?」
「そういうことだ。この世界には表示されない特別な記憶領域だと俺は考えている。その場所にアクセスすることができれば、世界を文字通り裏側から操作できることになる」
ザムエルは残りのかけらを頬張ってから飲み込むと、鍵をカチャリとテーブルに置いた。
「この世界にはごく稀に、『死んだ筈なのに復活している人間』がいる。あんたらのいうバグだな」
そこまでの話を受けて、崎守ナイト(p3x008218)が腕組みをしながら難しい顔をした。その後ろに立つ秘書ティアンが、その実例だ。
この土地の領主マニエラも、過去何度も死亡した筈なのに生きている。
混沌世界において死者蘇生は『絶対にあり得ない現象』の一つだ。
ROOにおいてそれが起きているということは、それだけ重大なバグだと考えていいだろう。「なるほど……あんたらはそういう『不自然に復活している人間』を大量に集めてマスターキーを見つけ出そうとしていたってワケか」
過酷(HARD)な課題(MISSION)じゃねーの、と呟いて首を振るナイト。
ザムエルは指についたケチャップをなめると、包み紙を丸めてテーブルに置いた。
「半分は正解だ。不正解なのは『大量に』って部分だな。俺たちはアストラルレイヤーへのアクセス方法を見つけている。管理権限を奪い取る手順もな。あとはリセット記憶を持った人間を2~3人集めれば事足りる」
ナイトはその答えに対して、特別な反応を示さなかった。賢い判断だ。
実のところ、イレギュラーズたちも介入対策局との連携でアストラルレイヤーへのアクセス方法を獲得している。そのためのリソースもだ。そう言う意味ではこちらはリードしているが、明らかに敵であるザムエルが堂々と目の前に現れ、ハンバーガーを奢り、自分の計画を包み隠さず話している不気味さは引っかかる。
自分が敵の立場だったら、拷問されても自分の計画など話してやらない覚悟をもつだろうが……。
リアナルが舌打ちをする。空になったコーラのカップをテーブルに置き、そして身を乗り出した。
「おいザムエル。さっきから肝心なところを話してないよな。
アストラルレイヤーにアクセスしてどうするつもりだ?
家のリフォームでもしようって?」
あんたは知ってるのかという意図をこめて高倉を睨んでみたが、高倉は涼しい顔でザムエルを親指でしめした。こいつに聞いてくれということらしい。
それにこたえてか、ザムエルは肩をすくめた。
「別に大したことじゃあない。俺が目指すのは世界平和だ。この世界には人間が――」
「『この世界には人間が多すぎる』」
先に、ファンが口にした。
言葉を途中でとめ、そしてゆっくりと閉じるザムエル。
「初めから分かっていたことだ。ザムエル・リッチモンド。貴様の狙いはいつも『そう』だ。
裏から世界をいじくり回して、人間を間引いて、それで問題を解決するつもりなんだろう? 虐殺とどう違う」
「だが効率的だ」
何も間違っていないぞと胸をはるザムエル。
ファンは身を乗り出し、それが戦闘の気配だと察した壱轟と玲がサッと武器に手を伸ばす。
「だからといって、認められると?」
「誰も認めてくれとは言ってないが?」
ファンとザムエルが真正面からにらみ合う。
一触即発の空気になってきた……というところで、たかくらさんがコーラのカップをズゴゴーと音をたてて啜った。
緊張を崩されたザムエルが口をへの字にして椅子に寄りかかる。
「別にどう感じてもらっても構わない。他人は他人、私は私。私は勝手に世界をいじくるまでだ」
ナプキンで手を拭くと、拳銃を取り出した。
思わず身構える壱轟たちを無視して、自らのこめかみに押し当てて引き金を引く。
正しく銃声が響き、正しく銃弾が撃ち込まれ、正しく血がまき散らされ、正しくザムエルは死亡――して数秒、その死体はスゥとかすむように消えた。
血のついたハンバーガーを見て死ぬほど残念そうな玲に、たかくらさんが頷いて見せる。
「そゆこと。ざむえもんも『リセット』されてるんだよねえ」
それじゃグッバイ。そう言ったきり、たかくらもまたスゥっと消えてしまった。
――アンロットセブンがアストラルレイヤーを狙っていることが判明しました! 彼らはすぐにでも動き出すでしょう!
