PandoraPartyProject
神々の箱庭
今に連なる国らしき国も無く。
今に繋がる伝承よりも、伝説よりもずっと前。
考えるだに、うんざりするような男が居た。
「この世の中に溢れる不遜の中でも貴様に勝るものはあるまいな」
小生は砂を噛む気持ちを押し殺して、実にげんなりと『彼』の背中に言葉を投げた。
「混沌広し、いや? 遍く多重世界広しと言えども。
この小生を『呼びつける』愚か者なぞ、貴様をおいて他にはおるまいよ」
「やあ、シュペル。来てくれて嬉しいよ。でもちょっと待っててね。今は未だ作業中なんだ」
「――それから、呼びつけておいて待たせるような大無礼もだ!」
……つくづく不愉快で、つくづく面倒臭い男だった。
全くもって事に全てが例外だ!
小生の長い時間の中で今でも記憶の底にこびり付いて離れない程には。
「……待たせたね、シュペル」
「一週間程な。神とって凡そ171時間と23分54秒は瞬きに過ぎない時間だが、神の時間をそれだけ浪費させる愚挙には神罰の一つもくれてやりたくなる所だ」
「ははは、そんなに集中しちゃってたか。それにしても――シュペルは相変わらず面白い冗談を言うね」
……実に不愉快で、鬱陶しく――それから当然のような顔をして、少しだけ特別な男だった。
「もういい。それでどうした? わざわざ呼びつけたのだ。大層な用があっての事だろう?」
小生が『塔』から外に出る事は殆どない。
程度の低い連中は『フィールドワーク』とやらを必要とするようだが、小生にとってそんなものは贅肉だ。
小生の全能は『塔』にありながら全ての作業を完結する事が出来る。
それが研究であろうと実践であろうと同様、一般における児戯であろうと神業であろうと同様だ。
必要ならば塔から出るのではなく塔の中に創世すればいいのだから、そんな事は決まっていた。
そんな小生にこの男は顔を出せ、と言った。
今日までの時間は小生からすれば瞬きだが、『人間』から見れば実に長い時間の果てだっただろう。
――シュペル、もし願い事が生きていたらの話なんだけれど。僕のアトリエに来てはくれないだろうか――
久方振りに入った『通信』を見た時、正直相手を見違えたものだ。
小生の記憶の中に居た若き俊英の顔には見るも無残な時間の爪痕、年輪が刻まれていたからだった。
『全く呆れ返る程に例外だが、小生が俊英と認めた程の男の顔にだ!』
たかだか数十年の時間で人間の限界が忍び寄っていた。馬鹿げた事にそんな些細な時間さえ超えられず、近い死期の匂いが漂っていた。
……思えば彼が神に『何か』を要求した事は初めての事だった。
だから――あくまで『だから』である。
小生はこの日、神の一座とも呼べる才覚を持ちながらたかだか数十年で時間を終えようとしている愚か者の顔を見たくなったのだ。他ならぬ小生が自ら赴いて己ならぬ誰かに会いに行くなんて全くぞっとする話だが、餞別にせせら笑ってやろうと思って老けたその顔を見にやって来たのだ。
「相変わらず面倒くさい事を考えていそうだね」
「は???」
「友達に会いに来るのに大層な理由をつけなければいけない辺りは神に同情する気持ちにもなるよ」
「はああああああ!?」
意味不明な事を言った『奴』はひとしきり笑い、それから強めの咳をした。
「……体調が悪い人間が賓客を待たせて一週間も根を詰めるのが合理的と思わんが?」
「いいや、合理的さ。僕に残された時間は長くないし、君は一週間でも待ってくれた。
前者は単なる事実で、後者は計算通りだし、確信もしていた。
……君は何だかんだ人がいいからね。こうやってお喋りにも付き合ってくれるだろう?」
「もう一度言ったら今すぐ帰るが?」
「じゃあ、言わないから許してくれ」
「……神は寛大だ。ゆめ感謝を忘れないようにする事だ」
『彼』は若い頃から人を食ったような性格をしていたが――久し振りに会ってもそれは何も変わらなかった。
小生は正直理解が出来なかった。小生程ではないにせよ、『彼』程の才覚ならば己の時間を『飛ばす』事位、大した手間でもなかろうに。興味本位で聞いてみれば「僕は人間だから人間の時間を生きる。第一、興味のない事にかけている時間はない」と来たものだ。
人間ならば分際を弁えて神を呼びつけるような真似を恥じ入って欲しいものだと思ったが。
「それで、今日は何の用だね。
もののついでに171時間待ったのだ。退屈な話ならそれなりに覚悟をしておく事だな?」
「君にとっては退屈な話かも知れない。しかしこれは僕にとってはまさに『人生』の話なのだ」
「……ほう? では『研究』の件か」
「ああ、そうだ。僕は程無く死ぬだろうが、研究は大詰めだ。
一応僕からすれば計算通りだが、計算には誤差が付き物だよな」
「小生に例外はないが」
「嘘言えよ、シュペル。君からすればこの瞬間がイレギュラーそのものの筈だぜ」
「……………」
「何れにせよ、今日は君にお願いがしたくて呼びつけた。
合理主義者の君からすれば話が伝われば会う必要はない、と言うかも知れない。
そして、どうしても会うならばお前が来い、と思うだろう。
しかし僕は死ぬ前に友達に会いたかったし、この体でもう塔を登れない。
君はそういう性格だから過剰な手加減は出来ないだろう?
だから、これは仕方ない事なのだ。嫌だろうがどうか許して僕の話を聞いて欲しい」
……不遜極まりない男が、やけに殊勝な事を言うのが腹立たしい。
煮ても焼いても食えない奴がどうにもしおらしい事が気に入らなかった。
だからこんなもの、鼻を鳴らして「とっとと用件を言え」と伝えるので十分だ。
「ありがとう、シュペル。
じゃあ言うけど、驚かないで聞いてね」
「小生を驚かせられる話ならば中々興味深いというものだがね!」
「驚くかは知らないけど趣味じゃあないと思うよ」
『彼』は悪戯気に言った。
何十年か前、若い頃に良く見た表情だった。
若く生意気な盛りの『少年』。
思い出されたのは、神に会うには余りにも心許なかった『少年』の顔だ。
「――シュペル、僕はね。君に僕の『子供』達の後見人になって欲しいと思っている」
「は……?」
『彼』は云った。
「だから、僕の子供達を僕の代わりに見守って欲しいと」
死出に向かう天才アーティファクトクリエイターはこの日、小生にこの世で最も向いていない提案をした。
「『貴様は何を言っているのだ? チューニー!』」
※Tower of Shupellの『謁見』が始まっています!
これまでの再現性東京 / R.O.O
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