PandoraPartyProject

SS詳細

明日を生きてゆく

登場人物一覧

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
シフォリィ・シリア・アルテロンドの関係者
→ イラスト
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女

 妖精郷アルヴィオン――常春の国にてクロバが目にしたのは『クオン・フユツキ』と名乗る男であった。
 その名に、その顔に、覚えがないわけではない。それは■■という呪いだ。
 彼の心身が擦り切れて往く事を気付いていたシフォリィはクロバへと「大丈夫ですか」と小さく小さく声を掛けた。
「ああ……」
「何かあれば、呼んで下さいね。せめて心が落ち着けばいいんですが……」
 香油らしいですよ、と親友から分けて貰ったことを自慢げに微笑むシフォリィの髪にそう、とクロバは触れた。生きて、呼吸をしている彼女の姿に雪雫いもうとが重なった。その銀の髪から指先を落とし、クロバは目を伏せる。
「……おやすみなさい。クロバさん。良き夢が見られますように」

 ――――夢を、見る。

 終黒幻想鬼気顕現は己のその身に命潰えた者達の記憶を与えてくれる。命潰えるその刹那をその目で見る事ができたその時に――其れ等の心に触れるが為にと。その悍ましき記憶は男の夢へと作用した。受け止めきれない怨嗟を逃すた為の唯一の突破口であったのかも知れない。反転という言葉にもし難いそれに至った者達の負の感情が一人の青年のその身にはあまりにも重すぎた。シフォリィの背を見送ってごろりとベッドへと転がれば深い眠りに落ちていく意識が否応なしにも引き上げられる。今日もが始まったのだと認識した脳はバグを与えたように眼前に本来は面識の無い男が立っていた。
 レオニス――レオニス・アルバ・アンジェール4世。
 嘗てのシフォリィの婚約者であるはずの青年だ。
「初めまして、というには奇妙な感じかな」
 照れくさそうに、微笑んだ彼はシフォリィが最後に見たの姿ではない。柔らかに微笑んで白馬の王子様と言う呼び名を欲しいものにする好青年だ。
「お前は……」
「僕はレオニス。シフォリィの婚約者――だったんだ」
 フランクに語りかけてくるその口調は友人のようである。貴族として培った礼儀作法などは此処には必要はないという様な口調で、彼はゆっくりと自身の腰に下げた剣へと手を掛けた。
「君は今、シフォリィ殿と恋仲だそうだね」
「だから、何だ」
 シフォリィの婚約者であった、という過去を聞いてクロバはぎ、とレオニスを睨み付けた。常の悪夢とは違った違和感さえも忘れるように今はレオニスが作り出した空気感の中で過ぎる時間を過ごさねばならないのだろう。
「いや……如きに溺れている君に彼女を――シフォリィ殿を渡せないと思ってね。
 こうして出会えたことは良い機会だろう? 君と、剣を交えたい。同じ者を愛する人間同士、何方が彼女に相応しいかを」
 レオニスは手袋を片方クロバへと投げて寄越した。決闘を。そう望んだ彼にクロバは「そうかよ」と自身の獲物を抜き取る。守りを捨て、敵を斬り穿つ事だけを優先したフラムエクレール。その切っ先を向けてクロバは「受けて立とう」と静かに言った。
「ならば――さあ、始めようか」
 地を踏み締める足に力が籠められる。鳴の如き轟音、爆音と共に切っ先に魔力が踊る。
 クロバのその身が瞬時に掻き消える。だが、レオニスは驚くこともなくその剣を静かに掲げるだけだ。
「見えた」と唇が音に触れた刹那、鬼気が雷が如く光を帯びてレオニスへと飛び込む。だが、受け止められたそれは往く場を喪ったように周囲へと広がった。シフォリィの銀糸の髪が如く、クロバの髪も銀へと染まり、黒き眸は血色へと変化を帯びる。クロバが相手にしたどの魔種よりも、敵よりも、強い――淡々と、そして自信を溢れさせたレオニスはクロバの一歩上を往くように穏やかな動作で攻撃を続けていく。
「くそ」と音を孕んだ。敗北の焦りと怒り、憎しみがその身を包み込む。悪夢の元凶なる負が男を取り巻き復讐そんざいりゆうを刻みつけるように蝕み続ける。ふと、切っ先を向けた儘にレオニスは小さく笑った。
「君にとってシフォリィ殿は――いや、他者とはどういう存在なんだい?」
 静止。
 クロバの唇は震えた。
「考えた事など――」
「嘘だ」
 そう、嘘だ。考えたことくらい有る。元々とは復讐のために生きてきた魔物であった。