Re:エンドレスクリーク
なんでもあって、なにもない空間があった。
全ての物と時間が滅茶苦茶に混ざり合い、現れては消えてを繰り返す、人間の脳ではとてもではないが知覚できないような空間である。
いや、空間という表現すらここでは正しくない。
ここは魂の記憶領域であり、世界の設計図ともいうべきデータが滞留する階層。
その名も、アストラルレイヤー。
そんな空間でひとり、鼻歌交じりに両手を動かす者があった。
軽やかなフィンガースナップや、踵を鳴らすようなステップ。楽しげなダンスに見えるそれは、この領域では全く別の意味をもつ。
「出てこい、リュグナー・オルタ」
水平に薙ぐように腕を振り、指を鳴らす。すると彼のすぐそばに、跪いた男性が現れた。目元を包帯で覆ってこそいるが、その奥から漏れ出す気配は死神のそれである。そして手には死神の鎌が握られていた。
「でもってもう一人、やっぱり彼がいないとね――マカライト・オルタ!」
指鉄砲のように立てた両手の人差し指をリュグナー・オルタと逆の方向へと大きな身振りで突きつける。
すると、何もない空間から巨大な魔神が現れた。鎖をじゃらじゃらとさげたそれは、禍々しいオーラを隠すことなく放っている。彼が人類の敵であることはもはや疑いようもない。
二人は同じように跪き、そして頭を垂れる。
「「いと高き御方――『天国篇第六天 木星天の徒』ランドウェラ・オルタ様」」
かけられた声に、彼……ランドウェラ・オルタはニッコリと笑った。そして手で前髪をかき上げると、黒い光りの粒子が集まり猫耳の形になって頭に残る。
「うん、みんな久しぶり。僕だよ」
アストラルレイヤーの情報を書き換えることは常人には不可能である。仮に編集権限を得たとしても、意味不明な情報の羅列をいたずらにいじくり世界を致命的なまでに滅茶苦茶にしてしまうだろう。
だがランドウェラ・オルタにはそれができた。
世界レベルで暗号化されたアストラルレイヤーの情報を読み解き、己の望むように編集することができた。
といっても、編集が可能なエリアは限られている。情報密度の高い場所を編集すれば酷い障害を起こしかねないし、最悪自分の領域にまで被害が及ぶだろう。
だからこそ、伝承王国であれば首都など有名なエリアをさけ、あまり人のいないメーヴィン領など情報密度の低い場所を選択し編集するのだ。
その編集における儀式が、彼のダンスである。常人には理解不能なほど高度な念と動作の連続、まるで舞い踊っているように他者に錯覚させるのである。
「姉ヶ崎のくれたこのアバターデータ、いい感じだよ。けどROOにログインしてきた時のやつじゃないよね」
ピッとリュグナー・オルタ、マカライト・オルタへ指をさしてから、二回のスピンを経て後ろへと振り返る。
両腕を翼のように広げたその姿勢がコマンドとなり、両開きの扉を出現させる。
扉が開いたそのさきに居たのは、セーラー服を着た少女だった。学校にあるような椅子に腰掛け、本を開いている。
「ン?」
一言声を発するだけで、空間にザッとノイズが走り、周囲がピクセルモザイクに覆われていく。
振り向く動作で虹色の髪がひろがり、触れた空間が瞬く間に崩壊してくのがわかった。
座っているだけで、動くだけで、存在するだけで世界を壊す。
それが――。
「姉ヶ崎-CCC。君がくれたデータでしょ? どこから手に入れたの」
「どこって」
本のページをめくった。書いてあるのは色鮮やかなモザイクでしかない。
「『イデアの棺』のログインデータに決まってるでしょ。あなただって、あのとき生まれたんだから。今のあなたはジェーンたちから貰ったデータを複合させたアップデート版」
「ふうん? あっぷでーと……」
意味が全く分かっていないという風に言葉を繰り返してから、ランドウェラ・オルタは両手をズボンのポケットに入れ、タカタカタンッと小刻みなステップを踏んだ。すると、背景に不思議な谷の風景が映る。
『イデアの棺』というワードを詳しく知っている人間は、きっと世界中にもそう多くないだろう。
ROOのログイン装置やログインシステムを開発に関わっていた白亜工業という組織。そのメンバーが行った異世界研究実験。八人のローレット・イレギュラーズが己の出身世界を摸した仮想世界で行動を起こし、情報を抽出するというそれは、今のROOのクエストシステムによく似ていた。ROOとは別物だとは言っても、その原形や先祖のようなものだといって過言ではないだろう。
マカライトやリュグナーたちは、その被験者だった。
世界から弾かれ、世界の底の底でデータだけの存在となって滞留していた姉ヶ崎-CCCは、そんな彼らの活動に引き寄せられる形で介入を始めたのだった。
少しずつ手を入れ、情報のコピーのしかたを学び、やがて自分や『大好きなお兄ちゃん』のコピーを流し込むことで平和な日常世界をまるごと作ることにすら成功した。研究員である清水博士の記憶を消すことにすら。
だが、そこまでだ。
「……」
姉ヶ崎-CCCはフイッと顔を本におとす。何も読み解くことの出来ない、モザイクだらけの本だ。
姉ヶ崎-CCCは世界の例外。存在するだけで世界を壊すバグ、もしくはウィルスである。
平和な日常世界を作り上げ、自分が姉ヶ崎エイスという器に入り込もうとした途端、世界は音を立てて壊れ、そして二度と戻らなかった。
だが、諦めるつもりはない。ROOという広大な世界に流れ込んだ今、幾度も試すことで少しずつだが世界に自分を入り込ませることに成功しつつあった。
「世界が全部壊れちゃってもいい。私とお兄ちゃん(イデア)が一緒にいられる世界なら――」
「仰せのままに、姉ヶ崎」
ランドウェラ・オルタは頭を垂れると、背景の中に溶け込んでいく。
そうして、表層世界にリセット現象が起きた。
――正義国邪摩都付近でリセット現象が発生。『死出の谷』が出現しました。
これまでの再現性東京 / R.O.O
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