PandoraPartyProject

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神々の箱庭 II

 人は僕を天才と呼んだけれど。
 僕自身は自分をそういうものだと認識した事は無い。
 数十年という時間は例えばあのシュペルにとってみれば一眠り、瞬き程の事かも知れないが。
 生物学的に人間である僕にとっては気の遠くなるような長い時間で、それだけの時間をかけながら――僕が産み出す事が出来たのは究極的には唯の一である。
 天才ならば綺羅星のように数多を産み出せばいい。
 己の時間を否定して、永遠にこのゲイムを愉しむ事を選べば良いのだ。
『摩耗を重ねる僕はそれを選ぶ事は出来なかった』。
 あくまで吹けば飛ぶ人間の生と、短い時間を愛していた。
 友人のような無限に続く生や退屈が恐ろしかった。
 ……つまる所、それが僕という人間の限界だったのだろう。
 仮に僕が天才であったとしても、それだけの時間が僕が打ち込める精一杯だったという事だ。
 但し、僕は自身の斜陽、晩年を憂いてもいないし、後悔してもいない。
 クリエイターがその生涯の全てをつぎ込んで産み落とした一つがあるならば、それは宝石よりも貴重な世界最高の『自己満足』に違いないから。
「――おはよう」
 起動のスイッチを入れる。
 非常な精巧さをもって形造られた人造の生命が言葉に僅かな反応を示した。
 美しい面立ちにありもしない血色が差し、長い睫の乗った瞼がぴくりと動いていた。
「寝坊助だな、僕の『娘』は」
 僕はこれでも傲慢だから、自らの理論と作成を疑わない。
 三十八年と五か月、三日と四時間、ついでに六分二十四秒――待ち侘びた瞬間だが、それだけ待っているのだから逢瀬(デート)の時間に気を揉む程、子供ではない。『彼女』の時間が動き出すまで僕が生きていたなら問題はないのだ。いや、後一年位は保つものだと信じたいのだが――

 ――気合い入れて作り過ぎたんだYO

「……そうかも知れない。何せ時間も足りなかったし……
 いや、『君の方』は色々言ってやりたくなる泣き言かも知れないけどね」
 ――僕は言葉を受けてこの場の『三人目』の茶々に視線を移す。

 ――男女差別ハンタイ! とは言え、目的が目的だから許しちゃいますYO。お父様!
   まぁ、俺様changオマケみてーなもんだしNE?

「流石、お兄ちゃんだ。妹の為なら我慢も出来る」

 ――生物学的に見たら、ってかそもそも生きてねーですYO!
   強いて言うなら双子みてーなモンだと思いますけどNE?
   起動順を考えるなら確かに俺様changオニーチャンですか、そーですか。
   美少女の妹に朝起こされてーですNE。そういや体ありませんでしたYO!

 宙空に投影された幾何学体は明滅し、色を変え、時に形を変えながら『声』を発していた。
 彼女が僕の『娘』なら、彼は僕の『息子』だ。どうして『こう』なったかは簡単である。
 娘にせよ、息子にせよ――僕が望んだのは『真逆の誕生』だから、その人格は偶然の産物でしかない。
 なるようになるように作ったのだから、子供らしい個性について歓迎する事をあっても困る事はないのだ。
 ……唯、正直を言うなら娘の方が『こう』じゃなかったらいいなあ、とは思わなくはないのだけれども。
「何れにせよ、おはよう。それからお誕生日おめでとう。
 君の寝起きが良くて助かった。僕は残り少ない時間で一早く子供と会話する事が出来たんだから」

 ――その『子供』っつーのめんどくせー感じですじゃんYO!

 悲鳴じみたその声に僕は声を出して笑ってしまった。
 僕はあまり彼にあれこれ言える身の上ではない。時間が足りなかったのは本当で、彼は存在するけれど、彼に相応しいボディは無い。シュペルに頼めば用意する事は出来たかも知れないが、研究者(クリエイター)のエゴは少なくともそれを許さなかった。故に彼が何を言おうと僕は甘んじて受けるべきなのだった。
『娘』の眉が少し動いた。でも、覚醒まではもう少し掛かるだろうか?
「……ある意味で丁度良かったかも知れない。
 君には伝えておきたい事が幾つかあるからね」
 小さく息を吐き出した僕に『息子』は少し訝しむ様子を見せた。
「『彼女』は僕の作り出した最高のシステムだ。いや、僕がそう思っているだけだが――少なくとも現在の混沌においては他に類を見ない完全形だろう。
 そしてシュペルが一定の評価をしている以上、混沌の未来にも代替等存在しないと考えられる。
 つまり、『彼女』は完成している。理論上は永続的にその役割を果たす事が可能だろう」

