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七扇御所会議

七扇御所会議

 高天京――その地は七扇と呼ばれる政治機構によって統制されている。
 帝も座す城の中にて帝の手足となって働くのが彼らだ――が。その『手足』達は頭たる帝の不在……より正確には帝が謎の眠りに落ち続けている事により、その統制に乱れが生じつつあった。
 魔種や肉腫、呪具や呪詛の騒ぎ。
 全てはあの巫女姫が台頭してから加速しつつある混乱である――一刻も早い帝の復権が望まれるが、今日も霞帝の意識が戻る事はなかった。
 帝は今も城の奥にて眠り続けているのだ。

「――帝はお目覚めにならないものか」
「今暫くは変わり在りませんでしょう……
 今日もまた、あの瞼が開かれる事は在り申しませんでした。力に成れず申し訳ございません」
「蓮空殿が責を感じられる必要はないだろう。あれは邪なる者達の手に違いないのだから……」

 城内。言の葉を交えながら歩くのは二人の影だ。
 一人は神宮寺塚都守雑賀(じんぐうじ もりとのかみ さいか)。もう一人は蓮空(れんくう)なる人物。
 彼らはこの城内の――特に奥にまで入る事が許された者達だ。当然、ここは帝が座す領域であれば余人が入れる余地などない、開かれずの間ともいえる場所。しかし彼らが足を踏み入れる事が出来ているのは一重に立場故。
 神宮寺塚都守雑賀は『兵部省の長』として。
 蓮空は『治部省の長』として――此処に在る。
 そう、彼らは七扇。その中の頂点にある者達。
 兵部卿と治部卿という――それぞれの領域を統括せし者達なのである。
「もう少し腰を据えて診る事が出来ればまだ……とは思いますが、なんとも」
「……今や私達が帝にお目にかかる事が出来るのも稀となった。歯痒い事だ」
 目を伏せ無念がる蓮空は、カムイグラにおける医術や薬学に精通した人物でもある。ヤオヨロズでありながら鬼の者達も平等に救わんとする姿勢から、いわゆる巫女姫や長胤達とは『違う』立場であり――また雑賀も同様に霞帝を救わんとする者であった。
 一言でいえば二人は『霞帝派』と言えるだろうか。
 無論、長が誰側に近いからと言ってその省全ての者達が『そう』である訳では無い。属する者達それぞれに思惑があり、それぞれに従っている事もあるのだ。それは例えば己の心にであったり、己の利益にであったり――
「おお、御二方とも。霞帝へのお目通りは済んだ所ですか?」
 と、その時。雑賀達に声を掛けたのはこれまた七扇が一角。
 式部の長――橘・康之(たちばな・やすゆき)である。
 穏やかな口調から語られる雰囲気には剣呑な様子はなく、むしろ親しみの色が強いだろう。彼もまた『霞帝』を案ずる者であり、その点からしても二人に近しいのだ。
「康之殿。もういらしていたとは……流石、お早いですね」
「ははっ、私は近くに居りましたが故にすぎませんよ――それより間もなく『御所会議』の時間です」
 蓮空の挨拶に会釈をしつつ、康之が紡いだのは七扇同士の『会談』の事である。
 御所会議。時折開かれる、帝の下に七扇の長が集いて協議を交わす一時……
 帝が倒れてからは暫く開かれなかった交流の場でもあるが――
「長胤め――己が名を用いて御所会議を開くとは何様のつもりか」
 雑賀は些か吐き捨てる様に、現在における豊穣有数の権力者である長胤の名を呟いた。
 お題目は昨今の情勢に関わる事らしく、ならばと異存は無いが……しかしここ最近の長胤の在り様は正直目に余る。帝の眠りに関しても間違いなく関わっているだろうし、巫女姫なる人物を頭に挿げ替えんとする姿勢にも怒りが募るものだ。
 ……とはいえだからと単純に斬れば良いという話でもない。
 長胤が何かをしたという証拠はないし、権力者たる彼を指示する基盤は多く、硬い。
 実際この場にいる三人はともかく。七扇の長達に関しても……

