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月灰治療院

業務日誌

漸く開業に漕ぎ着けたので、その日を祝し日誌を付ける事にした。
ここにいつまでいるかは分からないが、幻想という国は隠れるには打ってつけのようだ。

ローレットの仕事でペアを組む事が多い、火が趣味という変人が牢屋跡の見張り小屋で生活するにも飽きたらしい。
薬品作りにも使う植物園の世話を任せてみたが思いの外世話が上手かったので部屋を一つ貸して住まわせる事にした。
治療費を踏み倒す輩が現れたら場合によっては燃やして良いとお墨付きを与えてみたら喜んでいた。

仕立ての良い服を着たハーモニアの女性が怪我をしていたので治療をした所、イレギュラーズとして初めての依頼に赴いた所、海洋の揺れる船の上で難儀したらしい。
受け答えにも品があるので良い所の人だろうと思ったが、長く住まいを離れず過ごしていたので、当世を知る為ローレットにやってきたのだそうだ。
当座の宿もこれから探すという話だったので、部屋を貸す代わりに受付や相談係として働いてみないかと持ち掛けた所即OKしてくれた。

いきなり二人の従業員を得られた事は僥倖だが、給料の支払いを考えればローレットの仕事を3人でこなした方が効率的ではないだろうか。
それか火遊びした貴族の子弟がならずものに足の1本くらい吹き飛ばされていれば暫く遊べるくらいの金額は稼げそうではあるのだが。

ともあれ、落ち着いて稼げるようになれば良い。

【今日のノーデンス】
待合室の日当たりがいい場所を探してうろうろしていた。その行動は猫の行動では? と思ったが、指摘したら寝床を占領される未来しか見えないので黙っていた。

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先輩にオイルを持ってこいとパシらされ、夜中台所に向かっていた時だった。
(先輩というのはカンテラの周りをぶいぶいしている光の玉みたいな人の事)

オイルは生きるのに必須ではないが、先輩にとって酒とか煙草とかそういう嗜好品らしい。
カンテラがないので指先に火を灯しながら歩いていたが、思わず立ち止まった。
ちなみに火は発火スキルなので僕が貧乏とかそういう比喩表現ではない事は記しておく。

はっはっはっはっ、と呼吸音と熱が耳を撫でる。

非武装状態で耳元で獣の息遣いが聞こえたら、誰だって不安になる。
先に進む事を躊躇ってしまう。後戻りもできない。
戦場であれば仲間がいるが、ここは当座の住居兼職場だ。安全地帯のはずなのに。
雇用主である先生も、受付の月虹くんもいない。
大丈夫だセルウス、神の信徒がこれしきで怯えるな。何かいたら燃やせ。

息を整えて、振り向く。

なあんだ、何もいないじゃないか。

そういえば先生には犬の精霊が常に傍にいるらしい。
待合室で寝ている所の尻尾くらいしか拝めた事はないし、戦場でも姿を見せないくらい人間嫌いだそうだが。
もしかしたら夜中に居住者がうろうろしている事を気にして見回りに来てくれたのかもしれない。
思ったより良い人?精霊じゃないか。
安堵の息を吐きだして台所からオイルを少々失敬した。明日買い物に行く時に買い足します。


【セルウスさんへ】
オイルはいつもの店の1L入りをお願いします。
あと、ノーデンスは昨夜はずっと私の部屋で本を読んでいましたし、本精霊曰く「お前がウロウロしたくらいで気にせんわい」との事です。  ステラ

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