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遠き蛍火II

 この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなしと思へば――

 或る世界、或る時代においてこの世の栄華を極めた藤原道長が詠んだ歌である。
 諸説こそあれそれは『この世に己に叶わぬものはない。それはまるで欠けるものなき満月のようなものだ』という意味合いだとされている。奇しくもそれと『似た』豊穣の地・神威神楽において。その男、天香長胤なる政治家が、それとほぼ境遇を同じくする権勢の人であったのは確かである。
 黄泉津――即ち神威神楽から言う外界において精霊種とも称される支配階級ヤオヨロズの名家に生まれついた長胤は生まれつき神童、麒麟児と称される程に優秀な男であった。人が十年の月日を学ぶ事柄をその何分の一かで修めてしまう。難解極まる高天京、内裏の作法も、国を治めるのに必要な学問も、貴族の当然の嗜みと言われる詩歌管絃の習得さえも、長胤にとってみれば容易過ぎる児戯に違いなかった。
 かくて名門天香家の期待を一身に背負った長胤は父祖一族の期待の通りにその頭角を現す事となる。
 当代を継いだ長胤は、宮中の権力機構である八扇を権謀術数の末に掌握し、自らを太政大臣と称し神威神楽の最高権力位に君臨する――長命を持つヤオヨロズである長胤が権力闘争を完全な形で決着させる事は長い停滞と安定の時代を産み落とす事となった。
 ……長胤の治世下においても獄人――つまり元々の被支配階級であった鬼人種(ゼノポルタ)は不遇を囲ったが。それは決して長胤の始めた事ではない。外界より鎖されし神威神楽は元より守旧的であり、鬼人種の不遇それそのものが『誰が始めたかは記憶はおろか古き記録にさえ残ってはいないが、現状を良しとする神威神楽が変化を嫌った為である』事が最も大きいと言えただろう。
 ともあれ、望月の男は幼少の頃より叶わぬ願いは一つも無かった。
 血統家柄、才覚に恵まれ、部下にも仲間にも好敵手にも恵まれた。
 傲慢にして選民的な思想こそ無い訳ではなかったが、彼には文字通り『欠けたもの』は有り得なかった。
 そうして長く素晴らしき時間を過ごした後に――あの『霞帝』が現れたその日までは。


「馬鹿げておる」。
 何時の頃からか長胤の口を突くようになった忌々しい口癖がそれだった。
 霞帝――神使の男が此岸ノ辺に現れた時より、長胤の望月は元の輝きを失い始める事となったのだ。
 満ちた月が何れ欠けるのはこの世の摂理になろうが――長胤はそれを知らなかった。生まれつき、唯の一度の挫折も無く、唯の一度たりとも欠けた世界を知らなかった男は、そんな当然の事実に酷く狼狽する事となる。
「馬鹿げておる」。
 繰り返し口にするのは日に数度では足りなくなっていた。
 元々外界よりやって来た帝は実に果断なる改革者だった。神威神楽に生を受けた者では無いが故に、彼はこの地に蔓延る不合理なまでの支配・被支配階級のルールに明確に異を唱える事が出来たからだ。彼の目が捉えた事実は、或いはこの地に特異運命座標が現れた時とまるで同じだったかも知れない。