「おや――これはこれは。兵部に治部、式部卿が揃って雑談か?」

 瞬間。掛けられた声に振り向けば――そこに在りしは一人の偉丈夫。
 片の目に鏡を。異国の言葉であれはモノクルと言ったか……その鏡の奥から鋭い視線を向け、言の葉を紡いだのは。
 刑部が長。近衛 長政(このえ ながまさ)である。
 ……いやそれだけではない。その後ろには更に一人の少女の姿もある。あれは――
「長政殿に……八咫姫殿も。お元気そうでなにより」
 宮内卿。八咫姫(やたひめ)。
 ヤオヨロズや鬼が多くを占める中では珍しい飛行種である。
 その目はどこか虚ろとしている。携えている微笑みは、一体誰に向いている事か……
 康之の言への返事はなく。漂わせている雰囲気からはどことなく『危』の気配も感じよう。
 ――だがそれは長政からも同様である。
 その身から感じさせる……どこか傲慢なりし気配はいつぞ爆発させるとも知れず――そして彼は苛烈なる鬼の摘発を行う事から『長胤派』であるとも目されている。
 彼はヤオヨロズの立場や鬼の歴史どうこうと言った事はさほど興味はない。そういった点での差別意識は無い――が、鬼の膂力は危険と感じて怪しき鬼共の摘発には一切容赦がないのだ。そしてその姿勢は鬼に寛容な霞帝とは方向性が著しく異なるが故に……
 そして。

「貴公ら。なにをしておる、はよう部屋に往かぬか。麻呂は忙しいのじゃぞ」

 現れしは渦中の人物――天香 長胤。
 伴いしは更に七扇の一人である民部卿、二階堂 尚忠(にかいどう なおただ)と大蔵卿、加辺 右京(かなべ うきょう)。康之の後――続々と姿を見せし面々はいずれもが帝を指示しているとは限らぬ者達ばかりであった。長政達は先述の通り、税収を取り扱う尚忠は人情よりも数字を優先する事があり、帝の様に甘い面を見せる事はない人物で。
「長胤殿同様、それがしも忙しい身だ。何を話すのやら知らんが同感であるな」
「ほっほ。まぁ近頃の市井が忙しなき事についてよ。
 下々の者達が喧しいだけの『些事』であると、共通の認識をもっておかねばと思っての」
「……些事、と。そうでしょうか」
 尚忠の言葉に笑みを伴いながら紡ぐ長胤……
 思わず蓮空は顔を顰めるものだ。近頃カムイグラを騒がせている呪詛騒動は広がりを見せていて、そうでなくとも夏祭りの折から始まっている色々な出来事から走り回る事多数。疲労困憊気味でもあったのだから。
 ……とはいえ小さく呟く以上の事はしない。
 ここで事を荒立てても仕方ないし――
「天香様。今日はたしか、巫女姫様よりも呼ばれていたと聞いておりましたが」
「耳聡いの、長政。まぁその件は麻呂だけの話……そちが気にする必要はない」
 特に、長胤が権力を集中し始めた頃に臣従し始めた長政もこの場にいるのだ。
 なんでも長政の『長』とは、長胤から『長』の字を貰って名を改めたという経緯の噂もある……いずれにせよこの場は帝派が少なく、長胤を指示する者が多い。剣呑な雰囲気にして得は無いのだ。
 故に歩く。思う事はあれど、口にはせず。
 七つの長は此処に在る。

 式部卿――橘・康之(たちばな・やすゆき)
 治部卿――蓮空(れんくう)
 兵部卿――神宮寺塚都守雑賀(じんぐうじ もりとのかみ さいか)

 民部卿――二階堂 尚忠(にかいどう なおただ)
 刑部卿――近衛 長政(このえ ながまさ)
 宮内卿――八咫姫(やたひめ)
 大蔵卿――加辺 右京(かなべ うきょう)

 離脱状態にある中務省を除き、彼らがこの国を動かしている者達。
 彼らこそが七扇。
 帝が倒れて以降、明確に二つに割れつつある――七枚の、扇であった。


 *カムイグラで不穏な動きがあるようです……?


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