 然し、混沌世界に来てからのはどうか。冴え冴えと冷えた復讐心などそこにはなく良き友人や仲間と共に冒険を、そして日々を過ごす内に――ただ、家族が大好きであった普通のの姿がそこにはあった。
 喪うかもしれない。失う事が何よりも恐ろしく、綺麗な儘の想い出だけを抱いて生きていたかった。
 何時だって、人と関わるときに付き纏うのは裏切りという名の、代償だ。畏れるように目を背け、弱い自分をひた隠しにしたクロバは頭を抱える。裏切られるのが怖い――なんと、なんと弱いのか。力任せに苛立ちをレオニスにぶつけるだけで誰かを護る剣など知らぬ儘――
「そうでしょうか」
 手が、見えた。
 華奢な細い指先。クロバが力を入れれば簡単に折れてしまいそうな手首。辿り視線を上げれば、シフォリィの姿があった。
 それが自分が生み出した虚像であるか、それともで有るのかは分からない。
「クロバさん」と呼ぶその声に畏れるように差し出された掌を叩き顔を背ける。
「……俺は弱いんだ。喪うのが怖い。綺麗な儘の幸福な想い出だけで良い。何時か裏切られるなら……ッ。
 復讐のためだけに生きてきた俺だけが其処にあればいいんだ……!」
「何を」
 そう、とシフォリィが手を伸ばす。その掌がクロバの頬を挟み込んだ。両側から伝わる小さな掌のぬくもりにクロバは息を飲んだ。
「何を言ってるんですかクロバさん、失うのが怖いとか言っているのになんで私を失おうとしてるんですか?
 もうとっくに貴方は私の大事な人なんです、貴方は私から大事な物を奪うっていうんですか!」
 叱るような声音であった。シフォリィの青石の眸がじい、とクロバを見詰めている。
「というかそもそも復讐なんて完遂したらなくなっちゃうものがあるのに失うのが怖いって矛盾していると思います!
 確かにレオニスさんは私の大事な人ですけど! それはそれこれはこれです!
 今生きている人がもう亡くなった方に押されているとかレオニスさんも困りますよ!」
 レオニス――それが、彼女の喪ったものの一つ。彼女がその心を向けた大切な相手だったのだろう。
 シフォリィの背中の向こうで、此方を見ているレオニスの双眸は優しげな色をして居る。何方が似合うか、なんてこの状況ならば問うことでもないだろうと唇を開き掛ければ、ぐい、と視線を引き戻すようにシフォリィの掌がクロバの頭の向きを固定した。その細腕の何処に力があるのかと思うほどに、視線を違えることは許されない――何時も、その鮮やかな青い色を見詰めていた気さえする程に強き色彩を称えている。
「クロバさん、私の価値も、復讐も同じくらい必要な物だって思います。
 だって、私がこうして生きているのも、こうやって会うことができたのも……全部クロバさんがその復讐の為に生きてきたからじゃないですか!
 生きる理由なんて、その時々で変わるものでしょう? それでいいじゃないですか」
「それでも、俺は復讐のために生きてきた。復讐がなくなったら……」
 もう、生きている価値もない、とクロバの唇が震えれば「馬鹿ですね」と揶揄うような声音が降った。
 諭すように、愛おしげに。
 正すように、厳しげに。
 シフォリィ・シリア・アルテロンドは甘い声音で――そして、凜とした騎士としての声音で――
「復讐がなくなったとしても! 貴方が生きる理由に、貴方の弱さを補う剣に! 私がなります!」
 クロバの眸を覗き込む。血色と銀は黒色に。平時の青年を取り戻すような静かな波紋。サーブル・ドゥ・プレーヌリュヌの美しさにクロバは小さく、小さく笑った。
「――あぁ、確かに俺一人だと弱い。あの剣聖(クソヤロウ)どころかお前にすら勝てないさ」
 ああ、敵わない。何時だって彼女は自分の前に立っているのだ。手を差し伸べて、一枚上手に淑女の笑みを浮かべて待っている。
 彼女の眸と同じ色彩のマントが揺れている。凜とした青き光――それが、自身を導く光である事をクロバ走っていた。
 ゆっくりと立ち上がる.今度は鬼哭・紅葉も共にと刀を引き抜いた。
「だから一緒に戦ってくれないかシフォリィ。……俺には、君が必要だ」
 ぱちり、と青い瞳が瞬かれる。真っ正面から飛び込んできて、欲しい言葉をくれる光。自身の弱さに、そして他人の心に向き合ったその言葉は唇から音となった途端に、彼女の表情を明るい色彩で染め上げた。
「待っていました、クロバさん」
 柔和なその言葉に、選んだ道が間違いではなかったことを教えてくれる。
「さあ、今を生きる者として、過去を倒しきりましょう」
 