 ――何故、ヤオヨロズは獄人を抑圧するのか。そうするべき理由は何か――

 ……それは確かに正論である。同じ高等知性を持ち、語り合う事も分かり合う事も出来る二つの種族が、ただ産まれつきばかりによって恐ろしい格差を抱き得るという事は或る意味では貴族主義に染まった幻想よりも『酷い』社会構造の有様だったと言えるだろう。外界より現れた神使にて、実直かつ果断な性格であった霞帝がこれを是としないのは自然な事であり、『帝』なる神威神楽最高の権威を得た彼がそれを改革せんとするのは或る意味当然の結果であったとさえ言えるだろう。
 しかしながら、どちらにも肩入れせぬ唯厳然たる事実として。
 霞帝は政治家としては余りにも綺麗過ぎ、性急過ぎた。彼は長胤を頂点とするヤオヨロズの支配階級への根回しの無いまま、個人的な友情をも交わした建葉晴明を中務卿に抜擢し強引に痛みを伴う改革を推し進めていった。その動きは多くの獄人達に歓迎されたが、同時に獄人側が抑圧された『これまで』の恨みを晴らすような事件も産み、対立構造は深く厳しいものになっていったのだ。
「――馬鹿げておる」
 一人ごちた長胤に何かを言える者は無かった。
 長胤とて、ヤオヨロズ支配頂点の身とはいえ。霞帝の言わんとする所が分からない訳ではなかった。彼の情熱は本物であり、長胤と意見が合うかどうかは別にして――神威神楽の先行きを案じている事は確かだったからだ。『遥か古来より決まっていた階級社会の正当性』はその恩恵を最大限享受する長胤にも全てを正当とするに難しいものであり、それを信じ切れぬのは彼が盲目的にしきたりに従い切れるような愚鈍かつ蒙昧な男ではなかった事に起因した。
 故に、言いようのない憤怒を秘めた長胤は『長く時間をかけて変わるならばこれを是認せざるを得ない』とも考えていた。
 これまで高等教育を受けていなかった獄人に知慧を与え施し、政治を担うに値する資質を培う。その上で徐々に制度そのものを変えていく――無論、ヤオヨロズと獄人を対等にする心算までは無かったが、国を割らぬ為の術とあらば、太政大臣としてその位は飲み干してみせる心算ではあったのだ。
「――馬鹿げておる!」
 だが、霞帝と繰り返した会談は長胤の怒りの声が示す通りまるで不調に終わっていた。
 それは互いの気質が生来『合わなかった』為もあろうが――あくまで融和的に官僚的に物事を進めようとする長胤の言い分が、帝にとってはその場を逃れる方便に聞いたからでもある。事実、長胤はヤオヨロズ優位の国家体制を根本的に変える心算までもは無かったのだから、帝の言い分ももっともであると言えよう。
 但し、それは『公平な視点』よりモノを見た時の話であった。
 帝が長胤の真摯な提案を『口先だけの逃げ』と断じたのと同じように、帝の導き出したその結論を長胤が是認する筈はない。
 長胤からしてみれば霞帝は『お気に入りの晴明にばかり肩入れする稚拙な男』に過ぎず、認識の断絶は余りにも決定的だった。
 ……長胤と霞帝は謂わば双方共が神威神楽に対して重要かつ誠実な政治家だった。唯、余りにもその境遇が違っていただけで。
「……く……」
 度重なる憤怒とままならぬ状況にこの頃、長胤は良く伏せるようになっていた。
 かんしゃくを発揮する長胤を見た家人や部下はその勘気を恐れて近付く事もない。

 この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなしと思へば――

 ……その響きは最早皮肉なばかりで、霞帝と正面切って対決状態にある己が弱れば周りの人間が潮のように引いていく事さえ、長胤は当然のように知っていた。彼は人生最大の孤独を味わっていた。
 たった一つの例外を除いては。
「……旦那様、御身体に障ります」
「……」
「どうかお怒りを鎮められますよう。
 旦那様が諦めなければ、帝も旦那様が国を憂いている事を知られましょう」
「……………」
「旦那様はこの神威神楽を長らく導いてきた御方なのですから」
「知ったような口を聞く。下女風情が――」
 寄せては返す波のような人々の中で、この頃、長胤の世話をする侍女のみが彼の事を恐れなかった。
 声を荒げた事は一度や二度ではない。聞くに堪えぬ罵倒もあった。逆に嘆きや弱味を聞かせる事もあった。
 兎に角、夏の嵐のように様相を変える長胤の姿を眺めているのはその女一人であった。
「はい、下女風情です。ですが、だからこそ旦那様の近くに居られます」
「……何故じゃ」
「私ならば、お怒りに触れたとて国の大事にはなりません。
 御一族も、御役人様も、八扇の皆様が長胤様を畏れたとて――私は違います。
 下女風情が、太政大臣・天香長胤様の重荷を救えるのならばこれに勝る喜びなどないではありませんか」
 その侍女は聡明で口の達者な――気の強い女だった。美しく、何を言っても己の意志を曲げない女だった。
「それに、私は長胤様が無為に誰かを傷付けるような方だとは思っておりませぬ。
 親を早くに亡くした私達姉弟をお屋敷に拾って下さったのは他ならぬ長胤様ではございませぬか」
「同属の好じゃ。大した話ではない。図に乗るな」。そう悪態を吐いた長胤だったが、救われていたのは確かだった。
 彼女の献身に自然と、怒りの色は失せていく。
 一時はのっぴきならぬものとなっていた霞帝との関係も徐々に修復され。
 天香の献策は再び政に大きな意味を持ち始める――
 その頃には、気付いた頃には。長胤は極自然と今日も「ようございました」と微笑む侍女を憎からず想い始めていた。
 彼は侍女の美しい顔をしみじみと見つめ、ふと思い出す。
(そう言えば――妻を娶った事は無かったな)
 幾多の姫が近くに居た。浮名を流した事もある。
 しかしながら、天香の名は余りにも面倒が過ぎた。政務に忙殺されれば自慢の和歌の腕も錆び付く程に忘れていた。
 それは――望月の男に一点だけ欠けていた、酷く大きなピースだった。

 ――彼女の名前は蛍と云った。



*カムイグラでの戦いが終結を迎えました――
*捕虜達への交渉が終了したようです。アルテミア・フィルティス(p3p001981)さんと夢見 ルル家(p3p000016)さんが巫女姫陣営に座す事となっています。
交渉を拒否したメンバーは自凝島に流刑される事となったようです。

*カムイグラ限定クエスト黄龍ノ試練が発生しています!
*カムイグラの一角で死牡丹 梅泉の目撃情報が発生しています――

これまでのカムイグラ / これまでの再現性東京

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