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十日夜の思惑

十日夜の思惑

 ――ある月が出ていた晩。

 天香・長胤は私邸の庭より空を眺めていた。
 満月ではない。些か欠けた、十日夜の月と称するべき段階か。
 それでも中々に美しいものだ。雲はなく、その美麗さが空に高々と在る。
「これで下々の者達が喧しく騒がなければ最上なのじゃがの」
 言うは昨今カムイグラを騒がせている――『呪詛』の話である。
 豊穣の大地では『呪詛』なる災いが広がりを見せていた。それは妖怪を切り刻み、怒りと恨みを募らせ呪いと成す――一種の呪術と言うべきか。
 どこから広まったのかは分からない。分からない、が確かにそれは都を中心に人々の中に広まりつつあった。恨みがある者、邪魔に思っている者に対して振舞われる便利な道具として……
 中務省の晴明や外からの神使の協力により調査が行われているが闇は拭えず今日もある。
 都のどこかに。ああもしかしたらその路地の裏にでも。

「――長胤様」

 瞬間。長胤の背後より。
 掛けられし声は闇夜より。ふと静かに視線を寄こせば、そこには暗黒と同化しているかのような衣を身にまとった者が恭しく跪いている。されば長胤は口元に扇子を当てて。
「お前達か。どうか、首尾は?」
「ハッ。全ては長胤様の御用命通りに……『呪』は機を満ちつつあります。
 このままであれば『予定通りの晩』に事を実行に移せるかと……」
 彼らはこのカムイグラの裏に潜む者達。
 かつてより七扇の裏仕事を担当してきていた闇の者達――『冥』とも称される、この国の暗部の一つである。彼らは七扇の……特にこの国の実質的な指導層である天香・長胤に忠誠を誓い、その手足として動いていた。
 単純に言えば彼の私兵と言ってもいい存在だろう。あまり表には出て来ぬ者達だったのだが――霞帝が倒れてからは段々とその姿が表にも出始め、長胤の望みを叶えんと動き始めている次第。そして彼らからの報告を受け取れば。
「よしよし。巫女姫様のお望みでもある故な。『時』が満ちるまで、不足無きようにせよ?」
 長胤の口端には笑みの色が灯るものだ。
 呪い。時。意味深な言葉の数々は『何か』を示しているが――さて。
 断定的な物言いをせぬのはどこに耳があるか分からぬからか、それとも彼の性分か。
「ところで。近頃遮那はどうしておる?」
「ハッ。遮那様は……外からの神使と……」
「――戯れておるか」
 ふ、と。その時。
 口にしたのは彼の義弟である天香・遮那の事であった。長胤は神使……つまりイレギュラーズの事だが、彼らの事を『外からの異物』とも邪見にしている。一方で遮那はその対応とは真逆――むしろ外への興味と共に彼らに積極的に関わらんとしていた。
 それこそ友好的と言って差し支え無い、故にこそ。
 長胤の眉が顰められるのだ。それこそ露骨に――苛立つ様に。
「『アレ』も近々どうにかせねばならんかの……そろそろ『要らん』かもしれんな」
 闇の者は応えない。ただ主人の言だけを待っている。
 口元に当てた扇子に力を。長胤は思案する様に五指に力を入れて握り締めて。
 彼は思考を巡らせていた。

 天香・長胤。この国の実質的な指導者でもある彼には――欲がある。

 巫女姫と出会い、その存在に影響されて狂気に染まっても。
 彼の願いに変わりはない。いやむしろより貪欲に、深く深く求めるようになったか。
 ……彼には欲がある。故に、その邪魔になる者がいるのであれば誰であろうと容赦はせぬ。

 月が出ていた。
 とてもとても美しい月が出ていた。
 あと幾つ寝れば――満月の顔が出てくるだろうか。


 *カムイグラで不穏な動きがあるようです……?


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