 ――レオニスさん、私は、明日を生きていきます。

 何時の日か、シフォリィがそう言った言葉を思い出しクロバは小さく笑う。
 雷撃迸るガンエッジ。刹那を移動するクロバの背より飛び込むのは愚直なまでの一閃、クー・フィエルテ。
 言葉無くともクロバとシフォリィの攻撃は只、レオニスを押し続ける。いきなりの二対一、だがレオニスはそれに対しては文句は言わなかった。寧ろ、嬉々とした様に笑みを浮かべ、その攻撃を受け続ける。
 その指先には焔を宿し、淡く輝く銀。共に在れと願うように煌めく光を纏わせるシフォリィのその身が最も戦いに適したコンディションへと昇華されていく。
 失敗のない一撃、それこそが剣聖たるレオニスの戦い方だ。打ち付けられた刃の重さに腕が痺れる。だが、実力の差など今は感じない。先程まであった敗北感は二人でなら乗り越えられるというように、クロバは「シフォリィ」と名を呼んだ。
「はい」と答える声に、その背を、命を任せたと足に力を籠める。変則的な動きと共に、攻め立てる無想刃・映六花。自身が編み出したオリジナルの剣技。まだ奥の手はあるとクロバの唇が釣り上がる。
 神経にすら麻痺を与える一閃を放ち、クロバのその身がぐるりと向きを変える。構え、鬼気が迸る。立ち上る負なる感情を者ともすることはなくシフォリィは可能性をその身に纏った。幾星霜、無数の可能性。瞬時に身に降ろした幻影と共に、自身の全てを刃へと纏わせる。放つプランセス・オートクレール、儚き花が如く絢爛に命の終を求めるその切っ先に、クロバは頷いた。
 その身を呪うが如き闘志と共に、地を蹴った男の切っ先がひたり、とレオニスの首筋へと宛がわれる。からん、と剣が落ちたそれに「僕の負けだ」と小さく笑む声がした。
「――残念だがお前の出番はもうないよ。だから、安心して眠れ。俺は……俺とシフォリィは明日を生きていく」
 何時の日か、彼女がそう告げていた。準えたその言葉は彼を模した誰かに向けられたものだった。
 だからこそ、彼にとってもの筈だったのだ。
「……頼んだよ、決して会うことのない、恋のライバル」

 かた、と音がしたことにクロバは瞼を押し上げた。居室の扉が開き「おはようございます」とシフォリィが笑みを零す。
「おはよう」
「……あれ? クロバさん、今日は何だかご機嫌ですね。顔色も良いみたいですし、よく眠れましたか?」
「よく眠れたかは分からないが……良い夢を見ていた気がする」
 珍しい、と小さく笑った彼女の手をそっと握りる。振り向いて「どうかしましたか?」と微笑んだ彼女にいいや、と首を振った。
 どんな夢を覚えたか――口にしようとしても、所詮は泡沫。それは有り得ざること、正しい意味での夢だった。
 清々しいほどの青空は彼女の眸の色彩と似ていて。その足に力を籠めて立ち上がって伸びをする。
 その日は、とても良き一日の始まりであるように。窓から差し込む穏やかな陽光がクロバを見詰めていた。

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