PandoraPartyProject

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Refrain Blue V

 吹き荒ぶ風も、激しい雷雨も嘘のようにその姿を消していた。
 凡そ何者をも拒み続けていたかのような刺々しい海は――『絶望の青』はまるで冗談のように凪いでいた。
「冠位魔種を――アルバニアを斃したカラ……?」
 傷付き、疲れ切りながらイグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が呟いた。
「或いは、あの竜が眠りについたからでしょーか」
 苦笑交じりのマリナ(p3p003552)も海の様子には人心地ついたようだった。
 無数の怨嗟と夢を呑み込み続けた絶望のスープが原型を残していないのだ。僅かな時間でこれ程までに姿を変えるのかという程に――廃滅の失せたこの外洋は美しいエメラルド・ブルーを湛えている。
 ハッキリと分かる大勝利は海を覆った悪夢の終焉を見目にも確実に告げていた。胸を突き抜ける寂寥、失われた現実と、やり遂げた爽快と。感情のマーヴルはイレギュラーズを決して単純に歓喜させなかったけれど、結末は鮮やか過ぎる程に鮮やかだった。
 時計の針を止める呪いは取り除かれ、戦いは終わったのだ。
 命を賭け、削る戦いは軍人たるマリア・レイシス(p3p006685)にとっても厳しいものだった。
 しかし、自身が、そして仲間が、友人が――全てではないけれど――これを乗り越えられたのは良しとせねばなるまい。
 彼女は、カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)が、ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)が、カンベエ(p3p007540)が。そして、オクト・クラケーン(p3p000658)が繋いだ紙一重の奇跡の道を嘆きが舗装するのは正しくないと知っていた。
「……それで、その」
 だがマリアの歯切れはそれを前提にしても尚、悪かった。
 その理由は――
「――ドレイクは!?」
 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の穏やかならざる声が物語っていた。戦いの最終盤、彼女がたった今慮ったドレイクはアルバニアの前に倒された。それも彼女の大事な人を『庇って』。
「……眠ったよ」
 呉越同舟の雰囲気すら最早忘れて。イーリンの声に短く応えたのは『海賊提督』バルタザール――このブラッド・オーシャンにて副官を務めた男だった。
「……この野郎、どうも『ずっと』不眠症だったみたいでな。
 実際、まともに眠れなかったらしい。何時も焼け付くようなラムを夜通し呷ってたのを覚えてるよ。
 酔っても、酔っても酔えないんだ。亡くしたこの腕が痛むんだ――なんて。前に俺に語ってくれたっけ。
 それで何年――そう、何年。この海を彷徨ってたんだろうな、コイツはよ……」
 バルタザールはマストにもたれ帽子を目深に被ったドレイクを見て諦念に似た笑みを零していた。
「俺はコイツを大して知らない。爺さんの爺さんなら気の利いた事も言えたかも知れねぇが――
『ずっと昔』におっ死んじまった奴の事なんてわからねぇ。
 ……ただよ、コイツが眠れたならそれはもう、納得するしかない事なんだろう」
 バルタザールの言葉にイレギュラーズは何とも言えない顔をした。
 確かに彼等は敵だった。しかし、同時に。この戦いにおいては約束をかわした仲間でもあった。
 果たして、海賊達はその約束を完璧に守り抜いた。『守り過ぎる位に守ってしまった』。一時凌ぎの同盟者と、人の好い者が割り切れない程度には。
「……約束、だったな」
 バルタザールは甲板に落ちていた枯れて色褪せ、変色した押し花のプレートをドレイクの懐に戻した。
 イレギュラーズと同じ目をした彼は苦笑交じりに言う。
「契約じゃ、ドレイクが――だ場合はその限りではない、だったな。
 だからこれはてめぇらの勝ちなんだろうよ」
 残り数少ない海賊達は皆疲労困憊だった。どの道この状態では凪の海すら進めるかも怪しい。
 ドレイクという絶対のキャプテンが居眠りをしているのならばそれは尚更の事で――
「――海洋王国に告げな。この海はてめぇらのものだと、な」
 故にバルタザールは見回したイレギュラーズにそう言った。
 どうしようもない位の喪失感を隠せないのはイレギュラーズもバルタザールも、クルー達も同じなのだ。
 この海は冷酷で、辛辣過ぎた。勝利に沸いたとて戻らないものがある事は余りにも明らかだった。
「……いえ」
「……………?」
 諦念に満ちたバルタザールの言葉を短く否定したのは新田 寛治(p3p005073)だった。

