PandoraPartyProject

PandoraPartyProject

ビフレスト崩壊

 ――幻想、中央大教会の擁する医療施設の一つ。
 イレーヌ・アルエは供の者と共に、その応接室に姿を現していた。そこには、志屍 瑠璃や、トゥーラらの姿もある。彼らは数日前、ミーミルンド派閥からの離脱を目論み、情報収集を行っていた貴族、ウィルフレッド・フォン・ジーグの救出作戦に際して活躍した者達だった。
「ウィルフレッドさんの情報によれば」
 イレーヌは言う。
「クローディス・ド・バランツの蛮行は確実の物となり、そして昨今の幻想を騒がせている事件の大元に、ミーミルンド派閥、ベルナール・フォン・ミーミルンドが存在することが明らかとなりました。そして、彼が古の死の女神、フレイス・ネフィラと共に行動していることもです」
 故に、事態は急展開を告げることとなる。明確にミーミルンド一派は国家への反逆者となり、『ミーミルンド討つべし』の機運が貴族内でも高まっていた。勇ましい事だ。ほんの少し前まで、我関せずとその対応をローレットや中央大教会に丸投げしていたにもかかわらず。
「貴族たちの変わり身には呆れる所ですが」
 瑠璃が言った。
「しかし、これで事態は好転するのは確かです。如何に巨人を擁するミーミルンド一派と言えども、幻想のすべてと、そしてローレットを敵に回したなら……」
「先はないでしょう。しかし、些か不安があるのは事実です……この期に及んで、何故彼らは沈黙を続けているのでしょう?」
「まだ何か隠し玉があるという事なのか?」
 トゥーラが首をかしげた。彼の言う通り、もし何らかの、それこそこちらの手をひっくり返すような何かを彼らが持っているのならば、事態はまた動きかねない。
「そのあたりも込みまして、ウィルフレッドさんにお話を伺いたかったのです。しかし彼はまだ療養中のようですね」
「酷く疲労していた。腕も折れていて、発熱も酷い。しばらくは動けないだろう」
「そこまでして……彼も円満に派閥を移動できる、とはいかないのでしょうね?」
 瑠璃の言葉に、イレーヌは頷いた。
「残念ながら。むしろ、仕えるべき派閥の盟主の悪事を糾弾したとなれば、それこそ他の派閥の盟主たちは彼の事を信用などはしないでしょう」
 諦観したように言うイレーヌに、瑠璃もまた暗澹たる思いである。貴族とは、それこそ後ろ暗いことなどいくつもしているものだ。幻想の腐敗した貴族となれば、そしてその腐敗の中で派閥の盟主と讃えられる存在となればなおさらだ。大声では言えないが、イレーヌとて、この伏魔殿たる幻想で権力を維持するためには、望まぬ酒なども嫌と言うほど飲み干してきた。
 結局、正義の行いなどが正しく評価される世界ではないのだ。世界は灰色に濁っている。ウィルフレッドとて正義感から派閥の悪事を暴いたわけではないが、それでも正義の徒という世間的な立場は変わるまい。
 この状況で幸運なのは、少なくとも世間的には、ウィルフレッドは正義の貴族として評されるだろう、と言う事だ。貴族とて裏の顔があるならば表の顔がある。表の顔としては、国家にあだなす悪逆を暴いた一助となったという事は、建前上、表彰を持って迎え入れられなければならない。が、そこまでだ。そこから誰かが、ウィルフレッドを自らの派閥に引き入れようとはしないだろう。長い苦難の時が、彼を待っていることに違いはなかった。
「中央大教会で大々的に援助を行うわけにもいきません。それだけでも、他の貴族たちからいらぬ疑いをかけられる可能性はありますから。結局、私たちは彼の行為を、全面的に讃えることはできないのです」
「それがこの国の現状か……それでもだいぶ良化はしていると聞いたが」
「それだけこの国の病巣は根深いのです……お恥ずかしい話ですが」
 そうイレーヌが言った刹那、ゆっくりと応接室の扉が開いた。その影から現れたのは、青い顔をして、腕を布巾で吊った少年、ウィルフレッドの姿だ。
「ご無礼を承知で失礼いたします……まずは、御心配、ありがたく。とはいえ、これも織り込み済みです。悪徳の徒として一緒くたに滅ぼされるよりは、まだ裏切り者として生きていた方が、家を再興するチャンスはあります」
 ウィルフレッドは自嘲気味に笑うと、「それより」と言って続けた
「志屍さん……ローレットに皆さんに託した資料は確認頂けましたね?」
「ええ、おかげで、貴族たちも反ミーミルンドの包囲網を形成しつつあります」
 瑠璃の言葉に、ウィルフレッドは頭を振った。
「申し訳ありません、それでは遅いのです」
「おそい、とは?」
 トゥーラの言葉に、ウィルフレッドは応えた
「ここからは、僕が脱出する直前に入手した情報です。以前、レガリアが紛失した事件がありましたね? ベルナールたちは、あのレガリアを所持しています。そして、そのレガリアを旗印に、最後の攻勢に打って出ようとしているのです」
 ウィルフレッドは、痛みと熱に朦朧としながらも、続ける。
「レガリアが敵の手に渡っているとなれば、最悪、日和見を続ける貴族も現れるかもしれない……! 彼らはすでに、攻撃の準備を整えています! 彼らを迎撃するには、時間が……!」
 ウィルフレッドが、その身体を震わせると、力尽きたようにへたり込んだ。イレーヌは供の者にウィルフレッドの介抱をさせると、イレギュラーズ達に向けて告げた。
「私はこの情報を持ち帰り、再度、国王と各派閥の貴族たちと情報を共有します。皆さんはローレットに。恐らく、すぐにでもまた、ローレットの皆さんの力を借りることになると思いますが……」
 イレーヌの言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。大奴隷市から始まった幻想の混乱の終着点が、最終戦争と言う形で訪れようとしていた。

これまでのリーグルの唄(幻想編) / 再現性東京 / R.O.O

トピックス

PAGETOPPAGEBOTTOM