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文化保存ギルド

【三周年記念SS】TRIbeca


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●以
 額を撫でる小さな光の玉で、少女は目を覚ます。
 微かなまどろみの中、顔をあげると、光の玉が前へ進んでいくのが見えた。
 足で地面を蹴り、光の玉を追って行く。
 そして、水音と共に視界に入るは青い空と太陽の光。

 ココロ=Bliss=Solitudeは帆立貝のディープシー。
 城の噴水の中、港の桟橋の下、小舟が通れる河川の川底などを好んで就寝場所に選んでいた。多くの貝類がそうするように。
 別にベッドで寝ても構わないのだが、落ち着かないのだ。人が落ちないように作られている柵に手をかけ、登る。

 街外れの川。多くの人がこれから目覚めようとする時間だ。人影はなく、夏の朝を心地よく感じさせてくれる風がココロの長い金髪を乾かしはじめる。
 水着から落ちた水が足下の地面を浸していく。水中で過ごすにはやはり水着が一番楽だ。
 小さく、白い身体でぐっと伸びをしてゆっくりと息を吐く。

――今日も良い日にしていきたいな。

 道端の花に笑顔を向け、なんでもない一日が始まった。
●本
「おはようございます!」
 合鍵で観音開きの扉を開けて元気よく挨拶する。
 『文化保存ギルド』、ココロが師匠と慕う人が運営している。だが、当の本人はまだベッドの中であろう。挨拶に何の返事もないのは承知のうえだ。

 小部屋のクローゼットにしまってある水着を取りだし、着替える。
 水着から水着に着替えるとは陸に住む余人には理解の及び難いところだろう。彼女にとっては部屋着から仕事着に着替えた程度の意識なのだが。
 その上にずいぶんとヒラヒラした飾りと小さなリボンがついた使用人の衣装を着ると、彼女なりの準備は整ったようだ。

「はい、いっぱい食べてね!」
 朝はまず、師匠が飼っている馬にご飯をあげることから始まる。手勢を集めて騎兵隊を自任するだけはあり、愛馬は体躯が良い一等の馬だ。
 木製の桶に四角く固めてある干し草と大麦を入れ、水で浸す。この種の馬は小食で人間と同様に一日三食食べる。
 他の世話は師匠がやるだろうが、今の時間の食事はココロが自主的に与えていた。

 薪割り、水汲み、細々した衣料の選択、消耗品の買い付けを済ませると太陽が一番日差しの強い時間を迎えていた。
 細々とよく動く。特にやれと命じられたわけではないが、概ね面倒くさくて地味で目立たない、そんな仕事が担当である。

 忙しないが、そんな中でも楽しみは欠かさない。西側の書庫は何の為にあるのかわからない書物がたくさんあり、時間を見つけては読んでいた。この建物の前の所有者が残していった本らしい。
 机の上に置いてあったままの一冊を手に取る。
 オイゲン、という名前の主人公が思いがけず軍隊を率い、かつてのライバルたちと共闘して強大な敵を打ち破る痛快な軍記物だ。
 男女を問わず、弱い側が仲間と協力して強い側に勝つストーリーは人気がある。しかし、この話は過去にあった出来事だろうか、それとも完全な創作だろうか。学校で教わる世界史程度の知識ではわからなかった。
「うーーん、こんど聞いてみようかな。なんか色々詳しいし」
 誰も居ない書庫で独り言をつぶやく。そう、襤褸のクロークを着たあの人に。
 玄関を箒で掃いていると、太く長い金と銀の髪を見かけた。
 文化保存ギルドには来客が多い。師匠の人柄ゆえだろう。ココロは来客を頭に思い浮かべる。一人は色黒の……
 あと一人は共に師に仕える妹弟子だろう。卓越した戦闘センスを持ち、共に窮地を脱してきた自慢の妹弟子だ。

