PandoraPartyProject

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『Mother』

 ヴン、と頭の芯を揺らした重いノイズが去った時、その場所の空気は全く別のものになっていた。
 ローレットの面々の前に出現したのは一人の『少女』。いや、それを少女と呼ぶのが正しいかどうかは分からない。青みがかった無数の輝きを纏う彼女は神々しいと言っていい位の雰囲気であり、見た目の少女性に相反する何とも言えない存在感を纏っていたからだ。
「これは……」
 レオンの言葉は概ね一同の代弁だった。
 マッドハッターがたっぷりと勿体を付け、カスパールの承諾を仰いだ位の話である。
 混沌に精通し、総ゆる裏話にも詳しいレオンが驚きを見せる位の話である。
 彼女の存在が練達におけるとんでもない『機密』に触れる事だけは間違いなかった。
「『マザー』さ」
 したり顔のマッドハッターの言葉は相変わらず端的だった。
 愉快気に『愛しいアリス』の反応を見ている辺り、普段の彼と変わらない。
「彼女は『マザー』。簡単に言えばこのセフィロトの全てのシステムを掌握する練達の本当の支配者だ。
 彼女の成り立ちについては我々も正確に分かっていない。
 ただ、我々が当代になった時には既にそこにいた。
 彼女の歴史がこのセフィロトと同じなのだとしたら、それも当然の事だ。
 記録媒体にも正確な資料が残されていない辺り、彼女の造物主がいるとしたら――いるのだとしたら。
 それを後世に教える心算はちっとも無かったんだろう」
 マッドハッターとは打って変わって操の説明は丁寧だった。
「……」
『マザー』と呼ばれた少女の実像には時折ノイズが走っている。
 余りの存在感に最初は気付かなかったが、それで仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は彼女が立体映像のようなものだと分かった。
「諸君を信頼していない訳ではないが、『マザー』は練達の全てと言っても過言では無い故。
 直接の対面は別の機会にして貰おう。重要なのは本件のバックアップについては、我々だけではなくこの『マザー』のリソースが当てられるという事だ」
「ええっと、このマザー……さんはそんなに頼りになるの???」
「……わしの言葉は諸君等にはしっくり来ぬかも知れぬがな。
 考え方を変えてみるがよい。『彼女はこのセフィロトの全てを制御しているのだ』」
「――あ!」
 楊枝 茄子子(p3p008356)に応じたカスパールにメイ=ルゥ(p3p007582)は思わず声を上げていた。
 練達の首都にして直轄領のほぼ全てであるこのセフィロトはドームに覆われており、その内部の生活環境は完璧に保たれている。水道や電気といった基礎的インフラから役所手続き等の社会的インフラ、ネットワーク――ひいては恐らく今回のR.O.Oまでだ――全てが『彼女』を中心に動いているのだとしたら。これ程恐ろしい『処理能力』は他に一つたりとも存在し得まい。恐らくは面倒くさがりの『スターテクノクラート』でも逃げ出すような話である。
「R.O.Oの実用化も彼女の過剰リソースを長年運用し続けた結果だ。
 この『マザー』への稟議は今回、諸君等に助力を求めるに辺り、我々に見せられる最大の誠意だ。
 ……そういう訳で、『マザー』。略式で失礼ながら、改めてこの場にて。
 三塔名代カスパール、貴女に本件への御助力をお願いしたい」

 ――わたしは――

 空間、空気の振動ならぬ『音』が響いた。
 それは美しい『音』でありながら『声』とは何処か違う。

 ――わたしは、セフィロトの願望機。セフィロトの全ての人々の望みを叶えるもの。セフィロトの母。

 但し、『音』でありながらただの『音』では有り得ない――

 ――あなたたちがそれを望むなら、答えはいつでもおなじ。わたしは持てる力を使いましょう――

「……感謝します」
 瞑目したカスパールは帽子を取り、『マザー』のホログラムに頭を下げる。
 厳めしい彼のその姿を見るに詳しい実像を知らぬイレギュラーズもすぐに合点した。
『マザー』なる存在がセフィロトのシステムの一部なのか――例えば秘宝種の一種のような――生命体としての指導者なのかは知れなかったが、少なくとも練達の首脳陣は彼女を主と認めている。彼等はシステムの管理者ではなく、君臨すれど統治せぬ『絶大なる女王』の代わりの為政者なのだと。
「『ログイン』は装置で行う。科学的説明に馬鹿げた話だが、それは魂の漂流のような状態となる。
 R.O.Oの問題は先程述べた通りだが、助力願えるなら諸君には幾つかのプロセスを踏んで貰う事になる」
「一つ、キャラクターを作成する事!
 ウサギの穴は混沌のコピーだが、さっき言った通りだ。本体が情報増殖を始めた結果、まるでゲームみたいに変わってしまった。
 元々の作りは混沌に近いが、実はあの世界には混沌と同じ人間はいなかった。
 当たり前の事なんだが、生命体は非常に重たいデータでね。特に情報量の多い人間は最悪だ。
 だから元々は『プレイヤー以外の生命体』、つまり『NPC』は不在(みじっそう)だったんだが……
 セフィロトのリソースを勝手にちょろまかしたウサギの穴は『この世界に実在する人間やその記憶から勝手に情報を汲み取って大量のNPCを作り出してしまった』。
 言い方が不親切? そうだね、じゃあ分かり易く言おう。ウサギの穴では君達本人に似た別人や、君達が元居た世界で知っていた人間、或いは既に死んだ知人なんかにも出会い得る。
 彼等は皆極めて精巧に動くNPCだが、『君達プレイヤーは模造品ならぬ本物として世界に干渉しないといけない』。それがキャラクターの作成だ」
「キャラクターは別にどんなものでも構わない。君達のままでも、全く別の何かでも。まぁ、要するにNPCと違えば問題ないという訳だ」
 マッドハッターの言葉を操が継いだ。
「二つ、R.O.Oは混沌のコピーだが、君達のパーソナルデータはそのまま転送される訳ではない。
 R.O.Oは元々『法則』を研究する為に作り出された疑似世界だ。この世界の延長線上で『プレイ』してはプレーンなデータは得られない。
 従ってこの世界とは全く違う別物として『攻略』して貰う必要がある。
 ……練達塔主の悪い癖だな。話し方が遠回りでマッドハッターに文句も言えない。
 ……要するに君達は二度目の『LV1』を味わう事になるだろう。
 但し、実験空間での成長速度は圧倒的だ。また『ゲーム・バランス』は自己増殖により崩れ去っている。
 混沌とは別のR.O.Oのペースでの『プレイ』が要求されるだろう」
 説明は全く現実味がなかったが、黙したままその場を眺める『マザー』はその存在だけでこの荒唐無稽の説得力を疑わせなかった。
「簡単な説明は以上だ。それ以外は資料を改めて渡すから、熟読を頼みたい。
 本件では佐伯製作所――まぁ要するに私の研究室生なんだが――のメンバーも多く囚われていてね。
 私にとっては特に看過し難い話なのだが、これはその、諸君からしても……ああ、これを持ち出すのは少し卑怯かも知れないが。
 希望ヶ浜学園の生徒と言えば分かるか? 研究生には学園のメンバーも多くてね。学園、校長達とも連携する話になっている」
 嗚呼、その名は。勝手知ったる学園である。
 放っておくには関わりすぎて、寝覚めが悪いのも確かだ。
 全く何とも言えぬトラブルを――そう思っても。練達とはきっと『これ』だから練達なのだろう。


※探求都市国家アデプトで『何か』が始まっているようです……!

これまでのリーグルの唄 / 再現性東京 / R.O.O

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