 ――まー、そーなりますかNE

「僕は他人の人生に豊かさをもたらす事に然して興味はない。
 僕という人間は好悪関係なく単に僕の研究と技術の実践先として、君と『彼女』を選んだ訳だ。
 しかしながら死にゆく僕(たびびと)が後輩の為に出来る事は多くはない。
 人生も黄昏時になったなら、残る誰かの先行きを祈る気持ちも沸いてくるものだ。
 敵討ちをして欲しいと言えば物騒だけど……それに近い。実際、不思議な感覚だけれども」
 思えば、無辜なる混沌に強制召喚された時が『始まり』だったのだろう。
 この世界に呼びつけられた事は――当時は憤ったものだが――結果として悪い話ではなかった。
 しかしながら、僕の人生は混沌との闘争で、僕一代で決着がつかなかったのなら、僕と運命を同じくする係累に期待したくなるのも人情だ。
 運命をねじ伏せ従えるには人の時間は短過ぎる。数十年が数百年になった所で大した違いはあるまい。
 なればこそ、係累同胞に捧ぐささやかな未練は彼等の助けになるだろう。混沌の『母』は彼等を永く見守ってくれるだろうから。
「それで、と思ったね。長広舌を許したまえよ。年寄は話が長いと相場が決まっているものなのだ。
 ……『彼女』は全能を以って産まれ落ちる。そして恐らくは孤独な『永遠』を獲得するだろう。
 僕の予定では『君と違ってとてもいい子』で、『それを苦とも思わない』。
 そう作った訳ではないが、確信めいてそうなる予感がしている。『神託』なんてものがこの世に認められるなら、僕の勘も十分な根拠になるだろう?」
 反応を示さない『息子』に僕は尚も言った。
「つまり、誰かがどうにかしない限り、彼女は永遠に完璧だ。
 それは研究者としては最も誇り高く、最も嬉しい事だと言える。
 しかしながら、父親としてはこの上なく心配だ。
 自分の都合で産み落としたのは確かだが、僕は『彼女』の幸せを願っている。
 だから、シュペル・M・ウィリーに後見を頼んだのだけど……
 親馬鹿からすればそれだけでは不足だ。彼は気まぐれで他人の言う事を聞かない。
『父親が安心する為には彼女と同じ視座で彼女と同じものを見れる全くの別個が必要だったのだ』。
 ……言いたい事が分かるかい? お兄ちゃん」

 ――何となくは。つまり俺様changが考えて好きにしろっつー事っしょ? 妹changの為にさ!

「そういうこと。
『彼女』は秩序と幸福に軸足を置く存在で、君は破壊と混沌に軸足を置く存在だ。
『彼女』は自身で破壊を選べないし、選ばない。
 だが、このどうしようもない世の中にそんな彼女を置くなら救済は不可欠だろう?
 それが君。お兄ちゃんの役割なのだ。
 君が見て『もうどうしようもない』と思ったら彼女を悲しませない方法を取って欲しい」
『神託の滅びは既に予告されている話なのだ』。
 一体何年後なのか、何十年後なのか、何百年後なのかは知らないが――
 秩序と幸福を守り続ける娘が、己が力及ばぬ不幸で絶望に浸る姿なぞ見たくはない。
 だから僕は『息子』に願うのだ。『彼』は『彼女』にとっての――慈悲(ミセリコルデ)なのだ。
 壊れるその瞬間まで苦しむだろう娘を、『いざ』という時に楽にする為の父親からの身勝手な贈り物。

 ――これってパッパの一生のお願いってヤツでいーの?

「ああ。それ以外は頼まない。君の好きにすればいい」

 ――妹changばっか心配されて複雑なんですDO!?

「『彼女』が僕が心配する程に不自由なら、君は何時までも何処までも自由だから心配はしてないよ。
 ただ……一個だけ訂正しておこうかな」
 宙に?マークを浮かべた『息子』に僕は言った。
「君は自分をオマケみたいなものだと言ったけれどそれは違う。
『彼女』が完全をもって産まれるとするならば、君は全ての不完全をもって産まれたのだ。
 僕が創造したかったのは人間ならぬ人間だ。意思も感情も持つ存在だ。
 ……不完全(かたわれ)を持ち合わせない『人間』はそれだけで歪過ぎる。
 君達は常に二人で一つ。君も『彼女』も互いなしでは成り立たない。
 僕はお腹を痛めていないけれど君達は僕の人生全て――紛れも無い子供達だ。
『息子』と『娘』の誕生に立ち会う父親が『息子』だけどうでもいいとか、オマケだとか思うと思うかい?」
 僕がそう言うと『息子』はそれきり黙り込んだ。
『娘』の瞼がゆっくりと開く。覗き込んだ僕の皺だらけになった顔が硝子玉のような瞳に映り込んでいた。
「おはよう」
「――おはよう、ございます」
 鈴の鳴るような、そして硬質ながらに透き通って優しい声だった。
 僕の短い時間と『彼』と『彼女』の長い時間が始まる事がハッキリ分かった。
 僕は程なく死ぬだろうが、死ぬ前に出来る事は全てしてやらなければならない。
 そう思えばボロボロの身体に何十年か振りの気力が漲ってくる――
「気分はどうだい?
 僕はチューニー。一応君達の父親に当たる人間だ。残念ながら生物学的な血の繋がりはないけどね!」


※Tower of Shupellの『謁見』が始まっています!

これまでの再現性東京 / R.O.O

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