 さっきまで読んでいた本の主人公は、優れた能力を持つ仲間たちを強く信頼する一方で劣等感をおぼえ、悩んでいた。

――わたしは、どうだろう。

 あの子に比べて自分が優れている点がわからない。ずっと努力しているが、あの子が持っていて自分に足りないものがあるのはハッキリと、わかる。
 絶望の青での海戦。師匠と一緒に敵船に残ったあの子を羨ましく思い、頼りにしたが。

――置いていかないで……

 朱く、小さな突起物が胸の中を転がっていく。

 ふと、窓に影が差し込む。
「あ!もしかして雨降る?!」
 箒と陰りを放り出し、一気に屋上まで走りあがる。

 練達にはその日の天気がだいたい解る技術があるらしい。羨ましい。こんな突然に雨の心配をする羽目にはならなさそうだから。
 未だ黒い雲は遠く、すぐには降りそうにはないが、シーツを竿から降ろし、丸めて籠に放り込む。
 ちょっとした手合わせもできるほど床が丈夫な、柵の無い屋上。駆け回り、すべてを取り込んだつもりだったが、一枚だけ見落としがあった。

 強くなってきた風に翻る厚手の白いシャツ。
 桜の花を思わせる煙が染みついたそれを、ココロはぎゅっと抱きしめる。

 夏の日差しは、帆立の髪飾りをことさらに強く照りつけていた。
●己
 夕暮れの西日が調理場の窓を照らしはじめた。
 ココロは水の入った樽と薪の束を運び込んでいた。
 またお客が一人増えたようだ。遠くに聞こえる声は聞き覚えがある。では夜通し英雄論で盛り上がるのだろう。昼間での見込みからどれだけ不足するかを算出し、少々余分にいれておけばいい。
 
 洗い物の残りを片付ける。一つ一つ拭きとり、食器棚に並べていく。
 この特別になってしまったカップもそうだ。もう使われることはないだろう。
 だが、丁寧に拭き、棚の一番奥に入れる。
 イレギュラーズとして召喚されてもう三年。社会生活を過ごすうちに学んだのだ。人にとって意味は無くても、無駄ではない行為があるということを。

 以後の調理はココロを妹のようにかわいがってくれている世話好きの女性に任せておけばよい。
 メモを残し、よそ行きの水着に着替えてギルドを後にする。

 定刻通りの馬車に乗り、参考書を広げる。
 ローレットのコネで入った医学校は試験が厳しい。アクエリア、そしてフェデリアにおける戦傷者を救護し続けたので実技は自信があったが、このままでは筆記で落第しかねない。
 混沌に住む人種には、種族ごとに身体構造が大きく異なる。同様の部位、症状であっても対処が変わるケースは多く、一通りの理解では引っかけ問題で容易に減点されてしまう。
 とはいえ、なにかを言い訳にできはしない。ココロは達観とも諦観とも縁がないのだから。

 馬車がギルド・ローレットの前で止まる頃には日は完全に落ちていた。
「こーんばーんは!」
 つとめて大きい声、明るい声を出して扉を開ける。

 いつもの看板娘が彼女を認め、笑顔を見せる。今夜は依頼の話で此処に寄ったのだ。
 声で気が付いたのか、ココロと同年代の少女が義手の左腕を挙げて挨拶してくれる。
 その向かいの席に座るたれ目の女性も軽く手を振ってくれた。

 普通サイズの椅子でも余るくらいに小柄な体に大きなうさみみりぼんを付けた子の後ろを抜けて、狼のような鋭利な目をした男性が手招きをする席に向かうと、また入り口の扉が開いた。
 やや緊張した面持ち。だがココロには見覚えがなかった。周りを見渡せばだれもが心当たりのないように見えた。
 だったら答えは一つしかありえない。ここのところ、毎日らしい。そう、新しい出会い。
 ココロは扉の方へ向き直り、ローレットの看板娘と声を合わせて歓迎した。

「はじめまして!ようこそ、ローレットへ!!」

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