「見た所、キャプテンは酷くお疲れのようで。『泥のように眠っておられるようだ』」
「……は?」
「さもありなん。あれ程の激戦だったのです。それもウィズィさんを庇って負傷なされた。当然の事です」
 長広舌は寛治の得意技。彼の言葉は今日、この瞬間も澱みない。
「海洋王国の出動までは約束通り七十二時間しかない。これは一刻を争いますね。
 ならば、バルタザール副長。貴方にはあまり猶予は無いのでは?
『今すぐキャプテンと共に果てを目指すべきだとは思いませんか?』」
「この勝利は我々特異運命座標が見届けた。約束は果たされたと保証します。ですよね?」と水を向けた寛治に伊達 千尋(p3p007569)は「あー、うん。それイイね。俺が許す」と笑い。
「……ん、ん! そう。だから、このまま行けばいいんです――」
「そうね。もう停滞は十分でしょう? こんな海、越えてしまえばいい」
 ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は、イリス・アトラクトス(p3p000883)は特に大きく頷いた。
「てめぇら――」
 驚き顔のバルタザールに万感が押し寄せた。
 互いに言えた事になろうが――昨日の敵はもう随分前から敵ではなかったらしい。
『絶望の青』からは程遠い爽やかな潮風が吹き抜けた。
 無念は晴れ、幽霊船は全て消え失せている。
 最早意味も、役も失った帽子がふわりと浮いて――ウィズィの手の中に収まった。
「あーあ」
 バルタザールは冗談のように苦笑した。
「そりゃあ、俺も狙ってたのに」
 顔を隠した帽子が除ければドレイクは幽かに笑っているようにも見えた。
 都合のいい偶然は、女神の愛した一人の船乗りに対してのせめてもの手向けだったのやも知れぬ――

 嗚呼、絶望を喪った青海を一隻の船が征く。
 それは威風堂々たる海賊船。髑髏の旗をはためかせ、七つの海を我が物と闊歩する無法者だ。
 他の誰にも止められぬ。神も恐れず、悪魔もきっと尻尾を巻く。
 海の男の伝説は、きっとこれから完結するのだ。
「さあ、行こうぜ。ドレイク――」
 バルタザールは舵を握る。行く手は未知。行く先は謎、大いなる夢――
「――この先がアンタの果たす約束だ。たった一人の十三回の結末だ。寝ぼけて、見逃すんじゃねぇぞ!」


 ……
 ……………
 ……………………

「――ク。ドレイク!」
 嗚呼、もうすぐにそういう顔をなさる。吾輩の前で殿下は愛らしく唇を尖らせている。
「また呆れたような顔をしよって。妾の言葉を聞き違えたか!?」
「いいえ、殿下。吾輩、しかと聞き届けましたとも。
『その華奢極まるお身体を鍛えて吾輩の船に乗る』と。
 あまつさえ絶望の海を征服し、己が手で果てを目指すとか。
 ……大きな夢ですなぁ。大変結構。大名案。ですが、それを一体何方がお許しになりますので?」
「妾は『王女』ぞ! 故に妾が決めたらそれが『決定』じゃ!
 やがて来る『第十三回』は妾とお主の大号令になるのじゃ。ふっふっふ、今から結果が楽しみじゃ!」
「……はぁ、それは、それは」
 思わず苦笑してしまった。
 ……エリザベス王女は生来体が弱い。
 誰にも分け隔てなく、誰にも愛され――そして少々風変わりな事に――海賊風情に目をかけてくれる彼女だが、それが故に彼女が海に出る事等有り得まい。元より王族が大号令に直接参加する等、前代未聞だし、そうでなくても吾輩も大反対なのである。
「気のない返事をしおって! まともに取り合わぬか!」
「吾輩は殿下の忠勇の臣故に」
「嫌味な男め! いちいちそうして妾を馬鹿にしよる!」
 丁々発止のやり取りは吾輩の乾いた心を慰める――大好きな時間だった。
 聡明な彼女は恐らく本気で言ってはいない。だが、そうでもしなければ病に折れそうになる心を繋ぐ事も出来ないのだと知っていた。故に吾輩は彼女を慰めない。馬鹿げた事をと笑い飛ばし、やれるものならやってみろと告げてやるのだ。
 その距離感をきっとエリザベスも好んでくれている筈だった――
「何、タダとは言わぬぞ? 妾を連れて行ってくれたら特別なプレゼントをやろう」
「……それは興味深い。して、どんな?」
 大海を股にかけ、総ゆる財宝を手にしてきた吾輩だが、王女の微笑ましい提案には興味があった。
「これじゃ、これ」
 彼女は庭園の花を摘み、吾輩の髪にさして笑う。
「王女より花を捧げられた海賊なぞ、きっと世界にお主しかおらぬぞ?」
 屈託なく笑う彼女は眩しく、吾輩は『叶いもしない未来』を一瞬だけ夢見てしまったかも知れない。
 ……嗚呼、君ははしゃぐ。心底、楽しそうにはしゃいでいる。
「ええと、そうじゃ。何か悪者がおるのじゃ!
 その、海の悪魔は妾達の行く手を阻むだろう。
 敵は手強く、敵わない。絶望を奴を前に伝承歌のように妾は言うのじゃ!」

 ――今じゃ! 行くぞ、ドレイク!
   妾に遅れるな。後手を踏むなぞ、妾の臣――大海賊らしくもないぞ!
   ドレイク、そうじゃボサっとしておるでない!



 ……遠く、遠い。美しき日々はセピア。
 夢のような、現のような。万華のような、痛いばかりの皮肉のような。
 永劫の責め苦のような、刹那見たまるで胡蝶の夢のような。
 引き延ばされた迷子の時間の迷路で男は永く彷徨った。
 願っても決して叶わない夢を見た。
 だが、それは――もう、過去の出来事だ。
 時計の針を止めた、凍り付いた永遠は動き出した。
 だからもう――約束を果たした最後は、きっと痛みばかりを伝えない。


※海洋王国大号令が終了し、『ブラッド・オーシャン』は水平線の彼方に消えました!

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