PandoraPartyProject

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<遠き蛍火III>

 その時間は短くとも、天香長胤の中に今尚鮮烈な印象を残し続けている。
 それは長胤にとって――伏魔殿、宮中に生きてきた男にとって決して忘れ難い特別な季節になった。
「……もう夏も終わるのじゃな」
「はい。もう暫くすれば鈴虫達も鳴き始めましょう。
 夕刻に、浜に出れるのも今の内だけでしょうか――」
 自身の発言力が戻るに従って、長胤の政務は再び過酷を極めるようになっていた。
 寝食のゆとりも十分に担保されているとは言い難き生活ではあったが、この頃長胤は蛍の言った夕涼みを日々の日課にしていた。
 他に供を連れず、唯蛍だけを伴って神威神楽の美しい海を眺める――時間は日によって様々だったが、長胤は燃える太陽が水平線に沈む夕方の時間が一番好きだった。
「そう言うでない」
「長胤様?」
「……麻呂とて子供ではないのだ。季節の変わりに風邪等引かぬ」
 蛍は年若い女だったが、不思議に世話を焼きたがる心配性な所があった。
 長胤は彼女に幼い弟が居る事を知っていた。何処か所帯じみているのは、その面倒を見ているからと分かってはいたが――『齢随分下の娘に弟のように世話を焼かれては、男の沽券に関わるというものだ』。
「蛍。お主には感謝しておる」
「……はい?」
「麻呂が――天香が危急を避けたのは少なからず主の献身があった故じゃ。
 この程は帝も麻呂の言葉に耳を傾けてくれるようにもなった。
 帝の言う改革の道は遠いが、無理を避ければやがてこの国は良き方向へ進む事じゃろう。
 故に麻呂は感謝せずにはいられぬのじゃ。それは主のお陰でもある」
 政敵たる霞帝と、憎々しく思っていた建葉晴明とさえ昵懇に一夜を飲み明かしたのは昨晩の事だ。
 子供染みたお互いの立場のみの主張ではなく、互いの価値観、国の現況に配慮した建設的な議論を交わした。政策を立案し、意見を戦わせた。腹を割って改革の方向性を探った――
 神威神楽の中枢は長胤の怒りが和らぐ事で、同じく他ならぬ晴明に窘められ長胤の意見を見直した霞帝の歩み寄りをもって、確実に正しい方向、確実に素晴らしき方向へ力強い歩みを始めているように思われていた。
「……そんな、とんでもない事でございます」
 珍しく捻くれず感謝の意を告げた長胤に目を丸くした蛍が頭を振るのは知れていた事だった。
「全ては旦那様の忍耐とこの国を想う心があってこそ。陛下のご器量ありましてのこと。
 私なぞ、『下女風情』の出来た事など一つもありはいたしませぬ」
「そう虐めてくれるな」
 蛍の言葉に苦笑したのは長胤の方だった。
 彼女には決して揶揄する意図などあるまいが、その言葉はむしろ長胤に良く突き刺さった。それは夏の嵐のその頃に、雨中を懸命に飛ぶ蛍に彼が幾度と無く浴びせかけた言葉だったからだ。
「……旦那様?」
「全て麻呂が悪かった。主がそう言う度、麻呂の心は少なからず傷を負うのじゃ」
 ……天香長胤は臆面もなく頭を下げられる位に――もうそんな事を欠片たりとも思っていない。
 蛍は下女風情等ではなく――他の何者でもなく唯、蛍だった。
 望月を得た男が一欠片足りなかった事に気付いた――たった一つの輝きだったから。
「もう、夏は終わると云うたな」
「はい」
「……蛍は夏の終わりには失せて消えてしまうものじゃ。主は、麻呂の前から居なくなるか?」
「お言葉の意味が良く――」
「――惚けてくれるな、蛍。麻呂は本気で言うておるのじゃ」
 赤い夕陽に照らされて、浜辺に二人の影が伸びていた。
 今日も長胤は蛍以外の供は連れず、故に今日も二人にはたっぷりの時間があった。
 これまでも山ほどの時間があった。
 日々、時を過ごす夏の浜の一時は男女の睦み合いとは違ったかも知れないが――
 それは長胤にとって政務も重圧も『天香さえ』もを忘れられる何処までも心地良い時間に違いなかった。
「私は――私は、旦那様の前から居なくなったりはいたしません」
「そうか」
「ですが、旦那様の御気持には――それは大層もったいのうお言葉に存じますが。
 下女――いえ、私風情がどうして貴方様のお気持ちに、ご期待に応える事が出来ましょうや」
 想像通りの蛍の言葉に長胤は「そうか」とだけ応じた。
 漣が水面に浮かんでいた。柔らかく寄せては返す波の音が白砂をさらってゆく。
 二人は暫しの無言を挟み、そんな後、長胤はもう一度口を開いた。
「もし、お主が――宮中道理、政治を理由にそれを答えているのだとしたら」
「……」
「侮るでないぞ。麻呂は天香。天香長胤。望月を掴み、叶わぬ事無き長胤ぞ。
 もし、お主が――出自や育ち(つまらぬ)を理由にそう云うのだとしたら。
 それは何よりの間違いぞ」
 長胤は遠き夕陽を見つめたまま言った。
「麻呂が何を愛でるか――いや、何を愛するか。それを決めるのは麻呂以外に有り得ぬ事じゃ。
 太政の地位にまで登り詰め、宮中の栄華を極めたとて。
 その程度の自由もなくて、一体何を得られたというものか?
 故に――故に、蛍。お主の見続けた情けなき男の吐き出す泣き言を、今一度の未練を笑って許せ」

