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シラスがまだ家族と暮らしていた頃のお話です。

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青空を飛んでいる。
遥か下方に住み慣れた街を見下ろしながら自由に宙を歩く。
何処へだって行ける気がした。
常ならば薄汚れた建築の輪郭に切り取られた空の向こうに見上げる影、王城の壁塔さえも足下に置き去りにして高く浮かび上がっていく。

俺には何だって出来る、俺には━━

……ちゃん。ねえ、お兄ちゃんってば。

耳慣れた声に捕まり、時間を逆さにしたような落下の感覚に襲われる。
さっきまでは小さく見えていた街並みが広がって、俺を吸い込んでいく。
再び目を開けば見飽きた天井、見飽きた壁、それに見飽きた弟の顔。
窓ガラスを雨粒が叩く音が聞こえる。
どうやらソファで居眠りをしていたようだった。

「んだよ、起こすんじゃねえっつたろ……折角よぉ」

折角、何だったか、もう思い出せない。
恨めし気に唸りながらシッシッと手を振ってやる。
すると弟は困ったような顔で食い下がってきた。

「お母さんが二人で出かけておいでって……あっ、でもチョコレートくれたんだよ」

あの女が弟を追い払うときに使ういつもの安菓子だ。
出ていけという合図。
どうせまた店の常連の男を部屋に上げるんだろう。
雨の日は止せとあれほど言ったのに。

「クソッ! どこに行けってんだよ!」

苛立ち紛れに睨み返すが、弟は小さな包みを嬉しそうに眺めるばかりだった。
そんな物をさも大切そうに扱う様子に腹が立って、つい噛みついてしまう。

「なあ、どこに行くのか聞いてんだよ。たまにはテメーも考えろ、シラスよぉ」
「あのね、あのね、お父さんを探しに行きたい」

俺は頭蓋にヒビでも入ったような心地で間抜け面のまま硬直した。
弟は胸を張って得意気に続ける、とびきりの考えを披露しているかのように。

「だって、お母さんってば、いつもお兄ちゃんのお父さんの話ばかりでしょう」
「でも皆に聞いたんだ、そうしたら街中にいるって、探せば直ぐ見つかるって、だから僕の━━」
「この阿保が!」

俺はカッとなって身を乗り出し、弟の胸倉を掴み上げる。

「テメーは馬鹿にされてるのも分からねえのか、アア"ッ!?」
「何回言わせんだよォ! 親父なんかいねえ! 俺達にゃ親なんかいねえ!」

ひとしきり喚いてから、弟の苦し気な呻き声にハッとして力を緩める。
訴えるように見上げてくる潤んだ瞳。

「いる! 絶対にいるよ!」

そう言って、小さな背中が逃げるように去っていってしまう。

「畜生!」

俺は思いきり机を蹴り上げて吐き捨てた。
何もかもがムカついて仕方がなかった。
傘を打つ雨音に物悲しい気持ちが胸に溢れた。
溜息を吐いてしまう。

橋を渡り、隣の地区までやってきた。
家の側に居なかっただけ、ここまで来ればきっと。
そう考えて、色んな人にお父さんのことを聞いてみたのに。
誰も最後には皆、胡散臭げに僕を見て遠ざかっていった。

そうして戻ってきた橋の上にも夕暮れの気配がゆっくりと充ちていく。
シラスは影の位置が変わっていくのをぼんやり眺めていた。

もう帰ろう、お兄ちゃん怒ってるだろうな。
すると不意に粘つく声に呼び止められた。
耳に虫を入れられたように気持ちの悪い声だった。

「よぉ……坊主じゃねえか、こんな所で何してんだ」

振り向けば開襟シャツから首飾りを覗かせた男と目が合った。
僕はこの男を知っている、嫌いだった。
こいつが来た後はいつもお母さんが辛そうにしていたから。
目を逸らすと、それが癇に障ったのか、聞こえよがしに舌打ちをして肩を掴んできた。

「おいおい無視かよ、てめえら兄弟はマジでどういう躾されてんだぁ?」
「……お父さんを見つけに来たんだ、直ぐに見つけて帰るから放っといてよ」

心底面倒だったので適当にやり過ごすつもりだった。
しかし、男はポカンとしたかと思えば、その表情を目元から崩し始める。
それは直ぐに顔中に広がり、弾けたように笑い出した。

「アハハ! 何を探してるってお前! ウワハハ!」
「何だよ! 笑うな、笑うなよぅ……」
「こんなの明日死ぬって時でも笑うよ! そりゃ、お前の母ちゃんが相手は大勢いるもんな、日が暮れるだろうさ。俺だったりしてなあ、ヒャハハ!」

何が可笑しいのか分からなかった。
ただ、お母さんのことを悪く言ってるのは間違いない。
それが悔しくて、男の腕に力いっぱい爪を立てる。

「痛ってえな、よーしよし。父さんが教育してやるよ、ほれっ!」

男は三日月のように目を細めながら拳骨を振り上げて━━

ゴッ!

鈍い音が響く、続いて何か重たい物が倒れるズシンとした音。
痛みは無かった、シラスは反射的に閉じていた目を恐る恐る開く。

「お兄ちゃん!」

走って来たのだろう、肩で息をしていた。
伸びてしまった男を背にこちらを睨んでくる。

「お兄ちゃん、僕……」

謝ろう。
そう思ったけれど、頭を抱えられ、ぎゅうっと胸に押し付けられる。

「悪かった」

お兄ちゃんはそれきり黙ってしまった、ただ震えていて。
見上げると、頬を打つ雨粒に温かなものが混じる。
それは陽が沈みきるまでの僅かな間。

永遠を、感じた。

(終り)
お読みくださりありがとうございます。

シラスは8歳、兄は14歳、それ位の頃の出来事です。

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