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祈りの所在

祈りの所在

 神に祈る。神頼みとは、祝いであり、呪いである。一方に対する祝福は、所変われば呪いとして顕現する。
 それ故に高天京に蔓延る呪詛とは度し難い。救いを求めた者達が神頼みと妖を切り刻み恨み嫉みを目に見えぬ霊的事象に頼り切っているのだ。
 その出現理由を把握しているからこそ、調査も可能ではあるが――一般的に『まじない』とは神の下す審判だと言われていた。

 この京の人間は神を恐れる。
 ――だからこそ、高天京の頂点に『霞帝』が立っている。
 特異運命座標、旅人、召喚されたバグたる存在。当時、黄泉津にない特異な存在であるからこそ恐れられた。

 この京の人間は神を恐れる。
 ――だからこそ、自身らを神々の化身であると認識する八百万は鬼人種を迫害した。
 自身らの信じてきた常識が覆される事を酷く厭った。気づいた歴史が紛い物であった等と認められぬから。

「……天香家は『八百万』こそが頂に存在する者であると認識している。
 それはこの国の歴史だ。霞帝による画期的な政策は長胤にとって厭うべき事であったのは間違いない」
 建葉・晴明はそう言った。彼は霞帝の信を得て中務卿と言う任に就いた。それも長胤にとっては気に食わないのだろう。
 これ以上国を乱されてたまるかと、彼が思い描く『良き国づくり』に奔走する最中に彼の救いの女神のように訪れた『異能を持った巫女姫』
 それが晴明や『けがれの巫女』つづりにとって厄災の形であったことは違いない。
 美しい女は『巫女』の力を超えた権能を見せつけ、巫女姫と渾名され長胤にとっての政敵を――鬼人種の希望の星を――眠りにつかせたのだ。
「一先ず、高天京を中心に呪詛への対応に引き続き当たっていただきたい。俺達も対応はしているが『けがれ』の増加に対しては力足らずだ。……英雄殿にばかり頼って申し訳ないが――」
 其処まで告げた晴明の袖をくい、と引いたのはつづりであった。
「つづり?」
「……セイメイ」
「そそぎはどうした?」
 そそぎとはつづりの双子巫女であり、『けがれの一族』にとって『巫女が分かたれた存在である』という忌み子である。余り表には顔を出さないがつづりとは常々傍にいたはずだ。
 つづりは首を振った。今日は彼女の傍にはいないらしい。
 今日は……?
 いや――この暫く、そそぎはまた姿を消したようだ。
「……そうか。また、行方を探っておこう」
「そそぎの事じゃなくて……セイメイ、京に暗い影が、落ちてる」
「影……?」
 此岸ノ辺より見やれど、仮初の平和を謳歌するカムイグラの京しか其処には存在していない。
 しかし、けがれの一族と言う『特異的な少女』の瞳には何かが見えているのだろう。
「あれは……『魔』? 大きな……とても、怖いものが……」
 セイメイ、とつづりは袖を引いた。怯えた様子の少女を宥める様に背を撫でてから晴明は「長胤か」と問うた。
 つづりは首を振る。
「……ついに巫女姫が『大呪』を発動させるとでも言うのか」
「……きっと」
 唇が震えた。

 祈りは――祝いにもなり、呪いにだって転じる。
 かの巫女姫は非常に利己的な娘だそうだ。色欲の魔種なる乙女は『唯のひとりの愛する人』を手に入れるためにこの京の性質を利用して大掛かりな呪いを発動させようとしているのだろう。

 ふと、天蓋を仰げば美しい金色の色が覗く。
 月だ。
 しかし、その輝きに怯えるようにつづりはその姿を隠した。
 魔的な輝きを帯びた十日余りの月はもう幾夜か眠れば望月と化すであろうか。
 まるで巫女姫にとって――そして、長胤にとっての――幾望の象徴であるように。

 *カムイグラで不穏な動きがあるようです……?


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