 麻呂には主が必要じゃ――

「……随分年上じゃ。この造作もとてもお主とは釣り合わぬ。
 じゃが、惨めついでにもうひとつ。天香は長胤の名に誓おうぞ。
 この上、主がどんな結論を出そうとも麻呂は決して強いぬ。取り乱さぬ。
 蛍、主は主の思うように――言葉を告げよ」
 ざざん、ざざんと波音が揺れる。
 神ヶ浜の風景にも似た静謐な気持ちで全てを言い切った長胤に蛍が言葉を返したのは暫く後の事だった。
「……………な」
「……うん?」
「ぬばたまの 夏の夜に出る 蛍火は 神ヶ浜にも 恋ひ渡るかな」
 滲んだ蛍の言葉に慌てて視線を向けた長胤は一杯の涙を湛えた蛍の顔をじっと見つめた。

 真っ暗闇の夏の夜にこそ。蛍たちは神が浜の恋しさに集うのです――

 相手は恩人であり、身分違いの貴人である。
 されど、蛍の薄い唇が紡いだその音色は間違いなく恋を歌っていた。
 何かを期待していた訳ではなく、ただそこに静かにあった彼女の愛を。
 湧き上がる万感は恐らく二人に通じた想いだった。
 生き方は余りに違えども、この瞬間――確かに二人は重なっていた。
 蛍は『はしたなくも』長胤の胸に顔を埋め、長胤はそんな彼女をあくまで優しく抱き止めた。
「……歌を」
「歌?」
「頂けませんか、私にも」
「ああ」と頷いた長胤は泣き濡れて我儘を言ってみせた――漸く言ってくれた蛍に応じる。

 ――音に聞く 神ヶ浜の 夕凪に にほひを愛でて 出でて来にけり

「麻呂と共に生きて欲しい。果ての先まで、あの燃える太陽のようにこの月を照らして欲しい――」
「――お望みのままに。蛍は、旦那様の蛍なのですから」
 児戯の如き、誓いであった。
 それは余りにもささやかで、余りにも忘れ難き。美しき神ヶ浜の夕だった。
 

 天香長胤は言葉の通り、万難を見事なまでに蹴散らした。
 婚儀に反対する一族長老をものともせず、宮中派閥を説き伏せ、全ての障害を瞬く間に排除した。
 霞帝は長胤の報告を祝福し、家中はこれまで無かった程の幸福に包まれてゆく。

 ……白妙蛍が『獄人の暴徒の手により』殺害されたのはそれから暫くの後の出来事である。
 彼等が高天京に足を踏み入れる事が出来たのは奇しくも神ヶ浜の夕に布告された『改革の成果』であった。


*カムイグラでの戦いが終結を迎えました――
*捕虜達への交渉が終了したようです。アルテミア・フィルティス(p3p001981)さんと夢見 ルル家(p3p000016)さんが巫女姫陣営に座す事となっています。
交渉を拒否したメンバーは自凝島に流刑される事となったようです。

*カムイグラ限定クエスト黄龍ノ試練が発生しています!
*カムイグラの一角で死牡丹 梅泉の目撃情報が発生しています――

これまでのカムイグラ / これまでの再現性東京

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